[6] 
[DFN[興活]]は、
[[日本の私年号]]の1つです。

* 用例

[2] 
1例のみ知られています。

[ITEMS[ [[日時事例]]

- [3] 
[DATA(.label)[[[山形大学]]附属図書館[[佐久間文庫]]所蔵 [CITE[称平忠心力巻開商点兵法]]]],
[DATA(.author)[[[馬場小太郎]]門人]]
-- [4] 
「[V[[DATA(.text)[興活十二辛未歲二月]]於聖政館撰述]]」
[SRC[>>1, >>5]]
--- [18] 
「[DATA(.text)[興括十二辛未歳二月於聖政館撰述]]」
[SRC[>>7]]

]ITEMS]

[8] 
[[佐久間文庫]]は、[[江戸時代]]の[[数学者]]の家系である[[佐久間家]]の蔵書が昭和41年に[[山形大学]]に入ったものです。
[SRC[>>9]]

[10] 
[[馬場小太郎]]
([[馬場錦江]])
[WEAK[([TIME[享和元(1801)年][1801]] - [TIME[万延元(1860)年][1860]])]]
は、
[[日本]][[武蔵国]][[江戸]]出身の[[数学者]]。

[25] 
[[聖政館]]は、[[土御門家]]の[[家塾]]とされます [SRC[>>26]] が、
一般には[[斉政館]]として知られており [SRC[>>27]]、不明です。

[REFS[

- [5] 
[CITE@ja-JP[佐久間文庫目録]], [[山形大学]], [TIME[1967]], [TIME[2026-09-15T01:13:48.000Z]], [TIME[2026-09-19T01:30:15.198Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/1382621/1/19?keyword=%E8%88%88%E6%B4%BB> (要登録)
-[1] 
[CITE@ja-JP[小野栄重・剣持章行・佐久間纉関係文献目録 : 和算文献等の開発・調査および和算における術の数学史的・数学的研究]], [[道脇義正 他'''['''編''']''']], [TIME[1983.3][1983]], [TIME[2025-09-30T02:09:54.000Z]], [TIME[2025-10-16T08:49:47.470Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/12607595/1/29?keyword=%E8%88%88%E6%B4%BB> (要登録)
- [9] 
[CITE@ja[中央図書館:佐久間文庫(序、由来、凡例)|山形大学図書館]], [TIME[2026-09-19T01:40:48.000Z]] <https://klibs1.kj.yamagata-u.ac.jp/drupal/ja/node/168>
-
[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[7] 
[CITE@ja[中央図書館:佐久間文庫(目録)|山形大学図書館]], [TIME[2026-09-19T01:36:32.000Z]] <https://klibs1.kj.yamagata-u.ac.jp/drupal/ja/node/169>
]FIGCAPTION]

>
[B[称平忠心力巻開商点兵法]]  馬場小太郎門人(著者名なし) 巻末、数理精蘊国普開商点兵法巻とあり、興括十二辛未歳二月於聖政館撰述     1冊 1-1120 

]FIG]
- [26] 
[CITE@ja-JP[明治前日本数学史 第5巻]], [['''['''藤原松三郎, 日本学士院日本科学史刊行会]], [TIME[1960]], [TIME[2026-09-15T01:13:48.000Z]], [TIME[2026-09-19T02:19:33.264Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/2421959/1/258?keyword=%E8%81%96%E6%94%BF%E9%A4%A8> (要登録)
- [27] 
[CITE@ja[[[斉政館]] - Wikipedia]], [TIME[2026-09-05T02:11:43.000Z]], [TIME[2026-09-19T02:28:02.723Z]] <https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%89%E6%94%BF%E9%A4%A8>

]REFS]

* 諸説

[13] 
用例は写本1件のみ知られています。[[写本]]と説明されています [SRC[>>1]] が、
転写本なのか自筆原本なのか不明です。

[14] 
[[著者]]名は不明で、
[[馬場錦江]]の[[門人]]とのみ記載があるようです。

[19] 
[[元号名]]は

- [21] [[興活]]
- [20] [[興括]]

... の2種類の表記があります。後者は図書館公式サイトに掲載があるもの [SRC[>>7]]
ですが、昭和42年の目録に基づくとされ、その目録では前者です [SRC[>>5]]。

[22] 
再調査して訂正したのでなければ、電子化時の変換ミスないし[[OCR]]の誤読と考えられ、
複数の書籍版目録に掲載のある前者が正しいと、暫定的に考えておきたいところです。

[15] 
さて、[[馬場小太郎]]の頃の[[辛未年]]は、

- [16] [TIME[文化8(1811)年辛未][1811]] : [[馬場小太郎]]11才
- [17] [TIME[明治4(1871)年辛未][1871]] : [[馬場小太郎]]没年を第1年として第12年

... があります。

[23] 
[[馬場小太郎]]がいかに優秀な人物だったとしても11才で門人が居たかは疑わしいです。

[24] 
一方明治4年では死後になりますが、師匠の死後に門人と名乗れないことはありません。
しかも明治4年は死後12年であり、[[元号年]]と一致します。


* 研究史

[12] 
[TIME[昭和58(1983)年][1983]]の目録は、
>>3
を紹介して、
「[L[この年号実在せず]]」 ([[明朝体]])
と注釈しています。
[SRC[>>1]]


[11] 
[[令和時代]]に至るまで、[[私年号研究]]の文脈で言及した事例は知られていません。

* 関連

[SEE[ [[幕末維新期の日時]] ]]

* メモ