[12] 
[DFN[[CITE[紀元編]]]]
([DFN[[CITE[歴代紀元編]]]])
は、
[[清]]国の[[李兆洛]]による[[元号一覧]]です。

* 成立

[33] 
[[著者]]は[[清]]江蘇省陽湖県 
[WEAK[(現在の[[中華人民共和国]]常州市武進区周辺)]]
の研究者[[李兆洛]]
[WEAK[([[字]]: [[申耆]], [[号]]: [[養一]], 晩年の[[号]]: [[養一老人]], [TIME[清乾隆34年(1769)][1769]] - [TIME[清道光21年(1841)][1841]])]]。

[REFS[

- [34] [CITE[方志大家・李兆洛]], [[中華人民共和国]] [[中国社会科学院]]
<https://www.cssn.cn/zjzg/fzdj/202210/t20221026_5554070.shtml>
- [35] 常州史志「李兆洛」
<https://fzg.changzhou.gov.cn/html/fzg/2015/FNBDOFDF_1222/24078.html>
- [36] 
Harvard China Biographical Database(CBDB)
<https://cbdb.fas.harvard.edu/cbdbapi/person.php?id=0035105>

]REFS]

-*-*-

[42] 
本書成立には[[六承如]]が深く関与したと考えられます。

[37] 
本文末の跋文には「門人六承如識」とあります。
[[六承如]]が[[李兆洛]]の門人であり、
刊行に至る本文の記録・集録に関係したことを示します。

[38] 
[TIME[清道光11年(1831)][1831]]刊本の書誌は、

> (清)李兆洛撰;(清)六承如録

となっています。

[39] 
[CITE[CiNii]]の書誌では、
「李兆洛撰・六承如録」
の輩學齋刊本としています。

[40] 
[CITE[中国哲学書電子化計画]]の書誌解説も、
[[李兆洛]]の門人が編録した作品と説明しています。

[41] 
[[六承如]]の生没年や詳しい経歴は不明です。
[[英語]]の書誌では Liu Chengru と表記される例があります。

-*-*-



- [52] 清道光11年(1831)刊本
-- [53] 
[CITE[CiNii]]の書誌
<https://ci.nii.ac.jp/ncid/BB15055754>
によると、書名は『紀元編 三巻末一巻』、責任表示は「李兆洛撰・六承如録」、刊行者は輩學齋、刊年は道光11年です。本文は巻上・巻中・巻下と末巻に分かれます。
--- [55] 
岡山大学所蔵本では6点に分かれて記載されています。
--  [54] 
[[東洋文庫]]の漢籍データベース
[CITE[紀元編三卷末一卷]]
<https://kanseki.toyobunko-lab.jp/en/item/102003184>
--- [77] 道光11年輩學齋刊本、分類を史部・史評類、旧蔵者を藤田豊八としています。3冊です。
- [56] 清咸豊5年(1855)粤雅堂叢書本
-- [57] 
粤雅堂叢書の目録は、
[CITE[紀元編]]を「三巻末一巻」、李兆洛撰・六承如録と記し、咸豊5年刊としています。
収録箇所は二編第12集です。
-- [85] 1965年『紀元編』 <https://ci.nii.ac.jp/ncid/BA57543746>
『百部叢書集成』・粤雅堂叢書の原刻影印
-- [74] [CITE[紀元編三卷末一卷]]
<https://commons.wikimedia.org/wiki/File:GZDD050344011_%E7%B4%80%E5%85%83%E7%B7%A8%E4%B8%89%E5%8D%B7%E6%9C%AB%E4%B8%80%E5%8D%B7.pdf>
--- [75] PDFは77ページ、約7.88MBです。
--- [76] 説明欄には、広東省立中山図書館所蔵本をもとにした
[CITE[廣州大典]]
収録の粤雅堂叢書系画像と記載されています。
-- [81] 
[CITE@zh-TW[《粵雅堂叢書》本《紀元編》 (圖書館) - 中國哲學書電子化計劃]], [[Donald Sturgeon]], [TIME[2026-09-08T11:58:51.000Z]], [TIME[2026-10-25T09:06:47.598Z]] <https://ctext.org/library.pl?if=gb&res=80484>
- [58] 清同治10年(1871)合肥李氏刊本
-- [59] 李氏五種の一つとして再刊された本
-- [60] [[早稲田大学古典籍総合データベース]]
<https://www.wul.waseda.ac.jp/kotenseki/search.php?cndbn=%E6%9D%8E+%E5%85%86%E6%B4%9B>
--- [62] 書誌は、合肥・李氏、同治10年(1871)序します。
-- [61] [CITE[CiNii]] 同治10年・六承如集録本
<https://ci.nii.ac.jp/ncid/BB08629150>
--- [63] 封面裏に「同治辛未仲秋合肥李氏重刊」とあることが記されています。
-- [64] この版本は、著者[[李兆洛]]の没後に刊行されたものです。
- [65] 清光緒14年(1888)李氏五種合刊
-- [66] [CITE[CiNii]] お茶の水女子大学所蔵本
<https://ci.nii.ac.jp/ncid/BB08141696>
-- [67] [CITE[CiNii]] 李氏五種合刊
<https://cir.nii.ac.jp/crid/1971712334786625957>
-- [68] 目録によって出版者表記に違いがあり、埽葉山房・文学山房などの記載が見られます。
個別の封面・牌記を比較する必要があります。


- [78] 
[CITE@zh[紀元編内容及目録-識典古籍]], [TIME[2026-10-25T09:04:02.000Z]] <https://www.shidianguji.com/zh/book/JINANLIB01984/chapter/1m3jx15y9g5cr>
- [80] 北京大學圖書館本
-- [79] 
[CITE@zh-TW[《紀元編》 (圖書館) - 中國哲學書電子化計劃]], [[Donald Sturgeon]], [TIME[2026-09-08T11:58:51.000Z]], [TIME[2026-10-25T09:06:04.387Z]] <https://ctext.org/library.pl?if=gb&res=2625>


-*-*-

[69] 20世紀初頭には、[[羅振玉]]が本文の訂補・校訂に関わっています。

[70] 
[CITE[全国古籍普查登记手册]]には、
清光緒32年(1906)の「紀元編三巻・李兆洛撰・羅振玉訂補、羅氏稿本」という記載があります。

[71] 
一方、[CITE[CiNii]]は中華民国14年(1925)刊の『校増紀元編』を、李兆洛撰・六承如録・羅振玉重校訂と記載しています。

[72] 
さらに、中国哲学書電子化計画の解説は、
中華民国16年(1927)に
[CITE[重校訂紀元編]]3巻があったとします。

[73] 
同一の校訂事業の異なる段階である可能性はありますが、現物を比較する必要があります。

- [82] 1925年『校増紀元編』 <https://ci.nii.ac.jp/ncid/BA84359466>
李兆洛撰・六承如録・羅振玉重校訂、3巻
- [83] 1933年『歷代紀元編』 <https://ci.nii.ac.jp/ncid/BA63481348>
商務印書館刊[CITE[國學基本叢書]]所収本  
- [84] 1935年『歷代紀元編』 
<https://books.google.com/books/about/%E5%8E%86%E4%BB%A3%E7%BA%AA%E5%85%83%E7%BC%96.html?id=cIo4QwAACAAJ>
商務印書館
- [86] 1968年『歷代紀元編』 
<https://ge.nii.ac.jp/ncid/BA55116766>
台湾商務印書館『國學基本叢書四百種』所収本
- [87] 1985年『紀元編』 <https://ci.nii.ac.jp/ncid/BA54415411>
中華書局『叢書集成初編』3460番     |



* 序文なし版本

-[5] [CITE@en[File:紀元編(一).djvu - Wikimedia Commons]], [TIME[2023-02-18T04:59:30.000Z]], [TIME[2023-02-20T07:24:29.406Z]] <https://commons.wikimedia.org/wiki/File:%E7%B4%80%E5%85%83%E7%B7%A8(%E4%B8%80).djvu>
-
[7] [CITE@en[File:CADAL02088855 紀元編(一).djvu - Wikimedia Commons]], [TIME[2023-02-18T05:24:51.000Z]], [TIME[2023-02-20T07:26:06.740Z]] <https://commons.wikimedia.org/wiki/File:CADAL02088855_%E7%B4%80%E5%85%83%E7%B7%A8%EF%BC%88%E4%B8%80%EF%BC%89.djvu>
-
[2] [CITE@zh-TW[紀元編 - 中國哲學書電子化計劃]], [[Donald Sturgeon]], [TIME[2023-02-20T07:17:52.000Z]] <https://ctext.org/wiki.pl?if=gb&res=243517>
--
[10] >>2 北京大学本画像データと[[OCR]]

* 清道光11年版本

[15] [TIME[清道光11(1831)年辛卯][1831]]

[16] 序文なし

-[6] [CITE@en[File:NAJDA-295-0019 紀元編1.pdf - Wikimedia Commons]], [TIME[2023-02-18T05:59:19.000Z]], [TIME[2023-02-20T07:25:00.441Z]] <https://commons.wikimedia.org/wiki/File:NAJDA-295-0019_%E7%B4%80%E5%85%83%E7%B7%A81.pdf>
-- [23] 
[CITE@en[File:NAJDA-295-0019 紀元編2.pdf - Wikimedia Commons]], [TIME[2026-10-08T07:26:44.000Z]], [TIME[2026-10-22T07:26:57.751Z]] <https://commons.wikimedia.org/wiki/File:NAJDA-295-0019_%E7%B4%80%E5%85%83%E7%B7%A82.pdf>
-- [24] 
[CITE@en[File:NAJDA-295-0019 紀元編3.pdf - Wikimedia Commons]], [TIME[2026-10-08T07:26:45.000Z]], [TIME[2026-10-22T07:34:05.643Z]] <https://commons.wikimedia.org/wiki/File:NAJDA-295-0019_%E7%B4%80%E5%85%83%E7%B7%A83.pdf>
-- [25] 
[CITE@en[File:NAJDA-295-0019 紀元編4.pdf - Wikimedia Commons]], [TIME[2026-10-08T07:26:47.000Z]], [TIME[2026-10-22T07:35:11.907Z]] <https://commons.wikimedia.org/wiki/File:NAJDA-295-0019_%E7%B4%80%E5%85%83%E7%B7%A84.pdf>
-- [26] 
[CITE@en[File:NAJDA-295-0019 紀元編5.pdf - Wikimedia Commons]], [TIME[2026-10-08T07:26:48.000Z]], [TIME[2026-10-22T07:36:11.975Z]] <https://commons.wikimedia.org/wiki/File:NAJDA-295-0019_%E7%B4%80%E5%85%83%E7%B7%A85.pdf>
-[20] [CITE[紀元編 - 李兆洛 - Google ブックス]], [TIME[2023-02-23T08:19:53.000Z]] <https://books.google.co.jp/books?id=-jlbAAAAcAAJ&printsec=frontcover>
- [21] 
[CITE@jp[紀元編1]], [[独立行政法人国立公文書館 | NATIONAL ARCHIVES OF JAPAN]], [TIME[2023-02-23T08:22:46.000Z]] <https://www.digital.archives.go.jp/img.pdf/4500951>
-[22] [CITE@jp[紀元編1]], [[独立行政法人国立公文書館 | NATIONAL ARCHIVES OF JAPAN]], [TIME[2023-02-23T08:23:41.000Z]] <https://www.digital.archives.go.jp/img.pdf/4261449>

[107] >>26 [CSECTION[紀元編韻補]], [CSECTION[紀元編補韻]]なし

[88] 
少なくても[[日本の元号]]については、[CITE[歴代紀年備考]]はこの版の抄本と推測されます。
記述内容が酷似しています。

* 清同治10年版本

[13] [TIME[清同治10(1871)年][1871]]

[18] 序文あり

[29] 
道光版とほぼ同版と思われるが、精査を要する

-[1] [CITE[[[紀元編]]. 巻上,中,下 / 六承如 '''['''編''']''']], [TIME[2021-05-04T07:23:24.000Z]] <https://www.wul.waseda.ac.jp/kotenseki/html/ru05/ru05_00099_0010/index.html>
-[4] [CITE@en[File:WUL-ru05 00099 0010 紀元編.pdf - Wikimedia Commons]], [TIME[2023-02-18T06:30:01.000Z]], [TIME[2023-02-20T07:23:15.973Z]] <https://commons.wikimedia.org/wiki/File:WUL-ru05_00099_0010_%E7%B4%80%E5%85%83%E7%B7%A8.pdf>

[104] >>4 [CSECTION[紀元編韻補]], [CSECTION[紀元編補韻]]あり

[19] [TIME[清光緒8(1882)年壬午][1882]]注釈書き込み:

- [8] [CITE@en[File:NLC892-411999020753-66010 紀元編 第1冊.pdf - Wikimedia Commons]], [TIME[2023-02-18T07:11:37.000Z]], [TIME[2023-02-20T07:26:34.370Z]] <https://commons.wikimedia.org/wiki/File:NLC892-411999020753-66010_%E7%B4%80%E5%85%83%E7%B7%A8_%E7%AC%AC1%E5%86%8A.pdf>


* 中華民国26年出版

[14] [TIME[民国26(1937)年6月][1937-06]]

[17] 序文なし

[30] [[清]]版と異なる[[翻刻]]再版

[31] 内容はおそらく同じと思われるが精査を要する

[32] ただし[[字形]]差は多い。いずれも[[活字]]の字形差に起因すると思われる。
[[清]]の[[避諱]]はそのまま。

[3] [CITE@en[File:CADAL09006169 紀元編.djvu - Wikimedia Commons]], [TIME[2023-02-18T07:17:12.000Z]], [TIME[2023-02-20T07:22:37.028Z]] <https://commons.wikimedia.org/wiki/File:CADAL09006169_%E7%B4%80%E5%85%83%E7%B7%A8.djvu>

[9] [CITE@en[File:SSID-12641505 紀元編.pdf - Wikimedia Commons]], [TIME[2023-02-18T07:18:49.000Z]], [TIME[2023-02-20T07:27:21.522Z]] <https://commons.wikimedia.org/wiki/File:SSID-12641505_%E7%B4%80%E5%85%83%E7%B7%A8.pdf>

[105] 
[CITE@ja[NLC511-023031404017769-22669_歷代紀元編(三).pdf]], [TIME[2023-06-28T10:49:22.000Z]], [TIME[2026-10-27T08:01:24.393Z]] <https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/1/15/NLC511-023031404017769-22669_%E6%AD%B7%E4%BB%A3%E7%B4%80%E5%85%83%E7%B7%A8%EF%BC%88%E4%B8%89%EF%BC%89.pdf>

[106] >>105 [CSECTION[紀元編韻補]], [CSECTION[紀元編補韻]]あり


* 内容

[43] 
[CITE[紀元編]]冒頭に、

> 列代甲子,檢書爲煩,前賢患之,每有編纂,復此綜錄,意存省約,其有絀漏,來哲匡諸。

とあります。

[44] 
つまり、歴代の[[干支]]や[[紀年]]を個々の史書から調べるのは煩雑なので、
先人たちの編纂を踏まえて再びまとめ、簡便に検索できるようにする、という趣旨です。

[45] 
各巻の内容は次の通りです。

- [46] 巻上 : 紀元総載 : 各王朝・政権の年号の集成
- [47] 巻中 : 紀元甲子表 : 年代と干支を対応させ、複数政権の年号を比較する年表
- [48] 巻下 : 紀元編韻  : 年号の末字の韻によって排列した索引
- [49] 巻末 : 紀元編韻補 : 年号の韻による整理

[50] 
巻上には、漢・後漢・三国・晋・南北朝・隋唐・遼・金・元・明などの年号のほか、僭称政権、外国の年号、道教関係資料に見える年号、実際には採用されなかった年号、銭文に見える年号なども収めています。

[51] 
外国として日本・新羅・交趾などに関する記載があります。

** 日本の元号

[27] 
[CITE[紀元編]]の[[日本]]条には、次のような注記があります。

[90] 
[[鍾淵映]]の[CITE[紀元類聚考]]所引[CITE[東國通鑑]]と、
[[梁諫菴]]の[CITE[元號畧]]所得日本國[CITE[新刻大成年代廣記]]に拠っています。
[SRC[>>28]]


[89] 
[[舒明天皇]]までは[CITE[類聚考]]に、
[[孝徳天皇]]からは[CITE[廣記]]に拠っています。
[SRC[>>28]]

[91] 
また、個別[[元号]]の注釈にいくつかの書名があります。二書を底本に、
他のいろいろな本で校合したということなのでしょう。

[103] 
この書き方を見ると、著者が直接
[CITE[東國通鑑]]
や
[CITE[廣記]]
を参照したわけではなさそうです。


[REFS[

- [28] 
[CITE@ja[NAJDA-295-0019_[[紀元編]]2.pdf]], [TIME[2020-08-26T01:19:07.000Z]], [TIME[2026-10-24T12:23:12.195Z]] <https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/0/02/NAJDA-295-0019_%E7%B4%80%E5%85%83%E7%B7%A82.pdf?utm_source=commons.wikimedia.org&utm_campaign=index&utm_content=original#page=16>

]REFS]

-*-*-

[95] 
[DFN[[CITE[紀元類聚考]]]] ([DFN[[CITE[類聚考]]]])
なる書物は見当たらず不明です。

[96] 
[[鍾淵映]]には[CITE[歴代建元考]] ([[清]]初成立) があります。

[98] 
ところが[CITE[紀元編]]には、
[[鍾淵映]]の[CITE[歴代建元類考]]は未見とあります。 [SRC[>>97]]
おそらく[CITE[歴代建元考]]を指すと思われます。
つまり本書のことではありません。

[99] 
よく似た名前で、[[清]]の[[錢東垣]]に
[CITE[建元類聚考]]
があります。
[TIME[清乾隆癸丑(1793)年][1793]]成立、 
[TIME[嘉慶壬戌(1802)年][1802]]刊行で、
[CITE[紀元編]]
に先立ちます。

[100] 
実際[CITE[紀元編]]には、
[[錢東垣]]の
[CITE[建元類聚考]]
を参照したことが明記されています。
[SRC[>>97]]

[101] 
ところが、
[CITE[建元類聚考]]
には
[CITE[東国通鑑]]の引用はありませんし、
[[古代年号]]の掲載もありません。


[108] [[嘉貞]]や[[厯日]]の事例を見ると、
[CITE[紀元類聚考]]
とは実は
[CITE[歴代建元考]]
のことのようにも思えます。
ただし、
[[嘉貞]]の場合
[CITE[元号略]]
の注釈の引き写しに過ぎませんから、
ここで
[CITE[紀元類聚考]]
を確認したのかは不明です。

[109] [[延禧]]も興味深い事例です。

[REFS[

- [97] 
[CITE@zh[後跋-[[紀元編]]全文原文及譯文-識典古籍]], [TIME[2026-10-26T06:43:17.000Z]] <https://www.shidianguji.com/zh/book/NA04963/chapter/1l7iuwpyz42ee?utm_source=chatgpt.com>

]REFS]

-*-*-

[92] 
[CITE[東国通鑑]]
の現在知られる本は[[朝鮮]]の歴史書です。
[CITE[紀元編]]が挙げるような[[日本]]の[[古代年号]]は掲載されていないようです。

[93] 
当時の[[清国]]では[[日本]]の歴史書が不正確に
[CITE[吾妻鏡]]
ないし
[CITE[東鑑]]
と呼ばれていたようです。本来の[CITE[吾妻鏡]]は[[鎌倉時代]]の歴史書ですが、
あるいは古代から記述された本も[CITE[東鑑]]の名で流布され、
それが誤引用されている疑いがあります。

[94] 
[CITE[紀元編]]成立以前に[TIME[清嘉慶19(1814)年][1814]]序の[CITE[吾妻鏡補]]があり、
当書には[[古代年号]]も収録されています。

[102] 
[CITE[吾妻鏡補]]ないしそれに類する書籍を引用した別の書籍があって、
それが誤って[[鍾淵映]]の
[CITE[紀元類聚考]]
と呼ばれたものだったのでしょうか。



* メモ





[11] 
[CITE@zh[纪元编 - 维基百科,自由的百科全书]], [TIME[2023-02-09T07:56:25.000Z]], [TIME[2023-02-23T07:58:38.809Z]] <https://zh.wikipedia.org/wiki/%E7%BA%AA%E5%85%83%E7%BC%96>
