中禅寺温泉ロープウェイ

中禅寺温泉ロープウェイ

[1] 日光中禅寺温泉ロープウェイ

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[2] 中禅寺温泉ロープウェイ - 失われたロープウェイ, , http://www.8beat.com/ropeway/chuzenji.htm

栃木県の日光は、世界遺産に登録された二社一寺(東照宮・二荒山神社・輪王寺)や神橋などの日光駅周辺の人工美(建築美)と、中禅寺湖・華厳の滝・男体山・戦場ヶ原などの奥日光エリアの自然美を併せ持つ、日本屈指の国際的観光地です。

中禅寺温泉ロープウェイは、奥日光観光の拠点である東武バス日光の「中禅寺温泉バスターミナル」近くにあった山麓駅(中禅寺温泉駅)と、男体山・中禅寺湖を望む、中禅寺湖南岸の標高1600mの展望地「茶ノ木平」の山頂駅(茶ノ木平駅)間の延長約1kmを約6分で結んでいた索道で、1960年の開業から43年間、冬季を除く3月上旬から11月下旬まで(年度により前後あり)運行していました。

この索道の誕生の背景には、東武鉄道の日光開発が存在しました。今回のキーワードは東武の「日光制覇」です。

日光の「観光地」としての歴史は意外に新しく、平安時代に修験の山として開山されて以来、江戸時代に入って徳川家康を祀る神社として東照宮が建立されたことにより、明治の頃までの日光は「聖地」として知られていました。

大正時代の初め、東武鉄道をはじめとする多くの鉄道事業に関わった「鉄道王」:根津嘉一郎(初代)は、日光の観光地としての資質に注目し、東武日光線による日光への乗り入れを計画し、1929年(昭和4年)に省線(旧国鉄・現JR)日光駅の隣に東武日光駅を開設、浅草からの直通運転を開始します。

開通の披露宴で、東武の乗り入れによって日帰り客が増え、宿泊客が減少して日光が衰退することを危惧した地元代表の問いに、根津はこう答えたといいます。「いまのご意見も、ある意味では真実かもしれません。しかし、あなたは同じ人数を考えておられるから、そうなるので、私が鉄道を敷いた以上、二倍三倍のお客を運んできますよ。」

省線の上野〜日光間が3時間10分に対し、東武浅草〜東武日光間は特急で2時間17分と、東武は都心からのアクセスで優位に立つと、豪華展望客車トク500形を就役させて民鉄ならではのハイクラスのサービスを展開します。果たして、それまで年間約30万人程度だった来光者は、2〜3年で100万人近くになったと云われています。

それにしても、さすがは鉄道王、「当社が」じゃなくて「私が」なところが、カッコ良すぎです。

さらに、1934年(昭和9年)に日光市を中心とする一帯が日光国立公園の指定を受け

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[3] この記事はSuikaWiki Worldに作成されました。 に最終更新されました。 https://world.suikawiki.org/spots/22776855933239472

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