* 元号名異表記

[22] 
[CITE@ja-JP[多摩ニュータウン遺跡 昭和58年度 /第6分冊]], [[東京都埋蔵文化財センター]], [TIME[1984.3][1984]], [TIME[2026-01-20T01:30:11.000Z]], [TIME[2026-02-06T14:42:18.509Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/12255776/1/93> (要登録)

* 永享の延長年号



[8] 
[[埼玉県]]の[[鳩山村]]の[[妙光寺]]に永享18年銘、享徳8年銘の[[板碑]]があります。
[SRC[>>289]]

[REFS[

- [286] [CITE[[[日本の石仏]] 4号]],
[TIME[1977-12]]
-- [287] 
[CSECTION[小特集 中世板碑]]
--- [289] 
[CITE[[[[V[中世私年号と板碑[WEAK(smaller)[―私年号伝播者および足利成氏との関係を中心に―]]]]]]]],
[[[V[浅沼徳久]]]],
pp.[L[17]]-[L[23]]


]REFS]



* 永章

[4] 
[TIME[昭和35(1960)年][1960]]に[[日本国]][[埼玉県]][[川口市]]の[[鈴木茂]]が発表した
[CITE[川口板碑年表]]
([CITE[埼玉史談]] 第七巻第一号所収)
に、
「永章」
[[私年号]]の[[板碑]]が掲載されました。
後に[[中英夫]]が[[電話]]で[[鈴木茂]]に確認したところ、
[[永章]]に間違いないと証言がありました。
[SRC[>>3]]

[118] 
[TIME[昭和41(1966)年][1966]]に[[日本国]][[埼玉県]][[浦和市]]の歴史研究者[[中英夫]]はこれを引いて [SRC[>>3]]
「筆者手持ち資料」に基づく[[私年号]][[板碑]]の一覧表に

- [132] (10) [[永章]]□年十月三日 ([V[元年は一五〇四]]) 川口市神根 源長寺 未調査

を掲載しました [SRC[>>117]]。
この時点で[[中英夫]]は未見でした [SRC[>>3]]。

[15] 
説明なく [TIME[1504]] とありますが、これは[TIME[永正元年][1504]]にあたります。
[[音通]]の異表記と考えてのことでしょうか。


[6] 
[TIME[昭和42(1967)年][1967]]に[[考古学者]]の[[小沢国平]]が出版した
[CITE[板碑入門]]
は、[[板碑]]研究分野ではよく読まれた書籍ですが、
>>3 を引いて[[板碑]]の[[私年号]]の1つとして紹介していました。
[SRC[>>1]]

[5] 
[TIME[1969-09-25]]、
[[中英夫]]は[[日本国]][[埼玉県]][[川口市]]の[[源長寺]]を訪れ当該[[板碑]]を実見しました。
しかし[[中英夫]]には
「永章」
とは読めず、
「永享二年」か「永享六年」のように見えました。
[TIME[昭和46(1971)年][1971]]にこれを発表しました。
[SRC[>>3]]


[8] 
[TIME[昭和53(1978)年][1978]]には[[拓本]]と[[翻刻]]などが掲載されています。
「永享二年」と読まれていて、特に注釈はありません。
[SRC[>>7 [L[336]]]]

[9] 
[[拓影]]でみても[[文字]]の判読は厳しいところがありますが、
確かに「永享二年」と読めないことはありません。
「永章」と読んでしまった気持ちもわかります。

[12] 
現在、
[[源長寺]]の公式サイトほかいくつかのウェブサイトに[[源長寺]]の[[板碑]]群の全体写真があります
[SRC[>>10, >>11]]
が、個別の写真は見当たりません。
どれが当該[[板碑]]なのかもよくわかりません。

[REFS[

- [116] [CITE[埼玉史談]] 13(2), [TIME[昭和41(1966)年7月][1966-07]]
-- [117] [CITE[[[[V[県内における私年号板碑]]]]]],
[[[V[中英夫]]]],
pp.[V[二四]]-[V[二六]]
- [2] [CITE[埼玉史談]] 17(4), [TIME[昭和46(1971)年1月][1971-01]]
-- [3] [DFN[[CITE[[V[「永章」の私年号板碑について]]]]]],
[[[V[中英夫]]]],
p.[V[四三]]
--- [16] 関連: [[享正]], [[元真]]
-
[1] [CITE@ja-JP[板碑入門]], [[小沢国平]], [TIME[1967]], [TIME[2024-01-04T08:37:58.000Z]], [TIME[2024-01-04T09:01:51.935Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/2980023/1/78> (要登録)
- 
[7] 
[CITE@ja-JP[[[川口市史]] 古代・中世資料編]], [[川口市]], [TIME[1978.12][1978]], [TIME[2024-01-04T10:11:04.000Z]], [TIME[2024-01-04T13:45:14.553Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/9641575/1/289> (要登録)
-
[10] 
[CITE@ja[境内案内 | 浄土宗 周光山 勝林院 [[源長寺]]]], [TIME[2024-01-04T13:48:02.000Z]] <https://genchouji.org/aboutus/keidaitouring/>
- 
[11] 
[CITE[江戸史蹟散歩 赤山陣屋敷址/[[源長寺]]]], [[who]], [TIME[2023-11-03T15:43:26.000Z]], [TIME[2024-01-04T13:48:23.675Z]] <http://hotyu.starfree.jp/edo/akayama/akayama.html#%E6%BA%90%E9%95%B7%E5%AF%BA>



]REFS]


[13] 
結局、「永章」は[[昭和時代]]に[[私年号]]として報告されたものの、
「永享」の誤読に過ぎなかったと結論付けられたようです。

[14] 
[[私年号]]の一覧表に取り込まれたこともあったものの、
辞典類のような有名な[[元号一覧]]には収録されることなく、
忘れられて[[令和時代]]に至りました。



* 永亨

[18] 
[CITE@ja-JP[南朝遺史 追加之2 自天王碑]], [[林嘉三郎]], [TIME[明27.3][1894]], [TIME[2024-02-01T05:12:54.000Z]], [TIME[2024-02-11T12:23:48.890Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/772453/1/83>
左上

「[V[永亨二年]]」 (楷書)

* 永亭

[19] [CITE@ja-JP[賀名生村史]], [[賀名生村史編集委員会]], [TIME[1959]], [TIME[2024-02-01T05:12:54.000Z]], [TIME[2024-02-12T15:11:59.713Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/2995327/1/81> (要登録)

[20] >>19 引用だけでなく本文でも永亭。編集時の誤植かも。

* 1年ずれ永享

[21] [CITE@ja-JP[賀名生村史]], [[賀名生村史編集委員会]], [TIME[1959]], [TIME[2024-02-01T05:12:54.000Z]], [TIME[2024-02-12T15:18:27.779Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/2995327/1/176> (要登録)

* メモ