[4] 日本の国会議員の間には、 夏時刻制度導入を目指す議員連盟がいくつかありました。
[801] 平成7(1995)年、 自民党と社会党の参議院議員を中心に >>418、 参議院サマータイム制度研究議員連盟が設立されました >>868, >>885。
[1] 自民党の田沢智治が代表世話人を務めていました >>418。
[2] 遅くても1996年には夏時刻を実施したいとの資源エネルギー庁の意向により法案提出を目指していました
>>904。
資源エネルギー庁はこれまでにも長年夏時刻を推進し続けていました
[3] 行政府の政策についてそれに呼応した議員が中心となって法制化を推進するのは珍しい話でもないのでしょうが、 一部の推進派省庁以外夏時刻実施に消極的な日本の夏時刻導入議論の流れをみると、 閣法として法制化を目指すルートでは反対が多く実現困難とみて、 国会議員に支持層を広げていく作戦にまわったとも取れます。
[60] 当時から活動する夏時刻推進派の回想によると、
日本政府には時刻制度所管の省庁がなく先へ進めることが難しかったようです。
このときも担当省庁がないため議員立法が好ましいとして議連を設立する運びになったといいます。
[82] の日経新聞は、 サマータイム、立法化の動き強まる と報じました。 >>81
[1087] 頃、 中には夏時刻法案が提出されるといわれていたようです >>904。
[6] には5月末にも法案が提出されるといわれていたようです >>425, >>418。
[427] この当時の法案では、2年後から4月初 - 10月末に夏時刻 を実施することとされており、提出された場合成立する可能性が高いと報道されていました >>425。 実施期間は欧米に合わせて 4月第1日曜日 - 10月最終日曜日とされていました >>1042。
[892] 、 自由民主党政審総務会は夏時刻法案を了承しました。 >>885
[7] 平成7年、 参議院サマータイム制度研究議員連盟は通常国会時と臨時国会時に夏時刻法案の提出を検討しました >>885。 しかし結局平成7年 >>885, >>904 も平成8年 >>904 も、 法案の提出は見送られました。
[22] 法案が提出されなかったのは、 連立与党内の調整がつかなかったため >>21 だといいます。 この当時は自民党、社会党、新党さきがけと閣外協力の自由連合による自社さ政権の時代でした。
[809] 国会議員の川崎二郎の Webサイトの記事によると、超党派のサマータイム研究会が設立されました。 加藤紘一が会長、川崎二郎が幹事長でした。 >>808 設立趣旨には、 通商産業省のサマータイム制度懇談会や民間の日本のゆとりとサマータイムを考える会で議論が進められていることが触れられていました。
[69] 通商産業省はの森喜朗内閣による中央省庁再編によって廃止され経済産業大臣に引き継がれました。 ここで参照されている議論とはそれ以前のものを指すのでしょう。
[94] この記事は Internet Archive によればには既に存在するものの、 日付不明です。 には同じく川崎二郎が幹事長であるものの、 会長は平沼赳夫の議連が発足しています (>>802)。 Webページ末尾の著作権表示の年は「2001」 () となっています >>96。
[97] 加藤紘一は、 自由民主党の有力衆議院議員でしたが、 の加藤の乱で影響力が低下、 には秘書の事件で自由民主党を離党、 衆議院議員を辞職しました。 に衆議院議員に当選、復党しました。 川崎二郎は加藤の乱で加藤紘一に従いました。
[98] 政局とサマータイム研究会との関係は明らかではありませんが、 まったく無関係でもないでしょう。
[93] の報道によると、 以来議連から3度法案を提出しようとしたことがあったとされます。 >>1520 3度だけだとすると、今次のサマータイム研究会は法案をまとめるに至らなかったのでしょうか。
[99] これ以後の議連のメンバー構成や、自身のウェブサイトに特集ページを設けていることから考えて、 川崎二郎はこの時期から既に夏時刻制度賛成議員の実質的なリーダーだったと思われます。
[802] 、 100名以上の衆参国会議員のサマータイム制度推進議員連盟が設立されました >>800。 経済産業大臣の平沼赳夫が会長 >>800, >>825、 川崎二郎が幹事長 >>810, >>825、 山本公一が事務局長 >>825、 中川雅治が事務局次長 >>825 を務めていました。
[811] この議連は衆参の議連を統合したものだ >>810 といいます。 本議連には自由民主党、公明党、民主党から108人が参加して に第1回総会を行いました >>810。
[813] これらの議連では、資源節約や余暇時間などを夏時刻の利点として挙げていました >>808, >>810。
[233] の日経新聞は、 サマータイム法案提出へ。 と報じました。 >>81
[665] には、議連が国会に法案を提出する見込みとの報道がありました >>704。 には他の推進団体と共にサマータイム実現緊急大会 >>704, >>922 が実施されました。
[32] 、 サマータイム制度推進議員連盟の役員会は、 3月最終日曜日午前2時に午前3時へと進め、 10月最終日曜日午前3時に午前2時に戻す夏時刻の法案を決定しました。 労働時間増加が生じないよう十分配慮することを政府に求めるとともに、 切り替えの経費を予算に計上するなど必要な措置を講じる努力義務を設けていました。 法案は全5条で、4項の付則がありました。 >>31
[33] 4月に移行することも検討されたものの、欧州等に合わせて 3月とされました。 >>31
[34] の総会に諮られることとされており、 に国会に提出し、 2007年から実施することを目指していました。 >>31
[923] 当時民主党にはサマータイム検討プロジェクトチームが設置されており、 座長は衆議院議員の田中慶秋が務めていました >>922。
[28] 、 民主党の参議院議員でサマータイム検討プロジェクトチーム事務局長の福山哲郎は、 民主党の次の内閣が国会で実施した閣議で、 プロジェクトチームの最終報告を行いました。 次の内閣の閣僚は議論が不足していることを指摘し、 議連による法案提出は妨げないものの、 提出された場合の対応は改めて協議することとしました。 >>27
[23] 、 サマータイム制度推進議員連盟は、国会内で実施した総会で、 3月最終日曜日から10月最終日曜日まで1時間進める夏時刻を 2007年から導入し、 導入3年後に検証するとの法案を決定しました。 >>21
[24] この当時の議連には自民党、民主党、公明党の国会議員約190人が参加しており、 平沼赳夫が会長でした。 各党党内手続きを経て国会に提出する予定でした。 >>21
[25] しかし3党内に消極的意見がある他、 議連に参加していない共産党と社民党が反対していました。 >>21
[884] 、 自由民主党と公明党の与党政策責任者会議は、 に夏時刻を導入するとの法案の党内手続きを開始し、 野党の協力を得て議員立法として国会に提出することで同意しました >>883。
[815] 推進議連の川崎二郎は後に Webサイトに法案 >>816 を示しています >>812 が、 施行日をとしており、 まさにこの頃まとめられたものと思われます。
[234] の日経新聞は、 サマータイム法案、今国会に提出へ――自公が合意、2007年導入めざす。 と報じました。 >>81
[35] の報道によると、 議連メンバーは 「生活スタイルを見直す契機。温暖化防止のためにも導入を」 (自民党の山本公一議連事務局長)、 「環境への関心が高まり、労働界にも理解が広がる今が最後のチャンス」 と意気込む者がいた一方で、 「はっきりいって関心がない」という「議連の与党幹部」もおり、 議員立法で提出されても「党議拘束にはなじまないかもしれない」 と「議連幹部」が語っていたようです >>1088。 「夏が蒸し暑い日本の風土には合わない」 (自民党幹部)、 「中小企業やサービス業で労働強化が心配だ」 (民主党議員) のような慎重論 >>1088 や、郵政民営化法案への強い関心のため、 実のところ国会内でもそれほど成立の可能性が高かったわけではないようです。
[40] の北海道新聞には、 サマータイム議論は棚上げ 超党派議連動きとれず 法案提出、困難に という記事が掲載されました >>41。
[824] 結局法案は提出されないまま、 の郵政選挙により立ち消えとなりました (会長の平沼はこの選挙で失脚しました)。 >>800
[38] 2007年以降は、 大韓民国の夏時刻導入派の要請を受けた経団連が自民党に強く働きかけ、 休眠状態だった既存の議連を通して法案成立が目指されました。
[827] 頃、サマータイム制度推進議員連盟には 152人が参加していた >>817 といいます。
[804] 、 自由民主党は地球温暖化対策推進本部を設置しました >>800。 会長は野田毅が務めました >>19。 地球温暖化対策推進本部は地球温暖化対策のため夏時刻制度を推進しており、 に法案化のための議論を開始しました >>19, >>800。 早ければ翌年夏にも導入することを目指していました >>19。
[20] の報道によると自民党は既に議員立法で提出する方針を決めていました >>19。総理大臣の福田康夫も前向きであり、 ねじれ国会とはいえかつて議連には民主党議員も参加していたことから与野党対立はないとみられ、 秋の臨時国会で成立するだろうと見込まれていました >>19。
[814] 、 地球温暖化などを扱う洞爺湖サミットを契機としてサマータイム制度推進議連が 「再始動」し総会を実施したと世話人代表の川崎二郎が述べていました >>812。
[43] 、 サマータイム制度推進議連は国会で3年ぶりに役員会を開き、 平成22年導入を目指し議員立法で法案を提出する方針を確認しました。 平沼赳夫、川崎二郎、仙谷由人、大口善徳ら約15人が出席しましたた。 >>42
[915] 、 日本政府の首相の福田康夫は、 夏時刻への賛意を示しました >>705。
[916] 、 議連はから夏時刻を実施する法案を提出することを総会で決めました >>703, >>45。 福山哲郎は、「絶対反対だと同僚議員から電話があった」と挨拶で述べました >>45。 議連総会では各党代表の他、 経団連や連合の代表者も賛成意見を述べたようです >>45。
[46] 民主党の衆議院議員の篠原孝は、 元々夏時刻法案に消極的反対だったとみられます。 2005年に民主党の衆議院議員だった本多平直と松崎哲久は、 「同好の士」の篠原に声をかけていました。本多と松崎は 2005年の衆議院選挙で落選していましたが (後に2009年選挙で復活当選)、 「このままサマータイム法案が通ったら篠原さんの責任」と篠原を煽っていたようです。 篠原は、議連に新たに参加する議員は会費が不要だったことを理由にw、 この総会に出席し、「他の意見もじっくり聞いて実現してほしい」 との「マスコミ界」の木元教子の発言に唆されて雛壇以外から唯一発言を求めました。 篠原は、時刻の変更を伴う夏時刻制度ではなく、 夏季営業時間制度の方が好ましいと主張しました。 会場の反応はよくなかったようですが、 民主党の参議院議員の渡辺秀央ら数人の共感は得られたといいます。 >>45
[83] の日経新聞は、 サマータイム「10年導入を」、超党派で法案提出へ、省エネ・経済効果見込む。 と報じました。 >>81 (10年とは西暦2010年のこと。)
[53] 、 篠原孝は国会議員に向けて、 夏時刻制度ではなく夏季営業時間制度の導入を求める文書を配布しました >>52。
[49] 、 自由民主党の緊急政調全体会議が実施されました。 議連の夏時刻法案に関し、異論がなければ了承とみなし、 与野党協議を経て今国会で全会一致で成立を目指す趣旨のものでしたが、 担当部会で審議しないまま国会会期末に政調全体会議を実施するのは異例でした。 自民党の衆議院議員の早川忠孝は、 篠原文書に賛同し、政調全体会議に参加して慎重な検討を求めました。 他の参加者もこれに同調しました。 自民党幹部が揃い法案承認となりそうでしたが、 判断は政調会長の谷垣禎一に委ねられました。 >>52 谷垣は国会の会期内の成立は困難だとの見解を表明しました >>51。 これにより事実上今国会での夏時刻導入は失敗に終わりました。
[54] 早川は、推進議連の長年の検討は信頼できるものと思っていたが、 コンピューターへの影響について正確に把握していなかった、 技術者が論拠を挙げて意見を寄せてきたので問題が見えてきた、 と指摘しました >>52。
[9] もっとも、これで直ちに夏時刻推進派の動きが止まったわけではありませんでした。
[11] 、 日本共産党はしんぶん赤旗で、 夏時刻に否定的な見解を表明しました >>10。 「サマータイム制度推進議員連盟(日本共産党を除く)は今秋にも「サマータイム法案」を国会に提出しようとしています。」 >>10 という表現から、日本共産党の国会議員はこのときも本議連に参加していなかったとみられます。
[826] 推進議連という名前ながら反対議員も参加する勉強会だった >>825 といい、そのためか参加議員の名簿は非公開でした >>825。
[47] 2008年頃、新入議員の会費は (通常の議連とは違って) 無料だったといい、実際それにつられて会議に参加した議員もいます >>45 (もっともこの議員は会議に参加しただけで議連に正式に参加しなかった模様 >>648)。 議連の影響力拡大のため参加議員数水増しを目的に、 会費無料キャンペーンで日和見議員を釣っていたのでしょうか。
[36] 議連に参加していたことが明確なメンバーは次の通りです。
[89] 当時の mixi 記事 >>72 によると、 次の人物が関与していました (出典不明)。 自民党: 加藤鉱一、 川崎二郎、 逢澤一郎 (あいさわ一郎)、 井上信治、 今井宏、 宇野治、 河合克行、 川上義博、 熊代昭彦、 小池百合子、 小杉隆、 坂本剛二、 坂本哲志、 桜井郁三、 佐藤錬、 竹本直一、 中野清、 中野正志、 西村康稔、 能勢和子、 平沢勝栄、 平沼赳夫、 船田元、 谷津義男、 山口俊一、 山下貴史、 公明党: 上田勇、 大口議徳、 高木美千代、 福島豊、 斉藤鉄夫、 高木陽介、 田端正広
[92]
の騒動では、
自民党内にサマータイム研究会が作られました。
当初は超党派議連が想定されていたようですが、
世間の反発で徐々に縮小されました。
尻すぼみになりつつ年内は活動を続けていたようですが、
解散したのか自然消滅なのかは不明です。
[88]
大村秀章も自民党衆議院議員時代に夏時刻を推進していたと述べています。
時期や活動内容は不明です。
[75] みわちゃんねる 突撃永田町!!第166回目のゲストは、民主党 篠原 孝 参議院議員です。 - YouTube () https://www.youtube.com/watch?v=kfOFcCM23Pw