* 暦法の明記

[19] 「''平成''31年」、「1024 ''[SMALLCAPS[BCE]]''」
のように[[暦法]]や[[紀年法]]を[[年番号]]に併記することがよくあります。

[2] 
[[東洋]]では
「''令和''元年」、
「''西暦''2014年」、
「''民国''13年」、
「''ユリウス暦''1423年12月2日」、
「''南宋淳煕''十四年丁未」
などと伝統的に[[年番号]]の直前の[[日時構成要素]]が[DFN[元号スロット]] ([DFN[暦法スロット]])
となっています。

[4] 「''推古天皇''3年」、「''推古''3年」
のように[[元号]]ではないものの[[元号]]に準じて使われるものを便宜上[DFN[疑似元号]]ということがあります。
[SEE[ [[元号年]]、[[東洋の即位紀年]]、[[即位紀年]] ]]

[3] 
[[英語]]では
「''AD'' 2019」、
「1024 ''BC''」、
「this 13th day in June, 1715, ''[[in the year of our Lord]]''」、
「this third day of September ''[[in the year of our Lord]]'', one thousand seven hundred and eighty-three」、
「''[[in the year of our Lord]]'' 1917, and in the Eighth year of ''Our Reign''」
などと位置が一定しません。

[6] 
[[日本]]では[[元号名]]なしの[[元号年]]と[[2桁西暦年]]が使われ、区別できません。
そのためか[[2桁西暦年]]に「[['][' (西暦年)]]」をつけて「'93」
のように表記することがよくあり、[[元号名スロット]]的に機能しています。

[5] 
[[元号スロット]]には、
[[繰り返し]]を表す
「同」、
「〃」
のような記号が入ることがあります。

[7] 
「'''翌'''平成30年」
のように[[元号名スロット]]直前に修飾語が来る場合もあります。


[SEE[ 計算機システムでの明記方法については[[計算機システムにおける暦の指定]] ]]

-*-*-

[8] 
[[紀年法]]の呼称、[DFN[紀年法ラベル]]は、一定しているものと表記揺れが激しいものがあります。

[9] 
[[東洋の日時形式]]には[[元号名スロット]]があって[[元号名]]を書きます。
このように[[日時表示]]に特定のラベルを明記する慣習が定着している[[紀年法]]ラベルは、
揺れがあまりありません。[[文字]]の種類や[[異体字]]のバリエーションがあっても、
同じ語の範囲に収まっていることがほとんどです。
[SEE[ [[元号名]] ]]

[10] 
[[日時表示]]に明記する慣習がない[[紀年法]]は、
たまに明記することがあっても表記がばらばらで、
[[日時表示]]以外でそれを参照するときにも、
呼び方がいろいろあることが多いです。

[11] 
[[西暦]]はいろいろな時代と地域で広く使われ、
いろいろな国・宗教やいろいろな言語で使われるので、
それだけ呼び方もいろいろなものがあります。
ある者は[[キリスト教]]との関係を明示するため「[[キリスト紀元]]」
と呼び、
ある者は[[キリスト教]]との関係性を隠すため「[[Common Era]]」
と呼ぶような、真逆の企ても内包しています。
[SEE[ [[西暦]] ]]

[12] [[紀年法の同定]], [[紀年法ID割当規則]]も参照。

-*-*-

@@
[[元号名接尾辞]]

* 時差の明記

[SEE[ [[時差の記述]] ]]

* 地名の明記

@@
[[グレゴリオ改暦]]

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[50] [CITE[暦の歴史]]
([TIME[2006-08-13 21:50:52 +09:00]] 版)
<http://www.asahi-net.or.jp/~nr8c-ab/rekireki.htm>
]FIGCAPTION]

> 実際には国単位で暦が違うのではなく、都市単位で異なった暦を使っていましたので、 手紙などには「XX市XX年XX月XX日」と書かれています。

]FIG]

[13] [[暦法]]とは狭義の[[暦法]]だけでなく、[[年始]]も含む。

[61] その後も現在に至るまで、[[欧米]]の[[手紙]]や[[書籍]]の端書などに日付だけでなく地名も添えることがよくありますが、
ただの位置の記録というだけでなく、こういう事情もあっての慣習なのでしょうか。

* 国名

[14] 
[[元号年]]表記では、[[元号名]]の前には[[国名]]を書くことがあります。

[15] 
[[中国]]は諸国の栄枯盛衰があったため、その区別のため[[国名]]を明記する慣習ができたと思われます。
通常の[[日付の表記][日時表示]]ではいちいち[[国名]]まで記述しないのが普通ですが、

- [16] 格式張った場面
- [17] 他国に触れる時
- [18] 歴史の記述
- [20] [[固有名詞]]の一部となる時

... などに[[国名]]から始まる長い表記が出現しがちです。

[21] 
[[日本]]では王朝交替がないためわざわざ[[日本]]、[[日本国]]と明記することはほぼありませんが、
他国から[[日本の元号]]に言及するときには[[国名]]で修飾されることがあります。
[[日本国内]]でも他国に触れる時など明記したいときには[[国名]]を記述することがあります。

[99] 
[[日本]]では「北朝」や「日本南朝」のように[[南北朝時代]]の朝廷の記述に使われることがあります。


[22] 
[[中文]]では[[国名]]と[[元号名]]を並べるだけですが、
[[日本語]]では[[助詞]]「[[の]]」を挟む
([[漢文訓読]]では[[送り仮名]]「[V[[OKURI[ノ]]]]」を補う)
ことがあります。

[27] 
[[中国]]や周辺の[[国名]]は、自国やいわゆる[[正統王朝]]のものは、
[[大]]がつくもので書かれたことが多いです。
[[大]]の他にも、

- [120] 聖󠄁宋 ([[宋]])
- [121] 皇明 ([[明]])
- [122] 皇清 ([[清国]])
- [123] 皇阮 ([[阮朝越南]])

のような例があります。

;; [125] こうした表現は基本的に独立国 (を称した勢力) のもので、
[[諸侯王等即位紀年]]のような藩国や行政区域の「国」には[[大]]を付けません。

[124] [[阮朝越南]]の意味では「皇朝」もよく使われていました。

[127] 南方で使われた[[皇上]]という表現もあります。

[32] 
近現代では (引用以外では) 当時の正式な[[国名]] (「漢」や「大漢」) 
ではなく現在の通称国名で記述する場合が多いです。
例えば[[新]]と[[蜀]]の間の時代の[[国]]を[[日本語]]では[[後漢]]、
[[中文]]では[[東漢]]といいます。

[126] 
前近代には国号の末尾に「国」をつけることはあまりありませんが、
近現代になるとつけるケースも出てきます。

[ITEMS[ [[日時事例]]
-
[24] 
[CITE(.label)[通典]]
--[25] 
「[DATA(.text)[大唐開元四年,[SNIP[]]]]」
--- [26] [TIME(.value)[唐開元4(716)年][716]]
-
[29] [DATA(.label)[[[大正新脩大蔵経]] 一七七五 [CITE[註維摩詰經]] 巻10]]
--
[30] 「[DATA(.text)[[V[聖󠄁宋淳化󠄃四年八󠄂月十五日]]]]」
--- [31] [TIME(.value)[北宋淳化4(993)年][993]]8月15日
-
[34] 
[DATA(.label)[[CITE[中日空運臨時協定]] [CITE[日本外務大臣重光葵復我國駐日大使董顯光照會 (譯文)]]]]
「[DATA(.text)[日本國昭和三十三年三月十五日於東京]]」
--
[35] [TIME[日本昭和33(1958)年3月15日][1958-03-15]]



]ITEMS]


[REFS[
- [23] [CITE@zh[[[通典]]/卷051 - 维基文库,自由的图书馆]], [TIME[2023-01-14T01:54:46.000Z]], [TIME[2023-01-28T01:55:14.150Z]] <https://zh.wikisource.org/wiki/%E9%80%9A%E5%85%B8/%E5%8D%B7051>
- [28] [CITE@ja-JP[[[大正新脩大蔵経]] 第卅八巻]], [[高楠順次郎]], [TIME[大正15][1926]], [TIME[2023-01-17T10:48:16.000Z]], [TIME[2023-01-28T02:06:13.621Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/3435948/1/217> (要登録)
- [33] 
[CITE@zh-Hant-TW[[[中日空運臨時協定]]-全國法規資料庫]], [TIME[2023-01-28T02:17:15.000Z]] <https://law.moj.gov.tw/LawClass/LawAll.aspx?pcode=Y0080078>


]REFS]

-*-*-

- [135] [CITE@ja[Xユーザーの豆人さん: 「紀年銘を見て魂消た。「皇朝文化十一竜集甲戌」とあった。……文化十一年(1814)!? 江戸時代!? 文化年間にここまで大きな地蔵菩薩石仏を建てるのかこの土地は?! 仙台でも、ここまで巨大な舟形光背の石仏があったかどうか……驚きとともに、しばしその彫刻の妙に見惚れていた。 #今日のいしぶみ https://t.co/BOTnt4J3fy」 / X]], [TIME[午前0:19 · 2024年4月29日][2024-04-28T15:19:56.000Z]], [TIME[2024-05-01T07:01:40.000Z]] <https://twitter.com/_mamehito_/status/1784603461511991576>


[130] 
[CITE@ja-JP[朝鮮年表]], [[森潤三郎]], [TIME[1904]], [TIME[2023-05-15T11:26:02.000Z]], [TIME[2023-05-15T12:59:21.329Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/992503/1/3>

[131] >>130 序文 「[V[皇明治三十六年九月]]」

[176] 
[TIME[2023-05-22T14:54:16.100Z]]
<https://ir.lib.shimane-u.ac.jp/files/public/0/3147/20170425020054849164/a007006h003.pdf>

#page=7

>皇天保十年歳己亥三月十五日[SNIP[]]

#page=19

>皇安政五年歳在戊午十二月[SNIP[]]

[134] 
[[元治の延長年号]]

[137] [CITE@ja-JP[刀剣史料 (46)]], [[南人社]], [TIME[1962-10]], [TIME[2024-05-28T02:01:58.000Z]], [TIME[2024-06-21T12:09:15.688Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/8099939/1/8> (要登録)
左下

皇文政


-*-*-

[36] 
[[元号]]がない場合、[[元号名スロット]]は[[国名]]だけになります。
後世に区別のため[[国名]]を充てている場合と、
当時から[[国名]]で呼んでいた場合があります。

[38] 
[[元号]]を使わないで[[建国紀元]]を使う場合と、
[[元号]]を使わないで[[即位紀年]]を使う場合があります。

[37] 
前者の代表例が[[中華民国]]で現在[[公式に使われている][法定紀年法]]、
[[民国紀元]]です。他にも[[近代]]に数例あります。

[39] 
後者の例が[[漢元年]]や[[呉元年]]です。

[40] 後者の特殊例として[[魏前]]、[[魏後]]があります。
[SEE[ [[西魏の元号]] ]]

[41] 
後者の場合は同じ国で歴代君主の多数の[[紀年法]]があるので、
当時はともかく後世になると区別のために国名と君主名の組、
または君主名のみで表記します。
[[春秋戦国時代]]の諸[[即位紀年]]が該当します。
[SEE[ [[東洋の即位紀年]] ]]

* 君主名

[42] 
[[元号名]]の前に[[君主名]]を書くことがあります。
[[国名]]も書く場合は、[[国名]]と[[元号名]]の間に入ります。


[44] 
[[中国]]では[[年表]]などに示す場合や、
説明的に記述するような時に[[君主名]]が挿入されます。
あまり多くはないようです。

[45] 
[[日本]]では[[寺社縁起]]の歴史記述などでよく用いられます。

[46] 
[[中国]]では[[国名]]で、[[日本]]では[[天皇]]名でおおよその時期を示す機能を持っているのでしょう。
現代では[[西暦年]]を併記し[[天皇]]名をいちいち書かないことが多いのは、
[[西暦年]]が時期を示す機能を持っていることも一因なのでしょう。

[47] 
[[中文]]では[[君主名]]と[[元号名]]を並べるだけですが、
[[日本語]]では[[助詞]]「[[の]]」を挟む
([[漢文訓読]]では[[送り仮名]]「[V[[OKURI[ノ]]]]」を補う)
ことがあります。


[FIG(railroad)[ [43] 長い[[元号名]]

= ?
== [[国名]]
== ?
=== [CODE[の]]
= ?
== [VAR[君主名等]]
= [[元号名]]

]FIG]

-*-*-

[68] 
[[即位紀年]]では[[君主名]]だけを書くか、[[国名]]と[[君主名]]を書きます (>>41)。

[70] 
[[君主名]]の後に「即位」のように書くこともあります。

[69] 
歴史記述などで文脈上明らかな時は[[国名]]や[[君主名]]を省略して
「即位」「治世」とだけ書くこともあります。

[FIG(railroad)[ [71] [VAR[長い君主名]]

= |
== =
=== ?
==== [[国名]]
==== ?
===== [CODE[の]]
=== [VAR[君主名等]]
== [VAR[君主名接尾辞]]

]FIG]

-*-*-

[48] 
[[元号]]や[[即位紀年]]の[[天皇]]名の後に「御宇」と書くことがあります。
[[御宇]]は御治世という意味です。
大陸の君主でもたまにあります。

[ITEMS[ [[日時事例]]

- [114] 
[CITE(.label)[千仏楼碑]]
-- [115] 
「[DATA(.text)[[V[上御宇之八年乙亥[SNIP[]]]]]]」
[SRC[>>113]]
--- [116] [TIME[北漢劉継元8(975)年乙亥][975]] [TIME[y~1916]]

]ITEMS]


[59] 
現代日本のウェブサイトでここに「治世」と書く例が数点見受けられます。
古いものはあまり見つかりません。新たな慣習として成立しつつあるものか、
単にたまたま説明的に書いているだけなのかはまだよくわかりません。


[FIG(railroad)[ [67] [VAR[君主名等]]
= [[君主名]]
= ?
== [CODE[の]]
= ?
== [VAR[君主名接尾辞]]
]FIG]


[FIG(railroad)[ [49] [VAR[君主名接尾辞]]

= |
== [CODE[御宇]]
== [CODE[治世]]
== [CODE[即位]]

]FIG]

[REFS[
- [113] 
[CITE[kiyo4619.pdf]], [TIME[2013-07-24T04:38:46.000Z]], [TIME[2023-02-04T08:17:07.525Z]] <https://www.kansai-u.ac.jp/Tozaiken/publication/asset/bulletin/46/kiyo4619.pdf#page=15>
]REFS]


[117] 
「今」 [SEE[ [[古代中国の日時]] ]]

-*-*-


[60] 
[[君主名]]として[[天皇]]を書く時、
前代数を書くことも多いです。代数は「人王第十代」
のような書き方をします。

[63] 
[[人王]]、[[仁王]]は[[天皇]]の意味です。[[神代]]でなく[[人代]]のご歴代ということで[[人皇]]と呼んでいます。

[64] 
代数は[[前近代]]と[[近代]]で違うので要注意。[[前近代]]は[[神功皇后]]を数え、
[[弘文天皇]]を数えません。[[前近代]]は[[北朝]]を数えますが、
[[近代]]からは[[南朝]]を数えます。

[65] 
[[天皇]]名は[[前近代]]においては、
現在一般的な[[漢風諡号]] + 「天皇」ではなく[[院]]や[[皇帝]]と書かれ、
[[和風諡号]]や[[宮号]]が使われることもあります。

[66] 省略形として「天皇」を省くことがあります。
[[天皇即位紀年]]では文脈によって明らかな時逆に天皇名を省いて
「天皇」や「即位」などと書くことがあります。
[[神功皇后]]や[[天智天皇]]のような特殊例もあります。
[SEE[ [[天皇即位紀年]] ]]

[FIG(railroad)[ [62] 長い[[天皇]]名

= |
== =
=== ?
==== |
===== [[人王]]
===== [[仁王]]
==== ?
===== [CODE[第]]
==== [[正整数]]
==== [CODE[代]]
=== [VAR[短い[[天皇]]名]]
=== ?
==== |
===== [CODE[天皇]]
===== [CODE[天王]]
===== [CODE[皇帝]]
===== [CODE[院]]
== [CODE[天皇]]


]FIG]


[ITEMS[ [54] [[日時事例]]

- [52] 
[DATA(.label)[[[高野山真言宗十輪寺]]縁起状]],
[[智祥]],
[V[昭和廿二年九月彼岸入]]
-- [55] [TIME[1947-09-24]][[秋分]]
-- [56] [TIME(.value)[1947-09-21]][[彼岸入]]
--
[53] 
「[DATA(.text)[[V[[SNIP[]]仁王四十五代聖武皇帝[BR[]]御宇天平十一己卯歳[SNIP[]]]]]]」
---
[57] [TIME[日本聖武天皇天平11(739)年己卯][739]]
---[58] 第45代[[聖武天皇]]
]ITEMS]


[REFS[
- [51] [CITE[十輪寺縁起状 - [[高野山真言宗十輪寺]]]], [TIME[2023-01-28T02:58:05.000Z]] <https://www.jurinji.jp/2022/02/16/%E5%8D%81%E8%BC%AA%E5%AF%BA%E7%B8%81%E8%B5%B7%E7%8A%B6/>
]REFS]

[118] 
[[越南]]でも代数を書いた例があります。

[ITEMS[ [[日時事例]]

- [119] [DATA(.label)[文字磚]]
「[DATA(.text)[[V[李家第三帝龍[BR[]]瑞太平󠄃四年造]]]]」 ([[楷書]])
[SRC[>>196 (白黒写真)]]

]ITEMS]

[128] 
[CITE[三国遺事]]の[[朝鮮半島の即位紀年]]でも[[王]]名の前に代数を書いた例があります。


[REFS[
-
[195] 
[CITE[[[年号と東アジア―改元の思想と文化―]]]]
--
[196] 
[[[CSECTION[[V[ベトナムの年号史試論 [WEAK(smaller)[―丁・前黎・李・陳朝期[WEAK(smaller)[(十世紀〜十四世紀)]]の事例を中心に―]]]]]]]]

]REFS]


[136] [CITE@ja-JP[大田区史 資料編 寺社 1]], [[東京都大田区史編さん委員会]], [TIME[1981.6][1981]], [TIME[2024-03-21T07:14:33.000Z]], [TIME[2024-05-26T14:07:38.106Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/9642287/1/687> (要登録)
左上

「周第四昭王」など



-*-*-

[73] 
[[君主名]]は基本的にそれを制定した[[君主]]ですが、
次代の[[代始改元]]が行われない、または行われる前を表す場合には、
次代の[[君主]]が使われることがあります。


[ITEMS[ [[日時事例]]

- [74] [CITE(.label)[真宗法義惑乱論]], 
[TIME(.published)[明治30年4月][1897-04]]
-- [75] 
「[DATA(.text)[[V[[SNIP[]]後小松天皇應永三年七月十日[SNIP[]]]]]]」 ([[明朝体]])
[SRC[>>72]]
--- [78] 
[TIME[明徳5(1394)年7月5日][kyuureki:1394-07-05]] [[後小松天皇]]が[[改元]]
--- [79] 
[TIME(.value)[日本応永3(1396)年7月10日][kyuureki:1396-07-10]]
-- [76] 
「[DATA(.text)[[V[[SNIP[]]稱光天皇應永二十二年[BR[]]二月二十五日[SNIP[]]]]]]」 ([[明朝体]])
[SRC[>>72]]
--- [80] 
[TIME[応永19(1412)年8月29日][kyuureki:1412-08-29]] [[践祚]]
--- [81] 
[TIME(.value)[日本応永22(1415)年2月25日][kyuureki:1415-02-25]]
-- [77] 
「[DATA(.text)[[V[[SNIP[]]今上天皇明治十五年三月二十二日[SNIP[]]]]]]」 ([[明朝体]])
[SRC[>>72]]
--- [82] 
[TIME[日本明治15(1882)年3月22日][1882-03-22]]
- [88] 
[CITE(,label)[住吉松葉大記]]
-- [89] 
「[DATA(.text)[[V[後小松院應永廿一年十一月廿八󠄂日[SNIP[]]]]]]」 ([[明朝体]])
[SRC[>>87]]
--- [90] 
[TIME(.value)[日本応永21(1414)年11月28日][kyuureki:1414-11-28]]
- [84] [CITE(.label)[神境紀談附錄]]
-- [85] 
「[DATA(.text)[[V[稱光院應永廿五年戊戌八󠄂月廿三日[SNIP[]]]]]]」 ([[明朝体]])
[SRC[>>83]]
--- [86] 
[TIME(.value)[日本応永25(1418)年8月23日][kyuureki:1418-08-23]]

]ITEMS]

[91] [[応永]]年間に[[後小松天皇]]は[[称光天皇]]に[[譲位]]しましたが、
しばらく[[改元]]がありませんでした。
[[譲位]]後を[[後小松天皇]]と書いているものと、
[[称光天皇]]と書いているものの両方があります。




[REFS[
- [72] 
[CITE@ja-JP[[[真宗法義惑乱論]] : 附・真宗往相行信論]], [[中村諦梁]], [TIME[明30.4][1897]], [TIME[2023-01-17T10:48:16.000Z]], [TIME[2023-01-28T04:34:15.846Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/821696/1/17>
- [87] 
[CITE@ja-JP[住吉松葉大記]], [[土師惟朝]], [TIME[昭和9][1934]], [TIME[2023-01-17T10:48:16.000Z]], [TIME[2023-01-28T04:53:22.425Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/1211753/1/321> (要登録)
- [83] 
[CITE@ja-JP[[[大神宮叢書]] '''['''第6''']''' (神宮随筆大成 後篇)]], [[神宮司庁]], [TIME[昭和17.3][1942]], [TIME[2023-01-17T10:48:16.000Z]], [TIME[2023-01-28T04:47:09.608Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/1215172/1/198>


]REFS]

-*-*-

[93] 
[[君主]]名はその[[元号]]を制定したと信じられていた者であり、
そのような史実がない[[古代年号]]も、伝承上関係する[[天皇]]が書かれることがあります。
あくまでそれを書いた人にとっては、それが史実だと信じていたことによるものです。

[ITEMS[ [[日時事例]]

- [94] [CITE(.label)[予章記]]
-- [95] 
「[DATA(.text)[[V[[SNIP[]]崇峻天皇御宇端正三年 [LINES(smaller)[庚][戍]] [SNIP[]]]]]]」
([[明朝体]])
[SRC[>>92]]
--- [96] 
[TIME[日本崇峻天皇3(590)年庚戌][590]]
--- [97] [[端正]]は[[古代年号]]


]ITEMS]

[98] 
[[君主]]と[[元号]]の組合せが間違っていることもしばしばあります。
[[天皇]]の代数が間違っていることもあります。
一般的には代数より[[君主]]名が、[[君主]]よりも[[元号]]が信用できるようですが、
ケースバイケースです。



[REFS[
- [92] 
[CITE@ja-JP[[[神祇古正伝]] 第1巻]], [[石井広夫]], [TIME[昭和8][1933]], [TIME[2023-01-17T10:48:16.000Z]], [TIME[2023-01-28T05:08:05.724Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/1211538/1/286> (要登録)
]REFS]

-*-*-

[129] 
似た表現として、
[CITE[三国遺事]]
では
「[VAR[誰々]]王代[VAR[何々]][VAR[何]]年」
のように[[元号]]制定者ではなくその時代の[[朝鮮]]の王を一緒に書くことがあります。
[SEE[ [[朝鮮半島の紀年法]] ]]

-*-*-

[132] 同名[[元号]]の区別のための例: [SEE[ [[持統大化]] ]]

* 事象名

[100] 
[[建国紀元]]のとき、
[[元号名スロット]]には[[元期]]設定の事由となった事象の名称を置くことがあります。
事象名は固有名のこともあれば、[[一般名詞]]のこともあります。


[ITEMS[ [[日時事例]]

- [101] 「[DATA(.text)[開国505年]]」
-- [102] [[李氏朝鮮開国紀元]]
- [106] 「[DATA(.text)[開埠一百七十五年 九月二十五日]]」
-- [107] [[香港開埠]]


]ITEMS]

[103] 
[[国名]]と併記されることがあります。

[ITEMS[ [[日時事例]]

- [104] [CITE(.label)@ja[日朝修好条規]]
「[DATA(.text)[大朝鮮國開國四百八十五年丙子二月初二日]]」
-- [105] [[李氏朝鮮開国紀元]]

]ITEMS]

* 固有名

[110] 
[[元号名スロット]]に[[紀年法]]の固有名を置くことがあります。


[ITEMS[ [[日時事例]]


- [111] 「[DATA(.text)[天孫紀元百七十九万五千九十六年七月十日]]」
-- [112] [[天孫紀元]]
- [108] 「[DATA(.text)[Quốc Lịch 4901]]
-- [109] [[Việt Nam Quốc Lịch]] ([[越南国暦]])

]ITEMS]

[133]
[[日本の元号]]の前に「國曆」と書いた例もあります。
[SEE[ [[明悳]] ]]
[[漢土の元号]]や[[暦][農暦]]でなく[[日本の元号]]や[[暦][和暦]]で、という程度の意味と思われます。

* 欧米語式表記

[FIG(table)[

:n:表記
:p:年数に対する位置 (主流派)
:d:説明

:n:[[AD]]
:d:[[キリスト紀元]]
:p:前置

:n:[[AH]]
:d:[[ヒジュラ紀元]]
:p:後置

:n:[[aH]]
:d:[[アフターヒロシマ紀元]]
:p:後置

:n:[[AM]]
:d:[[世界創造紀元]]
:p:後置

:n:[[BC]]
:d:[[西暦紀元前]]
:p:後置

:n:[[BCE]]
:d:[[西暦紀元前]]
:p:後置

:n:[[BE]]
:d:[[仏紀]]
:p:前置

:n:[[BE]]
:d:[[ビルマ暦]]
:p:後置

:n:[[CE]]
:d:[[キリスト紀元]]
:p:後置

:n:[[CN]]
:d:[[キリスト紀元]]
:p:後置

:n:[[dH]]
:d:[[アフターヒロシマ紀元]]
:p:後置

:n:[[EC]]
:d:[[エチオピア暦]]
:p:後置

:n:[[H]]
:d:[[世界創造紀元]]
:p:後置

:n:[[PL]]
:d:[[仏紀]]
:p:前置

:n:[[SCN]]
:d:[[キリスト紀元]]
:p:後置

:n:[[TCN]]
:d:[[西暦紀元前]]
:p:後置

:n:[[TTL]]
:d:[[西暦紀元前]]
:p:後置


]FIG]

* 複数日時併記

[1] 異なる[[暦法]]や[[時間帯]]の[[日時]]を併記することがよくあります。
[SEE[ [[暦の併記]] ]]

* セキュリティーとプライバシー

[SEE[ [[日時のセキュリティー]]、[[日時のプライバシー]] ]]

* メモ