4月12日に富山大学で開催された、日本科学者会議北陸シンポジウムで、「富岩運河のダイオキシン類汚染と富山県の対応」についての報告をさせていただきました。
2001年に発覚した、富岩運河などのダイオキシン類汚染。当時の発表は1,400pg-TEG/g(以下はTEG/gを省略。底質の環境基準は150pg)で、当時は底質の汚染としては日本最大と言われ、県民に大きなショックを与えました。
ところが、2003、04年の調査で、最大汚染濃度は12,000pg、汚染土量は29万㎥と判明したのです。最大値では環境基準の約80倍にもなります。県の資料によると2014年段階では、底質のダイオキシン類汚染濃度としては、全国で6番目、汚染土量としては全国4番目ということになっています。
富岩運河は1934年に完成し、富山市北部工業地帯の発展とともに物資の輸送路として、重要な役割を果たしてきました。その後、水質が悪化するなどし埋立て案も出されていましたが、富山県は1984年に一転して方針転換。「ポートルネッサンス21」構想で、水辺空間として残し、将来にわたって活用する計画がたてられ、今日に至っています。現在では、富岩運河環水公園に集中的投資が行われ、利活用は県の重点施策となっています。運河には2台の観光船が運航され、環水公園には新しい県立近代美術館が76億円かけて移転・新築されることになっています。
汚染発覚後、県はただちに対策検討委員会を設置し、11年間12回にわたって会議が開かれ、対策が進められてきました。ダイオキシン類に汚染された土壌をどう処理するか、汚染原因はどこにあって、その寄与割合はどう算出するのか、対策事業費の負担はどうするのか、などが検討されて、昨年11月に一定の結論が出たというのが、現時点の状況です。今年度から5年間をかけて、運河の中ほどにある中島閘門上流の対策工事が行われることになっています。
しかし、県の判断には、様々な問題が含まれています。私は、この11年間県議会で、住民の立場から県を激励しながら、様々な提案を行ってきました。富山県は、イタイイタイ病の原因となったカドミウムによる環境汚染とたたかい、汚染原因企業と「緊張感のある信頼関係」を築き、汚染土壌復元も成し遂げてきました。その経験、教訓と誇りにかけて、この対策をやりとげなければなりません。
その点で、県の判断には