* 元号名

** 嘉广

[SEE[ [[嘉广]] ]]

** 賀応

*** 用例

[ITEMS[ [[日時事例]]

- [5] [DATA(.label)[[DATA(.addr)[[[日本国]][[新潟県]][[西蒲原郡]][[巻町]]]] [[金仙寺]] 如法経供養]]
-- [7] >>4 : [[同音異字年号]] [L[4]]
-- [6] 
「[DATA(.text)[[V[賀応二年[LINES(smaller)[歳次][庚寅]]三月十一日]]]]」
[SRC[>>4 ([CITE[[[新潟県史蹟名勝天然記念物調査報告書]] 第一輯]])]]


]ITEMS]

*** 研究史

[8] 
昭和42年の
[CITE[日本私年号の研究]]
は、
[[異年号]]のうち[[私年号]]とは異なる分類である[[同音異字年号]]の1つに
>>5
を紹介し、
次のように述べています。
[SRC[>>4]]

- [9] [[山頂]]の[[経塚]]内からの出土
-- [10] [[山頂]]の[[経塚]]は[FRAC[10][13]]が[[藤原時代]]
-- [11] 伴出遺物に白磁の合子3個
--- [12] [[経塚]]出土白磁合子[FRAC[25][27]]が[[藤原時代]]、他は[[鎌倉時代]]
-- [14] より、[[藤原時代]]と見るべき
- [15] [[藤原時代]]の[[年号]]で発音と干支が一致するのは[[嘉応]]のみ
- [16] [CH[嘉]]を[CH[賀]]としたのは、むしろ[CH[賀]]こそ庶民のとって実感をもって受容しやすい文字だからにほかならない
- [197] [[同音異字年号]]の中では発生の初原的な段階に属し、
人目につかぬところで用いられていることに注意するべきで、
[[私年号]]と[[有機的な関連が認められる][公年号軽視の風潮]]

[18] 
なお、それに先立つ昭和39年の論文は、
[[嘉応]]の[[同音異字の異年号]]として情報のみ記載しています。
[SRC[>>17]]


[REFS[

- [17] [CITE[[[我が国の私年号に関する研究 (一) ―平安時代より南北朝まで―]]]]
- [3] [CITE[[[日本私年号の研究]]]]
-- [4] p.[V[一七〇]], pp.[V[一七三]]-[V[一七四]], p.[V[一八四]], p.[V[一八七]]

]REFS]

* 関連

[1] [CITE@ja-JP[図書類目録 其2 (旧松浦家蔵書)]], [[松浦史料博物館]], [TIME[1966]], [TIME[2026-04-28T01:12:07.000Z]], [TIME[2026-05-21T05:53:08.727Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/2939612/1/37?keyword=%E5%98%89%E5%B9%BF> (要登録)

[2] >>1 [CITE[嘉広二年十月十六日建春門院北面歌合]]

[[嘉応]]の誤植か。

* メモ