[8] 
[DFN[永元]]は、
[[日本の異年号]]の1つです。

* 用例

[135] 
[CITE[往生要集]]
版本の1つの系統に属する諸本の[[奥書]]に用例が見られます。

[ITEMS[ [[日時事例]]

- [3] [DATA(.label)[[CITE[往生要集]] 承元版]]
-- [51] >>37 : [L[18]]
-- [24] [[東京帝国大学]][[図書館]]所蔵 [SRC[>>70, >>23]]
-- [30] [[久原文庫]]所蔵 [SRC[>>29, >>15, >>11, >>102]]
--- [6] [[日本国]][[京都府]][[京都市]] [[久原文庫]] 所蔵 [SRC[>>5, >>98]]
-- [12] [[龍谷大学]] 所蔵 [SRC[>>15, >>11, >>37, >>89, >>92]]
-- [133] [[東洋文庫]] 所蔵 [SRC[>>132]]
--- [134] [[越前]][[長賢寺]] 旧蔵 [SRC[>>132]]
--- [79] [[雲村文庫]] 所蔵 [SRC[>>78, >>132]]
-- [65] [[栗田文庫]] 所蔵 [SRC[>>87]]
-- [125] [[佛教大学]] 所蔵 [SRC[>>121]]
-- [72] >>70 : カラー写真 (高解像度)
-- [123] >>119 : カラー写真 (高解像度)
-- [75] >>74 : 白黒写真 (高解像度)
-- [97] >>96 : 白黒写真 (中解像度)
-- [99] >>98 : 白黒写真 (中解像度)
-- [104] >>102 : 白黒写真 (中解像度)
-- [4] >>1 : 白黒写真 (低解像度)
-- [21] >>20 : 白黒写真 (低解像度)
-- [27] >>26 : 白黒写真 (中解像度)
-- [2] 「[V[[DATA(.text)[𣱵󠄁[ASIS[元][<https://glyphwiki.org/wiki/sosho-u5143-001>]]四[ASIS[年][swc800]]四月八日]][SNIP[]]]]」 ([[楷書]])
[SRC[>>72, >>4]]
--- [71] 「[V[[DATA(.text)[永元四年四月八日]]刻彫畢[SNIP[]]]]」 ([[明朝体]])
[SRC[>>5, >>15 (承元版覆刻本), >>11 (承元版覆刻本), >>16, >>37 ([[龍谷大学]]本), >>64, >>66, >>68, >>78, >>87, >>89, >>92, >>98, >>102]]
--- [25] 永元四年四月 [SRC[>>23]]
--- [77] 
「[DATA(.text)[[V[永元四年四月八日]]]]」 ([[明朝体]])
[SRC[>>81, >>74]]
--- [31] 
「[V[[DATA(.text)[承元四年四月八日]]刻彫畢。[SNIP[]]]]」 ([[明朝体]])
[SRC[>>29]]
- [7] [DATA(.label)[[[日本国]][[群馬県]] [[鈴木霊真]] 所蔵 [CITE[往生要集]]]]
-- [10] 
[DATA(.label)[巻末]]
「[V[[DATA(.text)[永元四年]][SUP(smaller inline)[云]][SUB(smaller inline)[云]]]]」 ([[明朝体]])
[SRC[>>5]]
- [90] 
[DATA(.label)[[[圓照寺]] 所蔵 [CITE[往生要集]] 室町時代末期刊本]]
-- [91] 
永元四年四月八日 [SRC[>>89]]
- [41] 
[DATA(.label)[[CITE[往生要集]] 寛永8年版本]]
-- [259] >>37 : [L[259]]
-- [44] [[佐々木求巳]] 所蔵 [SRC[>>37]]
-- [43] 
「[DATA(.text)[[V[旹寛永八年[LINES(smaller)[辛][未]]十月  日]]]]」 ([[明朝体]])
[SRC[>>37]]
-- [42] 
「[V[永元四年[SNIP[]]]]」 ([[明朝体]]) (>>2 に同じ)
[SRC[>>37]]
- [45] 
[DATA(.label)[[CITE[往生要集]] 貞享元年版本]]
-- [684] >>37 : [L[684]]
-- [46] [[佐々木求巳]] 所蔵 [SRC[>>37]]
-- [47] [[大谷大学]] 所蔵 [SRC[>>37]]
-- [48] 
「[DATA(.text)[[V[貞享元歳次甲子重陽日]]]]」 ([[明朝体]])
[SRC[>>37]]
-- [49] 
「[V[永元四年[ASIS[八]]月[SNIP[]]]]」 ([[明朝体]]) (>>2 に同じ)
[SRC[>>37]]
-- [50] >>42 に同じ [SRC[>>37]]
- [52] 
[DATA(.label)[[CITE[往生要集]] 貞享2年版本]]
-- [708] >>37 : [L[708]]
-- [53] [[龍谷大学]] 所蔵 [SRC[>>37]]
-- [54] 
「[V[永元四年四月八日[SNIP[]]]]」 ([[明朝体]]) (>>2 に同じ)
[SRC[>>37]]
-- [55] >>42 に同じ [SRC[>>37]]
- [56] 
[DATA(.label)[[CITE[往生要集]] 貞享3年版本]]
-- [711] >>37 : [L[711]]
-- [57] [[佐々木求巳]] 所蔵 [SRC[>>37]]
-- [58] 
「[V[永元四年四月八日[SNIP[]]]]」 ([[明朝体]]) (>>2 に同じ)
[SRC[>>37]]
-- [59] >>42 に同じ [SRC[>>37]]
- [60] 
[DATA(.label)[[CITE[往生要集]] 元禄4年版本]]
-- [757] >>37 : [L[757]]
-- [61] [[佐々木求巳]] 所蔵 ×2 [SRC[>>37]]
-- [62] 
「[V[永元四年[SNIP[]]]]」 ([[明朝体]]) (>>2 に同じ)
[SRC[>>37]]
-- [63] >>42 に同じ [SRC[>>37]]
- [94] 
[DATA(.label)[[CITE@ja-JP[往生要集講義]]本[CITE[往生要集]]]]
-- [95] 
「[DATA(.text)[[V[[ASIS[永][swc802]]元四年四月八日]]]]」 ([[明朝体]])
[SRC[>>93]]
- [84] 
[DATA(.label)[[CITE[往生要集]] 昭和12年校訂本]]
-- [85] 
「[V[[DATA(.text)[𣱵󠄂元四年四月八日]]。]]」 ([[明朝体]])
[SRC[>>83]]
- [130] 
[DATA(.label)[東京帝国大学図書館 所蔵 [CITE[往生要集]]]]
-- [131] 
[DATA(.label)[奥書]]
「[DATA(.text)[承元四年四月八日]]刻彫畢」
[SRC[>>129]]
- [127] 
[DATA(.label)[[[SAT]] 本[CITE[往生要集]]]]
-- [128] 
「[DATA(.text)[承元四年四月八日]]刻彫畢。[SNIP[]]」
[SRC[>>126]]


]ITEMS]

[17] 
[CITE[往生要集]]
は、承元4年、
建保4年、建長5年など盛んに版行された
[SRC[>>16]]
とされています。

[18] 
承元4年版は現存しませんが、[[室町時代]]の覆刻版が伝わります。
[SRC[>>16]]

[38] 
[[龍谷大学]]本は[[室町時代]]中期の版と考えられます。 [SRC[>>37]]

[105] 
[[龍谷大学]]には4部の承元復刻版が所蔵されており、
並べて見比べなければわからないほどよく似た2種類があります。
1部は[[室町時代]]中期を下るべきものではなく、
3部は[[足利時代]]末期か[[徳川時代]]初期と推定されます。
[SRC[>>102]]

[39] 
承元版が失われ[[室町時代]]中期版が開版されたと思われますが、
それも更に失われたのか、[[室町時代]]末頃に再度開版されています。
[SRC[>>37]]

[136] 
[[近世]]にも度々覆刻版が刊行されています。

[137] 
[[近代]]になるとこの系統に属しながらも[[承元]]に校訂済みのものが刊行されています (>>86)。

* 諸説

[9] 
[[永元]]は[[承元]]の誤りとする説が[[近代]]以降広く行われ、
他の解釈の余地も一部で言及されつつも、
本格的な対抗説は形成されないまま現在に至っているところです。

[139] 
根拠を示さず、あるいは原文が[[永元]]であることすら示さずに[[承元]]と表記される事例が散見されるほどの通説となっています。

-*-*-

[140] 
[CH[承]]と[CH[永]]は現在の[[通用字体]]でも概形は似ていますが、
[[前近代]]に広く行われた
[CH[𣴎󠄁]]や[CH[𣱵]]のような[[字形]]となれば、
[[手書き]]ではより紛らわしく見えるものです。
前近代の文献資料一般にも[CH[承]]と[CH[永]]の混同はままあることです。

[141] 
従って[[永元]]を[[承元]]の誤記と推定することには十分な理由があり、
>>112
の如くその機序を推測するものもあります。

[142] 
ただ、 >>102 も指摘するように[[干支年]]などこの推定を確定させられる根拠が残念ながら存在していません。

[144] 
また、[[承元]]が[[永元]]と誤記・誤写された同時代または後代的な史料は、
これまで他に知られていません。


[143] 
更に、承元4年版が存在し、その[[室町時代]]の覆刻 (やそれを更に復刻したもの) 
が現存諸本とみることが通説となっていますが、承元4年版の存在にはどうやら
「永元四年」
[[奥書]]以外の独立した物証は存在していないようです。
承元四年版の版本はこれまで1例も報告されていません。


[145] 
よって、現行通説は現状最も穏当な解釈であり、有力説とみて差し支えないものの、
同時に、実証的な裏付けを欠いた仮説に過ぎないとも言わざるを得ないのであり、
今後も引き続き考究に努めるべき課題を残しています。



* 研究史

[82] 
[TIME[大正4(1915)年][1915]]の目録は、
>>3
を紹介して、
[[永元]]の[[年號]]はなく、
あるいは言う、承元4年(紀元1870年)の譌なろうと、
蓋し然らん、
と述べています。
[SRC[>>81]]

[76] 
[TIME[大正7(1918)年][1918]]の書籍は、
>>3
を紹介して、
承元四年なるべし、
と説明しています。
[SRC[>>74]]

[80] 
[TIME[大正9(1920)年][1920]]の書籍は、
>>3
を紹介して、
「[V[[RUBY[永][(承)]]元]]」 ([[明朝体]])
と注釈しています。
[SRC[>>78]]


[73] 
[TIME[大正11(1922)年][1922]]の史料集は、
>>72
を掲載して、
「[V[承元四年]]」 ([[明朝体]])
と説明しています。
[SRC[>>70]]

[67] 
[TIME[昭和3(1928)年][1928]]の書籍は、
>>3
を紹介して、
「[V[[RUBY[永][(承)]]元]]」 ([[明朝体]])
と注釈して、
明に永元とあるが[[承元]]の誤りだろうと説明しています。
[SRC[>>66]]

[100] 
[TIME[昭和5(1930)年][1930]]の書籍は、
>>3
を紹介して、
[[永元]]の[[年號]]はなく、
[[足利時代]]の覆刻のとき無智の工匠が誤刻したと見る外ない、
として承元4年版と呼んでいます。
[SRC[>>98]]

[106] 
[TIME[昭和6(1931)年][1931]]の書籍は、
>>3
を紹介して、次のように述べています。
[SRC[>>102]]

- [107] ある者は言うだろう
-- [108] 本文中ならともかく[[奥書]]で使い慣れた当時の年号を間違えるはずがない
-- [109] あくまで[[永元]]で、決して[[承元]]の誤記ではない
- [110] もっともらしいが、事実に合わない
- [111] [[永元]]という[[私年號]]のできた史證もないから、
その存在を主張できない
- [112] 確実なる史證はないが、
-- [113] 承元原版が存在し、
-- [114] 幾度も摺寫するうちに[CH[承]]が[CH[永]]のように摩滅し、
-- [115] 何年かの後にこれに気づかずに復刻した、
-- [116] これが承元覆刻版であると解するべき
- [117] 閲覧した諸本はすべて[[永元]]、決して[[承元]]でない
-- [118] 龍谷大学所蔵4部、
雲村文庫本、
久原文庫本、
武州三縁山蔵本、
宮内省図書寮本、
東本願寺侍董寮蔵本、
近江西教寺古本、
内記亮也蔵本など


[13] 
[TIME[昭和8(1933)年][1933]]の目録は、
>>3 
を掲載して、
「[V[[WEAK(smaller)[(承)]] 永元[SNIP[]]]]」 ([[明朝体]])
と注釈しています。
[SRC[>>11]]

[32] 
[TIME[昭和9(1934)年][1934]]の書籍は、
>>3
を紹介して、
「[V[承[SUP(smaller inline)[(永)]]元]]」 ([[明朝体]])
と注釈しています。
[SRC[>>29]]

[86] 
[TIME[昭和12(1937)年][1937]]の校訂本は、
本文で
「[V[𣱵󠄂元]]」
を採用し、
注釈で
「[L[永元]]」
の[CH[永]]を⑦本、⑧本 (いずれも[[昭和時代]]) が[C[承]]とすると注釈しています。
また、
承元復刻本がそう呼ばれ承元4年本の復刻と説かれるのは、
「承元四年」となるべきが「永元四年」と誤っていることから起こった説のようだとして、
当版の本文にも誤刻が多いことを指摘しています。
[SRC[>>83]]


[19] 
[TIME[昭和14(1939)年][1939]]の書籍は、
>>3
を紹介して、
承元を永元と誤っていると説明しています。
[SRC[>>16]]

[88] 
[TIME[昭和15(1940)年][1940]]の書籍は、
>>3
を紹介して、
[[永元]]は[[承元]]の彫違なるべく、
と説明しています。
[SRC[>>87, >>64]]


[69] 
[TIME[昭和19(1944)年][1944]]の書籍は、
>>3
を紹介して、
[[永元]]はおそらく彫工が覆刻の際に[[承元]]を誤ったものと見るべく、
と説明しています。
[SRC[>>68]]

[28] 
[TIME[昭和29(1954)年][1954]]の書籍は、
>>27
を掲載して、
「[V[承元四年 ([L[1210]]年) 刊]]」 ([[明朝体]])
と説明しています。
[SRC[>>26]]

[22] 
[TIME[昭和44(1969)年][1969]]の書籍は、
>>21
を掲載して、
「[L[鎌倉初期の印刷物 (1210年)]]」 ([[ゴシック体]])
と説明しています。
[SRC[>>20]]
1210年 = 承元4年。


[40] 
[TIME[昭和48(1973)年][1973]]の書籍は、
>>3
を紹介して、
[[永元]]の[[年号]]に諸説あるものの、
いまは一応「承元」誤刻とする説に従っておく、
と述べています。
[SRC[>>37]]

[124] 
[[令和時代]]の [[Webサイト]] (初出不明)
は、
>>3
を紹介して、
「「永元」という元号は日本にはなく、承元4年(1210)の誤りと考えられている。」
とし [SRC[>>122]]、
「原刊記: 「承元四年四月八日[SNIP[]]」」
と説明しています [SRC[>>120]]。

[REFS[

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[129] 
[CITE[所蔵史料目録データベース(Hi-CAT) - 詳細]], [TIME[2026-09-04T10:45:27.000Z]] <https://wwwap.hi.u-tokyo.ac.jp/ships/w01/detail/0S0/434/4560>
]FIGCAPTION]

> 【請求記号】
>台紙付写真-434-4560
>【書名】
>往生要集 奥書 承元四年四月八日刻彫畢

>【原蔵者】
東京帝大図書館

]FIG]

- [81] 
[CITE@ja-JP[陳列圖書目録]], [[宮内省圖書寮]], [TIME[1915.6][1915]], [TIME[2026-08-18T01:13:52.000Z]], [TIME[2026-09-04T08:12:45.615Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/1881695/1/29?keyword=%E6%B0%B8%E5%85%83>
- [93] 
[CITE@ja-JP[往生要集講義 巻6]], [[徳竜]], [TIME[大正5][1916]], [TIME[2026-08-18T01:13:52.000Z]], [TIME[2026-09-04T09:10:36.790Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/1183341/1/56?keyword=%E6%B0%B8%E5%85%83> (要登録)
- [23] 
[CITE@ja-JP[東亜の光 13(1)]], [[東亜協会]], [TIME[1918-01]], [TIME[2026-08-18T01:13:52.000Z]], [TIME[2026-09-04T06:37:59.462Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/1591534/1/70?keyword=%E6%B0%B8%E5%85%83> (要登録)
- [74] 
[CITE@ja-JP[訪書余録 第四篇]], [[和田維四郎]], [TIME[大正7][1918]], [TIME[2026-08-18T01:13:52.000Z]], [TIME[2026-09-04T07:54:42.700Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/1183695/1/59?keyword=%E6%B0%B8%E5%85%83>
- [78] 
[CITE@ja-JP[雲村文庫目録 甲 第4輯]], [[和田維四郎]], [TIME[大正9][1920]], [TIME[2026-08-18T01:13:52.000Z]], [TIME[2026-09-04T07:58:13.355Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/1210282/1/9?keyword=%E6%B0%B8%E5%85%83> (要登録)
- [102] 
[CITE@ja-JP[書物の趣味 第4冊]], [[書物の趣味社]], [TIME[昭和4][1929]], [TIME[2026-08-18T01:13:52.000Z]], [TIME[2026-09-04T10:12:36.883Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/1258975/1/34?keyword=%E6%B0%B8%E5%85%83> (要登録)
-- [103] 
[CITE@ja-JP[真宗史の研究]], [[日下無倫]], [TIME[昭和6][1931]], [TIME[2026-08-18T01:13:52.000Z]], [TIME[2026-09-04T10:12:50.906Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/1211615/1/323?keyword=%E6%B0%B8%E5%85%83> (要登録)
- [98] 
[CITE@ja-JP[浄土教版の研究]], [[藤堂祐範]], [TIME[昭和5][1930]], [TIME[2026-08-18T01:13:52.000Z]], [TIME[2026-09-04T10:05:12.279Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/1177468/1/89?keyword=%E6%B0%B8%E5%85%83> (要登録)
-- [101] 
[CITE@ja-JP[浄土教版の研究]], [[藤堂祐範]], [TIME[1976]], [TIME[2026-08-18T01:13:52.000Z]], [TIME[2026-09-04T10:10:37.414Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/12234774/1/115?keyword=%E6%B0%B8%E5%85%83> (要登録)
- [96] 
[CITE@ja-JP[訪書余録 図録篇]], [[和田維四郎]], [TIME[昭和8][1933]], [TIME[2026-08-18T01:13:52.000Z]], [TIME[2026-09-04T10:04:15.168Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/1145852/1/97?keyword=%E6%B0%B8%E5%85%83> (要登録)
- [70] 
[CITE@ja-JP[古板図録]], [[印刷局内朝陽会]], [TIME[1922]], [TIME[2026-08-18T01:13:52.000Z]], [TIME[2026-09-04T07:25:31.713Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/1874827/1/19?keyword=%E6%B0%B8%E5%85%83>
- [66] 
[CITE@ja-JP[日本仏教史の研究 第2巻]], [[大屋徳城]], [TIME[昭和3][1928]], [TIME[2026-08-18T01:13:52.000Z]], [TIME[2026-09-04T07:18:52.420Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/1259432/1/321?keyword=%E6%B0%B8%E5%85%83> (要登録)
- [15] 
[CITE@ja-JP[日本古刊書目]], [[吉沢義則]], [TIME[昭和8][1933]], [TIME[2026-08-18T01:13:52.000Z]], [TIME[2026-09-04T06:21:31.221Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/1122934/1/13?keyword=%E6%B0%B8%E5%85%83%E5%9B%9B%E5%B9%B4>
-- [11] 
[CITE@ja-JP[日本古刊書目]], [[吉沢義則]], [TIME[1933]], [TIME[2026-08-18T01:13:52.000Z]], [TIME[2026-09-04T06:13:42.182Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/1858085/1/15?keyword=%E6%B0%B8%E5%85%83%E5%9B%9B%E5%B9%B4> (要登録)
-- [14] 
[CITE@ja-JP[日本古刊書目]], [[吉沢義則]], [TIME[1984.8][1984]], [TIME[2026-08-18T01:13:52.000Z]], [TIME[2026-09-04T06:20:58.536Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/12402050/1/15?keyword=%E6%B0%B8%E5%85%83%E5%9B%9B%E5%B9%B4> (要登録)
- [29] 
[CITE@ja-JP[正平版論語之研究]], [[長田富作]], [TIME[昭和9][1934]], [TIME[2026-08-18T01:13:52.000Z]], [TIME[2026-09-04T06:42:10.141Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/1233825/1/111?keyword=%E6%B0%B8%E5%85%83> (要登録)
- [92] 
[CITE@ja-JP[竜谷大学図書館善本目録]], [[竜谷大学図書館]], [TIME[昭11][1936]], [TIME[2026-08-18T01:13:52.000Z]], [TIME[2026-09-04T09:08:56.276Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/1257208/1/70?keyword=%E6%B0%B8%E5%85%83%E5%9B%9B%E5%B9%B4> (要登録)
- [89] 
[CITE@ja-JP[古写古版真宗聖教現存目録 第1輯]], [[宗学院]], [TIME[昭12][1937]], [TIME[2026-08-18T01:13:52.000Z]], [TIME[2026-09-04T09:04:01.067Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/1219543/1/12?keyword=%E6%B0%B8%E5%85%83%E5%9B%9B%E5%B9%B4>
-
[83] 
[CITE@ja-JP[往生要集 : 原本校註漢和対照]], [[源信, 花山信勝 校訂並訳註]], [TIME[昭12][1937]], [TIME[2026-08-18T01:13:52.000Z]], [TIME[2026-09-04T08:52:18.529Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/1261434/1/264?keyword=%E6%B0%B8%E5%85%83> (要登録)
- [16] 
[CITE@ja-JP[新体綜合国史插画地図解説 上級用]], [[栗田元次]], [TIME[昭和14][1939]], [TIME[2026-08-18T01:13:52.000Z]], [TIME[2026-09-04T06:22:33.070Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/1033851/1/32?keyword=%E6%B0%B8%E5%85%83%E5%9B%9B%E5%B9%B4>
- [1] 
[CITE@ja-JP[国史辞典 第2]], [[富山房国史辞典編纂部]], [TIME[昭和15][1940]], [TIME[2026-08-18T01:13:52.000Z]], [TIME[2026-09-04T06:07:33.613Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/1124598/1/47?keyword=%E6%B0%B8%E5%85%83%E5%9B%9B%E5%B9%B4> (要登録)
- [87] 
[CITE@ja-JP[栗田文庫善本書目]], [[栗田元次]], [TIME[1940]], [TIME[2026-08-18T01:13:52.000Z]], [TIME[2026-09-04T09:00:16.346Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/1870204/1/13?keyword=%E6%B0%B8%E5%85%83%E5%9B%9B%E5%B9%B4> (要登録)
-- [64] 
[CITE@ja-JP[書誌学の発達]], [[栗田元次]], [TIME[1979.9][1979]], [TIME[2026-08-18T01:13:52.000Z]], [TIME[2026-09-04T07:11:21.276Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/12235133/1/137?keyword=%E6%B0%B8%E5%85%83> (要登録)
- [68] 
[CITE@ja-JP[日本文庫史研究 上巻(上代・中世篇)]], [[小野則秋]], [TIME[1944]], [TIME[2026-08-18T01:13:52.000Z]], [TIME[2026-09-04T07:21:52.641Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/1909229/1/231?keyword=%E6%B0%B8%E5%85%83> (要登録)
- [26] 
[CITE@ja-JP[日本の書物]], [[庄司浅水]], [TIME[1954]], [TIME[2026-08-18T01:13:52.000Z]], [TIME[2026-09-04T06:40:02.627Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/2932547/1/6?keyword=%E6%B0%B8%E5%85%83> (要登録)
- [20] 
[CITE@ja-JP[目で見る大世界史 第17]], [[国際情報社]], [TIME[1969]], [TIME[2026-08-18T01:13:52.000Z]], [TIME[2026-09-04T06:34:42.263Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/3025000/1/163?keyword=%E6%B0%B8%E5%85%83> (要登録)
- [37] 
[CITE@ja-JP[真宗典籍刊行史稿]], [[佐々木求巳]], [TIME[1973.11][1973]], [TIME[2026-08-18T01:13:52.000Z]], [TIME[2026-09-04T06:52:10.970Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/13288207/1/13?keyword=%E6%B0%B8%E5%85%83%E5%9B%9B%E5%B9%B4> (要登録)
- [5] 
[CITE@ja-JP[大蔵会展観目録 : 自第一回至第五十回]], [[大蔵会]], [TIME[1981.11][1981]], [TIME[2026-08-18T01:13:52.000Z]], [TIME[2026-09-04T06:09:35.961Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/12265417/1/143?keyword=%E6%B0%B8%E5%85%83%E5%9B%9B%E5%B9%B4> (要登録)
- [126] 
[CITE[SAT DB]], [TIME[2026-09-04T10:43:10.000Z]] <https://21dzk.l.u-tokyo.ac.jp/SAT/ddb-sat2.php?mode=detail&useid=2682_,84,0090&nonum=&kaeri=>
- [121] 
[CITE@ja[往生要集 | 佛教大学図書館デジタルコレクション]], [TIME[2026-09-04T10:33:54.000Z]] <https://bird.bukkyo-u.ac.jp/collections/titles/ojoyoshu/>
-- [122] 
「「往生要集」は寛和元年(985)成立の仏教書で、源信の著。極楽往生のためには念仏の実践が重要であると説いた。
本書の巻末には「永元四年四月八日刻彫畢、願主大法師實眼勵微力、於自心抛財寳・・・」とある。「永元」という元号は日本にはなく、承元4年(1210)の誤りと考えられている。[SNIP[]]」
-- [119] 
[CITE@ja[往生要集 巻6 | 佛教大学図書館デジタルコレクション]], [TIME[2026-09-04T10:33:09.000Z]] <https://bird.bukkyo-u.ac.jp/collections/ojoyoshu-06/>
65
--- [120] 
「原刊記: 「承元四年四月八日刻彫畢願主大/法師實眼勵微力於自心施財寳於/・・・」」
- [132] 
[CITE@ja[23 寛和元年 4月~12月 | 東京大学史料編纂所・史料集版面検索 | 東京大学史料編纂所・史料集版面検索]], [TIME[2026-09-04T10:48:50.000Z]] <https://dip-s.lab.hi.u-tokyo.ac.jp/item/850_8500_02_0123-0088>

]REFS]

-*-*-

[138] 
[[令和時代]]に至るまで、[[私年号研究]]の文脈で紹介した事例は知られていません。

* 関連

[SEE[ [[承元]] ]]

[SEE[ [[永元 (和田家文書)]] ]]


-*-*-

[ITEMS[ [[日時事例]]

- [34] [DATA(.label)[[[東大寺文書]] [V[八]]]]
-- [35] 
[DATA(.label)[端裏書]]
「[V[玉瀧村鞆田村驗宣旨請󠄄文[LINES(smaller)[永元四年四月][十七日進󠄁了、]][SNIP[]]]]」 
([[明朝体]])
[SRC[>>33]]

]ITEMS]

[36] 
[TIME[昭和36(1961)年][1961]]の史料集は、
>>34
を紹介して、
「[V[永[RUBY[元][〔久〕]]]]」
と注釈しています。
[SRC[>>33]]

[REFS[

- [33] 
[CITE@ja-JP[大日本史料 第3編之17]], [[東京大学史料編纂所]], [TIME[昭和36][1961]], [TIME[2026-08-18T01:13:52.000Z]], [TIME[2026-09-04T06:47:04.221Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/3450565/1/166?keyword=%E6%B0%B8%E5%85%83>

]REFS]

* メモ

