[55] 
[DFN[永楽]]
([TIME[y~1632]])
は、[[日本の私年号]]の1つです。

* 元号名

[116] 
[[読み][元号名の読み方]]は「えいらく」とされます。
[SRC[>>115]]


* 用例

[73] 
確実な用例は1つ知られています。



** 高野山[CITE[教誡律儀]]奥書

[ITEMS[ [[日時事例]]

- [5] [DATA(.label)[[[高野山]][[宝寿院]] 所蔵 [CITE[教誡律儀]]]]
-- [6] 
「[DATA(.text)[永楽元年辛巳七月四日]]」
[SRC[>>68]]

]ITEMS]

[68] [TIME[昭和50(1975)年][1975]]に発行された、
[[高野山]]にある[[宝寿院]]の所蔵品目録に、

>
[VRL[
[YOKO[32]]  教誡律儀  版本一帖  永楽元年[WEAK(smaller)[(大永か一五二一)]]辛巳七[BR[]]
月四日於高野山谷上多聞院初後書續畢  住持重義  泉慶房[BR[]]
五十七
]VRL]

とあります。 [SRC[>>37]]

[7] 
この[[奥書]]にある[[泉慶房]]の他の署名を探してみると、次のものなど多数があります。

- [9] [TIME[永享4(1432)年][1432]] 28歳 [SRC[>>1]]
- [8] [TIME[永享10(1438)年][1438]] 34歳 [SRC[>>1]]
- [15] [TIME[文安3(1446)年][1446]] 42歳 [SRC[>>1]]
- [17] [TIME[長禄3(1459)年][1459]] 55歳 [SRC[>>16]]
- [11] 永楽元年辛巳 57歳 = [TIME[寛正2(1461)年][1461]]
- [13] [TME[文明6(1474)年][1474]] 70歳 [SRC[>>12]]
- [14] [TIME[文明8(1476)年][1476]] 72歳 [SRC[>>12]]

[18] 諸書で[[元号]]と[[年齢]]に矛盾がないため、
>>5
をその57歳に当てはめると、永楽元年辛巳は寛正2年となります。

[19] >>68 は[TIME[大永元(1521)年][1521]]説を注釈していますが、
それに従うなら[[泉慶房]]は同名別人と考えなければなりません。

[REFS[

- [16] 
[CITE@ja-JP[声明本展観目録]], [[中川善教]], [TIME[昭和3][1928]], [TIME[2026-09-15T01:13:48.000Z]], [TIME[2026-10-14T08:44:46.636Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/1177329/1/67?keyword=%E6%B3%89%E6%85%B6%E6%88%BF> (要登録)
- [12] 
[CITE@ja-JP[六大新報 (1825)]], [[六大新報社]], [TIME[1939-06]], [TIME[2026-09-15T01:13:48.000Z]], [TIME[2026-10-14T08:41:52.022Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/7942519/1/3?keyword=%E6%B3%89%E6%85%B6%E6%88%BF> (要登録)
-
[37] 
[CITE@ja-JP[[[密教学会報]] = The annual bulletin of the Esoteric Buddhist Society (14)]], [[高野山大学密教学会]], [TIME[1975-03]], [TIME[2025-02-25T01:55:51.000Z]], [TIME[2025-03-22T14:48:30.162Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/4418295/1/9?keyword=%E6%B0%B8%E6%A5%BD> (要登録)
- [1] 
[CITE@ja-JP[密教学会報 = The annual bulletin of the Esoteric Buddhist Society (15)]], [[高野山大学密教学会]], [TIME[1976-03]], [TIME[2026-09-15T01:13:48.000Z]], [TIME[2026-10-14T08:37:11.960Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/4418296/1/8?keyword=%E6%B3%89%E6%85%B6%E6%88%BF> (要登録)


]REFS]



** 高野山[CITE[大日経疏二末抄]]奥書 

[62] 
[TIME[昭和61(1986)年][1986]]の[CITE[国史大辞典]]の[[私年号]]の表に、
永楽元年は[TIME[寛正2(1461)年][1461]]である旨の記載があります。
出典は「高野山宝亀院蔵『大日経疏二末抄』奥書」とされます。
[SRC[>>268]]

[64] 
筆者である[[千々和到]]の[[論文]]には同様の表がありますが、
[TIME[昭和58(1983)年][1983]]のものには掲載がなく、
[TIME[昭和63(1988)年][1988]]のものには掲載があります。
[SRC[>>115]]

[65] 
ただし昭和58年のものは[TIME[昭和56(1981)年][1981]]発表で、
その後の知見が追加されていなそうなことが昭和58年の[CSECTION[[V[附記]]]]にあります。
従って昭和56年から昭和63年の間に[[千々和到]]が知ったということになります。

[66] 
[[日本語]]版[CITE[ウィキペディア]]の表は初期から掲載しています。 [SRC[>>117]]
典拠を
「高野山宝亀院蔵『大日経疏二末抄』奥書」
としています。
[SRC[>>10]]
出典不明ですが、直接または間接に[CITE[国史大辞典]]に由来すると思われます。

[67] 
[[私年号]]の一覧で[[元号名]]などを示しているものは他にもある
[SRC[>>115]]
ものの、
これ以外の情報を示しているものがなく、詳細不明です。

[REFS[

- [63] [CITE[[[国史大辞典]] 7]], [TIME[1986]]
-- [268] [CSECTION[私年号]] [SEE[ [[千々和到]], [[日本私年号一覧表]] ]]
- [115] [[日本私年号一覧表]]
- [117] [[Wikipediaの私年号一覧表]]
--
[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[10] [CITE@ja[[[私年号]] - Wikipedia]], [TIME[2022-12-10T11:22:17.000Z]], [TIME[2022-12-22T12:35:00.472Z]] <https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A7%81%E5%B9%B4%E5%8F%B7>
]FIGCAPTION]

>
,*私年号 	,*異説 	,*元年相当公年号(西暦) 	,*継続年数 	,*典拠・備考 
,永楽 	,- 	,寛正2年(1461年) 	,不明 	,高野山宝亀院蔵『大日経疏二末抄』奥書 
]FIG]

]REFS]


** 其の他

[69] 
[CITE[元号法]]の制定が議論されていた[TIME[昭和52(1977)年][1977]]の雑誌に、
[[私年号]]の例として[[福禄]],
[[永楽]],
[[弥禄]]があります。
[SRC[>>70]]

[71] 
[[元号名]]を列挙しているだけですし、
[[福徳]]や[[弥勒]]を意図したのではないかと思われる他の2つも怪しげな表記になっており、
信頼できる情報源から正確に転記したものとは考えられませんが、
[[永楽]]が何に依るのかは気になります。

[REFS[

- [38] [CITE@ja-JP[[[経済往来]] 29(2)]], [[経済往来社]], [TIME[1977-02]], [TIME[2025-02-25T01:55:51.000Z]], [TIME[2025-03-22T15:11:25.146Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/1411874/1/14?keyword=%E6%B0%B8%E6%A5%BD> (要登録)
-- [70] 
[CITE[[V[時代転換と元号の知恵]]]],
[[[V[清水馨八郎]]]]

]REFS]


-*-*-

[72] 
他にも用例や言及が存在する可能性はありますが、[[明]]の[[永楽]]の用例が多すぎて検索が困難です。


* 諸説

[80] >>75 説と >>78 説では同じ辛巳年でも干支1周り分の違いがあります。
状況から見て、実際にはどちらも同じ「永楽元年辛巳」と思われます。
どちらかの説が正しいのかもしれませんし、どちらも間違いという可能性もあります。

[81] 
[[大永]]は、
[TIME[永正18(1521)年8月23日][kyuureki:1621-08-23]]に[[改元]]されたものです。
>>75 説によれば、 >>68 の書写の日付は正確には大永元年に[[改元]]される1ヶ月余り前の[TIME[永正18年7月4日][1621-08-23]]を表していることになります。

[82] 
[[大永]]の[[改元]]は[[災異改元]]とされているものの、実際には事実上空位の[[将軍]]に[[足利義晴]]が就任 (12月) するのに先立った[[代始改元]]的なものだったと考えられています。
7月28日に[[室町幕府]]から[[朝廷]]に[[改元]]の申し入れがあり、
8月7日には[[朝廷]]から8月23日の[[改元]]実施が発表されました。
[SRC[>>83]]

[84] 
[CITE[日本年号大観]]に掲載の歴代不採用案に[[永楽]]はありません。

[85] 
[[明]]の[[永楽]]は、[[永楽帝]]の時代に22年間使われたもので、
[[永楽帝]]や[CITE[永楽大典]]などで現在でもよく知られていますが、
当時の[[日本]]でも有名な[[元号]]だったのではないかと思われます。
[[永楽銭]]は[[永楽帝]]の時代から[[江戸時代]]の初頭まで、
[[日本]]でも[[事実上の標準]]の貨幣として通用していました。

[86] 
よって当時の[[日本人]]の知識層は[[明の元号]]の[[永楽]]を知っていた可能性は高く、
それが理由で新元号案に一度も浮上しなかったのでしょう。
[[私年号]]として使われたとすると、考案者や利用者がそれをどう考えていたのかが問題となります。

;;
[87] 
もっとも当時は外国の[[元号]]との重複を徹底的に排除しようという考え方や制度はなかったので、
[[明の元号]]を知っていたとしても、そう決まったと言われたならそういうものかと思う程度だったかもしれません。

[88] [[明の元号]]と比較すると、

- [89] [TIME[永楽-1(1401)年[LINES(smaller)[辛][巳]]][1401]] ([[遡及年号]])
- [90] [TIME[永楽元(1403)年[LINES(smaller)[癸][未]]][1403]] 
- [91] [TIME[永楽59(1461)年[LINES(smaller)[辛][巳]]][1461]] ([[延長年号]])

... の癸未から辛巳に誤記、誤写で変化するとは考えにくいですし、
利用期間中に辛巳年はないのでその誤りの可能性もありませんが、
元年が2年ずれると辛巳年になるのは気になります。

;;
[94] 
[[革除]]の関係で永楽元年以前の紀年は特殊であり、
遡って
「永楽辛巳」
のような表記がなされた可能性もあるかも、と検索してみましたが、
そのようなものはなさそうです。


[92] 
ただ[[高野山]]で[[明の元号]]を使うというのも考えにくいものです。
([[明]]国人の僧侶がいたならあり得るのかもしれませんが。)

[95] 
[[日本の公年号]]で[CH[楽]]を使った例はありません。

[96] 
同時期の[[公年号]]で[CH[永]]を使った事例は、

- [97] [[永和]] [TIME[1375]]
- [98] [[永徳]] [TIME[1381]]
- [99] [[応永]] [TIME[1394]]
- [100] [[永享]] [TIME[1429]]
- [101] [[永正]] [TIME[1504]]
- [102] [[大永]] [TIME[1521]]
- [103] [[永禄]] [TIME[1558]]

があります。また、[[異年号]]では、

- [104] [[永幻]] [[南北朝時代]]末期
- [105] [[永伝]] [TIME[延徳2(1490)年][1490]]
- [106] [[永喜]] [TIME[大永6(1526)年][1526]]
- [107] [[光永]] [[天正]]年間

があります。

[108] 
[[改元デマ]]其の他の[[異年号]]は[[公年号]]の文字に[[影響される傾向が指摘][1字置き換え説]]されており、
それによれば永正18年 = 大永元年説がより環境が整っているように思われます。
ただし、これはあくまで観察的傾向であって、[[私年号]]の発生原理との関係は明らかになっておらず、
年次比定の根拠にはし得ないことは注意が必要です。

[REFS[

- [83] [CITE[[[日本年号史大事典]]]], pp.[L[526]]-[L[527]]

]REFS]



* 研究史

[75] 
現在知られている研究史上の初出は昭和50年の目録 (>>68) ですが、
そこでは大永元年かと推測されています。
目録という性質上、それ以上の詳細は説明されていません。

[76] 
[TIME[大'''永'''元(1521)年'''辛巳'''][1521]]は、
おそらく[[元号名]]で[CH[永]]の字が一致することと、
[[干支年]]が一致することに由来するのでしょう。
実物や他の所蔵品と比較してその時代で違和感ないという判断もありそうです。

;; [93] 誤記と判断したのでしょうか。

[79] 
なお、
これは「書續畢」とあって書写の日付のようですが、
「版本一帖」
となっています。書写奥書込みで印刷されたものが現存するということでしょう。
すると現存する版本自体は「永楽」年間より後のものかもしれません。


[78] 
昭和50年代に[[千々和到]]は[TIME[寛正2(1461)年辛巳][1461]]と判断しています (>>62)。
この推測が[[千々和到]]自身によるものか、
それとも他の研究者の推測を引いているのかは不明です。
また、実物の表記も不明ですが、年次を確定的に記載しているからには、
辛巳年と干支が明記されているのか、
前後の他の奥書に他の[[元号年]]が明記されているのか、
何らかの根拠があるのでしょう。

-*-*-

[2] 
[TIME[平成30(2018)年][2018]]の [[SNS]] 投稿は、出典不明であり根拠があるのか筆者の感想かわかりませんが、
「永く安楽な世が続くように」
との[[元号名]]の解釈を示した上で、
[[明]]の[[永楽]]を「知っていて借用したと思う」一方で偶然の一致の可能性も否定できない、
と述べています。
[SRC[>>110]]

[3] 
当該投稿に対する反応で、[[永楽銭]]による伝播説が指摘されています。 [SRC[>>113]]

[4] 
いずれも、可能性であるとの留保付きとはいえ、[[明]]の[[永楽]]との関係を重視する説が提示されているわけですが、
根拠と言えるものが先後関係程度しか記載されていません。
用例の文献の内容や書いた者の素性、伝来の経緯などを検討したわけでは無さそうです。

[REFS[

- [110] 
[CITE@ja[Xユーザーの大森博子 Hiroko Ohmori🔍📚さん: 「【元号】350 永楽 えいらく 寛正2年(1461年)期間不明 高野山宝亀院蔵『大日経疏二末抄』奥書 永楽といえば明(ミン)の元号(永楽帝という太宗(のち成祖)皇帝=画像=の通称にもなっている)が有名だが、これ以外にも使われている。 高句麗の元号(391年 – 412年 ?) https://t.co/LfGtSevJR0」 / X]], [TIME[午後6:48 · 2018年11月4日][2018-11-04T09:48:11.000Z]], [TIME[2026-05-07T08:40:57.000Z]] <https://x.com/11111hiromorinn/status/1059019470012739585>
-- [111] 
[CITE@ja[Xユーザーの大森博子 Hiroko Ohmori🔍📚さん: 「五代十国時代の張遇賢の元号(942年 – 43年) 宋代に方臘が建てた私元号(1120年 – 21年) 明の永楽帝の元号(1403年 – 24年) 永く安楽な世が続くようにということで、平和と安定を願う元号として相応しい言葉。 本邦の私年号は明の永楽より後なので、気に入って借用したのかもしれないが、」 / X]], [TIME[午後6:48 · 2018年11月4日][2018-11-04T09:48:12.000Z]], [TIME[2026-05-07T08:40:57.000Z]] <https://x.com/11111hiromorinn/status/1059019472902610944>
-- [112] 
[CITE@ja[Xユーザーの大森博子 Hiroko Ohmori🔍📚さん: 「永楽帝の事績や大きさについてはどこまで伝わり、認識されていたかわからない。知っていて借用したと思うが、全く知らずに字面のよさから偶然に考案したことも否定はできない。史料が一点しかないため不詳。」 / X]], [TIME[午後6:48 · 2018年11月4日][2018-11-04T09:48:12.000Z]], [TIME[2026-05-07T08:40:57.000Z]] <https://x.com/11111hiromorinn/status/1059019474165088256>
-- [113] 
[CITE@ja[Xユーザーの大森博子 Hiroko Ohmori🔍📚さん: 「フォロワーさんから永楽銭説が寄せられました。大いにあり得ることで、一つの案としておきたいと思います。多謝です。」 / X]], [TIME[午後6:54 · 2018年11月4日][2018-11-04T09:54:44.000Z]], [TIME[2026-05-07T08:40:57.000Z]] <https://x.com/11111hiromorinn/status/1059021116365107200>

]REFS]


* メモ