[72] 
[[日時要素]]の[[構成要素][日時構成要素]]にも[[避諱]]は適用されました。

* 概要

[15] 
[[中華文化圏]]では、[[貴人の名前]]に使われた[[文字]]を他の目的で利用しない[[避諱]]なる慣習が行われてきました。
[[避諱]]は[[品詞]]や[[一般名詞]]・[[固有名詞]]の別を問わず広く適用され、
[[日時表示]]の語句も例外ではありません。

[16] 
[[人名]]に使われる[[漢字]]には偏りがあります。
[[元号]]に使われる[[漢字]]にも偏りがあります。
[[人名]]に頻用される[[漢字]]と[[元号に頻用][元号らしさ]]される[[漢字]]は必ずしも同じではありませんが、
重なるところも多いようです。
文字や字義の持つイメージや語感、理想像の反映といった命名の基準となる方向性が共通しているからでしょう。
少なくない[[元号名]]が[[避諱]]の対象となっています。

[17] 
[[避諱]]は、読者にとって文意の理解が難しくなる迷惑な風習でありつつ、
時代判定のヒントになるという便利さもあります。
[[日時表示]]でもそれは同じことで、
謎の[[元号名]]で時代の特定が難しくなったり、
誤解の元になったりもしています。


* 避諱元号



[41] 
[[避諱]]が適用された[[元号]]を[DFN[避諱元号]]といいます。
[[避諱]]前のオリジナルの[[元号名]]を[DFN[避諱前元号]]、
[[避諱]]後の改変された[[元号名]]を[DFN[避諱後元号]]といいます。

[7] 
[[避諱]]が必要になった時点が当該[[元号]]の利用期間中である (次の[[改元]]の前である)
場合と、既に[[改元]]された過去の[[元号]]である場合とがあります。
[[漢土]]では原則的に後者となります。
[[朝鮮半島]]では前者も出現します。

[9] 
[[避諱]]一般と同じく、[[避諱]]にはいくつかの手法があります。
[[避諱]]によって[[欠画]]したものと、
[[文字]]の順序を入れ替えたもの、
他の[[文字]]に置き換えられたものがあります。
置き換えは[[元号名]]2字のうち1字のものが多いですが、2字のものもあります。

[12] 
同じ[[避諱前元号]]が、複数の異なる方法 (別字など) で[[避諱]]されて使われていることがあります。

-*-*-

[8] 
[CITE[日本私年号の研究]]では[[避諱年号]]は[[公年号]]に含まれるとしています。
[SRC[>>1543 p.[V[五六]]]]
[SEE[ [[公年号]] ]]

[REFS[

- [1542] [CITE[[[日本私年号の研究]]]]
-- [1543] [CSECTION[第四章 朝鮮半島の公年号と僭竊年号・私年号]]

]REFS]



** 避諱年号

[38] 
[[避諱]]の[[元号]]の存在は古くから知られており、研究も多いですが、
説明的な記述が多く、
1語になった[DFN[避諱年号]]の[[国立国会図書館デジタル]]の初出は[TIME[昭和8(1933)年][1933]]の[[朝鮮史]]研究者[[秋浦秀雄]]の[[論文]]です。
[SRC[>>37]]

[39] 
後に[[藤田亮策]]の[[論文]]や
[CITE[日本私年号の研究]]
でも使われています。 [SRC[>>7862, >>1543]]
その後も[[朝鮮史]]関連の論文でたまに使われています [SRC[>>45]]。


[40] 
[[避諱年号]]という語は、[[避諱]]された結果と目される[[元号]]が[[避諱年号]]であるか、
ないか、と表されます。 [SRC[>>37, >>7862]]
[[避諱]]される前の[[元号]]を表す語は特に無かったようです。

[42] 
[[藤田亮策]]の[[論文]]では、
[[立安]]を[[避諱年号]]の1つとして挙げつつも、
当時の用例ではないので真の[[避諱年号]]とは言い難いとも書いています。
[SRC[>>7862 #page=49]]
[CITE[日本私年号の研究]]
も同じことを書いています。
[SRC[>>1543 p.[V[五四]]]]
当該[[元号]]の実用当時に行われた[[避諱]]こそが真の[[避諱年号]]である、
という区別らしいです。

[43] 
このような考え方になるのは、
実用当時から[[避諱]]が行われ得るという[[朝鮮史]]の特殊事情が影響していそうです。
[[漢土]]の諸王朝では、[[避諱]]しなければならないような[[元号名]]を選ぶことが原則的にあり得ないので、
必然的に[[避諱]]は後世になって記述するときのものになります。


[REFS[


- [54] [CITE[[[朝鮮の年号と紀年]]]]
-- [7862] [CITE@ja[[[朝鮮の年号と紀年]](上)]],
[[藤田亮策]],
[TIME[1958-09]],
[TIME[2019-04-06 21:05:42 +09:00]]
<https://toyo-bunko.repo.nii.ac.jp/?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_detail&item_id=4748&item_no=1&page_id=25&block_id=47>
#page=47
-
[37] [CITE@ja-JP[[[青丘学叢]] (12)]], [[青丘学会]], [TIME[1933-05]], [TIME[2023-05-15T11:26:02.000Z]], [TIME[2023-05-28T01:35:36.131Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/1544535/1/66> (要登録)
- [45] 
[CITE@ja-JP[[[日本文化と朝鮮]] 第3集]], [[朝鮮文化社]], [TIME[1978.3][1978]], [TIME[2023-05-30T10:04:52.000Z]], [TIME[2023-06-18T05:45:29.483Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/12212890/1/113> (要登録)

]REFS]


** 避諱元号の一覧

[FIG(short list)[ [4] [[避諱元号]]
- [[建虎]] ([[建武]])
- [[建㱏]] ([[建武]])
- [[正観]] ([[貞観]])
- [[立安]] ([[建安]])
- [[現慶]] ([[顯慶]])
- [[光慶]] ([[顯慶]])
- [[明慶]] ([[顯慶]])
- [[現徳]] ([[顯德]])
- [[峻豊]] ([[建隆]])
- [[立炎]] ([[建炎]])
- [[正豊]] ([[正隆]])
- [[至理]] ([[至治]])
- [[唐隆]]
- [[永隆]]
- [[壽隆]] ([[壽昌]])
- [[盛昌]] ([[壽昌]])
- [[昌壽]] ([[壽昌]])
- [[隆和]]
- [[隆安]]
- [[萬曆]]
- [[重熙]]
- [[咸和]] ([[咸雍]])
- [[洪虎]] ([[洪武]])
- [[万歴]] ([[万暦]])
- [[崇正]] ([[崇禎]])
- [[天𢟻]] ([[天慶]])

]FIG]

[22] 
[[泰初]],
[[鴻佳]], 
[[白亀]], 
[[宋暦]], 
[[延祥]]は不明なため[[避諱元号]]の可能性が検討されたこともありますが、
今のところその証拠は見つかっていません。

[52] 
よくわからないもの: [[太同]]



[REFS[

- [13] 
[CITE@ja[#避讳元号 - [[SuikaWiki]]]], [TIME[2025-10-17T04:46:23.000Z]], [TIME[2025-10-18T06:59:18.660Z]] <https://chars.suikawiki.org/tag/2883/>

]REFS]


* 元号名たる君主名


[46] 
[[元号名]]の前に書く[[君主]]名部分や[[元号]]ではない[[即位紀年]]の[[元号名]]部分が[[避諱]]されることもあります。
[SEE[ [[檀君紀元]], [[尭󠄁]] ]]


* 年月日名と十干十二支


[SEE[ [[端月]], [[元年]], [[景午]], [[戊]] ]]


* 清

[SEE[ [[時憲書]] ]]

* 朝鮮半島

[10] 
[[朝鮮半島]]では、
[[中華王朝]]と[[朝鮮半島]]国家の二重の[[避諱]]が行われたという特殊性があります。
当代の[[朝鮮半島]]国家の王家の[[避諱]]だけでなく、
[[宗主国]]たる[[中華王朝]]王家の[[避諱]]も適用されます。

[11] 
[[中華王朝]]は[[避諱]]しなければ使えないような[[元号名]]を選ぶことが始めからありません。
ところが[[朝鮮半島]]国家で[[避諱]]していることを[[中華王朝]]は気にせずに[[元号名]]を決めますから、
[[中華王朝]]の[[属国]]である[[朝鮮半島]]国家は[[避諱]]字を含む[[元号]]を使わざるを得ないことがあります。
そこで現用する[[元号名]]が[[避諱後元号]]であるという事態が生じます。




[SEE[ [[朝鮮半島の日時]] ]]


[21] [CITE@ko[피휘([[避諱]]) - 한국민족문화대백과사전]], [TIME[2023-05-01T13:03:03.000Z]] <https://encykorea.aks.ac.kr/Article/E0060499>

>
세조의 휘자 ‘융’의 경우 ‘정륭(正隆: 금나라의 연호)’을 ‘정풍(正豊)’으로 바꾸어 썼고, 태조의 휘자인 ‘건’의 경우 ‘건안(建安: 후한 헌제의 연호)’을 ‘입안(立安)’, 그리고 ‘건염(建炎: 남송 고종의 연호)’을 ‘입염(立炎)’으로 바꾸어 썼다.
>
혜종의 휘자인 ‘무’의 경우 ‘홍무(洪武: 명나라 태조의 연호)’를 ‘홍호(洪虎)’로, 후한 무제(武帝)를 ‘호제(虎帝)’로 바꾸어 썼다. 또한 966년(광종 16) 5월에 세워진 문경의 봉암사 정진대사원오탑비(靜眞大師圓悟塔碑)에 ‘무반(武班)’이라는 관직을 ‘호반(虎班)’으로 피휘하였다.
>
성종의 휘자인 ‘치’의 경우 ‘지치(至治: 원나라 영종의 연호)’를 ‘지리(至理)’로, ‘혁거세 치(治) 육십 년’을 ‘혁거세 이(理) 육십 년’으로 각각 바꾸어 썼다.

>심한 경우 ‘건륭(建隆: 송나라 태조의 연호)’을 ‘준풍(峻豊)’과 같이 글자를 모두 뜻이 통하는 다른 글자로 바꾼 경우도 있어 조사를 할 때 세심함이 요구된다.




* 日本

[1] 
[[日本]]には[[アジア大陸]]のような体系的で確立された[[避諱]]の制度がほとんどなく、
雑多な個別的事例が報告されているに過ぎません。
[SEE[ [[避諱]] ]]
そのため他国と比べて[[日時制度]]に[[避諱]]が影響した事例も多くありません。

[80] 
[[日本の元号]]については、
[[年号定]]で[[天皇]]の[[名前]]との類似が問題とされたことはあります [SRC[>>79]] が、
後から[[日本人]]が[[元号]]を改名した事例はほとんどありません。

[82] 
例外的な事例として、[[天𢟻]] ([[天慶]]) があります。

[81] 
[[清国人]]が[[日本の元号]]を[[避諱]]した例があります。
[SEE[ [[日本国志]] ]]

[59] 
[[唐土]]の慣習に影響された[[日本人]]が[CH[丙]]を[CH[景]]と書いた事例はままあります。
[SEE[ [[十干]] ]]


[REFS[

- [79] 
[CITE@ja-JP[[[國學院雜誌]] 9(3)(101)]], [[國學院大學]], [TIME[1903-03]], [TIME[2025-09-30T02:09:54.000Z]], [TIME[2025-10-17T13:55:44.432Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/3364743/1/8> (要登録)

]REFS]

* 研究史

[2] 
[[アジア大陸]]では[[元号]]の[[避諱]]が昔から行われており、
[[元号一覧]]的資料で[[避諱元号]]を集めたものや、
各種文献の注釈で[[避諱]]について説明したものなどが多数あります。

[3] 
学術用語としての[[避諱年号]]は、[[近代日本]]の[[朝鮮史]]研究で出現したものが早い例です
(>>38)。
[[朝鮮半島]]では[[中華王朝]]と半島国家の二重の[[避諱]]が行われたという特殊性と[[朝鮮半島の紀年法]]の複雑性から、
[[避諱元号]]が特に注目され研究されることになりました。

[5] 
[[近現代]]の学術研究の中では[[元号研究]]の視点で[[避諱元号]]を扱ったものは、
[[朝鮮半島]]のものなど個別具体的な追求を除けば、それほど多くありません。
どちらかといえば[[避諱]]の研究の中で[[元号]]についても扱ったものをよく見かけますが、
どうしても[[元号]]としての側面の検討は薄めになります。

[6] 
[[令和時代]]初期の時点で[[東アジア]]全体をカバーした[[避諱元号]]の一覧資料は無く、
総論的な研究もほとんどありません。

[14] 
[[避諱元号]]の中には、異表記の[[元号名]]の発生理由を検討したところ、
[[避諱]]に起因していたと判明したものがいくつかあります。
[[漢土の元号]]には事情が不明の異表記が存在するものが数多くあり、
その中には[[避諱]]によるものも含まれると考えられますが、
検討は進んでいないのが現状のようです。


* 関連

[SEE[ [[東洋の日時表示]], [[IV]] ]]



* メモ



