[8] 
[DFN[門元]]は[[日本中世の私年号]]の1つです。

[9] 
現在知られている用例は1点のみで、正体はまったく不明です。

-*-*-

[10] 
[TIME[平成25(2013)年][2013]]に[[日本]]の[[オークション]][[Webサービス]]に出品された[[日本刀]]で、
門元2年銘のものがあります。


[2] [CITE@ja[日本刀 脇差 菖蒲造37,2cm二王作 年期入 大刀短刀軍刀(脇差、短刀)|売買されたオークション情報、yahooの商品情報をアーカイブ公開 - [[オークファン]](aucfan.com)]], 
fp-Yr7KbylxB4IH*rZc1p,
開始日時    2013.12.20(金)22 : 00 ,
[TIME[2023-01-24T08:37:00.000Z]] <https://aucview.aucfan.com/yahoo/w93955877/>

>銘は二王作で年期は門元二年正月日です。 
二王は周防の刀匠一派です。
清綱を祖とし鎌倉より新刀期まで続いています。
年期は門元とありますが不明で刀の時代は少なくとも室町後期はあります。

[1] 実物写真はやや不鮮明ですが、

[ITEMS[ [[日時事例]]
-
[3] 
[DATA(.label)[刀銘]]
「[DATA(.text)[[V[門元二年正月]]]]」
[SRC[>>2]]
]ITEMS]

とあるのは読み取れます。 
「門」の中には元から何もなかったように見えます。
「月」の後に「日」があるとされますが、よくわかりません。
[SRC[>>2]]

[4] 
昭和38年の[[岐阜県教育委員会]]の[CITE[[V[銃砲刀剣類登録証]]]]による銘文は
「[V[門元二年正月日]]」です。
[SRC[>>2]]

[11] 
[[岐阜県]]での登録ということで、おそらく[[近代]]には (もしかすると[[近世]]あたりも)
[[岐阜県]]域で伝来したものでしょう。しかしそれ以上の詳細は不明です。

[13] 
[[中世]]の[[日本刀]]で使われた不明[[私年号]]で他に[[門守]]があります。
写真を見ると「門元」の2字目は「守」ではなさそうですが、
伝播のより上流で関係があるかもしれないという程度には[[字形]]が似ている気もします。

-*-*-

[117] [CITE@ja-JP[大谷学報 35(2)]], [[大谷学会]], [TIME[1955-09]], [TIME[2023-01-17T10:48:16.000Z]], [TIME[2023-01-22T14:17:36.807Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/4437044/1/37> (要登録)
右下

[5] 
[[唐土]]の経典の目録ですが、唐開元年間のものに混ざって

[ITEMS[ [[日時事例]]
- [6] 
[DATA(.label)[仏典目録中の年紀]]
「[DATA(.text)[[V[門元二十七年 [L[(739)]]]]]]」 ([[明朝体]])
[SRC[>>117]]
]ITEMS]

とあります。
[SRC[>>117]]

[7] 
目録[[著者]]が[[開元]]と解釈したのは明らかですが、
注記も何もないため、誤植なのか実物にもそう書かれているのかはわかりません。


[12] 
[[日本刀]]の用例とはおそらく独立したものでしょう。
他に類似用例が見当たらないので、偶発的な誤記でしょうか。

