[86] 現在、[[パラオ]]では [TZ[+09:00]] が、
[[米領北マリアナ諸島準州]]および[[米領グアム]]では [TZ[+10:00]] が、
[[ミクロネシア連邦]]では [TZ[+10:00]] と [TZ[+11:00]] が、
[[マーシャル諸島共和国]]では [TZ[+12:00]] が[[標準時]]として使われています。

[174] 現在はどの地域でも[RUBY[[[夏時刻]]][サマータイム]]は実施されていません。

* 名称

[343] 
[[米領グアム]]と[[米領北マリアナ諸島潤州]]の[[標準時]] [TZ[+10:00]]
は[[米国]]の[[連邦法]]により [DFN[Chamorro standard time]] と呼ばれています。

[344] [DFN[ChST]] と略されることがありますが、
現地で使われているか、広く通用するかは不明です。

[342] 
[[tzdata]] は[[グアム]]の時刻 [TZ[+10:00]] を、法令成立の
[TIME[2000年12月23日][2000-12-23]]を境に以前は [DFN[GST]]、
以後は [[ChST]] と呼んでいます [SRC[>>339]]。
現地で使われているかは不明です。


[345] 
[[日本]]では一般的に[DFN[グアム時間]]、[DFN[サイパン時間]]などと呼ばれています。

-*-*-

[96] [[tzdata]] は[[パラオ]]から [DFN[[CODE[Pacific/Palau]]]],
[[ミクロネシア連邦]]から
[DFN[[CODE[Pacific/Chuuk]]]], [DFN[[CODE[Pacific/Pohnpei]]]], [DFN[[CODE[Pacific/Kosrae]]]],
[[マーシャル諸島共和国]]から
[DFN[[CODE[Pacific/Majuro]]]], [DFN[[CODE[Pacific/Kwajalein]]]],
[[米領グアム]]から [DFN[[CODE[Pacific/Guam]]]]、
[[米領大鳥島]]から [DFN[[CODE[Pacific/Wake]]]] を定義しています。

[29] [[tzdata]] は[[米領北マリアナ諸島準州]]の [DFN[[CODE[Pacific/Saipan]]]] を 
[CODE[Pacific/Guam]] の別名としています。



* 変遷の概要

[23] 
[FIG(table)[

:t: 時期
:パラオ: [[パラオ]]
:マリアナ: [[北マリアナ諸島]]
:グアム: [[グアム]]
:ヤップ: [[ヤップ]]
:チューク: [[チューク]]
:ポンペイ: [[ポンペイ]]
:コスラエ: [[コスラエ]]
:ヤルート: [[ヤルート]]
:クェゼリン: [[クェゼリン]]
:ウェーク: [[ウェーク]]

:パラオ: [CODE[+]]
:マリアナ: [CODE[+]]
:グアム: [CODE[+]]
:ヤップ: [CODE[+]]
:チューク: [CODE[+]]
:ポンペイ: [CODE[+]]
:コスラエ: [CODE[+]]
:ヤルート: [CODE[+]]
:クェゼリン: [CODE[+]]
:ウェーク: [CODE[+]]

:t: 16世紀
:パラオ: [CODE[-]]
:マリアナ: [CODE[-]]
:グアム: [CODE[-]]
:ヤップ: [CODE[-]]
:チューク: [CODE[-]]
:ポンペイ: [CODE[-]]
:コスラエ: [CODE[-]]
:ヤルート: [CODE[-]]
:クェゼリン: [CODE[-]]
:ウェーク: [CODE[+]]

:t: [TIME[1845-01-01]]
:パラオ: [CODE[+]]
:マリアナ: [CODE[+]]
:グアム: [CODE[+]]
:ヤップ: [CODE[+]]
:チューク: [CODE[+]]
:ポンペイ: [CODE[+]]
:コスラエ: [CODE[+]]
:ヤルート: [CODE[+]]
:クェゼリン: [CODE[+]]
:ウェーク: [CODE[+]]

:t: [TIME[1906][year:1906]]
:パラオ: [TZ[+10:00]]
:マリアナ: [TZ[+10:00]]
:グアム: [CODE[+]]
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:チューク: [TZ[+10:00]]
:ポンペイ: [TZ[+10:00]]
:コスラエ: [TZ[+10:00]]

:t: [TIME[1914-12]]
:パラオ: [TZ[+09:00]]
:マリアナ: [TZ[+09:00]]
:グアム: [CODE[+]]
:ヤップ: [TZ[+09:00]]
:チューク: [TZ[+09:00]]
:ポンペイ: [TZ[+09:00]]
:コスラエ: [TZ[+09:00]]
:ヤルート: [TZ[+11:20]]
:クェゼリン: [TZ[+09:00]]

:t: [TIME[1915-02-09]]
:パラオ: [TZ[+09:00]]
:マリアナ: [TZ[+09:00]]
:グアム: [CODE[+]]
:ヤップ: [TZ[+09:00]]
:チューク: [TZ[+09:00]]
:ポンペイ: [TZ[+09:00]]
:コスラエ: [TZ[+09:00]]
:ヤルート: [TZ[+09:00]]
:クェゼリン: [TZ[+09:00]]

:t: [TIME[1919-02-01]]
:パラオ: [TZ[+09:00]]
:マリアナ: [TZ[+10:00]]
:グアム: [CODE[+]]
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:チューク: [TZ[+10:00]]
:ポンペイ: [TZ[+11:00]]
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:クェゼリン: [TZ[+11:00]]

:t: [TIME[1927-01][1927-01]]
:パラオ: [TZ[+09:00]]
:マリアナ: [TZ[+10:00]]
:グアム: [TZ[+10:00]]
:ヤップ: [TZ[+09:00]]
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:ポンペイ: [TZ[+11:00]]
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:ヤルート: [TZ[+11:00]]
:クェゼリン: [TZ[+11:00]]

:t: [TIME[1938-01-01]]
:パラオ: [TZ[+09:00]]
:マリアナ: [TZ[+09:00]]
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:チューク: [TZ[+10:00]]
:ポンペイ: [TZ[+10:00]]
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:ヤルート: [TZ[+10:00]]
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:t: [TIME[1941-01-01]]
:パラオ: [TZ[+09:00]]
:マリアナ: [TZ[+09:00]]
:グアム: [TZ[+10:00]]
:ヤップ: [TZ[+09:00]]
:チューク: [TZ[+09:00]]
:ポンペイ: [TZ[+09:00]]
:コスラエ: [TZ[+09:00]]
:ヤルート: [TZ[+09:00]]
:クェゼリン: [TZ[+09:00]]
:ウェーク: [TZ[+11:00]]

:t: [TIME[1942][year:1942]]
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:マリアナ: [TZ[+09:00]]
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:コスラエ: [TZ[+09:00]]
:ヤルート: [TZ[+09:00]]
:クェゼリン: [TZ[+09:00]]
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:t: [TIME[1946][year:1946]]
:パラオ: [TZ[+10:00]]
:マリアナ: [TZ[+10:00]]
:グアム: [TZ[+10:00]]
:ヤップ: [TZ[+10:00]]
:チューク: [TZ[+10:00]]
:ポンペイ: [TZ[+10:00]]
:コスラエ: [TZ[+10:00]]
:クェゼリン: [TZ[-12:00]]
:ウェーク: [TZ[+10:00]]

:t: [TIME[1947][year:1947]]
:パラオ: [TZ[+10:00]]
:マリアナ: [TZ[+10:00]]
:グアム: [TZ[+10:00]]
:ヤップ: [TZ[+10:00]]
:チューク: [TZ[+10:00]]
:ポンペイ: [TZ[+10:00]]
:コスラエ: [TZ[+10:00]]
:クェゼリン: [TZ[-12:00]]
:ウェーク: [TZ[+11:00]]
:ヤルート: [TZ[+12:00]]

:t: 1950年代
:パラオ: [TZ[+09:00]]
:マリアナ: [TZ[+10:00]]
:グアム: [TZ[+10:00]]
:ヤップ: [TZ[+10:00]]
:チューク: [TZ[+11:00]]
:ポンペイ: [TZ[+11:00]]
:コスラエ: [TZ[+12:00]]
:ヤルート: [TZ[+12:00]]
:ウェーク: [TZ[+12:00]]
:クェゼリン: [TZ[-12:00]]

:t: 1970年代
:パラオ: [TZ[+09:00]]
:マリアナ: [TZ[+10:00]]
:グアム: 冬 [TZ[+10:00]] 夏 [TZ[+11:00]]
:ヤップ: [TZ[+10:00]]
:チューク: [TZ[+10:00]]
:ポンペイ: [TZ[+11:00]]
:コスラエ: [TZ[+12:00]]
:ヤルート: [TZ[+12:00]]
:クェゼリン: [TZ[-12:00]]
:ウェーク: [TZ[+12:00]]

:t: [TIME[1993-08-20]]
:パラオ: [TZ[+09:00]]
:マリアナ: [TZ[+10:00]]
:グアム: [TZ[+10:00]]
:ヤップ: [TZ[+10:00]]
:チューク: [TZ[+10:00]]
:ポンペイ: [TZ[+11:00]]
:コスラエ: [TZ[+12:00]]
:ヤルート: [TZ[+12:00]]
:クェゼリン: [TZ[+12:00]]
:ウェーク: [TZ[+12:00]]

:t: [TIME[1999][year:1999]]
:パラオ: [TZ[+09:00]]
:マリアナ: [TZ[+10:00]]
:グアム: [TZ[+10:00]]
:ヤップ: [TZ[+10:00]]
:チューク: [TZ[+10:00]]
:ポンペイ: [TZ[+11:00]]
:コスラエ: [TZ[+11:00]]
:ヤルート: [TZ[+12:00]]
:クェゼリン: [TZ[+12:00]]
:ウェーク: [TZ[+12:00]]

:t: 現所属[[国]]
:パラオ: [[パラオ共和国]]
:マリアナ: [[米領北マリアナ諸島準州]]
:グアム: [[米領グアム]]
:ヤップ: [[ミクロネシア連邦]]
:チューク: [[ミクロネシア連邦]]
:ポンペイ: [[ミクロネシア連邦]]
:コスラエ: [[ミクロネシア連邦]]
:ヤルート: [[マーシャル諸島]]
:クェゼリン: [[マーシャル諸島共和国]]
:ウェーク: [[米領ウェーク島]]

:t: [[tzdata]]
:パラオ: [CODE[Palau][Pacific/Palau]]
:マリアナ: [CODE[Saipan][Pacific/Saipan]]
:グアム: [CODE[Guam][Pacific/Guam]]
:チューク: [CODE[Chuuk][Pacific/Chuuk]]
:ポンペイ: [CODE[Pohnpei][Pacific/Pohnpei]]
:ヤルート: [CODE[Majuro][Pacific/Majuro]]
:クェゼリン: [CODE[Kwajalein][Pacific/Kwajalein]]
:ウェーク: [CODE[Wake][Pacific/Wake]]
:コスラエ: [CODE[Kosrae][Pacific/Kosrae]]

]FIG]

* スペイン領東インド

[88] [[カロリン諸島]]や[[マーシャル諸島]]には古くから[[原住民]]が住んでおり、
[[地方時][太陽時]]を用いて暮らしていたと考えられます。
[[西洋]]世界との交流が無かった時代の[[日付]]は[[アジア日付]]とも[[アメリカ日付]]とも言えませんが、
[[経度]]によれば[[アジア日付]]となります。

[116] [[tzdata]] は元の [[LMT]] を
[CODE[Asia/Palau]] を [TZ[+08:57:56]] [SRC[>>137]]、
[CODE[Pacific/Chuuk]] を [TZ[+10:07:08]]、
[CODE[Pacific/Pohnpei]] を [TZ[+10:32:52]]、
[CODE[Pacific/Kosrae]] を [TZ[+10:51:56]]、
[CODE[Pacific/Majuro]] を [TZ[+11:24:48]]、
[CODE[Pacific/Kwajalein]] を [TZ[+11:09:20]] [SRC[>>137]]
としています。 (後に一部変更 [SRC[>>339]])

[267] 
[TIME[1521年3月6日][1521-03-06]]から
[TIME[1521年3月9日][1521-03-09]]、
[[マゼラン艦隊]]は[[泥棒諸島]] ([[グアム島]])
に滞在し、[[原住民]]と戦闘状態にありました。
[[南米]]から到来した[[マゼラン艦隊]]は、[[アメリカ日付]]を用いていました。

;; [87] 16世紀頃、[[カロリン諸島]]や[[フィリピン諸島]]などは[[スペイン]]の支配下に入り、
[[スペイン領東インド]]と呼ばれました。

[89] [[スペイン領東インド]]は[[メキシコ]]の管轄下で、
[[アメリカ日付]]の[[地方時]]が用いられたといわれています。

[30] [[tzdata]] は、元の [[LMT]] を
[CODE[Pacific/Guam]] は [TZ[-14:21]] [SRC[>>138]]、
[CODE[Pacific/Saipan]] は [TZ[-14:17:00]] [SRC[>>40]]、
[CODE[Pacific/Chuuk]] は [TZ[-13:52:52]] [SRC[>>339]]、
[CODE[Pacific/Pohnpei]] は [TZ[-13:27:08]] ([[Kolonia]]) [SRC[>>339]]、
[CODE[Pacific/Kosrae]] は [TZ[-13:08:04]] [SRC[>>339]]、
[CODE[Pacific/Palau]] は [TZ[-15:02:04]]([[Koror]]) [SRC[>>339]]
としています。


[43] [[スペイン領フィリピン]]の[[総督]] (governor-general) の
[[Narciso Claveria y Zaldua]] ([[ナルシソ・クラベリア]]、
在任期間 [TIME[1844]]-[TIME[1849]]) の[TIME[1844年8月16日][1844-08-16]]の[[布告]]により、
[TIME[1844年12月30日][1844-12-30]]の翌日が[TIME[1845年1月1日][1845-01-01]]とされました。
これにより[[日付変更線]]は[[グアム]]の[[東]]側に移動しました。
[SEE[ [[フィリピンの標準時]]、[[国際日付変更線]] ]]



[92] [[tzdata]] は
[TIME[1844年12月31日][1844-12-31]]を境に
[CODE[Pacific/Guam]] は [TZ[+09:39:00]] ([[Agana]]) [SRC[>>138]]、
[CODE[Pacific/Saipan]] は [TZ[+09:43:00]] [SRC[>>40]]、
[CODE[Pacific/Chuuk]] は [TZ[+10:07:08]] [SRC[>>339]]、
[CODE[Pacific/Kosrae]] は [TZ[+10:51:56]] [SRC[>>339]]、
[CODE[Pacific/Palau]] は [TZ[+08:57:56]] [SRC[>>339]]
としています。
[[スペイン領フィリピン]]と同じと仮定したとしています。 [SRC[>>138, >>339]]



[182] [[大宮島]]の[[津波]]に関する[TIME[2002年][year:2002]]の[[論文]] [SRC[>>181]]
は、 [TIME[1849, January 25, 5:10, UT][1849-01-25T05:10Z]] の事象について
「2:49 P.M. local time」と報告されていると述べています。
両者が同じ時刻とするなら、 [TZ[+09:39]] となります。 (誰が換算したのかは不明。)

[183] 同じく、
[TIME[1892, May 16, 11:31 UT][1892-05-16T11:31Z]] は「9:10 P.M. local time」
とあります [SRC[>>181]]。 やはり [TZ[+09:39]] です。

;; [184] 他に [TIME[1903, February 10, 2:28 UT][1903-02-10T02:28Z]] もありますが、
[[地方時]]の記載はありません。出典は
「Montessus de ballore, 1903 cited by Soloviev et al. 1984」
とありますが、これが何に由来する時刻なのかは不明です。


;; [34] [TIME[1885年][year:1885]]、
[[マーシャル諸島]]は[[独領ミクロネシア]][[保護領]]となりました。
[TIME[1888年][year:1888]]には[[ナウル]]も編入されました。
[TIME[1888年][year:1888]]以後[[ナウル]]を含む[[独領マーシャル諸島]]は[[ヤルート会社]]統治領となりました。

;; [42] [[米西戦争]]の結果、[TIME[1898年12月10日][1898-12-10]]調印の[[パリ条約]]により[[グアム]]と[[フィリピン]]は[[アメリカ合衆国]]領となりました。
[[パリ条約]]は[TIME[1899年4月11日][1899-04-11]]に発効しました。
[SEE[ [[フィリピンの標準時]] ]]
以後[[米領グアム]]については >>91 を参照。


[REFS[
- [181] [CITE[THE TSUNAMI HISTORY OF GUAM: 1849-1993]]
([[James F. Lander]], [[Lowell S. Whiteside]], [[Paul Hattori]],
[CITE[Science of Tsunami Hazards]], Volume 20, Number 3, page 158 (2002),
[TIME[2017-01-21 17:28:30 +09:00]]) <ftp://ftp.ngdc.noaa.gov/hazards/publications/ref0482_lander.pdf>
- [137] [CITE@en[tz/australasia at master · eggert/tz]] ([TIME[2016-08-02 16:43:43 +09:00]]) <https://github.com/eggert/tz/blob/master/australasia#L406>
- [40] [CITE@en[tz/backzone at master · eggert/tz]] ([TIME[2016-03-16 17:53:55 +09:00]] 版) <https://github.com/eggert/tz/blob/master/backzone#L672>
]REFS]

* 独領太平洋諸島

;; [59] [TIME[1899年][year:1899]]、[[スペイン]]は[[カロリン]]と[[マーシャル]]を[[ドイツ]]に売却しました。
[[ドイツ]]は両諸島を[[独領ニューギニア]]に編入しました。

[229] [[Shanks]] (2003) は、
[TIME[1901年1月1日0時0分][1901-01-01T00:00]]から、
[[PALAU]] と [[NORTHERN MARIANA ISLANDS]] は [TZ[+09:00]]、
[[MICRONESIA]] のうち [[Yap]] は [TZ[+09:00]]、
[[GUAM]] と
[[MICRONESIA]] のうち [[Chuuk]]、[[Kapingamarangi Island]]、[[Nukuoro Island]] は [TZ[+10:00]]、
[[MICRONESIA]] のうち [[Kosrae]]、[[Mokil Island]]、[[Pingelap Island]]、その他 [[Pohnpae]] は [TZ[+11:00]]、
[[MARSHALL ISLANDS]] は [TZ[+11:00]]
(それ以前は [[LMT]]) としています [SRC[>>228]]。

[25] [[tzdata]] の [CODE[Pacific/Palau]] は[TIME[1901年][year:1901]]を境に [TZ[+09:00]] [SRC[>>137]]、
[CODE[Pacific/Chuuk]] ([[ミクロネシア連邦]]) [SRC[>>137]] と
[CODE[[[Pacific/Guam]]]] ([[グアム]]) [SRC[>>138]] 
は[TIME[1901年][year:1901]]を境に [TZ[+10:00]]、
[CODE[Pacific/Pohnpei]] と [CODE[Pacific/Kosrae]]
([[ミクロネシア連邦]]) [SRC[>>137]]、 [CODE[Pacific/Majuro]] と
[CODE[Pacific/Kwajalein]] ([[マーシャル諸島]]) [SRC[>>137]] は
[TIME[1901年][year:1901]]を境に [TZ[+11:00]] としています。

[41] [[tzdata]] 附属データの [CODE[Pacific/Saipan]] は、
1901年を境に [TZ[+09:00]] としています [SRC[>>40]]。

[98] これらの切替日の根拠は不明です。
[[Shanks]] は他にも幾つかの地域で1901年開始としており、時期不明を表していると思われます。

-*-*-


[8] [TIME[1904年][year:1904]]頃の[[米国海軍天文台]]の[[時差の表]]は、
[[独領]]の
[[Bismarck Archipelago]] [SRC[>>724, >>725, >>726]],
[[New Guinea]] [SRC[>>724, >>725, >>726]],
Caroline and Mariana islands [SRC[>>724]],
[[Carolines]] [SRC[>>725, >>726]],
[[Mariane Islands]] [SRC[>>725, >>726]]
について、
[TZ[+10:00]]
とすることが提案されている、
としていました。



[57] 
[TIME[1906年][year:1906]]の[[日本]]の学術雑誌は、
[TIME[1905年][year:1905]]末の情報として、
[[独領]]の[[ビスマルク諸島]][[カイゼル、ウ[SUB[井]]ルヘルム、ランド]]、[[カロリナ]]、[[マリアナ]]は 
[TZ[+10:00]]、ただし未実施としていました [SRC[>>2152]]。

;; [158] 
[[ビスマルク諸島]][[カイゼル、ウ[SUB[井]]ルヘルム、ランド]]は現在の[[パプアニューギニア]]です
([SEE[ [[パプアニューギニアの標準時]] ]])。
当時の[[ドイツ]]の[[海外領土]]のうち、[[膠州湾]]には未実施の注記がありません
(実際、[TIME[1903年1月][1903-01]]に実施されています)。他の[[トーゴ]]、
[[カメルーン]]、[[独領東アフリカ]]には未実施の注記があります。
[[tzdata]] には[[独領東アフリカ]]の一部について[TIME[1903年3月][1903-03]]に[[標準時]]が実施されたとあります
(が出典も不明で、信憑性は低いです)。他の地域は独領時代の情報が無いようです。
[[独領南西アフリカ]]は[TIME[1903年11月][1903-11]]に[[標準時]]が制定されたようです。
[TIME[1893年][year:1893]]の[[ドイツ]]本国の[[標準時]]実施の後、
[TIME[1903年][year:1903]]から[TIME[1906年][year:1906]]にかけて[[海外領土]]でも[[標準時]]の整備が進められていたと推測されますが、
詳細は不明です。

[275] [[tzdata]] は実施されたか不明とし採用していません。 [SRC[>>339]]

;; [94] [TIME[1906年][year:1906]]、[[ナウル]]を含む[[独領マーシャル諸島]]が[[独領ニューギニア]]に編入されました。
(会社統治領ではなくなりました。)

[95] [[マーシャル諸島]]および[[ナウル]]でも [TZ[+10:00]] が実施されたのかどうかは不明です。

[REFS[
- [724] [CITE[THE CHRONOMETER AND TIME SERVICE OF THE UNITED STATES NAVAL OBSERVATORY AND THE PRESENT STATUS OF STANDARD TIME]]
- [725] [[Appendix IV of the Publications of the United States Naval Observatory]]
- [726] [CITE[Mathematical Geography]]
]REFS]

* 日委任統治領南洋群島

;; [122] [TIME[大正3年/1914年][year:1914]]の[[日独戦争]]により、
[[日本軍]]は[[赤道]]以北の[[独領太平洋諸島]]に進攻しました。
(赤道以南の[[独領ニューギニア]]や[[ナウル]]には[[英軍]]が進攻しました。)

[69] [TIME[大正3年][year:1914]]の[[南洋群島]]へと進攻する日本海軍の文書では、
「当分ノ間特令ナケレハ」[[中央標準時]] [TZ[+09:00]]
を用いること [SRC[>>67]]、通信記録には[[中央標準時]] [TZ[+09:00]]
を用いることが指示されています [SRC[>>68]]。

[346] 
[[tzdata]] は、 
[TIME[1914年10月][1914-10]]を境に
[CODE[Pacific/Majuro]]、
[CODE[Pacific/Chuuk]]、
[CODE[Pacific/Pohnpei]]、
[CODE[Pacific/Kosrae]]
を [TZ[+09:00]] としています。
[SRC[>>339]]
戦況からの推測と思われます。


;; [75] [TIME[大正3年12月][1914-12]]、[[日本海軍]][[臨時南洋群島防備隊]]が設置されました。

[64] [TIME[大正4年1月][1915-01]]の海軍ヤルート島無線電信所の日誌には、
「標準時[LON[東経百七十度][170E]]」とあり [SRC[>>63]]、
[TZ[+11:20]] が使われていたようです。これはほぼ[[ヤルート島]]の[[経度]]です。

[66] [TIME[同2月][1915-02]]の日誌には、
「[LON[百七十度][170E]]標準時 二月九日正午前 [[中央標準時]] 二月九日正午以後」
とあります [SRC[>>65]]。

;; [209] 同時期の他の日誌には特に注記がなく、[[中央標準時]]かと思われます。

[175] これらより、[[日本軍]]の作戦展開上は[[中央標準時]]を基本に用いたものの、
部隊によっては現地[[地方時]]により業務を行っており、
やがてそれが[[中央標準時]]に統一されていったものと思われます。
[[中央標準時]]への統一が軍内部の業務のみで行われたのか、
[[軍政]]下の現地住民への[[行政]]実務にも適用されたのかは定かではありません。

-*-*-

[22] [TIME[大正8年2月1日][1919-02-01]]、[[南洋群島]]で3つの[[標準時]]が施行されました 
[SRC[>>47, >>126]]。
[FIG(table)[
:name: 名称
:delta: [[時差]]
:area: 地域

:name:
[76] [DFN[南洋群島東部標準時]] (初代)
:delta: [TZ[+11:00]]
:area: [[ポナペ民政区]]、[[ヤルート民政区]]

:name:
[77] [DFN[南洋群島中部標準時]]
:delta: [TZ[+10:00]]
:area: [[トラック民政区]]、[[サイパン民政区]]

:name:
[78] [DFN[南洋群島西部標準時]]
:delta: [TZ[+09:00]]
:area: [[パラオ民政区]]、[[ヤップ民政区]]
]FIG]

[81] これは、[TIME[大正8年1月6日][1919-01-06]]臨南防法令第1號
([TIME[大正8年1月7日][1919-01-07]]臨南防第10號[CITE[標準時ニ関スル件]]所収)
[SRC[>>39]] によって定められたものです。

[82] 厳密には「当隊標準時」ということですから[[海軍]]部隊内の[[標準時]] 
([[軍用時]]) なのですが、「当隊」は[[南洋群島]]占領地の[[軍政]]を担当していること、
[[海軍公報]]で[[海軍官房]]から「南洋群島占領地標準時」と称して周知していること [SRC[>>39]] 
から、この時期に既に事実上の地域[[標準時]]として運用されていたと解するのが妥当でしょう。

[83] また、既存法令の改廃への言及が皆無ですから、これより前に
[WEAK[(軍部隊内部のみで作戦時に用いるのだけでなく、広く知らしめられた)]]
[[標準時]]は制定されていなかったと思われます。

[460] 「通信事務」では、[[南洋群島西部標準時]] [TZ[+09:00]] を使ったといいます
[SRC[>>39, >>461]]。これはすなわち[[中央標準時]]です。

[200] [TIME[大正8年/1919年5月][1919-05]]には[[標準時]]について[[英国]]から外交筋経由で照会があり、
この3つの[[標準時]]が回答されたようです [SRC[>>199, >>215]]。

[347] [[tzdata]] は、
[TIME[1919年2月1日][1919-02-01]]を境に
[CODE[Pacific/Majuro]] は [TZ[+11:00]]、
[CODE[Pacific/Chuuk]] は [TZ[+10:00]]、
[CODE[Pacific/Pohnpei]] は [TZ[+11:00]]、
[CODE[Pacific/Kosrae]] は [TZ[+11:00]]
としています。
[SRC[>>339]]




;; [70] [TIME[1919年6月][1919-06]]-[TIME[翌年1月][1920-01]]の[[ベルサイユ条約]]により、[[日委任統治領南洋群島]]となりました。

;; [73] 1922年2月-7月の日米條約により、[[南洋群島]]が[[日本]]の[[委任統治領]]に確定しました。

;; [74] [TIME[1922年4月][1922-04]]、[[日本]]の政府組織[[南洋庁]]が設置され、完全に[[民政]]に移行しました。


[269] [CITE[[TIME[大正十二年][year:1923]]軍艦明石南洋行動豫定表]]なる図には、
[[南洋群島]]の3つの[[標準時]]が[[時計]]として描かれていました [SRC[>>268]]。

[274] 
[TIME[昭和7年][year:1932]]の[[南洋庁]]の書籍には、
[[中央標準時]]の[[時刻]]に基づく[[南洋群島]]各地の気象観測結果が掲載されていました
[SRC[>>273 27ページ他]]。
[[内地]]同様 ([SEE[ [[日本の標準時]] ]]) に気象観測の基準時刻として[[中央標準時]] [TZ[+09:00]]
が採用されていたとみられます。





[127] [TIME[昭和9年1月1日][1934-01-01]]、[[南洋群島]]の3つの[[標準時]]が施行されました。
[TIME[昭和8年12月28日][1933-12-28]]南洋庁告示第42号により規定されたもので、
大正8年に制定されたものと同内容でした。 [SRC[>>84]]。

[85] 大正8年の[[法令]]は[[臨時南洋群島防備隊]]のもので、これは1922年に[[南洋庁]]に[[民政]]業務を引き継ぎ解散しています。
実運用上は[[標準時]]はその後も変わらず用いられていたと思われますが、
法令上も存続していたのかは謎です。昭和8年南洋庁告示が特に既存法令の改廃に言及していませんから、
解散により失効していたとも思われます。
[[民政]]下の[[法令]]としては、この時初めて[[南洋群島]]の[[標準時]]が定められたということになります。

-*-*-

[124] [TIME[昭和12年11月16日][1937-11-16]]南洋庁告示第38号によって2つの[[標準時]]に改められ、
昭和13年/1938年1月1日に実施されました [SRC[>>198, >>125, >>126]]。
[FIG(table)[
:name: 名称
:delta: [[時差]]
:area: 地域

:name:
[61] [DFN[南洋群島東部標準時]] (2代目)
:delta: [TZ[+10:00]]
:area: [[トラック支庁]]、[[ポナペ支庁]]、[[ヤルート支庁]]管下

:name: 
[62] [[南洋群島西部標準時]]
:delta: [TZ[+09:00]]
:area: [[パラオ支庁]]、[[ヤップ支庁]]、[[サイパン支庁]]管下
]FIG]

[56] 当時の政府内文書は、[[内地]]および[[南洋群島]]内各地域の関係が密接になって[[時差]]が不便であることを改正の理由に挙げています。
また、[[台湾]]で用いられていた[[西部標準時]]の廃止にも言及しています。 [SRC[>>55]]
当時の[[台湾]]や[[関東州]]での[[標準時]]改正の動きが[[南洋群島]]にも波及したと考えられます。
[SEE[ [[大東亜の標準時]] ]]

[79] 昭和8年南洋庁告示は、これにより廃止されました [SRC[>>125, >>126]]。

[348] 
[[tzdata]] の 
[CODE[Pacific/Majuro]]、
[CODE[Pacific/Kwajalein]]、
[CODE[Pacific/Pohnpei]]、
[CODE[Pacific/Kosrae]]
は、
[TIME[1937年][year:1937]]を境に
[TZ[+10:00]]
としています。
[SRC[>>339]]

-[374] 
[CITE@ja-JP[マーシヤル諸島南方水産調査書 : 昭和十四年十一月]], [[南洋拓殖]], [TIME[1939.12][1939]], [TIME[2023-01-17T10:48:16.000Z]], [TIME[2023-02-16T07:44:02.778Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/1900002/1/21> (要登録)
-[376] 
[CITE@ja-JP[南洋水産 6(4)(59)]], [[南洋水産協会]], [TIME[1940-04]], [TIME[2023-01-17T10:48:16.000Z]], [TIME[2023-02-16T07:45:04.182Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/1550318/1/16> (要登録)

[375] >>374 >>376 「[V[ヤルート時間]]」 [TZ[+10:00]]

[381] [CITE@ja-JP[南洋群島 4(7)]], [[南洋群島文化協會]], [TIME[1938-07]], [TIME[2023-01-17T10:48:16.000Z]], [TIME[2023-02-16T07:58:07.009Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/2275541/1/66> (要登録)

[V[ポナペ時間]]

-*-*-

[456] [TIME[昭和16年4月1日][1941-04-01]]、昭和16年南洋庁告示第11号により、
[DFN[南洋群島標準時]] [TZ[+09:00]] に[[標準時]]が統一されました [SRC[>>457]]。

[80] 昭和12年南洋庁告示は、これにより廃止されました [SRC[>>457]]。

[349] 
[[tzdata]] の 
[CODE[Pacific/Majuro]]、
[CODE[Pacific/Kwajalein]]、
[CODE[Pacific/Chuuk]]、
[CODE[Pacific/Pohnpei]]、
[CODE[Pacific/Kosrae]]
は、
[TIME[1941年4月1日][1941-04-01]]を境に
[TZ[+09:00]]
としています。
[SRC[>>339]]



[50] [TIME[昭和15年7月][1940-07]]刊行[CITE[南洋群島水路誌]]には、
次のようにあります [SRC[>>49]]。
[FIG(list)[
- [51] [[南洋群島]]では[[南洋群島標準時]] [TZ[+09:00]] を用いている
- [52] [[Guam Island]] では [TZ[+10:00]] を用いている
- [53] [[報時信号]]を発する[[無線電信局]]はないが、
[[東京]]や [[Cavite]] の信号を利用できる
]FIG]

;; [54] 昭和15年刊行ですが、この項には「16年32[SUP[3]]項」と注記があり、
この部分のみ紙を上から貼って修正されていると思われます。


[HISTORY[

[210] 過去の[[南洋群島]]の[[標準時]]に関して触れた [[Webサイト]]などでは、
当初の3区制時代のことのみを扱っているものが多いです。
その後の2区制時代までのみしか扱っていないものもあります。
最終的に[[中央標準時]]に統一されるまでの過程を正しく記述していることはほとんどありません。

[355] 
[[tzdata]] でも[[南洋群島]]時代の情報はまったく欠落していましたが、
[TIME[2018年][year:2018]]の改訂で本ウィキの情報を参考に修正されました [SRC[>>339]]。

]HISTORY]

[366] 
[[昭和時代][昭和時代の日時]]、
[[内地]]では[[夏時刻実施が検討][日本標準時改正案]]されました。
[[内地]]で実施されていれば[[南洋群島]]もそれに合わせて実施された可能性がありますが、
結局未実施に終わりました。




[REFS[
- [67] [CITE[第3戦隊日令第3号]] ([TIME[2016-07-27 23:52:18 +09:00]]) <http://www.jacar.go.jp/DAS/meta/image_C10080134000>
- [68] [CITE[第3戦隊法令第4号]] ([TIME[2016-07-27 23:52:44 +09:00]]) <http://www.jacar.go.jp/DAS/meta/image_C10080133900>
- [63] [CITE[ヤクート島無線電信所戦時日誌 大正4年1月]] ([TIME[2016-07-27 23:00:24 +09:00]]) <http://www.jacar.go.jp/DAS/meta/image_C10080200000>
(3ページ)
- [65] [CITE[ヤクート島無線電信所戦時日誌 大正4年2月]] ([TIME[2016-07-27 23:32:31 +09:00]]) <http://www.jacar.go.jp/DAS/meta/image_C10080200100>
(3ページ)

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[39] [[海軍公報]] 第千九百三十一號 大正八年二月二十日(木) [SRC[>>215]] 所収
]FIGCAPTION]

> 官房第五四二號
> 大正八年二月二十日
> 海軍省副官 小林躋造
> 各廳長殿
> 南洋群島占領地標準時ニ關スル件
> 本件ニ關シ左記ノ通報告有之候條御了知相成度
> 右通知ス
> 記
> 臨南防第一〇號
> 大正八年一月七日
> 臨時南洋群島防衛隊司令官 永田泰次郎
> 海軍大臣加藤友三郎殿
> 標準時ニ関スル件
> 當隊標準時ニ關シ別紙ノ通定メ候
> 右報告ス
> 臨南防法令第一號
> 當隊標準時ニ關シ左ノ通定ム
> 一、東經百三十五度ノ子午線ノ時 (帝國標準時ニ同シ) ヲ以テ「パラオ」及「ヤツプ」
民政區ノ標準時ト定メ之ヲ南洋群島西部標準時ト稱ス
> 二、東經百三五十度ノ子午線ノ時 (帝國標準時ヨリ一時間進ム) ヲ以テ「トラツク」及「サイパン」
民政區ノ標準時ト定メ之ヲ南洋群島中部標準時ト稱ス
> 三、東經百六十五度ノ子午線ノ時 (帝國標準時ヨリ二時間進ム) ヲ以テ「ポナペ」及「ヤルート」
民政區ノ標準時ト定メ之ヲ南洋群島東部標準時ト稱ス
> 四、通信事務ニ關スル時辰ハ南洋群島西部標準時ヲ使用ス
> 五、本令ハ大正八年二月一日ヨリ施行ス
> 大正八年一月六日
> 臨時南洋群島防衛隊司令官 永田泰次郎
]FIG]

- [199] [CITE[国立公文書館 アジア歴史資料センター 標題:11.「マーシャル」群島ニ於テ使用セル標準時ニ関スル件 同]] ([TIME[2015-10-20 12:27:34 +09:00]] 版) <http://www.jacar.go.jp/DAS/meta/image_B12082003900>
- [215] 
[CITE[南洋群島に於て使用する標準時の件]] ([[アジア歴史資料センター | Japan Center for Asian Historical Records]]著, [TIME[2019-02-04 20:06:14 +09:00]]) <https://www.jacar.archives.go.jp/aj/meta/image_C10128256200>
-- 旧: [CITE[国立公文書館 アジア歴史資料センター 南洋群島に於て使用する標準時の件]] ([TIME[2015-10-20 14:02:29 +09:00]] 版) <http://www.jacar.go.jp/DAS/meta/image_C10128256200>
- [461] [CITE@ja[国立国会図書館デジタルコレクション - 東洋灯台表. 大正9年上巻]] ([[水路部]]著, [TIME[大正2-15][year:1926]]) <http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/933814/139>
- [273] [CITE[南洋庁施政十年史 - Google ブックス]]
([TIME[昭和7年7月1日][1932-07-01]]、
[[南洋廳長官々房]]、
[TIME[2018-10-28 21:53:39 +09:00]])
<https://books.google.co.jp/books?id=HCh1Yt-KlDUC>

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[84] [CITE@ja[国立国会図書館デジタルコレクション - 官報. 1934年02月03日]] ([[大蔵省印刷局 '''['''編''']''']]著, [TIME['''['''1964''']'''-][year:1964]]) <http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2958598/4>
]FIGCAPTION]

> 南洋廳告示第四十二號
> 南洋群島標準時ニ關シ左ノ通定メ昭和九年一月一日ヨリ之ヲ施行ス
> 昭和八年十二月二十八日
> 南洋廳長官 林 壽夫
> 一 東經百三十五度ノ子午線ノ時ヲ以テパラオ及ヤツプ支廳管轄區域ノ標準時ト定メ之ヲ南洋群島西部標準時ト稱ス
> 二 東經百五十度ノ子午線ノ時ヲ以テサイパン及トラツク支廳管轄區域ノ標準時ト定メ之ヲ南洋群島中部標準時ト稱ス
> 三 東經百六十五度ノ子午線ノ時ヲ以テポナペ及ヤルート支廳管轄區域ノ標準時ト定メ之ヲ南洋群島東部標準時ト稱ス

]FIG]

- [198] [CITE[国立公文書館 アジア歴史資料センター 標題:南洋群島標準時改正ニ関スル件]] ([TIME[2015-10-20 11:32:33 +09:00]] 版) <http://www.jacar.go.jp/DAS/meta/image_A04018453200>
- [55] [CITE[南洋群島標準時改正ニ関スル件]] ([TIME[2016-07-27 22:45:44 +09:00]]) <http://www.jacar.go.jp/DAS/meta/image_A04018453200>
- [49] [CITE@ja[国立国会図書館デジタルコレクション - Nanyo Gunto(South Seas), pilot. : Report No. 77d(1), USSBS Index Section 2]] 
書誌第7號 [CITE[南洋群島水路誌 マリアナ諸島 カロリン諸島 マーシャル諸島]]
([TIME[昭和15年7月31日][1940-07-31]]、[[水路部]]、[TIME[2016-07-27 22:00:05 +09:00]]) <http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/8821742/22>
(コマ38にも[[グアム]]の[[標準時]]の記事あり。 [[Wake Island]] の記事もあるが[[標準時]]には言及なし。)
- [455] [CITE@ja[国立国会図書館デジタルコレクション - 官報. 1941年06月16日]] ([[大蔵省印刷局 '''['''編''']''']]著, [TIME['''['''1964''']'''-][year:1964]]) <http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2960828/14>

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[457] [SRC[>>455]]
]FIGCAPTION]

> 南洋廳告示第十一號
> 南洋群島標準時左ノ通定メ昭和十六年四月一日ヨリ之ヲ實施ス
> 昭和十二年南洋廳告示第三十八號ハ之ヲ廢止ス
> 昭和十六年三月十日
> 南洋廳長官 近藤 駿介
> 東經百三十五度ノ子午線ノ時ヲ以テ 南洋群島ニ於ケル標準時トス
]FIG]

- [126] [CITE[南洋群島の標準時: Oka Laboratory 備忘録]] ([TIME[2014-08-30 09:36:34 +09:00]] 版) <http://okalab.cocolog-nifty.com/blog/2012/04/post-95e8.html>
- [125] [CITE[南洋群島標準時 - 練成 にわとりメモ]] ([TIME[2014-08-30 06:32:49 +09:00]] 版) <http://d.hatena.ne.jp/ameni/20070527/1180194010>
- [47] [CITE[日本の標準時]] ([TIME[2007-02-06 05:12:07 +09:00]] 版) <http://www.asj.or.jp/geppou/archive_open/1997/pdf/19971001c.pdf>
- [268] [CITE@ja[藤代かのめ 21ゆりりずむさんのツイート: "すげえ!明石の南洋諸島行動予定表とか載ってる!!!… "]] ([TIME[2018-04-13 12:26:00 +09:00]]) <https://twitter.com/chrms_/status/982492635737702400>
- [288] [CITE@ja[映画『タリナイ』公式さんのツイート: "〔佐藤冨五郎日記|1943年8月2日〕 午前二時三十分起床 煙草 洋カン〈羊羹〉配給 銃隊教練ヲ行 75年前の今日、父、佐藤冨五郎さんはウォッチェ環礁のウォッチェ島で、マーシャル時間の午前五時三十分に起床しました。日記は時差が三時間ある日本時間で記しています⏰ https://t.co/4vnArUQBlW… https://t.co/s66CHRn00q"]]
([TIME[2019-01-02 19:08:59 +09:00]])
<https://twitter.com/tarinae_film/status/1024808120030089216>

;; [264] 「マーシャル時間」は米領時代以後の [TZ[+12:00]]
を使っている。現在の読者の便宜のためかもしれないが、
当時の「マーシャル時間」は [TZ[+09:00]]。
[[地理的][地理的時間帯]]には [TZ[+11:00]]。
[[地方時]]は [TZ[+11:20]]。
果たしてどう紹介するのが正しいのか考えさせられる。


]REFS]

* 米信託統治領太平洋諸島

;; [19] [TIME[1944年][year:1944]]-[TIME[1945年][year:1945]]、[[米軍]]が[[南洋群島]]に進攻しました。

[297] [[マーシャル諸島]]の[[クェゼリン]]や[[マジュロ]]の戦闘に関する [[Wikipedia]]
の[[日本語]]版 [SRC[>>295]] と[[英語]]版 [SRC[>>296]] の記事をみると、
内容が異なるので比較は難しいですが、
全般的に[[日本語]]が1日進んでいるようです。
両者の出典とする日米の戦史が異なる[[時刻]]を用いているためと思われます。
当時も現地で戦史と同じ[[時刻]]を用いていたのだとすると、
[[米軍]]はこの地域で[[アメリカ日付]]を用いたということになります。
[SEE[ [[軍用時]] ]]


[299] 
[[グアム島]]、[[サイパン島]]など[[マリアナ諸島]]や、
[[日本列島]]各地を含む領域での作戦では、[[米軍]]は [TZ[+10:00]]
を使っていました。
[SEE[ [[軍用時]] ]]

[300] 
旧[[南洋群島]]および周辺諸島は、停戦まで[[日本]]支配地域と[[米国]]支配地域が混在する状況となりました。
停戦後、[[米軍]]は諸島を順次統治下に収めていきました。
それに伴い[[時刻]]も[[米軍]]のものに置き換えられていったと思われます。
ただし、[[グアム]]や[[サイパン]]を含めいくつかの島では、
停戦後何十年も[[残留日本兵]]が生存していました。
そこでは[[中央標準時]] [TZ[+09:00]] が使われ続けていたかもしれません。


[350] 
[[tzdata]] の [CODE[Pacific/Majuro]] は、
[TIME[1944年1月30日][1944-01-30]]を境に [TZ[+11:00]]
としています。
[SRC[>>339]]
戦況からの推測と思われます。


[113] [[米軍]]は[[マーシャル諸島]]の[[クェゼリン島]]を基地としました。
[[マーシャル諸島共和国]]として[[独立]]した現在も、
全域が[[米軍基地]]となっています。どの時期からかは不明ですが、
遅くても1950年代 [SRC[>>111]]
から1960年代 [SRC[>>281]] には、[[アメリカ日付]]である
[TZ[-12:00]] を使っていたようです。

[28] 
[[tzdata]] の
[CODE[Pacific/Kwajalein]]
は、
[TIME[1944年2月6日][1944-02-06]]を境に
[TZ[+11:00]] としています [SRC[>>339]]。
更に
[TIME[1969年10月][1969-10]]を境に
[TZ[-12:00]] としています [SRC[>>137]]。
その根拠は不明です (>>33)。

;; [112] [[Wikipedia]] は[[ハワイ標準時]] [SRC[>>32]] [TZ[-10:00]] を使っていたとしています。

[60] [[tzdata]] は、[TIME[1945年8月][1945-08]]を境に
[CODE[Pacific/Chuuk]] は [TZ[+10:00]]、
[CODE[Pacific/Pohnpei]] は [TZ[+11:00]]、
[CODE[Pacific/Kosrae]] は [TZ[+11:00]]
としています。
[SRC[>>339]]
戦況からの推測と思われます。




[107] [TIME[昭和21年2月3日][1946-02-03]]の[[日本軍]]の文書には、
「[[カロリン]]、[[ウエーキ]]時間ハ[[重慶時間]]ト三時間ノ差アリ」 [SRC[>>470]]
とあります。[[重慶時間]]が[[中華民国重慶国民政府]]の[[冬時間]] [TZ[+07:00]] だったとすれば、
[[カロリン諸島]]と[[ウェーク島]] (に加え、おそらくその間にある[[マーシャル諸島]]と[[カロリン諸島]]北側にある[[マリアナ諸島]]) は [TZ[+10:00]] ということになります。


;; [71] [TIME[1947年7月18日][1947-07-18]]、
旧[[南洋群島]]は[[米信託統治領太平洋諸島]]となりました。
[[米領太平洋諸島]]は引き続き[[米国海軍]]の[[軍政]]下におかれました。

;; [305] 
[TIME[1950年][year:1950]]、
[[米領太平洋諸島]]は[[軍政]]から[[内務省]]管下の[[民政]]に移行しました。
6つの[[郡]]に順次[RUBYB[群島地方議会]@en[Islands district legislature]]が設置されました。

[166] [TIME[1950年][year:1950]]の[[米国政府]]の[[時差の表]]では、
[[パラオ]]、[[カロリン諸島]]、[[大宮島]]、[[マリアナ諸島]]は [TZ[+10:00]]、
[[マーシャル諸島]]、[[大鳥島]]は [TZ[+12:00]] となっていました [SRC[>>165]]。


;; [106] [TIME[1952年][year:1952]]、[[サンフランシスコ平和条約]]により[[日本]]の[[南洋庁官制]]が[[失効]]したとされています
(実際には既に閉鎖済み)。[[日本の法令]]としての[[南洋庁]]の諸規則も、
同じく[[失効]]したと思われます。しかし旧[[南洋群島]]一帯の現地[[法令]]としては、
この後も一部が存続していました。ですが >>107 が正しければ、
これよりも前に[[米軍]]の[[布告]]か何かによって新たな[[標準時]]が指定されていた可能性があります。

;; [306] 
[TIME[1952年][year:1952]]、
[[ロタ島]]を除く[[北マリアナ諸島]]が[[内務省]]から[[海軍省]]に移管されました。

;; [307] 
[TIME[1956年][year:1956]]、
[[米領太平洋諸島]]6[[郡]]の代表による[RUBYB[[[マイクロネシア郡際会議]]][Inter-District Micronesian Conference]]が設置されました。
すぐに[RUBYB[[[マイクロネシア評議会]]][Council of Micronesia]]に改称されました。


[168] [TIME[1957年3月][1957-03]]の世界の標準時の表では、
[[カロリン諸島]]は[LON[東経160度][160E]]以東 [TZ[+12:00]]、
以西 [TZ[+10:00]]、
[[Truk]] と [[Ponape]] が [TZ[+11:00]]、
[[マリアナ諸島]]と[[大宮島]]は [TZ[+10:00]]、
[[マーシャル諸島]]は [TZ[+12:00]]、
Nanyo Gunto は [TZ[+09:00]] となっています [SRC[>>167]]。

;; [169] [[南洋群島]]と各諸島が両方掲載されていたり、[[滿洲]]が [TZ[+09:00]]
となっていたりする怪しい表ですが、これを信じるなら Kosrae は既に [TZ[+12:00]]
に属していたことになります。

[179] 1950年代の米国政府の地図に基づき描かれたのではないかと推測される時期不明の地図では、
[[カロリン諸島]]西部が [TZ[+09:00]]、[[マリアナ諸島]]・[[大宮島]]
(・[[小笠原諸島]]・[[南鳥島]]) が [TZ[+10:00]]、[[カロリン諸島]]東部
([[コスラエ]]含む。) が [TZ[+11:00]]、[[マーシャル諸島]]が [TZ[+12:00]]
で塗られているように見えます [SRC[>>178]]。

;; [93] 
[TIME[1960年10月1日][1960-10-01]]、
[[米国海軍]]により
[[Kwajalein Test Center]]
が設置されました。


;; [308] 
[TIME[1962年5月][1962-05]]、
[[北マリアナ諸島]]は[[海軍省]]から[[内務省]]に移管されました。
[[米領太平洋諸島]]の中央政庁は[[グアム島]]から[[サイパン島]]に移転しました。

;; [352] 
[TIME[1964年7月1日][1964-07-01]]、
[[Kwajalein Test Center]]
は[[米国陸軍]]に移管されました。


;; [309] 
[TIME[1965年][year:1965]]、
[[マイクロネシア評議会]]に替えて[RUBYB[[[マイクロネシア議会]]][Congress of Micronesia]]が設置されました。



[223] [TIME[1966年][year:1966]]の[[米国]]の書籍 [CITE[Time Changes]] 
(米国版) は、
[[MARIANA ISLANDS]] を [TZ[+09:00]]、
[[MARSHALL ISLANDS]] と [[GUAM]] を [TZ[+10:00]]、
[[WAKE ISLAND]] を [TZ[+12:00]] としていました [SRC[>>220]]。

[224] [[CAROLINE ISLANDS]] について元は 
[TZ[+10:20]] だったところ[RUBYB[近年]@en[In recent years]]
Eastern Carolines が [TZ[+10:00]]、
Western Carolines が [TZ[+09:00]] と変更された
[SRC[>>220]] としていました。

;; [226] [LON[東経155度]] ([TZ[+10:20]]) は[[ポナペ島]]の西方に当たります。
[[太平洋諸島信託統治領]]の領域がおよそ[LON[東経130度][130E]]から[LON[東経180度][180E]]にわたり、
その丁度中央ということになります。
ここでいう Western Carolines がどの領域かわかりませんが、 [LON[東経155度]]以東も含まれるのは明らかですから、
[TZ[+10:20]] から [TZ[+10:00]] に変更されたとすると不自然に思えます。
また[[マーシャル諸島]]を含む領域の中央で [TZ[+10:20]] が用いられたのであれば、
[[マーシャル諸島]]も [TZ[+10:00]] となる前は [TZ[+10:20]] だったと推測したくなりますが、
この変更も不自然です。
[[グアム]] [TZ[+10:00]] と[[サイパン]] [TZ[+09:00]] の[[時差]]も不自然です。

[310] 
[[カロリン諸島]]のうち[[パラオ]]が[[米国]]統治当初 [TZ[+10:00]]
だったのがこの頃 [TZ[+09:00]] に変更されたとすれば、他の多くの情報と整合しますが、
どうでしょう。

-*-*-

[142] [TIME[1968年10月][1968-10]]の時刻表によると、
[[パラオ]]は [TZ[+09:00]]、[[北マリアナ諸島]]と[[ヤップ]]・[[トラック]]は [TZ[+10:00]]、
[[グアム]]と[[ポナペ]]は [TZ[+11:00]]、[[Majuro]] は [TZ[+11:00]]、[[Kwajalein]] は [TZ[-12:00]]
でした [SRC[>>141]]。

[401] 
>>397 /96 May 16, 1968 の航空時刻表 各島の地方時記載あり

;; [72] [TIME[1969年4月][1969-04]]-[TIME[7月][1969-07]]、
日米間で[[ミクロネシア協定]]が締結され、
[[信託統治]]を終了させることが確認されました。

-*-*-

[230] [[Shanks]] (2003) は、 
[TIME[1969年10月1日0時0分][1969-10-01T00:00]]から、
[[NORTHERN MARIANA ISLANDS]] を [TZ[+10:00]]、
[[MICRONESIA]] のうち [[Yap]] を [TZ[+10:00]]、
[[MICRONESIA]] のうち [[Kosrae]]、[[Mokil Island]]、[[Pingelap Island]] を [TZ[+12:00]]、
[[MARSHALL ISLANDS]] のうち [[Kwajalein Island]] のみ [TZ[-12:00]]、
[[MARSHALL ISLANDS]] のそれ以外の地域 ([[Eniwetok Island]] を含む。) を [TZ[+12:00]]
としています [SRC[>>228]]。

[26] [[tzdata]] の [CODE[Pacific/Kosrae]] は
[TIME[1969年10月][1969-10]]を境に [TZ[+12:00]] としています [SRC[>>137]]。

[27] [[tzdata]] は[TIME[1969年10月][1969-10]]を境に [CODE[Pacific/Majuro]] を 
[TZ[+12:00]] としています [SRC[>>137]]。
[CODE[Pacific/Kwajalein]]
は
[TZ[-12:00]] としています [SRC[>>137]]。

[36] [[tzdata]] 附属データの [CODE[Pacific/Saipan]] は、
1969年10月を境に [TZ[+10:00]] としています [SRC[>>40]]。

;; [33] 1969年10月が何の日付なのかは不明です。

[162] [TIME[1968年][year:1968]]の米国政府の地図に基づくという
[TIME[1972年][year:1972]]に日本で発行された地図では、
[[南洋群島]]は [TZ[+09:00]], [TZ[+10:00]], [TZ[+11:00]], [TZ[+12:00]]
で塗られています。
[[Kosrae]] は [TZ[+12:00]] に属しているように見えます。
[[Kwajalein]] は [TZ[-12:00]] と描いているように見えます。
[[大鳥島]]は [TZ[+12:00]] に塗られています。 [SRC[>>549]]

[202] 1970年代の[[航空機]]の[[時刻表]]には、次のようにあります。

[FIG(list)[
- [TZ[-10:00]] HONOLULU [SRC[>>201, >>204, >>205]], JOHNSTON IS [SRC[>>201]], JOHNSTON [SRC[>>205]], MIDWAY IS [SRC[>>204]]
- [TZ[-12:00]] KWAJALEIN [SRC[>>201, >>204, >>205]]
- [TZ[+12:00]] MAJURO [SRC[>>201, >>204, >>205]], NAURU [SRC[>>201]]
- [TZ[+11:00]] PONAPE [SRC[>>201, >>204, >>205]]
- [TZ[+10:00]] TRUK, YAP, GUAM, SAIPAN [SRC[>>201, >>204, >>205]], ROTA [SRC[>>201, >>204]]
- [TZ[+09:00]] KOROR, OKINAWA [SRC[>>201, >>204]], PALAU, NAGOYA, TOKYO [SRC[>>205]]
- [TZ[+08:00]] MANILA [SRC[>>205]]
]FIG]

[206] 同時期 ([TIME[1977年][year:1977]]) の路線図は、
次のような[[時間帯図]]になっています [SRC[>>207]]。
同じ航空会社の表と図で矛盾しているようにみえますが...

[FIG(list)[
- [TZ[-10:00]] [[ハワイ]]
- [TZ[-11:00]] [[MIDWAY I.]], [[JOHNSTON I.]]
- [TZ[+12:00]] [[WAKE I.]], [[MARSHALL IS.]] ([[KWAJALEIN]] も明記されているが[[時差]]の特記なし), [[コスラエ]] (区域的には含まれるが明記なし)
- [TZ[+11:00]] [[PONAPE]], [[TRUK IS.]]
- [TZ[+10:00]] [[YAP IS.]], [[GUAM]], [[MARIANAS ISLANDS]], [[BONIN IS.]]
- [TZ[+09:00]] [[PALAU IS.]]
]FIG]

-*-*-

[5] [[米信託統治領太平洋諸島]][RUBYB[[[マリアナ諸島区]]]@en[Mariana Islands District]]の[[法典]]
([ABBR[[[MIDC]]]@en[Mariana Islands District Code]]) は、
[[マリアナ諸島標準時]] [TZ[+10:00]] を[[標準時]]として定めると共に、
[RUBYB[区行政官]@en[district administrator]]が[[夏時刻]]を実施できると定めていたようです。
[SRC[>>13, >>14]]

[15] 実際に[[夏時刻]]が実施されたのかどうかは不明です。
地理的に近く政治的に関係も深い[[グアム]]では、
[TIME[1959年][year:1959]]から
[TIME[1977年][year:1977]]まで断続的に[[夏時刻]]を実施していました
(>>261)。
それに合わせて実施された可能性も考えられますが、
[TIME[1968年][year:1968]] (>>142)、
[TIME[1970年][year:1970]] (>>301) の情報は[[グアム]]のみで[[夏時刻]]としていました。

[314] [[北マリアナ諸島]]は[TIME[1962年5月][1962-05]]まで、
[[グアム]]の[[米国海軍]]の統治下にありました。
[TIME[1962年5月][1962-05]]には[[米領太平洋諸島]]の[[首都]]が[[グアム]]から[[北マリアナ諸島]]の[[サイパン]]に移転しました。
その前の[TIME[1959年][year:1959]]の[[夏時刻]]は実施されたとすると、
[[MIDC]] に[[夏時刻]]の規定が存在することの説明がつきます。
[TIME[1968年][year:1968]]の日本返還まで[[グアム]]の[[米国海軍]]の統治下の[[小笠原諸島][米領小笠原]]で[[夏時刻]]が実施されたこと
([SEE[ [[小笠原の標準時]] ]]) とも整合します。
[[民政]]移管され、経済的にはともかく政治的には[[グアム]]との関係が比較的薄まり、
[[グアム]]に追随する必要がなくなったのではないでしょうか。

[HISTORY[
[353] 
[[tzdata]] は、
資料がないとして[[グアム]]と同じ[[夏時刻]]としています。 [SRC[>>339]]
]HISTORY]


[402] 
[CITE@ja-JP[南洋の島めぐり]], [[秋庭武美]], [TIME[1967]], [TIME[2024-07-30T10:51:24.000Z]], [TIME[2024-07-31T14:08:39.737Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/2977351/1/66> (要登録)

[403] >>402 
[TIME[西暦1967(昭和42)年][1967]]、
サイパン政庁の指示で[[トラック島]]で[[夏時刻]]が実施された(と思ったら中止された)ときのどたばた。

[404] [[トラック島]]でも実施されていたということは、他の島嶼でも実施されていた可能性が高いだろう。

-*-*-

[4] [[米信託統治領太平洋諸島]]全体の[[法典]] ([[TTC]])
には[[標準時]]の規定は含まれていなかったようです。

[18] [[マリアナ諸島区]]以外の各区 (現[[パラオ]]、[[ミクロネシア連邦]]、[[マーシャル諸島]])
の[[法令]]でも[[標準時]]と[[夏時刻]]が規定されていても良さそうなものですが、
現[[ミクロネシア連邦]]各区の[[法令]]集の[[マリアナ諸島標準時]]の規定に相当する部分には、
何の規定も含まれていません。


;; [20] [[信託統治]]は終了し、[[米領北マリアナ諸島準州]] ([TIME[1978年][year:1978]]) と、
[[独立国]] ([[米国]]との[[自由連合]]) の[[パラオ]] ([TIME[1994年][year:1994]])、
[[ミクロネシア連邦]] ([TIME[1986年][year:1986]])、
[[マーシャル諸島]] ([TIME[1986年][year:1986]]) に分割されました。


[REFS[
- [165] [TIME[1950年][year:1950]] [CITE[Standard time throughout the world]] [[時差の表]]
- [167] [TIME[1957年3月][1957-03]] STANDARD TIMES [[時差の表]]
- [178] 20世紀後半初期 時間帯図 [[時差の表]]
- [141] [TIME[1968年10月][1968-10]] [CITE@en[Timetable and Fare Information]] [[時差の表]]
- [549] [TIME[1972年][year:1972]] [CITE[世界大百科事典]] [[時差の表]]
- [1] [CITE[Public Law 94-241 94th Congress Joint Resolution To approve the "Covenant To Establish a Commonwealth of the Northern Mariana Islands in Polilical Union with the United States of America", and for other purposes.]] ([TIME[2013-01-17 03:56:03 +09:00]]) <https://www.gpo.gov/fdsys/pkg/STATUTE-90/pdf/STATUTE-90-Pg263.pdf>
- [197] [CITE[Continental Micronesia]] ([TIME[2009-04-03 01:40:18 +09:00]]) <http://www.airtimes.com/cgat/gu/airmicronesia.htm>
-- [201] [CITE[Timetable]] EFFECTIVE: FEBRUARY 1, 1970 ([TIME[2004-03-07 13:42:53 +09:00]]) <http://www.airtimes.com/cgat/gu/airmicronesia/detail/timetable700201am.jpg>
-- [207] [CITE[Route map, April 24, 1977]] ([TIME[2004-03-07 13:42:36 +09:00]]) <http://www.airtimes.com/cgat/gu/airmicronesia/detail/map770424am.jpg>
- [203] [CITE[Continental Micronesia - Air Micronesia]] ([TIME[2016-11-11 19:42:28 +09:00]]) <http://www.timetableimages.com/ttimages/cs3.htm>
-- [204] Effective: October 15, 1971 [CITE[Air Micronesia - Continental Airlines]] ([TIME[2016-11-11 19:42:30 +09:00]]) <http://www.timetableimages.com/ttimages/cs7110.htm>
-- [205] [CITE[Service effective March 18, 1984]] ([TIME[2009-06-16 06:59:52 +09:00]]) <http://www.timetableimages.com/ttimages/complete/cs84/cs84-4.jpg>
- [302] [CITE@en[Airline Maps]] ([TIME[2019-01-07 14:12:23 +09:00]]) <http://airlinemaps.tumblr.com/post/178947580287/continental-air-micronesia-routes-1978-the>
-- Continental Air Micronesia routes, 1978
-- The Continental Air Micronesia routes from an 8 January 1978 timetable.

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[298] [CITE[POW]]
([TIME[2004年11月][2004-11]]掲載 [TIME[2013-04-30 20:17:53 +09:00]])
<http://www.us-japandialogueonpows.org/Leaming-J.htm>
]FIGCAPTION]

> 1942年2月1日、第8機動部隊はマーシャル諸島を攻撃した。その朝4時45分(1) までに、攻撃隊はロイ島(2)  を爆撃する途上にあった。7時少し前にロイ島を視認。隊長は爆撃態勢に入るため、右梯形編隊を下令した。7時、攻撃隊は14,000フィートから降下を開始し、急降下中であった。
> [SNIP[]]
> 1)現地時間。米側は何処へ行っても現地時間を使用した。
> 2)日本側は「ルオット」と呼称した。

]FIG]

- [295] [CITE@ja[クェゼリンの戦い - Wikipedia]] ([TIME[2019-01-01 15:23:44 +09:00]]) <https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%82%A7%E3%82%BC%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%81%AE%E6%88%A6%E3%81%84>
- [296] [CITE@en[Battle of Kwajalein - Wikipedia]] ([TIME[2018-12-21 19:34:26 +09:00]]) <https://en.wikipedia.org/wiki/Battle_of_Kwajalein>

]REFS]

* 米領北マリアナ諸島準州


[3] 現在の[[米領北マリアナ諸島準州]]法典 ([[CMC]]) は、
[DFN[[RUBYB[マリアナ諸島標準時]@en[Marianas Standard Time]]]] [TZ[+10:00]]
を[[標準時]]と定めています [SRC[>>13]]。また、[[夏時刻]]は実施しないと定めています
[SRC[>>14]]。

[16] この[[標準時]]の規定は、 [[MIDC]] が出典となっており [SRC[>>13]]、
[[信託統治領]]時代の行政区の法令がそのまま継承されているようです。
[[夏時刻]]については、[[北マリアナ諸島]]が[[アメリカ合衆国]]の[[準州]]となって[[連邦法]]が一部適用されるようになった [SRC[>>1]]
ため、[[夏時刻]]に関する[[連邦法]]の規定に従い元の条項は失効したと解釈された [SRC[>>14]]
ようです。

[377] [CITE@ja-JP[保育界 (151)(253);1987年3月号]], [[日本保育協会]], [TIME[1987-03]], [TIME[2023-01-17T10:48:16.000Z]], [TIME[2023-02-16T07:53:20.608Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/11197194/1/9> (要登録)

[378] [V[サイパン時間]] 日本と時差1時間

-*-*-

[38] [TIME[2000年][year:2000]]、[[北マリアナ諸島準州]]の[[標準時]]の規定が[[連邦法]]にも取り込まれました (>>253)。

[319] 
[[北マリアナ諸島]]の[[時計]]は正確でないことが多いようです
[SRC[>>172, >>173]]。

[REFS[
- [359] 
[CITE[Welcoming America's newest commonwealth : the second interim report of the Northern Mariana Islands Commission on Federal Laws to the Congress of the United States]],
[[Northern Mariana Islands Commission on Federal Laws]],
[TIME[August 1985][1985-08]]
([TIME[2019-01-28 09:53:27 +09:00]])
<https://babel.hathitrust.org/cgi/pt?id=umn.31951d008186861;view=1up;seq=154>
(pp. 329-331)

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[13] ([TIME[2013-12-09 15:55:13 +09:00]] 版)
<http://www.cnmilaw.org/pdf/cmc_section/T1/501.pdf>
]FIGCAPTION]

> TITLE 1:
> GENERAL PROVISIONS
> § 501. Standard Time: Defined.
> The standard time throughout the Commonwealth shall be the mean solar time
of the one hundred fiftieth degree of longitude east from Greenwich (150°E).
This time shall be known as Marianas Standard Time.
> Source: MIDC § 1.20.010.

]FIG]

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[14] ([TIME[2013-12-09 15:55:15 +09:00]] 版)
<http://www.cnmilaw.org/pdf/cmc_section/T1/502.pdf>
]FIGCAPTION]

> TITLE 1:
> GENERAL PROVISIONS
> § 502. Exemption from Daylight Savings Time.
> The Commonwealth of the Northern Mariana Islands is hereby exempted from
the provisions of 15 U.S.C. § 260a. The entire Commonwealth shall observe the
standard time set forth in 1 CMC § 501.
> Source: See 15 U.S.C. § 260a.
> Commission Comment: This section provides a legal basis for current
practice.
> MIDC § 1.20.020 authorized the former district administrator to provide for
daylight savings time during dates specified in administrative directives. However,
the federal Uniform Time Act (15 U.S.C. §§ 260 et seq.) provides that it
supersedes inconsistent state laws; see 15 U.S.C. § 260a(b). Under the Uniform
Time Act, “state” includes “any possession of the United States” (15 U.S.C.
§ 267), and, because that term is applicable to Guam (see 1 GCA § 1010), the
act applies within the Commonwealth, as well. 

]FIG]

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[172] [CITE@ja[アクセス]]
([TIME[2002-10-01 05:17:07 +09:00]])
<http://rota.gn.to/access.htm>
]FIGCAPTION]

> ※サイパンの空港の時計は信用できません。自分の時計で行動してください。

]FIG]


[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[173] [CITE[サイパンの基本情報です。必要な情報はチェックしましょう。]]
([[ビーフリートラベル・サイパン BeFree Travel Saipan]]著, [TIME[2014-09-12 17:24:44 +09:00]])
<http://www.mysaipan.net/kihonjoho/kihonjoho.htm>
]FIGCAPTION]

> サイパンは、公共の場には時計をみかけることがあまりありません。あっても正確でない場合が多いので、必ず到着時には、時計を1時間進めることをお忘れなく。

]FIG]


[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[132] [CITE@ja[サイパン・テニアン・ロタ情報:マリアナ政府観光局公式サイト - 知っておくと便利]] ([[ANETT Inc.]] 著, [TIME[2014-07-10 04:44:59 +09:00]] 版) <http://japan.mymarianas.com/basic-info/useful/>

[CITE@ja[サイパン・テニアン・ロタ情報:マリアナ政府観光局公式サイト - 知っておくと便利]]
([[ANETT Inc.]]著, [TIME[2019-01-18 17:28:47 +09:00]])
<https://web.archive.org/web/20140818051828/japan.mymarianas.com/basic-info/useful/>
]FIGCAPTION]

> 時差は1時間。北マリアナ諸島の方が日本より1時間先行しています。日本の正午は、北マリアナ諸島の午後1時。

]FIG]



]REFS]

* ミクロネシア連邦



[235] [[Shanks]] (2003) は、
[TIME[1978年10月1日][1978-10-01]]より、
[[MICRONESIA]] のうち [[Chuuk]]、[[Kapingamarangi Island]]、[[Nukuoro Island]]
を [TZ[+11:00]] としています [SRC[>>228]]。

[31] [[tzdata]] の注釈は、 [[Shanks & Pottenger]] に[[チューク諸島]]
([[ミクロネシア連邦]]) が [TZ[+10:00]] から [TZ[+11:00]]
に[TIME[1978年10月1日][1978-10-01]]に切り替えたとあるものの、
90年代時点で現に [TZ[+10:00]] を使っている、として無視しています。

[236] [TIME[1977年][year:1977]]の[[地図]]で [[TRUK IS.]] を [TZ[+11:00]] 
としているものがあります (>>206) から、何らかの事実が歪んで伝わっている可能性はあります。

[HISTORY[
[44] [[Time Changes]] (世界版) の [[SOUTH SEA MANDATED TERRITORIES]]
には、[[標準時]]が次のようにありました [SRC[>>1256]]。

- [[Mariana or Iadrone Islands]] [TZ[+09:00]]
- [[Carolines]] ([[Palau]], [[Peleliu]], [[Truk]], [[Yap]])
-- [LON[154E]] 以東 [TZ[+11:00]]
-- [LON[154E]] - [LON[148E]] [TZ[+10:00]]
-- [LON[148E]] 以西 [TZ[+09:00]]
- [[Marshall Islands]] ([[Bikini]], [[Eniwetok]], [[Kwaylein]])
-- [TZ[+11:00]]

[97] 他の情報を矛盾しており、誤りと考えられます。
出典は不明ですが、何らかの古い時代の情報を反映している可能性もあります。
([[SOUTH SEA MANDATED TERRITORIES]] すなわち[[南洋群島委任統治領]]となっているので、
[[日本]]統治時代の情報のようにも思えますが、完全に一致する時代はありません。
]HISTORY]

-*-*-


[164] [TIME[1992年][year:1992]]に[[日本]]で発行された書籍の[[地図]]では、
[[Kosrae]] が [TZ[+11:00]] で塗られています [SRC[>>163]]。

[21] [[tzdata]] の [CODE[Pacific/Kosrae]] は、
1999年を境に [TZ[+11:00]] としています [SRC[>>137]]。
根拠として、[TIME[1999年][year:1999]]時点での[[ミクロネシア連邦]]政府の 
[[Webサイト]]の記述を挙げています。

[153] [CSECTION@en[Standard Time Zones of the World]] ([[CIA]] [CITE[World Factbook]] 所収)
は、 [[Kosrae]] を1985年版-2007年版で [TZ[+12:00]] に、2008年版以降で [TZ[+11:00]] 
に入れています [SRC[>>154]]。

-*-*-

[318] 
21世紀の[[ミクロネシア連邦]]では、
連邦政府観光局の
[[Webサイト]]によると、
[[ヤップ]]と[[チューク]]は [TZ[+10:00]]、
[[ポンペイ]]と[[コスラエ]]は [TZ[+11:00]]
を使っています。 
[SRC[>>120, >>17]]


[317] [[ミクロネシア連邦]]の法典には[[北マリアナ諸島]]同様の条項は見当たらず、
どのように[[標準時]]が規定されているのか (いないのか) は不明です。


[128] [[日本領南洋群島]]時代と比較すると、
[[ミクロネシア連邦]]のうち、旧[[ポナペ支庁]]管下は [TZ[+11:00]]
[WEAK[(初代[[南洋群島東部標準時]]と同じ)]]、旧[[トラック支庁]]管下は [TZ[+10:00]]
[WEAK[(旧[[南洋群島中部標準時]]および2代目[[南洋群島東部標準時]]と同じ)]]、
旧[[ヤップ支庁]]管下は [TZ[+10:00]] [WEAK[([[南洋群島]]時代より1時間早い)]]
となっているようです [SRC[>>17]]。


[REFS[
- [1256] [[Time Changes]] (1982)
- [163] [TIME[1992年][year:1992]] [CITE[21世紀こども地図館]] [[時差の表]]

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[120] [CITE[Visitor Information - Federated States of Micronesia]]
([TIME[2019-01-18 17:16:32 +09:00]])
<https://web.archive.org/web/20021217174402/http://www.visit-fsm.org:80/visitors/visitors.html>
]FIGCAPTION]

> Time:
> The FSM spans two time zones. Yap and Chuuk are 10 hours ahead of GMT; Pohnpei and Kosrae are GMT +11 hours.

]FIG]

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[17] [CITE[ミクロネシア連邦政府観光局 -ヤップ、チューク、ポンペイ、コスラエ-]]
([TIME[2012-09-04 06:18:47 +09:00]] 版)
<http://www.visit-micronesia.fm/jp/guide/general.html>

[CITE[ミクロネシア連邦政府観光局 -ヤップ、チューク、ポンペイ、コスラエ-]] ([TIME[2019-01-18 17:13:33 +09:00]]) <https://web.archive.org/web/20120310190655/www.visit-micronesia.fm/jp/guide/general.html>
]FIGCAPTION]

> ミクロネシア連邦には2つの時間帯があります。
> ヤップとチュークは標準時プラス10時間(日本時間プラス1時間)、ポンペイとコスラエは標準時プラス11時間(日本時間プラス2時間)です。

]FIG]

]REFS]

* マーシャル諸島共和国


[134] [[マーシャル諸島共和国]]は現在 [TZ[+12:00]]
を用いています。


[37] [[マーシャル諸島共和国]]の法典には[[北マリアナ諸島]]同様の条項は見当たらず、
どのように[[標準時]]が規定されているのか (いないのか) は不明です。

-*-*-

[196] [TIME[1991年][year:1991]]の[[マーシャル諸島]]の[[航空機]]の時刻表 [SRC[>>195]] では、
[[KWAJALEIN]]・[[MAJURO]] 間で所要時間約1時間で[[日付変更線]]を挟んでいるのであろう時刻が記載されています。

[157] [TIME[1992年][year:1992]]の米国政府出版の地図は、
[[Kwajalein]] に加えて [[Enewetak]] も [TZ[-12:00]] としています。
(他の[[マーシャル諸島]]と[[ウェーク島]]は、 [TZ[+12:00]] としています。)
[SRC[>>156]] [[Enewetak]] には[TIME[1944年][year:1944]]に[[米軍]]が進攻し、
その後全島が[[米軍基地]]となっていましたが、
1970年代から民間人も住むようになったようです。
[[米軍基地]]では [[Kwajalein]] と同期間に [TZ[-12:00]] を用いていたと思われます。
民間人も [TZ[-12:00]] を用いていたのかは不明です。

;; [161] 同時期の [[CIA]] の地図では [[Kwajalein]] のみ [TZ[-12:00]] としています。

[155] [CSECTION@en[Standard Time Zones of the World]] ([[CIA]] [CITE[World Factbook]] 所収)
には、 
[[Kwajalein]] は[[ハワイと同じ日付]]だと注記がありました
([[ウェーク島]]など他の周囲の島にはありませんでした
[SRC[>>154]]。

[303] 当時の航空時刻表にも同様の注記がありました。

[HISTORY[
[217] [[計算機ソフトウェア]]の[[時間帯]]の定義の中には、未だに
[[Kwajalein]] と [[Enewetak]] を [TZ[-12:00]] として掲載しているもの
[SRC[>>211, >>212, >>213, >>214, >>216]] もあるようです。
この時代の情報がずっと残ってしまっているのでしょうか。
]HISTORY]

-*-*-

[35] [[Kwajalein]] は、
[TIME[8月20日金曜日深夜][1993-08-20T24:00]]に土曜日を飛ばして[TIME[8月22日日曜日][1993-08-22]]となったようです [SRC[>>111, >>291]]。
以後現在に至るまで [TZ[+12:00]] を使っているようです [SRC[>>109]]。
これは[[マーシャル諸島共和国]]政府からの要請により国内の時刻を統一したものです [SRC[>>111]]。

;; [110] [[Kwajalein]] 本島は[[米軍基地]]のみで、かつての住民は排除されているようですが、
基地に雇用され周辺諸島から通う現地住民の便宜のために統一したのでしょう。

[234] [[Shanks]] (2003) は [[Kwajalein Island]] について
[TIME[1993年8月20日24時0分][1993-08-21T00:00]]から [TZ[+12:00]] としています
[SRC[>>220]]。

[HISTORY[
[233] [[tzdata]] の [CODE[Pacific/Kwajalein]] [SRC[>>137]] は、
[TIME[1993年8月20日][1993-08-20]]を境に [TZ[+12:00]] としていましたが、
誤りとして[TIME[1993年8月20日24時0分][1993-08-21T00:00]]に修正されました。

[121] [[tzdata]] の次週付けの注釈は木曜日から
[TIME[8月20日金曜日][1993-08-20]]を飛ばして土曜日となったとしています [SRC[>>137]]
が、当日の新聞報道 [SRC[>>111]] と異なりますから、誤りと思われます。

[351] [[Wikipedia]] [SRC[>>32]] は、
[TIME[1993年8月20日][1993-08-20]]を境に [TZ[+12:00]] としており、
[[tzdata]] が根拠とみられます。
]HISTORY]


-*-*-

[286] 
[[クワジェリン米軍基地]]について、
[TIME[2003年][year:2003]]から
[TIME[2006年][year:2006]]に[[マーシャル諸島]]に滞在したとする人物の[[論文]]は、
当時も[[日付]]の違いがあったとしています。
基地労働者の居住する[[イバイ島]]
[WEAK[(同じ環礁内にあり米軍基地ではない最大の島)]]
の[[市長]]の[[ジョニー・レマリ]]
([[Johnny Lemari]]) [WEAK[([TIME[2003年][year:2003]]就任、それ以前は[[市長代理]])]]
は、[[月曜日]] (米軍基地では[[日曜日]]) をコミュニティの日とし、
島内の清掃を実施することにした、とされています。 [SRC[>>152]]

[287] 
[TIME[2004年][year:2004]]から
[TIME[2006年][year:2006]]に[[マーシャル諸島]]に滞在したとする人物の
[[Webサイト]]では、
[[イバイ島]]訪問時に[[クワジェリン米軍基地]]が1日遅れている
[SRC[>>151]] としていました。

[322] 
[[米軍]]の基地案内によると、
[[Kwajalein]] と
[[Roi-Namur]] [WEAK[(同じ[[環礁]]内の[[米軍基地]]のある[[島]])]]
の 
work week
は[[火曜日]]から[[土曜日]]です [SRC[>>294, >>290, >>292, >>293]]。
つまり、
元々[[ハワイ]]と同じ[[アメリカ日付]]だったのが、
[[日付]]は[[アジア日付]]に変更して勤務する日は[[ハワイ]]と重なるままにした、
ということのようです。

[323] 
それを、古い時代の知識を持った現地人が誤解していたのか、
基地内を直接見たわけでない来訪者が誤解したのかわかりませんが、
基地内外で未だ24時間差が残っていると理解したのだと思われます。










[REFS[
- [195] [CITE[Dirgital Micronesia--Marshalls--Air Marshall Islands Schedules]] ([TIME[2017-04-03 22:25:39 +09:00]]) <http://marshall.csu.edu.au/Marshalls/html/Aviation-RMI/AMI_schedule_1991_Jet.html>

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[111] [CITE@en[In Marshall Islands, Friday Is Followed by Sunday - NYTimes.com]]
([TIME[2016-08-02 14:29:17 +09:00]])
<http://www.nytimes.com/1993/08/22/world/in-marshall-islands-friday-is-followed-by-sunday.html>
]FIGCAPTION]

> Residents were going to bed Friday night and waking up Sunday morning because at midnight -- 8 A.M. Eastern daylight time on Saturday -- Kwajalein was jumping from one side of the international date line to the other.
> The Marshall Islands, a group of about 100 islets of which Kwajalein is the largest, sit west of the international date line. But Kwajalein, which is about 300 miles west of the line, had synchronized its day of the week with the United States mainland, to the east, about 40 years ago when the United States Army established a missile test range here.
> The Republic of the Marshall Islands requested the latest change so all its islets would be on the same side of the date line.
> Kwajalein's workweek will shift to Tuesday through Saturday, the mainland's Monday through Friday. Church services will still be held on Sunday, which will seem like Saturday as it is the first weekend day off. Many people plan to use their Mondays to run errands like most mainlanders do on Saturdays.

]FIG]

- [156] 1992年 [CITE[Standard time zone chart of the world, 1992]] [[時差の表]]
- [154] [CSECTION@en[Standard Time Zones of the World]] [[時差の表]]

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[291] [CITE[Travel97: To Every Times, There Is A Purpose]]
(MIKE CHADWICK Originally published December 28, 1997 [TIME[2019-01-03 10:15:55 +09:00]])
<https://web.archive.org/web/20180108213705/www.sptimes.com/Travel97/10198/To_Every_Times__There.html>
]FIGCAPTION]

> Take the case of the Marshall Islands, a remote Pacific atoll to the west of the International Date Line. The largest island, Kwajalein, is a U.S. Army base with virtually no native inhabitants. At the height of its Cold War activity, Kwajalein adopted the same "day" as the continental United States, thereby propelling the island to the east of the Date Line and retarding it by 24 hours in relation to its neighboring islands.
> But in 1993, the regional government reclaimed its prodigal son. The impact on the unfortunate Kwajaleinians was to erase the 21st of August from their calendars -- a Saturday. Bemused residents marked the event with a 2-mile, three-day "Run Around the Clock," starting just before midnight on Friday and ending a few minutes later on Sunday morning.

]FIG]

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[289] [CITE[2003/04/01(火)	クワジェリン(クワジャリン)島時間]]
([CITE[こうけいの日記2003年4月前半]], [TIME[2003-06-27 04:15:10 +09:00]])
<http://koukei.no.coocan.jp/koukei_org/diary/diary200304_01.htm#030401>
]FIGCAPTION]

> マーシャル諸島共和国のクワジェリン(クワジャリン)島は21時間遅れ。これなら帰宅して企画ページを制作しても間に合うかもしれない!
> (マーシャル諸島共和国の中では、この島だけが21時間遅れで、ほかの島は日本より3時間早い。つまりこの島だけがほかの島よりまる1日時間が遅いのでした。クワジェリン島は全土が米軍基地だという特殊事情があるからでしょうか。詳しいことは知らないけれど)

]FIG]

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[152] [CITE[太平洋島嶼国における国民国家の形成とエリートの変容 -マーシャル諸島共和国の現代政治についての動態的民族誌- ]],
[[黒崎岳大]],
[TIME[2013][year:2013]],
([TIME[2016-08-02 20:59:43 +09:00]])
<https://dspace.wul.waseda.ac.jp/dspace/bitstream/2065/40237/1/Honbun-6362.pdf#page=171>
(消滅 [TIME[2019-01-02T09:27:21.100Z]])

[CITE@ja[早稲田大学リポジトリ]] ([[NetCommons]]著, [TIME[2019-01-02 18:27:04 +09:00]]) <https://waseda.repo.nii.ac.jp/?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_detail&item_id=3338&item_no=1&page_id=13&block_id=21>
本文PDF 171ページ
]FIGCAPTION]

> クワジェリン米軍基地は、日付変更線の東に位置するハワイの米軍基地(時差 22 時間)
との通信の関係で、マーシャル諸島より 24 時間遅れた時差で生活している。そのためイバ
イ住民は、マーシャルの日付で火曜日から土曜日までクワジェリン米軍基地に働きに通っ
ている(米軍基地内は月曜から金曜日)。そのため、イバイ島での月曜日は休日となるため、
現在のジョニー・レマリ市長より月曜日はコミュニティの日として島内の清掃を積極的に
実施する日に定めた。

]FIG]

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[151] [CITE[Marshall Photos 2]]
([TIME[2006-12-21 08:30:45 +09:00]])
<http://www.w1vx.net/ja8ve/v7/v7_31.htm>
]FIGCAPTION]

> イバイ(クワジェリン)は日付変更線のこっち(西)側にあるのですが、基地がハワイに連動しているので、曜日が一日違って動いています。
> 即ちマーシャルの土曜日がイバイ(基地)では金曜日、日曜日が土曜日と言う訳です。
> スーパーマーケットでは日曜日(安息日)にはビールを売ってくれませんから、このシステムを知らないと仏教徒は大変なことになります。

]FIG]



[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[294] [CITE[U.S. Army Kwajalein Atoll Reagan Test Site]]
([TIME[2006-02-23 10:18:59 +09:00]])
<https://kwajaleinscubaclub.com/forms/visitor_brochure.pdf#page=3>
]FIGCAPTION]

> Kwajalein is west of the
international date line,
making it one day ahead
of Hawaii and the
continental United States.
> When its noon Sunday on
Kwajalein, its 2 p.m.
Saturday in Honolulu and
7 p.m. (EST) Saturday on
the East Coast. The work
week on Kwajalein and
Roi-Namur is Tuesday
through Saturday, to
correspond to the work
week in the states.
[SNIP[]]
> Sunday, the first day of the weekend, is
the primary day for religious observances,
and Monday, the second day of the weekend,
is a day for shopping, recreation, yard
work, and patio sales.

]FIG]

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[290] [CITE[Welcome to Kwajalein]]
(Revised May 2010  [TIME[2010-05-19 02:59:15 +09:00]])
<https://www.krsjv.com/Shared%20Documents/Kwajalein%20Brochure%20May-2010.pdf#page=3>
]FIGCAPTION]

> Kwajalein is west of the international date line, making it one day ahead of Hawaii and the
continental United States. When it’s noon Sunday on Kwajalein, it’s 2:00 p.m. Saturday in
Honolulu and 7:00 p.m. EST Saturday on the East Coast. The work week on Kwajalein and
Roi-Namur is Tuesday through Saturday, to correspond to the work week in the States. 

]FIG]


[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[292] [CITE@en[Workin’ on Kwaj « The Sand Castle]]
(20 June 2017 - Posted by	kimberlywarner  [TIME[2019-01-03 10:19:13 +09:00]])
<https://kimberlywarner.wordpress.com/2017/06/20/workin-on-kwaj/>
]FIGCAPTION]

> First off, our work week doesn’t change but it is Tuesday through Saturday here.  Since we are nearly a day ahead of the United States (16 hours ahead of Eastern Time) and on the other side of the International Date Line, us starting the work week on Tuesday at least puts us sort of on the same 5-day Monday through Friday cycle as the States.  Doing this, we’re only 2 hours different from our District Office in Hawaii.
> This works pretty well for the Honolulu folks (mostly – many still think that when I work on Saturday I’m on overtime, which I am not) but we here on the island still have to keep track of the time difference.  My boss in Hono says the meeting is on Friday at 9am, and I have to know that’s Kwaj Saturday at 7am.   If he says he needs that spreadsheet updated by COB Wednesday, I know I have until COB Thursday.  Microsoft Outlook automatically converts for us if there’s an official calendar invite, but…  I still get confused.  So even though we are a day ahead of everyone, we’re 2 hours behind Hono (but a day ahead) in our real/fake adjusted time warp.  Understand the dilemma?

]FIG]


[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[293] [CITE[Welcome to K[SMALLCAPS[wajalein]] Republic of the Marshall Islands]]
(Updated July 2014 [TIME[2015-07-09 09:33:54 +09:00]])
<https://www.army.mil/e2/c/downloads/396011.pdf#page=2>
]FIGCAPTION]

> Kwajalein is west of the International Date Line, making it one day ahead
of Hawaii and the continental United States. Officially, the time zone is
MHT, or Marshall Islands Time, and is Coordinated Universal Time plus 12
hours. If it is 8 a.m. on Tuesday in Kwajalein, then it is 4 p.m. on Monday
Eastern-Standard time in the U.S. during Daylight Saving
Time.
> The workweek on Kwajalein and Roi-Namur is Tuesday
through Saturday, to correspond to the workweek in the
United States. Sunday is the first day of the weekend, while
Monday is a day for shopping, relaxing, recreation, yard
work and patio sales.

]FIG]



[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[32] [CITE@en[International Date Line - Wikipedia, the free encyclopedia]]
([TIME[2015-12-06 17:19:41 +09:00]] 版)
<https://en.wikipedia.org/wiki/International_Date_Line#Kwajalein>
]FIGCAPTION]

> Kwajalein atoll in the Marshall Islands District of the Trust Territory of the Pacific Islands (1947–1986) and its successor, the Marshall Islands, has been administered by the United States and used the Hawaiian date, so was east of the International Date Line. Kwajalein advanced to the west of the IDL by skipping 21 August 1993 to match the dates used by the rest of the Marshall Islands at the request of its government.'''['''14''']''' As a result of the shift, Kwajalein's work week was changed to Tuesday through Saturday to match the Hawaiian work week of Monday through Friday on the other side of the IDL (with a remaining difference of two hours due to the two time zones involved, UTC+12 and UTC-10).

]FIG]


[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[211] [CITE@ja[TimeZone プロパティ (ContainerRenderer オブジェクト)]]
([TIME[2017-05-10 22:35:48 +09:00]])
<https://msdn.microsoft.com/ja-jp/library/cc401801.aspx>
]FIGCAPTION]

> CdoTmzEnewetak	39	Enewetak で使用されるタイム ゾーン	12:00

]FIG]


[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[212] [CITE@en-US[IBM How to interpret the Hexadecimal values in a Time/Date value - Japan]]
([TIME[2015-09-19 09:29:29 +09:00]])
<https://www-01.ibm.com/support/docview.wss?uid=swg27003019>
]FIGCAPTION]

> (GMT-12:00) Eniwetok, Kwajalein	Dateline Standard Time	N	ZW12

]FIG]


[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[213] [CITE[world timke zones: UTC (GMT)12: NZST- International Date Line East]]
([TIME[2009-10-18 01:53:22 +09:00]])
<http://alien-homepage.de/weather_start/current_site_template_%20expl_english/weathersite%20general%20template/timezones/gmt12.html>
]FIGCAPTION]

>     > Eniwetok (until the 1990er years UTC−12h)
>     > Kwajalein (until the  1990 years UTC−12h)

]FIG]

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[214] [CITE@en-us[Time Zones in Taleo Enterprise]]
([TIME[2013-12-14 05:37:52 +09:00]])
<http://chrccapache2prod.taleo.net/mywebtop800/release_notes_en/monarchdoc/timezone/r_timezonesintaleoenterprise.html>
]FIGCAPTION]

> Eniwetok, Kwajalein	Date Line Time	UTC -12:00

]FIG]


[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[216] [CITE[DITA TC meeting]]
([TIME[2017-05-10 22:48:03 +09:00]])
<https://lists.oasis-open.org/archives/dita/201202/msg00045.html>
]FIGCAPTION]

> DTSTART;TZID="(GMT-12.00) Eniwetok/Kwajalein/Dateline Time":20120221T040000

]FIG]


]REFS]


- [379] [CITE@ja-JP[エネルギー需給緩和型インフラ・システム普及等促進事業(マーシャル諸島共和国におけるEV充電関連設備・制度導入の実現可能性調査)報告書 平成27年度]], [[本田技研工業株式会社]], [TIME[2016-03]], [TIME[2023-01-17T10:48:16.000Z]], [TIME[2023-02-16T07:55:19.468Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/11279633/1/1>

#page=7 
[CSECTION[[L[略語一覧]]]]

>
[LEFT[
,MHT ,Marshall Islands Time, マーシャル諸島時間
]LEFT]

[380] 出典も用例もなく、ただ略語の1つとして列挙されているだけ。

* パラオ


[130] [[パラオ]]では[[標準時]] [TZ[+09:00]] が使われています。
[[パラオ政府]]観光局の [[Webサイト]]にも明記されています [SRC[>>133, >>115]]。


[316] [[パラオ]]の[[法典]]には[[北マリアナ諸島]]同様の条項は見当たらず、
どのように[[標準時]]が規定されているのか (いないのか) は不明です。



[REFS[
- [133] [CITE[パラオ政府観光局 パラオの歴史・文化・言葉・挨拶・現地情報]] ([TIME[2014-06-19 04:31:16 +09:00]] 版) <http://palau.or.jp/info/index.html>
(消失確認: [TIME[2019-01-18T08:09:02.300Z]])
-- [CITE[パラオ]] ([TIME[2019-01-18 17:08:45 +09:00]]) <https://web.archive.org/web/20040710134927/http://palau.or.jp/info/index.html>
- [115] [CITE@en-US[Travelers’ Tips | Pristine Paradise Palau]] ([TIME[2019-01-18 17:09:05 +09:00]]) <https://www.pristineparadisepalau.com/travelers-tips/>
]REFS]

* 米領グアム (大宮島)


;; [91] [TIME[1898年][year:1898]]の[[米西戦争]]の結果、[[グアム]]は[[米領]]となりました。
[[グアム]]は[[軍政]]下に置かれました。


[370] 
[TIME[1899-05-11]]、
[[米国政府]]は、
[[米西戦争]]で獲得した3地域の[[標準時]]を定めました。
[[グアム島]]はそれに含まれませんでした。理由は不明です。
[SEE[ [[フィリピンの標準時]] ]]



[171] [TIME[1902年9月22日][1902-09-22]]の[[''ガム''島]]の[[地震]]の観測報告は、
[[米領比律賓]]の[[時刻]]を[[標準時]] ([TZ[+08:00]] の「午前9時54分24秒」) で記述する一方、
[[米領大宮島]]の[[時刻]]は[[地方時]] (「午前11時15分頃」) で記述しています [SRC[>>170]]。
[WEAK[([[地震波]]の伝播は即時ではないので、両者は同時刻ではありません。)]]


[360] [TIME[1904年][year:1904]]頃の[[米国海軍天文台]]の[[時差の表]]は、
[[Guam]] では
[DFN[Guam standard time]]
が使われるとし、
[LON[東経145度][145E]] (= [TZ[+09:40]]) すなわち [TZ[+09:30:00]] [SRC[>>724]]、
[LON[東経142.5度][142.5]] (= [TZ[+09:30]]) すなわち [TZ[+09:30:00]] [SRC[>>725]]、
[TZ[+09:30]] [SRC[>>726]]
としていました。

[208] 
[TIME[1905年][year:1905]]の[[米国政府]]の資料は、
[[グアム島]]では [[Guam standard time]] 
[LON[東経145度][145E]] (= [TZ[+09:40]])
が使われるとしていました [SRC[>>272]]。
(>>724 と同じものでしょうか。)

[58] 
[TIME[1906年][year:1906]]の[[日本]]の学術雑誌の[[時差の表]]は、
[[米領グアム]]について、[LON[東経145度][145E]]で日本より1時間半早い 
[SRC[>>2152]] とあります。[[経度]]を信じれば [TZ[+09:40]] ですし、[[時差]]を信じれば
[TZ[+10:30]] です。後者は誤りでしょうか。

[361] 
[LON[東経145度][145E]] (= [TZ[+09:40]]) が [TZ[+09:30:00]]
とされており、
後の版で
[LON[東経142.5度][142.5]]に変更されていることから、
最初の[[経度]]が誤りだったと考えるのが妥当でしょう。
([LON[東経145度][145E]]は[[グアム島]]の東端をかすめており、
ほぼ[[地方時]]ではあります。
元々はそうだったのが改正された可能性はあります。)


[362] 
[[グアム]]は[[米軍]]の[[軍政]]下にありましたから、
[[米国海軍天文台]]の情報は信頼できると考えたいところですが、
これよりあとの時代に[[地方時]] [TZ[+09:39]]
とする資料が見られることが気になります。
[[米国海軍天文台]]は[[近代的標準時]]推進の立場でしたから、
[[米国]]の海外領土にも[[標準時]]を設定したものの、
現地で実際に用いられるには至らなかった可能性もありましょうか。

-*-*-

[221] [TIME[1966年][year:1966]]の[[米国]]の書籍は、
[[GUAM]] について
[TIME[1912年][year:1912]]に[[標準時]]が [TZ[+09:30]] となり、
[TIME[1912年10月1日][1912-10-01]]に[[標準時]]が [TZ[+10:00]] となった [SRC[>>220]]
としています。


;;
[311] 
[TIME[1917年2月][1917-02]]、
[RUBYB[[[グアム議会]]]@en[Guam Congress]]が設置されました。

[218] [TIME[1918年][year:1918]]の雑誌記事は、[[ニュージーランド]]で30分の標準時変更で [[GMT]]
と整数時差に改正されたことに関連付けて、[[グアム]]も[[地方時]]から[[標準時]]に移ることになろう
[SRC[>>219]]、と述べていました。現行の時差については明記されていませんが、
列挙されている他の地域は30分単位の時差があるものです。
もっとも[[英領インド]]など現在まで30分の時差を保っている地域もありますから、
[[整数時差の時間帯][地理的時間帯]]を採用するだろうというのは筆者の希望的観測なのでしょう。


[147] [[日本政府]]の情報では、 [[Guam I.]] について、
1920年-1921年は [TZ[+09:30]]、
1922年-1926年は [TZ[+09:39]]、
1927年-1933年は [TZ[+10:00]] とされています [SRC[>>148]]。
[TZ[+09:30]] は (一度実施された[[標準時]]が廃止されたというのでなければ) 
[TZ[+09:39]] の誤植でしょうか。
1926年と1927年の間に[[標準時]]が実施されたのでしょうか。

[177] [TIME[1927年1月][1927-01]]の米国海軍の地図によると、
[[グアム島]]は[[北マリアナ諸島]]と同じ [TZ[+10:00]] に属しています [SRC[>>176]]。
[[グアム島]]は[[米軍]]当局の[[軍政]]下にあったのですから、
信頼しても良いものでしょうか。

;; [312] 
[TIME[1931年][year:1931]]、
[[グアム議会]]が改組され二院制となり、一部公選制になりました。

;; [99] [TIME[1941年][year:1941]]、[[日本軍]]が[[グアム]]に進攻し、[[大宮島]]となりました。

[24] 他の[[南方占領地]]や周囲の[[日委任統治領南洋群島]]同様に、[[中央標準時]] [TZ[+09:00]] 
が実施されていた可能性が高いですが、不明です。
[SEE[ [[大東亜の標準時]] ]]

[227] 
[[tzdata]] の [CODE[Pacific/Guam]] は、
[TIME[1941年12月10日][1941-12-10]]を境に
[TZ[+09:00]] としています。 
戦況からの推測です。
[SRC[>>339]]


;; [100] [TIME[1944年][year:1944]]、[[米軍]]が[[大宮島]]に進攻し、
[[米領グアム]]が再興されました。

[341] [[tzdata]] の [CODE[Pacific/Guam]] は、
[TIME[1944年7月31日][1944-07-31]]を境に
[TZ[+10:00]] としています。 [SRC[>>339]]

;; [313] 
[TIME[1946年7月13日][1946-07-13]]、
[[グアム議会]]が再興されました。


[149] 1949年や1952年や1956年の航空機の時刻表には、[[グアム]]は [TZ[+10:00]] とあります
[SRC[>>144]]。

;; [101] 
[TIME[1950年7月1日][1950-07-01]]、
[[グアム組織法]]が[[施行]]されました。
[[海軍省]]から[[内務省]]に移管され、
文民知事が任命され、
[[グアム立法院]]が成立しました。



[11] [TIME[1959年3月23日][1959-03-23]]承認のグアム[RUBYB[公法]@en[Public Law]]第5-5号
[CITE@en[AN ACT TO ADD SECTION 223 TO CHAPTER 3, TITLE I, GOVERNMENT CODE OF GUAM, RELATIVE TO ESTABLISHING A STANDARD TIME FOR GUAM AND PROVIDING FOR DAYLIGHT SAVING TIME FOR GUAM]]
により、[CITE[グアム政府法典]]が改正され、
[DFN[[RUBYB[グアム標準時]@en[Guam Standard Time]]]] [TZ[+10:00]] と
[DFN[[RUBYB[グアム日光節約時]@en[Guam Daylight Saving Time]]]] [TZ[+11:00]]
が定められました。両者の切り替えは[RUBYB[[[執行官令]]]@en[Executive Order]]で定める日の[TIME[午前2時][02:00]]とされています。
[SRC[>>10]]

[262] 1959年-1977年に、[[グアム]]では1959年法 (>>11) に基づく[[執行官令]]によって[[夏時刻]]が実施されています (>>261)。

[FIG(table)[
[FIGCAPTION[
[261] [[グアム]]の[[夏時刻]]
]FIGCAPTION]

:start: 開始
:tz: 時差
:src: 出典

:start: 1959年6月27日2時
:tz: [[グアム日光節約時]] [TZ[+11:00]]
:src: >>248

:start: 1961年1月29日2時
:tz: [[グアム標準時]] [TZ[+10:00]]
:src: >>239

:start: 1967年9月1日2時
:tz: [[グアム日光節約時]] [TZ[+11:00]]
:src: >>241

:start: 1969年1月26日 12:01 AM
:tz: [[グアム標準時]] [TZ[+10:00]]
:src: >>243

:start: 1969年6月22日2時
:tz: [[グアム日光節約時]] [TZ[+11:00]]
:src: >>246

:start: 1969年8月31日2時
:tz: [[グアム標準時]] [TZ[+10:00]]
:src: >>246

:start: 1970年4月26日2時
:tz: [[グアム日光節約時]] [TZ[+11:00]]
:src: >>247

:start: 1970年9月6日2時
:tz: [[グアム標準時]] [TZ[+10:00]]
:src: >>242
(10月25日2時予定 [SRC[>>247]])

:start: 1971年4月2日2時
:tz: [[グアム日光節約時]] [TZ[+11:00]]
:src: >>238

:start: 1971年9月5日2時
:tz: [[グアム標準時]] [TZ[+10:00]]
:src: >>238

:start: 1973年12月16日2時
:tz: [[グアム日光節約時]] [TZ[+11:00]]
:src: >>237

:start: 1974年2月24日2時
:tz: [[グアム標準時]] [TZ[+10:00]]
:src: >>240

:start: 1976年5月26日2時
:tz: [[グアム日光節約時]] [TZ[+11:00]]
:src: >>245

:start: 1976年8月22日2時1分
:tz: [[グアム標準時]] [TZ[+10:00]]
:src: >>250

:start: 1977年4月24日2時
:tz: [[グアム日光節約時]] [TZ[+11:00]]
:src: >>244

:start: 1977年8月28日2時
:tz: [[グアム標準時]] [TZ[+10:00]]
:src: >>249

]FIG]

[340] [[tzdata]] の [CODE[Pacific/Guam]] は、
[[米領グアム]]の[[法令]]を出典に、
[[夏時刻]]を次の通りとしています。
[SRC[>>339]]

- [TIME[1959-06-27 02:00][1959-06-27T02:00+10:00]] に1時間進めて [TZ[+11:00]]
- [TIME[1961-01-29 02:00][1961-01-29T02:00]] に1時間戻して [TZ[+10:00]]
- [TIME[1967-09-01 02:00][1967-09-01T02:00+10:00]] に1時間進めて [TZ[+11:00]]
- [TIME[1969-01-26 00:01][1969-01-26T00:01]] に1時間戻して [TZ[+10:00]]
- [TIME[1969-06-22 02:00][1969-06-22T02:00+10:00]] に1時間進めて [TZ[+11:00]]
- [TIME[1969-08-31 02:00][1969-08-31T02:00]] に1時間戻して [TZ[+10:00]]
- 1970年と1971年の4月最終日曜日2時0分に1時間進めて [TZ[+11:00]]
- 1970年と1971年の9月第1日曜日2時0分に1時間戻して [TZ[+10:00]]
- [TIME[1973-12-16 02:00][1973-12-16T02:00+10:00]] に1時間進めて [TZ[+11:00]]
- [TIME[1974-02-24 02:00][1974-02-24T02:00]] に1時間戻して [TZ[+10:00]]
- [TIME[1976-05-26 02:00][1976-05-26T02:00+10:00]] に1時間進めて [TZ[+11:00]]
- [TIME[1976-08-22 02:01][1976-08-22T02:01]] に1時間戻して [TZ[+10:00]]
- [TIME[1977-04-24 02:00][1977-04-24T02:00+10:00]] に1時間進めて [TZ[+11:00]]
- [TIME[1977-08-28 02:00][1977-08-28T02:00]] に1時間戻して [TZ[+10:00]]

[90] 
[[米国政府]]文書で[[グアム]]の[[夏時刻]]を [DFN[Guam daylight time]] 
と呼んだ例があります [SRC[>>358]]。
[[tzdata]] は[[グアム]]の[[夏時刻]]を [DFN[GDT]] と呼んでいますが、
[[tzdata]] 独自の略称です [SRC[>>339]]。


[222] [TIME[1966年][year:1966]]の[[米国]]の書籍は、
[[グアム]]では[[日光節約時]]が未実施としていました [SRC[>>220]]。


[256] [TIME[1967年5月1日][1967-05-01]]承認のグアム公法第9-58号
[CITE[AN ACT TO EXEMPT GUAM FROM THE PROVISIONS OF SECTION 3(a) OF THE UNIFORM ACT OF 1966]]
は、[[アメリカ合衆国]]の [CITE[Uniform Time Act of 1966]] に従い[[夏時刻]]を実施しないこととし、
夏期も[[標準時]]を用いることと定めました [SRC[>>255]]。


[301] 
[TIME[1970年5月][1970-05]]に[[北マリアナ諸島]]と[[グアム島]]を訪れた[[日本]]の[[国会図書館]]研究員は、
[[グァム島]]では[TIME[四月二十六日][1970-04-26]]から[TIME[十月二十五日][1970-10-25]]まで[[夏時刻]]が実施され、
[[米領太平洋諸島]]は[[標準時]]のままだった [SRC[>>304]] としていました。
(実際には終了が早まりました。)


[397] [CITE@ja-JP[たのしい南洋群島 : 旅行する人々への手引き]], [[小菅輝雄]], [TIME[1968]], [TIME[2023-01-17T10:48:16.000Z]], [TIME[2023-02-16T09:03:23.738Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/3008736/1/20> (要登録)

[398] 著者は昭和38年と42年に南洋を訪ねた (どちらもグアム訪問したのか不明、しかしグアムは交通のハブなので2回とも経由した可能性が高い)。
当時の[V[グァム時間]]は日本と時差1時間。
「最近」のグァムの人によると電力節約のための[[日光節約時]]があるので日本と時差2時間。
序文日付は[V[昭和四十三年四月]]。

南洋群島各島の移動で時計を直す描写もあり。

/46 [[クオジャレン島]]が「[V[米国の日時を採用]]」

[371] [CITE@ja-JP[オール大衆 27(5)]], [[経済通信社]], [TIME[1974-03]], [TIME[2023-01-17T10:48:16.000Z]], [TIME[2023-02-16T07:34:54.879Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/2246907/1/33> (要登録)

[372] 
[TIME[1974-01-24]]、日本とグアムの時差2時間。

[399] [CITE@ja-JP[たのしい南洋群島 : 旅行する人々への手引き]], [[小菅輝雄]], [TIME[1968]], [TIME[2023-01-17T10:48:16.000Z]], [TIME[2023-02-16T09:13:06.214Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/3008736/1/35> (要登録)

著者を案内した「[V[老コロール人]]」の言
「[V[[SNIP[]]、四十二年の大台風でやられ、[SNIP[]]]]」

[400] 42年とは昭和42年。日本時代に教育を受けたであろうこの米領太平洋諸島パラオの住民は、
日本語もそこそこ話せたのであろう。台詞がそのままなのか、
著者が整えたのかはわからない。著者が日本人読者向けに西暦から元号になおして書いたという可能性もなくはない。
ただこの書籍は適宜西暦年を使っているので、元号に統一しようという意図を持っていたわけではないから、
老コロール人が日本人向けに元号年で喋っていた可能性は十分にあるか。

-*-*-


[258] 1980年3月5日承認のグアム公法第15-104号
[CITE[An Act to enact Title I of the Guam Code Annotated and to repeal all laws inconsistent therewith]]
は、[CITE[グアム法典注解]]に >>256 の変更を取り込んで改正しました。
これは[[グアム]]に適用される法令を集積して注釈を加えたもので、
[[標準時]]に関しては、連邦法に適切な[[時間帯]]が無いので独自の規定が必要なこと、
連邦法に基づく夏時刻を実施するか、しないかのいずれか (現行法では実施しない)
であり、執行官令による夏時刻の実施は最早認められないと解されることが注記されています。
[SRC[>>257]]

;; [263] この解釈に従うと、1967年-1977年の夏時刻は違法状態だったことになります。

[315] 
[[北マリアナ諸島]]の[[夏時刻]]実施については[[米領太平洋諸島]]の項 (>>5)、
[[小笠原諸島]]の[[夏時刻]]実施については[[小笠原の標準時]]を参照。



[373] [CITE@ja-JP[月刊社会党 (389)]], [[日本社会党中央本部機関紙局]], [TIME[1988-05]], [TIME[2023-01-17T10:48:16.000Z]], [TIME[2023-02-16T07:38:58.578Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/1408616/1/36> (要登録)

グアムは日本と時差1時間、ベラウは日本と時差なし。

-*-*-

[253] [TIME[2000年12月23日][2000-12-23]]承認のアメリカ合衆国公法第106-564号
[CITE[An act to establish a standard time zone for Guam and the Commonwealth of the Northern Mariana Islands, and for other purposes]]
により、[[アメリカ合衆国]]の Act of March 19, 1918 ([CITE[Calder Act]]) と
[CITE[Uniform Time Act of 1966]] が一部改正され、
[DFN[Chamorro standard time]] [TZ[+10:00]] が追加されました [SRC[>>12]]。

[254] これは現に制定されている[[グアム]]と[[北マリアナ諸島]]の[[標準時]]に関して[[連邦法]]としての法的根拠を与えるもののようです。

[327] 
[[Robert Anacletus Underwood]]
は、米国[RUBYB[議会下院]@en[House of Representatives]]における[[グアム]]代表として、
[[グアム]]と[[北マリアナ諸島]]の[[標準時]]に関する連邦法制化につとめました。
[SRC[>>282, >>283]]

[328] Robert の[[高校]]時代の教え子で[[グアム]]の通信会社の [[John Day]] は、
[[グアム]]と[[北マリアナ諸島]]の[[時間帯]]に公式名称がないことを Robert
に伝えました。 [SRC[>>282]]

[329] また元[[グアム]]島民は
[TIME[1999年][year:1999]]、
[[グアム]]が米国の国内ニュースに露出する機会を逃していると Robertに指摘しました。
[[米国]]の[[夏時刻]]の切り替えの際には、
[[米領サモア]]が[[夏時刻]]を実施していないと名指しされていました。 [SRC[>>282]]

[330] 
Robert とスタッフは[[時間帯]]の名称を検討し、
[[Chamorro Standard Time]] しかないとの結論に達しました。
Guam time zone では[[北マリアナ諸島]]が忘れられ、
Guam/Marianas time zone でも Marianas が落とされる可能性があり
([[Hawaii-Aleutian Island time zone]] は [[Hawaiian Standard Time]] と呼ばれている)、
Marianas time zone では[[グアム]]が忘れられると考えました。
民族名である [[Chamorro]] を名称とすることについて、
[RUBYB[[[カロリン人]]][Carolinian]]
[WEAK[([[北マリアナ諸島]]の[[憲法]]では[[チャモロ人]]と共に[[先住民]]とされています。)]] から
[[Chamolinian]] とするべきと提案がありましたが、
Robert は[[グアム]]では通用せず、
[[グアム]]と[[北マリアナ諸島]]を包括する語は 
[[Chamorro]] しかないと拒みました。
[SRC[>>282]]

[332] 
[TIME[2000年2月29日][2000-02-29]]、
Robert は[[法案]] HR 3756 を提出しました。 [SRC[>>331, >>282]]
[[法案]]は[[可決]]され P.L. 106-564 となりました。 [SRC[>>12, >>282]]

[334] 
[[Chamorro]] を名称にしたのは、
知事選挙の[[チャモロ人]]票を得るためだ、
と穿った見方をする人もいました。
実際には[[チャモロ人]]の反対陣営から「議会で [[Chamorro standard time]]
以外何もしなかった」と批判するのに使われました。
Robert にとって [[Chamorro standard time]]
は重点政策でなく、成立時に「Robert といえばこの法律、となるよ」
と言われたときにはピンときていませんでしたが、
実際そうなりました。 [SRC[>>282]]

-*-*-

[260] 2015年12月版[CITE[グアム法典注解]]の[[標準時]]の規定 [SRC[>>259]] は、
1980年版 (>>258) から基本的に変わっていないようです。


[REFS[
- [170] [CITE[ガム島の大地震]] (地学雑誌 Vol. 15 (1903) No. 1 P 116b-117, [TIME[2016-11-07 17:52:06 +09:00]]) <https://www.jstage.jst.go.jp/article/jgeography1889/15/1/15_1_116b/_article/-char/ja/>


[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[272] [CITE[Congressional Serial Set - Google ブックス]]
(U.S. Government Printing Office, 1905 [TIME[2018-10-10 20:01:22 +09:00]])
<https://books.google.co.jp/books?id=-3lZAAAAIAAJ&q=For+Tutuila,+Samoa,+Samoan+standard+time,+longitude+1721%C2%B0+west.+For+the+island+of+Guam,+Guam+standard+time,+longitude+145%C2%B0+east.+For+the+Philippine+Islands,+Philippine+standard+time,+longitude+120%C2%B0+east.+For+Porto+Rico,+Atlantic+standard&dq=For+Tutuila,+Samoa,+Samoan+standard+time,+longitude+1721%C2%B0+west.+For+the+island+of+Guam,+Guam+standard+time,+longitude+145%C2%B0+east.+For+the+Philippine+Islands,+Philippine+standard+time,+longitude+120%C2%B0+east.+For+Porto+Rico,+Atlantic+standard>
]FIGCAPTION]

> For Tutuila, Samoa, Samoan standard time, longitude 1721° west. For the island of Guam, Guam standard time, longitude 145° east. For the Philippine Islands, Philippine standard time, longitude 120° east. For Porto Rico, Atlantic standard

]FIG]

- [2152] [TIME[1906年][year:1906]] [CITE[地学雑誌]] [[時差の表]]
- [219] [CITE[天文月報]] ([TIME[2008-01-19 18:50:15 +09:00]]) <http://www.asj.or.jp/geppou/archive_open/1918/pdf/191812.pdf>
- [176] [TIME[1927年1月][1927-01]] 米国海軍水路部時間帯図 [[時差の表]]
- [148] [CITE[東洋灯台表]] [[時差の表]]
- [220] [CITE[Time Changes in the U.S.A.]] ([TIME[1966][year:1966]])
- [10] 
-- [252] [CITE[Public Law 5-025 - AN ACT TO ADD SECTION 223 TO CHAPTER 3, TITLE I, GOVERNMENT CODE OF GUAM, RELATIVE TO ESTABLISHING A STANDARD TIME FOR GUAM AND PROVIDING FOR DAYLIGHT SAVING TIME FOR GUAM.]] ([TIME[2008-04-29 15:25:30 +09:00]]) <http://guamlegislature.com/Public_Laws_5th/PL05-025.pdf>
-- [251] ([TIME[2015-05-25 09:32:44 +09:00]] 版)
<http://glwebstorage.com/Public_Laws_5th/PL05-025.pdf>
- [248] [CITE[EXECUTIVE  ORDER  NO.  7-59  GUAM  DAYLIGHT  SAVING  TIME]] ([TIME[2015-06-17 07:58:28 +09:00]] 版) <http://documents.guam.gov/wp-content/uploads/E.O.-59-7-Guam-Daylight-Savings-Time-May-6-1959.pdf>
(1959年5月6日)
- [239] [CITE[EXECUTIVE ORDER NO. 61-5 REVOCATION OF DAYLIGHT SAVING THlE AND RESTORATION OF STANDARD THME]] ([TIME[2015-06-17 09:38:58 +09:00]]) <http://documents.guam.gov/wp-content/uploads/E.O.-61-5-Revocation-of-Daylight-Saving-Time-and-Restoratio.pdf>
(1961年1月24日)
- [241] [CITE[EXECUTIVE ORDER NO. 67-13 GUAM DAYLIGHT SAVING TIME]] ([TIME[2015-06-17 14:42:04 +09:00]]) <http://documents.guam.gov/wp-content/uploads/E.O.-67-13-Guam-Daylight-Savings-Time.pdf>
(1967年8月25日)
- [243] [CITE[EXECUTIVE ORDER NO. 69-2 REPEAL OF GUAM DAYLIGHT SAVING TIME]] ([TIME[2015-06-18 08:23:33 +09:00]]) <http://documents.guam.gov/wp-content/uploads/E.O.-69-2-Repeal-of-Guam-Daylight-Saving-Time.pdf>
(1969年1月24日)
- [246] [CITE[EXECUTIVE ORDER NO.69-10 GUAM DAYLIGHT SAVING TIME]] ([TIME[2015-06-18 08:15:26 +09:00]] 版) <http://documents.guam.gov/wp-content/uploads/E.O.-69-10-Guam-Daylight-Saving-Time.pdf>
(1969年6月18日)
- [247] [CITE[EXECUTIVE  ORDER  NO.  70-10  GUAM DAYLIGHT  SAVING  TIME]] ([TIME[2015-06-18 09:04:42 +09:00]] 版) <http://documents.guam.gov/wp-content/uploads/E.O.-70-10-Guam-Daylight-Saving-Time.pdf>
(1970年4月16日)
- [324] [CITE[レファレンス]]
-- [276] [CITE[レファレンス - Google ブックス]]
(第 234~236 号 国立国会図書館調查立法考查局, 1970 [TIME[2018-10-29 16:45:40 +09:00]])
<https://books.google.co.jp/books?hl=ja&id=chtAAQAAIAAJ>
-- [325] [CITE[サイパン、グァムの苦悩]]
--- [279] [CITE@ja[サイパン,グァムの苦悩--その現状と将来の政治的地位-上- : 1970-08-00|書誌詳細|国立国会図書館サーチ]] ([TIME[2018-10-29 17:59:53 +09:00]]) <http://iss.ndl.go.jp/books/R000000004-I242066-00>
--- [280] [CITE@ja[サイパン,グァムの苦悩--その現状と将来の政治的地位-下- : 1970-09-00|書誌詳細|国立国会図書館サーチ]] ([TIME[2018-10-29 18:00:08 +09:00]]) <http://iss.ndl.go.jp/books/R000000004-I245882-00>
---- (下)には[[時差]]に関する記述なし

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[304] 
[CITE[サイパン、グァムの苦悩(上) ――その現状と将来の政治的地位――]],
[[西野照太郎]]
]FIGCAPTION]

>
一九七〇年五月十九日の正午に、私は那覇国際空港発の
エア・マイクロネシアのボーイング七二七型機で、
サイパン島に向けて離陸した。[SNIP[]]
>
予定どおり二時間五十分の飛行でサイパン島に着陸した [SNIP[]]
>
沖縄とサイパン島の間には一時間の時差がある。
サイパン島に着陸したのは現地時間で十五時五十分、
平屋建てのホテルに着いたときは、もう十七時に近いころであった。
熱帯の太陽はまだ真昼と同じ明るさであったが、 [SNIP[]]
>
五月二十一日 [SNIP[]]
> サイパンを離陸して三十分ほどでロタ島に着陸した。
二十分ほどの間、乗客たちはゾロゾロと空港ビル(小舎)へ降りる。
[SNIP[]]
> 機内に戻り、離陸して四十分ほどでグァム島に着陸した。
サイパンは信託統治領であるから、ここでは入国手続も必要だし税関もある。 [SNIP[]]
>
グァム島では四月二十六日から十月二十五日までの半年間、
いわゆる「夏時間」 Daylight saving time が適用されている。
信託統治領にはその適用がないため、
サイパンとグァムの間で今は一時間の時差がある。
そのため、グァムに着いたのは現地時間では十一時四十分ころであった。

]FIG]

- [242] [CITE[EXECUTIVE ORDER NO. 70-30 END OF GUAM DAYLIGHT SAVING TIME]] ([TIME[2015-06-18 10:36:21 +09:00]]) <http://documents.guam.gov/wp-content/uploads/E.O.-70-30-End-of-Guam-Daylight-Saving-Time.pdf>
(1970年8月31日)
- [238] [CITE[EXECUTIVE ORDER NO. 71-5 GUAM DAYLIGHT SAVING TIME]] ([TIME[2015-06-19 11:43:51 +09:00]]) <http://documents.guam.gov/wp-content/uploads/E.O.-71-5-Guam-Daylight-Savings-Time.pdf>
(1971年3月4日)
- [237] [CITE[EXECUTIVE ORDER NO, 73-28 GUAM DAYLIGHT SAVING TIME]] ([TIME[2015-06-22 15:50:13 +09:00]]) <http://documents.guam.gov/wp-content/uploads/E.O.-73-28.-Guam-Day-light-Saving-Time.pdf>
(1973年11月28日)
- [240] [CITE[EXECUTIVE ORDER NO. 74-7 GUAM DAYLIGHT SAVING TIME - RESCINDED]] ([TIME[2015-06-23 08:06:36 +09:00]]) <http://documents.guam.gov/wp-content/uploads/E.O.-74-7-Guam-Daylight-Savings-Time-Rescinded.pdf>
(1974年2月13日)
- [245] [CITE[EXECUTIVE ORDER NO. 76-1 DAYLIGHT SAVING TIME]] ([TIME[2015-06-23 15:21:44 +09:00]] 版) <http://documents.guam.gov/wp-content/uploads/E.O.-76-13-Daylight-Savings-Time.pdf>
(1976年5月25日)
- [250] [CITE[EXECUTIVE ORDER NO. 76-25 REVOCATION  OF  EXECUTIVE  ORDER  NO.  76-13 ]] ([TIME[2015-06-23 15:39:50 +09:00]] 版) <http://documents.guam.gov/wp-content/uploads/E.O.-76-25-Revocation-of-E.O.-76-13.pdf>
(1976年8月20日)
- [244] [CITE[EXECUTIVE ORDER NO. 77-4 DAYLIGHT SAVINGS TIME]] ([TIME[2015-06-24 13:27:05 +09:00]]) <http://documents.guam.gov/wp-content/uploads/E.O.-77-4-Daylight-Savings-Time.pdf>
(1977年4月10日)
- [249] [CITE[EXECUTIVE ORDER NO. 77-18 GUAM STANDARD TIME]] ([TIME[2015-06-24 13:05:42 +09:00]]) <http://documents.guam.gov/wp-content/uploads/E.O.-77-18-Guam-Standard-Time.pdf>
(1977年8月22日)


[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[358] 
[CITE[Aircraft accident report, Air Manila, Incorporated : Lockheed L-188A, Republic of the Philippines registry RP-C1061, Guam, Mariana Islands, June 4, 1976]],
[TIME[Sept. 26, 1977][1977-09-26]]
([TIME[2019-01-28 09:44:52 +09:00]])
<https://babel.hathitrust.org/cgi/pt?id=uc1.31822029010493;view=1up;seq=23>
]FIGCAPTION]

p. 19

> 0330 Guam daylight time, June 6, 1976.

]FIG]


- [255] [CITE[Public Law 9-058 - AN ACT TO EXEMPT GUAM FROM THE PROVISIONS OF SECTION 3(a) OF THE UNIFORM ACT OF 1966.]] ([TIME[2008-06-17 09:47:16 +09:00]]) <http://guamlegislature.com/Public_Laws_9th/PL09-058.pdf>
- [257] [CITE[Public Law 15-104 - An Act to enact Title I of the Guam Code Annotated and to repeal all laws inconsistent therewith]] ([TIME[2010-10-07 14:45:46 +09:00]]) <http://guamlegislature.com/Public_Laws_15th/PL%2015-104b.pdf#page=39>


[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[277] [CITE[古い記憶の井戶 - 本多秋五 - Google ブックス]]
(本多秋五 講談社, 1992 [TIME[2018-10-29 17:30:25 +09:00]])
<https://books.google.co.jp/books?hl=ja&id=Q8CxAAAAIAAJ&dq=%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%83%91%E3%83%B3+%E3%82%B0%E3%82%A2%E3%83%A0+%E6%99%82%E5%B7%AE&focus=searchwithinvolume&q=%E6%99%82%E5%B7%AE>
]FIGCAPTION]

> 東京との時差は一時間だが、サマ— .タイムでもう一時間早いのだという。グアムは、
サイパンへの直航便がないので、中継地として寄ったので、私には何の計画も予備知識
もなく、名古屋の方で立てた観光プランのままに動いた。

]FIG]

[326] 何年のことか不明。[TIME[1977年][year:1977]]の記事 [SRC[>>278]] があるのでその頃か。

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[278] [CITE@ja[文芸 16(10)|書誌詳細|国立国会図書館オンライン]]
([TIME[2018-09-16 15:36:07 +09:00]])
<https://ndlonline.ndl.go.jp/#!/detail/R300000003-I7926846-00>
]FIGCAPTION]

> 河出書房新社, 1977-10
[SNIP[]]
> サイパンの旅 / 本多秋五 / p186~204 (0097.jp2)<1786278>

]FIG]

- [331] [CITE@en[H.R.3756 - 106th Congress (1999-2000): To establish a standard time zone for Guam and the Commonwealth of the Northern Mariana Islands, and for other purposes. | Congress.gov | Library of Congress]] ([TIME[2019-01-19 12:29:42 +09:00]]) <https://www.congress.gov/bill/106th-congress/house-bill/3756>
- [333] [CITE@en[Congressional Record | Congress.gov | Library of Congress]] ([TIME[2019-01-19 12:46:37 +09:00]]) <https://www.congress.gov/congressional-record/2000/10/10/house-section/article/H9539-1>
- [12] 
-- [7] [CITE@en[Public Law 106 - 564 - An act to establish a standard time zone for Guam and the Commonwealth of the Northern Mariana Islands, and for other purposes.]]
([TIME[2012-03-21 23:51:25 +09:00]] 版)
<https://www.gpo.gov/fdsys/pkg/PLAW-106publ564/content-detail.html>
-- [8] ([TIME[2013-05-02 19:57:07 +09:00]] 版)
<https://www.congress.gov/106/plaws/publ564/PLAW-106publ564.pdf>
-- [9] ([TIME[2012-03-21 23:51:26 +09:00]] 版)
<https://www.gpo.gov/fdsys/pkg/PLAW-106publ564/html/PLAW-106publ564.htm>
- [259] [CITE[1 GCA GENERAL PROVISIONS CH. 10 HOLIDAYS, FESTIVITIES, TIME. ETC.]] ([TIME[2015-12-07 09:33:16 +09:00]]) <http://www.guamcourts.org/compileroflaws/GCA/01gca/1gc010.PDF#page=5>
- [228] [[Shanks]] (2003)
- [138] [CITE@en[tz/australasia at master · eggert/tz]] ([TIME[2016-08-02 16:57:29 +09:00]]) <https://github.com/eggert/tz/blob/master/australasia#L385>

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[6] [CITE@en[Chamorro Time Zone - Wikipedia, the free encyclopedia]]
([TIME[2015-11-09 02:15:47 +09:00]] 版)
<https://en.wikipedia.org/wiki/Chamorro_Time_Zone>
]FIGCAPTION]

> The Mariana Islands were not part of any time zone legislated by the U.S. Congress until the Chamorro time zone was established by Public Law 106-564 on December 23, 2000. Prior to 2000, Guam's standard time was based on territorial Public Law 5-25 (1959) which designated the time Guam Standard Time. The law (Guam Code Annotated, Title 1, Section 1010) was established long before the Northern Mariana Islands came under U.S. sovereignty in 1986, and still remains in the book today despite federal overlap.

]FIG]

- [282] 
[CITE[Looking in the Rear View Mirror of Marianas History ― Objects May Be Closer Than They Appear!]],
Dr. Robert A. Underwood (President, University of Guam),
[CITE[2nd Marianas History Conference ― Overview]], [TIME[2013][year:2013]]
([TIME[2018-11-15 07:35:00 +09:00]])
<http://www.guampedia.com/wp-content/uploads/2013/12/mhc2-overviewB_pft.pdf#page=37>

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[283] [CITE@en-US[» Robert Underwood]]
([TIME[2018-11-29 23:50:41 +09:00]])
<https://www.guampedia.com/robert-underwood/>
]FIGCAPTION]

> Robert Anacletus Underwood, a former member of the US Congress, was the president of the University of Guam from 2008 until July 2018.
[SNIP[]]
> Underwood served as the Guam Delegate to the US Congress in the 103rd through 107th Congresses from 1993 to 2003 during which he sponsored major legislation for Guam, played an active role in US Department of Defense authorization bills and was an advocate for political development for insular areas and the extension of educational and social opportunities for Asian Americans and Pacific Islanders. During his tenure in congress, he became a senior member of both the House Armed Services and Resources committees. He emphasized the importance of Guam and the Asian Pacific region in national strategic policy and worked to enhance the benefits of military personnel, especially those in guard and reserve units.
> [SNIP[]]
He brought recognition to Guam’s unique people by lifting the ban on betel nut (pugua) importation into the US Customs Zone, inclusion in the National World War II Memorial, the creation of Chamorro Standard Time (CST) and participation in national commemorative events.

]FIG]

- [281] [CITE['''['''tz''']''' Timezone history for some Pacific Islands.]]
([TIME[2018-11-19 17:12:44 +09:00]])
<https://mm.icann.org/pipermail/tz/2018-November/027249.html>
- [339] [CITE@en[Updates for Guam DST, Japanese in Pacific]] ([[eggert]]著, [TIME[2018-11-19 15:46:32 +09:00]]) <https://github.com/eggert/tz/commit/e972ffad0049c23dd673e97ee6021b64685df129>
- [356] [CITE@en[Fix Kwajalein comment]] ([[eggert]]著, [TIME[2018-11-30 18:08:48 +09:00]]) <https://github.com/eggert/tz/commit/4fc79eab88af70d3da1790be79bf9bce17f1ac3e>
]REFS]

* 米領ウェーク島 (大鳥島)

[117] [[tzdata]] の [CODE[Pacific/Wake]] は、元の[[地方時]]を [TZ[+11:06:28]]
としています [SRC[>>118]]。

;; [105] [TIME[1899年1月17日][1899-01-17]]、
[[米国]]は[[ウェーク島]]に進攻しました。

[270] 同じ頃[[日本人]]が移住していましたが、[[日本政府]]は[[米国]]の領有を承認しました。
[[日本の領土]]となったことはなく、[[内地]]から遠く離れた[[孤島]]ですから、
現地[[日本人]]も[[中央標準時]]を用いていたとは考えにくいです。
[[地方時]]を用いていたのでしょうか。
しかし間もなく離島させられ、
定住者のいない[[無人島]]に戻りました。

[HISTORY[
[231] [[Shanks]] (2003) は、[TIME[1901年1月1日0時0分][1901-01-01T00:00]]から
[TZ[+12:00]] (それ以前は [[LMT]]) としています [SRC[>>228]]。

[119] [[tzdata]] の [CODE[Pacific/Wake]] は、[TIME[1901年][year:1901]]を境に 
[TZ[+12:00]] としています [SRC[>>118]]。

[232] [[Shanks]] は他にも幾つかの地域で1901年開始としており、時期不明を表していると思われます。
]HISTORY]

-*-*-


[320] 
[TIME[1941年3月][1941-03]]の[[米国]]の航空会社の[[時刻表]]には、
[[WAKE ISLAND]] は [TZ[+11:00]]、
[[GUAM ISLAND]] は [TZ[+10:00]] とありました [SRC[>>284]]。 



;; [102] [TIME[1941年][year:1941]]、[[大日本帝国]]は[[米領ウェーク島]]に進攻しました。
[[ウェーク島]]は[[大鳥島]]と命名されました。

[104] 元々民間人がおらず[[米軍基地]]しかなかった[[大鳥島]]は、この時期[[日本軍]]のみが駐留しており、
[[軍用時]]である[[中央標準時]] [TZ[+09:00]] が用いられたと考えられます。
住民がいないので[[軍政府]]の[[布告]]のような形で明確に[[標準時]]が制定・改正された可能性は低いですが、
[[島]]で唯一共通に用いられた[[時刻]]が[[中央標準時]]だったのなら、
これが当時の[[大鳥島]]の事実上の[[標準時]]といえるでしょう。

;; [103] [TIME[1945年][year:1945]]、[[米軍]]が[[ウェーク島]]に進攻しました。

[48] [TIME[昭和21年2月3日][1946-02-03]]の[[日本軍]]の文書には、
「[[カロリン]]、[[ウエーキ]]時間ハ[[重慶時間]]ト三時間ノ差アリ」 [SRC[>>470]]
とあります。[[重慶時間]]が[[国民政府]]の[[冬時間]] [TZ[+07:00]] だったとすれば、
[[カロリン諸島]]と[[ウェーク島]]は [TZ[+10:00]] ということになります。

[354] [[tzdata]] は不確実だとして採用していません。 [SRC[>>339]]


[321] 
[TIME[1947年12月][1947-12]]の[[米国]]の航空会社の[[時刻表]]には、
[[WAKE ISLAND]] は [TZ[+11:00]]、
[[GUAM ISLAND]] は [TZ[+10:00]] とありました [SRC[>>285]]。 





[129] [[朝鮮戦争]]中の[TIME[1951年10月14日][1951-10-14]]記事に関する
[TIME[1971年][year:1971]]の回想録では、
[[ウェーク島]]が[[米国]]側からみて[[日付変更線]]を超えたところにあること、
2時間の[[夏時刻]]が実施されていたことが注釈されています [SRC[>>123]]。

;; [135] [[tzdata]] は他に資料がないとして無視しています [SRC[>>131]]。

;; [136] 当時[[米軍]]が[[太平洋諸島]]で[[標準時]]として [TZ[+10:00]] を用い、
[[大鳥島]]では [TZ[+12:00]] を用いた、とすれば一応辻褄は合います。

[271] 
[[太平洋]]を横断する航空路が発達した20世紀中盤には、
[[大鳥島]]は[[航空機]]が飛び石状に寄港する[[島]]の1つとして使われました。

[143] 1949年や1952年や1956年や1969年の[[航空機]]の[[時刻表]]には、[[大鳥島]]は [TZ[+12:00]]とあります 
[SRC[>>144]]。

[140] [TIME[1954年][year:1954]]の[[日本航空]]の[[時刻表]]は、経由地の[[大鳥島]]と[[ホノルル]]の間に[[日付変更線]]を描いています
[SRC[>>139]]。

[180] 1950年代の米国政府の地図に基づき描かれたのではないかと推測される時期不明の地図では、
[[大鳥島]]は [TZ[+12:30]] と注記されているようにも見えます (潰れていて判読が難しいです)。
[SRC[>>178]]

[382] 
[CITE@ja-JP[アメリカの旅]], [[丹羽保次郎]], [TIME[1956]], [TIME[2023-01-17T10:48:16.000Z]], [TIME[2023-02-16T08:05:02.097Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/2976011/1/4> (要登録)

詳細な旅程が記録されています。

- [383] [TIME[1954-08-28]] [[羽田空港]] [SRC[>>382 /8]]
「[L[午後9時25分]]」搭乗 [SRC[>>382 /9]]
-- [TZ[+09:00]]
- [386] 
「[L[ウエーク時間, 8月29日朝8時20[BR[]]分 (東京時間では8月29日午前5時20分)]]」
[[ウエーク島]]到着 [SRC[>>382 /9]]
-- [TZ[+12:00]]
- [387] 
「[L[ウエーク時間29日午前10[BR[]]時10分 (東京時間  同午前7時10分)]]」
[[ウエーク島]]離陸 [SRC[>>382 /9]]
-- [TZ[+12:00]]
- [388] 
「[L[2時間位たつたとき, 今180°の日附変更線を通つ[BR[]]たことをアナウンスする.  普通アナウンスは先に日本語で次に英語でや[BR[]]つているが, これだけは何故か英語だけであつた.]]」
[SRC[>>382 /9]]
-- [TZ[+12:00]] → [TZ[-12:00]]
- [389] 
「[L[ホノルル時間28日午後9時 (東京時間29日午後4時)]]」
[[ホノルル国際空港]]着陸
[SRC[>>382 /9]]
-- [TZ[-10:00]]
- [390] 
「[L[ホノルル時間[BR[]]28日午後11時50分 (東京時間29日午後6時50分)]]」
[[ホノルル国際空港]]離陸
[SRC[>>382 /10]]
-- [TZ[-10:00]]
- [384] [TIME[1954-08-29]] 「[L[桑港時間 (夏時間) 29日午前11時45分]]」
[SRC[>>382 /8]]
「[L[桑港時間29日午前11時45分 (夏時間) 東京時間30日[BR[]]午前3時45分]]」
[SRC[>>382 /11]]
[[桑港空港]]
-- [TZ[-07:00]]
-
[385] 
[TIME[1954-09-30]]
「[L[夜8時Schenectadyにつく. こゝは New York 州なので今週から[BR[]]標準時間になつている. ボストンでは夏時間であつたので1時間得をし[BR[]]ている. それにしても州によつて異つているのは不便なものだ.]]」
[SRC[>>382 /57]]
-- [TZ[-07:00]] → [TZ[-08:00]]
- [391] 
[TIME[1954-11-01]]
「[L[11月1日午後12時40分]]」
[[サンフランシスコ空港]]
[SRC[>>382 /103]]
-- [TZ[-08:00]]
- [392] 
「[L[桑港時間午後9時35分ホノルル国際空港につく. 時計を2[BR[]]時間後らす. ]]」
[SRC[>>382 /104]]
-- [TZ[-08:00]] → [TZ[-10:00]]
- [393] 
「[L[9時50分]]」
[[ホノルル国際空港]]離陸
[SRC[>>382 /104]]
-- [TZ[-10:00]]
- [394] 
「[L[午前5時50分ウェーク飛行場につく. こゝでも2時間後ら[BR[]]すので, ウェーク時間ではまだ真夜中の3時50分なのだ. しかも日附変[BR[]]更線を突破したので1日とばして今日は11月3日である.  私の友人は[BR[]]誕生日をとばされて一年もうけたと笑つていた.]]」
[SRC[>>382 /104]]
-- [TZ[-10:00]] → [TZ[-12:00]] → [TZ[+12:00]]
-
[395] 
「[L[ウェーク時間午前5時30分]]」
[[ウェーク飛行場]]離陸
[SRC[>>382 /104]]
-- [TZ[+12:00]]
-
[396] 
[TIME[1954-11-03]]
「[L[ウェーク時間午後1時, 東京時間午前10時羽田上空[BR[]]にかゝり, 10時10分着陸]]」
[SRC[>>382 /105]]
-- [TZ[+12:00]] → [TZ[+09:00]]


-*-*-

[225] [TIME[1966年][year:1966]]の[[米国]]の書籍は、 
WAKE ISLAND の[[標準時]]を [TZ[+12:00]] としています
[SRC[>>220]]。

;; [114] 現在[[大鳥島]]の[[米軍基地]]は[[マーシャル諸島共和国]][[クェゼリン環礁]]にある[[米軍基地]]の指揮下にあります。
1950年代から1993年まで [TZ[-12:00]] を用いていましたが、現在は [TZ[+12:00]]
を使っています (>>113)。[[大鳥島]]の[[米軍基地]]も同じく [TZ[-12:00]] 
を用いていた可能性がありますが、現在のところ裏付けはなく、逆に [TZ[+12:00]]
だとしているものしかありません。

[46] [[米領大鳥島]]では、現在も [TZ[+12:00]] が使われていると思われます。
[TIME[2016年][year:2016]]現在、[TIME[2011年][year:2011]]付けの[[米軍]]の 
[[Webサイト]]にその旨の記載があります [SRC[>>108, >>109]]。

[160] [TIME[2011年][year:2011]]付けの (他の地域の) 
[[米軍]]資料では[[米領大鳥島]]は [TZ[+11:00]]
とされています [SRC[>>159]] が、その事情は不明です。

[REFS[
- [284] [CITE[#時刻表にみる戦前の太平洋横断飛行艇]]
([TIME[2011-08-28 12:26:40 +09:00]])
<http://www.tt-museum.jp/taiyo_0190_paa1941.html>
- [470] [CITE[田集副通第11号 ラヂオ聴取に関する件 田集団副官]] ([TIME[2016-05-22 16:20:53 +09:00]]) <http://www.jacar.go.jp/DAS/meta/image_C08010791200>
- [285] [CITE[#時刻表にみる大戦直後のパンナム]]
([TIME[2011-08-28 12:22:32 +09:00]])
<http://www.tt-museum.jp/cold_0050_pa1947.html>
- [123] [CITE[Truman Library - Vernice Anderson Oral History Interview]] ([TIME[2016-08-02 16:36:40 +09:00]]) <https://www.trumanlibrary.org/oralhist/andrsonv.htm>
- [139] [CITE[#時刻表にみる日本航空の国際線開設]] ([TIME[2011-08-28 12:27:02 +09:00]]) <http://www.tt-museum.jp/war_0220_jal1954.html>
- [144] [[時差の表]]
-- [150] 1952年
-- [146] 1956年 [CITE[ROUND THE WORLD SERVICES]]
-- [145] 1969年 [CITE[ALL-CARGO SERVICES ATLANTIC-PACIFIC]]
-- [159] 2011年 [CITE[World Time Chart]]
- [108] [CITE[Wake Island]] ([TIME[2011-08-03 00:07:56 +09:00]]) <http://www.smdc.army.mil/kwaj/Logistics/wake.html>
- [109] [CITE[USAKA Airfield Services]] ([TIME[2011-08-03 00:07:56 +09:00]]) <http://www.smdc.army.mil/kwaj/Logistics/airfield.html>
- [118] [CITE@en[tz/australasia at master · eggert/tz]] ([TIME[2016-08-02 16:13:44 +09:00]]) <https://github.com/eggert/tz/blob/master/australasia#L767>
- [131] [CITE@en[tz/australasia at master · eggert/tz]] ([TIME[2016-08-02 16:40:08 +09:00]]) <https://github.com/eggert/tz/blob/master/australasia#L1713>

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[45] [CITE@en[Wake Island Time Zone - Wikipedia, the free encyclopedia]]
([TIME[2015-11-09 04:54:12 +09:00]] 版)
<https://en.wikipedia.org/wiki/Wake_Island_Time_Zone>
]FIGCAPTION]

> The Wake Island Time Zone observes standard time by adding twelve hours to Coordinated Universal Time (UTC+12).

]FIG]
]REFS]

* 関連

[2] [SEE[ [[日本の標準時]]、[[小笠原の標準時]]、[[台湾の標準時]]、[[フィリピンの標準時]]、[[インドネシアの標準時]]、[[大洋州の標準時]]、[[北米の標準時]] ]]

* メモ


[185] [CITE@en[Remove many invented abbrs in 'africa', 'backzone']]
([[eggert]]著, [TIME[2017-02-21 05:08:46 +09:00]])
<https://github.com/eggert/tz/commit/87f960b0458754d83a15ab7f444e9ce1a2e5d168>

[186] [CITE@en[Remove many invented abbreviations in 'australasia']]
([[eggert]]著, [TIME[2017-02-11 03:53:47 +09:00]])
<https://github.com/eggert/tz/commit/a25d615495c57081297939b4befe6f9b6bf438ea>

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[187] [CITE[マーシャル諸島旅行記 (1/2) 佐納康治]] ([TIME[2004-11-13 16:26:29 +09:00]]) <http://www.asahi-net.or.jp/~hc7y-snu/sanoo/Travel72/Travel72a.html>
]FIGCAPTION]

[[時刻]]に関する記述を抜粋:

> 平成13年

> 8月8日(水)

>午前8時過ぎ、やはりコンチネンタルミクロネシア航空のCS957便で、マーシャル諸島のマジュロに向けて出発する。この便は、グアム発、トラック島、ポナペ島、コスラエ島、クワジャレイン島、マジュロ島経由ホノルル行きである。途中の島に一つ一つ寄って行くのが面白い。
> 午前10時、最初の経由地トラック島に到着。

> トラック島でしばらく止まって、それからポナペ島に向けて離陸。約一時間でポナペ島に到着。時差があるので、午後1時到着。

>  ポナペにまた1時間ほど止まった後、ポナペを離陸して、今度はコスラエ島に向かう。これも約1時間。午後3時に到着。

> トラック島、ポナペ島に続いて、コスラエ島に着陸。
> 午後4時、今度はクワジャレイン島に向けて再度離陸。またまた約1時間でクワジャレイン島に着いた。再び時差があるので、午後6時到着。

> クワジャレイン島を午後7時に離陸、1時間の飛行で、やっと目的地のマジュロ島に到着した。午後8時の到着。出発したのがグアム時間の午前8時で、グアムとマジュロで2時間の時差があるから、10時間かかったことになる。

]FIG]

[188] つまり:

- [[グアム]]発 8時 [TZ[+10:00]]
- [[トラック]]着 10時 [TZ[+10:00]]
- [[トラック]]発
- [[ポナペ]]着 13時 [TZ[+11:00]]
- [[ポナペ]]発 14時 [TZ[+11:00]]
- [[コスラエ]]着 15時 [TZ[+11:00]]
- [[コスラエ]]発 16時 [TZ[+11:00]]
- [[クワジャレイン]]着 18時 [TZ[+12:00]] (17時 [TZ[+11:00]])
- [[クワジャレイン]]発 19時 [TZ[+12:00]]
- [[マジュロ]]着 20時 [TZ[+12:00]]


[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[189] [CITE[Prologue]]
([TIME[2006-12-21 08:32:48 +09:00]])
<http://www.w1vx.net/ja8ve/v7/v7_1.htm>
]FIGCAPTION]

> この地区の時差は小刻みでわかりにくいので、自分の為にも整理してみました。
>  Tokyo      :JST
>  Guam, Thuuk  :JST+1H
>  Pohnpei, Kosrae  :JST+2H
>  Kwajalein, Majuro :JST+3H 

]FIG]

[190] >>189 はページ内に年号がないが、他のページの記述からおそらく[TIME[2004年][year:2004]]。

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[191] [CITE[ただいま出張中 ]]
(2005年12月9日 [TIME[2015-02-25 08:21:55 +09:00]])
<http://www.hassamugawa.com/marshall_7.html>
]FIGCAPTION]

> クワジェリンを発って次の寄港地は美女の眠る山のあるコスラエ。時差マイナス1。

]FIG]


[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[192] [CITE[ミクロネシアの基本情報]]
(© 2002 - 2009 Panorama International, Inc. [TIME[2016-12-09 18:57:44 +09:00]])
<https://www.panorama.co.jp/masato_bdp/micronesia/island_micronesia/main.html>
]FIGCAPTION]

>  ポナペ	日本時間 +2時間	日本が正午の場合、14時
>  トラック	日本時間 +1時間	日本が正午の場合、13時
>  コスラエ	日本時間 +3時間	日本が正午の場合、15時
>  ヤップ	日本時間 +1時間	日本が正午の場合、13時
>  パラオ	日本時間 +0時間	日本が正午の場合、同じ正午

]FIG]


[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[193] [CITE[ただいま出張中 ]]
(2005年12月5日 [TIME[2015-02-25 08:21:55 +09:00]])
<http://hassamugawa.com/marshall_2.html>
]FIGCAPTION]

> グアム発0820→チューク(トラック)着1000
> チューク発1045→ポンペイ着1258(時差+1時間)
> ポンペイ発1345→コスラエ着1446
> コスラエ発1530→クワジャレイン着1736(時差+1時間)
> クワジャレイン発1815→マジュロ着1908
>  
> マジュロは日本との時差が3時間。マジュロの12時には日本はまだ9時ということになる。

]FIG]




[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[194] [CITE[Time zone names- Kosrae Time]]
([TIME[2017-04-03 21:59:31 +09:00]])
<http://www.worldtimezone.com/wtz-names/wtz-kost.html>
]FIGCAPTION]

> Time Zone Abbreviation	Zone Description	Relative UTC
> KOST	Kosrae Time	UTC+12

]FIG]



[265] [CITE[Air Nauru]]
([TIME[2016-04-28 00:20:10 +09:00]])
<http://www.timetableimages.com/ttimages/on.htm>

[266] [CITE[Trust Territory Air Service]]
([TIME[2015-09-25 05:00:06 +09:00]])
<http://www.timetableimages.com/ttimages/trust66.htm>




[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[336] [CITE[富士山と米軍爆撃機 B29による日本本土攻撃]]
(松本武彦 法学論集 78 〔山梨学院大学〕 2016 [TIME[2018-10-28 21:51:27 +09:00]])
<https://ygu.repo.nii.ac.jp/?action=repository_action_common_download&item_id=3331&item_no=1&attribute_id=22&file_no=1>
]FIGCAPTION]

> 出撃時刻や飛行時間は戦争標準
> 時で管理されたが、それは「日時分」の六桁の数字の最後に「Z」の文字
> を付したグリニッジ標準時および数字の最後に「K」の文字を付したマリ
> アナ時によっていた(20)
> [SNIP[]]
> (19) 奥村喜重『中小都市空襲』三省堂、一九八八年、一〇三頁。
> (20) Z 時に一〇時間加えると K 時となり、K 時から一時間引くと日本時となる。
> 同前『中小都市空襲』三省堂、一九八八年、一一八〜一二〇頁。

]FIG]


[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[335] [CITE[小灘利春 上原光晴]]
[CITE[回天と戦友愛に燃えて 小灘利春元海軍大尉を偲ぶ]]
(なにわ会ニュース96号22頁 平成19年3月掲載
平成22年5月6日 校正すみ
[[上原光晴]]
[TIME[2011-05-15 20:49:08 +09:00]])
<http://www.naniwa-navy.com/bukko-konada-uehara1.html>
]FIGCAPTION]

> 米軍はウルシーで、現地時刻ではなく、日本時刻を採用していたことも小灘さんは突き止めた。この点については、アメリカのウィスコンシン州のプラットビルに住む回天研究家マイク・メアさんから筆者に送られてきた戦闘詳報添付図の欄外にその記述が出ていることでも裏付けられた。
>  余談だがマイク・メアさんは、父君がミシシネワの乗組員(無事救助)だったため、カイテンオタクといってもよいほど回天に入れ込み、研究している人物である。
>  筆者も在日米海軍司令部を通じ、名著「深く静かに潜航せよ」のエドワード・L・ビーチ氏に問い合わせたところ、ビーチ氏も日本近海で戦った経験から、日本時刻を採用していたことを認めた。
>  米海軍は地球規模で作戦を展開していたため、どの時間帯を使うかは、そのつどきめていた。長い間、現地時刻と信じて日本時刻との時差(四十分)をつづってきた戦記は、誤りだったのである。

]FIG]

[337] [CITE@en[New Guinea And The Marianas : Samuel_eliot_morison : Free Download, Borrow, and Streaming : Internet Archive]]
([TIME[2018-10-30 20:26:57 +09:00]])
<https://archive.org/details/in.ernet.dli.2015.101104/page/n9>

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[338] ([TIME[2017-02-08 23:10:10 +09:00]])
<https://ia801608.us.archive.org/18/items/in.ernet.dli.2015.101104/2015.101104.New-Guinea-And-The-Marianas_text.pdf>
]FIGCAPTION]

> (Operation “Forager”)
> East Longitude dates except for events in Europe, the United States and Hawaii, “King” Time (Zone minus 10).
> [SNIP[]]
> On 22 March (West Longitude date) [SNIP[]]. On the third day out, 25
> March, at 1332,[SUP[6]]
> [SUP[6]] East Longitude date, Zone minus 11 time. The force skipped 24 March, and
> the rest of the operation is in this time.
> [SNIP[]]
> At 0600 May 17, by Zone minus 10 time, it was still dark.

]FIG]


[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[357] [CITE@en[Navy Dept. Communiques 1-624. - Full View | HathiTrust Digital Library | HathiTrust Digital Library]]
([TIME[2019-01-28 09:36:59 +09:00]])
<https://babel.hathitrust.org/cgi/pt?id=uc1.b2958673;view=image;seq=790;start=1;sz=10;page=search;num=311>
]FIGCAPTION]

> CINCPOA PRESS RELEASE NO. 252, 4 SEPTEMBER 1945
> [SNIP[]]
> The American flag was raised at 3 o'clock this after- noon, Guamtime. Under the over-all command of Marine Major General Henry L Larsen, Island Commander Guam, Rota thus became American territory for the first time in history.

]FIG]



[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[363] [CITE@en-US[Daylight Saving Time No More? | In Custodia Legis: Law Librarians of Congress]]
([TIME[2019-03-23 10:52:10 +09:00]])
<https://blogs.loc.gov/law/2019/03/daylight-saving-time-no-more/>
]FIGCAPTION]

> However, daylight saving time is not observed in Hawaii, American Samoa, Guam, Puerto Rico, the Virgin Islands, and most of Arizona.

]FIG]

[364] 
Robert の努力にも関わらず言及されない[[北マリアナ諸島準州]]。。。

[365] ([TIME[2013-12-13 07:03:31 +09:00]])
<https://www.transportation.gov/sites/dot.dev/files/docs/GU%20NM%20Chamorro%20Est.pdf>

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[367] [CITE@en[Theory and pragmatics of the tz code and data]]
([TIME[2019-09-12 04:35:14 +09:00]])
<https://www.ietf.org/timezones/theory.html#abbreviations>
]FIGCAPTION]

> Previous editions of this guideline required upper-case letters, but the Congressman who introduced Chamorro Standard Time preferred "ChST", so lower-case letters are now allowed.

]FIG]


[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[368] [CITE@ja[倭人の二倍年歴 | テラさんの万華鏡]]
([TIME[2020-01-05 12:18:25 +09:00]])
<https://ameblo.jp/teras0118/entry-12215538685.html>
]FIGCAPTION]

> パラオの民族学といえば、昭和4年(1929年)から15年間にわたって島民と生活を共にしながら、パラオの民族・文化を調査・研究された土方久功(ひじかたひさかつ)氏が何と言ってもその第一人者でしょう。
> この土方氏の著作集第一巻「パラオの社会と生活」によると、パラオの暦はおよそ次のようです。
> パラオ語にあっては、「年」をラックと呼び、「月」をブイルと呼ぶが、ラックは六ヶ月から成って居り、この云わばラック半年が二度めぐって完全な一年をなすのであって、前半年は丁度東風季節に当たるのでホゴス(東)と呼ばれ、後半年は西風期にあたるのでゲバルヅ(西)と呼ばれる。
> 一月、 ツムル
> 二月、 マダラップ
> 三月、 ヘリヅ
> 四月、 タオフ
> 五月、 オルゴードル
> 六月、 ヘイヤフ

]FIG]


[369] [CITE['''['''mixi''']'''パラオ暦の文の意味を教えてください。 - パラオ語 | mixiコミュニティ]]
([TIME[2020-01-05 12:20:57 +09:00]])
<https://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=3583531&id=34016383>