[8] [DFN[[RUBY[戦][せん]][RUBY[後][ご]]]]
([TIME[y~1759]])
は、
[[大東亜戦争の終戦]]の翌年である[TIME[昭和21(1946)年][year:1946]]頃を[[元年]]とする[[紀年法]]です。
いくつかの流儀があります。

* 一般的な用法

[9] [[日本]]では[[第二次世界大戦]]やその[[戦後復興]]に関する事項を扱う際に
「今年は戦後[VAR[○]]年」のように表記されることがよくあります。
[[終戦の日]]のある[[夏]]に使われることが多く、
[[年末年始]]に使われることもあります。

[11]
確かに[[年]]を表す手法ということで広義の[[紀年法]]なのでしょうが、
[[日付表記]]や[[年の表示]]に実用されないのであれば、
「スーパー開店3周年」のようなものと同様で、
[[元号]]や[[西暦]]と同種の狭義の[[紀年法]]として扱うべきものではない、
[[紀年法の成熟度]]の低いものでしょう。
[SEE[ [[紀年法とは何か]] ]]

[300] 
[TIME[2016-08-08]]に発表された[[日本]]の[[天皇陛下 (現在の上皇陛下)][明仁]]のおことばの冒頭に、
「戦後70年という大きな節目を過ぎ,2年後には,平成30年を迎えます。」
とありました。
[SRC[>>298]]
[[日本政府]]の[[宮内庁]]の [[Webサイト]]に掲載された英文版には、
同じ部分が
「A major milestone year marking the 70th anniversary of the end of World War II has passed, and in two years we will be welcoming the 30th year of Heisei.」
とありました。
[SRC[>>299]]
陛下は日頃からご自身の発言の英文版のことも気にかけていらっしゃったと言われます。
重要性の特に高いこのおことばが英語でどのように訳されるかにも、
大きな関心をお持ちだったに違いありません。

[301] 
ここでは「平成30年」の英訳が「the 30th year of Heisei」
という一般的な[[元号年]]の表現であるのに対し、
[[日本語]]では同じような表現の「戦後70年」の英訳が
「the 70th anniversary of the end of World War II」
と全く異なる表現になっていることがわかります。
この英文からは「戦後70年」にまったく[[紀年法]]的性質が感じられないのです。

-*-*-

[294] 
普通は[[大東亜戦争の終戦]]の[TIME[1945-08-15]]頃を0年と数えます
([TIME[y~1759]])。

[291] 同じような現象が[[震災]]にも見られます。

[REFS[
- [298] [CITE@ja[象徴としてのお務めについての天皇陛下のおことば:象徴としてのお務めについての天皇陛下のおことば(ビデオ)(平成28年8月8日) - [[宮内庁]]]], [TIME[2021-09-15T02:45:18.000Z]] <https://www.kunaicho.go.jp/page/okotoba/detail/12#41>
- [299] [CITE@en[Message from His Majesty The Emperor : Message from His Majesty The Emperor(August 8, 2016) (video) - [[The Imperial Household Agency]]]], [TIME[2021-09-15T02:45:38.000Z]] <https://www.kunaicho.go.jp/page/okotoba/detailEn/12#41>


[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[28] [CITE@ja[物語内に「コロナ禍」を入れるかで悩む漫画家たち〜黒丸先生らが語る - [[Togetter]]]]
([TIME[2020-04-17 12:41:35 +09:00]])
<https://togetter.com/li/1495089#c7620691>
]FIGCAPTION]

>
ウラリー㌠ @urary777
2020年4月17日
> »grayengineer あれは一応、戦後27年(1972年10月のジャンプに掲載)なので「リアルタイム」ではないかとw

]FIG]

;; [13] かなり[[元号]]に近づいている用法に見えるが、
まだ単独で[[年]]や[[日付]]の表記ができるレベルには達していない。

]REFS]


* 尾崎行雄提案説

[29] 
[[尾崎行雄]]が提案したとする説がありますが、
真偽不明です。
[SEE[ [[新日本]] ]]

* 戦後カレンダー


[78] 
[DFN[戦後暦]]は、
[[昭和時代]]に
[CITE[元号法]]案が検討されていた頃、
[[日本]]の[[極左活動家]]の[[明良佐藤]]が考案し、
手紙などで使い始めたものでした
[SRC[>>14, >>16]]。

[59] 
[[明良佐藤]]は、
[TIME[昭和59(1984)年][year:1984]]の
「戦後40年」版以来毎年[DFN[戦後カレンダー]]を発行しています
[SRC[>>39, >>14]]。


** 元号名

[82] 
[[日本語]]の[[戦後]]の他、
[[英語]]では 
[DFN[After The War]]
と[[直訳]]するようです。

[81] 
[[戦後カレンダー]]には、
[[年号]]が[[日本語]]で
「戦後70年」、
[[英語]]で
「After The War 70」
のように記載されています
[SRC[>>14, >>122]]。

;; [83] [[元号]]で正式な英語名があるのは珍しい例です。
[SEE[ [[元号名]] ]]

** 暦法

[79] 
[[月日]]は[[グレゴリオ暦]]と同じのようです。

[80] 
8月15日を[[年始]]とします [SRC[>>14]]。
[TIME[1945-08-15]]の[[昭和天皇]]の[[玉音放送]]に因んでいるようです。
このため1つの[[グレゴリオ年]]は2つの[[年]]に分かれます。
8月は前半と後半で別の[[年]]となります。

[125] 
8月15日は、
新[[年始]]と前[[年末]]になります [SRC[>>16]]。
年末を8月14日とする説明もありますが
[SRC[>>124]]、
考案者本人は8月15日から8月15日までが1年としています。
[[戦後カレンダー]]には
「2014.8.15 ▶ 2015.8.15」
と範囲が[[西暦]]で記述されており、
両端が8月15日となっています。
[SRC[>>14]]
両端は厳密には[[正午]]とするようです
[SRC[>>164]]。
ということは月どころか日が2つの年に2分されることになります。

;; [285] [[aH]] と[[年始]]に6.5日のずれがあります。

[99] 
[TIME[昭和20(1945)年][1945]]の後半[FRAC[1][3]]が、元年となります。
[TIME[昭和21(1946)年][1946]]の前半[FRAC[2][3]]が、元年と2年となります
([TIME[y~1759]])。
[[グレゴリオ年]]の前半[FRAC[2][3]]は 1945 を引き、
後半[FRAC[1][2]]は 1944 を引くと、
[[戦後暦]]年が得られます。


[103] 
[TIME[1945-08-15]]までは、
[[明治]]、[[大正]]、[[昭和]]と続いた
「[[元号]]」
で表されます。
[SRC[>>16]]

[104] 
[TIME[1945-08-15]]以後は、
「戦後元年、二年、三年」
と[DFN[戦後紀元]]で数えます。
[SRC[>>16]]
[DFN[戦後歴]]ともいいます [SRC[>>122]]。

[105] 
この[[戦後紀元]]の意味は、
「一九四五年八月十五日に至る大戦争で失われた命こそ紀元となる価値」
であるとされます。
[SRC[>>16]]

[118] 
一般に[TIME[1945-08-15]]が[[大東亜戦争の終戦]]とされますが、
それによって直ちに戦闘が終了したということはありません。
それ以前と以後を区別する意味はあるのでしょうか。
戦後何年と数えるだけならともかく、
この日をピンポイントで選んで
「失われた命」
を数えると、
それ以前に失われた命とそれ以後に失われた命に、
何らかの差別を与えることになってしまいます。

[123] 
「戦争による死者に思いを馳せることが戦前へ二度と後戻りさせないことの歯止めですが、戦後何年と数えつづけることが、戦争を起こさせない象徴ともなっているのです。なぜなら、戦争を日本が起こしてしまえば、それこそ「戦後何年」と数えられなくなるのですから。」
とも説明されています。
[SRC[>>122]]
[[日本]]の[[紀年法]]として考案されたもの (>>100)
であるためか、
[[日本]]以外の[[戦争]]は数に入っていないようです。
また、
[[日本]]が開戦しないことだけが目的で、
他国が[[日本]]に宣戦することで
「戦後」でなくなる可能性は考慮されていないように読めます。
(しかし[[戦後カレンダー]]の戦死者数にはなぜか他国の死者もカウントされているそうです。)

[117] 
ここでは[[戦後]]は[[元号]]とは区別されています。
その意図するところは不明です。
[[日本の元号]]とは違うという主張でしょうか。
当初は[[戦後]]を[[年号]]と呼んでいたようです (>>54)
が、方針が変わったのでしょうか。
それとも[[元号]]と[[年号]]を区別しているのでしょうか。

[REFS[

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[164] 
[CITE@ja[『[[現代農業]] 2020年8月号』農文協編 - 田舎の本屋さん]], [TIME[2020-08-23T00:00:31.000Z]] <http://shop.ruralnet.or.jp/b_no=01_54020004/>
]FIGCAPTION]

>8月15日正午に始まる「戦後カレンダー」 明良佐藤 
]FIG]

- [232] [CITE@ja-jp[[[現代農業]] 2020年 08 月号 '''['''雑誌''']''' | |本 | 通販 | Amazon]], [TIME[2020-08-23T00:02:21.000Z]] <https://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B08BR89R8B/wakaba1-22/>

]REFS]

** 発祥

[15] 
[[明良佐藤]]は、
[[昭和時代]]に
[CITE[元号法]]案が検討されていた頃、
[[元号]]は[[天皇]]と結びついたもので基準として不適切で、
[[西暦]]は[[キリスト教]]と結びついたもので基準として不適切
(だが便利には使える)
と考え、
「八月になると、日本人は毎年『戦後何年』という年の数え方をしている」
ことを発見しました。
[SRC[>>16]]

[100] 
[[明良佐藤]]は、
「戦後」
は[[右翼]]も[[左翼]]も文句がない妙案で、
[[国会議員]]が[[元号]]と[[西暦]]にかわる第3案として提案しないかと期待しました。
[SRC[>>16]]
(当然そんなことは起こり得なく、なぜそう考えるに至ったのか不明です。)
後に
「日本の国の戦前からいまに至る歴史を知ると、[SNIP[]] 戦後の日本を生きる者としては、戦後歴は納得」 [SRC[>>122]]
とも書いており、
[[日本人]]に当然受け入れられるべきものと認識しているようです。

[102] 
[[明良佐藤]]は、
自身の信念に反して
[CITE[元号法]]
が成立したことから、
[[日記]]や[[手紙]]に
「戦後何年何月何日」
と書くようになりました。
あるとき[[西暦年]]が書かれた[[カレンダー]]を受け取り不満に思い、
自ら[[カレンダー]]の制作にかかりました。
[SRC[>>16]]


[54] 
[[明良佐藤]]を[[代表]]とする[DFN[年号戦後カレンダーをつくる会]]は、
[CITE[年号を〝戦後〟とすることにあなたはどう応えますか! ―1945年(昭和20年)8月15日に至る戦争による死者をふまえて―]],
[CITE[[WEAK[年号]]戦後カレンダー・40年版・予約協力のお願い! [WEAK[戦後の原点にこめられたメッセージをくらしの部屋の中に]]]]
などの[[文書]]を配布し支持を募りました。
[SRC[>>40]]

[55] 
前者には
「戦後[ASIS[□][43?]]年([ASIS[□][西暦年?]]年)[ASIS[□][[[アラビア数字]]?]]月[ASIS[□][末?]]日」
の紀年がありました。
本文中には西暦年に括弧付きで[[昭和]]年がありましたが、いずれも昭和20年かそれ以前でした。
[SRC[>>40]]

[56] 
後者は戦後40年を略して「40年」と書いたものとみられます。
申し込みフォームには
「 年 月 日」
とありました
[SRC[>>40]]
が、
何年と書き入れることが想定されたのか不明です。

[57] 
[[明良佐藤]]による[[手書き]]の送付状には、
「[V[戦後三十九年(一九八四年)一月三十一日]]」 
とありました。
[SRC[>>40]]

[58] 
[[元号]]が独自であることを除けば、
[[書字方向]]と[[数字]]の関係や[[西暦]]の併記法、
[[元号名の省略表記][2桁年号]]といった[[日時表示]]の特徴は、
[[昭和時代]]当時の一般的な作法を踏襲していたようです。

-*-*-


[114] 
[[明良佐藤]]の
[[Webサイト]]や[[ブログ]]では、
[[戦後暦]]の[[日付]]表記がたまにみられます。
[[日付]]は[[漢数字]]表記が多いですが、
[[アラビア数字]]表記もみられます。

[115] 
しかし[[戦後暦]]が徹底されているわけでもないようです。
[[Webページ]]の大部分はそもそも無紀年のようです。
文中に[[年]]が出てくることも多くないのですが、
[[引用文]]やそれに関係する主張で[[年]]や時期の記述が出てくることはあって、
ほとんどが[[西暦年]]か[[西暦2桁年号]] (の[[漢数字]]表記)
のようです。

[116] 
本人は[[日記]]や[[手紙]]には[[戦後暦]]を使うとしていますが、
[[Webサイト]]の状況は日頃から[[文書]]に[[日付]]を表記したり、
[[日時]]の関係を前提に考察したりするような習慣があるようにみえません。
日常生活で[[日付]]を書く機会が多くないからこそ、
独自の[[元号]]が成り立つのでしょうか。
そして社会とのつながりでそれが必要となる場面では、
[[西暦年]]に頼らざるを得ないのかもしれません。
この推測が許されるのなら、
[[戦後暦]]は独立した[[日時]]の体系として未だ成熟していないことになります。


[295] 
[[戦後暦]]の[[カレンダー]]は、
[TIME[令和2(2020)年][2020]]時点で引き続き発行されているようです
[SRC[>>42]]。
[[明良佐藤]]は[[カレンダー]]を貼り出した講演会を度々開催していたようです。


-*-*-

[126] 
[[明良佐藤]]が[[世話人]]を務める[[群れ遊びの復活とともに教育を変える住民運動]]なる
[[Webサイト]]は、
「2010年・戦後66年・11月20日」
と[[西暦年]]と[[戦後暦]]を併記していました
[SRC[>>84]]。
本人
[[Webサイト]]にはみられない形式ですが、
[[戦後暦]]では支持を集めにくいと判断したのでしょうか。
(賛同者リストは募集中のまま放置されており [SRC[>>127]]、
活動実態は不明。)

-*-*-

[266] 
[[戦後カレンダー]]には、
[[戦前]]・[[戦後]]の出来事が書かれているようです。
本人は講演会で[[西暦年]]で読み上げていました。
カレンダー上の表記は画像不鮮明により不明です。
[SRC[>>51]]

[158] 
[[戦後カレンダー]]は、
戦争に関係する事項の他に、
「日本の学校を「テストのない学校」に変えるためのQ&A」 [SRC[>>49]]
のような[[明良佐藤]]の主義主張を伝達する[[媒体]]として活用されているようです。

[REFS[
- [40] [CITE@ja[資料詳細 | [[国際平和ミュージアム]]]], [TIME[2020-08-20 16:59:10 +09:00]] <http://peacedb.ritsumei.ac.jp/archives/detail?cls=kitakukizo&pkey=00,22798>
-- [41] [CITE[0022798-01.jpg (JPEG 画像, 1200x800 px)]], [TIME[2020-08-20 16:59:32 +09:00]] <http://peacedb.ritsumei.ac.jp/archives/rest/media/L?cls=m_kitakukizo&pkey=0022798-01&c2016>

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[53] [CITE[読売ニユース総覧 - Google ブックス]], [TIME[2020-08-20 17:32:04 +09:00]] <https://books.google.co.jp/books?hl=ja&id=MaZXAAAAMAAJ&q=%E5%B9%B4%E5%8F%B7>
]FIGCAPTION]

>
161 ページ
>2朝23 - 10 ) 20年8月15日を紀元とする戦後カレンダー戦後 40年版が「年号戦後
カレンダーをつくる会」の手で作成(おあしす] ( 8 ・ 14朝23 - 10 )
]FIG]

;; [85] 当時の
[CITE[読売新聞]]
は[[元号年]]表記。
「20年」は昭和20年を表し、
「40年版」は戦後40年を表す。



[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[52] [CITE[澁澤龍彦全集 1 - [[澁澤龍彦]] - Google ブックス]], 
[TIME[1995][year:1995]],
[TIME[2020-08-20 17:30:34 +09:00]] <https://books.google.co.jp/books?hl=ja&id=BOUqAQAAMAAJ&dq=%E5%B9%B4%E5%8F%B7>
]FIGCAPTION]

>407 ページ
>年号について(末年号戦後カレンダーをつくる会・アンケート報告)。あなたはいま
どの年号を使っていますか。その理由は。あなたの家族、親類、知人で一九四五
年(昭和二〇年)八月十五日に至る戦争にかかわって死んだ人はいますか。また、いましたらその死者にむかっていまなにかしていますか。 3 同封
の文書「年号を~戦後、とすることにあなたはどう応えますか」を読んで、
どう思いますか。むかし、「昭和の子どもよ、ぼくたちは」という歌がありま
した。私は昭和という年号が好きなので、それを使っています。八月十五日は私 ...
>532 ページ
ただし、それだけではどこに加筆されたかがわからなくなるので、年号と年齢
のみはのこして[ ]に入れ、 2 級のゴシック活字で印刷する。また、部分的な訂正
のある場合は、原則として重複部分の前後一、二行のみをのこし、[ ]に入れて 2
級の ...
>551 ページ
>その形式はさまざまで、葉書や所定の用紙を同封して答えさせる簡略なものから
、原稿用紙に何枚も書かせるものまで、かなりの幅が見られる。ときには電話
によるアンケートさえ質問については、それぞれの回答の前に、
活字を一級おとして印刷する。また発表の日付や媒体が意味をもつというケース
もありうるので、それぞれの標題の下の括弧内に、その二項(前者は年・月のみ、後者は雑誌・新聞などの名称)
を加えて示す。標題や質問の書式については、統一をはかるために多少改変や
省略 ...
>566 ページ
>の予約申込書が付されているので、おそらく一九八四年(年号戦後ならば三十九年
にあたる)の末近くにおこなわれたアンケートではないかと思われる。「
アンケート報告」の本文はガリ版印刷。三つの問いのあとに「(順不同)」とあった
。 ... 年号について(始末年号戦後カレンダーを
つくる会・アンケート報告)同会は、一九四五年(昭和二十年)という終戦の年を
起点として、年号戦後、をしるすカレンダーをつくろうとするもの。 ...


]FIG]


[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[84] [CITE[子どもたち一人ひとりのちがう個性が生かされ、輝くことを求めて!]], [TIME[2020-08-21 18:21:22 +00:00]] <https://web.archive.org/web/20181105205745/http://www.geocities.jp/zyuminundo/yobikake.html>
]FIGCAPTION]

>この呼びかけは、2010年・戦後66年・11月20日に、正式に発信しました。

]FIG]

- [127] [CITE[賛同者名]], [TIME[2020-08-21 18:25:43 +00:00]] <https://web.archive.org/web/20181105205746/http://www.geocities.jp/zyuminundo/namae.htm>


[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[119] [CITE[八月十五日のうた]], 
[[明良佐藤]],
[TIME[2020-08-21 17:55:05 +00:00]] <https://web.archive.org/web/20181105055331/http://www.geocities.jp/akiyoshisato7/1-4.htm>
]FIGCAPTION]

>わたしたちは、戦後何年と数え 
>
父、母、祖父母の墓の前で   
>
頭をたれます

]FIG]

- [120] [CITE[無題]], [TIME[2020-08-21 17:56:28 +00:00]] <https://web.archive.org/web/20181105055332/http://www.geocities.jp/akiyoshisato7/1-3.htm>
-- [121] [[野本三吉]]のコメントあり
[SEE[ [[非戦]] ]]
- [122] [CITE[秋葉原通り魔殺傷事件が示すもの]], [TIME[2020-08-21 18:01:58 +00:00]] <https://web.archive.org/web/20181105055319/http://www.geocities.jp/akiyoshisato7/1-5.htm>
- [112] [CITE[――「[[敗戦後論]]」批判・加藤典洋さんへの手紙――]], [TIME[2020-08-21 17:34:13 +00:00]] <https://web.archive.org/web/20181105055334/http://www.geocities.jp/akiyoshisato7/1-6.htm>
-- [16] [CITE[無題]]
([TIME[2019-03-21 20:46:17 +09:00]])
<https://web.archive.org/web/20181105171934/http://www.geocities.jp/akiyoshisato7/h32.htm>
-- [17] [CITE[無題]]
([TIME[2019-03-21 20:47:10 +09:00]])
<https://web.archive.org/web/20181105171934/http://www.geocities.jp/akiyoshisato7/h33.htm>
-- [18] [CITE[無題]]
([TIME[2019-03-21 20:48:02 +09:00]])
<https://web.archive.org/web/20181105171935/http://www.geocities.jp/akiyoshisato7/h34.htm>
-- [106] [CITE[無題]], [TIME[2020-08-21 17:21:29 +00:00]] <https://web.archive.org/web/20181105171936/http://www.geocities.jp/akiyoshisato7/h35.htm>
-- [107] [CITE[無題]], [TIME[2020-08-21 17:22:13 +00:00]] <https://web.archive.org/web/20181105171936/http://www.geocities.jp/akiyoshisato7/h36.htm>
-- [108] [CITE[無題]], [TIME[2020-08-21 17:24:53 +00:00]] <https://web.archive.org/web/20181105171939/http://www.geocities.jp/akiyoshisato7/h41.htm>
-- [109] [CITE[無題]], [TIME[2020-08-21 17:25:06 +00:00]] <https://web.archive.org/web/20181105171939/http://www.geocities.jp/akiyoshisato7/h42.htm>
-- [110] [CITE[無題]], [TIME[2020-08-21 17:25:49 +00:00]] <https://web.archive.org/web/20181105171941/http://www.geocities.jp/akiyoshisato7/h45.htm>
--
[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[111] [CITE[無題]], [TIME[2020-08-21 17:33:15 +00:00]] <https://web.archive.org/web/20181105172004/http://www.geocities.jp/akiyoshisato7/h84.htm>
]FIGCAPTION]

>
戦後五十四年五月一三日
]FIG]
- [124] [CITE[加藤典洋「[[敗戦後論]]」批判・反響]], 
二〇〇八年一一月一七日,
[TIME[2020-08-21 18:16:57 +00:00]] <https://web.archive.org/web/20181105055336/http://www.geocities.jp/akiyoshisato7/1-6-2.htm>

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[113] 
[CITE[107 いまも世界をつつむ悲しみと[[日本国]]の床下にある白骨化した遺体(7/27): 書くことで自分を見つめ考える]], 
[[明良佐藤]],
2009年7月27日 (月),
[TIME[2020-08-21 17:35:08 +09:00]] <http://11031103.cocolog-nifty.com/blog/2009/07/107-727-5b3c.html>
]FIGCAPTION]

>ふたたび八月十五日が巡ってきました。新たに戦後65年がはじまります。
>[SNIP[]]
>いまも絶えない戦死者 今年の戦後カレンダー右上に新たに設けた『この1年間での戦争・内戦等による死者』が明らかにしているように、世界各地に戦争が絶えないことがわかります。私は二度と戦争を起こさない、という決意をつねに確認するために、戦後何年何月何日と記録してきました。
]FIG]

- [49] [CITE[らくだの行動記録**学習室らくだ**:戦後67年 カレンダー]], 
2011年08月23日,
[TIME[2020-08-20 17:21:19 +09:00]] <http://blog.livedoor.jp/kawarakuda/archives/52486754.html>
-- [50] [CITE[49137b14.jpg (JPEG 画像, 640x480 px)]], [TIME[2017-12-28 17:30:59 +09:00]] <https://livedoor.blogimg.jp/kawarakuda/imgs/4/9/49137b14.jpg>

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[161] [CITE[今回の[[衆院選]]をどう見るか 日本が変わる一大チャンスのときに: 書くことで自分を見つめ考える]], 
[[明良佐藤]],
2013年1月13日 (日),
[TIME[2020-08-21 21:40:38 +09:00]] <http://11031103.cocolog-nifty.com/blog/2013/01/post-f569.html>
]FIGCAPTION]

>その敗北から、死者を原点として、焼け野原の中から、戦後の新しい生き方・自己の生を肯定して生きる生き方に日本人は変わって生きはじめたのです。戦後何年と時代を数える生き方。戦争による死者に対する、祈りを原点にしています。しかし、現在、政府は元号を使っています。元号そのものは戦前の精神を体現しているものです。なぜ、このようなねじれを起こしているかと言えば、いまもって日本人は、足元は変わっているのに、認識において変われていない、ということです。
]FIG]

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[14] [CITE@ja[栃木)終戦の日が元日 戦後カレンダーつくり30年:[[朝日新聞]]デジタル]],
[[堀井正明]],
2014年8月15日03時00分, 
[TIME[2019-03-21 20:39:29 +09:00]]
<https://web.archive.org/web/20140827074905/https://www.asahi.com/articles/ASG8D7TDGG8DUUHB00Y.html>
]FIGCAPTION]

> そのカレンダーは終戦記念日の8月15日から新しい年が始まる。戦争が終わった1945(昭和20)年を「戦後元年」とする独自の「戦後暦」が採用されており、今年の8月15日は「戦後70年」が幕を開ける元日にあたる。
>  茂木町北高岡の明良(あきよし)佐藤さん(70)が製作する「戦後カレンダー」。79年に成立した元号法をめぐる議論が盛んだったころ、「戦後暦」を考えて手紙などで使い始め、「戦後40年」の84年に初めて「戦後カレンダー」を作った。
>「今度戦争が起これば、『戦後』という言葉は使えない。その意味では『戦後』であり続けることが平和のあかし」と毎年作り続け、今年は30年の節目を迎えた。

]FIG]

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[23] [CITE@ko-KR['''['''天声人語''']''' 8/31 | 广东孤星]],
[TIME[8월 31, 2014][2014-08-31]],
[TIME[2019-03-21 20:57:56 +09:00]]
<https://jcso58.wordpress.com/2014/08/31/%E5%A4%A9%E5%A3%B0%E4%BA%BA%E8%AA%9E-831-2/>
]FIGCAPTION]

> 栃木の明良(あきよし)佐藤さん(70)は、8月15日から新年が始まる「戦後カレンダー」をつくり続けて30年になる。終戦の昭和20年を元年とする独自の「戦後暦」で数え、この新年は戦後70年だ。「今度戦争が起これば戦後という言葉は使えない。その意味では戦後であり続けることが平和のあかし」

]FIG]

- [51] [CITE@ja-JP[憲法びっくり 前編 ・ なんのために[[憲法]]は変えられようとしているか 明良 佐藤 - YouTube]], 
2016年9月30日,
[TIME[2020-08-20 17:22:39 +09:00]] <https://www.youtube.com/watch?v=n0C_XXOkjjY>
-- 「戦後72年」カレンダーを張り出した講演会
- [45] [CITE@ja-JP[憲法びっくり [[明良佐藤]] 益子ヒジノワにて - YouTube]], 
2017年5月19日,
[TIME[2020-08-20 17:10:08 +09:00]] <https://www.youtube.com/watch?v=EU8A9BHvFXk>
-- 「戦後72年」カレンダーを張り出した講演会
- [46] [CITE@ja[和の日記 - 和の日記]], [[yasushi561]], [TIME[2020-08-20 17:13:11 +09:00]] <http://yasushi561.blog.fc2.com/blog-entry-1.html#comment82>
- [43] [CITE[untitled - TN2017No16G.pdf]], 
2017年9月5日,
[TIME[2017-10-07 10:57:24 +09:00]] <http://www2.ucatv.ne.jp/~kenpou.snow/TN2017No16G.pdf>
- [19] [CITE@ja[驚くほどの「人権感覚のなさ」 大工が知った“憲法びっくり” (1/4) 〈[[週刊朝日]]〉|AERA dot. (アエラドット)]],
2017.12.12 07:00,
[TIME[2019-03-21 20:49:17 +09:00]]
<https://dot.asahi.com/wa/2017120800037.html?page=1>
- [42] [CITE[らくだの行動記録**学習室らくだ**:戦後カレンダー 今年も届く]], 
2020年07月31日,
[TIME[2020-08-20 17:00:39 +09:00]] <http://blog.livedoor.jp/kawarakuda/archives/52841319.html>

]REFS]

** 高橋健一

[66] 
[[極左活動家]]の[[高橋健一]]は、
自身の
[[Web日記]]で[[戦後]]を使いました。

[67] 
[[Web日記]]は
[TIME[1997.4.1][1997-04-01]]
に新設されました。
[TIME[戦後52年5月3日][1997-05-03]]
([TIME[1997-05-03]])
以後、
[[戦後]]を使うようになりました。
その理由を、

> 今日は憲法記念日です。
> 戦争を放棄した日本国憲法を、ぼくは大切にしていきたいと願います。
> このページの記載日の年号だけですが、今日から西暦でも元号でもない「戦後歴」(明良佐藤さん提唱・元旦は8月15日)で現すことにしました。 日本が二度と戦後を繰り返さぬことを祈って。

... と説明しました。
[SRC[>>48]]

[NOTE[
[68] 同じ「日本国憲法を大切にする」態度でも、
前文を重視すればそのような考え方になり、
第1条を重視すれば[[日本の元号]]を大切にしようということになるはずです。
[[紀年法]]とは政治的態度の表明であるという、わかりやすい例ですね。

[302] 
[CITE[日本国憲法]]を重視するなら、
その[[公布]]ないし[[施行]]を[[元期]]としそうなものですが、
そうでないのは不思議です。

]NOTE]

[69] 
この 
[[Webページ]]には
「戦後52年(1997年)4月1日に新設しました」
と説明があり、
目次にも
「(戦後52年4月11日)母性社会日本の病理
(戦後52年4月1日)愛媛県老施協が介護実習受け入れ保留」、
範囲は
「戦後52年4月~5月分」
とあって、[[戦後]]が4月に遡って使われました。
[SRC[>>48]]

[70] 
「(戦後53年9月23日)永和良之助さんの講演会
(戦後52年7月20日)父権復興」
と8月を境に年数がインクリメントされており、
元来の[[戦後暦]]に従っていることがわかります。
[SRC[>>62]]

[73] 
「戦後57年(2001年)10月15日」
まで[[戦後]]が使い続けられましたが、
その後の
「非戦元年(2002年)9月11日」
記事から、
[[非戦]]なる新[[元号]]に[[改元]]されました
[SRC[>>65]]。
[[アメリカ同時多発テロ事件]]
[WEAK[([TIME[2001-09-11]])]]
との関係が推測されます。
[SEE[ [[非戦]] ]]

;; [75] 
[[日本]]の[[戦争]]の再発をおそれた[[戦後]]を、
こんな恣意的に[[改元]]してしまっていいものでしょうか...



[72] 
目次では
「戦後55年9月4日」
([TIME[1999-09-04]])
まで、
[[戦後]]が単記されました [SRC[>>64]]。
その後の
「[非戦元年(2002年)12月11日] 矢野舜一さん
[非戦元年(2002年)9月11日] 1年前
[戦後57年(2001年)10月15日] 広瀬隆さんの講演会
[戦後57年(2001年)10月6日] ひさびさの、このごろ思うこと」
は、
[[西暦年]]と併記されました
[SRC[>>65]]。
ただし記事見出しでは単記が継続されました [SRC[>>65]]。
記事の間が空いていること、
その間に新[[ミレニアム]]が到来したことの影響でしょうか。


;; [71] 
- 1997年 戦後52年-53年
- 1998年 戦後53年-54年
- 1999年 戦後54年-55年
- 2000年 戦後55年-56年
- 2001年 戦後56年-57年

[74] 
この
[[Web日記]]は
[[JavaScript]]
で表示日時を表示しており、
本項執筆の[TIME[令和2(2020)年][2020]] (= [TIME[西暦1900年][1900]]から起算して120年) 
[TIME[8月20日][2020-08-20]]時点で、
最初のページには
「19120年8月20日19時10分」
と表示されます [SRC[>>48]]。
[SEE[ [[19100年問題]] ]]
第2頁以降は
「2000年8月20日19時10分」
のように、
表示した[[月日]]と、なぜか記事の[[年号]]が組み合わせて表示されます
[SRC[>>62, >>63, >>64, >>65]]。
([[2000年問題]]修正の失敗例としてはおもしろすぎますw)

[76] 
[[著者]]が断っている通り、
[[戦後]]を使っているのはこの
[[Webサイト]]内でもこの[[Web日記]]だけでした。
他では[[西暦年]]が使われていました。
[[1990年代]]は[[西暦2桁年号]]も頻用されていましたが、
4桁と混在しているようで、
使い分けははっきりしません。
[WEAK[(もっとも当時平均的な[[日本人]]はたいてい使い分けも曖昧に併用していたと思われますが。)]]
[[Web日記]]内も引用文はもちろん記事本文でしばしば2桁・4桁の[[西暦年]]が使われていました。
[[戦後]]と[[西暦]]の使い分けの理由はよくわからないのですが、
私的な日記でだけ[[戦後]]を使い、
普及に貢献する意図はなかったのでしょうか。


[REFS[
- [48] [CITE[このごろ思うこと(1頁目)・永和良之助論文特集]], [TIME[2013-04-25 19:00:38 +09:00]] <http://jinkent.jpn.org/konogor0.html>
- [62] [CITE[このごろ思うこと(2頁目)]], [TIME[2013-04-25 19:00:44 +09:00]] <http://jinkent.jpn.org/konogor2.html>
- [63] [CITE[このごろ思うこと(3頁目)]], [TIME[2013-04-25 19:00:49 +09:00]] <http://jinkent.jpn.org/konogor3.html>
- [64] [CITE[このごろ思うこと(4頁目)]], [TIME[2013-04-25 19:00:55 +09:00]] <http://jinkent.jpn.org/konogor4.html>
- [65] [CITE[このごろ思うこと(4頁目)]], [TIME[2013-04-25 19:01:01 +09:00]] <http://jinkent.jpn.org/konogoro.html>
]REFS]


** その他の支持者

[60] 
[[佐藤克朗]]は、
[TIME[平成16(2004)年][year:2004]]頃の時点で毎年、
[[戦後カレンダー]]の宣伝活動を続けていました。
[DFN[天皇制的元号にこだわるかい]]を主宰し、
日常生活でも[[元号]]や[[西暦]]のかわりに[[戦後]]を使っていました。
[SRC[>>39]]

;; [61] 
「元号にこだわる」というのは謎ですが、
元号反対にこだわるという意味なのでしょう。


[159] 
この他にも支持者は多いようですが、
[[戦後暦]]の実用例は
[[Web]]
ではなかなか見かけることができません。
口だけ賛成の人ばかりなのでしょうか。
それとも
[[Web]]
を使っていない人が多いのでしょうか。

;; [160] 
[[明良佐藤]]の
[[Webサイト]]は[[ジオシティーズ]]のサービス終了で消滅し、
復活していないようです。
[[ブログ]]も[TIME[2013-02-08]]の記事を最後に放置されています。
支持者は[[インターネット]]を使わない世代が多いのかもしれません。

[303] 
若い世代に広がっていないし普及させる意志もないのだとすると、
このまま時間が経てば消えていくのでしょうか。
[[明良佐藤]]の活動を若い世代が継承するという動きもみられません。
当初存在した[[年号戦後カレンダーをつくる会]]はどうなったのでしょうか。
今は[[明良佐藤]]の個人活動のように見えます (支持者は若干名いるようですが)。




[24] 
敵対勢力の敗北を[[年始]]にするとか[[仏蘭西共和暦]]みたいだな。
(あっちは自勢力の勝利の翌日が[[年始]]だが。)

[REFS[
- [39] [CITE[佐藤さんが戦後カレンダー普及呼びかけ :2004/8/11/[[函館]]地域ニュース by eHAKO]], 
[[函館新聞社]],
2004/8/11,
[TIME[2020-08-20 16:50:27 +09:00]] <https://www.ehako.com/news/newsbk2/3308_imode_msg.shtml>
- [44] [CITE[日記]], [TIME[2017-10-17 19:26:59 +09:00]] <http://sugiyama-akira.jp/diary/04_08.html>
-- [77] [CSECTION[戦後カレンダー]],
2004.8.12 	
]REFS]






* 猪瀬直樹と井上ひさし


[268] 
[[作家]]の[[猪瀬直樹]]と[[井上ひさし]]が、
[[戦後]]は[[元号]]的なものと発言したようです。


[REFS[
- [237] [CITE@ja[浅羽通明 memoさんはTwitterを使っています 「猪瀬(※直樹)が井上ひさしとの対談で、「戦後というのは一つの元号の機能を果たしている」という説得力ある発言をしている。(中略)広島大の柴田進午教授は「原爆」を年号として使用することを主張し続けているそうだし、→」 / Twitter]], 午後9:43 · 2016年7月13日 [TZ[+09:00]], [TIME[2020-08-23T01:53:47.000Z]] <https://twitter.com/asaba_memo/status/753208315522326528>
-- [244] [CITE@ja[浅羽通明 memoさんはTwitterを使っています 「猪瀬(※直樹)が井上ひさしとの対談で、「戦後というのは一つの元号の機能を果たしている」という説得力ある発言をしている。 (中略)広島大の柴田進午教授は「原爆」を年号として使用することを主張し続けているそうだし、→」 / Twitter]], 午後3:49 · 2018年9月22日 [TZ[+09:00]], [TIME[2020-08-23T02:18:28.000Z]] <https://twitter.com/asaba_memo/status/1043391738289651712>
-- [238] [CITE@ja[浅羽通明 memoさんはTwitterを使っています 「猪瀬(※直樹)が井上ひさしとの対談で、「戦後というのは一つの元号の機能を果たしている」という説得力ある発言をしている。 (中略)広島大の柴田進午教授は「原爆」を年号として使用することを主張し続けているそうだし、→」 / Twitter]], 午後9:00 · 2020年7月16日 [TZ[+09:00]], [TIME[2020-08-23T01:53:44.000Z]] <https://twitter.com/asaba_memo/status/1283733211185426433>
-- [174] [[PH][PH元年]]にも言及
-- [245] 
[[コピペ]]ボット?
- [12] [CITE@ja[徳吉さんはTwitterを使っています 「1995年は地下鉄サリン事件が発生して、麻原が逮捕されて、坂本弁護士一家の遺体が見つかってと日本中がオウムに狂乱した年だった。96年元日の朝生での猪瀬直樹の発言、95年は戦後という元号が崩御した年だったというのは言い得て妙だった。」 / Twitter]], 午後11:30 · 2018年7月7日 [TZ[+09:00]], [TIME[2020-08-23T01:54:57.000Z]] <https://twitter.com/tokukichi1/status/1015603950349795330>
- [239] [CITE@ja[Matsuki shu(歌集『色の濃い川』発売中)さんはTwitterを使っています 「「戦後」というのは一種の元号の役割を果たしている、と言ったのは生前の井上ひさしだが、「YMO元年」とか「PC元年」とか(古めの形容ではあるが)そういった表現がなくならない限り元号はしぶとく生き続けると思っている。」 / Twitter]], 午後3:06 · 2018年12月30日 [TZ[+09:00]], [TIME[2020-08-23T01:53:42.000Z]] <https://twitter.com/reracise1972/status/1079257482382303233>
]REFS]

* 徳島県立文書館の戦後暦

[87] 
[[徳島県立文書館]]は企画展パンフレットで[DFN[戦後暦]]
[TIME[y~1759]]
を使いました。

[88] 
このパンフレットは基本的に[[元号年]]を使い、
[[横書き]]の表紙で
「平成17年8月2日[火]」、
[[縦書き]]の本文で
「平成一七年八月二日」 ([[縦書き]])、
「昭和四〇年代」 ([[縦書き]])
のように書いていました。
[SRC[>>86]]

[89] 
2頁分の大きな表が2つあり、
そのうちの1つ、
[CSECTION[キーワードで見る戦後徳島の社会・生活史年表]] ([[縦書き]])
は、
[[年号]]と出来事を並べた[[表]]で、
「戦後暦」「西暦」「和暦」 ([[縦書き]])
を示していました。

- 
[90] 
「戦後暦」
は、
「0」、
「1」、
...、
「60」
と年数を[[アラビア数字]]の[[横書き]]で書いていました。
「戦後復興期」
「高度経済成長期」
といった複数年にわたる時代名が併記されていました。
([[表]]は[[縦書き]]で右から左に進むのに、
年数と時代名は[[左横書き]]で逆方向に向かっていました。)
-
[91] 
「西暦」
は、
「一九四五」
から
「二〇〇五」
と[[縦書き]]で4桁の[[漢数字]]の[[位取り記数法]]で書いていました。
-
[92] 
「和暦」は、
「昭和二〇」、
「昭和二一」、
「二二」、
「二三」、
...、
「六三」、
「平成元」、
「二」、
...、
「八」、
「平成九」、
「平成一〇」、
...、
「平成一七」
と[[縦書き]]で[[漢数字]]の[[位取り記数法]]で書いていました。
表記の不統一が気になります。
-
[93] 
記事には
「[YOKO[10]] 吉野川市誕生」 ([[縦書き]])
のように適宜[[月番号]]が[[縦中横]]で入れられていました。
-
[94] 
開催年の「二〇〇五」「平成一七」年だけ、記事に
「戦後六〇年」
とありました。

[95] 
もう1つの
[CSECTION[昭和二〇年生まれ ある女性の前半生の歩みから戦後史を見つめる]] ([[縦書き]])
は、
「[V[[YOKO[0]]歳 昭和二〇年 (一九四五)]]」 
から
「[V[[YOKO[60]]歳 平成一七年 (二〇〇五)]]」 
のように[[年]]を表し、
記事を書いていました。
記事には「八月、」のように[[月]]が書かれていることもありました。
こちらでは[[戦後暦]]が使われていませんが、
[[戦後暦]]と一致するように[[年齢]]が設定されていました。
(昭和20年が0歳なので[[数え年]]ではありませんが、
[[暦年]]単位で数えているので[[満年齢]]とも少し違います。)

[96] 
この他には「戦後六〇年」と当年を説明する箇所があるくらいで、
[[戦後暦]]は使われていませんし、
[[戦後暦]]の説明もありません。

[97] 
ある事件に関係する[[年表]]でその年次を書き入れるのはよくあることで、
伝記なら[[年齢]]、
社史なら創設からの年数を[[紀年法]]と並列に表記するのは普通のことです。
戦後何年と書き入れた[[年表]]もあるはずです。
それを
「戦後暦」
と特別な名前で呼んでいるのは珍しいですが、
説明がないので根拠は不明です。
特別な名前に見えても、
「戦後の年数を数える」
という程度の造語の可能性もあります。
機械的な年数と範囲の曖昧な時期をどちらも同じ
「戦後暦」
で括っているのも、
深く考えていないのだとすれば納得です。

[98] 
[[戦後カレンダー]]の[[戦後暦]] (>>78)
との関連は不明です。
[[戦後カレンダー]]は[[年始]]を
[TIME[8月15日][--08-15]]に置いていますが、
こちらの[[戦後暦]]は[[西暦年]]や[[元号年]]と対応付けられています。
素直に考えればこちらの[[戦後暦]]は[[グレゴリオ年]]と一致するはずです。
ただし昭和20年8月生まれ女性の年表でも[[年齢]]が[[西暦年]]や[[元号年]]と対応付けられており、
厳密には8ヶ月分のずれが生じているのに何の注釈もありませんから、
そう断言するのも憚られます。
とはいえ[[戦後暦]]と女性の年齢の対応関係が意識されたことは明らかです。
0歳から数える[[年齢]]と、
1年から数える[[戦後カレンダー]]の[[戦後暦]]には、
1年のずれがあります。


[REFS[
- [86] 
[CITE[特別企画展 戦後六〇年のメッセージ 伝えたいあの時を・・・]],
[[徳島県立文書館]],
[TIME[平成一七年八月二日][2005-08-02]] 発行,
[TIME[2012-05-02 13:44:10 +09:00]] <https://library.tokushima-ec.ed.jp/digital/densi/desiryou/ken/mon_kikakuten/ktoku17.pdf>
]REFS]



* 東百道の戦後暦

[140] 
[[東百道]]は、
[[明良佐藤]]の[[戦後暦]] (>>78)
から派生した独自の[[戦後暦]]を使っています。

-*-*-

[141] 
[TIME[2007-08-11]]
(当時の表記で戦後63年8月11日、
ただし本文によると「開館」の[TIME[2007-08-06]]
(「戦後63年8月06日」 = [[明良佐藤]]の[[戦後暦]]の「戦後62年8月06日」))、
[[東百道]]の
[[Webサイト]]
[CITE[感動をつくる・日本朗読館]]
は、
[[戦後暦]]を採用すると発表しました。
[[明良佐藤]]に賛同し、
「先の大戦(私は個人的には先の大戦を「東アジア太平洋戦争」と呼んでいます)の悲劇を、日本史のみならず人類史に深く刻印するためのささやかな一助」
となるのが目的だといいます。
[SRC[>>20]]

[142] 
当初発表によると、
[TIME[1945-08-20]]から[TIME[1945-12-31]]は戦後元年とし、
[TIME[1946-01-01]]から戦後2年とすることにしました
([TIME[y~1772]])。
[[明良佐藤]]の[[戦後暦]]からの変更は、
[[グレゴリオ年]]と一致させた方が実用的だからだと説明されました。
[SRC[>>20]]

-*-*-

[143] 
[TIME[2007-08-15]]
(戦後62年8月15日)、
変更が発表されました。
[[マスコミ]]の戦後何年の表現とのずれを解消するためと説明されました。
それによると次のように表記することになりました。
[SRC[>>21]]

- [147] [TIME[1944-01-01]] - [TIME[1944-12-31]] : 戦前1年
- [146] [TIME[1945-01-01]] - [TIME[1945-08-14]] : 戦前0年
- [144] [TIME[1945-08-15]] - [TIME[1945-12-31]] : 戦後0年
- [145] [TIME[1946-01-01]] - [TIME[1946-12-31]] : 戦後1年

;; [281] 
[[紀元前方式]]とは違って
[[0年]]を置く、
独特の[[カウントダウン紀年法]]です。

;;
[22] 
さすがに戦時下を「戦前」と呼ぶのはおかしいw
この[[暦法]]だと[TIME[西暦1945年8月14日][1945-08-14]]と
[TIME[15日][1945-08-15]]の間の瞬間が「戦」だったことになるが...


[148] 
つまり従来表記よりも1年少ない年数 [TIME[y~1759]] に変更されました。
[[Webサイト]]の[[日付]]はすべて修正された [SRC[>>21]]
とされますが、
当初発表の記事は変更された旨が追記されただけのようです。
そのため
「戦後63年8月11日新規」なのに「戦後62年8月15日更新」
という不思議な更新履歴が残っています
[SRC[>>20]]。

-*-*-

[151] 
この[[Webサイト]]の記事は、
全面的に[[戦後暦]]が使われています。
([[ブログシステム]]による[[西暦年]]は除きます。)
イベントの開催日時や題名などで[[西暦年]]との併記も多いです。
書籍の出版年のように[[西暦年]]単記もありますが、
そうしたものすら[[戦後暦]]併記とした例もあります。
[SRC[>>149, >>150]]


[155] 
本項執筆時点で継続して利用中のようで、
「戦後75年(西暦2020年)10月17日(土)」
[SRC[>>156]]
([TIME[2020-10-17]])、
「戦後75年08月18日」
[SRC[>>154]]
([TIME[2020-08-18]])
のような用例がありました。


[278] 
「戦前」
の用例は確認できません。
「1909年(明治42年)〜1948年(昭和23年)」
のように[[西暦]]と[[日本の元号]]が併記された例はありました
[SRC[>>277]]。


-*-*-

[157] 
[[日時制度]]は、
共通の理解によって支えられるものです。
ある[[日時表示]]が人によって違って解釈されるなら、
[[情報交換]]は成り立ちません。
[[明良佐藤]]の[[戦後暦]]が実用的でないというのは、
確かにその通りでしょう。
だからといって同じ[[戦後暦]]を違う意味に改変してしまうと、
[[戦後暦]]が通用する[[コミュニティー]]が分断され、
意思疎通の障害になります。
かつて[[オープンソースコミュニティー]]と敵対していた
[[Microsoft]]
が[[プロトコルの脱共有化]]を企てたのを想起させます。
「昭和60年」と「戦後60年」は容易に区別できますが、
「戦後75年」と「戦後75年」は区別できません。




[REFS[

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[20] [CITE[16このブログの管理・運営について 1: 感動をつくる・[[日本朗読館]]]],
戦後63年8月11日新規,
戦後62年8月15日更新,
[TIME[2019-03-21 20:53:15 +09:00]]
<http://nipponroudokukan.txt-nifty.com/blog/2007/08/post_2187.html>
]FIGCAPTION]

> 明良佐藤さんの「戦後暦」とは若干違えているところがあります。ここで用いる「戦後暦」は、戦後元年を西暦1945年、和暦昭和20年の8月15日から同年の12月31日までとし、翌年の1月1日からは戦後2年とすることにいたします。この方が、一年の区切り方が分かりやすく、また、一般的でもありますので、より実用的だと考えたからです。
>  そういたしますと、開館のご挨拶をいたしております本日は戦後63年8月06日ということになります。しかし、明良佐藤さんの「戦後暦」では、今日は戦後62年8月06日ということになりです。

]FIG]

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[21] [CITE[16このブログの管理・運営について 3: 感動をつくる・[[日本朗読館]]]],
戦後62年8月15日新規,
[TIME[2019-03-21 20:54:32 +09:00]]
<http://nipponroudokukan.txt-nifty.com/blog/2007/08/post_8626.html>
]FIGCAPTION]

> 当初の「戦後元年を西暦1945年、和暦昭和20年の8月15日から同年の12月31日までとし、翌年の1月1日からは戦後2年とすることにいたします」というのを、次のように修正いたします。
>  西暦1945年、和暦昭和20年の8月15日から同年の12月31日までを戦後0年とし、西暦1946年、和暦昭和21年の1月1日から同年の12月31日までを戦後1年とすることにします。
>  戦後0年というような数え方は、あまり類例がないと思いますが、あえて採用することといたします。この戦後0年は、また同時に、戦前0年でもあります。つまり、西暦1945年、和暦昭和20年の1月1日から8月14日までは、戦前0年ということになるわけです。また、その前年、西暦1944年、和暦昭和19年は、戦前1年ということになります。以下戦前2年、戦前3年と順次遡って数えていくことになります。

]FIG]

- [277] [CITE[館長の朗読日記1225/朗読漫画『花もて語れ』のネームチェック: [[感動をつくる・日本朗読館]]]], 
戦後68年09月15日 新規,
[TIME[2020-08-23T04:13:38.000Z]] <http://nipponroudokukan.txt-nifty.com/blog/2013/09/post-850a.html>

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[279] [CITE[館長の朗読日記1926/「古希お祝いの会」について: [[感動をつくる・日本朗読館]]]], 
戦後71年11月30日,
[TIME[2020-08-23T04:16:43.000Z]] <http://nipponroudokukan.txt-nifty.com/blog/2016/11/post-6e6f.html>
]FIGCAPTION]

>私は、昭和21年、西暦2016年、私が近年使用している戦後歴では戦後1年、に生まれたことは事実である。
]FIG]

;; [280] ということはちょうど[[数え年]]と一致する。
[[西暦年]]は正しくは1946年。

- [149] [CITE[館長の朗読プロフィール(戦後73年12月現在/第21版): [[感動をつくる・日本朗読館]]]], [TIME[2020-08-21 19:11:06 +09:00]] <http://nipponroudokukan.txt-nifty.com/blog/2018/12/post-396b.html>
- [150] [CITE[特別なお知らせ124/東百道の出版物リスト (戦後69年/西暦2014年 最新版): [[感動をつくる・日本朗読館]]]], [TIME[2020-08-21 19:11:27 +09:00]] <http://nipponroudokukan.txt-nifty.com/blog/2014/11/post-b44d.html>
- [152] [CITE@ja[「[[日本朗読館]]」館長]], [TIME[2020-08-21 19:13:46 +09:00]] <http://nipponroudokukan.txt-nifty.com/about.html>
-- [153] 「銭後69年(2014年)12月」という
[[typo]]
も1例。
- [156] [CITE[最新のイベント情報(朗読会などのご案内) 第203版: [[感動をつくる・日本朗読館]]]], [TIME[2020-08-21 19:23:24 +09:00]] <http://nipponroudokukan.txt-nifty.com/blog/2020/08/post-406845.html>
- [154] [CITE[特別なお知らせ148/朗読入門講座(全8回)中止のお知らせ!!!: [[感動をつくる・日本朗読館]]]], 
戦後75年08月18日 新規,
[TIME[2020-08-21 19:21:36 +09:00]] <http://nipponroudokukan.txt-nifty.com/blog/2020/08/post-ea53f6.html>



]REFS]



* [CITE[Wikipedia]] の戦後私年号

[10] [[日本語]]版 [CITE[Wikipedia]] は[[戦後]]を[[私年号]]だとし [SRC[>>1]]、
[[日付表記]]に用いた例 [SRC[>>1]] まで示していました。
[[日本]]の[[紀年法]]の1つにも挙げていました [SRC[>>6]] が、
削除されました [SRC[>>4]]。
これらの箇所は[TIME[平成21(2009)年][year:2009]]から[TIME[平成22(2010)年][year:2010]]にかけて編集されました。

[31] 
それによると[TIME[昭和20(1945)年][year:1945]]が0年 [SRC[>>1]]、
[TIME[昭和21(1946)年][year:1946]]が1年です
([TIME[y~1759]])。
[[0年]]を[[基準点][元期]]とする考え方は[[東洋]]式[[元号]]の数え方と違います。
[[元号]]に相当する代替[[紀年法]]として発達したものではなく、
[[周年]]の延長として広まったものだからでしょう。
過去の版には1年を
「元年」
と訂正したものもあって、
捉え方が混在していたようです
[SRC[>>233]]。

[33] 
[CSECTION[戦後]]
記事はこの[[年]]の数え方に言及しつつも、
[[年表]]には[[西暦年]]と[[元号年]]を書いており、
[[戦後]]年は
「戦後50年」
以後の10年単位の節目の年に付記するだけです。
[SRC[>>36]]

[32] 
削除されたり残されたりしている様子を見るに、
[CITE[Wikipedia]]
編集者間でも位置付けに見解の差があるのでしょう。

[27] 
[CITE[Wikipedia]] 以外に[[日付表記]]で用いる真の[[紀年法]]と説明した辞書は見つかっていません。

[REFS[

- [36] [CSECTION[戦後]]
--
[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[2] [CITE@ja[[[戦後]] - Wikipedia]]
([TIME[2018-02-18 22:35:23 +09:00]])
<https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%88%A6%E5%BE%8C>
]FIGCAPTION]

> 1945年(昭和20年)を「戦後0年」として、現在の年を「戦後n年」と表現することもあり、2018年は「戦後73年」に当たる。

> 南北に分断された1945年を「分断0年」として、現在の年を「分断n年」と表現することもある(日本の「戦後n年」に相当)。

]FIG]
--
[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[3] 
[CITE@ja[「[[戦後]]」の版間の差分 - Wikipedia]], 
[CSECTION[2009年8月20日 (木) 16:57時点における版]],
210.252.236.157,
[TIME[2020-08-21T08:59:55.000Z]], [TIME[2020-08-23T00:11:14.484Z]] <https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E6%88%A6%E5%BE%8C&diff=27532473&oldid=27525819>
]FIGCAPTION]

>[INS[「'''戦後'''1年」に当たる[[1946年]][[7月6日]]には、国号が「[[大日本帝国]]」から「'''日本国'''」に変更され]]た。

]FIG]
--
[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[233] [CITE@ja[「[[戦後]]」の版間の差分 - Wikipedia]], 
[CSECTION[2009年11月7日 (土) 11:37時点における版]],
203.141.154.203,
[TIME[2020-08-21T08:59:55.000Z]], [TIME[2020-08-23T00:14:52.886Z]] <https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E6%88%A6%E5%BE%8C&diff=28881895&oldid=28768258>
]FIGCAPTION]

>[INS[又、「戦後」は無期限の[[私年号]]としても広く用いられており、[[日本の降伏|帝国日本が降伏]]した1945年を「'''戦後0年'''」として、「戦後N年」と呼ぶ。]]

>「'''戦後'''[DEL[1]][INS[元]]年」に当たる[[1946年]][[7月6日]]には、

]FIG]
--
[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[234] [CITE@ja[「[[戦後]]」の版間の差分 - Wikipedia]], 
[CSECTION[2009年11月7日 (土) 11:49時点における版]],
203.141.154.203,
[TIME[2020-08-21T08:59:55.000Z]], [TIME[2020-08-23T00:16:51.617Z]] <https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E6%88%A6%E5%BE%8C&diff=28882113&oldid=28881928>
]FIGCAPTION]

>又、「戦後」は無期限の[[私年号]]としても広く用いられており、[[日本の降伏|日本が降伏]]した[[1945年]]を「戦後0年」として、「戦後N年」と呼ぶ[INS[。つまり、「戦後N年」は、「''第二次世界大戦終結からN年後''」を意味する]]。

>[DEL[「'''戦後'''元年」に当たる]][[1946年]][INS[(戦後元年)]][[7月6日]]には国号が「[[大日本帝国]]」から「'''日本国'''」に変更された。
[SNIP[]]
無謀な戦争で多大な損害をもたらした第二次世界大戦の痛苦を踏まえて[INS[、[[1947年]](戦後2年)[[5月3日]]には]]、[[国民主権]][DEL[・]][INS[と]][[平和主義]]を謳う[[日本国憲法]]が新たに制定された。

>[[1989年]][INS[(戦後44年)]]には[[ベルリンの壁崩壊|ベルリンの壁が崩壊]]して[[マルタ会談|冷戦が終わり]]、[[1991年]][INS[(戦後46年)]][[12月25日]]には[[ソ連崩壊]]により米国[[一極体制]]が始まり、[[2001年]][INS[(戦後56年)]][[9月11日]]には[[アメリカ同時多発テロ事件]]が起こって米国一極体制が揺らぎ始めるなど、

]FIG]
-- [235] [CITE@ja[「[[戦後]]」の版間の差分 - Wikipedia]], 
[CSECTION[2010年1月8日 (金) 22:12時点における版]],
[[おはぐろ蜻蛉]],
[TIME[2020-08-21T08:59:55.000Z]], [TIME[2020-08-23T00:28:08.830Z]] <https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E6%88%A6%E5%BE%8C&diff=29905683&oldid=29654779>
--- [[私年号]]系の記述がすべて削除された。
-- 
[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[236] [CITE@ja[「[[戦後]]」の版間の差分 - Wikipedia]], 
[CSECTION[2010年6月26日 (土) 17:07時点における版]],
111.188.35.121,
[TIME[2020-08-21T08:59:55.000Z]], [TIME[2020-08-23T00:31:17.041Z]] <https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E6%88%A6%E5%BE%8C&diff=32776299&oldid=32239367>
]FIGCAPTION]

>[INS[。ポツダム宣言を受託した1945年を「戦後[[0年]]」として、現在の年を「戦後N年」と表す([[私年号]])こともしばしばある([[2000年]]は「戦後55年」に当たる)]]。
]FIG]
- [35] 
[CSECTION[私年号]]
--
[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[26] [CITE@ja[「私年号」の版間の差分 - [[Wikipedia]]]],
[CSECTION[2009年11月7日 (土) 11:16時点における版]],
203.141.154.203,
[TIME[2019-05-31 23:02:29 +09:00]]
<https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E7%A7%81%E5%B9%B4%E5%8F%B7&type=revision&diff=28881554&oldid=28347050>
]FIGCAPTION]

>
[[第二次世界大戦]]後には、「[[戦後]]」がマスコミを初めとして広く使用されており、実質的に私年号となっている([[戦後]]元年=[[1946年]])。なお、「戦後」は元号とは異なり、無期限である。

]FIG]
--- [37] 
[[元号]]の一種である[[私年号]]の一覧表に、
[[元号]]ではないとわざわざ注記してまで追加するのは不思議。
この後削除されたのも無理はないが、
[[元号]]とは何か、
[[私年号]]とは何かの根本的な問いかけを含んでいる。
無期限なら[[元号]]とはいえないのか。
明確な制定主体を欠く[[私年号]]で有期限、無期限を決めるのは何か。
過去の[[私年号]]の自然消滅を有期限とみなすとしたら、
「戦後」がいずれ自然消滅しないと何を根拠に言えるのか。
--
[25] [CITE@ja[「私年号」の版間の差分 - Wikipedia]] ([TIME[2019-05-31 23:02:29 +09:00]]) <https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E7%A7%81%E5%B9%B4%E5%8F%B7&type=revision&diff=28885701&oldid=28881554>
- [34] [CSECTION[紀年法]]
--
[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[6] [CITE@ja[「紀年法」の版間の差分 - Wikipedia]]
(2009年11月19日 (木) 11:39時点における版 203.141.154.203 [TIME[2018-03-02 20:04:51 +09:00]])
<https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E7%B4%80%E5%B9%B4%E6%B3%95&type=revision&diff=29082194&oldid=29030530>
]FIGCAPTION]

> 現在の日本では、元号・干支・キリスト紀元・神武紀元・戦後(私年号)の5種類が用いられている。

]FIG]
--
[5] [CITE@ja[「紀年法」の版間の差分 - Wikipedia]]
([TIME[2018-03-02 20:04:51 +09:00]])
<https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E7%B4%80%E5%B9%B4%E6%B3%95&type=revision&diff=43468551&oldid=42893394>
--
[4] [CITE@ja[「紀年法」の版間の差分 - Wikipedia]]
([TIME[2018-03-02 20:04:51 +09:00]])
<https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E7%B4%80%E5%B9%B4%E6%B3%95&type=revision&diff=44369124&oldid=43468551>
-
[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[1] [CITE@ja[[[0年]] - Wikipedia]]
([TIME[2018-03-02 20:05:07 +09:00]])
<https://ja.wikipedia.org/wiki/0%E5%B9%B4>
]FIGCAPTION]

> 現代の日本で私年号としても用いられている「戦後」は、第二次世界大戦が終わった西暦1945年を「戦後0年」(時代の基点)として、その後の経過年数を表す場合にも計算されている(西暦2018年は「戦後73年」となる)。 今日は「戦後73年3月2日」となる。

]FIG]
-- [7] [CITE@ja[「[[0年]]」の版間の差分 - Wikipedia]]
(2010年6月9日 (水) 18:58時点における版 61.116.218.23 [TIME[2018-03-02 20:05:07 +09:00]])
<https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=0%E5%B9%B4&type=revision&diff=32512131&oldid=32273278>


]REFS]


* 虚実歴史の戦後

[264] 
[[虚実歴史研究家]]、
[[虚実歴史漢字論懐メロ]]などと名乗る
[[Twitter]]
や[[ブログ]]の[[著者]]は、
[TIME[平成25(2013)年][year:2013]]頃から[[戦後]]何年
[TIME[y~1759]]
と書いた投稿を頻繁に続けているようです。

[265] 
当初は一般の用法のようにこの年は戦後何年だったという程度でしたが、
次第に利用頻度が増していき、
[[元号]]や[[西暦]]との対照表を作って[[戦後暦]]と呼んで公開したり、
[[日付]]の表記に使ったりもしているようです。


[REFS[
- [263] [CITE@ja[[[虚実歴史漢字論懐メロ]]さん (@kyojitsurekishi) / Twitter]], [TIME[2020-08-23T03:06:05.000Z]], [TIME[2020-08-23T03:12:25.313Z]] <https://twitter.com/kyojitsurekishi>
-- [258] [CITE@ja[from:kyojitsurekishi 戦後 - Twitter検索 / Twitter]], [TIME[2020-08-23T02:12:53.000Z]], [TIME[2020-08-23T03:04:38.549Z]] <https://twitter.com/search?q=from%3Akyojitsurekishi%20%E6%88%A6%E5%BE%8C&src=typed_query&f=live>
- [261] [CITE[[[戦後暦]] | ものがたりの歴史・掲示板 | 501]], 
[[虚実歴史研究家]],
投稿日:2018年 6月21日(木)20時42分23秒,
[TIME[2020-08-23T03:08:05.000Z]] <https://8823.teacup.com/fiction_monogatarino_rekishi/bbs/501>
- [260] [CITE@ja[[[戦後暦]] | 虚実ヒストリー~ものがたりの歴史~(Tea-Cup Blog版)]], 
2019/4/3  5:28,
[TIME[2020-08-23T03:06:21.000Z]] <https://navy.ap.teacup.com/monogatarekishi/2096.html>
- [262] [CITE@ja[『[[戦後という元号]]』 | 虚実ヒストリー~ものがたりの歴史~(Tea-Cup Blog版)]], 
2019/4/3  5:28,
[TIME[2020-08-23T03:11:06.000Z]] <https://navy.ap.teacup.com/monogatarekishi/2090.html>
- [259] [CITE@ja[虚実歴史漢字論懐メロさんはTwitterを使っています 「「“戦後”を元号として使おう」と主張する人は、今年を #戦後74年 と呼ぶのだろうが、それでは「昭和30年代」は「戦後10年代」に、「昭和40年男」は「戦後20年男」に言い換えられるべきなのだろうか?昭和60年から平成6年までは「戦後40年代」で、平成7年から平成16年までは「戦後50年代」か?」 / Twitter]], 午前1:27 · 2019年9月14日 [TZ[+09:00]], [TIME[2020-08-23T02:12:57.000Z]] <https://twitter.com/kyojitsurekishi/status/1172547309147545600>
]REFS]

* NHK の戦後

[129] 
[[NHK]]
の
[[Webサイト]]の[[年表]]は、

- [130] 「終戦 (昭和20年)戦後0年」
- [131] 「1946年 (昭和21年)戦後1年」
- ・・・
- [132] 「2014年 (平成26年)戦後69年」
- [133] 「きょう (平成27年)戦後70年」

... のような形で[[年]]を表していました。
[SRC[>>128]]
[[西暦年]]が最初と最後の年だけ違う表記になっているのが独特です。


[134] 
個別記事には、

- [135] 「1945年(昭和20年:戦後0年後)」
- [136] 「1946年(昭和21年:戦後1年後)」
- [137] 「2012年(平成24年:戦後67年後)」

... のように[[年]]が表記されていました。
[SRC[>>128]]
こちらでは「戦後[VAR[○]]年後」と違う表記が取られていました。

[292] 
「後」の重複が落ち着きません。
昭和20年に「戦後」と呼ぶべき瞬間があったと考えて、
そこからの経過年数を表しているのでしょうか。

[138] 
[[西暦]]や[[和暦]]と併記されて[[年]]の表記に使われていますが、
表記が一定せず未だ[[紀年法として確立][紀年法の成熟度]]しきっていないのでしょう。

[139] 
実効的に[[徳島県立文書館]]の[[戦後暦]]と同じ[[紀年法]] 
([TIME[y~1759]])
ですが、
内容に関係は見出だせません。
自然と同じものになったと考えるべきでしょう。


[REFS[
- [128] [CITE@ja[[[NHK]]|ニッポンのポ 「70年のポ」]], [[日本放送協会]], [TIME[2015-09-03 12:09:57 +09:00]] <https://www.nhk.or.jp/po/nenpyo.html>
]REFS]

* 保阪正康の戦後

[269] 
[[作家]]の[[保阪正康]]が、
[[著書]]で[[戦後]]を[[元号]]扱いしているようです。

[REFS[
- [224] [CITE@ja-jp[[[ナショナリズムの昭和]] | 正康, 保阪 |本 | 通販 | Amazon]],
[TIME[2016-10-21]],
[TIME[2020-08-22T12:44:54.000Z]] <https://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4864881006/wakaba1-22/>
-- [225] [CSECTION[「戦後」という元号]]
- [193] [CITE@ja-jp[憲法を百年いかす (単行本) | 一利, 半藤, 正康, 保阪 |本 | 通販 | [[Amazon]]]], [TIME[2020-08-22T09:39:36.000Z]] <https://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4480843159/wakaba1-22/>
-- [192] [CITE@ja[楽蜻庵さんはTwitterを使っています 「対談本『憲法を百年いかす』より。「半藤一利:日本以外の国では〈戦後〉というのは戦争が終わってからだいたい十年くらいを指していて、日本でもその頃に〈もはや戦後ではない〉という言葉が広まりました。ところが…いまだに〈戦後何年〉と言いつづけています/[[保阪正康]]:〈戦後〉は今や〈元号〉」。」 / [[Twitter]]]], 午前8:35 · 2018年2月15日 [TZ[+09:00]], [TIME[2020-08-22T06:43:00.000Z]] <https://twitter.com/rakuseian/status/963919684117585920>
]REFS]

* 堀新の戦後

[270] 
[[弁護士]]の[[堀新]]が、
[[戦後]]は[[元号]]だと繰り返し主張していました。

[REFS[
- [227] [CITE[日本人にとって「[[戦後]]」はもう一つの元号だった(1): 人と法と世の中:弁護士堀の随想]], [TIME[2020-08-22T12:52:22.000Z]] <http://arminius.cocolog-nifty.com/blog/2017/08/post-07bf.html>
-- [228] [CITE[日本人にとって「[[戦後]]」はもう一つの元号だった(2): 人と法と世の中:弁護士堀の随想]], [TIME[2020-08-22T12:53:08.000Z]] <http://arminius.cocolog-nifty.com/blog/2017/08/post-8b6e.html>
- [240] [CITE@ja[「戦後○○年」はもう一つの元号だった件|[[弁護士]]ほり|note]], 
2018/08/10 09:15,
[TIME[2020-08-23T02:15:46.000Z]] <https://note.com/horishinb/n/n4dcbae052aab>
- [243] [CITE@ja[Shin HoriさんはTwitterを使っています 「最近の元号論争で思い出した、昨年8月に書いたブログ記事です。 「戦後○○年」という表現は、日本にとって"もう一つの年号"として機能してきたと言えるのではないでしょうか。 https://t.co/7ifpe6Zzwz」 / Twitter]], 午後5:04 · 2019年2月3日 [TZ[+09:00]], [TIME[2020-08-23T02:12:51.000Z]] <https://twitter.com/ShinHori1/status/1091970607749595136>
- [241] [CITE@ja[Shin HoriさんはTwitterを使っています 「@nattytotty ↑上記のとおりで、だからこそ、少し前までは「戦後○○年」というのが「昭和××年」と並ぶ、いわばもう一つの元号として機能していたと言えるでしょう。 https://t.co/7ifpe6HYF1」 / Twitter]], 午後2:07 · 2019年5月1日 [TZ[+09:00]], [TIME[2020-08-23T02:12:00.000Z]] <https://twitter.com/ShinHori1/status/1123453786964549632>
- [242] [CITE@ja[Shin HoriさんはTwitterを使っています 「@wanpakutenshi 自分も昨年、「『戦後』がもう一つの元号だったのではないか」という文章をnoteに書いていたのですが、やはり同じことを考える人はいくらでもいそうですね。 https://t.co/7ifpe6Zzwz」 / Twitter]], 午後9:10 · 2019年6月5日 [TZ[+09:00]], [TIME[2020-08-23T02:12:55.000Z]] <https://twitter.com/ShinHori1/status/1136243801519939584>
]REFS]

* 池澤夏樹の戦後

[271] 
[[作家]]の[[池澤夏樹]]は、
[[戦後]]が[[改元]]で変わらない「陰の元号」
と主張しました。

[282] 
余程感銘を受けたのか、
それを主題に楽曲を制作した人もいました。
反政府主義的思想を、
「忖度元年」、
「差別元年」
といった[[スローガン的元号]]の形式で歌っていました。
[SRC[>>226]]
[[昭和時代]]に[[ベトナム戦争]]反対を歌った左翼団体の活動を想起させる他、
同じように[[元号]]と思想を織り込んだ[[オウム真理教]]の楽曲
[CITE[[[真理元年]]]]
も連想されます。


[REFS[

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[213] [CITE@ja[(終わりと始まり)新元号を考える [[池澤夏樹]] | さぶろうの WORDS OF LOVE]], [TIME[2020-08-22T10:08:12.000Z]] <https://ameblo.jp/lovemedo36/entry-12471258377.html>
]FIGCAPTION]


>朝日新聞
2019.6.5
>令和、ひざまずく先は
>
池澤夏樹
>
[SNIP[]]
> いくら令嬢や令夫人などを用例に出しても、この文字の第一義は「部下に対して命じる」である。成り立ちは「神官が礼帽を目深に被(かぶ)り、跪(ひざまず)いて神意を聴く形」だという。上意下達であり、法令の「令」なのだ。
> [SNIP[]] 数ある祝日の中で最も無意味に思われるのが二月十一日、「建国記念の日」。
> [SNIP[]] 二五三二年前の神武天皇の即位の日を計算で出したと言うけれど、その計算の土台は神話の中の架空の日付ではないか。
>[SNIP[]]
> いくたび元号を変えようとも、変わらない陰の元号がある。
> 「戦後」。
> 日本国憲法の上に日米安保条約があるかぎり、我々はこの軛(くびき)から逃れられない。トランプ氏に対して安倍晋三氏は低頭せざるを得ないのだ。

]FIG]

- [221] [CITE@ja[西村佳能(新党憲法9条)さんはTwitterを使っています 「今日の天木メルマガ-作家の池澤夏樹氏(2) 次の結語の部分だ。 いくたび元号を変えようとも、変わらない陰の元号がある。それは「戦後」という時代である。 そう書いた後で池澤氏は次のようにその論考を締めくくっている。 日本国憲法の上に日米安保条約があるかぎり、我々はこのくびきから逃れられない」 / Twitter]], 午後5:22 · 2019年6月5日 [TZ[+09:00]], [TIME[2020-08-22T06:37:36.000Z]] <https://twitter.com/nishiy2006/status/1136186539178774528>

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[229] [CITE@ja[『ポピュリズムと物語』と『0607再稼働反対![[首相官邸]]前抗議』 - 特別な1日]], [TIME[2020-08-22T12:55:38.000Z]] <https://spyboy.hatenablog.com/entry/2019/06/07/%E3%80%8E%E3%83%9D%E3%83%94%E3%83%A5%E3%83%AA%E3%82%BA%E3%83%A0%E3%81%A8%E7%89%A9%E8%AA%9E%E3%80%8F%E3%81%A8%E3%80%8E0607%E5%86%8D%E7%A8%BC%E5%83%8D%E5%8F%8D%E5%AF%BE%EF%BC%81%E9%A6%96%E7%9B%B8%E5%AE%98>
]FIGCAPTION]

>前々から書いている通り、元号というものは不便且つ不愉快な存在です。日本の伝統でも何でもない。日本人の井の中の蛙意識を増長させ、日本人の頭を悪くするだけの邪習でしかありません。勤務先でもボクが音頭を取って元号を社内の書類から完全追放したくらいです。
>[SNIP[]]
> そして、池澤が言うとおり、1945年以降 日本の元号はずっと『戦後』でした。昭和でも平成でもない。

]FIG]

;; [257] 
[[経理]]や[[総務]]の担当者に換算の不便を押し付けただけなのでは...


[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[226] 
[CITE@ja[[[もりま]]:ぼくらの元号「戦後」 - ミュージック : musictrack]], 
2019/08/15 22:28,
[TIME[2020-08-22T12:47:33.000Z]] <http://musictrack.jp/musics/80086>
]FIGCAPTION]

>この春の、新元号発表から、令和改元のフィーバーに、違和感を覚えたのは私だけではないと思います。
>改元後に、新聞にどこかの作家だったかがエッセイを書いておられました。
>戦後の昭和から、平成、令和へと元号が変わっても、日本人の根底にあるのは変わらぬ「戦後」という元号だと・・・
>これにはなるほどね!と同感しました。

>作詞:もりま
>作曲:もりま

> ぼくらの大事な 元号は
> ・・・「戦後」
>
>今の政権 お似合いは
>隠蔽 改竄 忖度元年

>今の世界に ふさわしい
>分断 炎上 差別元年


]FIG]

- [214] [CITE@ja[一介の虫けらさんはTwitterを使っています 「TBSラジオの「ACTION」にゲスト出演した作家の池澤夏樹という方が「日本は2つの元号がある。それは(令和や平成など)普通の元号と"戦後"という元号」と話し始め、 「それは日本人の根底にアメリカの植民地支配されているという意識が残ってるから」等と言い出してさすがに「はぁ?」ってなったw」 / Twitter]], 午後9:32 · 2020年3月6日 [TZ[+09:00]], [TIME[2020-08-22T06:43:47.000Z]] <https://twitter.com/siritakunaikoto/status/1235906057643278336>
]REFS]



* その他の提案


[101] 
[[昭和時代]]の
[CITE[元号法]]案が検討された頃、
[[小田実]]が
「戦後[VAR[何]]年」
の数え方を提案したといいます。
[[明良佐藤]]はそのことを後から知ったとしています。
[SRC[>>16]]

-*-*-


[REFS[
- [220] [CITE@ja[HelveticaManiaさんはTwitterを使っています 「戦後という言葉は、保守陣営の人にとっては嫌な言葉らしい。それはやっぱり戦争に負けたという事実を認めたく無いからだろう。でも、堺屋太一氏がつけた戦後○年という、戦後で年数を数えるのは元号なんかよりも厳然としてリアリティを持っているのは事実だ。#戦後」 / Twitter]], 午前11:45 · 2014年8月15日 [TZ[+09:00]], [TIME[2020-08-22T06:40:16.000Z]] <https://twitter.com/HelveticaMania/status/500111022603001856>
- [216] [CITE@ja[APTX4869さんはTwitterを使っています 「今年は戦後70年だ。この戦後という言葉は、保守陣営の人にとっては嫌な言葉らしい。それはやっぱり戦争に負けたという事実を認めたく無いからだろう。でも、堺屋太一氏がつけた戦後○年という定義は、戦後で年数を数えるのは元号なんかよりも厳然としてリアリティを持っているのは事実である。」 / Twitter]], 午前10:45 · 2015年1月7日 [TZ[+09:00]], [TIME[2020-08-22T09:23:33.000Z]] <https://twitter.com/BWV196/status/552642120549277696>
- [217] [CITE@ja-jp[[[堺屋太一]]が見た 戦後七〇年 七色の日本 | 堺屋太一 |本 | 通販 | Amazon]], 
2015/11/20,
[TIME[2020-08-22T10:17:51.000Z]] <https://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4022513314/wakaba1-22/>
]REFS]

[218] [[堺屋太一]]はそのような本を書いていますが [SRC[>>217]]、
この [[Twitter]] の投稿 [SRC[>>220, >>216]] より出版が後です。
同じような題材で他で言及しているのでしょうか。

[296] 
刊行の[TIME[西暦2015年][2015]]が戦後70年だとすると、
通常の[[周年式]]の数え方 [TIME[y~1759]]。

-*-*-


[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[30] [CITE@ja[エッセイ001 元号で数えられない | [[黒崎剛]]の哲学研究室]],
[[黒崎剛]],
2019.10.19, 
[TIME[2020-07-11 11:29:35 +09:00]]
<https://kurosakitsuyoshi.com/archives/396>
]FIGCAPTION]

> それでもキリスト教くさい西暦をつかうより日本独自の年号を、とこだわる人には、こんな提案をしたい。それは明治維新の始まった1868年から敗戦の年1945年まで一区切り、1946年を戦後元年として数えるというものである。そういうふうに年を数えれば時代感覚が養えると思う。将来的にはどうなるかな。世界統一政府ができれば、それを人類紀元元年として、それ以前は「紀元前○年」として数えることになるかな。
> ところで、1868年から数えはじめてみると、面白いことに気づく。「明治維新77年」に旧大日本帝国は1945年の破滅を迎えている。77年というのは、一つの歴史的ダイナミズムが始まって完結するのに十分な時間であるというわけか。それから1946年を新日本の「戦後元年」として数えはじめると、2022年に「戦後77年」となる。「戦後」も77年という一区切りするのに十分な時を迎えるのである。

]FIG]

[TIME[y~1759]]

[38] 
この人は[[西暦]]が良いと考えているようだが、
折衷案がこれらしい。
[[天皇]]在位による時代区切りは恣意的と非難しながら、
対案は別の政治的な時代区切りというのが興味深い。
時代感覚がどうこうと理論武装しても、
結局は政治的態度の表明という[[紀年法]]の基本原理からは逃れられないものなのか。


-*-*-

[231] 
その他[[戦後]]を[[紀年法]]として使うことを提案する人は少なからずいます。
しかし実用を確認できる人はなかなか見つけられません。


[REFS[
- [162] [CITE@ja[sakisakisakiさんはTwitterを使っています 「西暦1945年を元年にした戦後暦みたいなの作ったほうが良さそうだ」 / Twitter]], 午前5:54 · 2014年4月30日 [TZ[+09:00]], [TIME[2020-08-22T09:58:57.000Z]] <https://twitter.com/sakisakisaki6/status/461247051359989760>
- [168] [CITE@ja[tamamoriさんはTwitterを使っています 「新元号「戦後」、、「戦後は続くよいつまでも」という事で、遡って昭和20年を元年として続行。」 / Twitter]], 午前2:11 · 2017年1月18日 [TZ[+09:00]], [TIME[2020-08-22T07:15:38.000Z]] <https://twitter.com/ecoley/status/821404483947139072>
- [177] [CITE@ja[ねずみ王様さんはTwitterを使っています 「あ、戦後という元号を使わせろよ。戦後1年、戦後2年だ。いまはええと戦後73年だ。もう十分複雑だから、もっともっと複雑でいいよ。歴史が重層的に考えられる。保守の人は明治使えばいいよ。」 / Twitter]], 午後4:07 · 2018年5月14日 [TZ[+09:00]], [TIME[2020-08-22T06:36:48.000Z]] <https://twitter.com/yeuxqui/status/995923603089739781>
- [208] [CITE@ja[ITOKENさんはTwitterを使っています 「日本社会では西暦と元号が併用されていることは知られているが、実はもうひとつ普通に使われている時間の物差しがあって、それが「戦後〜年」というカウント法。戦後民主主義者的には、これがもっとも正統的なものと考えている。」 / Twitter]], 午後6:02 · 2018年6月15日 [TZ[+09:00]], [TIME[2020-08-22T07:05:23.000Z]] <https://twitter.com/itokenichiro/status/1007548871734583297>
- [205] [CITE@ja[TOKYO DEMOCRACY CREWさんはTwitterを使っています 「平成が終わるタイミングで、元号はやめて、「戦後◯年」を導入すればいいと思います。現在の日本という国家はそこからスタートしたんですから。戦前の日本にとっての「紀元◯年」みたいなものです。西暦以外に我が国に意味のある年号はそれしかありません。」 / Twitter]], 午前1:26 · 2018年8月10日 [TZ[+09:00]], [TIME[2020-08-22T07:05:04.000Z]] <https://twitter.com/TOKYO_DEMOCRACY/status/1027591990358073345>
-- [206] [CITE@ja[Admiral-T(アドさん)さんはTwitterを使っています 「@TOKYO_DEMOCRACY 西暦の時点でキリスト教の軍門に下っているような。元号は日本文化的な形で残すにしても、暦や書類の山を考えたら割り切って西暦を使うことが無難だと思いますね。敗戦後〜〜年目より 『大敗』『惨敗』『盲目敗戦』記念日にして、何故起きて何故負けたか反省の日にしないと繰り返しますね〜」 / Twitter]], 午前5:11 · 2018年8月10日 [TZ[+09:00]], [TIME[2020-08-22T07:05:04.000Z]] <https://twitter.com/AdmiralT19/status/1027648594814361601>
- [207] [CITE@ja[安田剛さんはTwitterを使っています 「@sharenewsjapan 元号が変わるのは、好ましくないと私は思います。戦後何十何年というのを提案します。あの時から新しい日本が始まったのだから。」 / Twitter]], 午前10:18 · 2018年12月24日 [TZ[+09:00]], [TIME[2020-08-22T07:02:42.000Z]] <https://twitter.com/yasudatsuyoshi1/status/1077010680656457729>
-- [186] [CITE@ja[安田剛さんはTwitterを使っています 「@shiikazuo 私は元号が天皇の代によって、コロコロ変わるのは反対です。護憲は昭和の時代のものでもう古い、となりかねません。戦後という元号を提案したいです。今年は戦後75年です。」 / Twitter]], 午前10:59 · 2019年3月2日 [TZ[+09:00]], [TIME[2020-08-22T06:42:27.000Z]] <https://twitter.com/yasudatsuyoshi1/status/1101663190738300929>
- [219] [CITE@ja[谷部覧博さんはTwitterを使っています 「昭和は20年まで。ある意味、1946年からの元号は戦後というのは私も30年前から言ってたりしたのだけど。 &gt;1日の本紙に各界の人が考える新元号が紹介されていた。一歩ずつ自分で進む「自進」 正気ですか? 「今年は、じしん元年で、来年はじしん2年」が音の響きとしてOKって https://t.co/LVFaN4e2Sr」 / Twitter]], 午後9:54 · 2019年1月3日 [TZ[+09:00]], [TIME[2020-08-22T06:40:23.000Z]] <https://twitter.com/Yabe_MiHiRo/status/1080809737615073280>
- [173] [CITE@ja[水島英己さんはTwitterを使っています 「昨日は東京大空襲、今日は東日本大震災の日。「震災8年」(和合亮一の言葉)、「戦後74年」。向こうから来るものに対し、それぞれの、私の元号があってもいい。小高の柳美里は3・11を忘れない、ではなく、今も3・11の中で生きているという意識だという。美しい花が咲いている。(如月の文35)#hmsof20」 / Twitter]], 午前10:25 · 2019年3月11日 [TZ[+09:00]], [TIME[2020-08-22T08:52:37.000Z]] <https://twitter.com/yokoushio/status/1104916328521986048>
-- [SEE[ [[フクシマ紀元]] ]]
- [199] [CITE@ja[Dara Kuuda(陀羅 空駄)さんはTwitterを使っています 「☆小生も元号迷惑論者ですが、西暦も宗教由来なので? :戒めを込めて、1945年を元年とする敗戦歴∼戦後OO年という表現が浸透している事も含めて‼ 補足〕官公庁の内部文書は整理・管理のし易さを優先し、西暦に統一されているらしい。」 / Twitter]], 午後10:41 · 2019年4月2日 [TZ[+09:00]], [TIME[2020-08-22T06:57:21.000Z]] <https://twitter.com/saiougaumadoshi/status/1113073963784011776>
- [198] [CITE@ja[津原泰水さんはTwitterを使っています 「元号を使うか西暦で行くかという議論は、無意味過ぎるからおやめなさい。別物だ。例えば昭和は64年まであるのに、期間は62年と14日しかない。計算には向かない。アンチ西暦の人が対案とすべきは、皇紀か戦後◯◯年か干支です。」 / Twitter]], 午前0:52 · 2019年4月3日 [TZ[+09:00]], [TIME[2020-08-22T06:55:54.000Z]] <https://twitter.com/tsuharayasumi/status/1113107028421992454>
- [246] [CITE@ja[[[立川談四楼]]さんはTwitterを使っています 「「戦後という元号」とのツイートに触れた。小膝を打つくらいこれはいい。「今年は戦後74年です」という具合に使うのだ。令和が好きな人は使えばいいし、西暦を好む人もそれでいいんだが、与党の政治家と会った時に限り、念を押すように「戦後74年ですよね」と言ってやるんだ。ウヨさんにも効くかもね。」 / Twitter]], 午後0:14 · 2019年4月4日 [TZ[+09:00]], [TIME[2020-08-22T10:16:53.000Z]] <https://twitter.com/Dgoutokuji/status/1113640907553685504>
-- [247] [CITE@ja[おかよ(脱原発)さんはTwitterを使っています 「@Dgoutokuji 元号としなくても、本当に戦後何年かと常に意識することは大切ですから、私も使おうかしら。 で、今年は8月15日で戦後満74年ですね。了解❣️」 / Twitter]], 午前1:09 · 2019年4月5日 [TZ[+09:00]], [TIME[2020-08-22T10:16:53.000Z]] <https://twitter.com/yokopiyon/status/1113836104673685505>
--- [248] [CITE@ja[やっぱりせっとさんはTwitterを使っています 「@yokopiyon @Dgoutokuji それでいきましょう。ローマ字記載はSGだと昭和とかソウカガッカイと勘違いするかもなので、ポストウォーPW74❗」 / Twitter]], 午後6:07 · 2019年4月5日 [TZ[+09:00]], [TIME[2020-08-22T10:16:53.000Z]] <https://twitter.com/yappareset/status/1114092257936674817>
---- [249] [CITE@ja[おかよ(脱原発)さんはTwitterを使っています 「@yappareset @Dgoutokuji PWでポストウォー いいですね。 これだと外国の方にもすぐ通じます。 流行らせたい❣️」 / Twitter]], 午後6:10 · 2019年4月5日 [TZ[+09:00]], [TIME[2020-08-22T10:16:53.000Z]] <https://twitter.com/yokopiyon/status/1114092825824509952>
-- [250] [CITE@ja[K.InoueさんはTwitterを使っています 「@Dgoutokuji いつも有難うございます。大いに共感しています。私は「平和」何年と数えたい。公的な表記は西暦で記し、私信などには、戦後74年・または平和74年と書きたいですね。印刷の都合で、令和と選ばないといけないときは、天が政権に令和していて、国民は決意を強くせよとの声と考えて丸をつけようと思う。」 / Twitter]], 午前11:20 · 2019年4月5日 [TZ[+09:00]], [TIME[2020-08-22T10:16:53.000Z]] <https://twitter.com/inkingbox/status/1113989833716686848>
- [203] [CITE@ja[おかよ(脱原発)さんはTwitterを使っています 「@Dgoutokuji それに、本来なら、あの悲惨な敗戦の時に元号が変わったり廃止されたりする可能性もあったのに、同じ昭和が続いたことが異常だったとも言える。 戦後◯◯年と言うことによって、戦争の時代に戻ってはいけないという意識にも繋がる。 現在戦後74年。 使っていきたいです。」 / Twitter]], 午前11:12 · 2019年4月5日 [TZ[+09:00]], [TIME[2020-08-22T06:38:49.000Z]] <https://twitter.com/yokopiyon/status/1113987749390848000>
- [202] [CITE@ja[HOSOI HisatoさんはTwitterを使っています 「元号の話は無視が一番だけど一個だけRTしたった。ついでに、新元号を「戦後」にすればいいというTwitterで見かけた意見に賛成。年賀状に「戦後75年 元旦」とか書くのいい感じ。民営化した郵政の年賀状などもういらんが。」 / Twitter]], 午後8:33 · 2019年4月6日 [TZ[+09:00]], [TIME[2020-08-22T06:52:45.000Z]] <https://twitter.com/Nezshi/status/1114491189934186496>
- [230] [CITE@ja[出淵平吉さんはTwitterを使っています 「時代はリセットできない。まして「平成感謝」とはどおゆう意味だ。戦後という元号も終わっとらんではないか。おれの昭和も終わっとらんて。」 / Twitter]], 午後5:44 · 2019年4月30日 [TZ[+09:00]], [TIME[2020-08-22T06:35:20.000Z]] <https://twitter.com/idebuchi4950/status/1123146147147554817>
- [196] [CITE@ja[HOSOI HisatoさんはTwitterを使っています 「天皇が引退して元号が変わったというどうでもいい話でいうと、今年は戦後74年ですか?暦の単位は西暦と戦後で十分だわ」 / Twitter]], 午後11:50 · 2019年5月1日 [TZ[+09:00]], [TIME[2020-08-22T06:51:44.000Z]] <https://twitter.com/Nezshi/status/1123600678058725377>
- [197] [CITE@ja[一宮市教職員労働組合(一宮市教組)さんはTwitterを使っています 「「戦後74年という『戦後』をもう一つの元号として大切にしたい」という言葉をある方からいただきました。時代は権力者から与えられるものではなく民衆が作っていくものです。日本国民みんなで築き上げてきた戦後という時代を大切に受け継いでいきたいと思います。by中の人」 / Twitter]], 午前0:06 · 2019年5月9日 [TZ[+09:00]], [TIME[2020-08-22T06:43:21.000Z]] <https://twitter.com/138shikyoso/status/1126141349168726016>

]REFS]

[267] 
これだけ熱心な人がいるのだから、もっと用例が見つかってもよさそうなものですが、
なかなか見つかりません。
役所に[[西暦]]を使えと怒る人はいるのに、
[[戦後]]を使えといっている人は全然いません。
勤務先から[[元号]]を排除したとイキっている人はいますが (>>229)、
勤務先に[[戦後]]を導入させた人は見当たりません。


** 元号であるとの理解

[163]
積極的に提案する意思がなくても (または意思があるか判断できない表現でも)
[[戦後]]を[[元号]]として、または[[元号]]のようなものとして認識している人がいます。

[222] 
[CITE[Twitter]]
では[[令和改元]]前後に特に増えていたようです。
この時期は[[元号]]関係の投稿が全般的に増えていました。

[223] 
全体的な傾向として、
反[[日本の元号]]、
反[[日本政府]]的な思想と[[戦後]]との親和性が高いようです。



[REFS[

- [185] [CITE@ja[こうへい@諸々停滞中さんはTwitterを使っています 「「戦後」というのは元号みたいなものか。じゃ「もはや戦後ではない」というのは。。。」 / Twitter]], 午後3:20 · 2011年4月8日 [TZ[+09:00]], [TIME[2020-08-22T06:41:54.000Z]] <https://twitter.com/epikt/status/56240078086873088>
- [184] [CITE@ja[ふりーく北波さんはTwitterを使っています 「流れて来たあるツイートを見て、「戦後」という言葉の捉え方に違和感。恐らくは1950年代初頭くらいまでのイメージで使っておられるのかな。自分はというと、概ね終戦を境に「昭和」と「戦後」に別れる感じ。で「平成」とともに「戦後」という元号が終わるという。」 / Twitter]], 午前0:10 · 2013年10月26日 [TZ[+09:00]], [TIME[2020-08-22T06:41:42.000Z]] <https://twitter.com/nami_happy/status/393756561572499456>
- [190] [CITE@ja[Climb_Every_Mountain 公式さんはTwitterを使っています 「戦後というのはもう一つの元号。」 / Twitter]], 午前7:52 · 2015年5月23日 [TZ[+09:00]], [TIME[2020-08-22T06:42:19.000Z]] <https://twitter.com/rougesombre/status/601883296155348993>
- [170] [CITE@ja[ロージナ茶会 / 旭霜さんはTwitterを使っています 「昔の元号は瑞兆や災厄が起きることで改元されていたわけで、それは国民的な水準で「あの出来事」「あの事件」から何年、という数え方の感覚なんだろうと思う。すると公式にはともかく、我々が日ごろから耳にしていた「戦後72年」「震災後5年」と言った言い方が元号のもとの姿だったのだと思う。」 / Twitter]], 午後6:24 · 2017年1月11日 [TZ[+09:00]], [TIME[2020-08-22T07:16:58.000Z]] <https://twitter.com/RodinaTP/status/819112720804900864>
-- [169] [CITE@ja[ロージナ茶会 / 旭霜さんはTwitterを使っています 「すると「戦後」「震災後」に続くような事件がこれから数年後起きれば、実質的にそれが元号みたいになってしまうんじゃないかな、という話を国立本店でしてきた。「彗星が落下する」のような災害系でなく、なにか良いことでみんなが「あれから○年」と言えるようなことがあるといいなあ、と思う。」 / Twitter]], 午後6:26 · 2017年1月11日 [TZ[+09:00]], [TIME[2020-08-22T08:43:43.000Z]] <https://twitter.com/RodinaTP/status/819113178588028928>
- [166] [CITE@ja[芹沢文書さんはTwitterを使っています 「それはそうと世に大きな事件のあるたびに元号が変わる、というのはそれなりに合理的なのかも知れん。なにかと「事件前/事件後」とかで切り分けてるわけで、時代区分的な意味では利用価値がある。「戦後」とか「震災後」てのが事実上の年号みたいなものというか」 / Twitter]], 午前7:33 · 2017年2月16日 [TZ[+09:00]], [TIME[2020-08-22T07:15:28.000Z]]
<https://twitter.com/DocSeri/status/831994937579147264>
- [165] [CITE@ja[zxdwrさんはTwitterを使っています 「1945年に改元すべきだった、とか「戦後」というのが実質新たな元号の役割をはたしてる、とかアホいうやつもいた。 もしそうなら次の改元は日本が新たな戦争に巻き込まれた時だよ。 https://t.co/MNQE14nqhh」 / Twitter]], 午前11:24 · 2017年2月18日 [TZ[+09:00]], [TIME[2020-08-22T08:40:43.000Z]]
<https://twitter.com/sawatiing/status/832777690348269572>
- [167] [CITE@ja[迷弦 9/27アイドール名古屋さんはTwitterを使っています 「たいへいようそせんそうというのは、もはや伝説的な(神話的な)イベントという位置づけになるのかもしんない、もしかすると。「戦後○○年」ってよく言われるけどそれってもはや暦みたいなもんだし。ほとんど元号じゃん。今年は「戦後72年」=西暦2017年。」 / Twitter]], 午後1:42 · 2017年8月15日 [TZ[+09:00]], [TIME[2020-08-22T08:39:36.000Z]]
<https://twitter.com/maigehn/status/897317551465615360>
-
[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[215] [CITE@ja[戦後という[[元号]] | 事件鑑定人のブログ@鑑定人イシバシ]], 
2018年08月15日 09時07分19秒,
[TIME[2020-08-22T10:12:37.000Z]] <https://ameblo.jp/ishibashi-kantei/entry-12397969415.html>
]FIGCAPTION]

>ところで、我が国にはもう一つの元号がある。
>
それは、「戦後」 という元号だ。
>
今年は戦後73年にあたる。
>[SNIP[]]
>多少乱暴であるが、成人が自らの意思をもって戦争に協力したと仮定してみる。
>
すると、人口の99.34%には戦争には荷担していないことになる。
>
・
>
以前、左系の人から、日本人戦争責任をどう思うか? と問いかけられたことがある。
>
私が生まれたときに既に他界している先々代のツケ払えと言われているようにしか聞こえない。
>
大多数の日本人が口には出さないものの、そう感じているのではなかろうか。
>
そろそろ新元号となることであるし、戦後という元号は廃止すべきなのではと思う。

]FIG]
- [201] [CITE@ja[ちょっと休養中(牛先生)さんはTwitterを使っています 「うん。僕のようなリベラルな立場だと、戦後74年という「もう一つの元号」が定着していれば良いのではないかと思うタイプだよね。」 / Twitter]], 午前11:00 · 2019年4月1日 [TZ[+09:00]], [TIME[2020-08-22T06:58:11.000Z]] <https://twitter.com/Yoshimatuk/status/1112535251237007362>
- [200] [CITE@ja[Kitajima Gaku@横須賀探検さんはTwitterを使っています 「@chindefu 最近思うのですが、昭和は実は20年8月で終わって《戦後》という元号で70年近くいたのではないか?です。 平成も断切感もなくでしたので。」 / Twitter]], 午後11:33 · 2019年4月1日 [TZ[+09:00]], [TIME[2020-08-22T06:57:27.000Z]] <https://twitter.com/Kitajima_Gaku/status/1112724641502494720>
- [182] [CITE@ja[市民連合わかやま・くまのさんはTwitterを使っています 「日本の元号はただひとつ。 #戦後 戦前という元号に変わらないように(変わりつつあるが)、 みんながんばろう!」 / Twitter]], 午後8:22 · 2019年4月2日 [TZ[+09:00]], [TIME[2020-08-22T06:39:22.000Z]] <https://twitter.com/siminwakakuma/status/1113039002880237568>
- [187] [CITE@ja[ワイルドターキーは8年物でさんはTwitterを使っています 「戦後という言葉(文字)も元号と同じように使われてきたような気がするんだよね。」 / Twitter]], 午後2:08 · 2019年4月28日 [TZ[+09:00]], [TIME[2020-08-22T06:41:14.000Z]] <https://twitter.com/Yenomones/status/1122366951827759104>
- [188] [CITE@ja[藤田純也さんはTwitterを使っています 「令和と新しい元号、新しい御代になったからこそ、「戦後」という呼称からいい加減訣別しようと願う今日。 戦後・戦前とは、反日・反皇室・反元号な人々が用いたがり有り難がる一種の元号なのだから。」 / Twitter]], 午前10:59 · 2019年5月1日 [TZ[+09:00]], [TIME[2020-08-22T06:40:29.000Z]] <https://twitter.com/noukaman/status/1123406436468310016>
- [181] [CITE@ja[鑑定人イシバシさんはTwitterを使っています 「@hayakawah @jyunesu_ @no_payochin もう、令和になった事ですし、「戦後」という元号は廃止しませんか?」 / Twitter]], 午後3:23 · 2019年5月3日 [TZ[+09:00]], [TIME[2020-08-22T06:39:17.000Z]] <https://twitter.com/FAL_Ishibashi/status/1124197730832666625>
-- [195] [CITE@ja[鑑定人イシバシさんはTwitterを使っています 「@YasuyasuClaimer だから、令和で戦後という元号を廃止せなならんのです。」 / Twitter]], 午後9:23 · 2019年5月3日 [TZ[+09:00]], [TIME[2020-08-22T06:50:21.000Z]] <https://twitter.com/FAL_Ishibashi/status/1124288277874274304>
- [194] [CITE@ja[NamikiさんはTwitterを使っています 「@wanpakutenshi 紹介してくださってありがとうございました。 変わらない陰の元号「戦後」。 この一文に、なんというか…、涙が出そうになりました。 「軛」とありますが、私は「過去のあやまちを忘れちゃいけない」という意味で、その陰の元号は心に留めておきたいと感じました。」 / Twitter]], 午後7:32 · 2019年6月5日 [TZ[+09:00]], [TIME[2020-08-22T06:48:17.000Z]] <https://twitter.com/namiki2017/status/1136219283275407360>
- [176] [CITE@ja[豊城@ZweisamkeitさんはTwitterを使っています 「いろいろな人が指摘しているように、戦後の日本において国民の共同性の基礎にあるのは「戦後」という私年号とともに毎年想起される8・15の敗戦体験だろう。 天皇と元号とともに敗戦と「戦後」が国民意識の重大な柱になっている、これをどう考えていくか…」 / Twitter]], 午後8:02 · 2019年6月27日 [TZ[+09:00]], [TIME[2020-08-22T09:02:54.000Z]] <https://twitter.com/potatosnacks48/status/1144199326031200256>
- [183] [CITE@ja[かんじょさんはTwitterを使っています 「与えられた民主主義のなれの果てですね。 戦後という元号がすっかりなくなったということでしょう。」 / Twitter]], 午後10:53 · 2020年3月14日 [TZ[+09:00]], [TIME[2020-08-22T06:39:27.000Z]] <https://twitter.com/kanjo_cha_sun/status/1238825497208819713>

]REFS]





** 元号と対比する理解


[171] 
逆に[[元号]] (や[[西暦]]) と対比してその性質を語ろうとする人もいます。
[[元号]]でないとしても、
[[元号]]に匹敵する存在と理解しているようです。

[REFS[
- [172] [CITE@ja[け・い・お・ん!ライブイベントを開催してくださいさんはTwitterを使っています 「日本人には昭和何年とか平成何年という元号に劣らず大切な年代がある。それは戦後何年という年代だ。 #NHK」 / Twitter]], 午後10:03 · 2016年8月6日 [TZ[+09:00]], [TIME[2020-08-22T07:17:00.000Z]] <https://twitter.com/shigeKasai/status/761910557930688514>
- [191] [CITE@ja-jp[「元号」と戦後日本 | [[鈴木洋仁]] |本 | 通販 | Amazon]], [TIME[2020-08-22T09:36:54.000Z]] <https://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4791770064/wakaba1-22/>
-- [189] [CITE@ja[CJさんはTwitterを使っています 「鈴木洋仁『「元号」と戦後日本』読了。日本人の時代認識を、元号と西暦と「戦後」の関係から論じる。「大正デモクラシー」は提唱者はネガティブな意味で使っていたこと、明治が戦後の原型としてイメージ形成される過程、「戦後」という区分が元号の認識へ及ぼす強い影響について等、示唆に富んだ一冊。」 / Twitter]], 午後11:53 · 2017年10月17日 [TZ[+09:00]], [TIME[2020-08-22T06:42:13.000Z]] <https://twitter.com/Coka_J/status/920301752334794752>
- [178] [CITE@ja[無職さんさんはTwitterを使っています 「「第二次大戦後は昭和の元号が変わらなかったため代わりに『戦後』が新生日本という未来像を意味した。そのため『戦後10年』『戦後20年』といった区切りは1975年の『昭和50年』まで繰り返され、その後も昭和より『戦後』が強調されてきた」 キャロル・グラック」 / Twitter]], 午後6:47 · 2019年4月16日 [TZ[+09:00]], [TIME[2020-08-22T06:38:29.000Z]] <https://twitter.com/2663Mein/status/1118088490736996352>
-
[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[47] 
[CITE[190503-04-1.pdf]], [TIME[2019-05-06 14:33:39 +09:00]] <http://www.kenpoukaigi.gr.jp/saikin-news/190503-04-1.pdf#page=14>
]FIGCAPTION]


>岩手日報/2019/5/3 12:05
>[B[論説憲法問題もっと深い議論を望む]]
>戦後74年目の憲法記念日。昭和から平成、令和と元号が変わる中で、これからも「戦後」という時代の捉え方は引き継がれていくだろう。
>昭和の時代、終戦を挟んで日本の国柄は180度転換した。もとより「戦後」は元号ではないが、元号をまたぎ、平和憲法を土台とする時の流れを想起させる。
>[SNIP[]]
>「戦後」というスパンの中で、時代は途切れず続いている。改元を「新時代の到来」として改憲と結びつける情緒的な主張は、憲法論議にはそぐわない。


]FIG]

]REFS]

* 昭和20(1945)年元年説

[256] 
[TIME[昭和20(1945)年][year:1945]]を[[元年]] (1年) とする数え方 
[TIME[y~1772]] もあります。

[297] 
[[元号]]としては出来事を[[元年]]とするこちらが正統的な数え方になるのでしょうが、
[[戦後]]の[[私年号]]では少数説のようです。

[276] 
一般的な「戦後[VAR[何]]年」の[[周年]]の数え方
[TIME[y~1759]]
と1年ずれるためでしょう。

[REFS[
- [[東百道]]の旧[[戦後暦]] (>>142)
- [210] [CITE@ja[NOTさんはTwitterを使っています 「来年は元号や西暦の代わりに「戦後75年」と言う人がいてもいいと思う。」 / Twitter]], 午後11:31 · 2018年5月31日 [TZ[+09:00]], [TIME[2020-08-22T07:06:28.000Z]] <https://twitter.com/notabene1976/status/1002195800317874176>
-- [211] [CITE@ja[虚実歴史漢字論懐メロさんはTwitterを使っています 「@notabene1976 念のため、補足しますと、今年(2018年)は戦後73年で、来年(2019年)は戦後74年、戦後75年に当たるのは2020年、東京五輪の年です。 >来年は元号や西暦の代わりに「戦後75年」と言う人がいてもいいと思う。」 / Twitter]], 午前8:54 · 2018年6月1日 [TZ[+09:00]], [TIME[2020-08-22T07:06:28.000Z]] <https://twitter.com/kyojitsurekishi/status/1002337652241121280>
-- [212] [CITE@ja[NOTさんはTwitterを使っています 「@kyojitsurekishi 「戦後 」を元号のように用いるなら1945年が元年なのでというアナロジーです。やはり紛らわしいので「日本国75年」とでもしますか。」 / Twitter]], 午後7:40 · 2018年6月1日 [TZ[+09:00]], [TIME[2020-08-22T07:06:28.000Z]] <https://twitter.com/notabene1976/status/1002500219995426817>
- [255] [CITE@ja[Amazaki OsamuさんはTwitterを使っています 「@Dgoutokuji なかなかいいアイデアだと思います。 ちょっと疑問に思ったのですが、戦後元年は1945年ですよね。 とすると今年は「戦後75年」?」 / Twitter]], 午後5:08 · 2019年4月4日 [TZ[+09:00]], [TIME[2020-08-22T10:16:53.000Z]] <https://twitter.com/AmazakiOsamu/status/1113714898024923136>
]REFS]

* 評価

[253] 
[[戦後]]を[[元号]]とする提案は冗談と捉えられています。
敢えて態度を表明しない人の多くは同じような受け止めではないでしょうか。

[REFS[
- [204] [CITE@ja[カワタカオルタナティブ(字数オーバー)さんは[[Twitter]]を使っています 「元号を「戦後」にしてはという冗談があるけど、実際に新元号として「新日本N年」が提唱されたことがあるのか。」 / Twitter]], 午後3:17 · 2018年8月19日 [TZ[+09:00]], [TIME[2020-08-22T07:04:04.000Z]] <https://twitter.com/kawataka_alter/status/1031062551222611968>
]REFS]

[254] 
[[戦後]]という[[元号]]の存在を知っている人はそれなりに注意して見ているのでしょうが、
やはり用例は見たことがないようです。
これだけ提案する人、賛同する人がいるのに、
使っている人はどこにいるのでしょうか。

[286] 
趣旨の似た[[核時代]]が、
比較的知名度が低そうな割に用例が多いのとは対照的です。
知名度が高く提案する人、賛同する人が多いのに使われない[[戦後]]と、
特定の人が熱心に使う[[核時代]]の差はどこでついたのでしょうか。
どちらが[[元号]]として成熟しているといえるでしょうか。


[REFS[
- [209] [CITE@ja[クララ・クレーラさんはTwitterを使っています 「天皇制に反対している人の中には、元号を使わず、西暦か戦後何年、という書き方をしている人もいるらしいけれど会った事ないなぁ。」 / Twitter]], 午後8:24 · 2019年3月31日 [TZ[+09:00]], [TIME[2020-08-22T06:59:28.000Z]] <https://twitter.com/tairreee/status/1112314778754543616>
]REFS]

[252] 
[[終戦の日]]以後の戦争被害を軽視するものとの批判もあります。

[REFS[
- [251] [CITE@ja[IRUMAGAWA MasamiさんはTwitterを使っています 「@Dgoutokuji 沖縄では使えないと思います。」 / Twitter]], 午前0:28 · 2019年4月6日 [TZ[+09:00]], [TIME[2020-08-22T10:16:53.000Z]] <https://twitter.com/iruma87/status/1114188008066912256>
]REFS]

[283] 
[[元号]]と考える人も、そうでない人も、
いつまでも[[戦後]]何年と数え続けるのは適当ではないとする人がいます。
一般的な[[元号]]と違って明確な制定主体が存在しないため、
気にしなければいつまでも数え続けられます。

[284] 
[[元号]]として高評価する人は、
[[戦後]]何年と数え続ける限り次の[[戦争]]は起きないと考えているようです。
厳密に言えば「[[大東亜戦争の戦後]]」を表す[[戦後]]は次の[[戦争]]の有無に関わらず続きます。
しかも
「先の戦争」が[[戊辰戦争]]だ、[[応仁の乱]]だ、[[アテルイの乱]]だ、
と未だに言われているように、
どの[[戦争]]をカウントするかは恣意的でもあります。
人によっては、
[[朝鮮戦争]]、
[[ベトナム戦争]]、
[[湾岸戦争]]、
[[カンボジアPKO派遣]]、
[[アフガニスタン紛争]]・[[イラク戦争]]あたりも[[日本]]に関係した[[戦争]]と考えるでしょう。
そして[[日本]]以外まで目を向けるとこの数え方は破綻しています。

* 作品

[REFS[
- [179] [CITE@ja-jp[[[球は転々宇宙間]] (文春文庫 (351‐1)) | 赤瀬川 隼 |本 | 通販 | [[Amazon]]]], [TIME[2020-08-22T09:27:56.000Z]] <https://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4167351013/wakaba1-22/>
-- [180] [CITE@ja[Masaki TokuyamaはInstagramを利用しています:「[[赤瀬川隼]]さんのこの小説、舞台は元号が「戦後」という名称に改められた日本。法制化の際、次の「戦後元年」が来ないよう恒久平和の願いが込められた、とも。」]], [TIME[2020-08-22T09:28:20.000Z]] <https://www.instagram.com/p/yjwGFlEA4K/>
]REFS]

;; [293] 重箱の隅をつつくなら、
次の戦争が始まっても終わらなければ、「戦後元年」にはならない。

[288] [CITE@ja[[[アフターウォー]] - Wikipedia]], [TIME[2020-08-29T18:55:08.000Z]], [TIME[2020-09-13T02:26:57.373Z]] <https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%95%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%82%A6%E3%82%A9%E3%83%BC>

* 関連

[SEE[ [[原爆紀元]]、[[核時代]]、[[非戦]] ]]

[SEE[ [[共産主義の日時]] ]]

* メモ



[272] 
[[元号]]と理解する人が一定数存在するなら、
[[戦後]]は[[元号]]の1つと理解するほかないでしょう。
公定ではなく[[元号]]と理解しない人がいる反面、
特定のコミュニティーでのみ通用するならば、
まさに[[私年号]]というべきものです。

[273] 
ただし[[元号]]と理解する人がいるのに、
[[元号]]として利用され流通している用例が確認できないのは、
やはり気になります。

[274] 
[[メディア]]が8月や時代の節目に
「今年は戦後[VAR[何]]年に当たり[SNIP[云々]]」
と言い出す一般の用法は、
広義の[[紀年法]]には属しますが、
これを狭義の[[紀年法]]、
しかも[[元号]]と言うべきものかどうか、
判断は分かれています。
[[元号]]と理解する人は圧倒的少数のように見えます。
当の[[メディア]]も[[元号]]として使っているのではないでしょう。

[275] 
だとすると、[[元号]]ではないものも、
受け取り手の思考によっては[[元号]]となる、
という非対称性があるのでしょうか。
[[紀年法]]の定義や[[コミュニケーション]]の根本にも関わる興味深い問題です。





[175] [CITE[史劇的伝言板過去ログ8301~8400]]
([TIME[2009-09-10T02:20:06.000Z]], [TIME[2020-09-08T08:42:44.226Z]])
<http://www2s.biglobe.ne.jp/~tetuya/REKISI/bbsa/kakolog/log84.html>

[287] [CITE[明治39年(丙午)・征露元年(午年特設展示-レトロ年賀状美術館)]]
([TIME[2017-04-14T09:01:51.000Z]], [TIME[2020-09-08T09:30:47.115Z]])
<https://www.fuyuki-nenga.com/museum/umadoshi/2-meiji39.html>

[289] [CITE@ja[朝日新聞 校閲センターさんはTwitterを使っています 「年目 「戦後75年目の終戦の日」との表現に引っかかりました。 「年目」だと起点となる年も含むので、1945年が終戦1年目で今年は76年目。終戦から「満」75年とは言えますが75年「目」ではありません。 ただ、「戦後」に続くなら1946年を1年目とし75年目で良いようにも思えました。(隼) #校閲 #ことば https://t.co/IIaNLA5Z3e」 / Twitter]]
(午後7:30 · 2020年9月14日 [TZ[+09:00]], [TIME[2020-09-14T08:47:09.000Z]])
<https://twitter.com/asahi_kotoba/status/1305453740154068993>


[290] [CITE[digidepo_10205749_po_77(7)amakawa.pdf]], [TIME[2021-01-03T02:21:03.000Z]] <https://dl.ndl.go.jp/view/download/digidepo_10205749_po_77%287%29amakawa.pdf?contentNo=1&alternativeNo=#page=9>

>1965年というのは戦後20年で、今と同様、「戦後二十年の節目」というようなことが言われた頃です。また1968年というのは明治百年なんですね。当時、「戦後二十年か明治百年か」、そういう議論をしている人がいました。一方は、明治百年の日本の成果を問うというような、ある意味でナショナリズムの復活的な意味合いをもつようなニュアンス。もう一方の、戦後二十年というのは、デモクラシー、民主主義が入ってきた戦後の価値を擁護しなくてはならないという動き。当時ベストセラーになった『危険な思想家』[SUP[11)]]という本がありましたが、その副題が「戦後二十年か明治百年か」でありました。

[304] <https://dl.ndl.go.jp/pid/6044969/1/28> (非公開)

>教育評論 (584)
>雑誌
>(アドバンテージサーバー, 1996-01)
>28: は横浜市立大学教授。戦後暦を採用する野本流の時間の刻み方で書くと、こうなる。これほど、かれの

[305] 
[CITE@ja-JP[俳句の素顔 : 随想集]], [[河野南畦]], [TIME[1963]], [TIME[2022-12-28T09:26:51.000Z]], [TIME[2022-12-30T05:19:04.262Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/1346693/1/36> (要登録)

[306] [CITE@ja[べにひいろさんはTwitterを使っています: 「私子供の頃、大伯母が戦後すぐに建てた隙間だらけの離れで練炭火鉢愛用してたけど、戦後10年辺りに建てた祖父母の家では使用不可だった(´・ω・`)一酸化炭素中毒で死ぬで言われて(´・ω・`)木造平屋隙間そこそこある家でも危険だったものを今の気密性の高い家で使うの大丈夫なんだろうか」 / Twitter]], [TIME[午前6:53 · 2023年1月25日][2023-01-24T21:53:41.000Z]], [TIME[2023-02-01T02:24:18.000Z]] <https://twitter.com/akayf1/status/1618004135114330112>


[307] >>306 この用例は紀年法みがけっこうたかいのでは?

