[38] 現在の[[北日本]]では、他の地域と同じ[[日本の暦]]や[[中央標準時]] [TZ[+09:00]]
が使われています。

* 時刻の変遷の概略

[SEE[ [[日本の標準時]] ]]

* 蝦夷の日本化

;;
[33] [[古代]]、[[東北地方]]などには[[蝦夷]]が居住していましたが、
6世紀から8世紀にかけて[[朝廷]]の勢力が拡大し、
[[東北地方]]南部は[[日本政府]]の統治下に入りました。
その後も[[日本]]勢力は北上し、
[[鎌倉時代]]には[[東北地方]]全体が、
[[室町時代]]には[[北海道]]南部が、
[[江戸時代]]には[[北海道]]や[[樺太]]が統治下に入りました。

[34] [[アイヌ人]]その他が主として居住した北方を除けば、
これらの[[和人]]の住んだ土地では、
[[日本]]の他の地域と同様に、
[[日本の元号]]や[[旧暦]]が用いられるようになりました。
[SEE[ [[日本の元号]]、[[旧暦]]、[[日本の旧時刻制度]] ]]

[113] 
[[江戸時代]]の[[松前藩]]では[[東北地方]]北部と同様に[[私大]]が行われました。
[SEE[ [[私大]] ]]

-*-*-

[116] 
[TIME[天明6(1786)年正月朔日][kuureki:1786-01-01]]、
[[皆既日食]]に近い[[日食]]がありました。
[[江戸]]でも真昼が夜中のように暗くなったと記録されました。
天文学者[[麻田剛立]]の正確な[[日食]]予報でも知られます。

[127] 
[[江戸幕府]]の役人[RUBYB[[[最上徳内]]][[TIME[1754]]-[TIME[1836]]]]は、
[TIME[天明6(1786)年][1786]]正月に[[松前藩]]から[[蝦夷地]]に入りました。
三石 
[WEAK[([[日本]][[東蝦夷地]]三石場所, 現[[日本国]][[北海道]][[日高郡]][[新ひだか町]]三石地区)]]
の商人[[阿部屋伝吉]] ([RUBYB[[[村山専八]]][[TIME[1759]]-[TIME[1793]]]])
によると、
元日の昼に暗くなり、[[アイヌ人]]が大声で叫ぶ騒ぎになりました。
[SRC[>>126, >>125]]

[131] 
伝吉がどんな天災があったのかと聞くので、
[[略暦]]を渡して[[日食]]と書かれているのを読ませました。
それで納得して、
[[アイヌ人]]らの疑惑も解けました。
[SRC[>>125, >>126]]

[132] 
[[最上徳内]]はこれを[[北海道]]に[[暦本]]が新年に届いていない証として書き残しました。
[SEE[ [[私大]] ]]
年始でなければ[[和人]]は[[暦]]を入手できないこともなかったのでしょうか。


[REFS[
- [125] [CITE[[[蝦夷草紙]]. 1-5 / [[最上徳内]] 著]], [TIME[2021-06-27T03:45:08.000Z]] <https://www.wul.waseda.ac.jp/kotenseki/html/ru04/ru04_03725/index.html>
-- [133] [CITE[ru04_03725_0001_p0007.jpg (JPEG 画像, 2592x1728 px)]], [TIME[2008-01-25T06:53:20.000Z]], [TIME[2021-06-27T05:42:35.554Z]] <https://archive.wul.waseda.ac.jp/kosho/ru04/ru04_03725/ru04_03725_0001/ru04_03725_0001_p0007.jpg>
-- [134] [CITE[ru04_03725_0001_p0010.jpg (JPEG 画像, 2592x1728 px) — 表示倍率 (35%)]], [TIME[2008-01-25T06:54:59.000Z]], [TIME[2021-06-27T05:44:01.506Z]] <https://archive.wul.waseda.ac.jp/kosho/ru04/ru04_03725/ru04_03725_0001/ru04_03725_0001_p0010.jpg>
- [126] [CITE[【[[蝦夷草紙]]】]], [TIME[2021-06-27T03:45:55.000Z]] <http://base1.nijl.ac.jp/iview/Frame.jsp?DB_ID=G0003917KTM&C_CODE=0281-083404&IMG_SIZE=&PROC_TYPE=null&SHOMEI=%E3%80%90%E8%9D%A6%E5%A4%B7%E8%8D%89%E7%B4%99%E3%80%91&REQUEST_MARK=null&OWNER=null&BID=null&IMG_NO=11>
-- [135] [CITE[【[[蝦夷草紙]]】]], [TIME[2021-06-27T05:45:04.000Z]] <http://base1.nijl.ac.jp/iview/Frame.jsp?DB_ID=G0003917KTM&C_CODE=0281-083404&IMG_SIZE=&PROC_TYPE=null&SHOMEI=%E3%80%90%E8%9D%A6%E5%A4%B7%E8%8D%89%E7%B4%99%E3%80%91&REQUEST_MARK=null&OWNER=null&BID=null&IMG_NO=8>
]REFS]

* アイヌ暦

[32] 現在の[[北海道]]、[[千島]]、[[樺太]]には[[アイヌ人]]が居住していました。

[9] 
[[アイヌ人]]は[[暦法]], [[暦日]]を有しませんでした [SRC[>>134, >>135]]。
[[江戸時代]]や[[明治時代]]の記録によると、
[[アイヌ人]]は自身の[[生年月日]]も[[親]]の[[命日]]も知りませんでした 
[SRC[>>134, >>135, >>8]]。

[136] 
[[江戸時代]]の記録によると2,30年レベルの時間は互いの[[年齢]]から数えていました。
[SRC[>>135]]
[[暦年]]はなくても[[年齢]]はあったようです。


-*-*-

[11] 
[[アイヌ語]]には、地方による違いはありますが、
12の[[月の名前]]があったことが記録されています。

[137] 
18世紀後期の記録によると、
[[アイヌ人]]は[[暦法]]を持たず何月何日というのはありませんでしたが、
魚や虫や鳥の出没、草木の様子から[[季節]]の変化を知っていました。
[SRC[>>134]]
[[日本本土]]のような[[暦月]]とそれに与えられた[[月番号]]はなかった
(少なくても著者は知り得なかった)
ようですが、[[月]]の満ち欠けに連動した1ヶ月程度の時期の呼称としての[[月名]]が当時既に成立していたのかどうか、
この記録だけではよくわかりません。


[21] 
[TIME[安政4年][year:1857]]、
[[松浦武四郎]]は[[十勝]]で12の[[月名]]を[CITE[夕張日誌]]に記録しました
[SRC[>>30, >>79]]。

[80] 
松浦は、[[タブコプ]] [WEAK[(後の[[石狩郡]]内、[[ヤムワツカヒラ]] (後の[[幕別]]) から約6里)]]
で一番の博識の[[アイヌ人]]だったという[[コトンラン]] (当時83歳) から、
[[暦]]事情を聴取しました。
[[松浦]]ら[[和人]]は[[アイヌ人]]が[[年齢]]を知らないと思っていましたが、
それは「濱邊の者」の話であり、コトンランらは知っていました。 
[SRC[>>78]]

[81] 
[[アイヌ人]]は[[文字]]を持たないため[[干支]]や[[吉凶]]を計算し伝えることはありませんでしたが、
[[土用]]、[[彼岸]]、[[社日]]、[[入梅]]、[[寒の入]]、[[冬至]]、[[夏至]]、
[[八十八夜]]、[[節分]]、[[月]]の大小、[[閏]]などの事項を[[月]]の[[盈虧]]、
[[草木]]の榮枯、[[雪]]の消方、蟲の音、鳥の嚇様、花の咲きやう、
實のり方、獣の穴の出入などを前年、前々年と比べて算出していました。
1日、2日程度のずれはありましたが、
3日、4日も違うことはありませんでした。
[[月名]]も有していました。
松浦がためしに秋の[[彼岸]]を尋ねたところ、
正しく8月2日3日頃と言い当てました。 [SRC[>>78]]

[82] 
[[和人]]の風習である[[雑節]]を含んだこの記録から、
[[アイヌ人]]の一部は[[和人]]の[[暦]] ([[旧暦]])
を知りつつもそれ自体をそのまま使うことはせず、
自然現象とその対応関係を把握し[[アイヌ語]]の[[月名]]を充てていたと解せます。

[12] 
[TIME[明治25年][year:1892]]の[[村尾元長]]の書籍[CITE[あいぬ風俗略志]]によると、
[[月名]]は古くから伝わるものではなく[[陰暦]]に付会したものに過ぎないが、
各地の40歳以上の者は大抵知っているので一時通用していたことは間違いない
[SRC[>>8]] とのことです。
ただし部落により小異同はありました [SRC[>>8]]。

[13] 当時40歳なら[[明治6年の改暦]]で20歳くらいですから、
[[日本の旧暦]]に相当する[[月名]]があって、
当時[[大人]]だった[[アイヌ人]]の間では通用していたが、
[[太陽暦]]の時代になって使われなくなった、ということでしょうか。

[24] 
[[昭和時代]]初期、
[[更科源蔵]]が[[屈斜路コタン]]で[[月名]]を記録しました [SRC[>>30]]。 
当時まだ使われていたのでしょうか、それとも老人の記憶していたものでしょうか。

[16] 
[TIME[2014年][year:2014]]の [[Webページ]]記事 [SRC[>>29]] は
[CITE[あいぬ風俗略[ASIS[誌]]]]を引用元としていますが、
表記はやや異なっています。


[25] 
[TIME[2011年][year:2011]]の[[公益財団法人アイヌ文化振興・研究推進機構]]の文書は、
[[沙流]]、[[旭川]]、[[十勝]]の[[月名]]一覧を示しています。
[[十勝]]は[[吉田巌]]の本、
[[沙流]]は[[田村すず子]]の[CITE[アイヌ語沙流方言辞典]]によると注釈されています。
[SRC[>>2]]
[[沙流]]は[[旧暦]]の[[月名]]とされていますが、
それ以外には特記ありません。
それ以外のものは[[太陽暦]]にも当てはめて使われているのでしょうか。

[26] 
[[Wikipedia]] [SRC[>>6]] は、
[[村尾元長]]の[CITE[あいぬ風俗略志]]に言及しつつ、
岡田ら (1994) [SRC[>>20]] と
[[更科源蔵]]の[CITE[アイヌの民俗]] [SRC[>>22]]
を[[北海道]][[アイヌ暦]]の出典としています。
[TIME[2014年][year:2014]]の [[Webページ]]記事 [SRC[>>29]]
と表記は一致しています。
加えて[[樺太アイヌ]] [SRC[>>22]] および
[[鳥居龍蔵]]の調査による[[千島アイヌ]] [SRC[>>22]] の[[月名]]も示しています。 

-*-*-

[28] 
3月頃が[[年始]]だ [SRC[>>7, >>14]] とされています。

[17] 
トエタンネは日が長くなる月の意味で、
第一月とされていますが、
[[美幌]]では3月頃 ([[春分]]の[[月]])、
[[浦川]]では12月か1月 ([[冬至]]の[[月]]か)
となっている [SRC[>>29]] ともいいます。

[27] 
[[Wikipedia]] [SRC[>>6]] は、
[[年始]]を3月開始 [SRC[>>20]] とし、
北海道アイヌ暦と樺太アイヌ暦を3月から順に示していますが、
千島アイヌ暦は1月から順に示しています。


[1] 
[[アイヌ語]]の[[月名]]と相当する時期の関係は資料によりばらばらで、
同じ語と思われるものが指す[[月]]がずれていたりします。
地域差と時代差、
[[アイヌ]]の伝統的な[[年始]]と[[日本の旧暦]]や[[太陽暦]]の関係をどう処理するかといった問題で混乱が生じてしまったのでしょうか。

[FIG(table)[

:m: [[月]]
:ta: [SRC[>>78]]
:td: 説明 [SRC[>>78]]
:ma: [[十勝]]山中 [SRC[>>8]]
:md: 説明 [SRC[>>8]]
:ka: [[十勝]] [SRC[>>29]]
:kd: 説明 [SRC[>>29]]
:wh: [[北海道]] [SRC[>>6]]
:wh20: 説明 [SRC[>>20]]
:wh22: 説明 [SRC[>>22]]
:at: [[十勝]] [SRC[>>2]]
:ks: [[屈斜路コタン]]説明 [SRC[>>30]]
:as: [[沙流]] [SRC[>>2]]
:aa: [[旭川]] [SRC[>>2]]
:7: [SRC[>>7]]
:7d: 説明 [SRC[>>7]]
:wk22: [[樺太]]説明 [SRC[>>22]]
:wc: [[千島]] [SRC[>>22]]
:wc22:  説明 [SRC[>>22]]
:o: その他

:m: [[正月]]
:ma: ト イ タン子
:md:
長日の義「イノ ミュチプ」と云ふ
吾人の幸福を神に祈るの義
:ka:
イノミ チュプ、
トエタンネ チュプ
:kd:
祝い月、
日がそこから長くなる月
:ks: (あまりの寒さに狩猟用の)弓が折れる月
:as: トウェタンネ
towetanne
1月日が長くなる
:aa: イノミチュㇷ゚
inomicup
神に祈る月
:at: チウルプ
:wh: ク エ カイ
:wh20: 弓が折れるほどに狩猟を行う月
:wh22: 弓が折れるほど寒い月
:wk22: 寒い月
:wc: アシヌエ キ チュプ
:wc22: 初めて来た月
:7d: 日がそこから長くなる月
:7: トエタンネチュプ
:ta: トイ、タンネ
:td: 日永

:m: [[二月]]
:ma: ハㇷ゚ ラㇷ゚ チュプ
:md: 鳥出て啼く月
:ka: ハプラプ チュプ
:kd: 鳥が出て鳴く月
:ks: 川瀬も凍る月
:as: クウェカイ
kuwekay
雪で仕掛け弓に使う台が壊れる
:aa: タㇱクㇽチュㇷ゚
taskurcup
しばれる月
:at: トイタンネ
:wh: チウ ルプ チュプ
:wh20: 海が凍結する月
:wk22: 融ける月
:wc: トタネニタ
:wc22: 日の長き月
:7d:小鳥のさえずり出す月
:7:ハプラプチュプ
:ta: ハプラプ、チユブ
:td: 鳥出でて啼く月

:m: [[三月]]
:ma: モ キウタ チュプ
:md: 始て草根を堀る
:ka: モ キウタ チュプ
:kd: ヒメイズイを取り始める月
:ks: 日脚が長くなる月
:as: キウタチュㇷ゚
kiwtacup
ユキザサ
:aa: トエタンネ
toetanne
日が長くなる?
:at: ハプラプ
:o:
ハップ・ラップ・チュプ [SRC[>>4]]
:wh:
イノミ チュブ、
トエンタンネ チュプ
:wh20:
祝いの日、
日照時間が長くなり始める月
:wk22: 日脚の長くなる月
:wc: ハクラプ
:wc22: 意味不明
:7d:茅を刈り始める月
:7:モキウタチュプ
:ta: モキウタ、チユプ
:td:始めて草根を掘る月

:m: [[四月]]
:ma: シ キウタ チュプ
:md: 多く草根を堀る
:ka: シ キウタ チュプ
:kd: ヒメイズイを盛んに取る月
:ks:
木の葉の開く月、
木の皮をとる月
:as: モチュㇷ゚
mocup
達者で静かに暮らしているから
:aa: ウパㇱルレチュㇷ゚
upasrurecup
雪を溶かす月
:at: キウタチプ
:o:
モキウタ
すこしばかりウバユリを掘る月 [SRC[>>3]]
:wh: ハプラプ チュプ
:wh20: 鳥が来て鳴く月
:wh22: 木の葉の開く月
:wk22: 小鳥の来る月
:wc: バイケンチリ チュプ
:wc22: バイケン鳥が来る月
:7d:茅を本格的に刈る月
:7:シキウタチュプ
:ta:シキウタ、チユブ
:td:多く草根を掘る月

:m: [[五月]]
:ma: モ マウ タ チュプ
:md: 始て玫瑰を取る
:ka: モ マウタ チュプ
:kd: ハマナスを取り始める月
:ks: ウバユリを少し採る月
:as: シンチチュㇷ゚
sincicup
これからあたたかくなる
:aa: ムントゥッカチュㇷ゚
muntukkacup
草を伸ばす月
:at: シキウタチプ
:o: シキウタ
本格的にウバユリを掘る月
[SRC[>>3]]
:wh: モ キウタ チュプ
:wh20: ヒメイズイを採り始める月
:wh22: オオウバユリを採り始める月
:wk22: オオウバユリを掘る月
:wc: コピウノカ チュプ
:wc22: 鴎が卵を産む月
:7d:ハマナスを採り始める月
:7:モマウタチュプ
:ta:モマウタ、チユプ
:td:始めて玫魂を取る月

:m: [[六月]]
:ma: シ マウ タチュプ
:md: 多く玫瑰を取る
:ka: シ マウタ チュプ
:kd: ハマナスを盛んに取る月
:ks: ウバユリをどっさり採る月
:as: マウタチュㇷ゚
mawtacup
ハマナスを植える月
:aa: トイタチュㇷ゚
toytacup
土を掘る月
:at: モマウタチプ
:wh: シ キウタ チュプ
:wh20: ヒメイズイが盛んに採れる月
:wh22: オオウバユリを盛んに採る月
:wk22: キュウリウオが登る月
:wc: ハルノカ チュプ
:wc22: ハル鳥が卵を産む月
:7d:ハマナスを本格的に採る月
:7:シマウタチュプ
:ta:シマウタ、チユブ
:td:多く玫魂を取る月

:m: [[七月]]
:ma: モニヨラㇷ゚ チュプ
:md: 木葉始て落つ
:ka: モ ニォラプ チュプ
:kd: 木の葉の初めて落ちる月
:ks: ハマナスの実を少し採る月
:as: マウチチュㇷ゚
mawcicup
ハマナスが熟す月
:aa: クンネヤㇱチュㇷ゚
kunneyascup
夜に流網漁する月
:at: シマウタチプ
:o: モマウタチュプ
少しばかりハマナスの実を採る月 [SRC[>>5]]
:wh: モ マウ タ チュプ
:wh20: ハマナスを採り始める月
:wk22: 鱒が登る月
:wc: シキイビカル チュプ
:wc22: 鮭が川に登る月
:7d:木の葉の初めて落ちる月
:7:モニヨラチュプ
:ta:モニョラブ、チユプ
:td:木の葉始めて落つる月

:m: [[八月]]
:ma: シ コヨラプ チュプ
:md: 木葉凋落
:ka: シ ニォラプ チュプ
:kd: 木の葉の盛んに落ちる月
:ks: どっさりハマナスの実を採る月
:as: ハㇷ゚ラㇷ゚
haprap
木の葉が落ちそうにたれさがる月
:aa: クンネスㇱチュㇷ゚
kunnesuscup
夜に水浴する月
:at: モニヲラク
:o: シマウタチュプ
本格的にハマナスの実を取る月 [SRC[>>5]]
:wh: シ マウ タ チュプ
:wh20: ハマナスが盛んに採れる月
:wk22: 鱒の焼き乾しを作る月
:wc: シイヌム チュプ
:wc22: 鱒が川に登る月
:7d:木の葉の盛んに落ちる月
:7:シニヨラチュプ
:ta:シニヨラプ、チユブ
:td:木の葉凋落の月

:m: [[九月]]
:ma: ウンポㇰ チュプ
:md: [ASIS[𨄭][ムムは人人]]始て冷
:ka: ウンボク チュプ
:kd: 足の裏が冷たくなる月
:ks: 木の葉の少し落ちる月
:as: ニホラㇰ
nihorak
草や木の葉がおちる月
:aa: ヤㇱチュㇷ゚
yascup
流網漁する月
:at: シニヲラク
:wh: モ ニヨラプ チュプ
:wh20: 落葉が始まる月
:wk22: 木の葉が落ちる月
:wc: チラルカル チュプ
:wc22: チラルカ鳥が多く居る月
:7d:足の裏が冷たくなる月
:7:ウレポケチュプ
:ta:ウンボク、チユブ
:td:[ASIS[𨄭][ムムは人人]]始めて冷を覺ゆる月

:m: [[十月]]
:ma: シュナン チュプ
:md: 草火𛂌て鮭を取る
:ka: シュナン チュプ
:kd: たいまつで魚をとる月
:ks: 木の葉がすっかり落ちる月
:as: ウレポㇰ
urepok
足の裏で霜柱がパラパラ鳴るから
:aa: コンニランチュㇷ゚
konnirancup
フキの茎が枯落ちる月
:at: ウレポク
:wh: シ ニヨラプ チュプ
:wh20: 落葉が盛んな月、
サケが来る月
:wk22: 罠をかける月
:wc: モルサスムカ
:wc22: 意味不明
:7d:たいまつで鮭を獲る月
:7:シュナンチェプ
:ta:シユナン、チユブ
:td:草火にて鮭を漁する月

:m: [[十一月]]
:ma: ク エ カイ
:md: 弓折る(熊を屢々取る爲に)
:ka: ク エ カイ
:kd: 弓が折れるほど狩をする月
:ks: 蹠(=足裏のこと)が雪にかくれる月
:as: ルウェカリチュㇷ゚
ruwekaricup
鹿を追って先回りする月
:aa: ニーテㇰランケチュㇷ゚
nitekrankecup
木の枝が枯落ちる月
:at: シネアンチプ
:wh: ウンボク チュプ
:wh20: 足の裏が冷たくなる月
:wk22: 罠を集める月
:wc: トーアシ
:wc22: 意味不明
:7d:寒さに弓も折れる月
:7:クエカイチェプ
:ta:クエカイ、チエブ
:td:弓を折る月

:m: [[十二月]]
:ma: チウ ルㇷ゚ チュㇷ゚
:md: 旧潮(又甚寒)
:ka: チウ ルプ チュプ
:kd: 海が凍る月
:ks: 松明つけて鮭を探す月
:as: チュルㇷ゚
curup
雪煙が立つ月
:aa: ウパㇱランケチュㇷ゚
upasrankecup
雪が枯落ちる月
:at: クイカイ
:wh: シュナン チュプ
:wh20: たいまつで漁撈をする月
:wk22: 雪が降る月
:wc: クエカイ
:wc22: 狐を掛ける月
:7d:川瀬も凍る月
:7:チュルプ
:ta:チウルプ、チユプ
:td:甚寒き月

]FIG]

[18] 
この他にホルカバ [SRC[>>29, >>6]]
(後戻りの月 [SRC[>>29, >>7]]、後戻りする月 [SRC[>>20]]、すなわち[[閏月]])
がありました。
[[閏月]]があるということで、[[太陰太陽暦]]であったとされています。

[31] 
1年を30日 × 12ヶ月と「神への祈りの季節」5日としていた [SRC[>>15]]
とする資料もあります。
これだと[[太陰太陽暦]]というより[[太陽暦]]ということになりますが...

[83] 
[[Wikipedia]] [SRC[>>6]] やそれを参照したと思しきいくつかの
[[Webページ]]は、[[アイヌ]]と[[イロコイ族]]の[[月名]]の類似性を指摘しています。
[[Wikipedia]] はどちらも[[自然暦]]で似たところもあると言及している程度ですが、
中には両者の起源の関係性を主張する人もいるようです。
しかし[[アイヌ]]の[[月名]]は地域ごとに統一すらされていませんし、
両民族の歴史的関係性を求めるのも無理があります。
そもそも、[[季節]]の移り変わりはどこでも似ているから、
で説明できないほど似ているようにも思えません。
(また、似ているのは[[日本語]]訳であって、原語ではありません。)

-*-*-

[19] 
現在[[アイヌ文化振興・研究推進機構]]が発行する[[カレンダー]]では、
[[月名]]は 1 (シネㇷ゚)、2 (トゥㇷ゚)、3 (レㇷ゚)
などと表記されています [SRC[>29]]。
つまり単純に[[アイヌ語]]の[[数詞]]を使った[[月番号]]による[[月名]]が現在の[[太陽暦]]では使われています。

[101] [TIME[1997年(平成9年)][year:1997]]
創刊の[[アイヌ語]]の季刊新聞[CITE[アイヌタイムズ]]は
「4 チュㇷ゚」「4 cup」のような表記の[[月番号]]による[[月名]]を使っているようです
[SRC[>>100]]。

[103] 本紙では発行日が
「2000年 (平成12年) 3月20日 月曜日」
のように[[西暦]]と[[元号]]が併記された[[グレゴリオ暦]]が[[漢字]]で表記されているようです。
[SRC[>>105, >>104]] 

[106] [[Webサイト]] ([[日本語]]) 上の記事一覧では
「1997年(平成9年)3月20日」
のように[[西暦]]と[[元号]]が併記された[[グレゴリオ暦]]が使われています。
[SRC[>>102]]


[REFS[
- [8] [CITE[あいぬ風俗略志]],
[[村尾元長]],
[TIME[明治25年6月][1892-06]]
<http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/767831/76>
- [78] [CITE@ja[アイヌの暦と十二箇月]],
[[吉田巖]],
[CITE[人類學雜誌]], 1917, 32 巻, 2 号, p. 48-51
([TIME[2019-01-01 15:19:53 +09:00]]) <https://www.jstage.jst.go.jp/article/ase1911/32/2/32_2_48/_article/-char/ja/>
- [105] [CITE[Wayback Machine]] ([TIME[2019-04-10 11:01:46 +09:00]]) <https://web.archive.org/web/20181106013342/http://www.geocities.jp/aynuitak/img/AT12.jpg>
- [104] [CITE[onsenainutimes32000.jpg (JPEG 画像, 697x1051 px)]] ([TIME[2008-09-07 17:34:24 +09:00]]) <http://www.debito.org/onsenainutimes32000.jpg>
- [100] [CITE[アイヌタイムズ]] ([TIME[2019-04-10 10:46:14 +09:00]]) <http://otarunay.at-ninja.jp/taimuzu.html#kigi>
- [102] [CITE[アイヌタイムズ全記事の見出し一覧]] ([TIME[2019-04-10 10:54:07 +09:00]]) <http://otarunay.at-ninja.jp/taimuzu-all.html>
- [29] [CITE[こよみの学校 第36回『アイヌの暦-トエタンネからはじまる一年』|暦生活]]
([[中牧弘允]],
[[日本カレンダー暦文化振興協会]]理事長,
[TIME[2014.08.08][2014-08-08]],
[TIME[2018-06-26 17:21:05 +09:00]])
<http://www.543life.com/campus37.html>
- [30] [CITE@ja[チームくっしゃろ - 【アイヌの人の暦について】 初めにお伝えしておきます。長くなります(笑)。... | Facebook]]
([[チームくっしゃろ]],
[TIME[2016年1月4日][2016-01-04]],
[TIME[2018-07-13 01:35:30 +09:00]])
<https://www.facebook.com/team.kussharo/posts/767009386762399>
- [79] [CITE@ja[チームくっしゃろ - 【続報】初めにお伝えしておきます。昨日よりは、ちょっと短めです(笑)。... | Facebook]] 
([[チームくっしゃろ]],
[TIME[2016年1月5日][2016-01-05]],
[TIME[2019-01-01 15:34:04 +09:00]]) <https://www.facebook.com/team.kussharo/posts/%E7%B6%9A%E5%A0%B1%E5%88%9D%E3%82%81%E3%81%AB%E3%81%8A%E4%BC%9D%E3%81%88%E3%81%97%E3%81%A6%E3%81%8A%E3%81%8D%E3%81%BE%E3%81%99%E6%98%A8%E6%97%A5%E3%82%88%E3%82%8A%E3%81%AF%E3%81%A1%E3%82%87%E3%81%A3%E3%81%A8%E7%9F%AD%E3%82%81%E3%81%A7%E3%81%99%E7%AC%91%E3%83%A1%E3%83%B3%E3%83%90%E3%83%BCk%E3%81%8C%E3%83%81%E3%83%BC%E3%83%A0%E3%81%8F%E3%81%A3%E3%81%97%E3%82%83%E3%82%8D%E3%82%92%E7%AB%8B%E3%81%A1%E4%B8%8A%E3%81%92%E5%9C%B0%E5%9F%9F%E6%B4%BB%E5%8B%95%E3%82%92%E9%80%B2%E3%82%81%E3%81%A6%E3%81%84%E3%81%8F%E3%81%86%E3%81%88%E3%81%A7%E5%8B%9D%E6%89%8B%E3%81%AB%E7%AC%91%E5%BF%83%E3%81%AE%E6%94%AF%E3%81%88%E3%81%A8%E3%81%97%E3%81%A6%E3%81%84%E3%82%8B%E3%81%94%E5%A4%AB%E5%A9%A6%E3%81%8C%E3%81%84%E3%81%BE%E3%81%99/767506496712688/>

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[23] [CITE[旧暦の仕組み]]
([TIME[2011-12-19 08:00:07 +09:00]])
<http://www.geocities.jp/izumokaegaki/kyuureki/2_nihon.htm>
]FIGCAPTION]

> アイヌの暦での月名には次のような意味があるそうです。
> 日がそこから長くなる月
> 鳥が出て鳴く月
> ひめいずいを取り始める月(「ひめいずい」はユリ科の植物)
> ひめいずいを盛んに取る月
> ハマナスを取り始める月
> ハマナスを盛んに取る月
> 木の葉の初めて落ちる月
> 木の葉の盛んに落ちる月
> 足の裏が冷たくなる月
> 松明で魚をとる月
> 弓が折れるほど狩りをする月
> 海が凍る月
>  月の数が12ですから、この暦も自然暦としてはかなり洗練された部類と言えるでしょう(更に古い形態だと、月の長さがまちまちだったりします)。このアイヌの暦は、詳しくは判らなくとも読めばそれぞれの月がおよそどの季節のものか位は見当がつきます。

]FIG]

- [2] [CITE[ちとせのアイヌご]]
([TIME[2011年3月][2011-03]] 初版第一刷,
[TIME[2015年3月][2015-03]] 初版第二刷,
[[公益財団法人アイヌ文化振興・研究推進機構]],
[TIME[2016-09-23 11:26:11 +09:00]])
<https://www.frpac.or.jp/teach/files/chitose_nyumon.pdf#page=44>

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[3] [CITE@ja[オオウバユリ - Wikipedia]]
([TIME[2018-10-26 16:59:17 +09:00]])
<https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%82%AA%E3%82%A6%E3%83%90%E3%83%A6%E3%83%AA>
]FIGCAPTION]

> 旧暦4月をアイヌ語で「モキウタ」(すこしばかりウバユリを掘る月)、5月を「シキウタ」(本格的にウバユリを掘る月)と呼び

]FIG]


[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[4] ([TIME[2018-11-11 14:08:05 +09:00]])
<https://www.jstage.jst.go.jp/article/jbrewsocjapan1915/65/3/65_3_200/_pdf/-char/ja>
]FIGCAPTION]

> アイヌが旧暦3月 をハ ップ ・ラップ ・. チュプ(樹 皮 ・はぐ・月57))と 称したのも,故 ないこと. ではない。 

]FIG]


[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[5] [CITE@ja[アイヌ料理 - Wikipedia]]
([TIME[2018-11-10 13:56:55 +09:00]])
<https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%83%8C%E6%96%99%E7%90%86>
]FIGCAPTION]

> アイヌ語では旧暦7月をモマウタチュプ(少しばかりハマナスの実を採る月)、8月をシマウタチュプ(本格的にハマナスの実を取る月)と呼ぶ

]FIG]

- [6] [CITE@ja[月 (暦) - Wikipedia]]
([TIME[2018-11-11 01:29:27 +09:00]])
<https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%88_(%E6%9A%A6)#%E5%AD%A3%E7%AF%80%E3%82%84%E7%94%9F%E6%B4%BB%E3%81%AE%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%82%AF%E3%83%AB%E3%81%AB%E5%9F%BA%E3%81%A5%E3%81%8F%E5%90%8D%E7%A7%B0>
-- [20] 岡田ら (1994)、pp.297-298、原始的な暦法、アイヌの暦
-- [22] [CITE[アイヌの民俗]], [[更科源蔵]], [TIME[1982][year:1982]]
- [7] [CITE['''['''mixi''']''' 月夜見 '''['''ツクヨミ''']''' | 叙事詩的なアイヌの暦「イノミチュプ」]]
([[∞音∞ a.k.a. 風*月]],
[TIME[2007/11/9][2007-11-09]],
[TIME[2018-11-11 14:15:10 +09:00]])
<https://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=1110372&id=10838948>

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[14] [CITE@JA[暦]]
([TIME[2018-11-11 15:31:07 +09:00]])
<http://akaitori.tobiiro.jp/koyomi.html>
]FIGCAPTION]

> 
アイヌの暦  日がそこから長くなる三月から始まる
>
,三月,イノミ チュブ,祝い日
,,トエンタンネ チュプ,日がそこから長くなる月
,四月,ハプラプ チュプ,鳥が出て鳴く月
,五月,モ キウタ チュプ,ひめいずいを取り始める月
,六月,シ キウタ チュプ,ひめいずいを盛んに取る月
,七月,モ マウ タ チュプ,はまなすを取り始める月
,八月,シ マウ タ チュプ,はまなすを盛んに取る月
,九月,モ ニヨラプ チュプ,木の葉の初めて落ちる月
,十月,シ ニヨラプ チュプ,木の葉の盛んに落ちる月
,十一月,ウンボク チュプ,足の裏が冷たくなる月
,十二月,シュナン チュプ,たいまつで魚を取る月
,一月,ク エ カイ,弓が折れるほど狩りをする月
,二月,チウ ルプ チュプ,海が凍る
>
ホルカバ(後戻りの月)という閏月があった。
]FIG]

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[15] [CITE[ぐうたらめも 先日見てきたプラネタリウム番組感想メモ]]
([[ももんたもたろう]]著, 2012-02-25 Sat 00:21,
[TIME[2018-11-11 15:32:39 +09:00]])
<http://laikaundeinhund.blog53.fc2.com/?no=97>
]FIGCAPTION]

> もうすぐ近場のプラネタリウムの今やってるオリジナル番組が
公開終了とのことで、急遽見てきました。
[SNIP[]]
> アイヌも一年を365日とし、360を12に分けた他(イノミチュプ)、
あまった5日は(神への祈りの季節)としていたとのこと。
[SNIP[]]
> 参考文献の「人間達(アイヌタリ)のみた星座と伝承」(末岡外美夫著、2009年)

;; この「参考文献」が出典かどうかは不明。

]FIG]


- [97] [CITE@ja[アイヌ民族博物館 アイヌ語アーカイブ]] ([TIME[2019-04-10 10:34:07 +09:00]]) <http://ainugo.ainu-museum.or.jp/dic?word=%E5%B9%B4>
- [96] [CITE@ja[アイヌ民族博物館 アイヌ語アーカイブ]] ([TIME[2019-04-10 10:33:59 +09:00]]) <http://ainugo.ainu-museum.or.jp/dic?word=sik>
- [98] [CITE@ja[アイヌ民族博物館 アイヌ語アーカイブ]] ([TIME[2019-04-10 10:39:00 +09:00]]) <http://ainugo.ainu-museum.or.jp/dic?word=%E6%9C%88>
- [99] [CITE@ja[アイヌ民族博物館 アイヌ語アーカイブ]] ([TIME[2019-04-10 10:41:08 +09:00]]) <http://ainugo.ainu-museum.or.jp/dic?word=%E6%97%A5>

]REFS]

[164] >>97 アーカイブが消滅とか真面目にやる気があるのか? [TIME[2025-05-15T15:13:49.400Z]]

[BOX[

[112] [CITE[2020アイヌ語ラジオ講座テキスト表紙1 - u3f86t000007fekl.pdf]], [TIME[2020-03-28T14:26:14.000Z]], [TIME[2021-05-25T06:34:56.512Z]] <https://www.stv.jp/radio/ainugo/text/u3f86t000007feii-att/u3f86t000007fekl.pdf#page=20>

[59] [CITE@ja[月の呼び方(ひと月ごと)説明 | 公益財団法人アイヌ民族文化財団]], [TIME[2023-01-27T01:11:46.000Z]] <https://www.ff-ainu.or.jp/calendardescription.html>

[61] [CITE@ja[月の呼び方(地域ごと)説明 / カレンダーデータ ダウンロード | 公益財団法人アイヌ民族文化財団]], [TIME[2023-01-27T01:12:09.000Z]] <https://www.ff-ainu.or.jp/calendardownload.html>

[63] [CITE[トピックス・カナ文]], [TIME[2023-01-27T01:22:24.000Z]] <http://aynuitak.at-ninja.jp/kana_utf-8/AT39_ain_jp_eo_utf8.htm>

>
注)1. [ASIS[赤字は、アイヌ語です。][赤字]]
>2. [ASIS[[I[赤字のイタリック文字]]は、日本語です。相当することばが、アイヌ語にありませんでした。][赤字]]
>3. [ASIS[[I[山形記号「^」は、日本語の長母音を示しています。]]][赤字]]
>4. [ASIS[緑字は、エスペラント(語)です。][緑字]]

>[ASIS[2005 pa 8 cup 16 to ta, [I[gengomei-kôdo dai2bu]] : 3 [I[mozi-kôdo]] ([I[Code for the representation of names of languages - Part 2: Alpha-3 code]]) or ta aynu itak [I[gengomei-kôdo]] a=kar wa newaanpe "[I[ain]]" sekor a=rekore ruwe ne.][赤字]]
>[ASIS[[B[2005 パ 8 チュㇷ゚ 16 ト タ、言語名コード 第2部:3文字コード (Code for the representationof names of languages - Part 2:Alpha-3 code) オㇿ タ アイヌ イタㇰ 言語名コード アカㇻ ワ ネワアンペ "ain" セコㇿ アレコレ ルウェ ネ。]]][赤字]]
>2005年8月16日に、言語名コード─第2部:3文字コード(Code for the representationof names of languages - Part 2:Alpha-3 code)にアイヌ語が、「ain」として登録されました。
>[ASIS[En la 16-a de aŭgust 2005, ajnua lingvo estis registrita kiel 'ain' en Kodo por reprezentado de lingva nomo - Parto2:Alfa-3 kodo.][緑字]]

[64] [CITE[再び「北海道アイヌ協会」と名付けられました・カナ文]], [TIME[2023-01-27T01:29:15.000Z]] <http://aynuitak.at-ninja.jp/kana_utf-8/AT48_ain_jp_eo_utf8.htm>

>
[ASIS[2009 ([I[heisei21]]) pa 4 cup ta '[I[Hokkaidô Utari-Kyôkai]]' anak '[I[Hokkaidô-Ainu-Kyôkai]]' sekor rehe a=tasare ruwe ne.][赤字]]
>
[ASIS[[B[2009 (平成21) パ 4 チュㇷ゚ タ 北海道ウタリ協会 アナㇰ 北海道アイヌ協会 セコㇿ レヘ アタサレ ルウェ ネ。]]][赤字]]
>2009(平成21)年4月に、「北海道ウタリ協会」を「北海道アイヌ協会」という名前に代えました。
>[ASIS[En Aprilo 2009 oni ŝanĝis la nomon 'Hokkajda Utari-Asocio' al la nomon 'Hokkaidô Ajnu-Asocio'-n.][緑字]]

>
[ASIS[1960 ([I[syôwa]] 35) pa ta Satporo or ta suy [I[Taikai]] an ruwe ne.][赤字]]
>[ASIS[[B[1960 (昭和 35) パ タ サッポロ オㇿ タ スイ 大会 アン ルウェ ネ。]]][赤字]]
>1960(昭和35)年に札幌で再び大会がありました。
>[ASIS[En 1960 ree en la urbo Sapporo okazis la kongreso.][緑字]]


[65] [CITE[Cxiuj titoloj 21-40]], [TIME[2023-01-27T01:41:02.000Z]] <http://aynuitak.at-ninja.jp/malnovatitolo/AT40_titoloj.htm>

>>63 の時代は

>*この号から、外来語のローマ字表記は、従来の訓令式からヘボン式ローマ字に統一しました。

[67] [CITE[Cxiuj titoloj 41-60]], [TIME[2023-01-27T01:41:43.000Z]] <http://aynuitak.at-ninja.jp/malnovatitolo/AT60_titoloj.htm>

>>64 の時代は

>*外来語のローマ字表記(斜体)は、第25号からヘボン式に統一していましたが、この号から表記の統一をやめて執筆者に一任しました。(横山-99式)

>>64 が採用しているのは[[99式ローマ字]]

[62] [CITE@ja[アイヌ語の数字はどう読むべきか | yasuokaの日記 | スラド]], [TIME[2023-01-27T01:15:30.000Z]] <https://srad.jp/~yasuoka/journal/659785/>

[69] [CITE@ja-JP[東洋古代社会史]], [[佐久達雄]], [TIME[昭和9][1934]], [TIME[2023-03-28T13:58:31.000Z]], [TIME[2023-04-14T14:04:46.548Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/1466124/1/52>

[109] 
[CITE@ja[曜日の名前 - 現代アイヌ語表現]], [TIME[2024-05-31T15:29:00.000Z]] <https://aynuitah.memo.wiki/d/%cd%cb%c6%fc%a4%ce%cc%be%c1%b0>

[150] 
[CITE@ja[数の数え方 新提案 - 現代アイヌ語表現]], [TIME[2024-05-31T15:32:29.000Z]] <https://aynuitah.memo.wiki/d/%bf%f4%a4%ce%bf%f4%a4%a8%ca%fd%a1%a1%bf%b7%c4%f3%b0%c6>

[151] 
[CITE@ja[〇年〇月〇日 時間表現 - 現代アイヌ語表現]], [TIME[2024-05-31T15:33:56.000Z]] <https://aynuitah.memo.wiki/d/%a1%bb%c7%af%a1%bb%b7%ee%a1%bb%c6%fc%a1%a1%bb%fe%b4%d6%c9%bd%b8%bd>

[152] 
[CITE@ja[〇時 時間表現 - 現代アイヌ語表現]], [TIME[2024-05-31T15:34:27.000Z]] <https://aynuitah.memo.wiki/d/%a1%bb%bb%fe%a1%a1%bb%fe%b4%d6%c9%bd%b8%bd>

[153] [CITE@ja[〇日前 時間表現 - 現代アイヌ語表現]], [TIME[2024-05-31T15:34:55.000Z]] <https://aynuitah.memo.wiki/d/%a1%bb%c6%fc%c1%b0%a1%a1%bb%fe%b4%d6%c9%bd%b8%bd>

[154] [CITE@ja[午前〇時 午後〇時 asir iporse - 現代アイヌ語表現]], [TIME[2024-05-31T15:35:22.000Z]] <https://aynuitah.memo.wiki/d/%b8%e1%c1%b0%a1%bb%bb%fe%a1%a1%b8%e1%b8%e5%a1%bb%bb%fe%a1%a1asir%20iporse>

[155] [CITE@ja[今日で〇〇日 時間表現 - 現代アイヌ語表現]], [TIME[2024-05-31T15:35:40.000Z]] <https://aynuitah.memo.wiki/d/%ba%a3%c6%fc%a4%c7%a1%bb%a1%bb%c6%fc%a1%a1%bb%fe%b4%d6%c9%bd%b8%bd>

[156] 
[CITE@ja[アイヌ語会話集 - ウィキトラベル]], [TIME[2024-05-31T15:36:36.000Z]] <https://wikitravel.org/ja/%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%83%8C%E8%AA%9E%E4%BC%9A%E8%A9%B1%E9%9B%86#%E6%9B%9C%E6%97%A5>

[160] [CITE@ja-JP[あいぬ物語 : 附・あいぬ語大意及語彙]], [[山辺安之助, 金田一京助]], [TIME[大正2][1913]], [TIME[2025-01-16T09:53:17.000Z]], [TIME[2025-01-17T13:41:39.083Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/949451/1/19> (要登録)

[161] >>160 ルビは原文[[アイヌ語片仮名表記]]。[[元号年]]あり。

[162] 
[CITE@ja[(1) Xユーザーのはちあ🍃言葉系VTuberさん: 「あと、これどうしようか迷ってるんやけど、田村先生の記録によると、アイヌ語ネイティブの人「東京」を「トーキヨ」って言ったり「昭和」を「ソーワ」って言ったり、長音の発音もできるのよ。じゃあなんで僕は長音を無視したんだって言うと、」 / X]], [TIME[午後5:12 · 2025年1月10日][2025-01-10T08:12:30.000Z]], [TIME[2025-01-24T02:30:27.000Z]] <https://x.com/hachia_go/status/1877629576173727915>

[163] 
[CITE@ja-JP[暦学史大全]], [[佐藤政次 編著]], [TIME[1977.1][1977]], [TIME[2025-04-22T02:57:30.000Z]], [TIME[2025-05-02T13:46:13.493Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/12608997/1/586> (要登録)

]BOX]


** 明治初期北千島アイヌ人の日時

[49] 
[[アイヌ人]]は[[千島列島]]から[[カムチャッカ半島]]南部に居住していました。
[TIME[安政2(1855)年][1855]]の[[日露和親条約]]で、
[[得撫島]]から[[カムチャッカ半島]]までの島々は[[ロシア帝国]]に併合されました。
[TIME[明治8(1875)年][1875]]の[[千島樺太交換条約]]で、
[[得撫島]]から[[占守島]]までの島々は[[日本領]]となりました。

[50] 
[[ロシア帝国]]領時代、
[[アイヌ人]]は[[北千島]]に住んでいました。
[[カムチャッカ半島]]の住民とも交流がありました。
[[中千島]]には[[ロシア人]]が[[アリューシャン列島]]から移住させた[[アリュート人]]が居住していました。
[SRC[>>84]]

[115] 
[[ロシア人]]は領内で[[ロシア正教]]を布教しました。
[[日本領]]となった時点で、[[北千島]]の[[アイヌ人]]の多くが[[ロシア正教徒]]でした
[SRC[>>84]]。

[118] 
[[ロシア帝国]]の統治、
[[ロシア正教]]の宗教活動、
[[ロシア人]]商人との交易を通して、
[[アイヌ人]]らこの地域の住民は[[ロシア帝国]]の[[日時制度]]、
すなわち[[ユリウス暦]]、[[キリスト紀元]]、[[七曜]]にいくらか触れていたと予想されますが、
その程度は不明です。


[117] 
[[日本領]]となった時点の住民は、移行期間を経て[[国籍]]を選択しました。
[[ロシア帝国]]籍を選んだ[[北千島]]の[[アイヌ人]]は、
[[カムチャッカ半島]]に移住しました
[SRC[>>84]]。
[[日本国]]籍を選んだ[[北千島]]の[[アイヌ人]]は、
[TIME[明治17(1884)年][1884]]に[[色丹島]]に集団移住を求められました。


[10] 
[[色丹島]]に移住した[[アイヌ人]]は、
板に穴を開け毎朝棒を立てて[[暦日]]を数えていました [SRC[>>8]]。
移住前からの[[千島アイヌ]]の風習だったのでしょうか。
具体的に何の目的で何を基準に数えていたのかは不明です。


[REFS[
- [84] [CITE@ja[安場保和、北千島へ|特集|[[北海道]]マガジン「カイ」]], [[Northerncross]], [TIME[2021-09-26T07:54:24.000Z]] <http://kai-hokkaido.com/feature_vol47_sidestory3/>
]REFS]

[159] 
[CSECTION[[[暦をめくる、世界をめぐる]]]]



* ニブフ暦

[108] [CITE@ja[ニヴフ - Wikipedia]], [TIME[2024-05-16T01:20:16.000Z]], [TIME[2024-05-27T11:34:30.411Z]] <https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8B%E3%83%B4%E3%83%95#%E7%94%9F%E6%A5%AD%E6%9A%A6>

* 大日本帝国の北部

;; [66] [[北海道]]以北は[[江戸時代]]には既に[[日本]]の一部でした。
時期と地域により、[[幕府]]領、[[松前藩]]領、その他各[[藩]]領に分かれていました。

;; [591] 19世紀、[[シベリア]]、[[北満州]]と[[東進][ロシアの東方侵略]]を続けた[[ロシア帝国]]は、
[[樺太]]や[[千島]]にも進攻しました。

[40] [[ロシア帝国]]は[[ユリウス暦]]を用いていました。
([[日本]]では[[露暦]]と呼ばれていました。)

;; [592] [TIME[旧暦安政2年12月21日/ユリウス暦1855年1月27日/グレゴリオ暦1855年2月7日][1855-02-07]]、
[[日露和親条約]]により、[[樺太]]は日露雑居地、
[[択捉島]]以南は[[日本領]]、[[得撫島]]以北は[[カムチャッカ半島]]まで[[ロシア帝国]]領となりました。

** 北日本政権

;; [564] [TIME[1867年][year:1867]]の[[大政奉還]]と
[TIME[1868年][year:1868]]の[[王政復古]]により、
[[幕府]]は廃止され、[[幕府]]領は[[朝廷]] ([[明治政府]]) の管理下に入りました。

;; [42] 
[TIME[慶応4(1868)年][year:1868]]、
現在の[[東北地方]]と[[新潟県]]に当たる地域の多くを統治する[[奥羽越列藩同盟]]が成立しました。

[219] 
慶応4年の[[東日本]]では[[奥羽越列藩同盟]]と関係して、
[[延寿]],
[[大政]],
[[大化]]といった[[元号]]が使われたとする説があります。

;; [46] [[明治政府]]は[[奥羽越列藩同盟]]支配地域に進攻し、
[[奥羽越列藩同盟]]は滅亡しました。
全土が[[明治政府]]の支配下に入りました。

[41] [TIME[慶応4年9月8日 (1868年10月23日)][1868-10-23]]、[[明治政府]]は[[改元]]し、
[TIME[明治元年][year:1868]]となりました。
[SEE[ [[明治]] ]]
[SEE[ 以後の改元は[[日本の元号]] ]]

;; [567] [TIME[1968年10月][1868-10]]、[[蝦夷共和国]]軍が[[蝦夷地]]に進攻し、
[TIME[1968年11月23日][1868-11-23]]には全土を支配下に置きました。

[165] 
[[蝦夷島]] ([[北海道島]]) 北部では慶應5年の[[延長年号]]が使われました。
[SEE[ [[慶応の延長年号]] ]]

[299] [[榎本武揚]]の[[函館政権]]は、独自の[[元号]]を用いず、
[[明治]]を使っていたようです。 
例えば[[ガルトネル・榎本条約]]の[[日本]] ([[箱館]]) 側の[[日付]]は
「明治」2年とされていました [SRC[>>300, >>56]]。

[SEE[ 日本本土については[[幕末維新期の日時]] ]]

;; [568] [[明治政府]]は[[蝦夷地]]に進攻し、
[[函館政権]]は滅亡しました。
[TIME[1969年5月18日][1869-05-18]]には全土を支配下に置きました。

[57] 
[[奥羽越列藩同盟]]や[[函館政権]]が独自の[[暦]]を計算、発行していたとする情報は見当たりません。
[[明治政府]]と同じ[[旧暦]]を使っていたと考えるのが自然です。

[REFS[


- [300] [CITE[函館旅行(前編) - [[西野神社]] 社務日誌]] ([TIME[2016-01-14 02:32:45 +09:00]] 版) <http://d.hatena.ne.jp/nisinojinnjya/20101027>
-- [43] 消滅確認 [TIME[2023-12-17T07:01:22.400Z]]
-- [44] [CITE[函館旅行(前編) - [[西野神社]] 社務日誌]], 
2010-10-27,
[TIME[2023-12-17T07:01:09.000Z]], [TIME[2015-10-18T17:20:39.847Z]] <https://web.archive.org/web/20151018171855/http://d.hatena.ne.jp/nisinojinnjya/20101027>
- [56] [CITE@ja[蝦夷地七重村開墾條約書]] ([TIME[2018-11-19 23:13:37 +09:00]]) <https://www2.lib.hokudai.ac.jp/cgi-bin/hoppodb/kyuki.cgi?id=0A031580000000000&page=19&lang=0&title=%E8%9D%A6%E5%A4%B7%E5%9C%B0%E4%B8%83%E9%87%8D%E6%9D%91%E9%96%8B%E5%A2%BE%E6%A2%9D%E7%B4%84%E6%9B%B8>
]REFS]



;; [565] [TIME[1869年][year:1869]]の[[版籍奉還]]により、
諸[[藩]]は[[明治政府]]の管理下に入りました。

;; [566] [TIME[1871年][year:1871]]の[[廃藩置県]]により、[[藩]]は[[廃止]]され、
全域が[[明治政府]]の直接統治下に置かれました。


@@
[168] 
[CITE@ja[Xユーザーの鹿ㄜん🦌さん: 「花見中。 隣のベンチのおっちゃんたちの会話の内容が「榎本武揚が蝦夷共和国であらたな暦を作るために天文方に集めさせた資料があったが、軍艦と共に海中に消えた。伝説だと思われていたが、それが最近出てきた」というものだとわかった途端に非常に興味深く―。」 / X]], [TIME[午後6:29 · 2026年4月5日][2026-04-05T09:29:34.000Z]], [TIME[2026-04-06T02:50:31.000Z]] <https://x.com/Shikasandosu/status/2040723512940470382>


** 明治改暦

[719] [TIME[明治6年/1873年1月1日][1873-01-01]][[施行]]の[CITE[改暦ノ布告]] [SRC[>>53]] 
により、[[グレゴリオ暦]]と[[定時法]]が実施されました。
[SEE[ [[明治の改暦]] ]]

;;
[86] [TIME[明治8年/1875年8月22日][1875-08-22]][[批准]]の[[樺太・千島交換条約]]により[[樺太]]全島が[[ロシア帝国]]領、
[[得撫島]]から[[占守島]]までが[[日本領]]となりました。

[365] 当時[[ロシア]]も[[日本]]も[[近代的標準時]]は未実施で、
各地の[[地方時]]が用いられていました。

[394] [TIME[明治14年/1881年][year:1881]]、
[[札幌時計台]]で[[鐘]]による[[報時]]が始まりました。
開始当初は [TZ[+09:25:31]] に近い[[地方時]]だったとみられます。
[[鉄道]]もこれを基準とした他、市内の標準時計ともされました。
[SEE[ [[札幌時計台]] ]]

[39] [TIME[明治21年/1888年1月1日][1888-01-01]]より[[日本]]の[[領土]]
[WEAK[([[東北地方]]、[[北海道]]、[[北方四島]]、[[千島列島]])]]
では[[中央標準時]]
[TZ[+09:00]] が実施されました。
[SEE[ [[日本標準時]] ]]

[REFS[
- [53] [CITE[改暦ノ布告]]
]REFS]

** 日露戦争

;; [276] [TIME[明治38年7月24日][1905-07-24]]、
[[日露戦争]]で[[日本]]は[[樺太]]に進攻しました。
[TIME[31日][1905-07-31]]までに全島が制圧されました。
[TIME[明治38年/1905年11月25日][1905-11-25]][[発効]]の[[ポーツマス条約]]で[[南樺太]]は[[日本]]領になり、
[[北樺太]]は[[ロシア帝国]]に返還されました。

[47] [[樺太]]では[[占領]]当時から[[中央標準時]]が使われた [SRC[>>114]] ようです。

[HISTORY[
[173] [[Time Changes]] の [[KURIL]] or [[KURILI ISLANDS]] は、
[TIME[1904年12月1日][1904-12-01]]から[[標準時]] [TZ[+09:00]]、
それ以前は[[地方平時]]としていました [SRC[>>139]]。
この[TIME[12月1日][1904-12-01]]という[[日付]]は他に [[KOREA]]
でも見られますが、根拠は不明です。
[[樺太]]と混同し[[日露戦争]]下の[[朝鮮半島]]の状況を当てはめたのでしょうか。
[SEE[ [[朝鮮半島の標準時]] ]]

[277] [[tzdata]] の [CODE[[[Asia/Sakhalin]]]] は、
[TIME[1905年8月23日][1905-08-23]]まで[[地方時]]、以後[[中央標準時]]としています。
[TIME[7月31日][1905-07-31]]現地ロシア軍降伏と[TIME[11月25日][1905-11-25]]発効のどちらとも一致しませんが、
[[ポーツマス条約]]調印の[TIME[9月5日][1905-09-05]]はロシア側 ([[ユリウス暦]]) 
で8月23日に当たり、[[グレゴリオ暦]]への換算をしていない可能性があります。
]HISTORY]

[REFS[
- [114] [CITE[關東州の標準時]] (地学雑誌 Vol. 18 (1906) No. 6 P 425b, [TIME[2016-05-02 17:24:44 +09:00]]) <https://www.jstage.jst.go.jp/article/jgeography1889/18/6/18_6_425b/_article/-char/ja/>
- [139] [[Time Changes]] (1982)
]REFS]

** シベリア出兵

[278] 大正9年/1922年には[[日本]]が再度[[北樺太]]を占領していますが
[WEAK[(大正7年[[シベリア出兵]]、大正9年[[尼港事件]])]]、
大正14年/1925年2月25日批准の[[日ソ基本条約]]により返還しています。
この時期の時刻は不明ですが、日本側は[[中央標準時]]を用いたと考えるのが自然でしょう。

;; [279] ソ連はこの時期まだ[[地方時]]を使っています。[[北樺太]]のロシア側が[[地方時]]を使っていたとすると、
[[南樺太]]と約30分の時差があったことになります。

;; [281] 大正7年 ([[シベリア出兵]]開始後で[[北樺太]]占領前) の旅行記 [SRC[>>282]]
では、(おそらく懐中時計を持って) [[南樺太]]から[[北樺太]]へ入って見物していますが、
時刻を調整したり、時差に気づいたりした形跡はありません。
ただこの時代の他の旅行記で時刻の記録があるものでも、
当然時差があるべき地点を通過しても特段の記述がなかったりするので、
確証とはいえないかもしれません。

[REFS[
- [282] [CITE@ja[国立国会図書館デジタルコレクション - 露領樺太覗記]] ([TIME[2015-11-23 15:18:02 +09:00]] 版) <http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/962160>
]REFS]

** 占守島時間

[37] [[Wikipedia]] は[[千島列島]]の[[占守郡]]の[[時間帯]]を [TZ[+10:30]]
としつつ [SRC[>>35, >>36]] も[[要出典]]としており [SRC[>>36]]、
根拠を示していません。
次の通り、
この説を支持する理由は見当たりません。

- [275] 明治期から終戦後に至るまでの当時の記録はもちろん、
現代においても [[Wikipedia]] 以外の言及は見当たりません。
[[西部標準時]]に言及しつつ、
[[台湾]]より古くから[[内地]]だった[[千島]]との[[時差]]に言及しないのは不自然です。
- [361] [[西部標準時]]廃止後の占領地も含めた[[中央標準時]]への[[統一の流れ][大東亜の標準時]]の中で、
その後[[千島]]だけ分かれたとするのも不自然です。
- [364] 軍の基地以外にほぼ定住者もなく ([[郡]]下に[[市町村]]すら設置されていません)、
住民の便宜を図る必要はなく、軍にとっては[[内地]]との連絡に不便です。
- [362] 明治35年の海軍軍艦の訪問記 [SRC[>>360]] には時刻の記載がありますが、
[[時差]]への言及はありません。
- [388] 昭和7年の[[中央気象台]]による[[標準時]]一覧に記載がありません [SRC[>>387]]。
- [441] 日本政府編集の[[暦]]の[[時差]]表に[[千島列島]]が [TZ[+09:00]]
とありますが、注記も他の[[時差]]への記載もありません [SRC[>>440]]。
- [363] [[占守島]]の防衛隊が[[日本本土]]同様[[正午]]に[[玉音放送]]を聞いたと記述する文献もあります。


[REFS[
- [35] [CITE@ja[占守郡 - Wikipedia]] ([TIME[2007-03-19 15:18:23 +09:00]] 版) <http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%A0%E5%AE%88%E9%83%A1>
-- [246] [CITE@ja[「占守郡」の版間の差分 - Wikipedia]] ([TIME[2015-11-20 21:44:45 +09:00]] 版) <https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E5%8D%A0%E5%AE%88%E9%83%A1&diff=9537234&oldid=9526865>
- [36] [CITE@ja[UTC+10:30 - Wikipedia]] ([TIME[2014-06-20 21:10:20 +09:00]] 版) <http://ja.wikipedia.org/wiki/UTC+10:30#.E6.AD.B4.E5.8F.B2>
-- [247] [CITE@ja[「UTC+10:30」の版間の差分 - Wikipedia]] ([TIME[2015-11-20 21:49:24 +09:00]] 版) <https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=UTC%2B10:30&diff=36569798&oldid=35849768>
- [360] [CITE@ja[国立国会図書館デジタルコレクション - 海軍医事報告撮要. 40号(明治35年1−6月)]] ([TIME[2015-12-28 21:37:21 +09:00]] 版) <http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/833160/35>
- [387] [CITE@ja[国立国会図書館デジタルコレクション - 中央気象台一覧]] ([TIME[2016-01-16 19:30:13 +09:00]] 版) <http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1134072/58> 昭和7年
- [440] [CITE@ja[国立国会図書館デジタルコレクション - 暦. 昭和19年]] ([TIME[2016-04-05 00:40:56 +09:00]] 版) <http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1184173/26>
]REFS]

* ソ連・ロシア統治下の樺太・千島

[88] 昭和20年/1945年8月に[[南樺太]]は[[ソビエト連邦]]に占領され、
12月30日に現地行政機関解体、
昭和21年/1946年1月に[[日本]]の施政権が停止されています。
以後[[ソビエト連邦]]、[[ロシア連邦]]の支配下にあります。
[[tzdata]] の [CODE[[[Asia/Sakhalin]]]] は、
1945年8月25日までを[[中央標準時]]としていて、
これはソ連軍の樺太全島占領完了日に基づいているようです。

[87] 現在は全島で[[ウラジオストク時間]]が適用されています。
[SEE[ [[ロシアの標準時]] ]]

-*-*-

[90] 昭和20年/1945年に[[ソビエト連邦]]に[[占守島]]から[[国後島]]までと[[色丹島]]、
[[歯舞群島]]を占領され、以後[[ソビエト連邦]]、[[ロシア連邦]]の支配下にあります。
現在は[[スレドネコリムスク時間]]や[[ウラジオストク時間]]
(かつては[[マガダン時間]]) が適用されています。
[[ソビエト連邦]]はこの地域を1945年9月2日に[[ハブフスク地方]]に編入、
1946年2月頃に[[軍政]]から[[民政]]に移管、
1947年に[[サハリン州]]に編入しています [SRC[>>408]]。
どの時点で[[標準時]]が切り替わったのかは不明です。
その頃はまだ日本人が残っていたので、引き続き[[中央標準時]]を使っていたかもしれませんが、
[[ドイツ]]の[[ソ連]]占領区域のように占領後すぐに切り替えられた可能性もあります。
[SEE[ [[ロシアの標準時]] ]]

[REFS[
- [408] [CITE@ja[ソ連軍政下の北方領土 | 北方四島ポータルサイト]] ([TIME[2016-01-31 18:39:18 +09:00]] 版) <http://4islands.jp/problem/post-3.php>

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[280] [CITE[占守島・1945 年 8 月]]
([[<90A78DEC>]] 著, [TIME[2015-11-23 14:33:09 +09:00]] 版)
<http://webcache.googleusercontent.com/search?q=cache:ueO2_h8EnNgJ:https://src-h.slav.hokudai.ac.jp/publictn/JapanBorderReview/no2/02_itani.pdf>
]FIGCAPTION]

> ソ連側の作戦指揮を担当したカムチャツカ防衛区軍 が作成した報告書「カムチャツカ防衛区軍による1945年8月15-31 日のクリル諸島北部における戦闘行動日誌」(30) を利用した(以下「戦闘行動日誌」と略記)。 これは戦役終了直後に作成された機密文書である。
> なお、日本側とソ連側の記録には時差が存在する(ソ連側が2時間早い)が、本稿では特 に断りのない限り、日本時間を使用する。

]FIG]


[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[93] [CITE[占守島・1945年8月]]
(井澗裕 『境界研究』No.2(2011) pp.31-64 [TIME[2011-11-24 14:28:18 +09:00]])
<http://src-h.slav.hokudai.ac.jp/publictn/JapanBorderReview/no2/02_itani.pdf#page=21>
]FIGCAPTION]

>  ソ連側
「戦闘行動日誌」
によれば、
「
19
日朝
9
時
[日本時間
7
時]
、ソ連軍前線に日本側の軍
使が来た。ヤマト
(注:
山田の誤り)
中尉がツツミフサキ中将の手紙を持ってきた。
『私は上
から次の命令を受けた。本日
19
日
16
時には戦闘を中止するように命令された。ソ連側が
急襲したので
(当方は)
自衛戦闘を行った。ソ連側も
16
時には戦闘を中止するようお願いす
る。もしその後も戦闘を続けるなら、自衛戦闘を開始する』
と手紙には書かれていた」
(96)
「
45
年
8
月
19
日
17
時
[日本時間
15
時]
にカムチャツカ防衛区司令官は第
73
旅団長スジノイワオ
[杉野巌]
少将、第
91
師団参謀長ヤナオカタケジ
[柳岡武]
大佐と自身が会見し、日本軍の無
条件降伏に関する、彼らの署名が入った要求書を手渡した」
(97)
となっている。
[SNIP[]]
戦闘行動日誌に記載されたこの時の要求書は以下の通りであった。
>
[BOX(indent)[
北部クリル諸島の日本軍の指揮官へ:

代理者を通じて手渡された貴文書の内容を
1945
年
8
月
19
日
14
時に受領した。軍事行動
は
8
月
19
日
16
時に条件付きで停止されるであろう。

[SNIP[]]

3. 
すべての将兵は身柄を引き渡すべく、現地時間の
19
日
24
時までにシュムシュ島で
は片岡の北東
8km
の地点に、パラムシル島では柏原の北
5km
の地点に集合すること

[SNIP[]]

5. 
陸上や海上にある国家の武装や建造物
(倉庫や港湾)
の状態は、本年
8
月
19
日現地
時間
16
時の状態に維持されるべきで、その管理は貴官に委ねる。

6. 
海軍司令部は、本年
8
月
19
日現地時間
19
時までに船舶航海の運航計画とクリル諸
島沿岸における水雷敷設図を私に提示すること

[SNIP[]]
]BOX]

]FIG]
]REFS]

-*-*-

[1120] 
現在[[北方四島]]は[[ロシア連邦]]の統治下にあり、
[[日本国民]]は自由に入域できない状態となっていますが、
[[ビザなし交流]]と称して両国政府の承認のもと一時的に滞在できるプログラムがあります。

[1121] 
参加者は、[[北方四島]]域内では現地当局の案内のもと現地を視察したり、
現地住民と交流したりするものであり、
([[日本の法令]]上潜在的に適用されるであろう[[中央標準時]]ではなく)
域内で現に用いられている時刻を用いざるを得ないようです。

[REFS[


[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[1828] 
[CITE[国境は涙にぬれていた:与那国島・台湾]],
[[本間浩昭]] (毎日新聞報道部・根室),
北海道大学グローバルCOEプログラム ライブ・イン・ボーダースタディーズ No.7 [TIME[2011年7月26日][2011-07-26]]
([TIME[2014-06-12 15:56:12 +09:00]])
<http://src-h.slav.hokudai.ac.jp/BorderStudies/essays/live/pdf/Borderlive7.pdf#page=87>
]FIGCAPTION]

> 歯舞群島・水晶島の沖で、ビザなし専門家交流の枠組みによる海生哺乳類の調査をしていた
2001 年 8 月 20 日、このメロディが聞こえた。腕時計に目をやると、針は午前 10 時を指してい
た。日露共同調査なので、便宜的に時計をサハリン時間に合わせていたのだが、午前 8 時のメロ
ディが午前 10 時に流れるという違和感は、何とも複雑なものがあった。

]FIG]

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[1116] [CITE@ja[『色丹島へ 日本人が行けない日本』根室(北海道)の旅行記・ブログ by 倫清堂さん【フォートラベル】]]
(2006/09/13 - 2006/09/19 倫清堂さん [TIME[2018-06-25 01:30:27 +09:00]])
<https://4travel.jp/travelogue/10632554>
]FIGCAPTION]

> 平成18年度北方四島交流後継者訪問事業に派遣されることになり、約1週間かけて根室から北方領土を訪れました。 [SNIP[]] 北海道班が上陸する国後島までは約4時間かかり、我々の目的地である色丹島までは更に4時間かかります。北方四島との時差は2時間とされており、中間点を越えた時点で時計の針は2時間進みます。 

]FIG]


[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[1117] [CITE[全地婦連ホームページ - News・最近の活動 -]]
(482号(16年10月) [TIME[2016-10-19 09:25:45 +09:00]])
<http://www.chifuren.gr.jp/kikanshi/news-bk/482/newsback-482_03.html>
]FIGCAPTION]

> 北連協主体の平成28年度第2回北方四島交流一般訪問事業が9月15日から19日に実施され、全地婦連から2人が参加、国後島と択捉島を訪問しました。
> 今日の出会いにありがとう
> 広島県理事 佐藤 浩子
> [SNIP[]] 翌18日は心配していた波も収まり、昨日からのスケジュールを取り戻すため4時30分から朝食。2時間の時差もあり、早朝からの行動となりました。[SNIP[]]
> 日本文化を通して相互理解を
> 徳島県理事 石本知恵子
> [SNIP[]] 北方領土ビザなし交流「北連協の船」の団員として、9月18日晴れ、気温11℃、現地時間9時30分、択捉島内岡に上陸しました。

]FIG]


[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[1118] [CITE@ja-JP[第20回北方四島交流訪問事業 北方領土返還要求運動神奈川県民会議]]
(視察参加者/報告:神奈川県民会議副会長 白石 俊雄 [TIME[2014-12-04 21:49:00 +09:00]])
<http://www.hoppoukanagawa.jp/ryodo/4toushisatsu2011/4islands2011.html>
]FIGCAPTION]

> 時差2時間の22時30分、国後島の古釜布(フルカマップ)湾に到着、4時間の船旅でした。

]FIG]


[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[1119] [CITE[ムネオ日記]]
(2006年5月20日(土)	 鈴 木 宗 男 [TIME[2018-06-25 01:43:27 +09:00]])
<https://web.archive.org/web/20090225213609/www.muneo.gr.jp/html/diary200605.html>
]FIGCAPTION]

> 色丹島は雨で、風も出てきて心配したが、昼過ぎから太陽が顔を出す良い天気になる。
>  7時半(日本時間5時半、時差2時間)朝食。

]FIG]


]REFS]

-*-*-

[HISTORY[

[51] 
[[第二次世界大戦]]後に[[西側諸国]]で発行された[[時差の表]]の類では、
[[樺太]]や[[千島]]の一部が[[中央標準時]] [TZ[+09:00]]
で示されていることがあります。しかし明確な出典を示すものはなく、
古い情報が残っていただけと考えるのが自然です。

[52] 
現在でも[[日本]]で制作された[[時間帯図]]などで[[北方四島]]が[[中央標準時]]
[TZ[+09:00]] で描かれていることがあります。
しかし[[日本政府]]の立場や[[日本の法令]]上の[[時刻]]の扱いとしてはともかく、
現地で実際に用いられている[[時刻]]を表すものとしては、
正しい表示ではありません。

]HISTORY]

-*-*-

- [166] 
[CITE@ja[Xユーザーのだの⬜️🟩🟨⬛️C107ナンバー本12/31西う-35aさん: 「ユジノサハリンスク駅と今は亡きユーラシアホテル。駅構内にあった車輛を撮って鉄オタごっこをした。 https://t.co/Vc37WahByl」 / X]], [TIME[午後7:45 · 2017年9月3日][2017-09-03T10:45:11.000Z]], [TIME[2025-12-25T07:02:50.000Z]] <https://x.com/Dhanow/status/904294195988316161/photo/2>

[167] >>166
[TIME[平成29(2017)年][2017]]時点の[[樺太]][[豊原市]]の駅ビル壁面に設置された[[時計]]。
[[ロシア連邦]][[モスクワ市]]と[[ロシア連邦]]占領地[[サハリン州]][[ユジノサハリンスク]]市の2つの[[時計]]が並んでいる。

* 昭和の夏時刻

[54] [[東北地方]]や[[北海道]]では、他の[[日本本土]]同様、
[[サンマータイム]] [TZ[+10:00]] が実施されました。
[SEE[ [[昭和のサンマータイム]] ]]

* 宿泊施設独自の時刻

[138] 
[[北日本]]のいくつかの地域や施設では、独自の[[日時制度]]を設けていました。

** ニコニコ共和国元年とニコニコ時間

[SEE[ [[ニコニコ共和国の日時]] ]]

** 吉里吉里時間

[SEE[ [[吉里吉里時間]] ]]

** 桃岩時間

[60] 
[[日本国]][[北海道]][[礼文郡]][[礼文町]]の[[桃岩荘ユースホステル]]では、
[[桃岩時間]] [TZ[+09:30]]
が使われています。
[SEE[ [[桃岩時間]] ]]



* 北海道独自時刻の提案

[55] [SEE[ 北海道を含む日本全国の標準時や夏時刻、北海道や東北を含む東日本の独自時刻の提案については[[日本標準時改正案]] ]]


[157] [CITE@ja-JP[北海道を考えなおす 第1集]], [[北海道新聞社]], [TIME[1974]], [TIME[2024-07-30T10:51:24.000Z]], [TIME[2024-07-31T15:01:10.217Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/9490671/1/62> (要登録)
右

[158] 
>>157 北海道だけのサマータイム。1時間時計を早める。


[547] 1990年代末から2000年代初頭にかけて、
[[北海道]]では[[中央標準時]]よりも早い時刻を夏季または通年で採用するべきとの意見が複数現れました。

[541] [TIME[1999年][year:1999]]に発足した[[北海道の「時」を考える会]]は、[DFN[北海道標準時]]
[TZ[+10:00]] を提案しました [SRC[>>540]] (提案の時期は不明)。

[537] [TIME[2003年][year:2003]]頃から、
[[札幌商工会議所]]は[[北海道]]での[[夏時刻]]の導入を主張し、
様々な活動を行いました。
これは「北海道サマータイム」と呼ばれ、
道内企業や[[北海道庁]]での実証実験も何度か行われました。

[546] [[札幌商工会議所]]は4月第1日曜日から9月最終日曜日まで、
[TZ[+10:00]] または [TZ[+11:00]] を用いることを提案していました [SRC[>>991]]。
しかし「北海道サマータイム」と称して実際に試行されたものは、
[[時刻]]の変更を伴わない単なる[[夏期営業時間]]制度でした [SRC[>>990]]。
[[札幌商工会議所]]による公式の説明自体が[[時刻]]を変更する本来の[[夏時刻制]]と北海道で実施された[[夏期営業時間]]制度を区別しておらず
[SRC[>>991]]、第三者の混乱を招く状況でした。
「北海道サマータイム」は全国的な[[夏時刻制]]の推進の文脈でも成功例として頻繁に取り上げられており
[SRC[例えば >>384]]、[[時刻]]の変更を伴う[[夏時刻制]]による混乱の可能性を伏せて賛成世論を醸成するため意図的に混同させているのではないかとの批判もあります [SRC{>>140]]。

[1061] 
[TIME[2002-01-23]]、
[[石屋製菓]]社長の[RUBYB[[[石水勲]]][[TIME[1944]]-[TIME[2021]]]]は、
[[北海道]]で夏季に「北海道だけが2時間早く経済活動を始め」ることを提案しました
[SRC[>>1060]]。意図していたのが[[夏時刻]]なのか[[夏季営業時間]]なのかは不明です。


[963] 
[TIME[2002-03-24]]、
[[法学者]]の[RUBYB[[[林紘一郎]]][[TIME[1941]]-]]は、
当時[[日本全国]]での実施が検討されていた[[サマータイム]]について、
[[北海道]]でのみ実施するべきと語った [SRC[>>596]]
といいます。しかし[[林紘一郎]]がその実現に向け積極的に活動していた形跡はありません。

[997] 
[[札幌商工会議所]]は、
第31期政策委員会にサマータイム小委員会 ([[座長]] [[石水勲]]) を設置し、
[TIME[平成15年1月][2003-01]]、
[[日本政府]]の[[構造改革推進本部]]の[[特区]]制度の2次募集に、
「北海道サマータイム特区」を提案しました [SRC[>>992]]。
これは[[北海道]]において4月第1日曜日から9月最終日曜日まで、
[TZ[+11:00]] を用いることを提案するものでした [SRC[>>992]]。
しかし[[日本政府]]側で担当省庁が定まらず、それ以上は進みませんでした [SRC[>>599, >>206]]。

[544] 
この提案は、
[TIME[平成15(2003)年11月[ASIS[12月]]][2003-11-12]]に[[北海道]]や[[札幌市]]にも持ち込まれました
[SRC[>>989]]。
[TIME[平成19(2007)年][year:2007]]頃の道民からの政策提案リストにも、
独自の[[標準時]]や[[サマータイム]]の導入が挙げられていました [SRC[>>542, >>543]]。


[142] 
「道州制特区」構想に関係して[TIME[平成16(2004)年][2004]]に[[札幌市]]が[[北海道]]に[[サマータイム]]の導入を提案したものの、
[[北海道]]が無視したとする説もありました。
[SRC[>>141]]




[121] 
[TIME[平成16(2004)年][2004]]、
[[石水勲]]は、
[[札幌商工会議所]]副会頭に就任しました。
[[石水勲]]は[[北海道]]版[[サマータイム]]実施を推進しました。
[SRC[>>119]]



[1524] 
[TIME[2004-07-01]]-[TIME[2004-07-31]]には、
[[札幌商工会議所]]を中心として[[札幌]]の一部企業等で[[サマータイム]]と称する[[夏季営業時間]]制度が試行されました。

[122] 
これは[[時計]]をいじらずに労働時間を変更するものでしたが、
「[DFN[北海道サマータイム]]」、「[DFN[HOKKAIDO SUMMER TIME]]」
として[[標準時]]より1時間進んだ[[時計]]を並べて表示していたようです [SRC[>>1523]]。
この表示は[[札幌市]]内の[[テーマパーク]][[白い恋人パーク]]
[SRC[>>1777]] や[[札幌市西区]]の[[石屋製菓]] [SRC[>>76]]
など複数箇所に設置されていたようです。
(時計の前に立つ[[石水勲]]の写真 [SRC[>>120]])

;; [124] 
[[石屋製菓]]は[[石水勲]]の本業で、
[[白い恋人]]は[[石屋製菓]]の主力商品でした。


[123] 
「標準時より1時間早める ※但し、実験ですので時計の針はそのままで」 [SRC[>>1777]]
とあり、[[夏季営業時間]]制の試行でありながら、
それとは異なる[[夏時刻]]制の導入を企てていたことがわかります。

[129] 
少なくても[TIME[平成23(2011)年][2011]] [SRC[>>128 (動画あり)]]
までは、規模が変わりながらも継続されました。


;;
[77] 当時は[[北海道サマータイム]]や他の地方の[[夏季業務時間]]制度は概ね好評で、
是非とも全国的に[[夏時刻制]]を実施するべき、ということになっていましたが、
なぜか徐々に下火になっていきました。
2018年の[[東京五輪]]の[[サマータイム]]騒動 ([SEE[ [[日本の標準時]] ]]) では、
当時を思い出して辛かったという声も散見されました。
実態は主催者サイドの発表を鵜呑みにせずに検証する必要がありそうです。


[130] 
[[北海道サマータイム]]には、
[[北海道庁]]も参加しました [SRC[>>143]]。
当時の[[北海道知事]]の[RUBYB[[[高橋はるみ]]][[TIME[1954]]-]]
[WEAK[(在職[TIME[2003]]-[TIME[2019]], 後に[[自由民主党]][[参議院議員]])]]
が[[サマータイム]]推進派だったのかは不明ですが、
少なくても強硬な反対派ではなかったようです。
[TIME[令和3(2021)年][2021]]、
[[高橋はるみ]]は、
[[石水勲]]の功績として、
[[サマータイム]]を提唱し[[北海道]]の経済界に新しい発想を持ち込んだと高く評価しました。
[SRC[>>128]]


[539] 
[[北海道]]の民間企業[[合資会社ワイアンドエス]]の運営する[[なんまらドットコム]]は、
[[サマータイム]]実験に触発されたとして[DFN[北海道標準時]] 
([DFN[HST]]、[DFN[Hokkaido Standard Time]]) [TZ[+10:00]] を提案しています [SRC[>>538]]。
しかしこの説明 [[Webページ]]に現在時刻の表示がある他は、
利用実態があるようには見えません。
[LON[東経142度][142E]]付近の[[大雪山]]系[[旭岳]] 
[WEAK[([[北海道]]本島のほぼ中心にある[[山]])]] を「基準」とするとしながら、
「便宜上」1時間進めるという [SRC[>>538]] のは謎です。
[[Webサイト]]の表示は「基準」の 
[LON[東経142度][142E]] = [TZ[+09:28]] ではなく、 [TZ[+10:00]]
となっています。



[REFS[
- [140] 
[CITE@ja[[[サマータイム]]導入実験?|縄田頼信]], [[Yorinobu Nawata 縄田頼信]], 
2004年8月14日,
[TIME[2021-07-01T07:14:54.000Z]], [TIME[2021-10-04T09:32:05.971Z]] <https://www.ne.jp/asahi/korette/hendenaikai/daylight_saving_time/sapporo_dounyujikken.html>
- [143] 
[CITE[職員3208人が[[サマータイム]]参加 高橋知事会見 | 十勝毎日新聞電子版-Tokachi Mainichi News Web]], 
2005/06/15 0:00,
[TIME[2021-10-04T09:44:39.000Z]] <https://kachimai.jp/article/index.php?no=201031810362110608>
- [384] [CITE[参政研フォーラム]] AUTUMN, 2005 No. 68 特集:サマータイム ([TIME[2014-09-09 21:05:28 +09:00]]) <http://www.sanseiken.or.jp/document/forum/vol_068.pdf>
--
[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[110] 
[CITE[北海道サマータイム~2回目の実験を終えて]],
[[伊藤公一]] (札幌商工会議所総合企画部企画課主幹)
]FIGCAPTION]

(PDF 24ページ)

>
サマータイムが北海道に導入されると、北海道に道外との時差が生じます。当所で作成したビデオでは津軽海峡を北海道に向けて飛行機で渡っている時に時間変更線があり、時計の針を一時間進めるシーンがあります。日本に居ながらにして、まるで外国に行くようなロマン溢れる想いを乗客の方は抱くのではないでしょうか。

]FIG]
- [599] [CITE@ja[第159回国会 予算委員会 第12号(平成16年2月18日(水曜日))]] ([TIME[2017-08-02 09:09:24 +09:00]]) <http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_kaigiroku.nsf/html/kaigiroku/001815920040218012.htm>
- [1523] [CITE@ja[日本経済新聞]] ([TIME[2018-08-17 16:50:22 +09:00]]) <https://www.nikkei.com/news/image-article/?R_FLG=0&ad=DSXMZO3421224016082018905E02&dc=1&ng=DGXMZO34212610W8A810C1EAC000&z=20180817>
- [1776] [CITE@jp[デメリットはあれど、サマータイムはやはり導入すべきである]] ([TIME[2018-08-27 14:46:10 +09:00]]) <https://ironna.jp/article/10538>
-- 「「これがサマータイムの時計よ」と子供が指差す1時間早い時計(右)と標準時の時計=2004年7月21日、札幌市」
-- [1777] [CITE[c28d45678b31730c3bbc0b2995033103.jpg (1200×800)]] ([TIME[2018-08-27 14:46:26 +09:00]]) <https://ironna.jp/file/c28d45678b31730c3bbc0b2995033103.jpg>

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[76] [CITE[今年も北海道サマータイム/規模拡大、1万2000人参加 | 今年も北海道サマータイム/北海道夏時間と標準時 サマータイム実験が始まり、店頭に設置された北海道サマータイム(右)と標準時を表示する時計=20日午前、札幌市西区の石屋製菓 | 四国新聞社]]
(2005/06/20 08:26 [TIME[2018-12-12 17:47:10 +09:00]])
<http://www.shikoku-np.co.jp/national/life_topic/photo.aspx?id=20050620000030&no=1>
]FIGCAPTION]

> サマータイム実験が始まり、店頭に設置された北海道サマータイム(右)と標準時を表示する時計=20日午前、札幌市西区の石屋製菓

]FIG]

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[141] [CITE[untitled - 03_2.pdf]], [TIME[2015-07-03T00:46:33.000Z]], [TIME[2021-10-04T09:36:02.610Z]] <https://www.jichiro.gr.jp/jichiken_kako/sagyouiinnkai/30-arikata/pdf/03_2.pdf#page=7>
]FIGCAPTION]

>同様の、道内の軋轢解消に向けた動きも生じてくる。たとえば、札幌市は、道州制特区に関連し
てサマータイムの導入提案を2004年当初に北海道に提出している。しかし、これは、道庁サイドか
らは無視されていた。こうしたことにより、札幌市の北海道道州制特区構想への対応は冷ややかな
ものであったが、これも高橋知事と上田札幌市長との間の会談が行われて、意気投合が演出される
など、知事側も道内の各種団体や市町村を味方につけようとする動きを行うようになってきたとい
える。これにより、道内のアクターにも広がりがでてきたといえよう。 

]FIG]

- [119] [CITE@ja[「白い恋人」石屋製菓の石水勲元社長が死去 北海道の銘菓に育てる:[[朝日新聞]]デジタル]], 
[[佐藤亜季]]、[[能田英二]],
2021年9月29日 12時00分,
[TIME[2021-10-04T09:08:35.000Z]] <https://www.asahi.com/articles/ASP9Y3S66P9YIIPE00G.html?iref=pc_ss_date_article>
-- [120] 
写真
[CSECTION[サマータイム導入をめざしていた石水勲さん=2004年7月、札幌市]]

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[128] [CITE@ja[銘菓「[[白い恋人]]」の“育ての親”石水勲氏が死去 北海道の財界、スポーツ界に大きな足跡(HBCニュース) - [[Yahoo!ニュース]]]], 
9/30(木) 6:47配信,
[TIME[2021-10-04T09:20:57.000Z]] <https://news.yahoo.co.jp/articles/19e5719d9320872730a06c68c8f7f2c63dc9bb61>
]FIGCAPTION]

> また、札幌商工会議所副会頭としてサマータイムの導入を提案したほか、サッカーJリーグ、北海道コンサドーレ札幌の創設を主導するなど、幅広く活躍しました。

> 「サマータイムを商工会議所にいるときに一生懸命やっておられて、北海道を世界の中心にするために熱心でいらっしゃった。新しい発想を北海道の経済政策に持ち込んだご功績があった」(前北海道知事・高橋はるみ参院議員)

]FIG]


]REFS]

-*-*-

[89] 
[TIME[2013年][year:2013]]の記事によると、
[[大前研一]]は「以前」、
[[北海道]]で[[サマータイム]] [TZ[+11:00]] 
を実施し、[[ロシア]]の時刻と揃えることで経済的な利益があると主張しました。
[SRC[>>85]]
大前はこれ以前 ([SEE[ [[日本の標準時]] ]]) にも以後 (>>92) にも[[夏時刻]]導入を主張していました。

[146] 
[TIME[2015-04-12]]の[[北海道知事]]選挙に出馬した元アナウンサーの[RUBYB[[[佐藤のりゆき]]][[TIME[1949]]-]]は、
[TIME[平成26(2014)年][2014]]の時点ですでに、
講演や著書で[[サマータイム]]導入を主張していました [SRC[>>144]]。
[TIME[平成27(2015)年3月][2015-03]]には公約として
「8つの柱」
を発表しましたが、
[[サマータイム]]導入が盛り込まれていました
[SRC[>>145]]。
[[佐藤のりゆき]]のいう「サマータイム」が全国的なものか[[北海道]]限定かは不明です。
[[夏時刻制度]]を指すのか[[夏季業務時間制度]]を指すのかは不明です。
しかし[[北海道知事]]としての公約である以上、
[[北海道]]での実施を特に意識したものと思われます。
[[北海道]]で生まれ育ち放送局で勤務した[[佐藤のりゆき]]が、
[[北海道サマータイム]]を念頭に置かなかったはずがありません。
この選挙では現職の[[高橋はるみ]] (>>130)
が当選しましたが、[[サマータイム]]をめぐる政策の論議があったかは不明です。



[998] 
[TIME[2017年][year:2017]]に[[札幌なにかができる経済人ネットワーク]]有志により設置された
[SRC[>>999]]
[[北海道150年物語実行委員会]]が[[北海道150年物語]]の「アイデア」
を募集したのに対し、
[[株式会社北海道良水]]の[[代表]]の[[新藤大次郎]]は、
[[北海道]]の[[標準時]]を [TZ[+11:00]] とすることを提案しました [SRC[>>986, >>987]]。
その理由は[[証券取引所]]の取引開始が世界一の早さとなることとされています。
[[舛添要一]]の[[日本標準時]]改正案と同じ理由ですが、
それ以前から「北海道サマータイム」の利点として挙げられていたものでもあります [SRC[>>545]]。
[SEE[ [[日本標準時]] ]]

[1000] この[[北海道150年物語]]は、
[[北海道庁]]による[[北海道150年事業]]に採択されたもので [SRC[>>989]]、
一応は[[行政]]の支援を受けた活動ではあります。しかしこの「アイデア」一覧は
「言い出しっぺとその仲間は夢の実現にチャレンジしてみましょう」
[SRC[>>986]] と丸投げしているだけであり、
[[北海道150年物語実行委員会]]は集めた「夢」の実現に向けた取り組みを行わないようです。


[92] 
[TIME[2018年8月31日][2018-08-31]]、
[[大前研一]]は
「「時間は1つではない」ということをイメージさせる」ために[[北海道]]のみ[[サマータイム]]を実施するべきだと主張しました。
[SRC[>>91]]
大前は以前[[北海道]]で[[サマータイム]]を導入すると経済的にメリットがあると主張していました
(>>89) が、もはや[[サマータイム]]導入のために[[サマータイム]]を導入するという主張になってきたようです。


[FIG[ [2159] [[北海道]]の[[太陽]]

- [[札幌]] [[標準時]] [TZ[+09:00]]
--
[FIG(suntime)[
tz=+09:00 lat=43.0594286 lon=141.3004602 day=2000-03-20 offsetbefore=02:00
]FIG]
[[春分]]
--
[FIG(suntime)[
tz=+09:00 lat=43.0594286 lon=141.3004602 day=2000-06-21 offsetbefore=02:00
]FIG]
[[夏至]]
-- 
[FIG(suntime)[
tz=+09:00 lat=43.0594286 lon=141.3004602 day=2000-09-23 offsetbefore=02:00
]FIG]
[[秋分]]
-- 
[FIG(suntime)[
tz=+09:00 lat=43.0594286 lon=141.3004602 day=2000-12-21 offsetbefore=02:00
]FIG]
[[冬至]]
- [[札幌]] [[夏時刻]] [TZ[+10:00]]
--
[FIG(suntime)[
tz=+10:00 lat=43.0594286 lon=141.3004602 day=2000-03-20 offsetafter=01:00 offsetbefore=01:00
]FIG]
[[春分]]
--
[FIG(suntime)[
tz=+10:00 lat=43.0594286 lon=141.3004602 day=2000-06-21 offsetafter=01:00 offsetbefore=01:00
]FIG]
[[夏至]]
-- 
[FIG(suntime)[
tz=+10:00 lat=43.0594286 lon=141.3004602 day=2000-09-23 offsetafter=01:00 offsetbefore=01:00
]FIG]
[[秋分]]
-- 
[FIG(suntime)[
tz=+10:00 lat=43.0594286 lon=141.3004602 day=2000-12-21 offsetafter=01:00 offsetbefore=01:00
]FIG]
[[冬至]]
- [[札幌]] [[夏時刻]] [TZ[+11:00]]
--
[FIG(suntime)[
tz=+11:00 lat=43.0594286 lon=141.3004602 day=2000-03-20 offsetafter=02:00
]FIG]
[[春分]]
--
[FIG(suntime)[
tz=+11:00 lat=43.0594286 lon=141.3004602 day=2000-06-21 offsetafter=02:00
]FIG]
[[夏至]]
-- 
[FIG(suntime)[
tz=+11:00 lat=43.0594286 lon=141.3004602 day=2000-09-23 offsetafter=02:00
]FIG]
[[秋分]]
-- 
[FIG(suntime)[
tz=+11:00 lat=43.0594286 lon=141.3004602 day=2000-12-21 offsetafter=02:00
]FIG]
[[冬至]]

]FIG]


[REFS[

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[1060] [CITE[重箱の隅っこ]]
(2002/01/23 [TIME[2003-07-28 00:47:44 +09:00]])
<http://www3.osk.3web.ne.jp/~kakimoto/corner/to_021.html#2002123>
]FIGCAPTION]

> テレビ北海道(TVh)は1月18日に札幌市内のホテルで「どうする、明日の北海道」と題する公開討論会を開いた。
> 石水勲 石屋製菓社長は「夏の間、北海道だけが2時間早く経済活動を始めれば、金融、観光など大きな波及効果が期待できる」と力説した。

]FIG]

- [596] [CITE@ja[北海道サマータイム論 | Blog | nozomu.net - 吉田望事務所 -]]
(2002/03/25 ([TIME[2017-07-19 00:38:02 +09:00]]))
<http://www.nozomu.net/journal/000113.php>
- [540] [CITE[私設北海道開拓使の会 メールマガジン 見本誌]] 
([TIME[2002年][year:2002]]、[TIME[2010-04-14 12:12:07 +09:00]]) 
<http://www.kaitaku.gr.jp/mm_mihon.html>
-- [961] 「北海道標準時間を創ろう」 石黒直文(北海道の「時」を考える会)
-- [962] 「北海道標準時への疑問」 柳井正義((株)北海道21世紀総合研究所)

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[991] [CITE[北海道サマータイム]]
([TIME[2018-03-01 21:28:24 +09:00]])
<https://web.archive.org/web/20060202230034/www.sapporo-cci.or.jp/summer/>
]FIGCAPTION]

> 
[BOX(center)[
[B[☆札幌商工会議所が提唱する『北海道サマータイム制』]]

毎年4月第1日曜日から9月最終日曜日までの約6ヶ月間、
北海道全域を日本標準時より1時間ないし2時間早める
]BOX]
[SNIP[]]
>  サマータイム制度とは夏の間だけ時計を進め、明るい時間帯を有効に活用しようとするもので、現在では日本・韓国などわずかな国を除き世界中の中高緯度地帯で導入されております。

]FIG]


[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[992] [CITE[北海道サマータイム]]
([TIME[2018-03-01 21:29:23 +09:00]])
<https://web.archive.org/web/20051102071000/http://www.sapporo-cci.or.jp:80/summer/teian.html>
]FIGCAPTION]

> 
[BOX(center)[
[B[北海道サマータイム特区の提案について]]
]BOX]
> 
[BOX(set)[
[BOX(left)[
政府構造改革推進本部 様
]BOX]

[BOX(right)[
平成15年1月

札幌商工会議所 提出
]BOX]
]BOX]
>  第31期政策委員会では、内部にサマータイム小委員会(石水 勲 座長)を設置し、北海道サマータイム制導入の可能性を探ってきた。このたび政府構造改革推進本部の特区2次募集に対し『北海道サマータイム特区』の提案を行った。
> 
:[B[1.想定地域]]:
北海道全体
:[B[2.内  容]]:
4月第1日曜日から9月最終日曜日までの約6ヶ月間、日本標準時より2時間時計を早める
:[B[3.当該法令]]:
標準時に関する勅令(明治28年、勅令第167号)
:[B[4.地域特性と目的]]:
北海道は、日本標準時を定めた明石より経度で約6度東に位置し、尚且つ、わが国の中で最も高緯度に位置することから、夏季における日中時間が札幌で東京に比べ約1時間長い。また、日本・韓国等わずかな国・地域を除きサマータイムは世界標準となっている
:[B[5.導入効果]]:
[BOX[
北海道は、日本全体の中でも最も四季の際立った自然環境を有する。夏季6ヶ月間、標準時より2時間早めることで、生活面においては、健康増進、余暇の利用拡大、また、企業においては、省エネルギー効果やCO2 の削減、さらに新たなビジネスチャンスが生まれるなど、高い導入効果が見込まれる。
]BOX]
[BOX[
また、長期化する景気低迷下、内外に北海道をアピールする絶好の機会となると共に新たな制度の施行で、道民意識の高揚にも処する
]BOX]
:[B[6.導入コストに関すること ]]:
[BOX[
= 交通機関・メディア・銀行等のシステムの変更
= 各種表示、印刷物の変更
= 道外に本支店を持つ企業のシステム等の対応  他
]BOX]
:[B[7.その他]]:
夕ラッシュ時が明るいため、交通事故の防止にも効果があると言われている

]FIG]


[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[989] [CITE[北海道サマータイム]]
([TIME[2018-03-01 21:27:23 +09:00]])
<https://web.archive.org/web/20051102064739/http://www.sapporo-cci.or.jp:80/summer/teigen.html>
]FIGCAPTION]

> 
[BOX(center)[
[B[北海道サマータイムの導入に関する]]
[B[提 言 書]]
]BOX]
> 
[BOX(set)[
[BOX(left)[
北海道経済産業局長 様

北海道知事 様

札幌市長 様	
]BOX]

[BOX(right)[
平成15年11月12月

札幌商工会議所
]BOX]
]BOX]
>  サマータイム制度は夏の間だけ時計を進め、明るい時間帯を有効に活用しようとするもので、現在では日本・韓国などわずかな国や地域を除き世界中の中高緯度地帯で導入されている。
>  北海道は、日本標準時を定めた明石より経度で約6度東に位置し、尚且つ、わが国の中で最も高緯度に位置することから、夏季における日中時間が札幌で東京や大阪などに比べ約1時間長くなっている。「北海道サマータイム」は、この昼間時間を積極的に利用しようというもので、生活面においては、健康増進、余暇の利用拡大、また、経済活動においては、省エネルギー効果やCO2 の削減、さらに新たなビジネスチャンスが生まれるなど、高い導入効果が見込まれるものである。
>  札幌商工会議所では北海道サマータイム制導入に関し、平成15年1月、政府構造改革推進本部の特区2次募集に対し提案を行ったほか、平成15年10月には、「北海道サマータイム」導入による経済効果について試算を取り纏めた。その結果、観光・レジャー・趣味娯楽などに対し直接効果で9百億円弱、さらに波及効果を含めると1千百億円を超える新たな消費行動が誘発されると算出され、一方、これに伴うコンピュータ関連等のシステム変更費用は約41億円にとどまると積算された。
>  「北海道サマータイム」は、新たな需要を創出すると共に、内外に北海道をアピールする絶好の機会となることから、その導入を強く要望するものである。
> 
[BOX(center)[
記
]BOX]
> 毎年4月第1日曜日から9月最終日曜日までの約6ヶ月間、北海道全域(本道限定)で1時間乃至2時間のサマータイムを導入すること

]FIG]


[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[990] [CITE[北海道サマータイム]]
([TIME[2018-03-01 21:27:57 +09:00]])
<https://web.archive.org/web/20060509064229/http://www.sapporo-cci.or.jp:80/summer/2006youryou.html>
]FIGCAPTION]

> 3.内容	上記の期間、日本標準時より1時間早める。
> 1週間以上任意で参加日数を設定
> ※但し時計の針は動かさない

]FIG]

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[206] [CITE[札幌商工会議所]]
([TIME[2016-12-14 18:56:33 +09:00]])
<https://www.sapporo-cci.or.jp/web/request/details/post-43.html>
]FIGCAPTION]

> こうした状況を踏まえて、札幌商工会議所では、北海道サマータイム制導入に関し、平成15年1月、政府構造改革推進本部の特区2次募集に対し提案を行ったが、主体となる所管省庁が不明との理由で現在も継続検討となっている。

]FIG]

- [538] [CITE[なんまらドットコム「北海道標準時とは?」]] ([TIME[2009-06-19 10:07:28 +09:00]]、
2006年付け) <http://www.nammara.com/contents/hst/hst.html>
-- [964] [CITE[なんまらドットコム「北海道標準時とは?」]] ([TIME[2017-12-26 00:22:19 +09:00]]) <https://web.archive.org/web/20080520014811/http://www.nammara.com:80/contents/hst/hst.asp>
が [[Internet Archive]] 最古。

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[185] [CITE[大好きセントルイス過去ログ9]]
([TIME[2006-07-21 10:20:31 +09:00]])
<http://www.ops.dti.ne.jp/~kumikoyo/kakorogu9.html>
]FIGCAPTION]

> 私は今は「日本の東の端」に住んでいるので、午後5時にはもう真っ暗です。
> 夏時間もいいですが、それより先に、GMT+10の「北海道標準時」を作ってほしいぐらいです。

]FIG]

- [543] [CITE[【地域】北海道標準時を・道州制特区で知事が2次提案例示]] 
(2007/05/18(金) 07:13:24 [TIME[2016-10-10 11:56:45 +09:00]]) <http://news21.2ch.net/test/read.cgi/bizplus/1179440004/>

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[187] [CITE@ja[2007年6月のブログ記事一覧(3ページ目)-十勝・大地の気に包まれて]]
([TIME[2016-12-14 18:51:49 +09:00]])
<http://blog.goo.ne.jp/g-studio-k2/m/200706/2>
]FIGCAPTION]

>  いっそ、北海道だけ別時間で動くのはどうだろう。北海道標準時・・・無理かな!? 雪はとても美しいと思うけれど、雪の中の暮らしは厳しさもある。

]FIG]

- [542] [CITE[道民提案 検討テーマ別分類一覧表 (継続検討分 74件)]] 
([TIME[平成20年][year:2008]]? [TIME[2011-03-11 19:59:25 +09:00]]) <http://www.pref.hokkaido.lg.jp/ss/cks/grp/15/siryo1_6.pdf>

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[186] [CITE@ja[鐘の音が遠くへ響かなくなった今、町は同じように美しいだろうか・・・ 卓上四季 八葉蓮華 | 平和 八葉蓮華 (創価学会 仏壇)]]
(2010年05月21日(金) 23時53分 [TIME[2016-12-14 18:51:24 +09:00]])
<http://yaplog.jp/hachiyorenge/archive/405>
]FIGCAPTION]

> 全国一斉に時を告げる仕組みがないころだ。時計台には天体観測所が併置され、独自に時刻を割り出した。日本の標準時と少し異なる、事実上の北海道標準時を刻んだ。この手作りのような独立感がいい

]FIG]

;;
[201] その当時「日本の標準時」なんてなかったし、その地の[[太陽時]]を使うのは当時世界中どこででも行われていた普通のことなんですが、
どのへんが「いい」んですかねぇ。。。
「全国一斉に時を告げる仕組みがない」と自分で書いているのに、
「日本の標準時」と書いたところで矛盾に気づかなかったのか?

- [545] [CITE@ja[北の大地 蝦夷共和国樹立へ向けて | 次世代戦略研究所|NEXTAGE INSTITUTE]] 
(新田靖浩(2012/03/11) [TIME[2016-10-03 21:16:11 +09:00]]) <http://g-nextage.jugem.jp/?eid=40>
- [85] [CITE@ja[〔大前研一「ニュースの視点」〕KON468「日本の標準時間と国家戦略特区~類似した事例を調べて施策の有効性を考える」]] (2013年5月31日, [TIME[2019-01-01 16:58:04 +09:00]]) <http://www.lt-empower.com/ohmae_blog/viewpoint/692.php>
- [144] [CITE@ja[2014年10月26日 [[北海道新聞]]・一面 「佐藤氏、知事選出馬へ」|tou とう 透|note]], [TIME[2021-10-04T09:52:44.000Z]] <https://note.com/tou_itter/n/n1755e48f477b>
- [145] [CITE[150317_nikkei.pdf]], [TIME[2015-05-21T00:19:43.000Z]], [TIME[2021-10-04T09:54:45.840Z]] <https://www.aix-group.co.jp/pdf/150317_nikkei.pdf>


[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[548] [CITE@ja[北海道観光夏時間の提案 | Caiu O micO]]
([TIME[2016-10-12 11:34:38 +09:00]])
<https://cayumico.wordpress.com/2013/06/13/hokkaidosummertime/>
]FIGCAPTION]

> 北海道だけで5月から8月にかけて時計の針を2時間進める「北海道夏時間」を採用したらどうか。
UTC+9の日本標準時(JST)から、UTC+11の北海道夏時間(HST)になるのだ。
4月から5月、8月から9月の切替時に一気に2時間調整するのはつらいが、それは置いておく。
観光に与える影響は絶大であると思う。

]FIG]

- [999] [CITE@en[北海道150年物語プロジェクト 実行委員会公式サイト]] ([[Carlos Alvarez - Alvarez.is - blacktie.co]]著, [TIME[2018-01-31 10:27:20 +09:00]]) <http://150nen.com/index.html>

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[986] [CITE[北海道150年ものがたり アイデア募集 中間報告]]
(2016.5.13 [TIME[2016-10-20 17:10:28 +09:00]])
<http://www.pref.hokkaido.lg.jp/ss/ssa/280513snnteigen.pdf#page=3>
]FIGCAPTION]

> 
,*No. ,*アイデア・提言 ,*内容(一部抜粋) ,*提案者(敬称略)
,96 ,北海道の標準時を2時間早やめ札幌金融市場を世界一早いスタートに ,札幌の金融市場は国際的にも注目されて、東アジア最大の金融取引市場に 国内はもとより、外資系金融機関も進出し、北海道の全体が活性化する。 ,(株)北海道良水 新藤大次郎

]FIG]


[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[987] [CITE@en[アイデア集|北海道150年物語プロジェクト 実行委員会公式サイト]]
([[Carlos Alvarez - Alvarez.is - blacktie.co]]著, [TIME[2017-06-13 08:55:55 +09:00]])
<http://150nen.com/idea>
]FIGCAPTION]

> 
,北海道の標準時を2時間早やめ札幌金融市場を世界一早いスタートに	,札幌の金融市場は国際的にも注目されて、東アジア最大の金融取引市場に 国内はもとより、外資系金融機関も進出し、北海道の全体が活性化する。,㈱北海道良水 新藤大次郎

]FIG]

- [1045] [CITE@ja[菅野完事務所さんのツイート: "北朝鮮の標準時変更で思い出したが、小泉内閣の構造改革特区ブームの時、「北海道と沖縄に1時間の時差をつけよう」って話が出た。為替や株の市場の営業時間が実質的に伸びるんで各界大歓迎だったんだが、日本の標準時を決める法律が太政官令で「変え方がわからん」とのことで断念したって話がある。"]]
([TIME[2018-04-30 12:05:40 +09:00]])
<https://twitter.com/officeSugano/status/990719582930255872>

[NOTE[
[1046] 誰が「断念した」 [SRC[>>1045]] のか不明ですが、
[[日本政府]]が[[日本の法令]]を[[改正]]できないはずもなく、
例えば[[小泉内閣]]時代の[TIME[平成14年][year:2002]]に[[政令]]で[[太政官布告]]を[[改正]]した事例
[SRC[>>1047]] があります。

- [1047] [CITE@ja[明治十四年太政官布告第六十三号(褒章条例)]] ([TIME[2018-04-30 12:11:20 +09:00]]) <http://elaws.e-gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0500/detail?lawId=114DF0000000063>
]NOTE]

- [91] [CITE@ja[大新聞はなぜこぞってサマータイムに反対なのか?【大前研一メソッド】 | BIZTIPS]] (2018/08/31配信分, [TIME[2019-01-01 17:00:57 +09:00]]) <https://biztips.ohmae.ac.jp/biz-topics/20180831-2>
]REFS]


[68] 
[CITE@ja[日本標準時 - Enpedia]], [TIME[2023-02-18T23:22:18.000Z]], [TIME[2023-02-22T09:13:40.586Z]] <https://enpedia.rxy.jp/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E6%A8%99%E6%BA%96%E6%99%82>

>
大前研一は自著で、北海道を本州から証券取引などで経済的に自立させるために、UTC+10(ロシアのウラジオストク時間と同じ)もしくはUTC+11(ロシアのマガダン時間と同じ)の「北海道標準時」の設定を提言している。

[147] [CITE[無題ドキュメント]], [TIME[2018-07-09T08:47:27.000Z]], [TIME[2021-10-04T10:12:21.233Z]] <http://www.hakodate-e-news.co.jp/2015toitutihousen1.html>

[148] [CITE@ja[日本経団連タイムス No.2783-01]], [TIME[2005-09-15T02:54:58.000Z]], [TIME[2021-10-04T10:13:00.066Z]] <https://www.keidanren.or.jp/japanese/journal/times/2005/0915/01.html>

[149] [CITE[08_01_002.pdf]], [TIME[2017-02-22T06:41:31.000Z]], [TIME[2021-10-04T10:13:17.076Z]] <http://www.dokeiren.gr.jp/assets/files/pdf/kaiho/2008/08_01_002.pdf>

[188] [CITE[Microsoft Word - 【議事録】130620北電関係公聴会.doc - 001_gijiroku.pdf]], [TIME[2018-11-06T05:04:36.000Z]], [TIME[2021-10-04T10:13:27.964Z]] <https://www.meti.go.jp/committee/kenkyukai/energy/denkiryoukin_kochokai6/pdf/001_gijiroku.pdf>

* 現代アイヌ語の日時

@@


[45] [CITE@en[ヰキペ𛅧チヤ セㇺ - Wp/ain - Wikimedia Incubator]], [TIME[2024-05-13T23:01:17.000Z]], [TIME[2024-05-15T06:19:03.432Z]] <https://incubator.wikimedia.org/wiki/Wp/ain/%E3%83%B0%E3%82%AD%E3%83%9A%F0%9B%85%A7%E3%83%81%E3%83%A4_%E3%82%BB%E3%87%BA>

>
[BOX[

ヤウンモシㇼ(二ッポン)/ Yaunmosir(Nitpon)/ Йаунмошир(Нитпон):

2024(レィワ6)パ Template:Wp/ain/CURRENTMONTHNAME-JST-KNA(5ス゚ㇷ゚) 14ト

2024(reywa6)pa Template:Wp/ain/CURRENTMONTHNAME-JST-LTN(5cup) 14to

2024(рэйўа6)па Template:Wp/ain/CURRENTMONTHNAME-JST-CRL (5чуп) 14то

(Template:Wp/ain/CURRENTDAYNAME-JST) 11:52

-*-*-

Йанкэмошир/Карапто/ Yankemosir/Karapto/ ヤンケモシㇼ/カラㇷ゚ト:

2024па иһумпа чух(5чух) 14то

2024pa ihumpa čux(5cuх) 14to

2024パ イフンパ ス゚ㇷ (5ス゚ㇷ) 14ト

(Template:Wp/ain/CURRENTDAYNAME-SAKT) 13:52 

]BOX]

[70] >>45 これは[[日本]]と称して[[日本国]]式の[[日付]]・[[中央標準時]]で表記した日時と、
[[サハリン]]と称して[[西暦]]・[[樺太アイヌ語]]の[[月名]]・[[ロシア連邦]]占領地[[サハリン州]]の標準時で表記した日時のようです。
[[日本]]の方は[[仮名]]を第1にしており、[[サハリン]]の方は[[キリル文字]]を第1にしています。

[71] 
ところが[[日本]]の方の[[月名]]は十分にメンテナンスされていないのか、壊れています。

;; [75] [[樺太アイヌ人]]は[[日本]]におり、[[ロシア連邦]]占領地[[サハリン州]]に[[アイヌ語]]を話せる者は絶えて久しいといわれていることを考えると、
昨今の情勢もあって、このような形式で[[樺太アイヌ語]]表記を提示することに政治的な意図が感じられてしまいます。

[94] 
[[日本の元号]]も[[音訳]]ながら[[アイヌ語]]として記述されています。
[SEE[ [[元号名]] ]]

* データファイル

[72] [SEE[ 元号一覧データファイルは[[元号]] ]]

[73] [SEE[ 旧暦と新暦の対応は[[旧暦]] ]]

[74] [SEE[ 祝日データファイルは[[日本の祝日]] ]]

* メモ




[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[95] [CITE@ja[地球暦 - 北方民族のアイヌの暦は、年度の基点と同じく日が長くなりはじめる春分から一年をはじめていました。季節感に合わ... | Facebook]]
(山内 銘宮子 2013年6月7日金曜日 7:50 [TIME[2019-04-10 10:19:04 +09:00]])
<https://www.facebook.com/heliocompass/photos/a.324820627549560/581287885236165/?type=3&comment_id=581907255174228&comment_tracking=%7B%22tn%22%3A%22R%22%7D>
]FIGCAPTION]

> 月のうしろに“チュプ”が付いていますが、アイヌは「〇月」ではなくて『○○の頃』と、季節のほかに時期(月)を捉えていて、“~チュプ”という書き方は、和人が後付けしたものだといわれています。

]FIG]


[107] [CITE@ja[月刊シロㇿ10月号]]
([[アイヌ民族博物館]]著, [TIME[2016-06-15 05:06:14 +09:00]])
<http://www.ainu-museum.or.jp/siror/monthly/201510.html#01>

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[111] [CITE['''['''mixi''']'''利尻町で「逆サマータイム」 - やめてくれ!サマータイム | mixiコミュニティ]]
([TIME[2019-12-03 15:14:08 +09:00]])
<https://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=115600&id=7471069>
]FIGCAPTION]

> 隣の礼文島には、「基地買いYH」と一部で酷評の
> 桃岩荘というユースホステル(YH)があるのですが、
> ここだけ明石の標準時より30分早い時間にするという
> 「風習」があります。
> (通るトンネルを俗称「タイムトンネル」というとか)
> ただ、これは通年で、この発端は、
> このYHから港まで歩くとたっぷり1時間かかるため、
> その注意を喚起するためだ、という事らしいです。
> まあこういう隔絶されたこと自体を楽しむならありの
> 遊びではあると思いますが。

]FIG]


[48] [CITE@ja[ゔぁーさんはTwitterを使っています 「@cicada3301_kig 樺太には2000人ほどのアイヌ民族がいました。1875年にアニワ湾にいた841人のアイヌが和人によって北海道に移住させられ、1890年代までには樺太から飛び立って(いなくなって)しまった。ロシア戦争で、1905年に和人の兵士たちは樺太に上陸して和平条約を結び、樺太の半分も日本領になった。 ↑直訳です https://t.co/AaTYPdOo6A」 / Twitter]]
(午後7:30 · 2021年8月24日 [TZ[+09:00]], [TIME[2021-08-25T01:50:00.000Z]])
<https://twitter.com/dyufufokanupow/status/1430115202717024262>

[58] [CITE@ja[ニヴフ - Wikipedia]]
([TIME[2022-08-07T06:01:05.000Z]], [TIME[2022-08-08T08:51:45.034Z]])
<https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8B%E3%83%B4%E3%83%95#%E7%94%9F%E6%A5%AD%E6%9A%A6>