[1] 
[DFN[対馬ヒオウギ王国]]は、[[日本国]][[長崎県]][[対馬]]の[[美津島町]]にあった[[ミニ独立国]]です。

-
[40] 
[CITE[[[[L[にっぽん「独立国」事典]]]]]]
-- [41] [CSECTION[[V[対馬ヒオウギ王国]]]], pp.193-195

[43] [SRC[>>41 p.193]] ([[明朝体]])

>
[VRL[

[SNIP[]]この対馬の美津島 (みつしま) 町に、一九[BR[]]八󠄃三年(昭和五十八󠄃年)十一月三日、「対馬ヒオ[BR[]]ウギ王国」が誕生した。そしてこの国ではヒオ[BR[]]ウギ[ASIS[歴]]を定め、この日を緋扇 (ひおうぎ) 元年[BR[]]正月元日としたのである。

]VRL]

[45] [SRC[>>41 p.242]]
[TIME[1983-11-03]]
([[明朝体]])
「[V[「対馬ヒオウギ王国」(女王・永瀬美弥乃) が建国し、この日をヒオウギ元年一月[BR[]]元日とする]]」


[3] 
[[年始]]が違うのでただの[[元号]]でなく[DFN[ヒオウギ暦]]と称しているのでしょう。

[4] 
[[年始]]は[TIME[日本昭和58(1983)年][1983]]に当たりますが、
[[年]]のほとんどは[[グレゴリオ年]]の[TIME[昭和59(1984)年][1984]]と重なります。
[[紀年法]]としての[[元年]]は[TIME[西暦1984年][1984]]相当となります。
[TIME[y~2225]]


[6] 
「ヒオウギ歴」
は意味と[[現代日本]]での[[漢字]]の用法に従えば
「ヒオウギ暦」
と表記されるべきものです。
「ヒオウギ歴」の表記が本書の編集者によるものなのか、
現地の当事者もそう書いていたのかは定かではありません。

[5] >>41 の書籍は他国の記事で「[V[旧歴]]」と書いているところがあります。
それとはまた別の国の記事で「[V[日本暦]]」と書いているところもあります。 
(執筆者によるのかもしれません。)
歴史的にはこの2つの字の区別は曖昧で、現在でもよく混用されています。



[SEE[ [[ミニ独立国の日時]] ]]


[2] この国についてはほとんど情報がありません。いつまで継続したのかも不明。