[4] 
[DFN[総税務司]]は、
[[支那海関]]の[[長官]]でした。

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[1] [CITE@ja[総税務司(そうぜいむし)とは - コトバンク]]
([[ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典,世界大百科事典 第2版,日本大百科全書(ニッポニカ)]] 著, [TIME[2016-03-09 22:00:35 +09:00]] 版)
<https://kotobank.jp/word/%E7%B7%8F%E7%A8%8E%E5%8B%99%E5%8F%B8-89501>
]FIGCAPTION]

> 近代中国の税関 (→海関 ) 行政の外国人長官をさす。咸豊8 (1858) 年の天津条約付属協定で,外国人が中国税関行政を掌握することとなり,北京に総税務司,各税関に税務司が任命された。総税務司は関税徴収事務のほかに,賠償金担保としての関税収入の管理と支払い,さらに民国以後には関税処分権をも掌握し,中国の貿易,財政,外交の面で大きな発言力をもった。

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[2] [CITE@ja[総税務司(そうぜいむし)とは - コトバンク]]
([[ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典,世界大百科事典 第2版,日本大百科全書(ニッポニカ)]] 著, [TIME[2016-03-09 22:00:35 +09:00]] 版)
<https://kotobank.jp/word/%E7%B7%8F%E7%A8%8E%E5%8B%99%E5%8F%B8-89501>
]FIGCAPTION]

> 近代中国の税関 (→海関 ) 行政の外国人長官をさす。咸豊8 (1858) 年の天津条約付属協定で,外国人が中国税関行政を掌握することとなり,北京に総税務司,各税関に税務司が任命された。総税務司は関税徴収事務のほかに,賠償金担保としての関税収入の管理と支払い,さらに民国以後には関税処分権をも掌握し,中国の貿易,財政,外交の面で大きな発言力をもった。

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[3] [CITE@ja[総理各国事務衙門 - Wikipedia]]
([TIME[2016-02-08 22:19:24 +09:00]] 版)
<https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B7%8F%E7%90%86%E5%90%84%E5%9B%BD%E4%BA%8B%E5%8B%99%E8%A1%99%E9%96%80>
]FIGCAPTION]

> 海関総税務司署を統べる総税務司は「最大貿易国がイギリスである限りはイギリス人を登用する」という約束に従って、代々イギリス人が務めていた。

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