[29] [DFN[[[旧暦]]]]は、明治5年まで[[日本]]で用いられていた[[太陰太陽暦]]と、
それを過去あるいは明治6年以降に延長した[[暦]]です。
[[中国式太陰太陽暦]]の一種です。

[36] 改暦から100年以上経過した現在、日常生活では使われなくなりましたが、
一部の行事や[[カレンダー]]の記述、[[六曜]]の根拠などとして根強く使われ続けています。

* 呼称

[132] 全体的には「[[旧暦]]」と呼ぶのが最も一般的です。
[[当用漢字字体表]]以前は「[DFN[[[舊曆]]]]」とも表記されました。

[619] 
必要なら[DFN[日本の旧暦]]のように呼ぶのが適切でしょう。

[134] 曖昧でない時には種別である「[[太陰暦]]」、より正確には「[[太陰太陽暦]]」
で呼ぶこともあります。「[[陰暦]]」と略されることもありました。
[[近代日本]]では[[陰暦]] ([[陰曆]]) という言い方がよくありました。
厳密にはこうした名称は[[中国の旧暦など][中国式太陰太陽暦]]も含み得るもので、
文脈による判断が必要となります。

;; [148] 後述の通り明治初期の公式な[[暦]]には[[旧暦]]が併記されていました。
その欄名は「[[舊暦]]」でした。[[官報]]上では[[陰暦]]と呼ばれることもありました。
[[沖縄返還]]前の[[琉球政府]]の法令では「[[旧暦]]」と呼ばれていました。

[198] [[和暦]]と呼ばれることもありますが、
[[元号]]表記のことを[[和暦]]と呼ぶこともありますし、
明治6年以降の[[和暦]]は[[グレゴリオ暦]]と同じものをいいますから、
明治5年までの[[暦法]]のことを指すのに[[和暦]]というのは不正確で誤解を招きます。

[135] [[英語]]では「[[Kyuureki]]」、「[[Japanese Calendar]]」、「[[Japanese Classic Calendar]]」
などと呼ばれることがありますが、広く通用するのかは不明です。

;; [136] 本来「[[日本の暦]]」(や「[[和暦]]」) という名前で参照されるべきものは、
明治5年までは[[旧暦]]、明治6年以降は[[グレゴリオ暦]]を組み合わせたものでしょう。

* 暦法の定義

[19] [[平山清次]]が「天保暦の準據せる暦法原則を今の術語によりて記載」[SRC[>>18]]
したものが現在の[[旧暦]]の説明の原典と考えられています [SRC[>>22, >>20]]。

[FIG(quote)[
>(一) 太陽と太陰の黄經の相等しき時刻を''朔''とす。 (定朔)
>(二) 各宮の原點に太陽の在る時刻を''中氣''とす。 (定氣)。
>(三) ''暦日''は京都に於ける地方眞太陽時午前零時に始まる。
>(四) ''暦月''は朔を含む暦日に始まる。
>(五) 暦月中冬至を含むものを十一月、春分を含むものを二月、夏至を含むを五月、秋分を含むを八月とす。
>(六) ''閏''は中氣を含まざる暦月に置く。中氣を含まざる暦月必ずしもみな閏月とならず。
>
明治五年改暦以後同四十二年迄、太陽暦に附して頒布したる太陰暦も亦、此原則に據りたるものなり。但し第三項の日の始は明治二十年迄は東京に於ける地方平均太陽時午前零時を採り、以後は中央標準時午前零時に改めたり。

[FIGCAPTION[
[CITE[暦法及時法]] 二 太陰暦 [SRC[>>18]] 46ページ
]FIGCAPTION]
]FIG]

[23] >>22 は更に
[FIG(quote)[
> (七) 月番号に跳びがあってはならない
]FIG]
... との「当然の条件」を補っています [SRC[>>22]]。 
(この条件は[[旧暦2033年問題]]に関わります。)

[279]  加えて、[[旧暦2033年問題]]のための[[パッチ]]
[FIG(quote)[
> (八) [TIME[西暦2033年][year:2033]]には、閏11月を置く
]FIG]
... を加えたのが、現在の[[旧暦]]の[[事実上の標準]]となっています。
[SEE[ [[旧暦2033年問題]] ]]

[294] 更に厳密に定義するなら、次の基本条件も加えるべきでしょう。
[FIG(list)[
- [[暦年]]を[[暦月]]に分ける
- [[暦月]]を[[暦日]]に分ける
- [[暦月]]と[[暦日]]には番号を与える
- 日番号に跳びがあってはならない
- [[暦年]]のはじめの[[暦月]]は1月とするが、特別に正月と呼ぶ
- 朔を含む暦日を1日とするが、特別に朔日と呼ぶ
- 閏月の月番号は前月と同じとする
]FIG]

[280] 過去にはこれとは異なる[[暦法]]が行われていました。

[REFS[
- [18] [CITE[暦法及時法]], 40ページ
- [20] [CITE@ja[suchowan's UniWiki Calendar/When/Exe/暦説明/本編/日本/補足/天保暦置閏法の謎]] ([TIME[2014-09-06 14:21:11 +09:00]] 版) <http://hosi.org/u/wiki.cgi?Calendar%2FWhen%2FExe%2F%E6%9A%A6%E8%AA%AC%E6%98%8E%2F%E6%9C%AC%E7%B7%A8%2F%E6%97%A5%E6%9C%AC%2F%E8%A3%9C%E8%B6%B3%2F%E5%A4%A9%E4%BF%9D%E6%9A%A6%E7%BD%AE%E9%96%8F%E6%B3%95%E3%81%AE%E8%AC%8E>

;; [21] >>18 は昭和8年/1933年12月5日発行 [SRC[>>18]] ですが、第2章末には
「[[日本百科大辭典]]より轉載」と注記があり、同著者の原稿の再出版と思われます。
また >>22 は“平山清次 (1912) の『日本百科大辭典』「太陰暦」の項”
(第6巻、三省堂出版) から同文を引いています。
[[暦文協]]見解 [SRC[>>121]] も「旧暦ルールの条文化」を
[TIME[1912年][year:1912]]の平山による日本百科大辭典第6巻としています。
第6巻は[TIME[大正元年8月24日][1912-08-24]][[刊行]]。

;; [251] [[平山清次]]は1912年当時[[東京帝国大学]]理科大学助教授で[[理学博士]]だったようです。
後に[[教授]]となり、更に[[東京天文台]]にも勤めています。
[[暦]]の主任であり[[編暦]]に携わっていました。

]REFS]

* 表記

[213] [[旧暦]]であることを明示して[[日付]]を示す場合、
「[[旧暦]]2015年6月1日」のように最初に「[[旧暦]]」を付けます。
「旧1月2日」のように「[[旧]]」のみつけることもあります [SRC[>>214]]。
[[旧正月]]や[[旧盆]]のように、[[旧暦]]に基づく[[行事]]を区別するときにも最初に
「[[旧]]」を付けます。

[REFS[
- [214] [CITE[旧暦と沖縄の年中行事|旧暦と沖縄の年中行事|沖縄観光情報WEBサイトおきなわ物語]] ([TIME[2016-02-01 11:46:24 +09:00]] 版) <http://www.okinawastory.jp/special/tokusyu_1002/0600007025.html>
]REFS]

[615] [CITE[3_59.pdf]], [TIME[2022-09-14T05:36:22.000Z]] <https://www.jstage.jst.go.jp/article/jrsi/3/0/3_59/_pdf#page=14>

>5)これ以降,アラビア数字の日付は西洋暦,漢数字の日付は和暦を表すこととする。

* 古代暦

[281] 
[[上古]]の[[暦法]]や[CITE[日本書紀]]、[CITE[古事記]]その他の記載については、
様々な議論があります。
[SEE[ [[紀年論]] ]]

[286] 
[[暦日]]の存在が確実なのは[[持統天皇]]の時代以後ですが、
それ以前に存在していたことも確かだろうとされています。
[SRC[>>18]]

[287] 
[CITE[政事要略]]には、
「推古天皇十二年、歳次甲子、正月戊戌朔、始用暦日」とありました。
[SRC[>>18]]

[640] 
[TIME[2025-01-30T04:07:15.300Z]]
<https://rekihaku.repo.nii.ac.jp/record/2746/files/kenkyuhokoku_224_02.pdf>

* 支那暦

[289] 
[[江戸時代]]まで、
[[中華王朝の暦法][支那暦]]が[[日本]]でも採用されました。
次のものが実施されました [SRC[>>18]]。

[FIG(table)[

:n: 暦法
:y: 開始
:d: 実施年数

:n: [[元嘉暦]]
:y: 持統6年
:d: 5

:n: [[儀鳳暦]]
:y: 文武元年
:d: 67

:n: [[大衍暦]]
:y: 天平宝字8年
:d: 94

:n: [[五紀暦]]
:y: 天安2年
:d: 4

:n: [[宣明暦]]
:y: 貞観4年
:d: 823

]FIG]

[290] [[元嘉暦]]と[[儀鳳暦]]の実施年には諸説あり、
[[平山清次]]は[CITE[皇和通暦]]に従い上表の通りとしました。
[SRC[>>18]]
[SEE[ [[飛鳥改暦]] ]]

[581] 
[[暦法]]は輸入されましたが、[[暦算]]およびそれに基づく[[頒暦]]は[[日本]]で独自に行われました。

* 日本独自暦

[293] [[宣明暦]]は[[日本]]で823年も用いられ続け、
[[暦元]]からは862年も経っていました。
[[宣明暦]]では1[[年]] = 365.2446[[日]]のため、
862年で2日以上の[[差]]が生じました。
これにより改暦の機運が高まりました。
[SRC[>>18]]

[298] 当初は[[明国]]の[[大統暦]]が採用されることになりましたが、
1年も経たずに[[保井春海]]の[[貞享暦]]が採用されることになりました。
[SRC[>>18]]

[299] 
[DFN[貞享暦]]は、
[[元國]]の[[授時暦]]に[[里差]] ([[経度差]])
を加え、
実測により[[京都]]の[[子午線]]としたものでした。
[SRC[>>18]]
[SEE[ 里差については[[幕末維新期の日時]] ]]

[300] 
[[授時暦]]の[[消長法]]は大きすぎる値でした。
[[貞享暦]]はこれを更に2倍にして[[歳周]] ([[太陽年]])
を改めたため、
1[[年]] = 365.2417[[日]]という小さすぎる値になりました。
[SRC[>>18]]

;; [301] 
[[保井春海]]は[[暦学者]]として成功したとはいえないものの、
[[支那暦]]をそのまま用いず[[日本]]に適応させたため、
日本暦学の父と評価されています [SRC[>>18]]。

[303] 
[DFN[宝暦暦]]は、
[[安倍泰邦]]、
[[渋川図書]]らが[[貞享暦]]を小改訂したものでした。
[SRC[>>18]]

[391] 
[DFN[修正宝暦暦]]は、
[[宝暦暦]]を小改訂したものでした。

[304] 
[DFN[寛政曆]]は、
[[高橋至時]]、
[[山路徳風]]、
[[吉田秀升]]、
[[間重富]]らによるものでした。 
[[清国]]の(後)[[時憲暦]]に[[里差]]を加え、
[[麻田妥彰]]の[[歳周消長法]]を用いたもので、
間接的に [RUBY[[[Cassini]]][カツシニ]] などの西洋天文学に学んだものでした。
[SRC[>>18]]

[305] 
[DFN[天保暦]]は、
[[江戸幕府]]の[[天文方]]の[[渋川景佑]]、
[[足立信頭]]らによるものでした。
[[フランス人]]の [[J. J. de [RUBY[Lalande][ラランド]]][ラランド]]
の [CITE[Astronomie]] (蘭訳版 [CITE[Astronomia of Sterrekunde]], 1773-1780)
に主に学んだものでした。
[SRC[>>18]]

[336] [[天保暦]]は[[日本]]の[[暦法]]で初めて[[定気]]を採用しました。
[SRC[>>18]]

[302] まとめると次の通りです [SRC[>>18]]。

[FIG(table)[

:n: 暦法
:p: 開発者
:y: 開始
:d: 実施年数
:s: 暦法書
:yy: 太陽年 365日 +
:mm: 太陰月 29日 +
:m1: 交点月 27日 +
:m2: 近点月 27日 +
:yd: 歳差

:n: [[貞享暦]]
:p: [[保井春海]]
:y: 貞享2年
:d: 70
:s: [CITE[貞享暦書]]
:yy: .2417
:mm: .53059
:m1: .21222
:m2: .55460
:yd: .0150

:n: [[宝暦暦]]
:p: [[安倍泰邦]]ら
:y: 宝暦5年
:d: 43
:s: [CITE[暦法新書]]
:yy: .2416
:mm: .53059
:m1: .21222
:m2: .55460
:yd: .0150

:n: [[寛政暦]]
:p: [[高橋至時]]ら
:y: 寛政10年
:d: 45
:s: [CITE[暦法新書]]、[CITE[寛政暦書]]
:yy: .24235
:mm: .530584
:m1: .212224
:m2: .55457
:yd: .0144

:n: [[天保暦]]
:p: [[渋川景佑]]ら
:y: 天保14年
:d: 30
:s: [CITE[新法暦書]]
:yy: .24222
:mm: .530588
:m1: .212217
:m2: .55456
:yd: .01412

]FIG]

* 旧暦からグレゴリオ暦への改暦

[224] [TIME[明治5年/1872年12月2日][1872-12-31]]までで (現在で言う) [[旧暦]]は用いられなくなり、
[TIME[明治6年/1873年1月1日][1873-01-01]]から[[グレゴリオ暦]]が[[日本の暦]]となりました。

;; 詳細は[[日本の改暦]]を参照。

[225] [[改暦]]により[[旧暦]]明治5年12月は2日だけとなるため、11月30日および11月31日とすることが定められましたが、
すぐに取り消されました。[[日本の旧暦]]で31日が生じる予定となったのはこの時だけです。

;; [[改暦ノ布告]]参照。なお[[越南の旧暦]]には31日が存在したことがあるようです。

* 改暦後の公的な旧暦

[16] [[明治改暦]]後も、
[TIME[明治42年/1909年][year:1909]]の[[暦]]までは[[陰暦]] ([[旧暦]]) が併記されていました [SRC[>>17]]
が、その後[[廃止]]されました。

;; [328] ただし[[朝鮮][大日本帝国朝鮮]]の事情は[[朝鮮半島の旧暦]]を、
[[臺灣][大日本帝国臺灣]]の事情は[[農暦]]を参照。

[38] 最近まで[[海上保安庁]]が旧暦を発表していたと言及されることがありますが、
[TIME[1997年][1997]]から[TIME[2010年][year:2010]]までの情報が[[Webサイト]]に掲載されている [SRC[>>37]]
のみであり、[[旧暦]]を管理していたというよりは参考情報として掲載していただけのようです。

[66] 従って、現在日本国内では「公式」な[[太陰太陽暦]]の計算は行われていません [SRC[>>65]]。
[TIME[明治43年/1910年][year:1910]]以降のカレンダー等に掲載されているものは、
[[旧暦]]の計算法に従い独自に計算されたものです。

[147] 
[[日本政府]]としては「もはや旧暦は存在しない」というのが公式見解だとみられます。
しかし、かといって直ちに[[旧暦]]がまったく存在しないわけでもありません。

[226] 
[[二十四節気]]は[[国立天文台]]が公式に計算し、
[[暦要項]]などに掲載しています。
あとはこれに[[旧暦]]の[[月名]]決定規則を当てはめれば、
[[旧暦]]の年月日は機械的に決定できます。

[149] 
そのような年月日は、[[日本政府]]のお墨付きこそ得られないものの、
かつての公式な[[旧暦]]と歴史的連続性を有する正統の[[旧暦]]と評価できます。

;; [150] 他の方法で得たもの、
例えば[[中華人民共和国]]の[[農暦]]を参考に決めたものは、
[[日本の旧暦]]と似ていても異なる[[暦]]です。

[620] 
旧[[仙台藩]]領における[[初売り]]に関する[CITE[景品表示法]]の特例があり、
[[旧正月]]がその期間に含まれています。
[[令和時代]]になっても依然として現行法令として運用されているようです。
[SEE[ [[旧正月]] ]]
この「旧正月」の[[期間]]がどう決定されているのかは不明です。

[REFS[
- [17] [CITE@ja[暦Wiki/歴史/旧暦併記をめぐる議論 - 国立天文台暦計算室]]
( ([TIME[2014-06-25 06:18:53 +09:00]] 版))
<http://eco.mtk.nao.ac.jp/koyomi/wiki/CEF2BBCB2FB5ECCEF1CABBB5ADA4F2A4E1A4B0A4EBB5C4CFC0.html>
- [143] [CITE@ja[国立国会図書館デジタルコレクション - 官報. 1908年09月30日]] ([TIME[2015-11-20 10:14:19 +09:00]] 版) <http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2950927/5>
- [37] [CITE[1997-2000年の新暦・旧暦対応表]] ([TIME[2007-05-21 02:14:11 +09:00]] 版) <http://www1.kaiho.mlit.go.jp/KOHO/reki/kyuu9700.htm>
-- 消滅確認 [TIME[2020-09-22T02:48:58.900Z]]
-- [CITE[Wayback Machine]], [TIME[2020-09-22T02:48:37.000Z]] <https://web.archive.org/web/20021215030044/http://www1.kaiho.mlit.go.jp/KOHO/reki/kyuu9700.htm>
- [65] [CITE@ja[質問3-4)「旧暦」ってなに? | 国立天文台(NAOJ)]] ([TIME[2014-08-11 08:13:58 +09:00]] 版) <http://www.nao.ac.jp/faq/a0304.html>

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[144] [SRC[>>143]]
]FIGCAPTION]

> 文部省告示第二百三十五號
> 明治四十二年暦ヨリ陰暦ノ月日ヲ記載セス
> 明治四十一年九月三十日 文部大臣 小松原英太郞
]FIG]

;; [145] 実際には明治42年暦にも記載されていました [SRC[>>17]]。

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[155] [CITE@ja[旧暦 - Wikipedia]]
([TIME[2015-11-25 12:03:41 +09:00]] 版)
<https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A7%E6%9A%A6>
]FIGCAPTION]

> ただし国立天文台は、毎年2月のはじめの「官報」に「暦要項」を告示、翌年の「二十四節気および雑節」、「朔弦望」(朔=ついたち、望=15日など)などを提示している(すなわち、「30日の大月、29日の小月」の計算と提示は「公的」に行われている)。

]FIG]
]REFS]

* 天保暦と現在の旧暦

[133] 
[[旧暦]]が唯一正式な[[日本の暦]]だった時代の最後の[[改暦]]
(計算法改革) は[[天保]]期に行われ、これを[[天保暦]]と呼んでいます。

[124] 
そのため現在でも[[旧暦]]のことを[[天保暦]]という場合がありますが、
正確な表現ではありません。

[126] 
[TIME[明治6年][year:1873]]、
[[明治改暦]]により[[太陽暦]]と[[定時法]]の[[西洋式時刻]]が導入されました。
これと同時に[[暦]]の計算に使う[[時刻]]も、
[[京都時]]から[[東京時]]に改められました。
[[東京時]]の定義も数年間で何度か改められました。 [SRC[>>125]]
[SEE[ [[幕末維新期の日時]]、[[本初子午線]] ]]

[127] 
[TIME[明治21年][year:1888]]、
[[標準時][中央標準時]]実施により[[暦]]の計算に使う[[時刻]]も、
[[中央標準時]]に改められました。 [SRC[>>125]]

[128] 
[TIME[大正元年][year:1912]]、
[[平山清次]]が[[天保暦]]以来の[[旧暦]]計算法を近代的に再定義したものを発表しました
(>>19)。
これはその後の[[旧暦]]計算の規範とみなされるようになりました。

[129] 
こうした計算法改革によって成立した[[旧暦]]は、
[[天保暦]]の次の世代、[DFN[明治旧暦]]とでも呼ぶべきものです。

[130] 
更には[[旧暦]]計算に用いる[[二十四節気]]など種々の値の計算法も、
科学の発展に伴い随時改訂されています
[SRC[>>153]]。
[[中央標準時]]もまた、[[天文学的観測による時刻][天文時]]から[[原子時]]へと微妙に変化しました。


[146] 
[TIME[2015年][year:2015]]、
[[暦文協]]は[[旧暦2033年問題]]の対策として[[閏11月案]]を推奨しました。
小さな[[パッチ]]程度の変更とはいえ[[天保]]あるいは[[明治]]以来の本質的変更とみることもでき、
[DFN[平成旧暦]]とでも呼ぶべきでしょうか。
[SEE[ [[旧暦2033年問題]] ]]

[REFS[
- [125] [CITE@ja[暦Wiki/時刻/日本の本初子午線 - 国立天文台暦計算室]] ([TIME[2018-08-16 15:58:55 +09:00]]) <http://eco.mtk.nao.ac.jp/koyomi/wiki/BBFEB9EF2FC6FCCBDCA4CECBDCBDE9BBD2B8E1C0FE.html>


[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[153] [CITE@ja[旧暦 - Wikipedia]]
([TIME[2015-11-25 12:03:41 +09:00]] 版)
<https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A7%E6%9A%A6>
]FIGCAPTION]

> 旧暦の計算は、江戸時代までは京都における真太陽時により暦の計算に必要な中気・朔の日時を経験的に知られていた定数や周期に基づいて求めていた。そのため閏月の付加や毎年変化する大小月(30日の大月、29日の小月)も毎年計算していた。
> 現在の「旧暦」で使っている時間帯は日本標準時(UTC+9)で、これは東経135度の平均太陽時とほぼ等しい。これに対し京都の経度は東経135度46分で、UTC+9:03に当たる。さらに均時差により最大±15分の時差が生まれる。また、天体の位置も天体力学(位置天文学)に基づく式で計算している。このため、江戸時代の天保暦によって計算した日付と現在の旧暦とでは日が1日前後したり月名が変わったりする場合がある。

]FIG]

]REFS]


* 暦の差異

[67] [[太陽暦]]採用以前に日本で用いられた[[太陰太陽暦]]にはいくつかの種類があります。
過去に用いられていたものは、それぞれの年の時点で採用されていた暦の計算法に基づき政府
([[朝廷]]や[[幕府]]の担当機関) が計算したものです。

[33] 現在「旧暦」という場合、[[天保暦]]実施以前の日付は当時の日付なのか、
[[天保暦]]を過去に延長したものなのか不明瞭です。
本来は当時実施されていた暦に基づくべきですが、
現在公開されている変換ソフトウェアやサービスの類の中には、
現在から前後数十年程度しか扱えないものや、扱えても現在の計算方法を過去に延長しただけのものも多々あります。

[68] 変換ツールには計算だけで対応関係を記述しようとしているものもありますが、
数度の改暦や、多数の例外処理 (意図的あるいは誤りによるその年限りの処理)
に対応しなければならず、正確に実装するのは難しいようです。

;; 差異については後述。

-*-*-

[337] 古代については様々な議論があります。
[SEE[ [[紀年論]] ]]

[411] 
[TIME[天平5(733)年2月30日][kyuureki:733-02-30]]の[[日付]]が
[CITE[出雲風土記]]
にありますが、
[[長暦]]が2月を[[小の月]]としていたため、
[[薮田嘉一郎]]が偽作説を提出しました
[SRC[>>413 ([CITE[出雲風土記剝偽]], [CITE[日本歴史]] 二二)]]。
[[益田勝実]]、
[[岡田清子]]が[[長暦]]が信頼できず、
[[大の月]]だったと考えられることを示しました
[SRC[>>413 ([CITE[出雲風土記の成立年代]], [CITE[日本歴史]] 四七)]]。
これによって薮田の偽作説は否定されました。
[SRC[>>413 p.三五七]]



[48] 768年/神護景雲2年3月が[[大の月]]か[[小の月]]かは議論があり
[SRC[>>468, >>469, >>50, >>49]]、
[[日本暦日原典]]の版により掲載されている値が異なっています [SRC[>>49, >>50]]。

[52] 旧暦1884年4月と旧暦1908年9月は計算上の値と当時の実際の旧暦とが異なっています 
[SRC[>>13]]。

[414] 
文献の記述に矛盾があって、誤記と判断される場合もあります。
[SEE[ [[天平18年閏7月]] ]]


[REFS[
- [412] [CITE[[[日本古代史の基礎的研究]]]] 上 文献篇
-- [413] [CITE[出雲国風土記の価値]], pp.三五六-三七四,
昭和二十八年七月初出
- [49] [CITE@ja[[[日本暦日原典]] - Wikipedia]] ([TIME[2014-08-08 07:31:31 +09:00]] 版) <http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E6%9A%A6%E6%97%A5%E5%8E%9F%E5%85%B8#cite_note-1>
- [468] [CITE[法隆寺昭和資材帳関連の調査]], 
[[金子裕之]],
[TIME[2015-05-02 01:30:18 +09:00]] <https://repository.nabunken.go.jp/dspace/bitstream/11177/3194/1/AN00181387_1988_44_45.pdf>
-- [469] 引用:
[CITE[神護景雲二年三月は大の月か小の月か]],
[[金子裕之]],
[TIME[1988][year:1988]]
- [50] 
[CITE[百万塔墨書銘に見える暦日の問題 : 神護景雲二年三月は大か小か]],
[[湯浅吉美]],
[TIME[2005-09]],
[TIME[2014-09-08 09:56:43 +09:00]]<http://koara.lib.keio.ac.jp/xoonips/modules/xoonips/download.php/AN00100104-20050900-0057.pdf?file_id=57950>
]REFS]

@@
[BOX[

- [639] 
[CITE@ja[Xユーザーの可怜小汀さん: 「「天書世王伝」によると、大友皇子は壬申年(672年)正月2日に即位し、7月25日に薬を仰いで薨去、その在位期間は202日間となる。大友の即位を認める『扶桑略記』『水鏡』は即位日を前年の天智天皇10年(671年)12月5日に置くが、先帝の崩御直後に即位した例が令制以前になく、後世に作為された可能性が高い」 / X]], [TIME[午前2:59 · 2025年1月4日][2025-01-03T17:59:57.000Z]], [TIME[2025-01-24T09:00:29.000Z]] <https://x.com/iokhicjnoakn/status/1875240699115008142>
-- [638] 
[CITE@ja[Xユーザーの可怜小汀さん: 「西本氏は即位日の「春正月癸巳」を2日に比定しているが、『日本暦日原典』によると同月は壬辰朔ではなく癸巳朔という。元日即位に修正すべきか」 / X]], [TIME[午後9:20 · 2025年1月4日][2025-01-04T12:20:25.000Z]], [TIME[2025-01-24T09:00:29.000Z]] <https://x.com/iokhicjnoakn/status/1875517641529671784>




- [420] [CITE[[[日本古代史の基礎的研究]]]] 下 制度篇
-- [421] [CITE[上代交通史料雑考]], pp.三四三-三五四, 初出昭和五年十一月

[FIG(quote)[ [422] >>421 p.354

>
[BOX(vertical)[
[SNIP[]]
続日本紀神護景雲元年十月[RUBY[壬寅][廿六]]の条には次のような記事があ[RUBY[る][(二)]]。

[BOX(indent)[
[SNIP[]]
去戊申年収。
[SNIP[]]
]BOX]

[SNIP[]]

[BOX(indent)[
(二) 続紀はこの記事を十一月にかけているが、この年十一月に壬寅はないから、日本紀略に従って十月とする。次に本文中に
「去戊申年」の句があり、戊申はこの翌年神護景雲二年に当るから、この記事はまさに景雲二年以後にあるべきものとする
続日本紀考証等の説があるが、俄かには従い難い。
]BOX]

]BOX]

]FIG]

[398] [CITE[194207.pdf]], [TIME[2008-03-27T19:38:02.000Z]], [TIME[2021-07-12T12:54:58.275Z]] <https://www.asj.or.jp/geppou/archive_open/1942/pdf/194207.pdf#page=2>

[399] [CITE[senmyoreki.pdf]], [TIME[2015-04-12T01:27:02.000Z]], [TIME[2021-07-12T12:56:06.665Z]] <http://fomalhautpsa.sakura.ne.jp/Science/OgawaKiyohiko/senmyoreki.pdf>

[632] 
[CITE[古事記学会投稿 - 094-099MWatanabe.pdf]], [TIME[2013-04-22T10:13:08.000Z]], [TIME[2023-02-14T04:32:13.994Z]] <https://www2.nao.ac.jp/~mitsurusoma/gendai3/094-099MWatanabe.pdf>

[434] [[王春]]

[539] 
[CITE@ja-JP[室町時代の研究]], [[史学地理学同攷会]], [TIME[1923]], [TIME[2024-02-01T05:12:54.000Z]], [TIME[2024-02-11T06:29:33.822Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/1918379/1/182> (要登録)

-[634] 
[CITE@ja-JP[科学史研究 (40)]], [[日本科学史学会]], [TIME[1956-10]], [TIME[2024-11-28T09:48:19.000Z]], [TIME[2024-12-26T03:32:06.960Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/2380288/1/20>
--[635] 
[CITE[奈良朝前後の暦日]], [[今井溱]]


[636] 
持統年間の元嘉暦、儀鳳暦 / 月朔干支
- [637] [CITE[日本史を学ぶための<古代の暦>入門]], pp.103-107


[643] 
[CITE@ja-JP[古代 = Journal of the Archaeological Society of Waseda University (69/70)]], [[早稲田大学考古学会]], [TIME[1981-03]], [TIME[2025-07-02T03:11:48.000Z]], [TIME[2025-07-16T13:48:08.412Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/6062505/1/29> (要登録)


[647] [CITE@ja[皇學館大学リポジトリ]], [TIME[2025-12-01T02:25:00.000Z]] <https://kogakkan.repo.nii.ac.jp/records/2000331>
#page=372

干支不一致

]BOX]


** 地方の暦

[34] [[中世]]には[[地方]]で[[京暦]]とは異なる[[暦]]が発行されていて、
日付がずれていることがありました。

[76] [RUBY[[[鹿島暦]]][かしまごよみ]]は、
[[鹿島神宮]]から頒行され[[常陸]]で使われたと推定される[[暦]]です。
[[暦本]]は現存しませんが、諸文書から推測されています。 [SRC[>>374]]
[[京暦]]では平安時代末期から室町時代中期まで行われていた[[閏8月退閏]]が1604年/慶長9年まで引き続き行われていて、
[[京暦]]とは[[閏月]]の配置が異なっていました [SRC[>>22]]。
1564年/永禄9年、1585年/天正13年、1604年/慶長9年が該当します [SRC[>>91]]。
[[退閏]]法は特殊で、
神託によるとして「朔の移動もせず無造作に」行われました [SRC[>>374]]。
鹿島神宮の神託で閏8月を他のどの月に移すか決めた例として、
[TIME[永禄9(1566)年][1566]]と[ASIS[天正22(1585)年]]の記録がありました [SRC[>>401]]。


[77] 1374年/応安7年旧暦3月は[[京暦]]と[[三島暦]]で異なっています [SRC[>>25, >>22, >>81]]。
[[京暦]]3月4日は[[三島暦]]3月3日でした [SRC[>>22, >>81]]。
[[伊豆国]][[熱海]]を訪れた所、3月4日なのに3月3日[[上巳]]だったとする記録が残されています
[SRC[>>401 ([CITE[空華日用工夫集]]応安7年3月4日条)]]。

[235] 天正改暦問題 >>78

[82] 旧暦1617年/元和3年6月にも日付が1日ずれていました [SRC[>>22, >>81, >>474]]。
[[朝廷]]の[[京暦]]と[[江戸幕府]]の[[三島暦]]で日付が異なるために大きな問題となったといいます。

[85] >>78 や >>82 は地域によって、また[[朝廷]]と[[武家]]や[[幕府]]との間で用いている[[暦]]が違って特に混乱が生じていたようです。

[87] 1468年/応仁2年には[[南都暦]]が1日ずれていたようです [SRC[>>86]]。
[[応仁の乱]]で[[京都]]の[[暦博士]]の造暦が遅れたため[[奈良]]の[[幸徳井家]]で独自に造暦したところ、
[[京暦]]と閏月の相違がありました
[SRC[>>401]]。

[88] [TIME[永禄6(1563)年][1563]]、
[[大坂暦]]と[[丹生暦]]で暦日に相違がありました。
[[大阪暦]]が誤りであるとして、以後[[大坂暦]]は禁止となりました。
[SRC[>>86, >>401]]

[402] 
[[三島暦]]と[[大宮暦]]で月の大小が異なることがありました。
[[北条氏政]]が[[安藤豊前守]]に検証させたところ[[三島暦]]が選ばれ、
[[大宮暦]]は以後廃止されました。
[SRC[>>401 (東大図書館本[CITE[北条五代記]])]]
[[北条氏政]]の執政期間[TIME[永禄3(1560)年][1560]]-[TIME[天正5][1577]]・[TIME[6][1578]](1577・78)年のことと推測されます
[SRC[>>401]]。


[540] 
[TIME[元亀元(1570)年][1570]]、
[[南都暦]]に[[京暦]]と暦日の相違がありました。
[SRC[>>401]]


;; [108] なお、[[源平の戦い]]の時代や[[南北朝時代]]、[[幕末]]期には[[政権]]が分立し、
地域や支持勢力により異なる[[元号]]が同時期に使われていましたが、
[[暦]]が異なっていたという話は聞きません。
[SEE[ [[日本南北朝時代の日時]] ]]

[535] 
[[弘前藩日記]]の日付より、
[[江戸時代]]初期の[[東北地方]]では中央と異なる[[暦日]]が使われていた可能性が指摘されています。
[SEE[ [[弘前藩日記]] ]]


[534] 
[TIME[文政5(1822)年11月19日][1822-11-19]]の[[弘前藩]]の公務記録によると、
誤った[[大小暦]]を売り出した者があり、
出版差し止めとなりました。
[SEE[ [[弘前藩日記]] ]]



[REFS[
- [374] [CITE[暦と時の事典]] p.38 [CSECTION[[RUBY[鹿島暦][かしまごよみ]]]]
- [401] [CITE[日本各地の暦のすべて]],
[[岡田芳朗]],
[CITE[[[暦の百科事典[WEAK[2000年版]]]]]], pp.110-128
- [91] [CITE@ja[改暦 - Wikipedia]] ([TIME[2014-08-20 19:39:26 +09:00]] 版) <http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%94%B9%E6%9A%A6#.E9.96.8F8.E6.9C.88.E3.82.92.E5.B7.A1.E3.82.8B.E3.80.8C.E6.94.B9.E6.9A.A6.E3.80.8D>
- [81] [CITE[年表]] ([TIME[2014-09-10 14:36:27 +09:00]] 版) <http://www.geocities.jp/mishimagoyomi/nenpyo/nenpyo.htm>
- [83] [CITE@ja[宣明暦 - Wikipedia]] ([TIME[2014-08-10 07:03:08 +09:00]] 版) <http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%A3%E6%98%8E%E6%9A%A6#.E6.97.A5.E6.9C.AC_2>
- [86] [CITE@ja[国立国会図書館 「日本の暦」―年表]] ([TIME[2013-02-07 01:01:42 +09:00]] 版) <http://www.ndl.go.jp/koyomi/etc/04_history.html>
]REFS]

[621] [[乗法紀年法]],
[[勝山記の日時]],
[[王代記の日時]]

[624] [CITE@ja-JP[陰陽暦対照年表]], [[高山昇, 丸橋金治郎 合編]], [TIME[1903]], [TIME[2023-01-17T10:48:16.000Z]], [TIME[2023-01-19T13:51:39.236Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/993673/1/135>


- [425] [CITE[[[遙かなる中世]] (12)]]
-- [537]  
[DFN[[CITE[[V[戦国期東国の暦・私年号に関する一考察[BR[]]―甲斐国『妙法寺記』『王代記』と[BR[]]三島暦を素材として―]]]]]],
[[[V[阿部浩一]]]]
--- [538] 関連: [[中世私年号]], [[命禄]], [[勝山記の日時]], [[王代記の日時]]


[562] [CITE@ja-JP[青森寺院志]], [[一戸岳逸]], [TIME[昭和9][1934]], [TIME[2024-11-26T01:55:42.000Z]], [TIME[2024-11-26T08:18:16.923Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/1101951/1/62?keyword=%E4%B9%99%E5%B7%B3%E5%B9%B4%E9%96%8F%E6%AD%A3%E6%9C%88>

[582] >>562 寛文5乙巳年閏正月廿三日 (寺院縁起、楷書)。
実際には4年閏5月。前後に閏正月はない。どういう誤りなのか。それとも実際に閏正月があったのか。

[641] 
[CITE@ja-JP[戦国大名北条氏と戦国社会]], [[真鍋淳哉]], [TIME[1999]], [TIME[2025-02-25T01:55:51.000Z]], [TIME[2025-03-23T07:02:36.417Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/3153770/1/14> (要登録)


** 天正改暦問題

[78]
天正年間、
地方暦によって正月が異なり、
[[織田信長]]を巻き込んで大騒ぎになりました。
[SEE[ [[天正改暦問題]] ]]



** 私大

[165] 
[[江戸時代]]の[[東北地方]]北部の[[藩]]には、
12月が[[小の月]]のとき、
[[大の月]]に変更する[[私大]]という制度がありました。
本来の1月1日が12月30日とされました。
1月のいずれかの[[日]]を省いて調整していました。
[SEE[ [[私大]] ]]



** 琉球

[79] [[琉球王国]]は
[TIME[1372年][year:1372]]の[[支那王朝]]への[[朝貢]]開始以来、
[[支那王朝の暦][農暦]]を使っていました。
[TIME[1465年][year:1465]]に[[福建]]で造暦法を学び、
以後[[琉球]]国内で[[暦]]が作られるようになりました。
これは[[日本]]の[[薩摩藩]]の[[属国]]となった後も継続されていましたが、
[[明治時代]]に[[沖縄県]]が設置され、
以後[[日本の暦]]が用いられるようになりました。
[SEE[ [[琉球暦]] ]]

** 台湾

[248] [[清國]]時代の[[台湾]]は当然[[清]]の[[農暦]]を使っていたと思われますし、
[[中華民国]]統治下の現在の[[台湾]]も[[農暦]]を使っています。
[SEE[ [[農暦]] ]]

[340] しかし[[大日本帝国]]時代の[[台湾][大日本帝国台湾]]は[[内地]]と同じ[[旧暦]]を使っていたと思われます。

** 朝鮮

[242] [[李朝]]時代までの[[朝鮮半島]]は、[[支那]]王朝の[[属国]]であり、
基本的には[[支那]]の[[農暦]]を使っていたようです。

[341] [[大日本帝国]]時代の[[朝鮮][大日本帝国朝鮮]]は[[内地]]と同じ[[旧暦]]を使っていたようです。
[SEE[ [[朝鮮半島の旧暦]] ]]

** 太陽暦換算


- [487] [CITE[[[佛敎考古學論攷]] 六 雜集編]]
-- [488] [CITE[正倉院御物年表と解説]], pp. 211-238, 初出昭和四年一月

[FIG(quote)[ [489] >>488 p.231

>
[BOX(vertical)[
勝寶八年五月二日の銘識あるものは樻覆町形帶以下八點ある。この五月二日とは一體如何なる日であろうか。この
日附銘をもつこれらの諸品は何に用いたのであろうか。聖武天皇崩御の日を「續紀」には勝寶八年五月乙卯としてあ
る。而して五月乙卯は例の『三正綜覽』にあてて見ると五月三日にあたる。從って、聖武天皇崩御の日を從來は五月
三日と考えられ、『正倉院棚別目錄』の附錄年表の如きも又五月三日と明記している。然し私はこの勝寶八年五月二
日と記された樻覆帶以下八點の御物を見、且つ天皇の一週忌齋が翌九歳の五月二日に行われている事實を思うとき五
月三日説は誤りで五月二日に御崩御遊ばしたのではあるまいかと考える。尤も忌齋には逝去の日の前日をとむらうと
いう習慣も今尚ある事だから、崩御の日は五月三日で差支え無いと説かれる人もあるが、一週忌はというに、崩御の其日に丁度行われている
のであるからして、聖武天皇においてのみ其前日を齋したとは考えられぬことである。かく詮じ來ると、聖武天皇の
崩御はどうしても五月二日が正しくて、三日説は誤りでなければならぬ。三日説をなしたもとは『三正綜覽』である
が、その五月一日を癸丑としたのが間違っているのではあるまいか。「綜覽」には勝寶八年四月を小五月を大として
いるが、もし之を反對に四月を大とし、五月を小の月とすれば萬事は解決出來るのである。私は右の樣な理由で聖武
天皇崩御の月日を五月二日と考える。而して樻覆帶以下の勝寶七歳五月二日の銘あるものは、陛下の御葬儀に用いら
れたものと思う。


]BOX]

]FIG]

- [491] [CITE@ja[書陵部所蔵資料目録・画像公開システム]], [TIME[2020-08-11 18:02:24 +09:00]] <https://shoryobu.kunaicho.go.jp/Publication/000/000006350000/ad535933260f4f2d9af6eca88b1b7737>
-- [492] [CITE[[[聖武天皇]]と[[後嵯峨天皇]]の崩御日について]], 
福尾,
[TIME[平成24年7月(Jul 2012)][2012-07]],
[TIME[2020-08-11 18:02:43 +09:00]] <https://shoryobu.kunaicho.go.jp/Publication/PDF/000/kiyo063b141.pdf#page=6>

- [206] [CITE@ja[聖武天皇の命日、1日間違えた 宮内庁 :日本経済新聞]], [TIME[2020-08-11 17:19:49 +09:00]] <https://www.nikkei.com/article/DGXNASDG2600B_W2A920C1CR0000/>
- [392] [CITE@ja[聖武天皇の命日、1日間違えた: suchowan's blog]], [TIME[2021-07-04T08:21:28.000Z]] <https://suchowan.at.webry.info/201209/article_30.html>

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[174] [CITE@ja[三正綜覧も良いけど… - 衒学屋のブログ -Gengakuya's Web Log-]]
([TIME[2016-01-17 18:17:15 +09:00]] 版)
<http://pedantry.hatenablog.jp/entry/2012/09/27/000000>
]FIGCAPTION]

>  福尾正彦陵墓調査官によると、聖武天皇の業績を調べるうち、命日の「天平勝宝八年五月二日」は太陽暦で「七五六年六月八日」に当たるのに、同庁の資料には一日早い「七五六年六月七日」と間違って記載しているのに気付いた。歴代天皇の命日を再計算したところ、後嵯峨天皇の「文永九年二月十七日」も、一日遅い「一二七二年三月二十五日」となっていた。
>  換算過程を示す記録はなかったが、一八八〇年に内務省が発行した旧暦と新暦の対照表「三正綜覧(さんせいそうらん)」で計算したところ、やはり一日ずつずれた。「三正綜覧には天平勝宝八年四月が小の月(二十九日)、同年五月は大の月(三十日)とあるが、実際は逆で、聖武天皇の命日が一日ずれる。三正綜覧の基になった改暦当時の対照表に間違いがあり、そのまま引き継がれたのだろう。新暦と旧暦の換算は難解で、むしろ計算機がない時代に二つしか誤りがないことに驚いた」と福尾調査官。

]FIG]

;; [176] [[グレゴリオ暦]]756年6月8日。
[REFS[
- [175] [CITE@en[0756-06-08T00:00:00Z (date and time) - SuikaWiki Data]] ([TIME[2016-01-17 18:19:49 +09:00]] 版) <https://data.suikawiki.org/datetime/kyuureki:0756-05-02>
]REFS]

- [435] [CITE@ja[聖武天皇 - Wikipedia]], [TIME[2020-07-20 04:20:18 +09:00]] <https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%81%96%E6%AD%A6%E5%A4%A9%E7%9A%87#%E5%91%BD%E6%97%A5%E3%81%AE%E8%A5%BF%E6%9A%A6%E6%8F%9B%E7%AE%97>
- [490] [CITE@ja[後嵯峨天皇 - Wikipedia]], [TIME[2020-08-02 00:35:07 +09:00]] <https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%8C%E5%B5%AF%E5%B3%A8%E5%A4%A9%E7%9A%87>

[393] [[月と日干支]]

** 改暦後

[72] 1947年の[[グレゴリオ暦]][TIME[3月23日][1947-03-23]]から始まる[[月]]と[[グレゴリオ暦]][TIME[4月21日][1947-04-21]]から始まる[[月]]は、
それぞれ[[旧暦]]閏2月、3月とも計算できますが、[[神宮暦]]では[[旧暦]]3月と[[閏]]3月としています
[SRC[>>70]]。

[73] [[グレゴリオ暦]][TIME[1969年8月13日][1969-08-13]]から始まる[[月]]は[[神宮暦]]では[[旧暦]]閏7月とされていますが、
7月の誤りと考えられています [SRC[>>70]]。

[257] [TIME[明治44(1911)年][year:1911]]の民間の[[暦]]には、旧閏6月を置かずに以後1ヶ月ずつずれているものがありました
[SRC[>>256, >>157]]。

[158] その他にも[[太陽暦]]改暦以後に民間で発行された[[旧暦]]は、
[[神宮暦]]や他の[[旧暦]]とずれているものがいくつもあります [SRC[>>157]]。

[REFS[
- [256] [CITE[舊暦の閏月と贋暦の誤謬]]
([TIME[2016-03-08 22:50:01 +09:00]] 版)
<https://www.jstage.jst.go.jp/article/jgeography1889/23/1/23_1_82/_pdf>
]REFS]

-*-*-

[131] [[旧暦]]は[[天体観測]]の結果により定まるため、
[[将来の暦][将来の日時]]を正確に推測するのは、
困難です。
例えば[[自転]]や[[公転]]の速度は正確に一定ではないので、
将来の変化次第で[[旧暦]]にどう影響が生じるか完全には予測できません。

[276] 
[[閏秒]]の実施が[[旧暦]]計算に影響する可能性も指摘されています [SRC[>>275]]。
ただし実際に今後数十年内に[[旧暦]]の[[日付]]・[[六曜]]に影響が生じるとは予想されていません。
([[閏秒]]の廃止も検討されており、[[将来の日時]]の予測はそもそも困難です。)

[278] 
現時点では少数意見ながら、
[[日本の標準時]]を改正するべきという主張は常に存在しているようです
([SEE[ [[日本の標準時]] ]])。
仮に標準時が改正されるなら、
[[国立天文台]]の発表する[[二十四節気]]もそれに合わせる形に変更される可能性が高いですから、
[[旧暦]]にも影響が生じます。

[277] 
[[数値計算]]の方法や精度によっても計算結果に影響があると指摘されています。
[[プログラミング言語]]や[[プラットフォーム]]の[[データ型]]や[[切り捨て]]などの[[演算]]の仕様次第で、
不正確な結果が得られる場合があります。
[[旧暦]]計算ソフトウェアの他言語・他プラットフォームの移植版ではそうした検証を十分に行っていないおそれもあり、
利用者側で事前に検証するべきです。


[596] [CITE@ja[“平成32年”暦要項: [[suchowan]]'s blog]], 
2019年02月02日,
[TIME[2022-07-07T10:01:54.000Z]] <https://suchowan.seesaa.net/article/201902article_2.html>
>
計算上、来年の厳しいポイントは、
>>
>>大雪 12月7日1時9分
>
ちょうど9分30秒付近のため閏秒の挿入の有無が利いていそうです。

[597] [CITE@ja[再来年の立春: [[suchowan]]'s blog]], 
2019年02月04日,
[TIME[2022-07-07T10:03:27.000Z]] <https://suchowan.seesaa.net/article/201902article_4.html>
>実際、計算してみると秒を29捨30入して 23時59分 !
>
ただし、午前0時との間隔は1分以上あるので、
閏秒などの問題で微妙に日付がゆらぐような
事態はないでしょう。


-*-*-

[24] 自転速度や誤差により[[旧暦]]に影響する可能性がある日として、
[[旧暦2033年問題]]以外に次の日が指摘されています。

[FIG(list)[
- 2017年旧暦2月朔日 ([DFN[西暦2017年問題]])
-- [TIME[2月26日][2017-02-26]]ではなく[TIME[2月27日][2017-02-27]]となる「可能性が (極めて少ないが) ある」[SRC[>>121]]
- 2051年旧暦10月朔日
-- [TIME[11月3日][2051-11-03]]ではなく[TIME[11月4日][2051-11-04]]となる「可能性がある」 [SRC[>>121]]
- 2074年旧暦7月朔日
-- [TIME[8月22日][2074-08-22]]ではなく[TIME[8月23日][2074-08-23]]となる「可能性がある」 [SRC[>>121]]
- 2097年の旧暦2096年12月朔日
-- [TIME[1月14日][2097-01-14]]ではなく[TIME[1月13日][2097-01-13]]となる「可能性がある」 [SRC[>>121]]
]FIG]


[151] [[暦の換算]]によく用いられるソフトウェア [[qreki]]
とその派生物は、これらについて「可能性がある」結果
(つまり実際とは異なる可能性が高い方の結果) を出力することが知られています。
[[qreki]] は色々な[[言語]]に移植され (内容を十分理解しないまま)
あちこちで使われているため、意外と影響力は大きいように見受けられます。
近年では[[Yahoo!カレンダー]]や[[スマートフォンアプリ]]などでも採用されているようです。

;; [[qreki]] と比較表 (>>97) を参照。

[598] 
[[qreki]] で問題が知られている主な旧暦月:
1884-04 1908-09 2017-02 2033-11 2051-10 2074-07 2177-07 2224-02' 2224-03 2224-03'
[SEE[ [[qreki]] ]]

[338] [TIME[2017年][year:2017]]には [[qreki]] 型の誤った[[旧暦]]が出回ったため、
[[結婚式]]業者などに若干の混乱が見られたようです [SRC[>>339, >>216, >>217, >>6, >>265, >>373]]。
[SEE[ [[qreki]] ]]


[541] [CITE[【太陽暦】暦について語るスレッドpart7【太陰暦】]], [TIME[2019-11-04T16:40:24.000Z]], [TIME[2021-07-13T08:13:15.138Z]] <http://ikura.2ch.sc/test/read.cgi/sky/1429294131/740-750>

[595] [CITE@ja[旧暦計算誤差]], [TIME[2022-06-20T09:17:52.000Z]] <https://www.ajnet.ne.jp/diary/kesangosa.html>

-*-*-

[342] [[旧暦]]の計算に用いる値は、
[[日本政府]]の[[国立天文台]]が前年2月に発表する[[暦要項]]に掲載されたものとするのが普通です。
事前の予測に基づくものや、一般化された計算を行う変換ソフトウェアの計算結果が「正しい」
かどうかは、[[暦要項]]の発表により確定することとなります。

[266] 
変換ソフトウェアや事前に印刷されたカレンダーの[[日付]]や[[六曜]]は、
毎年の[[暦要項]]と照合し、
必要があれば訂正しなければ正しい[[旧暦]]にはなりません。
このことを理解せず、
配布されている[[旧暦]]算出ソフトウェアを流用しその後のメンテナンスを怠っているソフトウェアや
[[Webサイト]]が少なからず存在するため、注意が必要です。
またそうしたソフトウェアやカレンダーの製作者は、
自身の軽率な行為が社会に混乱をもたらすことを自覚し猛省するべきです。
誤った[[暦]]の[[頒布][頒暦]]は時代と地域によっては厳しく処罰されてきた理由を理解しなければなりません。

[REFS[

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[339] [CITE@ja[こんにちは!お日柄の六輝について詳しい方、どうか知恵をお貸... - Yahoo!知恵袋]]
(2015/12/1214:36:26 [TIME[2018-05-20 19:52:39 +09:00]])
<https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q11153525981>
]FIGCAPTION]

> 2017年の3月に結婚式をしようと考えているのですが、カレンダーによって大安だったり仏滅だったり違い戸惑ってい
ます。
> 2017年3月12 先負と仏滅
> 2017年3月20 赤口と大安
> 2017年3月26 仏滅と大安
> と違います。

]FIG]

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[216] [CITE@ja[カレンダー「2017年問題」大安が仏滅に? ブライダル業界大慌て - withnews(ウィズニュース)]]
([[長谷川健]] 著, [TIME[2016-02-01 12:07:39 +09:00]] 版)
<http://withnews.jp/article/f0160113000qq000000000000000W02j0401qq000012911A>
]FIGCAPTION]

> 全国534の婚礼施設、婚礼関連の専門学校などで構成している公益社団法人「日本ブライダル文化振興協会」には、複数の施設からこの期間の六曜を確認する相談が寄せられています。担当者は「ブライダル業者の方としては2通りの暦をお示しすることしか現段階ではできない。毎年2月の最初の官報で、国立天文台から翌年の暦要項(れきようこう)が発表されるので、新月の日を正確に確認できるのはその時となります」と話しています。
>  国立天文台やカレンダーの専門業者・関連団体などでつくる一般社団法人「日本カレンダー暦文化振興協会」(暦文協)事務局の松原順さんも「暦文協では独自の暦計算で26日を旧暦2月1日とします。ただ、明石を基準とするか京都を基準とするかなど、暦には色々な解釈はありうる」と説明。松原さんによると、協会にはブライダル業者以外に神社関係者からも問い合わせが来ているそうです。

]FIG]


[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[217] [CITE@ja[新着情報 | 【公式】ザ・グランドティアラ岡崎]]
([TIME[2016-02-01 12:08:45 +09:00]] 版)
<http://www.grandtiaraokazaki.com/news/detail.php?seq=15&>
]FIGCAPTION]

> タイトルに表しましたように2017年2月26日~3月27日の六輝が2種類位存在します。例えば2017年3月1日が大安のカレンダーと仏滅のカレンダーが存在するのです。ちなみに私の携帯電話のアプリのカレンダーでは仏滅になっています。これは旧暦の2月1日が新暦の2月26日なのか、27日なのかで変わってしまったようです。ザ・グランドティアラ岡崎では3月1日が「仏滅」のカレンダーでご案内してまいりました。これは2月27日が旧暦の2月1日であった場合の計算によります。しかし、最新の天文台の計算によると、2月26日23:59に新月になるようで、このとおりだとすれば2月26日が旧暦の2月1日になります。すると3月1日は「大安」ということになります。

]FIG]


[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[6] [CITE@ja[え?2017年3月1日は大安?仏滅?~カレンダーの「2017年問題」について~ | UK京都 上野旭昇堂]]
(2016年8月23日
[TIME[2018-12-09 18:46:39 +09:00]])
<http://uk-kyoto.co.jp/2016-08-rokuyo/>
]FIGCAPTION]

> 2017年は、新暦2月26日23時58分に月齢が0.0となり
> このときが、旧暦の2月1日となります。
> しかしもともと、計算上の月齢と、実際の月の満ち欠けは、
> 必ずしも一致しません。
> 上記の「23時58分」は、国立天文台が
> 実際の月の満ち欠けを観測し、計算上の
> 月齢を修正した結果なので、当社が扱うカレンダーの
> ほとんどのメーカーさんが、この基準でカレンダーを作っています。
> しかし、WEBや一部のプログラムでは、この月の計測結果の誤差を
> 反映していないものがあり、
> 「2月27日が旧2月1日」となっているものがあるので
> 2通りのカレンダーができてしまうのです。

]FIG]


[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[5] [CITE@ja[旧暦2017年問題 (#3530041) | 旧暦2033年問題は確実に近づいている | スラド]]
([TIME[2018-12-10 10:28:00 +09:00]])
<https://srad.jp/comment/3530041>
]FIGCAPTION]

> 旧暦2017年問題 [uk-kyoto.co.jp]ってのが去年ありましたね。
> 月齢判断基準のゆらぎ(丸め誤差)のせいで、3月1日が大安または仏滅になるという。
> このバグにおもいっきり該当して、大慌てで対処しました。
> 正しい計算式を見いだそうとしたけど、統一的な定義が無いし権威ある団体が決定してるわけでもなかったので、この月だけ限定の特別処理でしのぎました。

]FIG]

;; [14] [[国立天文台]]も民間の暦も正しい計算結果を出しているところが多いのに、
定義がない[[旧暦]]が悪いみたいな言い訳はどうかと。
正しい[[暦]]の計算を自力でできる知識がないなら、
いくらでも流布している計算済みの[[暦]]を使うべき。
せめて一般的な[[暦]]と照合して計算式が正しいのか確認してから使うべき。
([[qreki]] のような正しい計算ができないことが知られているコードをろくに検証せずに流用した?)

- [265] [CITE[自作androidアプリが暦の2017年問題に・・・: がらくた研究室]] ([TIME[2019-03-15 10:34:00 +09:00]]) <http://yamatonoie.cocolog-nifty.com/ave/2017/03/android2017-7a8.html>
- [269] [CITE[旧暦六曜計算Javaソースプログラム]] ([TIME[2017-03-08 12:02:42 +09:00]]) <http://ave.la.coocan.jp/kaihatsu/qreki.htm>
- [270] [CITE[暦要項2017 suchowan's blog/ウェブリブログ]] ([TIME[2018-11-06 21:32:03 +09:00]]) <https://suchowan.at.webry.info/201602/article_4.html>
-[275] 
[CITE[旧暦計算の終焉 - 閏秒?]],
[[Kazumitsu Ito]],
[TIME[2014年11月11日 8:30][2014-11-11T08:30]]
<https://www.facebook.com/notes/kazumitsu-ito/%E6%97%A7%E6%9A%A6%E8%A8%88%E7%AE%97%E3%81%AE%E7%B5%82%E7%84%89-%E9%96%8F%E7%A7%92/829053923799956/>
- [373] [CITE@ja-JP[2017年2月から3月までの[[旧暦]]誤差問題を修正しました - [[YouTube]]]],
[[trower barrie]],
[TIME[2017/02/07 に公開][2017-02-07]]
([TIME[2019-08-03 09:56:44 +09:00]]) <https://www.youtube.com/watch?v=tlYoe6Bi0zs>

]REFS]

[403] [CITE@ja[質問3-10)伝統的七夕について教えて | 国立天文台(NAOJ)]] ([TIME[2019-04-09 13:20:15 +09:00]]) <https://www.nao.ac.jp/faq/a0310.html>

[404] [CITE@ja[暦Wiki/七夕 - 国立天文台暦計算室]] ([TIME[2019-05-30 14:38:08 +09:00]]) <https://eco.mtk.nao.ac.jp/koyomi/wiki/BCB7CDBC.html>

[405] [CITE@ja[暦Wiki/中秋の名月とは - 国立天文台暦計算室]] ([TIME[2019-05-30 14:38:08 +09:00]]) <https://eco.mtk.nao.ac.jp/koyomi/wiki/C3E6BDA9A4CECCBEB7EEA4C8A4CF.html>

[406] [CITE@ja[旧暦2033年問題について - 国立天文台暦計算室]] ([TIME[2018-12-04 11:32:35 +09:00]]) <https://eco.mtk.nao.ac.jp/koyomi/topics/html/topics2014.html>

2014年、1984年

** 旧暦2033年問題

[92]
[[旧暦]]の [TIME[2033年][year:2033]]-[TIME[2034年][year:2033]]について、
[[閏月]]をどこに配置するか従来の規則で決定できないという問題がありました。
多くの[[旧暦]]は閏11月を採用しています。
産学官の有識者で構成される団体である[[暦文協]]は、
これを追認し[[閏11月案]]を推奨するとの見解を表明し、
事実上問題は決着しました。
[SEE[ [[旧暦2033年問題]] ]]

[3] 
[TIME[2147年][year:2147]]-[TIME[2148年][year:2148]]、
[TIME[2223年][year:2223]]-[TIME[2224年][year:2224]]についても影響してきます。
[SEE[ [[旧暦2033年問題]] ]]

* 改暦デマ

[427] 
[[後醍醐天皇]]の時代、偽[[綸旨]]が流行しました。
その中には[DFN[[[暦]]に関するデマ][正中の改暦デマ]]もありました。
[CITE[花園院宸記]]
([[花園天皇]]日記) に次のような記述がありました。
[SRC[>>426 p.88]]

- [428] 諸国の年貢納入が遅れているため、
正中2年正月、閏正月をそれぞれ正中元年閏12月、正中2年正月に改める、
との[[万里小路季房]]が奉じる[[綸旨]]が下された、
との噂が[TIME[正中元(1324)年][year:1324]]12月[[京都]]で流れた。
[[綸旨]]の案文が流布された。
- [429] 実はこの[[綸旨]]は[[検非違使庁]]の[[中原章緒]]が捏造したものだった。

;; [430] 本来[[検非違使庁]]は文書偽造を取り締まらなければならない側でした
[SRC[>>426 p.88]]。

[SEE[ 似た事例は[[日時制度デマ]] ]]

[REFS[
- [432] [CITE[【[[花園院宸記]]】]], [TIME[2020-05-19 09:47:47 +09:00]] <http://base1.nijl.ac.jp/iview/Frame.jsp?DB_ID=G0003917KTM&C_CODE=0020-50903&IMG_SIZE=&PROC_TYPE=null&SHOMEI=%E3%80%90%E8%8A%B1%E5%9C%92%E9%99%A2%E5%AE%B8%E8%A8%98%E3%80%91&REQUEST_MARK=null&OWNER=null&BID=null&IMG_NO=1097>
- [426] [CITE[南朝全史―大覚寺統から後南朝へ―]],
[[森茂暁]],
原本 [TIME[二〇〇五年][year:2005]]刊行,
[TIME[2020年2月10日][2020-02-10]] 第1刷発行
-- [431] [CITE@ja-jp[南朝全史 大覚寺統から後南朝へ (講談社学術文庫) | 森 茂暁 |本 | 通販 | [[Amazon]]]], [TIME[2020-05-18 20:36:47 +09:00]] <https://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4065187745/wakaba1-22/>
]REFS]


* 元号との関係

[273] [SEE[ [[改元]] ]]

* 長暦、対照表と変換ツール

[314] [SEE[ 旧暦に限らない一般的事項は[[暦の換算]] ]]

** 全日付対照表


[137] 
'''[[旧暦データファイル]]'''として、
[[神武東征]]開始の[TIME[西暦-666年][year:0666]]から[TIME[西暦2100年][year:2100]]までのすべての[[日]]の[[旧暦]]と[[先発グレゴリオ暦]]の対応の一覧表を用意しています。
[SEE[ [[旧暦データファイル]] ]]

[REFS[
- [94] [CITE[[[旧暦データファイル]]]]
-- [95] 第2版
-- [212] 第3版
]REFS]


** 長暦・対照表・変換ソフトウェア

[380] 
[CITE[暦図]]は、
[[室町時代]]末期の[[写本]]で、
[TIME[応永11(1404)年][year:1404]]から[TIME[弘治3(1557)年][year:1557]]の[[月]]の大小、
[[月朔干支]]、
[[二十四節気]]を示したものでした。
何年にもわたる[[日本]]の[[暦日]]を記したものとして最古とされています。
これ以後にも同種のものが2、3ありました。
[SRC[>>377]]

[381] 
[CITE[古暦]]は、
[[江戸時代]]の小冊子の刊本で、
[TIME[天文元(1532)年][year:1532]]から[TIME[元和元(1615)年][year:1615]]を示したもの、
あるいはそれ以後まで記載されたものもありました。
[SRC[>>377]]

[382] 
[CITE[古暦便覧]]は、
[[江戸時代]]の刊本であり、
最も広まったものでした。
はじめ[[吉田光由]]により制作され、
[TIME[慶安元(1648)年][year:1648]]の自序がありました。
[TIME[天正4(1576)年][year:1576]]からの[[二十四節気]]、
[[没滅]]などを[[時刻]]まで記していました。
吉田の死後の[TIME[延宝元(1673)年][year:1673]]、
将来60年分まで計算されたものが刊行されました。
[[貞享暦]]に改暦された後[[中根元圭]]が改算したものが出版されました。
それも度々改版されました。
[CITE[増続古暦便覧]]が[[中西敬房]]により、
[CITE[古暦便覧備考]]が[[苗村丈伯]]により出版されるなどしました。
[SRC[>>377]]


[384] 
[CITE[蛮暦]]は、
元禄12年の陰陽対照表、
[CITE[元和航海書]]から転載された
[TIME[1629年][year:1629]]から
[TIME[1681年][year:1681]]の陰陽対照表など、
享保5年に到る陰陽対照表などが収録された本でした。
[SRC[>>385]]



-*-*-


[443] 
[CITE[[[日本長暦]]]]は、
[[渋川春海]]による[TIME[神武天皇即位前七年][year:-666]]から[TIME[貞享元年][year:1684]]の表でした。
各[[月朔干支]]、
[[閏月]]、
[[冬至]]、[[立春]]などを記載したものでした。
[SRC[>>377]]
刊本はなく写本のみで、
序文により[TIME[延宝5(1677)年][year:1677]]、
[TIME[延宝8(1680)年][year:1680]]、
[TIME[貞享2(1685)年][year:1685]]の3版が知られています
[SRC[>>386]]。

[436] 
持統天皇6年以後は各時代の[[暦法]]で計算したもので、
持統天皇5年以前は[CITE[日本書紀]]から逆算し
3種の[[暦法]]を創作したものでした
(根拠のないもので後に批判されました)
[SRC[>>386]]。

[437] 
後に[CITE[三正綜覧]]は[CITE[日本長暦]]の値は計算のままであるとしましたが、
実際には
[CITE[続日本紀]]、
[CITE[続日本後紀]]、
[CITE[文徳実録]]、
[CITE[三代実録]]
と照合されていました。 [SRC[>>386]]

[438] 
[[朝廷]]や[[神社]]に嘉納され、
重要な[[祭祀]]の[[日]]を知ることができると賞賛されました
[SRC[>>386]]。

[439] 
[CITE[日本長暦]]を略して[[長暦]]といい、
ひいては同様に昔の[[暦日]]を遡って復元したものも[DFN[長暦]]といいます。
[SRC[>>377]]

-*-*-

[346] [CITE[本朝統暦]]は、
[TIME[貞享4(1687)年][year:1687]]に[[安藤有益]]により刊行された[[長暦]]でした。
対象期間はほぼ[CITE[日本長暦]]と同じでしたが、
[[二十四節気]]や[[没滅]]から[[食]]計算まで行っていました。
ただ計算はすべての時期を[[宣明暦]]によっていたため、
[[宣明暦]]期間以外には利用価値がありません。
[SRC[>>377]]


[445] 
[CITE[皇和通暦]]は、
[TIME[正徳4(1714)年][year:1714]]に[[中根元圭]]により刊行された[[長暦]]でした。
[CITE[日本長暦]]の計算値を使いましたが、
[[月朔干支]]を文献と照合して訂正したり、
[[章首]]を示して[[退閠]]を明らかにしたりといった独創性が評価されました。
[SRC[>>377]]

[REFS[
- [444] [CITE[[[皇和通暦]]. 巻1-2,附録 / 中根元圭 '''['''著''']''']]
([TIME[2020-02-08 22:05:46 +09:00]])
<https://www.wul.waseda.ac.jp/kotenseki/html/ni05/ni05_01494/index.html>
- 他にも電子化されたものあり [SEE[ [[皇和通暦]] ]]
]REFS]

-*-*-

[107] [CITE[天朝無窮暦]]は、
[TIME[天保8(1837)年][year:1837]]に[[平田篤胤]]が制作した[[長暦]]でした。
しかし学問的には何ら見るべきものはないと評価されました。
[SRC[>>377]]

[390] 
[CITE[万国普通暦]]は、
嘉永7年から毎年刊行されていた[[日本]]初の本格的な[[太陽暦]]
([[和暦]]、[[グレゴリオ暦]]、[[ユリウス暦]]の対照表)
でした。
[SEE[ [[万国普通暦]] ]]

[366] 
[CITE[陽暦陰暦対照表]]は、
[[内田五観]]による対照表でした。
[WEAK[(内田はその後[[明治改暦]]に関わりました。)]]
[SRC[>>361]]


[363] 
[DFN[[CITE[太陰太陽両暦対照表]]]] [SRC[>>371]] は、
明治7年から明治11年に[[内務省]][[図書局]]により逐次編纂された木版和綴3冊本でした。
[TIME[武烈天皇2年][year:51]]から[TIME[明治5年][year:1872]]の[[グレゴリオ暦]]と対照していました。
法規分類大全第一編に収録されました。
[SRC[>>361]]


[364] 
[DFN[[CITE[和洋対暦表]]]] [SRC[>>372]] は、
明治13年に[[撫蘭仙]] ([[Bramsen]]) により編纂された、
[TIME[大化元年][year:645]]から[TIME[明治6年][year:1873]]までの対照表でした。
[TIME[1582年][year:1582]]以前は[[ユリウス暦]]と対照していました。
[SRC[>>361]]



[446] 
[CITE[三正綜覧]]は、
[TIME[明治13(1880)年][year:1880]]に[[日本政府]]の[[内務省地理局]]
[WEAK[(当時の[[暦道]]担当部局)]]
が編纂し[[塚本明毅]]が監修した、
[TIME[孝元天皇元(紀元前214)年][year:-213]]から[TIME[明治36(1903)年][year:1903]]の[[和暦]]、
[[中国暦]]、[[ユリウス暦]]・[[先発グレゴリオ暦]]、[[グレゴリオ暦]]、
[[回暦]]の対照表でした。
[SRC[>>377, >>383]]
[[明治改暦]]により歴代[[天皇]]の[[祭日]]を[[太陽暦]]に換算する必要が生じたため、
編纂されました [SRC[>>383]]。
塚本の序文によれば、
「三正」は[[三正論]]にちなみ、
[[太陽暦]]、[[太陰太陽暦]]、[[回暦]]の3暦に、
あるいは古代支那の[[亥正]]、日本の[[寅正]]、陽暦正月の3正にかけたものでした
[SRC[>>383]]。
[CITE[皇和通暦]]を基データとして使っていました。
出版が急がれたためか誤植が多く史料の参照も少なく不備が多々指摘されていました。
昭和7年の第2版、
昭和40年の第3版、
昭和48年の第4版まで改訂され、
かなりの訂正が行われましたが、
史料との照合はついに行われませんでした
[SRC[>>383]]。
とはいえ[CITE[[[日本暦日原典]]]]出版以前は他に選択肢がなく、
規範性の高い対照表として用いられていました。
[SRC[>>377, >>383]]


[365] 
[CITE[陰陽暦対照年表]]は、
明治36年の[[高山昇]]、[[丸橋金治郎]]共編による、
[TIME[神武元年][year:-659]]からの対照表でした。
歴史関係者に広く用いられました。
[SRC[>>361]]


[362] 
[DFN[[CITE[年代対照便覧]]]] [SRC[>>361]]
([DFN[[CITE[年代対照便覧並陰陽暦対照表]]]])
は、
[[神田茂]]による対照表で、
「[CITE[三正綜覧]]の欠をある程度補っており[CITE[日本暦日原典]]以前のものとしてもっとも正確であるという評価を受けていた」
ものでした。
[SRC[>>375]]
しかし「干支を指数であらわし、
簡単ではあっても計算しなければならず、
数表を引くわずらわしさを伴う、
という文科系の人びとにとってはかなり致命的な欠点があった」
[SRC[>>377]]
ために、
[[長暦]]の新たな決定版とはなりませんでした。


[387] 
昭和30年代、
[[史料編纂所]]の[[桃裕行]]、
[[東京天文台]]の[[前山仁郎]]は、
[[計算機]]による[[暦日]]復元を試みました。
[SRC[>>388]]
しかし前山は[[宣明暦]]時代の[[暦日]]計算を試行したところで死去し、
中断しました。
[SRC[>>389]]


-*-*-

[31] [CITE[[[日本暦日原典]]]] [SRC[>>25, >>41]] 
は、
[[内田正男]]による対照表です。
[TIME[445年][year:445]]から
[TIME[1872年][year:1872]]までのデータが掲載されており、
「日本の暦日に関する限り、現在の所これ以上のものは求められないという程度に整備された」
[SRC[>>377]]、
「最も確かなもの」 [SRC[>>361]]、
「新旧暦対照表の中でも最も信頼性が高いもの」[SRC[>>27]]
とされており、多くの書籍や研究、対照表で参照されています [SRC[>>41]]。
大半はデータですが、後半の「暦法編」に日本の暦について詳しい説明があります。
計算機により[[暦日]]を復元し、
桃が収集した資料に基づき編纂したものでした [SRC[>>388]]。

[75] [CITE[[[日本暦日原典]]]]は第4版まで出版されていて、
改版の度に新たな研究成果による修正が加えられています。

[458] 
第4版のいくつかの年月には、次のような注釈がありました。

- [459] 矛盾する史料等があるが計算値のまま修正せず
- [460] 記録に合わせて計算値を修正
- [461] 三島暦と異なる (京暦を採用)
- [462] 推測される計算法によっては異なる値となり得る
- [463] 進朔の可能性が強い
- [464] (その他の注釈)



[192] [CITE[[[日本書紀暦日原典]]]]は、[CITE[[[日本暦日原典]]]]と同著者によるもので、
[[日本書紀]]に記載のある暦日 (-666年以降) のデータを掲載しています。


[379] 
[CITE[暦と時の事典]]によると、
[CITE[日本暦日原典]]と主要[[長暦]]の差異は次の通りでした
[SRC[>>377]]。

[FIG(table)[

:n: 長暦名
:*: *
:m: 所徴書目不足の分
:w: 史料の誤用
:t: 誤植
:o: 合計

:n: [CITE[日本長暦]]
:*: 8
:m: 130
:w: 0
:t: 0
:o: 138

:n: [CITE[皇和通暦]]
:*: 8
:m: 87
:w: 15
:t: 0
:o: 110

:n: [CITE[三正綜覧]] (初版)
:*: 8
:m: 73
:w: 9
:t: 27
:o: 117

:n: [CITE[三正綜覧]] (最新版)
:*: 8
:m: 73
:w: 9
:t: 10
:o: 100

]FIG]

これは[[月朔干支]]を比較したものです。
ここで「*」は[[渋川春海]]の誤算と思われるものです。
「*」が[CITE[皇和通暦]]
にそのまま現れることが、
独立して計算していないことの確かな証拠とされています。
「史料の誤用」とは、
[CITE[吾妻鏡]]
などの誤った[[干支]]から推算を訂正したものです。
また[CITE[三正綜覧]]の誤りは[[月朔干支]]以上に[[太陽暦]]への換算に多く見られます。
[SRC[>>377]]

-*-*-

[74] [CITE[[[暦の百科事典]]]] [SRC[>>69]] には[[暦]]に関連する記事多数の他、
593年-2100年の[[旧暦]]のデータが掲載されています。
1872年までは[CITE[[[日本暦日原典]]]] (>>31) 第3版に基づいています [SRC[>>69]]。

[32] [CITE[[[暦の大事典]]]] [SRC[>>22]] (2014年初版第1刷) 
には日本を含む各地の暦についてかなり詳細な解説があります。
巻末に593年-2000年のデータが掲載されています。

[64] [CITE[[[日本暦日便覧]]]]には692年-1872年のデータが掲載されています [SRC[>>63]]。

[71] [CITE[20世紀暦―曜日・干支・九星・旧暦・六曜]] [SRC[>>70]] と
[CITE[21世紀暦―曜日・干支・九星・旧暦・六曜]] [SRC[>>121]] は、
それぞれ20世紀と21世紀の[[旧暦]]のデータを掲載している書籍です。
[CITE[20世紀]]は官暦 (「太陽暦」「明治暦」「大正暦」「昭和暦」)
および「神宮暦」を出典としていますが、原典にないデータは編集部によって補っています
[SRC[>>70]]。

;; [334] 
20世紀分について、
1947-02'-01 1947-03-01 1947-03'-01 1969-07-01 1969-07'-01
の各月について計算法の違いの注釈がありました。
21世紀分については、予測されるデータに基づく計算のため、
異なる計算結果の可能性も提示されていました (>>24)。

[109] [[海上保安庁]]は1997年から2010年までの情報を[[Webサイト]]に掲載しています 
[SRC[>>37]]。


[REFS[
- [371] [CITE[太陽太陰両暦対照表]]
-- [370] [CITE@ja[[[太陽太陰両暦対照表]]. 西暦501−1000年まで - 国立国会図書館デジタルコレクション]] ([[[[内務省図書局]]著, [TIME[明7-11][year:1878]]) <http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/831115/1>
-- [367] [CITE@ja[太陽太陰両暦対照表]]. 西暦1001−1500年まで - 国立国会図書館デジタルコレクション]] ([[[[内務省図書局]]著, [TIME[明7-11][year:1878]]) <http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/831116/1>
-- [368] [CITE@ja[[[太陽太陰両暦対照表]]. 西暦1501−1871年まで - 国立国会図書館デジタルコレクション]] ([[内務省図書局]]著, [TIME[明7-11][year:1878]]) <http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/831117/1>
-- [369] [CITE[太陽太陰両暦対照表]] ([TIME[2019-08-01 10:50:02 +09:00]]) <http://www.wul.waseda.ac.jp/kotenseki/html/ni05/ni05_02370/index.html>
- [372] [CITE@ja[[[和洋対暦表]] - 国立国会図書館デジタルコレクション]] ([[撫蘭仙]]著, [TIME['''[''' ''']''']]) <http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/831224/1>
- [25] [CITE[Amazon.co.jp: 日本暦日原典: 内田 正男: 本]] ([TIME[2014-09-06 15:12:56 +09:00]] 版) <http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/463900091X/wakaba1-22/>
- [376] [CITE[[[暦と時の事典]]]]
-- [361] 
pp.15-16
[CSECTION[[RUBY[陰陽対照表書][いんようたいしょうひょうしょ]]]]
-- [375]
p.47 [CSECTION[[RUBY[神田茂][かんだしげる]]]]
-- [383]
pp.107-108 [CSECTION[[RUBY[三正綜覧][さんせいそうらん]]]]
-- [377] 
pp.185-186
[CSECTION[[RUBY[長暦][ちょうれき]]]]
-- [386] pp.230-231 [CSECTION[[RUBY[日本長暦][にほんちょうれき]]]]
-- [388] pp.231-232 [CSECTION[[RUBY[日本暦日原典][にほんれきじつげんてん]]]]
-- [385] p.244 [CSECTION[[RUBY[蛮暦][ばんれき]]]]
-- [389] p.269 [CSECTION[[RUBY[前山仁郎][まえやまじんろう]]]]
- [499] [CITE[[[日本暦日原典]]]]
-- [501] 初版
-- [502] 第2版
-- [503] 第3版
-- [504] 第4版
-- [41] [CITE@ja[[[日本暦日原典]] - Wikipedia]]
( ([TIME[2014-08-07 05:04:09 +09:00]] 版))
<http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E6%9A%A6%E6%97%A5%E5%8E%9F%E5%85%B8>
- [22] [CITE[Amazon.co.jp: [[暦の大事典]]: 岡田 芳朗, 神田 泰, 佐藤 次高, 高橋 正男, 古川 麒一郎, 松井 吉昭: 本]] ([TIME[2014-09-10 13:46:09 +09:00]] 版) <http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4254102372/wakaba1-22/>
- [69] [CITE[Amazon.co.jp: 暦の百科事典: 暦の会: 本]] ([TIME[2014-09-06 15:30:05 +09:00]] 版) <http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4404013396/wakaba1-22/>
- [63] [CITE[増補日本暦日便覧 全3巻 - 株式会社汲古書院      古典・学術図書出版]] ([TIME[2014-09-09 12:47:56 +09:00]] 版) <http://www.kyuko.asia/book/b9258.html>
- [70] [CITE[Amazon.co.jp: 20世紀暦―曜日・干支・九星・旧暦・六曜: 日外アソシエーツ編集部: 本]] ([TIME[2014-09-10 13:56:03 +09:00]] 版) <http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4816915141/wakaba1-22/>
- [121] [CITE[Amazon.co.jp: 21世紀暦―曜日・干支・九星・旧暦・六曜: 日外アソシエーツ編集部: 本]] ([TIME[2014-09-06 15:12:56 +09:00]] 版) <http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/481691630X/wakaba1-22/>
- [13] [CITE[こよみのページ]] ([[M.Suzuki]] 著, [TIME[2014-09-07 14:39:02 +09:00]] 版) <http://koyomi8.com/directjp.cgi?http://koyomi8.com/kyuureki.htm>
--
[FIG(quote)[ [467] 

>[B[過去の日付]]
>旧暦1884年4月、1908年9月は実際に採用された月日と計算の月日が一致しておりません(1884年の原因は1887年までは、計算に東京時を採用していたことによる。1908年については、略算式の誤差による)換算表は実際に採用された日付にあわせて修正したものを表示。

]FIG]
-- [471] [CITE[旧暦の2033年問題(No.0195)]], [[M.Suzuki]], [TIME[2020-07-26 10:14:44 +09:00]] <http://koyomi8.com/reki_doc/doc_0195.htm>
- [93] [CITE[[[旧暦]]/グレゴリオ暦対照表]] ([TIME[2014-01-03 09:31:04 +09:00]] 版) <http://www.asahi-net.or.jp/~jc1y-ishr/Kyuureki/>
-- [472] [CITE[[[旧暦]]/グレゴリオ暦対照表]], [TIME[2020-07-26 11:38:43 +00:00]] <http://web.archive.org/web/20160401123950/http://www.asahi-net.or.jp/~jc1y-ishr/Kyuureki/> [CSECTION[更新履歴]]
-- [480] 「2014.1.3」版
-- [478] 
[[Internet Archive]]
によれば、
[TIME[西暦2016年][year:2016]]時点で、
更新履歴の最新が
[TIME[2015.9.14][2015-09-14]]
の版が公開されていた。
-- [479] 
[TIME[2020-07-26T02:51:24.700Z]]現在、
更新履歴の最新が
[TIME[2011.7.10][2011-07-10]]
の版に巻き戻って(?)いる。
--- [481] 当時、[[閲覧環境][プラットフォーム (Web)]]次第で、
一部の月が1日ずれる[[不具合]]があった。
後に修正されたが、同じく巻き戻っている。
-- [473] [CITE[日中暦日相違、「[[後の月]]」考]], [TIME[2008-06-28 10:25:12 +09:00]] <http://www.asahi-net.or.jp/~jc1y-ishr/Kyuureki/RekijitsuSoui.html>
-- [474] [CITE[九十夜、二百十二日]], [TIME[2010-06-06 18:43:52 +09:00]] <http://www.asahi-net.or.jp/~jc1y-ishr/Kyuureki/90_212.html>
-- [475] [CITE[[[授時暦]]の敗北? 延宝三年五月の日食について]], [TIME[2010-11-19 11:03:28 +09:00]] <http://www.asahi-net.or.jp/~jc1y-ishr/Kyuureki/Koyominokai20101120/Koyominokai20101120.html>
-- [476] [CITE[[[鎌倉時代]]の暦日変更]], [TIME[2016-06-13 10:05:22 +09:00]] <http://www.asahi-net.or.jp/~jc1y-ishr/Kyuureki/Kamakura_Rekijitsuhenkou2.html>
-- [477] [CITE[[[2033年問題]]と『中気』]], [TIME[2016-06-12 14:36:02 +09:00]] <http://www.asahi-net.or.jp/~jc1y-ishr/Kyuureki/2033_Chuuki.html>
- [238] [CITE@ja[元号一覧 (日本) - Wikipedia]] ([TIME[2016-02-11 12:34:55 +09:00]] 版) <https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%83%E5%8F%B7%E4%B8%80%E8%A6%A7_(%E6%97%A5%E6%9C%AC)>
-- 各[[元号]]記事に対応表あり
-- [240] [CITE@ja[プロジェクト‐ノート:紀年法 - Wikipedia]] ([TIME[2016-02-11 10:54:55 +09:00]] 版) <https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%97%E3%83%AD%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%82%AF%E3%83%88%E2%80%90%E3%83%8E%E3%83%BC%E3%83%88:%E7%B4%80%E5%B9%B4%E6%B3%95#.E6.96.87.E6.98.8E19.E5.B9.B4.E9.96.8F2.E6.9C.88>
によると出典不詳

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[191] [CITE[貴重資料-NAOJ Library]]
([[Junko Oguri]] 著, [TIME[2015-07-27 11:58:50 +09:00]] 版)
<http://library.nao.ac.jp/kichou/open/003/>
]FIGCAPTION]

> 「日本長暦」は日本書紀の神武東征甲寅の年(神武紀元から7年前の10月5日の干支)から貞享2年までの約2300年間の毎月の朔日の干支を計算したものである。

]FIG]

]REFS]

-*-*-

[9] [[qreki]] [SRC[>>8]] というスクリプトが色々な言語に移植されて広く使われています。
このスクリプトは[[先発グレゴリオ暦]] (0年あり) を入力とし、
[[旧暦]] ([[中央標準時]]に基づく先発天保暦?) と[[六曜]]を出力としています。

;; [[qreki]] の項に派生ソフトウェアの一覧があります。

[61] [[qreki]] は[[旧暦]]の定義に基づき計算しているようです。 ドキュメントによると、
[CITE[[[暦の百科事典]]]] [SRC[>>69]] により出力を検査しています [SRC[>>27]]。

[26] [[qreki]] とその派生ソフトウェアは広く採用されていますが、
開発停止後長い期間が経過し、既に正しい結果を返せなくなっています。
新たに利用するべきではなく、既存のソフトウェアも修正または破棄するべきです。
[SEE[ [[qreki]] ]]

[REFS[
- [170] [CITE@ja[暦API ~ 旧暦、六曜を取得できるAPIを無料で提供しています。 ~]] ([TIME[2016-01-16 14:46:04 +09:00]] 版) <http://koyomi.zing2.org/>
-- [335] 変換結果を見ると中身は [[qreki]] の模様。
- [441] [CITE@ja[[[旧暦]]カレンダー - 仕事に役立つエクセル実践問題集]], [TIME[2016-09-15 07:57:00 +09:00]] <http://mt-soft.sakura.ne.jp/kyozai/excel_vba/310_vba_chu/60_lunar-solar-calendar/index.html>
-- [TIME[西暦2001年][year:2001]]-[TIME[2030年][year:2030]]
-- 西暦2017年問題を持つのが [[qreki]] と同じ。
- [451] [CITE@ja[宿曜経の二十七宿暦 [[宿曜]]カレンダー]], [TIME[2020-07-06 06:18:00 +09:00]] <https://nakshatra.tokyo/pc/calendar/27/>
-- 西暦2017年問題の修正以外は [[qreki]] と同じ。
]REFS]

-*-*-

[35] [[WHEN.EXE]] [SRC[>>39]] は[[旧暦]]を含む様々な暦の表示・変換に対応しています。
[CITE[[[暦の百科事典]]]] [SRC[>>69]] (1986) と[CITE[[[日本暦日原典]]]] [SRC[>>25]]
第4版 (1992) に基づいています [SRC[>>39]]。ドキュメントは[CITE[[[暦 (日本史小百科)]]]]
[SRC[>>28, >>62]]や[CITE[[[日本暦日便覧]]]] [SRC[>>63]] も参照しています [SRC[>>39]]。

[REFS[
- [205] [CITE@en[when_exe/calendars.rb at master · [[suchowan/when_exe]]]]
([TIME[2016-01-25 01:49:39 +09:00]] 版)
<https://github.com/suchowan/when_exe/blob/master/lib/when_exe/region/japanese/calendars.rb>
-- [527] [CSECTION[日本の朔閏表]], [CODE[Japanese]]
-- [528] [CSECTION[『唐・日本における進朔に関する研究』(2013-10版)を使用する場合の朔閏表]],
[CODE[Japanese0764]]

]REFS]

-*-*-

[51] [[Webサイト]] [CITE[和暦(わごよみ)]] [SRC[>>47]] の対照表は、
[[日本暦日原典]]の計算式を元に、
その注記等に基づき修正を加えたものです [SRC[>>40]]。
637年から889年は[[日本暦日原典]]の「進朔可能性大」の注記に基づき[[日本暦日原典]]とは異なる値を採用しているようです。

[REFS[
- [47] [CITE[和暦(わごよみ)]] ([TIME[2009-07-11 13:08:47 +09:00]] 版) <http://www.wagoyomi.info/>
-- [40] [CITE[和暦(わごよみ) 注記]]
( ([TIME[2011-04-02 13:32:50 +09:00]] 版))
<http://www.wagoyomi.info/note.html>
--- [483] [CSECTION[「原典」との間で差異がでる月朔(元嘉暦~宣明暦時代)の表]]
--- [484] [CSECTION[実施された暦との違い]]
--- [485] [CSECTION[2015年 3月13日の変更で2011年 4月 2日版から月朔が替わった月]]
-- [486] [CITE[2033年問題とキリスト教]], [TIME[2020-05-11 08:02:00 +09:00]] <http://www.wagoyomi.info/2033.html>
-- [465] 「(7)2011年 4月 2日」版
-- [466] 「(8)2015年 3月13日」版
-- [482] 「(12)2019年 4月 1日」版
]REFS]

-*-*-

[REFS[

- [171] [CITE@ja[和暦から西暦変換(年間朔日) - [[高精度計算サイト]]]] ([TIME[2016-01-16 23:06:14 +09:00]] 版) <http://keisan.casio.jp/exec/system/1239884744>

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[154] [CITE@ja[旧暦カレンダー - 高精度計算サイト]]
([TIME[2019-02-16 21:37:42 +09:00]])
<https://keisan.casio.jp/exec/system/1189993438>
]FIGCAPTION]

> 本ライブラリーは天体力学を基に計算しており、実際に規定された過去の日付と異なる可能性があります。
> 1870年〜2072年の旧暦は「新こよみ便利帳」および「暦日大鑑」とデータの一致を確認しています。
> 1947年は閏2月を採用しています。(「新こよみ便利帳」は閏2月、「暦日大鑑」は閏3月を採用)
> 参考文献)
>  日の出日の入りの計算 長沢 工(著者) 地人書館(発行所)
>  新こよみ便利帳 暦計算研究会編 恒星社厚生閣
>  暦日大鑑 西澤宥綜編著 新人物往来社

]FIG]


[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[183] [CITE@ja[旧暦カレンダー - 高精度計算サイト]]
([TIME[2019-02-16 21:38:09 +09:00]])
<https://keisan.casio.jp/exec/system/1189993438>
]FIGCAPTION]

> '''['''1''']'''  2018/02/11 23:08   男 / 40歳代 / エンジニア / 非常に役に立った /
> ご意見・ご感想ユリウス暦1342年6月1日が、こちらのサイトでは、旧暦1342年4月28日に変換されます。
> とこが、ウィキペディア日本語版「暦応」の記事によれば、「ユリウス暦1342年6月1日」は「暦応5年4月27日」だとされており、一日のズレがあります。keisanより注釈にもあります通り、本ライブラリーは天体力学を基に計算しており、実際に規定された過去の日付と異なる可能性があります。
> (文献データに基づいた過去の日付は西暦から和暦変換(年月日)等をご利用ください。)

]FIG]


[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[195] [CITE@ja[西暦から和暦変換(年月日) - 高精度計算サイト]]
([TIME[2019-02-16 21:38:57 +09:00]])
<https://keisan.casio.jp/exec/system/1240128137>
]FIGCAPTION]

> ・旧暦は文献データを基に実こよみに合わせています。
> ・明治までの改元は布告された年の元日に遡って新元号の元年としています。(立年改元) 
> ・明治5年12月3日をもってグレゴリオ暦の明治6年1月1日となり、以降の和暦月日は現行西暦と同じになります。
> ・年号制度のない時代は、天皇の即位後の年紀を代用してます。(推古、舒明、皇極、斉明、天智、天武、持統、文武)
> ・南北朝時代(1331〜1392年)は、北朝/南朝の元号を併記しています。
> ・西暦は、1582年10月4日まではユリウス暦、次の日からはグレゴリオ暦を採用してます。
>  (ユリウス暦の1582年10月5日はグレゴリオ暦では1582年10月15日)
> 参考図書)「暦を知る事典」東京堂出版

]FIG]

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[440] [CITE@ja[和暦から西暦変換(1ヶ月表示) - 高精度計算サイト]]
([TIME[2020-07-24 12:17:04 +09:00]])
<https://keisan.casio.jp/exec/system/1274864212>
]FIGCAPTION]

> [1]  2018/01/16 17:46   [SNIP[]]
>ご意見・ご感想和暦のDB作成のさいに使用した参考文献等を明記してほしい。
>日本暦日原典とかだと思いますが。
>keisanより参考図書として記述しております、
> "「暦を知る事典」東京堂出版"
> になります。

]FIG]

]REFS]

-*-*-

[378] 
[CITE[日本の暦日データベース]]は、
[TIME[令和元年][year:2019]]に公開された[[国立天文台暦計算室]]による対照表です。
[TIME[神武天皇元年][year:-659]]から[[明治改暦]]までは[[グレゴリオ暦]]、
[[ユリウス暦]]との関係を表示できます。
[CITE[日本暦日原典]]などを出典としています。
[SEE[ [[日本の暦日データベース]] ]]

[REFS[
- [452] [CITE@ja[[[暦Wiki]]/太陰太陽暦/日本の暦日データベース - 国立天文台暦計算室]], [TIME[2020-06-05 21:50:39 +09:00]] <https://eco.mtk.nao.ac.jp/koyomi/wiki/C2C0B1A2C2C0CDDBCEF12FC6FCCBDCA4CECEF1C6FCA5C7A1BCA5BFA5D9A1BCA5B9.html>
-- [456] [CSECTION[計算結果の校訂]] <https://eco.mtk.nao.ac.jp/koyomi/wiki/C2C0B1A2C2C0CDDBCEF12FC6FCCBDCA4CECEF1C6FCA5C7A1BCA5BFA5D9A1BCA5B9.html#paa4bce0>
--- [453] 適用前の計算値
-- [457] [CSECTION[日本書紀の暦日]] <https://eco.mtk.nao.ac.jp/koyomi/wiki/C2C0B1A2C2C0CDDBCEF12FC6FCCBDCA4CECEF1C6FCA5C7A1BCA5BFA5D9A1BCA5B9.html#e648eb3a>
--- [454] 「儀鳳暦(平朔)」
--- [455] 「元嘉暦」
]REFS]

-*-*-

[55] [CODE(perl)@en[[[DateTime::Calendar::Japanese]]]] [SRC[>>53]] は 
[[Perlモジュール]]の実装ですが、依存モジュールの非互換変更により動作しなくなっているようです。
>>54 はそれが修正されているようで、動作します。 [TIME[2014-09-08T14:21:58.200Z]]

[193] [[HuTime]] [SRC[>>156]] は、
[CITE[[[日本書紀暦日原典]]]]、[CITE[[[日本暦日原典]]]]、[[官暦]]、[[神宮暦]]に基づき[[旧暦]]と[[西暦]]とを対応付けています。

[118] [CODE(perl)[Kyuureki]] [SRC[>>117]] は >>95 の変換表を使った[[先発グレゴリオ暦]]と[[旧暦]]の変換用の[[Perlモジュール]]です。

[120] [CODE[kyuureki.js]] [SRC[>>119]] は >>95 の変換表を使った[[先発グレゴリオ暦]]と[[旧暦]]の変換用の
[[JavaScript]] ライブラリーです。

[139] [CITE[ruby 和暦ライブラリ]] [SRC[>>138]] は、 >>95 の変換表を使った[[旧暦]]対応を含む
[[Ruby]] ライブラリーです。




[46] その他多くの対照表が出版、公開されています [SRC[>>13, >>93, >>238]]。


[110] その他各[[言語]]の[[ソフトウェア]]や[[ライブラリー]]、
[[Webアプリケーション]]などが存在します
[SRC[>>58, >>268, >>313, >>329, >>330]]。

[REFS[
- [39] [CITE[when2]]
( ([TIME[2005-07-03 10:00:00 +09:00]] 版))
<http://hosi.org/a/when/when2.html#2>
-- [42] [CITE@ja[suchowan's UniWiki Calendar/When/Exe/暦説明/本編/日本]]
( ([TIME[2014-09-07 06:05:56 +09:00]] 版))
<http://hosi.org/u/wiki.cgi?Calendar%2FWhen%2FExe%2F%E6%9A%A6%E8%AA%AC%E6%98%8E%2F%E6%9C%AC%E7%B7%A8%2F%E6%97%A5%E6%9C%AC>
-- [470] [CITE@ja[suchowan's UniWiki Calendar/When/Exe/暦説明/本編/日本/太陰太陽暦]], [TIME[2020-07-26 09:53:48 +09:00]] <http://hosi.org/u/wiki.cgi?Calendar%2FWhen%2FExe%2F%E6%9A%A6%E8%AA%AC%E6%98%8E%2F%E6%9C%AC%E7%B7%A8%2F%E6%97%A5%E6%9C%AC%2F%E5%A4%AA%E9%99%B0%E5%A4%AA%E9%99%BD%E6%9A%A6>
- [8] [CITE[QRSAMPの詳細情報 : Vector ソフトを探す!]] ([TIME[2014-09-05 03:38:32 +09:00]] 版) <http://www.vector.co.jp/soft/dos/personal/se016093.html>
-- [27] [CITE[旧暦計算サンプルスクリプト Rev 1.1 説明書]] ([TIME[2008-02-08 08:59:26 +09:00]] 版) <http://api.sekido.info/qreki-doc>
-- [SEE[ [[qreki]] ]]
- [54] [CITE@en[lestrrat/DateTime-Calendar-Japanese]] ([TIME[2014-09-08 14:20:36 +09:00]] 版) <https://github.com/lestrrat/DateTime-Calendar-Japanese>
-- [53] [CITE[DateTime::Calendar::Japanese - search.cpan.org]] ([TIME[2014-09-08 11:26:31 +09:00]] 版) <http://search.cpan.org/~dmaki/DateTime-Calendar-Japanese-0.06001/lib/DateTime/Calendar/Japanese.pm>
- [58] [CITE[AJD4JP 日本専用カレンダー処理 Javaクラスライブラリ]] ([TIME[2014-05-30 02:48:52 +09:00]] 版) <http://ajd4jp.sourceforge.jp/>
-- [59] [CITE[AJD4JP 新暦と旧暦、干支、六曜、九星 日本専用カレンダー処理 Javaクラスライブラリ]] ([TIME[2014-05-30 02:48:10 +09:00]] 版) <http://ajd4jp.sourceforge.jp/lscd.html>
-- [60] [CITE[LunisolarYear (AJD4JP 1.3.1.2014 API)]] ([TIME[2014-05-30 01:00:50 +09:00]] 版) <http://ajd4jp.sourceforge.jp/api/ajd4jp/LunisolarYear.html>
--
[604] 
[CITE@ja[Javaで日付から六曜(大安とか仏滅とか・・・)を求める - [[Qiita]]]], 
[[@tomodasa]],
投稿日 2016年05月15日,
更新日 2016年05月15日,
[TIME[2022-07-14T06:04:56.000Z]] <https://qiita.com/tomodasa/items/73f7daccc995c0d39a37>
---
[605] 一般利用者の紹介記事。
- [117] [CITE@en[wakaba/perl-kyuureki]] ([TIME[2014-09-12 12:54:16 +09:00]] 版) <https://github.com/wakaba/perl-kyuureki>
- [119] [CITE@en[wakaba/js-kyuureki]] ([TIME[2014-09-13 06:44:32 +09:00]] 版) <https://github.com/wakaba/js-kyuureki>
- [138] [CITE@en[sugi/wareki]] ([TIME[2015-11-15 00:34:58 +09:00]] 版) <https://github.com/sugi/wareki>
- [156] [[HuTime]]
-- [185] [CITE[HuTime - 時間基盤情報-暦変換(和暦)]] ([TIME[2016-01-17 23:45:42 +09:00]] 版) <http://www.hutime.jp/basicdata/calendar/calendars/Japanese.html>
-- [173] [CITE[[[HuTime]] - 時間基盤情報]] ([TIME[2016-01-17 15:55:21 +09:00]] 版) <http://www.hutime.jp/basicdata/calendar/form.html>
-- [157] [CITE[[[HuTime]] - 時間基盤情報-暦変換(和暦(明治以降の旧暦)-民間の暦)]]
([TIME[2015-12-09 14:32:56 +09:00]] 版)
<http://www.hutime.jp/basicdata/calendar/calendars/OldJapaneseTable02.html>
--
[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[194] [CITE[HuTime - 時間基盤情報-暦変換(和暦(明治以降の旧暦)-明治43年~昭和21年)]]
([TIME[2016-01-18 19:50:58 +09:00]] 版)
<http://www.hutime.jp/basicdata/calendar/calendars/OldJapaneseTable03.html>
]FIGCAPTION]

> 和暦(明治以降の旧暦)を構成するにあたり、官暦に旧暦の掲載がない期間(新暦:明治43年~昭和21年)の旧暦の各月の朔および二十四節季(中気)の日時を新暦で示しています。また、月の大小を示すため、期間の前後(旧暦:明治42年11月および昭和22年1月)についても、併せて掲載しています。原則として官暦に記載されている日時を掲載していますが、色つきの値は、朝鮮総督府観測所編纂『日用便覧』に掲載された値です(官暦に値が掲載されていない期間)。朔と中気が同日となった場合は、前例(官暦に掲載されていた旧暦)にならい、時刻の前後にかかわらず新しい朔望月にその中気を含めます。置閏法(月の配置)は、「天保壬寅元暦」に従っています。

]FIG]
--
[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[184] [CITE[[[HuTime]] - 時間基盤情報-暦変換(和暦(明治以降の旧暦))]]
([TIME[2015-12-09 14:30:22 +09:00]] 版)
<http://www.hutime.jp/basicdata/calendar/calendars/OldJapanese.html>
]FIGCAPTION]

> 補助的に、以下の資料も参照しています。
> 朝鮮總督府觀測所ほか 『日用便覽』 (大正12年(第15次)~昭和19年(第26次)) 
> 京都大学附属図書館、国立国会図書館(デジタルコレクション)、National Library of Korea(Digital library)、東京大学柏図書館蔵

]FIG]
--
[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[208] [CITE[HuTime - 時間基盤情報-暦変換(和暦(明治以降の旧暦)-日用便覧について)]]
([TIME[2016-01-25 17:26:10 +09:00]] 版)
<http://www.hutime.jp/basicdata/calendar/calendars/OldJapaneseTable04.html>
]FIGCAPTION]

> 『日用便覧』は、朝鮮総督府観測所(後に朝鮮総督府気象台)が編纂したもので、官暦と同様に毎日の曜日、干支、日出・南中・日入および月出・月入の時刻などが掲載されたものです。官暦では、「明治41年9月30日文部省告示第235号」により、明治43年以降は旧暦の掲載が無くなり、さらに大正12年からは二十四節季の日時も一部しか掲載されなくなります。一方で、日用便覧ではこの期間も二十四節季の日時が掲載され続ました。

]FIG]
- [197] [CITE[旧暦-西暦の相互変換]] ([[CAN TANAKA]] 著, [TIME[2016-01-22 16:36:58 +09:00]] 版) <http://can-chan.com/koyomi/qreki-seireki.html>
-- 「参考文献:『日本史小百科 暦』 広瀬秀雄著 東京堂出版 平成10年2月10日新装3版 ISBN4-490-20217-2 に基づいて、大の月、小の月、閏月などを設定しています。この著書の終わりにまとめてある資料「年歴表」のP14~46を特に参考にしています。」
- [268] [CITE@ja[PHPで3ヶ月カレンダーを作る]] ([[studio pahoo]] 著, [TIME[2016-03-13 11:39:10 +09:00]] 版) <http://www.pahoo.org/e-soul/webtech/php02/php02-45-01.shtm>
- [313] [CITE[こよみちゃん]]
- [327] [CITE[Japanese date conversion]] ([TIME[2015-08-12 22:00:02 +09:00]]) <https://homepages.cwi.nl/~aeb/go/misc/jdate.html>
-- [TIME[1750年][year:1750]]-[TIME[1872年][year:1872]]
- [329] [CITE@ja[池田山 法真寺 » 和暦・年齢計算]] ([TIME[2018-02-13 19:01:44 +09:00]]) <http://houshinji.org/calendar.html>
- [330] [CITE@en[Time4J/tsuchihashi.txt at master · MenoData/Time4J]] ([TIME[2018-03-18 15:44:41 +09:00]]) <https://github.com/MenoData/Time4J/blob/master/calendar/src/test/resources/data/tsuchihashi.txt>
- [351] [CITE@ja[mk-mode SITE : [[カレンダー]]CSVデータダウンロード]]
([TIME[2018-10-28 17:35:39 +09:00]])
<https://www.mk-mode.com/rails/calendar/csv>
- [442] [CITE@ja[仏教手帳・仏教カレンダー]], [TIME[2020-07-24 16:43:10 +09:00]] <http://bukkyo.info/calender/index.shtml>
-- [TIME[西暦1870年][year:1870]]-[TIME[2050年][year:2050]]
- [254] [CITE[VB用旧暦取得関数 20080602 日本システム開発株式会社]]
([TIME[2019-03-11 10:09:35 +09:00]])
<https://www.nsgd.co.jp/nsd/asp/asp/nsd3.asp?act=PROD&ID=140>
--
[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[228] [CITE[VB用旧暦取得関数の詳細情報 : Vector ソフトを探す!]]
([TIME[2019-03-11 09:57:17 +09:00]])
<https://www.vector.co.jp/soft/win95/prog/se265158.html>
]FIGCAPTION]

> 西暦(1950/01/01~2049/12/31)から旧暦、六用(大安、赤口、先勝、友引、先負、仏滅)を取得する関数です。 

> ●2008/6/2版 
> 以下の西暦日に対する旧暦、六曜を修正しました。 
> ・1981/1/6~1981/2/4 
> ・1983/2/13~1983/3/14 
> ・2011/10/24~2011/11/24

]FIG]
-- [505] [CITE[暦データファイルの詳細情報 : Vector ソフトを探す!]], [TIME[2020-09-21T03:47:03.000Z]] <https://www.vector.co.jp/soft/data/personal/se265762.html>
-- [506] [CITE[暦データファイル2008の詳細情報 : Vector ソフトを探す!]], [TIME[2020-09-21T03:47:22.000Z]] <https://www.vector.co.jp/soft/win95/personal/se447613.html>
-- [507] [CITE[暦データファイル 20080604 日本システム開発株式会社]], [TIME[2020-09-21T03:49:39.000Z]] <https://www.nsgd.co.jp/nsd/asp/asp/nsd3.asp?act=PROD&ID=225>
-- [508] [CITE[暦データファイル2015 20150521 日本システム開発株式会社]], [TIME[2020-09-21T03:49:58.000Z]] <https://www.nsgd.co.jp/nsd/asp/asp/nsd3.asp?act=PROD&ID=724>
- [450] [CITE@ja[[[旧暦]]変換表|暦の計算|計算サイト]], [TIME[2020-07-25 08:47:06 +09:00]] <https://www.calc-site.com/calendars/old_calendar>
-- [TIME[西暦1902年][year:1902]]-[TIME[2030年][year:2030]]
- [509] [CITE@ja[エクセルで旧暦計算 | SYUNDOファイル]], [TIME[2020-09-21T03:57:20.000Z]] <https://zewru.biz/archives/474>
- [510] [CITE[K3SOFT]], [TIME[2020-01-24T01:00:31.000Z]], [TIME[2020-09-21T03:58:41.425Z]] <http://www.kai3.jp/k3soft.htm>
- [512] [CITE@ja[[[iCalendar]]形式の旧暦カレンダー]], [TIME[2020-04-27T16:53:00.000Z]], [TIME[2020-09-21T06:06:00.113Z]] <http://www8.plala.or.jp/garden/note/kyureki.html>
-- [526] [CITE[iCalendar形式の旧暦カレンダー: GARDEN Days]], [TIME[2020-09-21T06:15:40.000Z]] <http://garden.tea-nifty.com/blog/2006/03/icalendar_3f3a.html>
-- [525] [CITE[iCal用旧暦カレンダー 2007: GARDEN Days]], [TIME[2020-09-21T06:12:18.000Z]] <http://garden.tea-nifty.com/blog/2006/12/ical_2007_e5de.html>
-- [524] [CITE[iCalendar形式の旧暦カレンダー 2008: GARDEN Days]], [TIME[2020-09-21T06:10:45.000Z]] <http://garden.tea-nifty.com/blog/2007/12/icalendar_2008_3460.html>
-- [514] [CITE[iCalendar形式の旧暦カレンダー 2009: GARDEN Days]], [TIME[2020-09-21T06:06:57.000Z]] <http://garden.tea-nifty.com/blog/2008/12/icalendar-2009-.html>
-- [513] [CITE[iCalendar形式の旧暦カレンダー 2010: GARDEN Days]], [TIME[2020-09-21T06:06:45.000Z]] <http://garden.tea-nifty.com/blog/2009/12/icalendar-2010-.html>
-- [515] [CITE[iCalendar形式の旧暦カレンダー 2011: GARDEN Days]], [TIME[2020-09-21T06:08:23.000Z]] <http://garden.tea-nifty.com/blog/2010/12/icalendar-2011-.html>
-- [516] [CITE[iCalendar形式の旧暦カレンダー 2012: GARDEN Days]], [TIME[2020-09-21T06:08:40.000Z]] <http://garden.tea-nifty.com/blog/2011/12/icalendar-2012-.html>
-- [517] [CITE[iCalendar形式の旧暦カレンダー 2013: GARDEN Days]], [TIME[2020-09-21T06:09:03.000Z]] <http://garden.tea-nifty.com/blog/2012/12/icalendar-2013-.html>
-- [518] [CITE[iCalendar形式の旧暦カレンダー 2014: GARDEN Days]], [TIME[2020-09-21T06:09:17.000Z]] <http://garden.tea-nifty.com/blog/2013/12/icalendar-2014-.html>
-- [519] [CITE[iCalendar形式の旧暦カレンダー 2015: GARDEN Days]], [TIME[2020-09-21T06:09:27.000Z]] <http://garden.tea-nifty.com/blog/2014/12/icalendar-2015-.html>
-- [520] [CITE[iCalendar形式の旧暦カレンダー 2016: GARDEN Days]], [TIME[2020-09-21T06:09:37.000Z]] <http://garden.tea-nifty.com/blog/2015/12/icalendar-2016-.html>
-- [521] [CITE[iCalendar形式の旧暦カレンダー 2017: GARDEN Days]], [TIME[2020-09-21T06:09:48.000Z]] <http://garden.tea-nifty.com/blog/2016/12/icalendar-2017-.html>
-- [522] [CITE[iCalendar形式の旧暦カレンダー 2018: GARDEN Days]], [TIME[2020-09-21T06:09:58.000Z]] <http://garden.tea-nifty.com/blog/2017/12/icalendar-2018-.html>
-- [523] [CITE[iCalendar形式の旧暦カレンダー 2019: GARDEN Days]], [TIME[2020-09-21T06:10:06.000Z]] <http://garden.tea-nifty.com/blog/2018/12/icalendar-2019-.html>
- [101] [CITE@ja[月の大小 - [[CyberLibrarian]]]]
( ([TIME[2013-09-19 08:51:13 +09:00]] 版))
<http://www.asahi-net.or.jp/~ax2s-kmtn/ref/month_ls.html>
-- [102] [CITE@ja[西暦・和暦対照表 - [[CyberLibrarian]]]]
( ([TIME[2014-05-12 05:52:44 +09:00]] 版))
<http://www.asahi-net.or.jp/~ax2s-kmtn/ref/year_jw.html>
-- [529] 
大小データは出典の
[CITE[日本暦日原典]]
とほぼ同じ。
対照表にある[[グレゴリオ暦]]の[[元日]]の[[旧暦]]日付はずれている[[年]]が多い。
- [190] [CITE@ja[[[れきち]]における和暦|れきち|歴史|コンテンツ|せんせん]] ([[のりひと]] 著, [TIME[2016-01-18 15:09:45 +09:00]] 版) <http://www.sen2.net/contents/history/rekichi/wareki.html>


]REFS]

- [554] [CITE[佛學規範資料庫]] [SEE[ [[農暦]] ]]
-- [552] [CODE[japanese]]

- [583] 
[CITE[TODAY ソースの詳細情報 : [[Vector]] ソフトを探す!]], [TIME[2022-06-19T12:48:45.000Z]] <https://www.vector.co.jp/soft/dos/personal/se002657.html>
-- [584] 
[CITE[TODAY MS-DOS 版の詳細情報 : Vector ソフトを探す!]], [TIME[2022-06-19T12:53:07.000Z]] <https://www.vector.co.jp/soft/dl/dos/personal/se002656.html>
-- [585] 
[CITE[TODAY Windows 版の詳細情報 : Vector ソフトを探す!]], [TIME[2022-06-19T12:53:22.000Z]] <https://www.vector.co.jp/soft/win95/personal/se065576.html>
-- [586] [CITE[TODAY Windows 版の詳細情報 : Vector ソフトを探す!]], [TIME[2022-06-19T12:53:22.000Z]] <https://www.vector.co.jp/soft/win95/personal/se065576.html>
-- [587] [CITE[TODAY用大型歴史データの詳細情報 : Vector ソフトを探す!]], [TIME[2022-06-19T12:55:42.000Z]] <https://www.vector.co.jp/soft/dos/personal/se013399.html>
-- [588] [CITE[Saibara's archive library : td211s.lzh]], [TIME[2022-06-19T12:59:47.000Z]] <http://www.big.or.jp/~saibara/arc/td211s.html>
-- [593] [CITE[y-mori HomePage Software Index]], [[y-mori]], [TIME[2022-06-19T13:13:02.000Z]], [TIME[2001-02-17T01:21:12.090Z]] <https://web.archive.org/web/20010217012029/http://www.oitaweb.ne.jp/hp/y-mori/soft/index.html>
--- [594] [TIME[西暦1999年][1999]]、[TIME[西暦2000年][2000]]の版が現存
- [590] 
[CITE[ふぁんたBASE フリーソフト TODAY(DOS1)]], [TIME[2005-06-14T13:36:12.000Z]], [TIME[2022-06-19T13:07:28.087Z]] <http://www.venus.dti.ne.jp/~takuya-f/msx/tdv28d1.htm>
- [591] 
[CITE[ふぁんたBASE フリーソフト TODAY(DOS2)]], [TIME[2005-06-14T13:36:12.000Z]], [TIME[2022-06-19T13:09:42.641Z]] <http://www.venus.dti.ne.jp/~takuya-f/msx/tdv29d2.htm>

;; [589] [[qreki]] のドキュメントによると、
[CITE[TODAY]] のソースコードを読んだのが開発の発端だったとのこと
(ソースコードの直接的な継承関係は無い)。
ただし [[qreki]] のドキュメントの記述と >>583 の内容が一致しないので、
古い [CITE[TODAY]] は現在配布されているものと構成が大きく異なっていたのかもしれない。

;; [592] 
>>590 は[TIME[西暦1990年][1990]]時点の版からの派生 (バイナリーのみ)。
>>591 は[TIME[西暦1991年][1991]]時点の版からの派生 (バイナリーのみ)。
>>590 には[[旧暦]]変換表がなく (計算で出してる?)、
>>591 には[[旧暦]]変換表が同梱されている。
ここで実装方式が変わった模様。


** 比較

[98] 各対照表・変換ツールの出力は多くの日付に差異があります。
>>96、>>97 はそのうちのいくつかと[[先発グレゴリオ暦]]との対応関係が異なる部分を表にしたものです。
>>96 から特に差異が大きいものを除外したのが >>97 です。

[REFS[
- [96] [CITE[Comparison of Japanese Calendar tables]] ([TIME[2014-09-11 06:40:25 +09:00]] 版) <http://rawgit.com/manakai/data-locale/master/data/calendar/kyuureki-diff-all.html>
- [97] [CITE[Comparison of Japanese Calendar tables]] ([TIME[2014-09-11 06:39:34 +09:00]] 版) <http://rawgit.com/manakai/data-locale/master/data/calendar/kyuureki-diff-tables.html>
]REFS]

[111] 各対照表等のカバーする範囲は様々です。開始時期としては -710年 ([[神武天皇]]生年)、 -666年
([[神武東征]]年)、-659年 (神武天皇1年)、
推古天皇1年、大化元年、江戸時代初期などがあります。終了時期としては明治5年末、
出版日前後、2100年などがあります。ソフトウェアによっては過去または未来に無限に計算できるものもあります。
逆に20世紀や21世紀の前後十数年程度しか対応しないものもあります。
表にしてもソフトウェアにしても、実際に旧暦が用いられていた時期から離れるほど、
対応関係は怪しいものとなりますし、実用性も低いと思われます。

[113] 変換ソフトウェアの多くは、過去や未来の広範囲をカバーしていても、
そのうち正しい値を出力できるのはごく一部の時期に限られているようです。
特に[[天保暦]]の計算規則に日付を当てはめているだけのような実装は、
過去に実施された暦と多くの年でずれが生じています。
計算式のみで旧暦とグレゴリオ暦の変換を行うのは不可能です。

[114] 古代の日付は研究者間でも議論があり、[CITE[[[日本暦日原典]]]]だけでも版によって異なる箇所があります。
それを引用または孫引きした対照表や変換ソフトウェア、あるいはそれ以外の研究成果から訂正を加えたものなど様々なバリエーションが存在しています。現状では古代の日付の変換は信頼できるものと考えない方が良いでしょう。

[116] 近世の暦は当時のものが現存することもあり、どの対照表も同じ値になっているようです。
江戸時代最初期までは地方の暦が異なることがあったようですが、
いずれも[[京暦]]を採用することで一致しているようです。

[115] 明治6年の改暦後しばらくして旧暦の併記も廃止されているものの、
その後の日付はほとんどの対照表で値が一致しているようです。
[[旧暦2033年問題]]も、閏11月を置き他は順に配置すること
([[平成旧暦]])
でほぼ一致しています。

[112] 表によって[[西暦]]を[[先発グレゴリオ暦]]で表記しているものと[[ユリウス暦]]で表記しているものがあり、
注意が必要です。



[628] [CITE@ja[Emacsと暦 - [[Qiita]]]], [TIME[2023-02-06T05:46:18.000Z]] <https://qiita.com/kawabata@github/items/04c67296123c6394a273#%E5%8F%82%E8%80%83%E8%AE%96%E7%B7%AF%E8%AA%AC%E3%81%A8%E8%A5%BF%E6%9A%A6445%E5%B9%B4>

>戦後、この発見は公表され、すぐに定説となりました。これに従い「日本暦日原典」は暦表を西暦445年から始め、本書に倣った和暦の実装もまた、西暦445年(安康天皇からならば454年)から対応するのが一般的となりました。

(この発見 = [[小川清彦]]説)

[629] 
そんなに「一般的」かなあ? 表もソフトウェアも対応範囲はばらばらにしか見えないので、
統計データが提示されない限りは信じがたい。



** おかしな実装

[172] [[閏月]]と通常の[[月]]の違いは誤りやすいポイントです。
古くから、
[[暦]]の類に限らず[[日付]]表記でも、
[[閏]]をつけ忘れたり、誤ってつけたりするのは頻出のミスです。
[[閏月]]に馴染みがない現代人による対照表や実装でもこの種の問題は枚挙に暇がありません。
[[閏月]]が想定外で入出力できなかったり、
おかしな表示になることがあります。
[[閏月]]の表示がなく同名の[[月]]が繰り返されることがあります。
[[閏月]]が1ヶ月分欠落することがあります。
[[閏月]]と通常の[[月]]を逆に選択したり、ランダムに選択したりすることがあります。

[500] 
月名決定法に問題があるのか、月番号が飛んだり重複したりすることがあります。


* 中国暦との差異

[140] 日本の旧暦は中国の暦を輸入したものでしたが、日本本土 (琉球を除く。)
の暦は中国での計算方法の改訂に時折追随しつつ、
日本での観測結果に基づき独自に計算したものですから、
中国の暦とは一致しないこともありました。

[142] 明治22年/1889年 (日本は改暦後) の官報は、
[[清]]国の暦と日本の[[陰暦]]が異なる旨の注意を促しています [SRC[>>141]]。

;; [[東京天文台]]と清国[[順天府観象台]]の経度が23度17分異なっていました [SRC[>>141]]。

[45] >>44 によると、近年でも中国の[[農暦]]と日本の[[旧暦]]が異なることに気付かずに中国の[[旧暦]]を日本で出版することがあるようで、注意が必要です。

[261] [[農暦]]が記載された[[暦]]を[[外国]]で入手して[[日本]]で使っている人もいます [SRC[>>260]]
が、差異に気づいているのかどうかは不明です。

[394] 
[[Windows 10]] は[[日本]]向け[[日本語]]設定で動作中
[CSECTION[日付と時刻]]
の設定の
[CSECTION[タスクバーに追加のカレンダーを表示します]]
に
「追加のカレンダーを表示しない」
の他になぜか
「簡体字中国語 (旧暦)」
「繁体字中国語 (旧暦)」
オプション(だけ)が表示されます。
この2つの「旧暦」は[[日本の旧暦]]ではなく[[農暦]]なのですが、
そのことは明記されていません。
選択すると[[中国語]]表記の[[農暦]]の[[日付]]が[[タスクバー]]の日時欄をクリックすると表示される[[カレンダー]]のグレゴリオ暦日の直下に小さく表示されるようになります
(中華圏の[[カレンダー]]にありがちな日付表記と同様)。

;; [395] 
なぜ[[日本の旧暦]]に対応していないのに[[農暦]]だけ提供されているのか不明です。
[[中華人民共和国]]や[[台湾]]の設定でも当然表示されるのでしょうが、
[[日本]]以外の設定でも表示されるのかどうかは不明です。





[227] なお、[[越南の旧暦]]も[[中国式太陰太陽暦]]ですが、
計算上の[[時差]]により、やはり[[農暦]]や[[旧暦]]と日付が異なることがあります。

[REFS[
- [141] [CITE@ja[国立国会図書館デジタルコレクション - 官報. 1889年12月26日]] ([TIME[2015-11-20 09:36:04 +09:00]] 版) <http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2945199/3>
- [44] [CITE[旧暦の日付が違う?(2001年の騒動)(No.0150)]] ([[M.Suzuki]] 著, [TIME[2014-08-20 21:56:08 +09:00]] 版) <http://koyomi8.com/reki_doc/doc_0150.htm>

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[260] [CITE@ja[MITの暦 - 台湾沖縄透かし彫り]]
([TIME[2016-03-08 23:14:36 +09:00]] 版)
<http://taiwanokinawa.hatenablog.com/entry/2015/12/31/100436>
]FIGCAPTION]

> このところ、翌年の暦が売り出されるタイミングで台湾を訪れるチャンスに恵まれていて、MIT(made in Taiwan)の暦を手に入れることができている。日本など海外から入ってくる暦もまだまだ多いが、台湾製の暦も増えているように思う。
>  暦を選ぶときのポイントは第一に、旧暦(農暦)が刷ってあること。旧暦で行事が行われている沖縄では、旧暦がないと生活リズムをつくることができない。先日、台南の林百貨で暦を選んだときは、店員さんにわざわざ中を開けてもらい、確認してから購入した。

]FIG]
]REFS]

[396] [CITE[lit0184.pdf]], [TIME[2021-07-11T09:47:08.000Z]] <https://catalog.lib.kyushu-u.ac.jp/opac_download_md/1485055/lit0184.pdf#page=155>

[397] [CITE[日中暦日相違-2]], [TIME[2009-01-30T08:42:14.000Z]], [TIME[2021-07-11T09:52:29.300Z]] <http://www.asahi-net.or.jp/~jc1y-ishr/Kyuureki/RekijitsuSoui2.html>

* 文脈

[230] 現在では[[旧暦]]はほとんど使われません。

[231] 現在でも[[地方]]により、また[[行事]]により、
[[旧暦]]によって[[祭事]]等の実施の日を決めることがあります。
特に[[沖縄]]では[[旧暦]]が強く意識されていることが知られています。

[232] [[旧暦]]から求まる[[六曜]]を記載する[[カレンダー]]も少なくありません。
[[旧暦]]の[[日付]]を併記する[[カレンダー]]も珍しくはありません。
[[結婚式]]等の日次の決定には[[六曜]]が参照されることがよくあります。

[233] [[太陽暦]]より[[旧暦]]の方が良いなどと主張する人はあとを絶ちませんが、
あまり合理的な根拠を示している人はいないようです。
実際に[[太陽暦]]ではなく[[旧暦]]を使っている人がいるのかどうかは大変怪しいです。

[295] ほぼ毎日何らかの[[旧暦]]に関する[[Webページ]] (季節の話題の記事など) が作られる程度には、
まだ[[旧暦]]も関心を持たれています。

* 作品

[296] [[旧暦]]が話題に登場する作品:
[FIG(short list)[
- [CITE[さよなら絶望先生]]
]FIG]

* 旧暦に関するデマと迷信

[FIG(short list)[ [163] [[旧暦]]の[[迷信]]と[[デマ]]

- [[旧暦の月名]]
- [[月遅れ]]のことを旧暦という
- [[二十四節気]]のことを旧暦という
- [[立春旧暦正月説]]
- [[旧暦信仰]]

]FIG]

* 月名

[320] [[日本の月名]]のことを[[旧暦の月名]]のような言い方をする人もいます。
しかし[[日本]]では昔から[[月番号]]が正式な[[月名]]であり、
[[改暦]]によって[[月名]]から[[月番号]]に切り替わったわけではありません。
本項の[[旧暦]]と直接結びついたものではありません。

;; [[日本の月名]]を参照。

[321] [[月遅れ]]のことを[[旧暦]]ということがあります。
[[改暦]]により[[行事]]の日取りが[[旧暦]]から[[月遅れ]]に移行して[[旧暦]]に近い時期を保ったことを曖昧に表現したものと思われます。

* 日界

[15] かつての[[日本]]では、
現在とは違って[[正子]] ([TIME[午前0時][00:00]]) 以外を[[日界]]、
[[日]]の境界とする風習があり、
それを指して[[旧暦]]と呼ぶことがあります。

[80] 古い[[暦]]という意味で確かに[[旧暦]]といえなくもありませんが、
現在[[日本]]で一般にいう[[旧暦]]、
すなわち本項にある[[明治の改暦]]以前の[[暦]]という意味の[[旧暦]]としては、
[[日界]]は昔から[[正子]]だったので、
そうでない[[日界]]は[[旧暦]]ではありません・

* メモ

[REFS[
- [28] [CITE[Amazon.co.jp: 暦 (日本史小百科): 広瀬秀雄: 本]] ([TIME[2014-09-09 12:44:17 +09:00]] 版) <http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4772500545/wakaba1-22/>
- [62] [CITE[Amazon.co.jp: 暦 (日本史小百科): 広瀬 秀雄: 本]] ([TIME[2014-09-09 12:44:33 +09:00]] 版) <http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4490202172/wakaba1-22/>
- [2] [CITE@ja[旧暦 - Wikipedia]]
( ([TIME[2013-10-26 03:57:10 +09:00]] 版))
<http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A7%E6%9A%A6>
]REFS]

[4] [CITE@ja[国立天文台 | 質問3-5)「旧暦」は現在の暦より季節に合っているの?]]
( ([TIME[2013-04-18 02:18:46 +09:00]] 版))
<http://www.nao.ac.jp/faq/a0305.html>

[7] [CITE@ja[Wikipedia:表記ガイド - Wikipedia]]
( ([TIME[2014-08-30 10:54:34 +09:00]] 版))
<http://ja.wikipedia.org/wiki/Wikipedia:%E8%A1%A8%E8%A8%98%E3%82%AC%E3%82%A4%E3%83%89#.E5.B9.B4.E6.9C.88.E6.97.A5.E3.83.BB.E6.99.82.E9.96.93>

[10] [CITE@ja[和暦(宣明暦)について 【OKWave】]]
( ([TIME[2014-09-05 04:01:25 +09:00]] 版))
<http://okwave.jp/qa/q3758502.html>

[11] [CITE[幕末期の暦と時刻の違いによる混乱 - かつて日本は美しかった]]
( ([TIME[2013-07-30 14:34:15 +09:00]] 版))
<http://d.hatena.ne.jp/jjtaro_maru/20130104/1357288107>

[12] [CITE@ja[暦Wiki/歴史 - 国立天文台暦計算室]]
( ([TIME[2014-06-25 06:18:53 +09:00]] 版))
<http://eco.mtk.nao.ac.jp/koyomi/wiki/CEF2BBCB.html>

[43] [CITE[正倉院文書調査 syoho15-saiho]]
( ([TIME[2014-09-07 06:13:32 +09:00]] 版))
<http://www.hi.u-tokyo.ac.jp/publication/syoho/15/saiho_shousouin%20monjo.html>

[57] [CITE[鎌倉時代の暦日変更]]
( ([TIME[2010-12-18 01:44:57 +09:00]] 版))
<http://www.asahi-net.or.jp/~jc1y-ishr/Kyuureki/Kamakura_Rekijitsuhenkou2.html>

[99] [CITE[新暦と旧暦を対照できる資料を調べる | 調べ方案内 | 国立国会図書館]]
( ([TIME[2014-09-11 09:01:57 +09:00]] 版))
<https://rnavi.ndl.go.jp/research_guide/entry/theme-honbun-400108.php>

[100] [CITE@ja[公卿類別譜(公家の歴史)-和暦・西暦対照表〔インデックス〕]]
( ([TIME[2014-09-11 09:05:27 +09:00]] 版))
<http://park.geocities.jp/okugesan_com2/>

[103] [CITE[「和暦-西暦変換」エクセルの詳細情報 : Vector ソフトを探す!]]
( ([TIME[2014-09-11 09:13:07 +09:00]] 版))
<http://www.vector.co.jp/soft/winnt/edu/se497750.html>

[104] ( ([TIME[2014-08-08 09:56:52 +09:00]] 版))
<http://www.media.saigaku.ac.jp/bulletin/pdf/vol1/human/08_yuasa.pdf>

[105] ( ([TIME[2006-12-12 06:51:44 +09:00]] 版))
<http://ir.lib.hiroshima-u.ac.jp/metadb/up/kiyo/AN10113157/nk_19_37.pdf>

[FIG(amazon)[
旧暦
]FIG]

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[122] [CITE@ja[公卿類別譜(公家の歴史)-和暦・西暦対照表〔インデックス〕]]
([TIME[2015-06-25 09:17:49 +09:00]] 版)
<http://park.geocities.jp/okugesan_com2/>
]FIGCAPTION]

> 本表とウィキペディアの相違箇所。
> 延暦9年2月・3月
> 延暦10年4月・5月
> 大同2年9月・10月
> 弘仁元年10月・11月
> 弘仁9年4月・5月
> 弘仁14年9月・10月

]FIG]


[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[159] [CITE@ja[お盆 - Wikipedia]]
([TIME[2015-12-19 09:16:26 +09:00]] 版)
<https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%8A%E7%9B%86>
]FIGCAPTION]

> 太陰太陽暦である和暦(天保暦など旧暦という)

]FIG]


[160] [CITE[日中暦日相違、「後の月」考]]
([TIME[2008-06-28 10:25:12 +09:00]] 版)
<http://www.asahi-net.or.jp/~jc1y-ishr/Kyuureki/RekijitsuSoui.html>

[161] [CITE[江戸時代暦復元プロジェクト:貞享暦~天保暦]]
([TIME[2015-11-13 10:40:08 +09:00]] 版)
<http://www.asahi-net.or.jp/~jc1y-ishr/Kyuureki/EdoCalendar/>

[162] [CITE[旧暦/グレゴリオ暦対照表]]
([TIME[2015-09-15 10:22:16 +09:00]] 版)
<http://www.asahi-net.or.jp/~jc1y-ishr/Kyuureki/>



[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[166] [CITE@ja[改暦 - Wikipedia]]
([TIME[2015-12-07 23:37:06 +09:00]] 版)
<https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%94%B9%E6%9A%A6>
]FIGCAPTION]

> 貞観4年(862年)から採用された宣明暦は最終的には貞享元年(1684年)まで、823年間の長きに亙って使用されることとなったが、その間に本来の暦算結果によって編纂された暦に対して、月の大小や閏月の配置を変更することで意図的に暦の日付や干支を変えることが行われた。こうした変更のことも「改暦」と称した(ただし、宣明暦の前の大衍暦時代にも1度だけ改暦が行われている)。そのため、今日において暦法の正規の計算方法に従って過去の暦日を算出した場合においても、意図的な「改暦」によって実際に実施された暦と違う場合がある。それどころか、暦の頒布が完了した後で「改暦」が行われたために、現存する暦の日付と実際に行われた暦の日付が異なるという事態も発生し得た。

]FIG]



[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[168] [CITE[薩摩暦]]
([TIME[2016-01-07 23:59:56 +09:00]] 版)
<http://www.uchiyama.info/oriori/shiseki/playback/koyomi/>
]FIGCAPTION]

> 薩摩暦では中世以来、独自の暦を作ってきたと言われているが、この貞亭改暦以降、幕府の天文方に藩士を派遣して天文暦学を学ばせた。
>  薩摩の開明政策を推し進めた島津家第25代島津重豪は、安永8年(1779)、天文観測所である「明時館」を創設した。ここでは、渾天儀、枢星鏡、ゾンガラス(サングラス)などを使って天文観測が行われ、薩摩ではその成果をもとに独自の「薩摩暦」を作成しており、幕府から特別に藩内の暦を作ることを許されていた唯一の藩でもあった。なお、いつ幕府の許可を得て、いつから藩内の作暦を始めたかについては諸説がある。

]FIG]


[169] [CITE[旧暦の仕組み]]
([TIME[2005-06-10 09:50:20 +09:00]] 版)
<http://homepage2.nifty.com/o-tajima/rekidaso/calendar.htm>



[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[177] [CITE[ 『看聞御記』に見えた新月の観測と 『三正綜覧』の1誤謬]]
([[小川清彦]]著、 [TIME[2014-05-27 21:34:11 +09:00]] 版)
<http://fomalhautpsa.sakura.ne.jp/Science/OgawaKiyohiko/sanseisoran.pdf>
]FIGCAPTION]

> これは永享 5 年 (1433)8 月の大小 2) を論じたもので
> あるが『三正綜覧 3)』によると 8 月は大である。この事を頭に入れておいて文意
> を探ってみるとどうしても解釈不可能なのであった。しかるにその後、8 月は小
> であったことが確められた。

]FIG]




[178] [CITE[日本暦学史案内]]
([TIME[2008-01-19 19:09:36 +09:00]] 版)
<http://www.asj.or.jp/geppou/archive_open/1981/pdf/19810105.pdf>

[179] [CITE[日付と干支の問題]]
([TIME[2016-01-17 18:39:00 +09:00]] 版)
<http://repo.komazawa-u.ac.jp/opac/repository/all/24451/KJ00005088683.pdf>

[180] [CITE[和銅年間における日唐の暦日の相違]]
([TIME[2013-04-22 19:13:08 +09:00]] 版)
<http://optik2.mtk.nao.ac.jp/~somamt/gendai3/094-099MWatanabe.pdf>

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[181] [CITE[守常ブログ データー集]]
([TIME[2016-01-17 18:45:17 +09:00]] 版)
<http://www.u4ren6.com/Moritsune/Moritsune.html>
]FIGCAPTION]

> 岡田芳朗教授は、三代将軍徳川家光が、将軍宣下の御礼のために上洛したとき、関東と関西とで日付が一日違っていて大騒ぎになったという話(『陰暦と日本人』実業之日本社刊1978)を記るしている。家光が将軍になったのは元和九年(1623)七月で、幕府は八月に御料一万石を奉っているから、この頃のことと思うが『徳川実紀』にも出ていないので私はこの話を知らない

]FIG]


[182] [CITE[日本書紀朔日考]]
([TIME[2016-01-17 18:45:17 +09:00]] 版)
<http://www.u4ren6.com/Moritsune/Moritsune.html>


[186] [CITE[『日本書紀』の編纂における暦日の設定]]
([TIME[2015-04-24 10:38:21 +09:00]] 版)
<http://ir.lib.hiroshima-u.ac.jp/files/public/15999/20141016124412120581/nk_19_37.pdf>

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[187] [CITE[春秋左氏伝の暦日研究]]
([TIME[2011-05-18 16:55:23 +09:00]] 版)
<http://wwwd.pikara.ne.jp/tomoro-chan/>
]FIGCAPTION]

> なお、本書で
> は、ごくまれに(ほとんど参考程度に)「日本書紀暦」というものがでてくるが、これは小川清彦氏の「日本書紀
> の暦日について」を参考にして、儀鳳暦をプログラムしたものである。置閏を12月に固定しない点を除けば、夏暦
> に近い暦法である。これについては、内田正男『日本書紀暦日原典』(雄山閣)に詳細な記述がある。  

]FIG]


[188] [CITE[日本書紀の暦日について]]
([[小川清彦]]著、[TIME[2015-05-05 13:10:26 +09:00]] 版)
<http://fomalhautpsa.sakura.ne.jp/Science/OgawaKiyohiko/shoki-rekijyutu.pdf>

[189] [CITE[日本書紀の暦日の正体]]
([[小川清彦]]著、[TIME[2015-06-02 08:42:11 +09:00]] 版)
<http://fomalhautpsa.sakura.ne.jp/Science/OgawaKiyohiko/rekijitu-shotai.pdf>


[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[196] [CITE@ja[和暦・西暦対照表〔インデックス〕-公卿類別譜(公家の歴史)]]
([TIME[2016-01-19 14:48:31 +09:00]] 版)
<http://www.geocities.jp/okugesan_com/taishohyo/index.html>
]FIGCAPTION]

> 2014年10月10日 追記 本サイトの月の大小のデータは、日本暦日原典を基に作成しています。
> ウィキペディアの月の大小の値は、日本暦日原典・三正綜覧とは 一致しない部分が数箇所ありました。多くの計算サイトがウィキペディアのデータ(ウィキの元データは、 おそらくは「大日本年表」辻善之助または、「本朝統暦」安藤有益)を元にしているようなので、 計算結果の違いは、自己責任で判断してください。
> 本表とウィキペディアの相違箇所。
> 延暦9年2月・3月
> 延暦10年4月・5月
> 大同2年9月・10月
> 弘仁元年10月・11月
> 弘仁9年4月・5月
> 弘仁14年9月・10月

]FIG]

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[199] [CITE@ja[景初 - Wikipedia]]
([TIME[2015-12-24 12:36:58 +09:00]] 版)
<https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%99%AF%E5%88%9D>
]FIGCAPTION]

> 平勢隆郎は、魏書明帝紀には景初改暦時に伴う正月の変更(青龍4年は11月で終わるため)によって本来は存在しない筈の青龍4年12月の記事が実際には存在していることなどを指摘して、景初改暦の際にその暦元として採用された壬辰と同じ辰の年(丙辰)である前年の青龍4年(西暦236年)に遡及させて景初元年としたものの、その後魏晋革命の影響によって元に戻されたために正史の記事に混乱が生じたり、正史に基づけば本来はある筈のない「景初4年」銘の三角縁神獣鏡が存在したりする(同説に基づけば、景初は4年まで存在するため)とした説を唱えている'''['''1''']'''。

]FIG]


[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[200] [CITE[中国農暦 chinese calendar 中国万年暦]]
([TIME[2015-12-25 16:38:14 +09:00]] 版)
<http://www2s.biglobe.ne.jp/~yoss/worldtime/radnelac%20ranul%20esenlhc.html>
]FIGCAPTION]

> 日本の 旧暦で使っている時間帯は東経135度日本標準時( UTC+9 )、改暦前の天保暦は京都の経度、東経135度
>  46分、( UTC+9:03 )を使用しているため現行の旧暦とはわずかに異なる。

]FIG]


[201] [CITE@ja[旧暦の1700年問題 旧暦の2033年問題を解決するヒントがここにある]]
([[Katsuji YAMAMOTO]] 著, [TIME[2015-05-25 19:39:02 +09:00]] 版)
<http://homepage2.nifty.com/yamakatsu/cal_kyuureki_1700.html>

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[202] [CITE[和暦西暦変換 - WWW pages by Toshihito Ishida]]
([TIME[2016-01-25 01:28:45 +09:00]] 版)
<http://www.nhao.jp/~ishida/wiki.cgi?page=%CF%C2%CE%F1%C0%BE%CE%F1%CA%D1%B4%B9>
]FIGCAPTION]

> もう一つちなみに、Wikipediaの赤穂事件の記述には、対応する西暦の日付としてグレゴリオ暦に改暦した後のことなのに、なぜかユリウス暦の日付が書かれています。

]FIG]


[203] [CITE@ja[KAKEN - 日本古代の時間制度・観念と初期陰陽道に関する研究(22520700) - 2012年度研究実績報告書]]
([TIME[2016-01-18 03:52:59 +09:00]] 版)
<https://kaken.nii.ac.jp/d/p/22520700/2012/3/ja.ja.html>

[204] [CITE@ja[KAKEN - 日本古代の時間制度・観念と初期陰陽道に関する研究(22520700)]]
([TIME[2016-01-18 03:52:59 +09:00]] 版)
<https://kaken.nii.ac.jp/d/p/22520700.ja.html>





[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[209] [CITE@ja[旧正月の日付が違います 中国と日本 - 琉球新報 - 沖縄の新聞、地域のニュース]]
(1997年2月7日 11:30 付け、 [TIME[2016-01-25 17:46:57 +09:00]] 版)
<http://ryukyushimpo.jp/news/prentry-88440.html>
]FIGCAPTION]

> 過去50年間でこのような食い違いがでたのは、1951年、54年、58年、66年、88年に続いて今年が6回目。

]FIG]


[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[210] [CITE[旧暦と沖縄の年中行事|旧暦と沖縄の年中行事|沖縄観光情報WEBサイトおきなわ物語]]
([TIME[2016-01-25 18:07:38 +09:00]] 版)
<http://www.okinawastory.jp/special/tokusyu_1002/0600007025.html>
]FIGCAPTION]

> 本土復帰前に琉球政府によって「新正月一本化」が推奨され、現在沖縄では新正月が主流となっていますが、一方で、神仏への御願のために旧正月と新正月の両方を祝う家庭もあります。

]FIG]


[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[211] [CITE@ja[前川守賢 - Wikipedia]]
([TIME[2015-12-25 18:08:14 +09:00]] 版)
<https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%89%8D%E5%B7%9D%E5%AE%88%E8%B3%A2>
]FIGCAPTION]

> 前川 守賢(まえかわ しゅけん、1960年1月28日 - )は沖縄民謡歌手である。
> 父・前川守康(漫談師)の次男として名護の劇場にて生まれる。誕生日が旧正月だったことから、命名まで「元(げん)ちゃん」と呼ばれたが、今なおこの名が愛称として呼び親しまれている。

]FIG]

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[215] [CITE[''''''[''''''無料'''''']'''''' 旧暦カレンダー | Android(アンドロイド)情報の総合ポータル - AndroWire]]
([TIME[2016-02-01 12:00:53 +09:00]] 版)
<http://androwire.jp/apps/jp.knz1962.lunarcalendar.app/%E6%97%A7%E6%9A%A6%E3%82%AB%E3%83%AC%E3%83%B3%E3%83%80%E3%83%BC/>
]FIGCAPTION]

> 使用しているスマホやタブレットのタイムゾーン設定に従って旧暦を計算していますので、時差の関係で日付けが1日ずれる場合があります。タイムゾーンを日本標準時に設定することで日本の旧暦を知ることができます。

]FIG]



[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[218] [CITE[鹿島暦の籤 suchowan's blog/ウェブリブログ]]
([TIME[2015-04-07 08:48:34 +09:00]] 版)
<http://suchowan.at.webry.info/201504/article_5.html>
]FIGCAPTION]

> 一番うけたのは細井さんの「鹿島暦では閏月を籤で決めていた」
> というエピソード'''['''1''']'''
> 朔旦冬至後最初の閏月が閏八月'''['''2''']'''になるのを避けるため、他のどの
> 月を閏にするかを籤で決めたとのこと。
> '''['''1''']''' 桃裕行「神託で閏月をきめること」 <http://id.ndl.go.jp/bib/687602>

]FIG]


[219] [CITE@ja[(第124号) ~伝統ある奈良の暦~ 南都暦 (平成10年9月1日号)|三島市]]
([TIME[2014-08-13 17:14:00 +09:00]] 版)
<https://www.city.mishima.shizuoka.jp/ipn000109.html>


[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[222] [CITE[旧暦の仕組み]]
([TIME[2016-02-01 12:56:31 +09:00]] 版)
<http://www.geocities.jp/izumokaegaki/kyuureki/2_nihon.htm>
]FIGCAPTION]

> 468	応仁2	京暦の作暦が遅れ、南都暦が独自で作暦。両暦の間に1日相違ができる。

]FIG]


[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[223] ([TIME[2012-08-29 19:35:33 +09:00]] 版)
<http://www.d1.dion.ne.jp/~ueharas/seiten/gt39/kyureki6.htm>
]FIGCAPTION]

> 旧暦を新暦に押し込める方法

]FIG]





[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[237] [CITE@ja[新年快樂!春を迎えに。旧暦で暮らす。 – Hitomi Arai web]]
([TIME[2016-02-09 12:06:10 +09:00]] 版)
<http://hitomiarai.info/2016/02/09/newyear/>
]FIGCAPTION]

> 以前は、旧暦手帳を3年?いや、4年だな
> 使っていたこともあります。
> 今は他の会社でも旧暦手帳が出版されているようだけど
> 当時はそんな選択肢はなかったんじゃないかな。
> 私はずっとここのサイトのを使っていました。
> バースデームーンのワークショップも受けたことある。
> tsukinokoyomi
> メインで書かれているのが、旧暦で、右端に新暦(グレゴリオ暦)が書かれているので
> よく、仕事の打ち合わせのときに
> 「みぃさん、それ違いますよ日付!!!」
> とか言われていました。
> 日本にいたときは、家の横で家庭菜園
> (といっても100坪もある)をしていたし、
> ハーブの採取も暦を確認してから行っていましたから
> お月様の運行はやはり気になって、
> 旧暦にどっぷり浸かっていました。

]FIG]

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[239] [CITE@ja[プロジェクト‐ノート:紀年法 - Wikipedia]]
([TIME[2016-02-11 10:54:55 +09:00]] 版)
<https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%97%E3%83%AD%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%82%AF%E3%83%88%E2%80%90%E3%83%8E%E3%83%BC%E3%83%88:%E7%B4%80%E5%B9%B4%E6%B3%95>
]FIGCAPTION]

> 宣徳暦時代には御暦奏の儀が終わった(本来はこれによって来年の暦が確定する)後で物言いがついて改暦(この場合は閏月などの変更)が行われる場合もあり、この場合の宣旨などは現存していない場合も多いために、暦として伝わっている日付の配置と実際の日付の配置が違っていても分からない可能性があるという信じられない事例(というより、最早地雷か?)も存在するために研究されている方も苦労されているようです。

]FIG]

[241] [CITE[『続日本紀』淳仁天皇即位前紀の成立段階―暦日の観点から]]
([TIME[2016-02-12 22:36:38 +09:00]] 版)
<http://ci.nii.ac.jp/els/110009557514.pdf?id=ART0010003706&type=pdf&lang=en&host=cinii&order_no=&ppv_type=0&lang_sw=&no=1455284198&cp=>

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[243] [CITE[新聞記事文庫 : 神戸又新日報 1923.3.25]]
([TIME[2016-02-13 14:52:25 +09:00]] 版)
<http://www.lib.kobe-u.ac.jp/das/ContentViewServlet?METAID=00737729&TYPE=HTML_FILE&POS=1&LANG=null>
]FIGCAPTION]

> 農商務省は過般の省議で本年以後米穀に余剰を生じ買付の必要ある場合には実収高の発表を俟たずして第二回米収穫予想高に基き買付方針を定め成るべく新米出廻りの期殊に農家が最も資金を要する旧正月前に於て買付に着手する事に決定したと云う(東京電話) 
> 

]FIG]


[244] [CITE@ja[天正十年改暦問題 - Consume Mind]]
([TIME[2016-02-13 15:20:46 +09:00]] 版)
<http://seesaawiki.jp/consume_mind/d/%C5%B7%C0%B5%BD%BD%C7%AF%B2%FE%CE%F1%CC%E4%C2%EA>


- [245] 
[CITE[宣明暦行用時代における推算と暦日]],
[[小川清彦]],
[TIME[2015-04-12 10:27:02 +09:00]] 版
<http://fomalhautpsa.sakura.ne.jp/Science/OgawaKiyohiko/senmyoreki.pdf>
-- [255] 
初出:
[CITE[天文月報]] 巻35 No.7-8,
[TIME[1942][year:1942]]
-- [234] [CITE[小川清彦著作集 古天文・暦日の研究――天文学で解く歴史の謎――]],
[[齊藤国治]]編著, 
[TIME[1997][year:1997]]
所収
--
[FIG(quote)[

> 『便覧』は『後鳥羽院御集』に「四月十四日庚申御会」とある記録などに拠っ
> たもので、これならば 4 月丁未朔となり、5 月も自然丁丑朔となるから、推算と
> 一致していたわけである。
> しか
> 然るに『皇和通暦』及び『三正綜覧』は『吾妻鏡』に
> 拠って上の如く決めた。管見によれば、この『吾妻鏡』の暦日は京暦とは別な関
> 東で造られた暦(三島暦?)に従ったものではなかったろうか(ただしそれはこ
> の場合には推算を誤っていた)。『吾妻鏡』の暦日をこの観点から再検討を試みる
> のもあながち無用の業ではなかろうと思われる。

> 応仁 2 年閏 10 月(1468)『碧山日録』に「応仁二年正月十二日癸酉。天文博士
> 所制之暦 以十月為閏、辺邦所出之暦、以十二月為閏、不知何善、正其真、以為
> 数也、余以順九逆五之数、校焉、則十月為宜、閏十月一日丁巳、南京暦 奈良 
> 幸徳井 錯失律数、以十二月為閏、不可取焉」とある。こんな判定法を振り回さ
> れても迷惑であろうが、当時頒暦が未だ統制されていなかったことを示すものと
> してこの記事は頒暦史上有用な参考資料となるものであろう。

]FIG]
-- [447] 出典:
--- [448] 「推算」 [[小川清彦]]による暦算
--- [246] 「長暦」 [CITE[[[日本長暦]]]]
--- [247] 「通暦」 [CITE[皇和通暦]]
--- [449] 「便覧」 [CITE[年代対照便覧並陰陽暦対照表]]
--- [106] 「三正」 [CITE[三正綜覧]]

[249] [CITE[古代日本の曆に就て(10) ]]
([[S・I]] 著、 [TIME[1941-01-01]]、[TIME[2013-01-11 18:03:07 +09:00]] 版)
<http://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/168118/1/tnk000236_045.pdf>

[250] [CITE[古代日本の曆に就て(1) ]]
([[S・I]] 著、[TIME[1940-01-25]]、[TIME[2013-01-09 18:03:53 +09:00]] 版)
<http://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/167940/1/tnk000226_102.pdf>

[252] [CITE@ja[天保暦 - Wikipedia]]
( ([TIME[2014-08-04 23:33:00 +09:00]] 版))
<http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A9%E4%BF%9D%E6%9A%A6>

[253] [CITE@ja[suchowan's UniWiki Calendar/When/Exe/暦説明/本編/日本/補足/天保暦置閏法の謎]]
( ([TIME[2014-09-05 03:28:41 +09:00]] 版))
<http://hosi.org/u/wiki.cgi?Calendar%2FWhen%2FExe%2F%E6%9A%A6%E8%AA%AC%E6%98%8E%2F%E6%9C%AC%E7%B7%A8%2F%E6%97%A5%E6%9C%AC%2F%E8%A3%9C%E8%B6%B3%2F%E5%A4%A9%E4%BF%9D%E6%9A%A6%E7%BD%AE%E9%96%8F%E6%B3%95%E3%81%AE%E8%AC%8E>



[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[263] [CITE[平安時代の信仰と宗教儀礼 - 三橋正 - Google ブックス]] ([TIME[2016-03-11 00:36:49 +09:00]] 版) <https://books.google.co.jp/books?id=93jj4xf6q94C&lpg=PT572&vq=%E9%95%B7%E6%9A%A6%E4%B8%89%E5%B9%B4%E3%81%AE%E6%9A%A6&hl=ja&pg=PT572#v=snippet&q=%22%E9%95%B7%E6%9A%A6%E4%B8%89%E5%B9%B4%E3%81%AE%E6%9A%A6%22&f=false>
]FIGCAPTION]

>
[CITE[春記]]長暦二年十一月廿七日・十二月一日・十五日・同三年十月一日条、
[CITE[百錬抄]]長暦三年五月廿三日条などによれば、
長暦三年の暦について、暦博士賀茂守道のものと宿曜師證昭のものとでは月の大小雑注に違いがあり、
それは両者が共同して暦を作ることをしなくなったためであった。なお、
この前後から後述する日蝕・月蝕の予測についても陰陽道と宿曜道
(及び算道) が異なる勘申をするようになり、対立の構図が明確になっていく。
齋藤勵[CITE[王朝時代の陰陽道]] (日本文化名著選、創元社、一九四七年)
第六章「暦道と暦占と」参照。

;; [TIME[長暦3年 = 1039年][1039]]

]FIG]


[264] [CITE[Akou-Roushi's Uchiiri is in 1702 or 1703?]]
([TIME[2013-02-10 12:00:21 +09:00]] 版)
<http://nanyanen.jp/history/yeargap.html>

[267] [CITE@ja[長暦 (暦) - Wikipedia]]
([TIME[2016-03-09 21:23:55 +09:00]] 版)
<https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%95%B7%E6%9A%A6_(%E6%9A%A6)>

[272] [CITE[『日本書紀』 の暦日]]
([TIME[2015-04-24 10:38:11 +09:00]] 版)
<https://ir.lib.hiroshima-u.ac.jp/files/public/15983/20141016124403805074/nk_16_1.pdf>

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[282] [CITE@ja[2016年度旧暦勉強会<大阪会場>ご案内 | NPO法人 南太平洋協会]]
( ([TIME[2016-05-31 11:11:53 +09:00]]))
<http://aspa-osaka.com/info/1372>
]FIGCAPTION]

> 講師:松村賢治氏(当会理事長・建築家・「旧暦と暮らす」著者)
> 会費:ASPA会員とその家族→無料、ASPA旧暦愛用者→500円一般→1000円(テキスト代)
> *参加者の方には、ASPA2016年度版旧暦カレンダー1Pプレゼント!

]FIG]


[283] [CITE[おりおりに和暦のあるくらし | 旧暦くらし研究会, RARI YOSHIO | 本 | Amazon.co.jp]]
( ([TIME[2016-05-31 11:13:09 +09:00]]))
<http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/404853792X/wakaba1-22/>

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[284] [CITE@ja[地方の神社の氏子ですが、神社祭礼をこれまで旧暦で催行していました... - Yahoo!知恵袋]]
([TIME[2016-07-12 09:48:41 +09:00]])
<http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q14160995114>
]FIGCAPTION]

> 地方の神社の氏子ですが、神社祭礼をこれまで旧暦で催行していましたが、現代に合わなくなり新暦(土日催行)に改めようとしています。
> 春祭りは移動しましたが、春祭りと一緒にやっていた祈年祭は変更できないと宮司に言われ、現在同時期に二つの祭りを別々の日に催行するに至ってしまいました。

]FIG]


[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[285] [CITE@ja[Windows 10 Mobileの「Outlook カレンダー」なら簡単に旧暦や六曜、干支を確認できる - マルわかり!Windows 10 Mobileガイド - 窓の杜]]
([[株式会社インプレス]]著, [TIME[2016-07-21 09:04:25 +09:00]])
<http://forest.watch.impress.co.jp/docs/serial/w10mguide/1010387.html>
]FIGCAPTION]

>  「Outlook カレンダー」には、日々のスケジュールとは別に情報を追加する“その他のカレンダー”機能が用意されている。例えば英語用なら“グレゴリオ暦”や“イスラム暦”、日本語用なら“旧暦”“六曜”“干支”の3種類が追加可能だ。

]FIG]




[291] [CITE@ja[暦制史 - Uyopedia]]
([TIME[2014-06-23 23:35:33 +09:00]])
<http://uyopedia.a.freewiki.in/index.php/%E6%9A%A6%E5%88%B6%E5%8F%B2>

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[292] [CITE@ja[樺太日記162:1912年11月10日大正二年の暦の特徴は?: てんき屋の風船な日々]]
([TIME[2016-09-24 11:37:13 +09:00]])
<http://ezo-engosaku.seesaa.net/article/399165983.html>
]FIGCAPTION]

> 1912年(大正元年)11月10日 樺太日日新聞
> ●大正二年の新暦が頒布さる
> 大正二年の暦は例年の如く 十一月一日 伊勢の神宮神部署から宮中へ献本の上 一般に頒布された
> 先づ変更された大祭祝日は何んな風に暦に載って居るかと見るに 表紙や表題には『大正二年暦』又は『大正二年略暦平年 癸丑』と立派に出ているが 何しろ百九十万といふ印刷部数である為 大祭祝日の変更勅令の発布になった九月四日には既に七分通印刷した時であったから 休日表には今年と同じく元の儘で出て居て 別に『印刷改訂』の貼紙がしてある

]FIG]



[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[297] [CITE[●佐野乾山に関する真贋論争]]
( ([TIME[2002-01-19 03:10:07 +09:00]]))
<http://homepage2.nifty.com/hokusai/sano/ronsou.htm>
]FIGCAPTION]

> 当時は旧暦なのにいたるところに太陽暦が出てくる。たとえば「元文初夏六月」の一節、初夏とは旧暦四月の別名である。はっきり「六月」と書いた一枚にアジサイとツバメの絵があり”初夏の水面にうつすあで姿いろとりどりにきそうあじさい”の歌がある。これは太陽暦を読んでいる。

]FIG]




[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[306] [CITE@ja[厄払いの時期は旧暦に則り1月28日以降にしたほうがいい (NEWS ポストセブン) - Yahoo!ニュース]]
([TIME[2016-12-20 12:06:43 +09:00]])
<http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20161219-00000006-pseven-life>
]FIGCAPTION]

>  日常生活と違い、神事は今も旧暦で行なわれる。日常生活では新暦1月1日が正月で、その日に神社に参拝することが初詣となるが、旧暦の2017年の正月は新暦の1月28日。だから、その日にお参りすれば本当の初詣をしたことになる。
>  初詣はまだしも厄祓いは旧暦に則った方がいい。厄年は数え年で数えるので、誕生日ではなく、年の始めから厄年に入る。1月28日以降に厄払いをしよう。

]FIG]


[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[307] [CITE@ja[沖縄自慢 第一牧志公設市場 公式サイト]]
([TIME[2017-01-24 18:53:34 +09:00]])
<http://kousetsu-ichiba.com/>
]FIGCAPTION]

> ■休日
> 毎月第4日曜日
> (12月は除く)
> 正月:1月1日、2日、3日
> 旧正月:旧暦1月1日、2日
> 旧盆:旧暦7月16日、17日

]FIG]


[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[308] [CITE@ja[生活には旧暦が色濃く残る。ウミンチュの町 | 沖縄本島・南部の暮らし]]
([TIME[2017-02-02 12:06:11 +09:00]])
<http://ambialetmusic.com/life/>
]FIGCAPTION]

> 月の満ち欠けで一年を過ごし、潮の満ち引きで海の状況を判断し漁に出るウミンチュたちの存在が大きい糸満では、新正月より旧正月を盛大に祝う地域が少なくない。もちろん新正月も祝うので子どもたちは、2回もお年玉が貰えると大喜びだ。旧正月だけでなく、糸満バーレー、糸満大綱引などの祭りも旧暦で行われる。
> この日は糸満市だけ学校も半ドンになり、旧暦文化を子どもの頃から体験させられるのだ。

]FIG]


[309] [CITE@ja[今日は節分! ~旧暦の大晦日です~│プロサポート-スタッフ日記- ]]
([TIME[2017-02-04 10:52:00 +09:00]])
<http://prosupport.gunmablog.net/e379602.html>

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[310] [CITE@ja[二十四節気「立春」。今年も春は着実に近づいて 〈tenki.jp〉|dot.ドット 朝日新聞出版]]
([TIME[2017-02-05 11:13:27 +09:00]])
<https://dot.asahi.com/tenkijp/suppl/2017020400014.html>
]FIGCAPTION]

> 春が立つと書いて「立春」。旧暦ではこの日が一年の始めとされ、八十八夜や土用など、雑節の基準日にもなっています。

> まさに春到来の予兆が感じられるような二十四節気「立春」を迎えました。暦便覧には「春の気立つをもってなり」と記され、天文学的には太陽が黄経315度の点を通過するとき。旧暦の新年もちょうどこのころで、立春に最も近い新月の日となります。

]FIG]

[311] 同じ[[文章]]で何の断りもなく2つの異なる説明が混在しているが、[[朝日新聞]]は校正とかしてないのか?

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[312] [CITE[未依のブログ: 旧暦の新年のはじまり]]
([TIME[2017-02-05 04:47:15 +09:00]])
<http://mii315.blogspot.jp/2017/02/blog-post_4.html>
]FIGCAPTION]

> 2017年2月4日土曜日
> 旧暦の新年のはじまり
> まだ去年の運気なのよ。
> とご説明していましたが
> 旧暦では
> 2017年にようやく突入しました。
> 占いの上での2017年は本日が
> スタートです。

]FIG]


[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[315] [CITE@ja[小渋川 - Wikipedia]]
([TIME[2017-02-05 00:09:19 +09:00]])
<https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E6%B8%8B%E5%B7%9D#cite_note-17>
]FIGCAPTION]

> 文献によっては単に「7月」ではなく「旧暦7月」とするものもある。『小渋川水系に生きる -人と水と土と木と-』では「明治31年7月(旧暦)」としたうえで、7月21日の夜に山抜けが起きたとしている'''['''5''']'''。ここでは新旧には触れず、単に「7月」とした。

]FIG]

[316] 明治31年にもなっての出来事なのに[[旧暦]]か[[新暦][グレゴリオ暦]]かわからないとは、
地方の住民の生活でいかに[[旧暦]]が根強く使われ続けていたのかがうかがえます。

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[317] [CITE@ja[タックインでファンタ:旧暦]]
([TIME[2017-03-27 12:20:18 +09:00]])
<http://kiyomiyaoffice.ashita-sanuki.jp/e1001430.html>
]FIGCAPTION]

> 昭和生活を目指すなら、旧暦でしょ。社会とのつながりも殆どないので、1月ずれても問題なし、季節がずれてる昨今だが、旧暦生活(と言っても何をして良いやら)しましょ。旧暦関連の本をまず読んで、行事を考えて、行動しますお。

]FIG]

[318] まあ[[昭和]]といっても長い時代だからいろいろですけど... [[旧暦]]の一掃が進んだ時代ですよね。
なんだかんだでまだ[[旧暦]]を使っていた[[明治時代]]とは違って、
[[昭和]]の人達は生まれたときから[[新暦][グレゴリオ暦]]がある世代ですし。
ほんとにそれで[[昭和]]生活とやらが実現できるんですかねぇ。

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[319] [CITE@ja[グレゴリオ暦 - Wikipedia]]
([TIME[2017-04-26 18:07:11 +09:00]])
<https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B0%E3%83%AC%E3%82%B4%E3%83%AA%E3%82%AA%E6%9A%A6#.E3.82.B0.E3.83.AC.E3.82.B4.E3.83.AA.E3.82.AA.E6.9A.A6.E5.B0.8E.E5.85.A5.E3.81.AE.E7.B5.8C.E7.B7.AF>
]FIGCAPTION]

> 2010年(平成22年):(非公式)この年をもって海上保安庁海洋情報部による非公式な新暦旧暦の対照表の公表が終了した(海洋情報部による暦関連の業務は、天測暦他の必要性によるもので、旧海軍水路部の明治以来のものである)。

]FIG]


[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[322] [CITE@ja[「旧暦が試験に出る」:干瀬のまれびとの座]]
( ([TIME[2017-08-05 12:24:18 +09:00]]))
<http://hisenomarebito.ti-da.net/e9761021.html>
]FIGCAPTION]

> 過去、何度も今日は旧暦では何月何日かを問う問題を出してきました。
> それは、授業中に何度も、旧暦でものを考えることの重要さを説いてきたからです。
> 今期もそういう話はしてきましたが、毎度おなじみの問題にするかどうかは、別の話(笑)。
> ちなみに、また出るかもと学生たちの間に情報が回っているわりには、正答率は高くないのですよね。。。

]FIG]

[323] 
[[旧暦]]の[[日付]]を問う試験問題に何の意味があるのだろう。
この書きぶりだと諸条件を与えて計算させる問題というわけではなさそうだが、
だとすると1日限りの知識を暗記させる問題か。
実際効果が薄いとわかっているのに、
こだわり続ける意図はいったい...

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[324] [CITE@ja[「京の年中行事」を検討 京都市選定の「無形文化遺産」 : 京都新聞]]
([[京都新聞]]著, [TIME[2017-11-01 09:20:34 +09:00]])
<http://www.kyoto-np.co.jp/politics/article/20171031000211>
]FIGCAPTION]

> 審査会では、現在の新暦になった明治の改暦以降、旧暦に基づく年中行事が廃れ、本来の趣旨を理解する人が減っていることが課題に浮かび上がった。委員からは「行事の日時が多少ゆらぐのを容認しないと続いていかないが、本来の姿や意味合いを伝える工夫が必要」との意見が出た。

]FIG]


[325] [CITE@de[NengoCalc]]
([[Matthias Schemm]]著, [TIME[2012-06-06 06:17:43 +09:00]])
<http://www.yukikurete.de/nengo_db.htm>

[326] [CITE[Vergleich der Tabellenwerke von Tsuchihashi und Zoellner: ]]
([TIME[2012-06-06 06:17:54 +09:00]])
<http://www.yukikurete.de/shadows/datenbasis.pdf>

[331] [CITE@en[Japanese imperial calendar · Issue #560 · MenoData/Time4J]]
([TIME[2018-03-18 16:00:44 +09:00]])
<https://github.com/MenoData/Time4J/issues/560>

[332] [CITE@ja[平安朝『蜻蛉日記』の時間叙述]]
([TIME[2018-05-15 15:27:49 +09:00]])
<https://www.jstage.jst.go.jp/article/timestudies/4/0/4_1/_article/-char/ja>

[333] [CITE@ja[天正十年改暦問題 - Consume Mind]]
([TIME[2018-05-15 15:54:14 +09:00]])
<http://seesaawiki.jp/consume_mind/d/%C5%B7%C0%B5%BD%BD%C7%AF%B2%FE%CE%F1%CC%E4%C2%EA>



[343] [CITE[Kyoto University Research Information Repository: 古き曆の跡を訪ねて : 本邦天文曆學史覺書(1)]]
([TIME[2018-03-23 14:52:04 +09:00]])
<https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/handle/2433/168641>

[344] [CITE[Kyoto University Research Information Repository: 古代日本の曆に就て(1)]]
([TIME[2018-03-23 14:44:43 +09:00]])
<https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/handle/2433/167940>

[345] [CITE[Kyoto University Research Information Repository: 古代日本の曆に就て(2)]]
([TIME[2018-03-23 14:44:46 +09:00]])
<https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/handle/2433/167961>


[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[1] [CITE@ja[新元号にも対応、ビックカメラの2019年カレンダーが無料配布中 (取材中に見つけた○○なもの) - AKIBA PC Hotline!]]
([[株式会社インプレス]]著, [TIME[2018-11-18 13:25:29 +09:00]])
<https://akiba-pc.watch.impress.co.jp/docs/wakiba/find/1153884.html>
]FIGCAPTION]

> 新たに旧暦表示も追加されています。

]FIG]


[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[30] [CITE[我が青春の北朝鮮]]
(茨城県 田所喜美 [TIME[2010-03-28 15:57:00 +09:00]])
<http://www.heiwakinen.jp/shiryokan/heiwa/19hikiage/H_19_301_1.pdf>
]FIGCAPTION]

> 私は、昭和三(一九二八)年の旧暦一月二十四日に、茨城県土浦市の在の大字毛野の母の遠縁の産婆の家で生まれた。新暦では、恐らく二月末か三月の初めであろうか。役場への出生届は三月二十七日生まれとなっているが、本当の誕生日では
> ない。高島易断所総本部編纂の「昭和三年家庭暦」を見れば、正しい誕生日が分かるのだが、いまだその機会がない。

]FIG]


[56] [CITE[旧暦の日付が違う?(2001年の騒動)(No.0150)]]
([[M.Suzuki]]著, [TIME[2018-11-14 08:49:02 +09:00]])
<http://koyomi.vis.ne.jp/reki_doc/doc_0150.htm>





[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[123] [CITE@ja[宝亀の乱 - Wikipedia]]
([TIME[2019-01-29 20:55:51 +09:00]])
<https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%9D%E4%BA%80%E3%81%AE%E4%B9%B1>
]FIGCAPTION]

> この年本来の元日は庚申であり、それを前年十二月三十日の晦日とすることで元日に辛酉を充てるようにした。「元日の辛酉」とは暦を操作した作為による所産であることが清水みきによって明らかにされている'''['''52''']'''。

]FIG]


[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[152] [CITE@ja[皇室だけではない…藤原定家の子孫・冷泉家が伝える「歌会始」 | 女性自身]]
([TIME[2019-02-09 10:44:40 +09:00]])
<https://jisin.jp/domestic/1709470/>
]FIGCAPTION]

> 21世紀の現在も、旧暦にのっとって1年を過ごしていることだけをみても、やっぱり普通とは言い難い。
>  
> 「それはホンマです。歌会始だけは、よそさんが『あけましておめでとう』と、あいさつしてはるのに、『うちはまだ12月ですから』言うてるわけにもいかんから。なんとなくお正月だけは新暦、みなさんと一緒にしてますけど。ほかは旧暦でやってます」
>  
> 歌会始と並ぶ重要な年中行事、七夕の夜の「乞巧奠」をはじめ、桃の節句や端午の節句も、すべて旧暦で執り行う。そうすることが、日本の伝統を守ることに通じると冷泉家の人たちは信じている。
>  
> 「乞巧奠は星祭り。新暦の7月7日って、たいがい梅雨の真ん中。星もへったくれもないですよ。同じく新暦3月3日なんて、まだ、さぶいさぶいですよ。それが、旧暦ならおよそ1カ月後ですから、桃の花が咲くほんわかした陽気になって。歌を詠むには、そのほうがぴったりくるんです」

]FIG]








[258] ([TIME[2016-03-26 05:34:07 +09:00]])
<http://www.asahi-net.or.jp/~dd6t-sg/pcs/edogoyomi-workshop.pdf>

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[259] [CITE[古暦の窓  フリーソフト ダウンロードページ集]]
([TIME[2019-02-20 17:40:13 +09:00]])
<https://sites.google.com/site/higumaf/home>
]FIGCAPTION]

> この古暦の窓は日本の暦に関したもので、日本書記の紀元―660年から現在、未来までの暦を、旧暦をもあわせて表示するものです。
> 歴史上の事件、出来事の日の西暦、和暦、干支の表示ができます。
> 例えば、芭蕉が奥の細道に出かけたときの日付は西暦1689年5月16日(元禄2年3月27日)、干支 甲子 日の出 4時53分 以上のことがこの暦により判ります。

]FIG]


[271] [CITE[1960年白露 suchowan's blog/ウェブリブログ]]
([TIME[2018-11-06 21:33:23 +09:00]])
<https://suchowan.at.webry.info/201405/article_23.html>

[274] [CITE[天保暦の二十四節気の丸め suchowan's blog/ウェブリブログ]]
([TIME[2018-11-06 21:33:23 +09:00]])
<https://suchowan.at.webry.info/201405/article_21.html>

- [347] [CITE@ja[暦Wiki/太陰太陽暦/日本の暦日データベース - 国立天文台暦計算室]]
([TIME[2019-05-01 00:00:00 +09:00]])
<https://eco.mtk.nao.ac.jp/koyomi/wiki/C2C0B1A2C2C0CDDBCEF12FC6FCCBDCA4CECEF1C6FCA5C7A1BCA5BFA5D9A1BCA5B9.html>

[348] ([TIME[2013-04-22 19:13:08 +09:00]])
<http://www2.nao.ac.jp/~mitsurusoma/gendai3/094-099MWatanabe.pdf>

[349] [CITE@ja[暦制史 - Uyopedia]]
([TIME[2019-05-14 23:13:47 +09:00]])
<https://web.archive.org/web/20151228143359/http://uyopedia.a.freewiki.in/index.php/%E6%9A%A6%E5%88%B6%E5%8F%B2>

[350] [CITE[『日本書紀』皇極天皇二年五月十六日の月食記事と元嘉暦]]
([TIME[2019-04-09 13:13:37 +09:00]])
<https://www.nao.ac.jp/contents/about-naoj/reports/report-naoj/15-12-2.pdf>

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[352] [CITE@ja[情報学広場:情報処理学会電子図書館]]
([[<情報処理学会>]]著, [TIME[2019-05-16 08:20:15 +09:00]])
<https://ipsj.ixsq.nii.ac.jp/ej/?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_detail&item_id=54969&item_no=1&page_id=13&block_id=8>
]FIGCAPTION]

> 暦象オントロジの構築-日本旧暦時代の文献分析支援のために-

]FIG]


[353] [CITE@ja[間接的に天皇号の始用時期とも係わる推論二話]]
([TIME[2015-09-20 23:38:26 +09:00]])
<http://www5e.biglobe.ne.jp/~menme/mmj14.html>

[354] [CITE@ja[改暦 - Wikipedia]]
([TIME[2019-05-19 11:24:45 +09:00]])
<https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%94%B9%E6%9A%A6>

[355] [CITE[暦法計算(資料庫):貞享暦]]
([TIME[2019-06-13 12:36:36 +09:00]])
<https://web.archive.org/web/20060215094417/http://www.cablenet.ne.jp/~nihei-s/Calender/JyoukyouReki.html>

[356] [CITE[暦法計算(資料庫):時憲・天保暦]]
([TIME[2019-06-13 12:45:51 +09:00]])
<https://web.archive.org/web/20060107091954/http://www.cablenet.ne.jp/~nihei-s/Calender/TenpouReki.html>

[357] [CITE[授時暦の敗北? 延宝三年五月の日食について]]
([TIME[2010-11-19 11:03:28 +09:00]])
<http://www.asahi-net.or.jp/~jc1y-ishr/Kyuureki/Koyominokai20101120/Koyominokai20101120.html>

[358] [CITE[Akou-Roushi's Uchiiri is in 1702 or 1703?]]
([TIME[2017-05-10 14:25:28 +09:00]])
<http://nanyanen.jp/history/yeargap.html>

[359] [CITE[Defeinition of Traditional Calendar]]
([TIME[2012-07-17 15:06:37 +09:00]])
<http://nanyanen.jp/calendar/kyureki.html>

[360] [CITE[和暦、西暦の年月日対応に関する注意点]]
([TIME[2019-06-14 21:51:40 +09:00]])
<https://web.archive.org/web/20081212114605/http://www.pk-shibuya.school-info.jp/fg-slope/chokanji/nanda.html>

[407] ([TIME[2008-01-19 19:06:55 +09:00]])
<http://www.asj.or.jp/geppou/archive_open/1973/pdf/19730306.pdf>

[408] [CITE@ja[モジュール:サンドボックス/ルーア/天保暦 - Wikipedia]]
([TIME[2019-08-21 19:47:43 +09:00]])
<https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A2%E3%82%B8%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%AB:%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%9C%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9/%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%82%A2/%E5%A4%A9%E4%BF%9D%E6%9A%A6>

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[409] [CITE@ja[新暦と旧暦 | オーガニックな島時間 〜久高島だより〜]]
(2019-10-24 14:29:16 [TIME[2019-10-25 09:42:31 +09:00]])
<https://ameblo.jp/kudakahandmade/entry-12538898115.html>
]FIGCAPTION]

> 診療所に貼られた紙。
> わざわざ「新暦」と記載されています(笑)。
> 久高島は今でも旧暦のサイクルで営まれているので、日にちを間違わないように配慮してくれています。

]FIG]


[410] [CITE[K3SOFT]]
([TIME[2020-01-24 10:00:31 +09:00]])
<http://www.kai3.jp/k3soft.htm>

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[415] [CITE@ja[   The Root of Ho’onko]]
(Koju Fujieda [TIME[2020-01-01 11:59:49 +09:00]])
<http://ryokeiji.net/jap/gm/gm219.html>
]FIGCAPTION]

>> The death of our teacher Genkū 
Came in 1212, in early spring;                                             
On the twenty-fifth day of the first month,   
> [SNIP[]] So saying, Shinran Shonin certainly “engraved” the date January 25 in the hymn with  his strong gratitude to Honen-bo Genkū Shonin.
>    Shinran Shonin himself passed away in the nembutus on November 28, 1262 (by the lunar calendar) at the age of 90. 

]FIG]

[416] 前者の[[日付]]
([[源空]] = [[法然]]死去)
は[TIME[建暦2年1月25日][kyuureki:1212-01-25]]。
後者の[[日付]]
([[親鸞]]死去)
は[TIME[弘長2年11月28日][kyuureki:1262-11-28]]。




[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[417] [CITE[お家がライブでお店に? 在宅ホワイトデーをサポート|株式会社PAPABUBBLE JAPANのプレスリリース]]
([TIME[2020-03-10 10:36:15 +09:00]])
<https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000154.000018984.html>
]FIGCAPTION]

> 2 旧暦ホワイトデーの実施 <〜4/6>
> 本年に限りホワイトデー限定商品の生産と販売を特別に延長し、ホワイトデー期間を旧暦の3月14日(新暦4月6日)までとします。

]FIG]

[418] 
欧米イベントなのになぜか[TIME[日本の旧暦][kyuureki:2020-03-14]]

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[419] [CITE@ja[結婚準備完ペキマニュアル- 六輝(六曜)カレンダー2019年 -ゼクシィ]]
([TIME[2020-04-08 10:08:20 +09:00]])
<https://zexy.net/man/rokki/cal/2019/>
]FIGCAPTION]

> 日本では旧暦(六輝・六曜)は公的に管理されているものではありません。
> ゼクシィでは、国立天文台の暦要項(毎年2月の最初の官報で翌年分を発表)などを元に、独自でカレンダーを作成しています。
> そのため、国立天文台の暦要項が確定していない時期のカレンダーについては確定時に変更させていただく可能性があること、他サイト・サービスの情報とずれる可能性があることを、予めご了承ください。

]FIG]


[423] [CITE[おまつのブログ: おまつのブログ シーズン 2 「近世頒暦の研究」緒言]]
([TIME[2020-04-23 22:07:45 +09:00]])
<https://omatsuja2.blogspot.com/2020/03/koyomi-preface.html>

[424] [[戸籍の日時]]



[207] [CITE[吾妻鏡]]



[493] [CITE[旧暦←→新暦変換(2020年) 	]]
([TIME[2020-08-03 16:44:00 +09:00]])
<http://web.kyoto-inet.or.jp/people/jn0219/206sekki_kyureki2020.html>

[494] [CITE@ja[副主席さんはTwitterを使っています 「そういえば沖縄で車借りてラジオつけたら、結構な頻度で「今日は○月○日、旧暦では×月×日」や、「うちなーぐゆみ(沖縄暦)ぬ、×月×日やいびーたん」みたいなアナウンスが聞こえてきた。陰暦が生活に密着してる土地に憧れる。」 / Twitter]]
(午後4:27 · 2019年12月6日 [TZ[+09:00]], [TIME[2020-09-05T10:06:27.000Z]])
<https://twitter.com/SEI__jou/status/1202851984065232896>

[495] [CITE@ja[副主席さんはTwitterを使っています 「「北東北某県に赴任した時(90年代)、地元の人から『○月○日に祭礼があるから来い』と言われて、ちゃんと言われた日に酒携えて行った。そしたら○月○日は旧暦で祭礼も何もなかった」っていう失敗談を聞いたことがある。当たり前に日取りを陰暦で言う程、最近まで身近な存在だったということ。」 / Twitter]]
(午後4:38 · 2019年12月6日 [TZ[+09:00]], [TIME[2020-09-05T10:07:04.000Z]])
<https://twitter.com/SEI__jou/status/1202854692620890113>

[496] [CITE@ja[Google カレンダー用の良い沖縄暦無い? - s0met1me◆JIRN.kBNd のやんばる名護パトロール隊(起承転々)2nd]]
([TIME[2020-09-05T10:11:06.000Z]])
<https://s0met1me.hateblo.jp/entry/20100627/1277615751>

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[497] [CITE@ja[全国研修巡り:沖縄編だぞぉ!|高室成幸のケアマネさん、あっちこっちどっち?|専門職応援|介護・福祉の応援サイト けあサポ]]
([[Chuohoki Publishing Co.,Ltd.]], [TIME[2020-09-05T10:12:35.000Z]])
<https://www.caresapo.jp/senmon/blog-takamuro/11814>
]FIGCAPTION]

> 昨年10月のこと、(少々おこがましいかと思いますが)沖縄県の主任介護支援専門員研修のスーパービジョンを担当させていただきました。いろいろな沖縄らしいエピソードを聞かせてもらいましたが、そのうちの1つが「沖縄のケアマネジャーは沖縄暦(こよみ)で訪問のスケジュールを決めている」ということでした。
> 

]FIG]


[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[498] [CITE@en[5月15日のおしゃべりタイム]]
([TIME[2020-09-05T10:13:34.000Z]])
<https://vovworld.vn/ja-JP/%E3%81%8A%E3%81%97%E3%82%83%E3%81%B8%E3%82%8A%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%83%A0/5%E6%9C%8815%E6%97%A5%E3%81%AE%E3%81%8A%E3%81%97%E3%82%83%E3%81%B8%E3%82%8A%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%83%A0-238060.vov>
]FIGCAPTION]

> 次に、沖縄県なご市の・なかむら・しょうじ・さんからの3月19日のお便りをご紹介します。
> 「こんばんわ。幾つかの本で、ベトナムのカレンダーは多くが陽暦と陰暦が一緒に載っていました。ここ沖縄のカレンダーの多くもそうです。ところで、沖縄の幾つかの民間放送の番組(特にラジオ)では、『今日は大和暦やまとれきではOO月OO日、沖縄暦ウチナーれきはOO月OO日』というアナウンスもあります。大和暦とは陽暦、沖縄暦とは陰暦をさします。そこで、質問です。ベトナムのテレビ、ラジオでもそういいますか?」
> ゴック 中村さん、お便り有難うございます。ご存知のように、ベトナムの一般的なカレンダーには、陽暦の下に陰暦が書き込まれています。公式なもの例えば学校の始業式、試験などは陽暦で計画が立てられています。
> アン 仏教に関連する年中行事や参拝、お祭り、結婚式、テト、建設工事の地鎮祭、起工式、落成式などは全ての陰暦で行なわれます。
> ゴック そうですね。とは言ってもこちらのテレビやラジオでは、開始音楽の後に、「リスナーの皆さん、今日は。今日は、OO月OO日、OO曜日です」というアナウンスもあります。でも、この場合の日にちは一般的に陽暦を指すことがです。

]FIG]


[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[511] [CITE@ja[Windows 10 Mobileの「Outlook カレンダー」なら簡単に旧暦や六曜、干支を確認できる - マルわかり!Windows 10 Mobileガイド - 窓の杜]]
([[株式会社インプレス]], [TIME[2020-09-21T04:04:58.000Z]])
<https://forest.watch.impress.co.jp/docs/serial/w10mguide/1010387.html>
]FIGCAPTION]

> 「Outlook カレンダー」には、日々のスケジュールとは別に情報を追加する“その他のカレンダー”機能が用意されている。例えば英語用なら“グレゴリオ暦”や“イスラム暦”、日本語用なら“旧暦”“六曜”“干支”の3種類が追加可能だ。

]FIG]


[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[164] [CITE@ja[2020年旧暦・月の満ち欠け対応カレンダー総まとめ | おもキャン]]
([TIME[2020-12-12T07:25:07.000Z]])
<https://omocam.net/lunar-calendar/#toc9>
]FIGCAPTION]

> こちらは珍しく陰暦がメインで、新暦が横に小さく書かれています。月名も睦月、如月だし、日付も漢字で時代劇みたい。
> 六曜、九星、二十四節気、六十干支の表示があります。

]FIG]


[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[220] [CITE@ja[昨今の分散初詣に関連して。東洋易学上の厄が改まるのは、節分と言... - Yahoo!知恵袋]]
([[Yahoo! JAPAN]], [TIME[2020-12-21T01:11:20.000Z]])
<https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q11236060931>
]FIGCAPTION]

> 日本でも昔は中国の暦をそのまま使っていましたから中国で暦は変更になるとそのまま日本の暦も変更になりました。江戸時代だけでも4回も変わっているそうです。が、やはりずれがあるということで日本でも独自に研究がなされ、渋川景佑らによって作られたのが江戸最後の改暦で採用となった「天保暦(中国の天保歴と区別するため「天保壬寅元暦(てんぽうじんいんげんれき)」もいう)になります。
> 今暦に掲載されている「旧暦」がどれを載せているのかあまり気にしたことはありませんが元々節入り(24節季あるいは雑節)と旧暦は別のものだという事です。

]FIG]


[221] [CITE[西暦から変換 | 西暦和暦変換]]
([TIME[2021-01-01T08:33:18.000Z]])
<https://reki.gozaaru.com/>

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[548] [CITE@ja[カレンダーに書いてある旧暦の月日。その旧暦と今の月日。何で旧... - Yahoo!知恵袋]]
([[Yahoo! JAPAN]], [TIME[2021-02-25T02:13:56.000Z]])
<https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q10239298920>
]FIGCAPTION]

> 旧暦は廃止されていません。一般につかわれなくなっただけで、ちゃんと現在も存在しています、だからあなたが今見ているカレンダーにもちゃんと「今日は旧暦の何月何日か」が書いてあるんです。

]FIG]

[549] さすがにこれは無理があるんとちゃう? [[明治]]も[[平成]]も廃止されてないことになるよね。。。

[550] [CITE[古事記学会投稿 - 094-099MWatanabe.pdf]], [TIME[2013-04-22T10:13:08.000Z]], [TIME[2021-05-08T06:56:34.095Z]] <https://www2.nao.ac.jp/~mitsurusoma/gendai3/094-099MWatanabe.pdf>

[551] ([TIME[2021-06-13T00:41:08.000Z]])
<https://kaken.nii.ac.jp/ja/file/KAKENHI-PROJECT-22520700/22520700seika.pdf>

[400] [CITE[1444-9.pdf]], [TIME[2007-09-05T06:08:34.000Z]], [TIME[2021-07-12T12:56:56.756Z]] <https://www.kurims.kyoto-u.ac.jp/~kyodo/kokyuroku/contents/pdf/1444-9.pdf>

[543] [CITE@ja[のいまごさんはTwitterを使っています 「もうちょっと、校正を頑張ってほしい。 https://t.co/87lAM5pQMa」 / Twitter]]
(午後10:21 · 2020年10月22日 [TZ[+09:00]], [TIME[2021-07-14T07:22:07.000Z]])
<https://twitter.com/noimago/status/1319267633733136390>

[544] [CITE@ja[北条 氏規さんはTwitterを使っています 「ぶっちゃけ信長が三島暦にしたかったかもよく分からないし東西の暦の東が三島暦だったのかもよく分からん。いっぱいあるから もし信長が三島暦を使いたかったなら自分も使ってるはずだけど証拠がないからこれも分からないんですよなぁ...」 / Twitter]]
(午前11:27 · 2020年10月23日 [TZ[+09:00]], [TIME[2021-07-14T07:22:07.000Z]])
<https://twitter.com/ujinoriH/status/1319465530571386882>

[545] [CITE@ja[somekita@特発性血小板減少症@EBIちゃん号さんはTwitterを使っています 「大宮の氷川神社が三島暦をパクった罪で処罰されるところ、当の三島暦の暦師が助けてやった https://t.co/UnMv0v8JSn」 / Twitter]]
(午後9:21 · 2020年10月11日 [TZ[+09:00]], [TIME[2021-07-14T07:26:37.000Z]])
<https://twitter.com/mazuisake/status/1315266298683691008>

[546] [CITE@ja[国家鮟鱇さんはTwitterを使っています 「『晴豊記』に「くわんれきと申物」と書かれているものが三島暦のことだと推定されているだけのこと。『小田原北条記』で関東でも閏月論争があったことからの推測ではないかと思われるが、この推定が妥当なのかはもっと考察が必要では?」 / Twitter]]
(午前6:11 · 2017年9月20日 [TZ[+09:00]], [TIME[2021-07-14T07:27:26.000Z]])
<https://twitter.com/tonmanaangler/status/910250077909770241>

[547] [CITE@ja[太田うしいちさんはTwitterを使っています 「①元亀が存在しなかったことになってる ②天正て別に信長が決めた年号じゃない ③改元は前年から朝廷主導で進んでいた話 ④まず信長が使いたかったのが三嶋暦かどうかはっきり分からん 「あなたの感想ですよね?」部分を抜きにしても… 1ページもない範囲でいくつガバるんだ(゚A゚;)」 / Twitter]]
(午前7:57 · 2020年10月23日 [TZ[+09:00]], [TIME[2021-07-14T07:32:50.000Z]])
<https://twitter.com/ootaushiichi/status/1319412519954378752>

[553] [CITE@ja[高村不期さんはTwitterを使っています 「閏月のずれは頻繁にあったとどこかで見て気になっていたので確認。下山年表で3つ。天正10年閏12月のほか、天文2年に閏5月が入っていて「『快元僧都記』は五月の記載を二回に分けて記載し、当記事は後の五月に記載され、三島暦ではこの年五月に閏月を入れているが京都暦には見えず」としている。」 / Twitter]]
(午後10:58 · 2017年9月27日 [TZ[+09:00]], [TIME[2021-07-14T07:41:06.000Z]])
<https://twitter.com/buqimingri/status/913040031526170626>

[555] [CITE@ja[高村不期さんはTwitterを使っています 「また、永正12年閏1月には「武蔵国小杉天神を造営し、大旦那に黒岩顕季が見える(天神社所蔵棟札・武銘542)。実際の閏月は二月」とある。この年は史料がとても少ないので誤記の可能性もあるが、武蔵氷川暦がずれていたのかも知れない。」 / Twitter]]
(午後10:59 · 2017年9月27日 [TZ[+09:00]], [TIME[2021-07-14T08:04:01.000Z]])
<https://twitter.com/buqimingri/status/913040354399494145>

[556] [CITE@ja[谷津 珠葉(李厳命)さんはTwitterを使っています 「一番わかりやすいのが、「信長公記」首巻の日付ですね。 信長公記は一巻から十五巻までの日付はきわめて正確なのに対し、首巻の日付は一ヶ月ずれていたり、2~3日ずれていたりします。 これは著者の太田牛一が、当時の日記を尾張で使われていた三島暦で書いた為だろうと思われます。」 / Twitter]]
(午後9:46 · 2017年5月22日 [TZ[+09:00]], [TIME[2021-07-14T08:04:22.000Z]])
<https://twitter.com/Rigenmei/status/866636502993821696>

[557] [CITE@ja[谷津 珠葉(李厳命)さんはTwitterを使っています 「話が大きくなりましたが、戦国時代の暦は宣命暦であったにも関わらず、暦変換サイトの旧暦変換は幕末最後の太陰太陽暦である天保暦での変換になるので、大小の月の付け方や閏月の付け方が異なるので、実際の日付と誤差が生じているはずです。」 / Twitter]]
(午後9:50 · 2017年5月22日 [TZ[+09:00]], [TIME[2021-07-14T08:06:17.000Z]])
<https://twitter.com/Rigenmei/status/866637395554320384>

[558] [CITE@ja[高村不期さんはTwitterを使っています 「宇都宮国綱・小田氏治・上杉景勝は天正10年閏12月の文書が遺されている。織田信長は閏12月を主張したと『晴豊記』にあるから彼も三島暦使用者かも知れない(ただ、言い出したのは「濃尾之暦者」と『兼見卿記』にあって直接の関連性は不明)。『信濃史料』と『家忠日記』は天正11年閏1月。」 / Twitter]]
(午前0:22 · 2016年12月1日 [TZ[+09:00]], [TIME[2021-07-14T08:06:39.000Z]])
<https://twitter.com/buqimingri/status/803982437650812928>

[559] [CITE@ja[高村不期さんはTwitterを使っています 「三島暦だと天正10年に閏12月が入るが、その他の暦では翌年に閏1月が入る。年を跨いでの異同なので影響は大きいと思うのだけど、この辺をどう調整していたかは不明。後北条氏系の史料は全て閏12月でいっている一方、家忠日記だと閏1月なので徳川家は同期していない。」 / Twitter]]
(午後0:13 · 2016年11月30日 [TZ[+09:00]], [TIME[2021-07-14T08:07:10.000Z]])
<https://twitter.com/buqimingri/status/803799195635154944>

[560] [CITE[KJ00005088683.pdf]], [TIME[2021-10-04T05:20:47.000Z]] <http://repo.komazawa-u.ac.jp/opac/repository/all/24451/KJ00005088683.pdf>

[561] 
[TIME[2021-11-29T01:11:41.000Z]]
<https://sitereports.nabunken.go.jp/files/attach/1/1046/823_1_%E4%BA%95%E6%88%B8%E3%81%8B%E3%82%89%E5%87%BA%E5%9C%9F%E3%81%97%E3%81%9F%E5%B9%B3%E5%9F%8E%E4%BA%AC%E3%81%AE%E6%9A%A6.pdf>

[563] [CITE@ja[先週の記事: suchowan's blog]], [TIME[2022-03-30T04:41:00.000Z]] <https://suchowan.at.webry.info/201112/article_6.html>

[564] [CITE@ja[旧暦とサマータイム: suchowan's blog]], [TIME[2022-04-11T13:03:32.000Z]] <https://suchowan.at.webry.info/201209/article_27.html>

[565] [CITE@ja[退閏: suchowan's blog]], [TIME[2022-04-13T05:33:09.000Z]] <https://suchowan.at.webry.info/201210/article_25.html>

[566] [CITE@ja[日本百科大辭典: suchowan's blog]], [TIME[2022-04-18T07:32:07.000Z]] <https://suchowan.at.webry.info/201301/article_19.html>

[567] [CITE@ja[『暦法及時法』の置閏法 ― 進展: suchowan's blog]], [TIME[2022-04-22T03:23:19.000Z]] <https://suchowan.at.webry.info/201305/article_22.html>

[568] [CITE@ja[『暦法及時法』の置閏法 ― 進展その2: suchowan's blog]], [TIME[2022-04-22T03:25:04.000Z]] <https://suchowan.at.webry.info/201305/article_27.html>

[569] [CITE@ja[『暦法及時法』の置閏法 ― 進展その3: suchowan's blog]], [TIME[2022-04-25T06:39:01.000Z]] <https://suchowan.at.webry.info/201308/article_8.html>

[570] [CITE@ja[活水女子大学機関リポジトリ]], [[NetCommons]], [TIME[2022-04-28T03:55:45.000Z]] <https://kwassui.repo.nii.ac.jp/?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_detail&item_id=331&item_no=1&page_id=13&block_id=21>

[572] 
[CITE[19730306.pdf]], [TIME[2008-01-19T10:06:55.000Z]], [TIME[2022-05-16T05:21:13.359Z]] <https://www.asj.or.jp/geppou/archive_open/1973/pdf/19730306.pdf>

[571] [CITE@ja[宝暦暦~天保暦の計算: suchowan's blog]], [TIME[2022-05-16T05:20:38.000Z]] <https://suchowan.at.webry.info/201403/article_22.html>

[573] [CITE@ja[寛政暦の二十四節気: suchowan's blog]], [TIME[2022-05-18T05:33:53.000Z]] <https://suchowan.at.webry.info/201407/article_13.html>

[574] [CITE@ja[天保15年の八十八夜と二百十日: suchowan's blog]], [TIME[2022-05-20T05:59:14.000Z]] <https://suchowan.at.webry.info/201411/article_11.html>

[575] [CITE@ja[天正11年雨水と朔: suchowan's blog]], [TIME[2022-05-24T02:51:19.000Z]] <https://suchowan.at.webry.info/201504/article_6.html>

[576] [CITE@ja[進朔の閏月への影響: suchowan's blog]], [TIME[2022-05-24T02:51:48.000Z]] <https://suchowan.at.webry.info/201504/article_7.html>

[577] [CITE@ja[神託で閏月をきめること: suchowan's blog]], [TIME[2022-05-24T02:53:59.000Z]] <https://suchowan.at.webry.info/201504/article_13.html>

[578] [CITE@ja[奈良時代後期の閏月: suchowan's blog]], [TIME[2022-05-24T04:20:49.000Z]] <https://suchowan.at.webry.info/201505/article_16.html>

[579] [CITE@ja[定気法に至る経緯: suchowan's blog]], [TIME[2022-05-26T02:46:26.000Z]] <https://suchowan.at.webry.info/201510/article_10.html>

[580] [CITE@ja[貞享暦・宝暦暦の定朔(スクリプト): suchowan's blog]], [TIME[2022-05-26T02:49:41.000Z]] <https://suchowan.at.webry.info/201510/article_23.html>


- [599] [CITE[暦データファイル2008の詳細情報 : [[Vector]] ソフトを探す!]], [TIME[2022-07-14T03:56:45.000Z]] <http://www.vector.co.jp/soft/dl/win95/personal/se447613.html>
- [600] [CITE[暦データファイル2015の詳細情報 : [[Vector]] ソフトを探す!]], [TIME[2022-07-14T03:57:00.000Z]] <http://www.vector.co.jp/soft/dl/winnt/personal/se510236.html>

[601] >>599 >>600 あわせて[TIME[西暦2007年][2007]]から[TIME[西暦2049年][2049]]がカバーされているとのこと。
有料ファイルで、サンプルとして[TIME[西暦2007年][2007]]と[TIME[西暦2014年][2014]]が配布されている。


[602] [CITE[多機能暦カレンダー - SoLunar -の詳細情報 : Vector ソフトを探す!]], [TIME[2022-07-14T04:01:48.000Z]] <https://www.vector.co.jp/soft/win95/personal/se307527.html>

[603] >>602 [[旧暦]]を計算しているとのこと。ソースコードなし。


- [606] 
[CITE['''['''ruby-list:17954''']''' [DFN[Ruby-Luna]] 0.0.1]], [TIME[2022-07-15T04:47:00.000Z]], [TIME[2002-08-16T11:10:05.265Z]] <https://web.archive.org/web/20020816110955/http://blade.nagaokaut.ac.jp/cgi-bin/scat.rb/ruby/ruby-list/17954>
--
[607] リンク先の実装は [[Internet Archive]] にも所蔵なし。
--
[608] 
[CITE['''['''ruby-list:17969''']''' Re: Ruby-Luna 0.0.1]], [TIME[2022-07-15T04:48:25.000Z]], [TIME[2002-08-16T11:21:53.181Z]] <https://web.archive.org/web/20020816112145/http://blade.nagaokaut.ac.jp/cgi-bin/scat.rb/ruby/ruby-list/17969>
---[609] 
「たとえば、1971年7月2日
(旧5月10日) のつぎの日が、いきなり1971年7月3日 (旧閏5月11日) になるな
ど、誤りにしても、普通、旧暦の計算手順からは考えられないことだと思うの
ですが。」
--
[610] 
[CITE@ja-JP['''['''Google''']'''[Analytics]Google Analytics、表示出た!(2), [Hatena]最近のはてなはMMORPGみたい, [tDiary][plugin][jroku.rb]六曜プラグインというのはどうか, [TA.. - HsbtDiary(2005-11-17)]], [[SHIBATA Hiroshi]], [TIME[2005-11-18T02:02:54.000Z]], [TIME[2022-07-15T04:51:49.931Z]] <https://www.hsbt.org/diary/20051117.html#p03>
--- [611] この時点で [CODE[404]] だったらしい。

[612] [CITE@ja[昌泰04(0901).01.01の日食(つづき): suchowan's blog]], [TIME[2022-07-22T06:04:22.000Z]] <https://suchowan.seesaa.net/article/201910article_3.html>


-[613] [CITE[【換暦】暦変換ツール]], [TIME[2022-08-26T14:31:42.000Z]], [TIME[2022-08-26T14:32:03.497Z]] <https://maechan.net/kanreki/>
--[614] [CITE[untitled - hayakawa4kobews.pdf]], [TIME[2013-04-03T00:18:38.000Z]], [TIME[2022-08-26T14:32:40.550Z]] <http://www.hayakawayukio.jp/publication/abstract/hayakawa4kobews.pdf>

[616] [CITE@ja[貞享二年暦: suchowan's blog]], [TIME[2022-11-29T08:40:13.000Z]] <https://suchowan.seesaa.net/article/202006article_17.html>

[617] 
[TIME[2022-12-16T16:41:17.500Z]]
<https://kwassui.repo.nii.ac.jp/?action=repository_action_common_download&item_id=331&item_no=1&attribute_id=22&file_no=1>

[618] 
[CITE@ja[寛政暦の歳実(つづき): suchowan's blog]], [TIME[2022-12-20T04:53:56.000Z]] <https://suchowan.seesaa.net/article/202108article_6.html>

[622] [CITE@ja-JP[学芸志林 9]], [[東京大学]], [TIME[0000][0000-00]], [TIME[2023-01-17T10:48:16.000Z]], [TIME[2023-01-19T13:44:07.962Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/1558688/1/1> (要登録)

[623] [CITE@ja-JP[史談 (2)]], [[広文館]], [TIME[1892-11]], [TIME[2023-01-17T10:48:16.000Z]], [TIME[2023-01-19T13:48:01.712Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/1466745/1/2> (要登録)



- [625] [CITE@ja[かぬそぬ┌( ∵ )┘さんはTwitterを使っています: 「「歴史に特化した地理情報システム(GIS) &amp; Simulation OSS」を公開しました⛩ 斬新な点は GIS × 暦機能📅 動画では古事記と和名類聚抄に記載された古代の地名、古墳を表示しています⛰ &gt; 配布先↓ 🖥 https://t.co/wD5Avxnfgz もし気に入りましたらGitHubにスター⭐️をつけて頂けると励みになります☺️ https://t.co/GPHfLFNbRv」 / Twitter]], [TIME[午後0:21 · 2023年1月21日][2023-01-21T03:21:19.000Z]], [TIME[2023-01-23T03:03:30.000Z]] <https://twitter.com/omisoi/status/1616637033388310528>
- [626] [CITE@en[GitHub - AsPJT/PAX_SAPIENTICA: 🌿: GIS & Archaeological Simulator. 2023 in development.]], [TIME[2023-01-23T03:43:53.000Z]] <https://github.com/AsPJT/PAX_SAPIENTICA>
-- [627] [CITE@en[PAX_SAPIENTICA/JapaneseEraName.tsv at main · AsPJT/PAX_SAPIENTICA · GitHub]], [TIME[2023-01-23T03:44:02.000Z]] <https://github.com/AsPJT/PAX_SAPIENTICA/blob/main/Data/Calendar/JapaneseEraName.tsv>



[630] [CITE[江戸時代暦復元プロジェクト:貞享暦~天保暦]], [TIME[2015-11-13T01:40:08.000Z]], [TIME[2023-02-06T06:02:33.024Z]] <http://www.asahi-net.or.jp/~jc1y-ishr/Kyuureki/EdoCalendar/>


[631] [CITE@ja[【提言】仏教行事を旧暦に戻そう――東アジア仏教世界の一体感を取り戻す - ひじる日々]], [TIME[2023-02-06T06:03:25.000Z]] <https://naagita.hatenablog.com/entry/2019/03/21/131714>


[633] [CITE[紀元・暦法を集めるスレ]], [TIME[2023-02-15T06:31:46.000Z]] <https://academy4.5ch.net/test/read.cgi/whis/1044889496/183-248>


>昔あやめが叔父の仕様に基づいて現行暦と旧暦との変換用のBASICプログラムを
作成し、某PC誌に掲載が予定されたことがあります。その際に編集部の要請により
叔父が旧暦システムの基本構造を、あやめがアルゴリズムの概要を解説したしたものを
ドキュメントしたのですが、この雑誌は間もなく廃刊となってしまい日の目を見るに
至りませんでした。
>御参考までに以下に何回かに分けて載せることにします。 


-*-*-

[229] 
[CITE[null]], [TIME[2023-02-15T09:04:52.000Z]], [TIME[2004-11-07T21:47:32.208Z]] <https://web.archive.org/web/20041107214442fw_/http://homepage3.nifty.com/zatsunen/koyomi/1999down.htm>

>1998年09月01日~1999年12月31日までの 



[90] [CITE[null]], [TIME[2023-02-15T09:04:17.000Z]], [TIME[2004-12-30T12:43:06.739Z]] <https://web.archive.org/web/20041230124206fw_/http://homepage3.nifty.com/zatsunen/koyomi/2000down.htm>

>1999年09月01日~2000年12月31日までの 

[84] [CITE[null]], [TIME[2023-02-15T09:01:10.000Z]], [TIME[2004-11-08T16:09:59.084Z]] <https://web.archive.org/web/20041108160935fw_/http://homepage3.nifty.com/zatsunen/koyomi/2001down.htm>

>2000年09月01日~2001年12月31日までの
>     ・旧暦(太陰暦)
>     ・六曜星(先勝・友引・先負・仏滅・大安・赤口)
>     ・十二直(建・除~開・閉)・二十八宿(角・亢~翼・軫)
>     ・二十四節気(立春・雨水・啓蟄 ~ 冬至・小寒・大寒)
>     ・雑暦・年中行事(八十八夜・社日・半夏生など)の補足
>     ・暦日(日の吉凶) 


[89] [CITE[null]], [TIME[2023-02-15T09:03:32.000Z]], [TIME[2004-11-09T10:36:25.262Z]] <https://web.archive.org/web/20041109103549fw_/http://homepage3.nifty.com/zatsunen/koyomi/2002down.htm>

>2002年01月01日~2002年12月31日までの 

[167] いずれも配布データは現存せず

- [433] [CITE[1999年暦]], [TIME[2023-02-15T09:08:13.000Z]], [TIME[2004-12-31T06:17:24.712Z]] <https://web.archive.org/web/20041231061724fw_/http://homepage3.nifty.com/zatsunen/koyomi/koyo1999.htm>
- [262] [CITE[2000年暦]], [TIME[2023-02-15T09:07:01.000Z]], [TIME[2004-11-07T13:57:29.380Z]] <https://web.archive.org/web/20041107135727fw_/http://homepage3.nifty.com/zatsunen/koyomi/koyo2000.htm>
- [236] [CITE[2001年暦]], [TIME[2023-02-15T09:06:16.000Z]], [TIME[2004-11-13T19:36:24.274Z]] <https://web.archive.org/web/20041113193601fw_/http://homepage3.nifty.com/zatsunen/koyomi/koyo2001.htm>
- [288] [CITE[2002年暦]], [TIME[2023-02-15T09:07:36.000Z]], [TIME[2004-11-18T11:12:50.923Z]] <https://web.archive.org/web/20041118111248fw_/http://homepage3.nifty.com/zatsunen/koyomi/koyo2002.htm>

[530] [CITE@ja-JP[日本天文研究会報文 4(3)(15)]], [[日本天文研究会]], [TIME[1970-12]], [TIME[2023-03-28T13:58:31.000Z]], [TIME[2023-04-14T10:08:26.699Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/3204885/1/15> (要登録)


[531] [CITE@ja[明窓・旧暦ではようやく10月 | 山陰中央新報デジタル]], [TIME[2023-11-12T14:10:30.000Z]] <https://www.sanin-chuo.co.jp/articles/-/480876>

>[SNIP[]]旧暦では、あす13日が10月1日。1872年に「改暦の詔書」が出されるまで千年以上使われてきた暦が現代でも採用されていれば、今は9月の終わり。夏日もさほど不思議とは思わずに済む[SNIP[]]

[532] 
いや[[そのりくつはおかしい]]...

[533] 
[[旧暦]]だと季節感がなくなるから (毎年季節と月が移り変わってくから) 違和感がないはずだ[[ってコト]]?
それならまあ...


[536] 
[CITE@ja-JP[日本史研究 = Journal of Japanese history (341);1991・1]], [[日本史研究会]], [TIME[1991-01]], [TIME[2023-11-28T02:04:43.000Z]], [TIME[2023-12-17T07:56:54.980Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/13007063/1/24> (要登録)


[542] 
[CITE@en[PAX_SAPIENTICA/Data/Calendars/JapaneseEraName.tsv at v1.0.0 · AsPJT/PAX_SAPIENTICA · GitHub]], [TIME[2024-03-14T06:20:52.000Z]] <https://github.com/AsPJT/PAX_SAPIENTICA/blob/v1.0.0/Data/Calendars/JapaneseEraName.tsv>


[642] 
[CITE@ja-JP[古代の暦日]], [[大谷光男]], [TIME[1976]], [TIME[2025-02-25T01:55:51.000Z]], [TIME[2025-04-03T06:17:13.825Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/12609161/1/5> (要登録)



[644] 
[CITE@ja-JP[【つぶやき】 こんばんは、れいぽんです。 みなさん、七夕にも旧暦があるってご存知でしたか? 今年は8月29日だそうです。 我が家の七夕飾りはその日まで残そうと思います☺️ 片付けてしまうのが勿体無|れいぽん | アイコン変えました]], [TIME[2025-07-20T02:32:57.000Z]] <https://note.com/rainponcho_mama/n/nd439dbc9735b>

>みなさん、七夕にも旧暦があるってご存知でしたか?
>
今年は8月29日だそうです。

[645] 
>>644 「七夕にも旧暦がある」っておそらく[[暦]]の専門家が想像だにしない一般人ならではの発想だと思います。
世の中にはきっとこういう理解の人もたくさんいらっしゃるのでしょう。

@@
[646] 
[CITE@ja[暦もの のページ]], [[緇隰(くろさわ)]], [TIME[2020-11-28T01:46:00.000Z]], [TIME[2025-11-23T07:28:18.996Z]] <https://qlosawa.sakura.ne.jp/cal/index.html>



- [650] 
[CITE@en[GitHub - snowdrops89/Qreki_nako3: 日本語プログラミング言語「なでしこ3」で歴史上の暦日により旧暦と西暦を相互変換したりなんだりするNAKO3プラグイン。]], [TIME[2025-12-12T02:57:07.000Z]] <https://github.com/snowdrops89/Qreki_nako3>
-- [648] 
[CITE[旧暦変換プラグイン]], [TIME[2025-12-12T02:56:22.000Z]] <https://n3s.nadesi.com/id.php?1778>
--[649] 
[CITE[旧暦プラグインのテスト]], [TIME[2025-12-12T02:56:38.000Z]] <https://n3s.nadesi.com/id.php?1779>
-- [652] 
[CITE[旧暦プラグインのサンプル]], [TIME[2025-12-12T03:00:17.000Z]] <https://n3s.nadesi.com/id.php?1780>
- [651] 
[CITE@en[GitHub - snowdrops89/Qreki_nako: 日本語プログラミング言語「なでしこ」で歴史上の暦日により旧暦と西暦を相互変換したりなんだりするライブラリ。]], [TIME[2025-12-12T02:59:10.000Z]] <https://github.com/snowdrops89/Qreki_nako>



[653] [CITE@ja-JP[資料国文図録]], [[全国教育図書株式会社]], [TIME[1964]], [TIME[2025-12-18T02:09:35.000Z]], [TIME[2025-12-27T14:48:18.450Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/1347220/1/288> (要登録)