[1] [DFN[追号元号]]は、
[[元年]]の[[施行]]よりも[[元号名]]が[[遅れて制定][追号]]
([DFN[追建]])
された[[元号]]です。
[[元号制度]]が整備されて久しい現在では[[元号名]]のない[[元号]]を[[元号]]と呼ぶことに違和感がありますが、
制度の未成熟な時代には必ずしも[[元号名]]が定められずとも[[紀年法]]は存在していました。

[REFS[
- [3] [CITE@ja[#追号説のある[[元号]]]], 
<https://data.suikawiki.org/tag/1093/>
]REFS]


[2] 
[[元号制度]]が始まった直後の[[前漢]]初期の[[元号名]]は、
元々無名だった[[東洋式即位紀年]]に対して[[元年]]が始まったよりも後に、
あるいは次の[[改元]]で終了した更に後に定められたと考えられています。
[SEE[ [[漢の元号]] ]]

@@
[[道教年号]]

[5] 
[[日本の元号]]の最初である[[大化]], [[白雉]], [[朱鳥]]は、
当時実用されたものか確証がなく、
[[追号]]説があります。
[SEE[ [[日本古代の日時]] ]]

[6] 
[[日本]]の[[古代年号]]とよばれる一連の[[元号]]群は、
[[中世]]以後に[[古代]]を記述するために考案されたといわれています。
[[元号名]]だけでなく[[元年]]をいつに設定するかも含めて数百年遡って決められました。
[SEE[ [[古代年号]] ]]

[4] 
[[皇帝]]に即位して[[中華王朝]]となる前の[[清の元号]]である[[天命]],
[[天聰]]は元来[[即位紀年]]的なものだったといわれています。
現在[[元号]]として扱われるのは[[追号]]的な措置といわれます。
ただし現在の[[元号名]]は、
当時から[[満州語]]の[[紀年法]]と対応関係にある[[漢語]]表現として利用されていました。
事後命名という意味の厳密な「追号」ではありません。
[SEE[ [[天命]] ]]

-*-*-

[7] 
[[避諱]]を目的に過去の[[元号名]]を改称する[[避諱年号]]が使われることがありました。

[8] 
逆に一度決められた[[元号名]]を廃止した事例もありました。
[SEE[ [[革除]] ]]
