[55] 
[[オウム真理教]]は、
[[昭和時代]]末期から[[平成時代]]前期にかけて[[日本]]を中心に活動した[[カルト宗教]]系[[テロ組織]]でした。
'''[[救済]]'''と'''[[真理]]'''の[[元号]]を定めていました。
[[真理]]は[[日本]]征服後の新しい国の[[元号]]として予定されていました。

* 救済元年

[12] 
[[オウム真理教]]の[[教祖]]の[[麻原彰晃]]は、
[TIME[平成3(1991)年][year:1991]]を[DFN[救済元年]]としました。
[SRC[>>10]]

[35] 
[TIME[平成3(1991)年][year:1991]]夏、
[[麻原彰晃]]は、
「平成3年を救済元年とする
旨の説法」
をしました
[SRC[>>34]]。
([TIME[y~1746]])


[31] 
[[オウム真理教]]の[[機関誌]]
[CITE[MAHAYANA]]
四十五号
[WEAK[([TIME[西暦1991年8月][1991-08]])]]
に、
「救済元年」
の決意のもとに諸企画を打ち出したとありました。
[SRC[>>>13]]



[30] 
[[麻原彰晃]]の[[著書]]
[CITE[キリスト宣言]]
[WEAK[([TIME[1991-11-01]])]]
に、
「今年を救済元年にする」
とありました。
[SRC[>>13]]


[36] 
[TIME[平成3(1991)年][year:1991]] (時期不明)、
[[麻原彰晃]]は説法で
「救済3年、救済4年」
などと発言しました
[SRC[>>32]]。

[27] 
[[オウム真理教]]の[[機関誌]]
[CITE[真理Information]]
[WEAK[([TIME[西暦1993年10月][1993-10]])]]
に、
[CITE[救済三年 激命 悪趣ポワ]]
なる記事がありました。
[SRC[>>13]]


-*-*-

[40] 
[[オウム事件]]後の[[破防法]]適用手続き中の弁明で、
[[麻原彰晃]]は、
[[救済元年]]とは
「より多くの人にその真理を理解していただくために、本格的にその布教をやるぞという決意の年」
だとしました。
[SRC[>>38]]

[41] 
[[麻原彰晃]]は[[救済元年]]の[[西暦年]]を尋ねられ、
[TIME[1992年][year:1992]]か[TIME[1993年][year:1993]]と記憶しているとし、
それを受けて代理人は
[TIME[1992年][year:1992]]としました。
[SRC[>>38]]

[42] 
数年の月日が経過しており、勾留中でもあった麻原の記憶が曖昧になっていたのは本当かもしれませんが、
他の資料と1年のずれがあります。代理人は事実確認なく弁明に望んだのでしょうか。
それとも何か他の根拠を持っていたのでしょうか。

[43] 
92、3年という麻原の記憶は、
平成3年との混同から生じた可能性もあるでしょうか。


[REFS[
- [29] [CITE@ja-jp[[[キリスト]]宣言―キリストの教えのすべてを明かす | 麻原 彰晃 |本 | 通販 | Amazon]], [TIME[2020-07-10 11:16:43 +09:00]] <https://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4900497916/wakaba1-22/>

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[10] [CITE[【7】「1991年(平成3年)」 | 1.『オウム真理教(1983~1999年)の活動経緯の総括』 | 団体総括(本編) | オウムの教訓 -オウム時代の反省・総括の概要-]]
([TIME[2015-05-12 06:11:35 +09:00]] 版)
<http://hikarinowa.net/kyokun/generalization1/revisonaum/1991.html>
]FIGCAPTION]

> 麻原は1991年を「救済元年」と位置づけました。

]FIG]

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[9] [CITE@ja[[[オウム真理教]] - Wikipedia]]
([TIME[2016-03-06 19:58:56 +09:00]] 版)
<https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%82%A6%E3%83%A0%E7%9C%9F%E7%90%86%E6%95%99>
]FIGCAPTION]

> 麻原は1991年(平成3年)を「救済元年」とし(教団内でこれを元号の如く用いた)'''['''要出典''']'''、

]FIG]


[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[32] [CITE[オウム真理教 死刑執行|オウム真理教と事件|NHK NEWS WEB]]
([[日本放送協会]]著, [TIME[2020-01-06 22:17:10 +09:00]])
<https://www3.nhk.or.jp/news/special/aum_shinrikyo/nenpyo.html>
]FIGCAPTION]

> 1991(平成 3)年
> 松本元死刑囚 「救済元年」と位置づける
> この年、松本元死刑囚は「私は現代のキリストだ。世界を救えるのは私以外にいない」と宣言、自らを神聖化。この年を救済元年と定め、最終戦争(ハルマゲドン)が近いと強調。「救済3年、救済4年の時、おそらく日本は戦争に巻き込まれる。その段階でどう生き抜くか」(説法テープ)と、修行を積まないと生き残れないと信者に強く説く。

]FIG]


[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[34] [CITE@en[弁護士法人ITJ法律事務所 最高裁判例集]]
(   平成14年7月29日 [TIME[2020-07-10 16:24:53 +09:00]])
<http://hanrei.japanlaw.net/a/817/005817>
]FIGCAPTION]

> 平成7年刑(わ)894号等犯人蔵匿,犯人隠避,殺人,殺人未遂,監禁,死体損
> 壊被告事件
> [SNIP[]]
> (1) Aは,平成3年5月下旬から [SNIP[]]
>  (2) [SNIP[]] Aが,同年夏ころ,平成3年を救済元年とする
旨の説法を行った後は,

]FIG]


]REFS]

* 真理元年

[17] 
[TIME[1994-02-28]]、
[[オウム真理教]]の[[教祖]]の[[麻原彰晃]]は、
[[信者]]に対し、
「1997年は真理元年の年、 日本の王として君臨する。」
と発言しました。
[SRC[>>18]]
[DFN[真理元年]]の構想がいつからあるものか不明ですが、
[[日付]]が明らかなもので最古であるのはこの例のようです。
([TIME[y~1747]])

[24] 
[[オウム真理教]]の楽曲の1つに、
[[麻原彰晃]]が歌唱する
[CITE[進軍]]
がありました。
[[歌詞]]
([[ナレーション]])
に
「1997年、この年は真理元年である。」
とありました
[SRC[>>22, >>4, >>13]]。
[TIME[平成6(1994)年7月][1994-07]]に[[編曲]]されたといい [SRC[>>21]]、
[[作詞]]も同時期とみられます。
[[作詞]]者は不明ですが、[[麻原彰晃]]でしょうか。

;; [25] 
[[英語]]に翻訳された[[歌詞]]
(おそらく[[オウム事件]]後に外部で訳されたもの)
では
「In 1997, this is the first year of Shinri.」
とされていました。
[SRC[>>23]]

[26] 
[[オウム真理教]]の楽曲の1つに、
教団幹部の[[石井紳一郎]]が歌唱する
[DFN[[CITE[真理元年]]]]
がありました
[SRC[>>3]]。
成立時期は不明です。


[19] 
[TIME[西暦1995年][year:1995]]か[TIME[1996年][year:1996]]、
[[日本政府]]当局により[[逮捕]]されていた[[麻原彰晃]]は、
信者に対し、
[TIME[西暦1997年][year:1997]]が真理元年と改めて表明しました。
[SRC[>>6]]

[44] 
[[破防法]]手続き中、
[[麻原彰晃]]は、
[[真理元年]]は
「まだ明らかにされていなかったすべての法則、真理の法則が完全に明らかになる、体験的にも明らかになる年」、
「それによってすべての人の魂の善業とか悪業とかがはっきりとあらわれてくる年」
であるとしました。
[SRC[>>38]]


[REFS[
- [18] [CITE[3788]], [TIME[2009-07-10 14:28:00 +09:00]] <https://nirc.nanzan-u.ac.jp/nfile/3788#page=24>


[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[5] [CITE[【13】「1997年(平成9年)」 | 1.『オウム真理教(1983~1999年)の活動経緯の総括』 | 団体総括(本編) | オウムの教訓 -オウム時代の反省・総括の概要-]]
([TIME[2015-05-12 06:11:32 +09:00]] 版)
<http://hikarinowa.net/kyokun/generalization1/revisonaum/1997.html>
]FIGCAPTION]

> この1997年は、かつて麻原が「真理元年」と位置づけていたことから、教団に好都合な何か特別なことが起きるのではないかという期待が抱かれていました。

]FIG]


[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[6] [CITE[【4】服役とアレフ時代:残存する麻原信仰との葛藤 | 1.上祐総括:オウム入信から現在まで | [[上祐史浩]]個人の総括 | オウムの教訓 -オウム時代の反省・総括の概要-]]
([TIME[2015-09-05 02:50:55 +09:00]] 版)
<http://hikarinowa.net/kyokun/joyu/cat215/post-3.html>
]FIGCAPTION]

> 96年には奇跡が起こる、97年はやはり真理元年である、といったものだった。ここで、真理元年とは、麻原が見たヴィジョンで、1997年に、日本の国の元号が「真理」に変わるというもので、麻原が政権を取って日本の天皇(神聖法皇)になるという意味である。

]FIG]

- [21] [CITE[■(7)出家~95年の教団の活動において | [[小林由紀]] 「オウムの事件と病理の総括」 | 指導員・会員の総括 | オウムの教訓 -オウム時代の反省・総括の概要-]], [TIME[2020-07-10 10:39:23 +00:00]] <http://web.archive.org/web/20160305060443/http://hikarinowa.net/kyokun/brethren/cat203/07.html>

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[4] [CITE[Der Marsch / 進軍]]
([TIME[2012-10-25 21:53:40 +09:00]] 版)
<http://gunka.sakura.ne.jp/religion/dermasch.htm>
(消滅確認 [TIME[2020-07-10T01:40:33.400Z]])
]FIGCAPTION]

> 1997年、この年は真理元年である。
> このヴィジョンは、
> わが偉大なるグル・シヴァ大神と
> すべての真理勝者方が、
> わたしに授けられた未来ヴィジョンである。
> したがって、決して狂うことはない。

]FIG]

- [22] [CITE[秘密の音楽館付設研究所 対訳「[[進軍]]」]], [TIME[2020-07-10 10:16:01 +09:00]] <http://ppsi.blog.fc2.com/blog-entry-4.html>
- [23] [CITE@ja[Shingun]], [TIME[2012-10-23 21:20:12 +09:00]] <http://ppsi.web.fc2.com/songs_en/shingun.html>
- [8] [CITE@ja[麻原の新曲〝進軍〞が信者達に配られた(1994年 7月中旬) | テレビが広めた[[オウム真理教]]]], [TIME[2020-07-10 10:59:06 +09:00]] <https://ameblo.jp/tamaniwa-nantoka/entry-12574993697.html>
- [3] [CITE@ja[[[真理元年]] - 秘密の音楽館]]
([TIME[2012-08-17 21:07:30 +09:00]] 版)
<http://ppsi.web.fc2.com/songs/shinrigannen.html>

]REFS]

* 真理歴

[14] 
[TIME[西暦1994年][year:1994]]の7月から8月にかけて [SRC[>>2]]、
[[オウム真理教]]の幹部で[[顧問弁護士]]の[[青山吉伸]]は、
教祖[[麻原彰晃]]の指示により
[CITE[太陽寂静国基本律第一次草案]]
を起草しました [SRC[>>1, >>2]]。
これは[[オウム真理教]]の武力革命によって[[日本国]]にかわって建国させる[[太陽寂静国]]の[[憲法]]に当たる[[法案]]でした。

[15] 
第18条は、建国年を[DFN[真理歴元年]]とすると定めていました。
全文には
「真理歴元年 月 日」
と建国の日が記述されました。
[SRC[>>1]]
本文書は[[法案]]で建国前のため、
「真理歴元年」
が具体的にいつに当たるのか、
定まっていませんでした。

[16] 
[[真理歴]]は[[建国紀元]]の一種といえます。

[REFS[

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[1] [CITE[【10】「1994年(平成6年)」 | 1.『オウム真理教(1983~1999年)の活動経緯の総括』 | 団体総括(本編) | オウムの教訓 -オウム時代の反省・総括の概要-]]
([TIME[2015-05-12 06:11:34 +09:00]] 版)
<http://hikarinowa.net/kyokun/generalization1/revisonaum/1994.html>
]FIGCAPTION]

> 【太陽寂静国基本律第一次草案】
> 前文
>  真理歴元年 月 日、神聖法皇は賢聖都にて太陽寂静国の建国を宣言された。すべての太陽寂静国国民にたいし、太陽寂静国建国の聖なる目的とその手続を明らかにするため、ここに太陽寂静国基本律二〇条を公布する。

>  第18条 太陽寂静国の暦は、(その建国の年を真理歴元年)とする。
]FIG]


[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[2] [CITE@ja[基本律 (オウム真理教) - Wikipedia]]
([TIME[2016-03-06 12:08:58 +09:00]] 版)
<https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9F%BA%E6%9C%AC%E5%BE%8B_(%E3%82%AA%E3%82%A6%E3%83%A0%E7%9C%9F%E7%90%86%E6%95%99)>
]FIGCAPTION]

> 紀元として建国の年を真理歴元年と定める。

]FIG]

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[7] [CITE[「大辞典」のその他]]
([TIME[2016-03-11 01:33:57 +09:00]] 版)
<http://www.angelfire.com/theforce/unyaunya/dg-tsuika.html>
]FIGCAPTION]

> 真理暦一年 月 日、神聖法皇は(富士神都)にて真理国の建国を宣言された。すべての真理国国民にたいし、真理国建国の聖なる目的とその手続を明らかにするため、ここに真理国基本律二〇条を公布する。
[SNIP[]]
>    第18条 真理国の暦は、(その建国の年を真理歴元年)とする。
[SNIP[]]
>            1994年7月21日木曜日
>    (出典:『麻原オウム大崩壊』23頁)
>    ※「( )」等は全て出典記載のママ。
>
[by 山本@ニヒ板8524]

]FIG]


]REFS]

* 用法

[45] 
[[オウム真理教]]の勢力拡大の背景の1つに、
[[世紀末]] ([[20世紀]]後期-末期)
の社会的な閉塞感や[[オカルトブーム]]のようなものが指摘されます。
オカルト思想が社会現象的に流行し、
[[オウム真理教]]など[[新興宗教]]は良くも悪くも脚光を浴びていました。

[46] 
[[ノストラダムス]]の大予言
([TIME[西暦1999年][year:1999]]滅亡説 = 「1999年7の月」)
をはじめ、
[[オカルト]]の世界ではしばしば[[年月日]]の数値が神聖視され、
[[迷信的暦注]]や[[占星術]]のようなものから発達したのであろう、
呪術的な解釈が生み出されていました。
[[オウム真理教]]もそのような類の思想を持っていたようです [SRC[>>39]]。


[47] 
[[西暦年]]は、
通常の生活や、
そうした宗教的用途で用いられていたようです。

[65] 
初期の機関誌の[[日付]]は、
「86.4」 [SRC[>>62]]、
「'86.5」 [SRC[>>63]]、
「1986.6」 [SRC[>>64]]
とありました。


[59] 
[CITE[入信申込書]]
には、
「91・3・6」
と書式改訂日が[[西暦2桁年号]]で書かれており、
「19 年 月 日」
のように[[西暦年]]を書かせるよう上位2桁の「19」
が印字されていました
[SRC[>>57]]。

[60] 
[[カレンダー]]には
年: 「1995」、
月: 「7」「JUL」
のように書かれていました
[SRC[>>58]]。


[48] 
救済や真理の[[元号]]は、
それらとは並行して、
[[スローガン的元号]]のような形で使われていたとみられます。
スローガンにとどまらず実際の[[年]]や[[日付]]の表記を指向した形跡はみられるものの、
本格的な利用に進展していたのか
(例えば出家信者がそれだけ使って生活する段階にあったのか)
は不明です。


[54] 
特に[[真理元年]]は[[オウム事件]]後に到来したため、
リアルタイムで実用された例があるか不明です。



[49] 
[[救済]]から[[真理]]に[[改元]]されるとされていたかのような説明もありますが
[SRC[>>11]]、
現状知られている両者の用例には数年の空白があり、
実態は不明です。



[20] 
[[オウム事件]]後、
教団幹部だった[[上祐史浩]]は、
[[日本の元号]]が[[真理]]に変わると理解していたと述べました。
[SRC[>>6]]
おそらく他の[[信者]]も、
[[オウム真理教]]国家樹立に伴う[[平成]]からの[[代始改元]]と理解していたのでしょう。


[50] 
[[破防法]]手続き中、
[[麻原彰晃]]は、
[[イエスキリスト]]が王となった[[西暦]]の時代が終わり、
[[麻原彰晃]]が王となるのが[[真理]]元年だとしました。
[SRC[>>38]]
つまり[[西暦]]から[[真理]]への[[改元]]だと説明しました。

[51] 
代理人は[[麻原彰晃]]に対し[[西暦]]との関係のみをたずね、
[[日本の元号]]との関係はたずねませんでした
[SRC[>>38]]。
[[西暦]]からの[[改元]]であって[[日本の元号]]からの[[改元]]ではなく、
宗教的な「王」であって国家転覆の意図はないと弁明しました
[SRC[>>39]]。

[52] [[東アジア]]では歴史的に[[元号]]の制定は独立国の象徴でした。
現代の常識でも、
政府により定められた[[元号]]を改変することが現体制の否定につながるのは明白です。
[SEE[ [[元号の制定]] ]]

[53] 
[[破防法]]手続きにおける教団関係者と代理人の発言は、
[[破防法]]が適用され教団が壊滅することを避ける目的でなされたものです。
これをそのまま鵜呑みにすることはできません。
[[オウム事件]]以前の思想や運用実態は、
当時の資料も発掘して検証する必要があります。


[67] 
[[真理歴]]は[[元号]]ではなく、
[[改元]]を前提としていない[[建国紀元]]型のシステムのようにも見えます。
[[救済]]から[[真理]]へと切り替わった歴史的経緯は、
[[改元]]を繰り返す[[元号]]システムの強い影響下とも思えます。
(これといった理論的根拠なく、教祖の思いつきでころころ変えただけかもしれませんが...)
[[西暦]]からの[[改元]]という発想も、
東アジア型の[[紀年法]]観を継承しているとみることができます。



[REFS[



[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[37] 
[CITE[実録・破防法弁明]], [TIME[2020-07-10 16:37:21 +00:00]] <http://web.archive.org/web/19990420002425/http://aum-net.com/benmei.htm#contents3>
]FIGCAPTION]

[38] 

>実録・破防法第4回弁明
――これが弁明手続のすべてだ!(4)
[SNIP[]]
> 日時 平成8年5月28日
>     午後1時9分ころから同5時58分ころまで
[SNIP[]]
> 破壊活動防止法第14条の規定により出頭した者(弁明者)
>  麻原彰晃(オウム真理教代表者)
[SNIP[]]
>  内藤隆(代理人)
[SNIP[]]

>
[TALK[ 弁明者(内藤隆) 
あなた方は、1997年という年と合致するのかどうかわかりませんが、真理元年とか、あるいは救済元年とか、そういう言葉を用いられることがありましたか。
]TALK]
[TALK[ 弁明者(麻原彰晃) 
はい。救済元年、真理元年を用いております。
]TALK]
[TALK[ 弁明者(内藤隆) 
それはどういう意味なんでしょうか。
]TALK]
[TALK[ 弁明者(麻原彰晃) 
つまり救済元年というのは、要するに、より多くの人にその真理を理解していただくために、本格的にその布教をやるぞという決意の年でございます。
]TALK]
[TALK[ 弁明者(内藤隆) 
これは西暦で言うと何年というふうに位置づけていたんですか。
]TALK]
[TALK[ 弁明者(麻原彰晃) 
1992か3だったと記憶しています。
]TALK]
[TALK[ 弁明者(内藤隆) 
1992年を皆さんの間では救済元年ということで活動されておったと聞いておるんですが、よろしいですか。
]TALK]
[TALK[ 弁明者(麻原彰晃) 
はい、そうです。
]TALK]
[TALK[ 弁明者(内藤隆) 
真理元年というのはどういうことになりますか。
]TALK]
[TALK[ 弁明者(麻原彰晃) 
ですから、真理元年というのはまだ明らかにされていなかったすべての法則、真理の法則が完全に明らかになる、体験的にも明らかになる年ですね。そして、それによってすべての人の魂の善業とか悪業とかがはっきりとあらわれてくる年であると理解しております。
]TALK]
[TALK[ 弁明者(内藤隆)
それは1997年という年と、あなた方の中では一致するわけですか。
]TALK]
[TALK[ 弁明者(麻原彰晃) 
一致します。
]TALK]
[TALK[ 弁明者(内藤隆) 
じゃ、そうなると、西暦ですね――今ずうっと西暦で聞いているんですが、西暦の終了と言ったらおかしいけども、そういう宗教的な考え方をされるわけですか。
]TALK]
[TALK[ 弁明者(麻原彰晃) 
ええ。といいますのは、今の日本の社会を含めまして社会そのものがイエス・キリストの生誕前後の年をとって西暦が成立しておりますが、イエス・キリストが実際ユダヤの自分は王であるという宣言をしたわけですが、そのときの状況を理解していただいたらわかりますとおり、ロバに後ろ乗りにまたがり、エルサレムに入城したという記載がございます。これをもって予言が成立した、私は王であると言っております。

それと同じように、イエス・キリストの予言した事柄の次のキリストというんでしょうか――の達成項目を私がすべて達成してしまうという意味において、1997年を規定しておりました。
]TALK]
[TALK[ 弁明者(内藤隆) 
公安調査庁によると、さっき証拠でも引用しましたけれども、この1997年という年であるとか、あるいは王という表現から、その時代を画して、あなた方が武力によって日本を支配するとか、現行秩序を破壊するんだとか、そういう意味付与がされておるんですが、現実的なそういう政治なり武力なりとのかかわりのある概念なんですか。
]TALK]
[TALK[ 弁明者(麻原彰晃) 
全くございません。
]TALK]

[39] 
>実録・破防法第6回弁明
――これが弁明手続のすべてだ!(6)
[SNIP[]]
> 日時 平成8年6月28日
>     午前10時00分ころから午後4時52分ころまで
[SNIP[]]
> 破壊活動防止法第14条の規定により出頭した者(弁明者)
[SNIP[]]
>  芳永克彦(代理人)
[SNIP[]]

>
[TALK[弁明者(芳永克彦)
[SNIP[]]
さらに、ハルマゲドンについては、麻原は、公安調査庁が主張するように、1997年という年を特定して予言してはおりません。回答書28ページは、「97年間違いなくハルマゲドンが起きるであろう」という1993年3月20日の横浜支部の説法を引用しておりますが、証拠の69番「ヴァジラヤーナ教学システム教本」の29話190ページ以下を見れば明らかなように、この中で麻原は逆に、ハルマゲドンが1997年に起きると断定はしていないのであります。

つまり、「私が干渉していない段階での訳によると、97年間違いなくハルマゲドンが起きるであろう。これは単純な理論で、詩の97番にそれがあるからってことだね」と言ってるだけで、逆に、「まだ私自身がその詩を検討しているわけではないから、不確定な要素が含まれていること、含まれているということを土台として聞いてほしい」、これは190ページですが、そういうふうに麻原は言っておるわけです。

また、193ページから194ページにかけて「例えば私の予言が外れ、97年あるいは2006年にハルマゲドンが起きなかったとして、その、起きようが起きまいが私たちは死ぬんだという前提がある。つまり、死刑執行が10年間、20年間あるいは30年間延びたにすぎない。この状況を考えるならば、死という命題に対して私たちが徹底的に検討し、そしてその準備を行い、その汚れた肉体を捨て、高い神々の世界に至るこの法則の実践は決して不利益にならないということを言いたいのである」というのが麻原の説法であって、起きるか起きないかすらも断定していない説法なのであります。

しかもこのハルマゲドンについては、1995年11月4日にイスラエルのラビン首相が暗殺され、世界の元首がイスラエルに集合したということによって成就したというのが麻原の解釈である。これが弁明期日によってはっきりしたわけであります。公安調査庁は、1997年にハルマゲドンとセットで麻原が日本の王となるというイメージで、武力による権力奪取の恐怖をあおってきたわけでありますが、その前提が消えてしまったわけであります。

この日本の王というのは、1997年西暦が終わり、真理元年となるという予言と一体のものなのであります。西暦元年がキリスト生誕をもって始まったのと同様に、真理元年も専ら宗教的な意味にすぎません。もし我が国の権力を奪取するという意味であるならば、西暦が終わるではなく、平成が終わる、あるいは元号が終わるという予言でなければならないはずではないでしょうか。しかし、麻原がそのような予言をしたという証拠は皆無なのであります。これらの予言が危険性の根拠となり得ないことは、以上から明らかであります。

[SNIP[]]

それから、証拠の271番の添付資料の4番、49884の調査書、これの2ページを見ますと「麻原彰晃尊師は裁判の判決前に、必ず生還するよ。尊師が説法でよく言っていた6・6・6という言葉を覚えているよね。6が三つ並ぶ日にオウム真理教に何かが起きていた。だから、今後6が三つ並ぶ日に何かが起こり、尊師は生還すると思う」。で、この人に「生還するという何か根拠でもあるのと尋ねたら、『ふふふ』と笑い」と、いかにも意味ありげに、「尊師の第1回公判期日である1996年4月24日を例に挙げ」て次のように説明した。

3ページを見ますと、いろんなことが言えるものだと思うわけですが、「1996年4月24日については、1996の6、4月の4と24日の2を足して6、24日の2と4を足して6になり、1996年4月24日も6が三つ並ぶことになるということでした」。私は、ひどいこじつけ、これは聞いた方はだれでもそう思うと思うのですが、こんな証拠で公安調査庁は第1回公判日における麻原奪還のおそれの根拠としているわけであります。

弁明期日が延びたことによって、1996年4月24日は過去の日になりました。で、その日に何も起きなかったことが歴史的に証明されたわけでありますが、もし同日以前に弁明手続が終了していたならば、公安調査庁はこんな証拠をもって得々として麻原奪還の危険性があるんだと言っていたはずであります。

ちなみに、1996年6月6日も6が三つ並ぶわけでありますが、幸いなことにこの日も、弁明期日が延びたために無事済んだことを歴史的に証明することができたわけであります。
]TALK]

]FIG]

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[11] [CITE[MB read]]
([TIME[2016-03-11 18:27:49 +09:00]] 版)
<http://honfleur.sakura.ne.jp/bbs/bbs3/nerimb3.cgi?mode=iread&number=46731>
]FIGCAPTION]

> -1997年2月から1999年末まで―
> ・教団内の元号は前年まで「救済」、1997年「真理元年」

]FIG]

- [56] [CITE[VAJRAYANA真理の探究 秘宝館 Part2]], [TIME[2015-12-16 06:44:57 +09:00]] <http://sinzinrui.web.fc2.com/hihou/hihou2.htm>
-- [57] [CITE[nyukai-a.jpg (JPEG 画像, 711x976 px)]], [TIME[2011-08-23 09:30:54 +09:00]] <http://sinzinrui.web.fc2.com/hihou/nyukai-a.jpg>
-- [58] [CITE[kamigami.jpg (JPEG 画像, 620x304 px)]], [TIME[2011-08-23 09:24:09 +09:00]] <http://sinzinrui.web.fc2.com/hihou/kamigami.jpg>
- [61] [CITE[VAJRAYANA真理の探究 秘宝館Part3]], [TIME[2015-09-16 20:39:53 +09:00]] <http://sinzinrui.web.fc2.com/hihou/hihou3.htm>
-- [62] [CITE[sinzen11.jpg (JPEG 画像, 900x592 px) - 表示倍率 (93%)]], [TIME[2011-08-23 09:32:49 +09:00]] <http://sinzinrui.web.fc2.com/hihou/sinzen11.jpg>
-- [63] [CITE[sinzen211.jpg (JPEG 画像, 924x708 px) - 表示倍率 (77%)]], [TIME[2011-08-23 09:33:26 +09:00]] <http://sinzinrui.web.fc2.com/hihou/sinzen211.jpg>
-- [64] [CITE[311.jpg (JPEG 画像, 1000x705 px)]], [TIME[2011-08-23 09:17:18 +09:00]] <http://sinzinrui.web.fc2.com/hihou/311.jpg>

]REFS]


* 平成最後

[66] 
[[令和改元]]の約1年前の[TIME[平成30(2018)年7月][2018-07]]、
[[オウム真理教]]事件の[[死刑囚]]が処刑されました。
[[平成時代]]を代表するテロ事件の首謀者らを処罰するもので、
[[改元]]を前に[[平成時代]]の後処理を終わらせるものだと、
[[元号]]と関連付けられた形でニュースになりました。

;; [70] 
駆け込み処刑を非難する人もいたようです。
本来は確定した[[死刑]]を執行しないまま放置しておくのが違法で、
非難するべきなのはそちらの方であって、
[[譲位]]・[[改元]]がなければ違法状態が更に続くおそれがあったのです。

* 残党

[68] 
一連の事件により[[オウム真理教]]は解散しましたが、
残党がいくつかの団体を設立し活動を継続しています。

[69] 
これまでに残党が旧[[オウム真理教]]の[[日時制度]]を利用したり、
独自の[[日時制度]]を設けたりといった事例は確認されていません。


* 関連

[33] 
「過労死救済元年」 ([TIME[西暦1995年][year:1995]])
など何々救済元年の類はいろいろあるようです。
[[オウム真理教]]とは無関係です。
[SEE[ [[スローガン的元号]] ]]

[71] 
[[カルト]]かどうかは別として[[宗教団体]]が独自の[[元号]]を制定する事例は[[日本]]にもそれ以外にもあります。
[SEE[ [[現代日本の私年号]], [[大韓民国の私年号]] ]]

[76] 
[[宗教]]の[[紀年法]]を世俗国家の[[紀年法]]にかえて実施しようとする企てという点では、
[[日本共産党]]や[[キリスト教]]の関係者による[[元号廃止論]]と似た構図といえます。

* メモ

[REFS[
- [28] [CITE[[[近代諸元号現象]]]]
-- [431] 
[CITE[修訂 [[絹と立方体]]]],
p.[L[685]]
-- [13] [CITE@ja[[[オウム真理教]] - 木村 守一 | パブー]] ([TIME[2019-07-16 20:19:24 +09:00]]) <http://p.booklog.jp/book/126808/page/3626877>
--- 移転確認 [TIME[2020-07-10T02:09:25.400Z]]
--- [CITE[三訂 [[近代諸元号現象]] - 木村 守一 | Published with Bibi]], [TIME[2020-07-10 11:09:11 +09:00]] <https://puboo.jp/bib/i/?book=126808.epub>
48ページ
]REFS]


[72] [CITE@ja-JP[サリン攻撃の後で : オウム真理教と日本人]], [[渡邊学]], [TIME[1996]], [TIME[2022-12-28T09:26:51.000Z]], [TIME[2022-12-30T09:12:20.170Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/9603540/1/1>

[73] [CITE@ja-JP[南山宗教文化研究所所蔵オウム真理教関係未公開資料の意義について]], [[渡邉学]], [TIME[2009]], [TIME[2022-12-28T09:26:51.000Z]], [TIME[2022-12-30T09:12:46.910Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/9603627/1/1>

[74] [CITE@ja-JP[西日本宗教学雑誌 (20)]], [[西日本宗教学会]], [TIME[1998-03]], [TIME[2022-12-28T09:26:51.000Z]], [TIME[2022-12-30T09:13:17.264Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/7917265/1/47> (要登録)

[75] [CITE@ja-JP[研究所報 (6)]], [[南山宗教文化研究所]], [TIME[1996-07]], [TIME[2022-12-28T09:26:51.000Z]], [TIME[2022-12-30T09:14:12.689Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/4426627/1/8> (要登録)
