[44] 
[DFN[永政]]は、
[[日本の私年号]]の1つです。

* 用例

[45] 
1つだけ報告されています。

[ITEMS[ [[日時事例]]

- [9] [DATA(.label)[[DATA(.addr)[[[日本国]][[熊本県]][[荒尾市]][[蔵満]][[字美名尻]]]] [[五輪塔]] [[地輪]]]]
-- [21] >>1 /47 : [L[③]]
-- [12] >>1 /46, >>1 /142 : 白黒写真 (低解像度) 判読困難
-- [13] >>1 /47, >>1 /142 : 拓本 白黒写真 (中解像度)
-- [10] 
「[DATA(.text)[[V[永政元年[LINES(normal)[乙][丑]]六月廿四日]]]]」
[SRC[>>1 /46]]
--- [20] 
「[DATA(.text)[[V[永政元年乙丑六月廿四日]]]]」
[SRC[>>21]]
--- [19] 
「[DATA(.text)[[V[永政元年[LINES(smaller)[乙][][丑]]二月廾四日]]]]」
[SRC[>>1 /142]]

]ITEMS]

[14] 
拓本によると、第1字は明らかに[CH[永]]の異体字です。 [SRC[>>13]]

[15] 
第2字は明らかに[CH[政]]です。 [SRC[>>13]]

[16] 
第3字は[CH[元]]と読んで問題なさそうです。 [SRC[>>13]]

[17] 
[[干支]]は[[乙丑]]と読んで問題なさそうです。 [SRC[>>13]]

[22] 
第5字は、 >>1 の一冊の中で[CH[二]]と[CH[六]]の2説があり、何の説明もされていません。
>>13 の拓本によると、ちょうど凹凸か何かで[[字形]]が不明瞭となっている部分で、
[CH[二]]のような横線と、その下に[CH[八]]ともただの凹凸とも読める部位があります。
関係者内に2説あったか、あるいは途中で読みを改めたのかもしれません。

[18] 
[CH[日]]は左下が欠損部に掛かります。他の部分の大きさと比較すると、
欠損部の最後の文字が[CH[日]]と思われます。
[SRC[>>13]]

* 諸説

[49] 
[[永政]]についての研究は、実質的に、最初の報告者である[[前川清一]]によるものだけです。
[[前川清一]]が自身の検討過程を説明したものが現段階での全てです。

[50] 
それによると、[[公年号]]の[[永正]]の誤りとする説と、別個の[[私年号]]とする説があり、
前者は[[干支年]]と[[読み][元号名の読み方]]が一致しないため、後者に軍配を上げます。

[51] 
しかし、読みが一致しないとは[[永正]]を「えいしょう」と読むことを前提としています。
「えいせい」と読むなら[[永政]]と[[同音][同音異字年号]]になります。

[52] 
[[私年号]]説は、様式論から[[永正]]年間 (永正2年 = 永政元年) と結論付けられています。
だとすると、同音で字形もよく似た2つが同時期に存在していたことになり、
両者がどのような関係か説明を要すると思われます。

[54] 
様式からの時代の絞り込みは、
当地の多くの[[金石文]]を見てきた[[前川清一]]の経験によるところも多いと思われるところ、
時代の幅が60年周期に対して十分狭められていると言えるものか不安が残ります。
より厳密な実年代の範囲を確定できる手法の開発・適用が期待されます。


* 研究史

[23] 
[TIME[平成6(1994)年][1994]]の書籍は、
>>9
を紹介しています。 
執筆者の[[前川清一]]は地元の[[郷土史家]]で[[金石文]]の専門家であり、
本書の調査で[[私年号]]用例が確認されたものとのことです。
[SRC[>>1]]


[24] 
本書によると、[[前川清一]]の考察の過程は次の通りです。 [SRC[>>1]]

- [26] [[永政]]は[[公年号]]に存在せず、[[私年号]]でないかと疑った
-- [25] 当初は[[永正]]と思われた
--- [27] [[永正]]の[[表音]]は「ゑいしょう」
--- [28] [[永政]]は「ゑいせい」と読める、摂[RUBY[政][しょう]]のように「しょう」とも読むが、
少し無理があるように思える
--- [29] [[公年号]]の誤刻ではないか
---- [30] 永正元年は甲子
---- [31] [[年次]]か[[干支]]のいずれかを間違えたとも思えない
-- [32] これらから[[私年号]]と推測した
- [36] 15世紀から16世紀頃と推測できる
-- [33] [[蓮座]]様式から、永正16年[[五輪塔]]が類似
-- [34] [[紀年]]に[[年号]]の後に[[干支]]があり、[[干支]]は横並列に配置 : 14世紀から16世紀に[[流行][東洋の日時表示]]
-- [35] [[梵字]]の様式
-- [37] [[干支年]]の一致のうち、
--- [38] [TIME[文安2(1445)年][1445]], 
[TME[永禄8(1565)年][1565]]は[[梵字]]/[[蓮座]]の様式が合わない
--- [39] [TIME[永正2(1505)年][1505]]と推測される
- [40] 地理的には[[蔵満城]]の末端、[[蔵満氏]]関係の人物の使用か
-- [41] [[蔵満氏]]は代々小代氏一族
-- [42] 銘文[[法名]]に[CH[宗]]が使用されたことも頷ける


[43] 
その後の[[熊本県]]関係の[[私年号]]の列挙に[[永政]]が紹介されることがあります。
[[前川清一]]が関与したものか、それに由来すると思われるものです。



[REFS[

- [1] [CITE@ja-JP[荒尾の石造物]], [[肥後金石研究会, 荒尾市教育委員会]], [TIME[1994.3][1994]], [TIME[2025-09-30T02:09:54.000Z]], [TIME[2025-10-16T12:03:53.845Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/13240318/1/46?keyword=%E6%B0%B8%E6%94%BF> (要登録)

]REFS]

-*-*-

[46] 
その後[[令和時代]]に至るまで、
[[日本全国]]規模の[[私年号]]の一覧表などに掲載された事例は知られていません。
[SRC[>>47]]

[48] 
[[熊本県]]の[[私年号]]は[[千々和到]]の表経由で拡散されたものが多いのですが、
[[永政]]は報告が新しいため、このルートに乗れなかったのでしょう。

[REFS[

- [47] [[日本私年号一覧表]]

]REFS]

* 関連


[53] 
[TIME[文亀4(1504)年2月30日][kyuureki:1504-02-30]]: [[永正]]に[[改元]] ([[甲子年]])


-*-*-

[3] [[永正]]の誤植と見られる:

- [2] [CITE@ja-JP[大日本帝国地理精義 下巻]], [[小林房太郎]], [TIME[大正13-15][1926]], [TIME[2026-04-28T01:12:07.000Z]], [TIME[2026-06-12T12:15:35.936Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/965754/1/189?keyword=%E6%B0%B8%E6%94%BF> (要登録)
- [6] [CITE@ja-JP[雑学戦国時代ものしり百科 : 天下統一を賭けて戦った戦国大名たち!]], [[中江克己]], [TIME[1991.5][1991]], [TIME[2026-04-28T01:12:07.000Z]], [TIME[2026-06-12T12:17:49.676Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/13197582/1/15?keyword=%E6%B0%B8%E6%94%BF> (要登録)

[8] [[文政]]の誤記:

- [7] [CITE@ja-JP[青年技師 5(11)]], [[青年技師社]], [TIME[1943-11]], [TIME[2026-04-28T01:12:07.000Z]], [TIME[2026-06-12T12:21:14.001Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/1481971/1/8?keyword=%E6%B0%B8%E6%94%BF%E5%8D%81%E5%B9%B4> (要登録)


[4] 要検討:

- [5] 
[CITE@ja-JP[長野県市町村提要 全]], [[飯沼務]], [TIME[大正14][1925]], [TIME[2026-04-28T01:12:07.000Z]], [TIME[2026-06-12T12:17:02.070Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/1020726/1/184?keyword=%E6%B0%B8%E6%94%BF>

[11] [[天政]]

* メモ