* 元号名

** 正賀

[112] 
[DFN[正賀]]の用例が全国にいくつか知られています。[[正嘉]]に比定されています。


*** 元号名


[74] 
[[読み][言語名の読み方]]は
「しょうが」
([[歴史的仮名遣]]: 「しやうが」 [SRC[>>71]])
とされます。

*** 用例

**** 信濃国

[ITEMS[ [[日時事例]]

- [26] 
[DATA(.label)[[DATA(.addr)[[[日本国]][[長野県]][[北佐久郡]][[本牧田村]]]] [[月輪寺]] [[墓碑]] [[五輪塔]]]]
-- [28] >>25 : [[同音異字年号]] [L[6]]
-- [66] [[日本国]][[長野県]][[北佐久郡]][[望月町][[印内]] [[月輪寺]]跡 [SRC[>>65]]
-- [122] >>100 : 白黒写真 (中解像度)
-- [67] 
[DATA(.label)[地輪]]
「[DATA(.text)[[V[正賀二年[LINES(normal)[戊][午]][BR[]]三月廿九日[LINES(normal)[酉][剋]]]]]]」 ([[明朝体]])
[SRC[>>65]]
--- [105] 
「[DATA(.text)[[V[正賀二年[LINES(normal)[戊][午]][BR[]] 三月廿九日[LINES(normal)[酉][尅]]]]]]」 ([[明朝体]])
[SRC[>>100]]
--- [69] 
「[DATA(.text)[[V[正賀二年[SUP(smaller)[戊]][SUB(smaller)[午]][BR[]]三月九日[SUP(smaller)[酉]][SUB(smaller)[刻]]]]]]」 ([[明朝体]])
[SRC[>>68]]
--- [27] 
「[DATA(.text)[[V[正賀二年戌三月二十九日]]]]」
[SRC[>>25 ([CITE[[[北佐久郡志]] 第四編]])]]
--- [29] 
「[V[[DATA(.text)[正嘉二年三月二十九日]]卒]]」
[SRC[>>25 ([CITE[[[北佐久郡志]] [CSECTION[歴史編]] 二]])]]
--- [89] 
「[DATA(.text)[[V[正賀二年 [WEAK(smaller)[戊午]] 三月二十九日]]]]」 ([[明朝体]])
[SRC[>>88]]
--- [96] 
「[DATA(.text)[[V[正賀二年[LINES(smaller)[戊][午]][BR[]]  三月廿九日]]]]」 [SRC[>>95]]
--- [111] 
「[DATA(.text)[[V[正賀二年[LINES(smaller)[戊][午]]三月廿九日]]]]」 [SRC[>>109]]
--- [99] 
「[DATA(.text)[[V[正賀二年戍午三月二十九日]]]]」 ([[明朝体]])
[SRC[>>98]]
- [90] 
[DATA(.label)[[DATA(.addr)[[[日本国]][[北佐久郡]][[望月町]][[印内]]]] [[月輪寺]]跡 [[布引観音]] [[棟札]]]]
-- [91] 
「[DATA(.text)[[V[正嘉二年三月二十九日]]]]」 ([[明朝体]])
[SRC[>>88]]

]ITEMS]

[106] 
[CH[酉]]は[[異体字]]の[CH[[ASIS[𬻕][swc793]]]]です。
[SRC[>>100]]

[119] 
死去当時のものでなく、後世に作られたと考えられています (>>36)。

[REFS[

- [98] 
[CITE@ja-JP[北佐久郡志]], [[北佐久郡]], [TIME[1915]], [TIME[2026-08-18T01:13:52.000Z]], [TIME[2026-08-27T12:26:08.816Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/1877657/1/573?keyword=%E6%AD%A3%E8%B3%80>
- [88] 
[CITE@ja-JP[望月氏の歴史と誇り]], [[金井重道, 望月政治 共編著]], [TIME[1969]], [TIME[2026-08-18T01:13:52.000Z]], [TIME[2026-08-26T09:18:31.056Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/12216662/1/118?keyword=%E6%AD%A3%E8%B3%80> (要登録)
- [65] 
[CITE@ja-JP[歴史考古学 (22)]], [[歴史考古学研究会]], [TIME[1988-10]], [TIME[2026-08-18T01:13:52.000Z]], [TIME[2026-08-26T07:42:24.404Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/7951470/1/24?keyword=%E6%AD%A3%E8%B3%80> (要登録)


]REFS]

**** 紀伊国

[ITEMS[ [[日時事例]]

- [45] [DATA(.label)[[CITE[阿弖河荘荘官注進状]]]]
-- [57] >>56 : [V[一四〇六]]
-- [46] >>44 : [V[一二七]]
-- [47] 
[DATA(.label)[別紙]]
「[V[阿弖河庄官注進状[SUB(smaller inline)[本下司間事]]  正賀]]」 ([[明朝体]])
[SRC[>>44, >>56, >>58]]
--- [61] 「[V[阿弖河庄官注進状[SUP(smaller inline)[本下司間事  正賀]]]]」 ([[明朝体]])
[SRC[>>60]]
-- [48] 
[DATA(.label)[奥書]]
「[DATA(.text)[[V[正賀元年八月十七日]]]]」 ([[明朝体]])
[SRC[>>44, >>56, >>58, >>60]]
- [49] [DATA(.label)[[CITE[阿弖河荘年貢未進注文]]]]
-- [50] >>44 : [V[一二八]]
-- [51] 
「[DATA(.text)[[V[正嘉元年八月廿五日]]]]」 ([[明朝体]])
[SRC[>>44]]

]ITEMS]


[113] 
[[令和時代]]に至るまで、[[私年号研究]]の文脈で紹介された事例は知られていません。



**** 鹿児島県下

[ITEMS[ [[日時事例]]

- [63] 
[DATA(.label)[[DATA(.addr)[[[日本国]][[鹿児島県]][[国分市]]]] [[愛宕堂]] [CITE[九州二島盲僧等惣検校事]]]]
-- [64] 
「[DATA(.text)[[V[正賀二年八月一日]]]]」 ([[明朝体]])
[SRC[>>62]]
- [72] 
[DATA(.label)[[CITE[薩摩琵琶淵源録]] 所引 系図]]
-- [75] 
[DATA(.label)[[[實山檢校]]]]
「[DATA(.text)[[V[正賀二年八月一日]]]]」 ([[明朝体]])
[SRC[>>71]]
- [73] 
[DATA(.label)[[CITE[薩摩琵琶淵源録]] 所引 [[義重和尚]]証文]]
-- [76] 
「[DATA(.text)[[V[正賀二季八月一日]]]]」 ([[明朝体]])
[SRC[>>71, >>92]]
- [80] 
[DATA(.label)[[CITE[常楽院系図]]]]
-- [81] 
[DATA(.label)[[[宝山検校]]]]
「[DATA(.text)[[V[正賀二年八月一日]]]]」 ([[明朝体]])
[SRC[>>79 ([CITE[勝目村郷土史]])]]
-- [82] 
「[DATA(.text)[[V[正賀二季八月一日]]]]」 ([[明朝体]])
[SRC[>>79 ([CITE[勝目村郷土史]])]]
-- [85] 
「[V[[SNIP[]]正賀年[BR[]]中之證書有之[SNIP[]]]]」 ([[明朝体]])
[SRC[>>79 ([CITE[勝目村郷土史]])]]

]ITEMS]

[77] 
>>63 と >>72 >>73 は異なるもののようですが、内容が類似しており同系統と考えられます。

[83] 
>>72 >>73 と >>80 は同じものかもしれません。


[114] 
[[令和時代]]に至るまで、[[私年号研究]]の文脈で紹介された事例は知られていません。


[REFS[

- [62] 
[CITE@ja-JP[國分諸古記 下巻]], [[国分市史談会]], [TIME[1957.9][1957]], [TIME[2026-08-18T01:13:52.000Z]], [TIME[2026-08-26T07:37:24.072Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/11618448/1/29?keyword=%E6%AD%A3%E8%B3%80> (要登録)
- [79] 
[CITE@ja-JP[鹿児島民俗 (110)]], [[「鹿児島民俗」編集委員会]], [TIME[1996-10]], [TIME[2026-08-18T01:13:52.000Z]], [TIME[2026-08-26T09:07:08.048Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/6024854/1/35?keyword=%E6%AD%A3%E8%B3%80> (要登録)


]REFS]


*** 諸説

[115] 
いくつかの用例があり、それぞれで若干の議論がされているものの、
全体を俯瞰した議論は見当たりません。

[116] 
いずれも[[公年号]]への比定を行っているものは、[[正嘉]]の異表記とすることで一致しています。
それ以外の説は見当たりません。

[117] 
[[正嘉]]説は、
同音であることや[[干支年]]の一致を根拠としています。

[120] 
[CH[賀]]を[CH[嘉]]と表記することについては、
誤記説 (>>103)
もありますが、
他にも類似例が多数あり、当時の表記慣習でどう認識されていたかは検討の余地があるでしょう。
[SEE[ [[嘉と賀]] ]]

[121] 
筆者の意志を積極的に評価する説 (>>23)
もありますが、物証はなく、慎重になるべきと思われます。

[118] 
>>73 については[[偽文書]]と考えられています。
[[偽文書元号]]の可能性も考えられ、 >>93 
はそう解釈したものでしょうが、一方で[[正嘉]]説も考えられます。
[[偽文書]]だからといって時代背景まで偽造とは限らず、
作者の[[歴史認識]]と当時の表記慣習が反映されたに過ぎない場合もありますから、
よく検討する必要があるでしょう。



*** 研究史


[52] 
[TIME[明治39(1906)年][1906]],
[TIME[昭和9(1934)年][1934]],
[TIME[昭和51(1976)年][1976]],
[TIME[昭和57(1982)年][1982]]の史料集は、
>>45
を紹介して、
「[V[正[RUBY[賀][(嘉)]]]]」 ([[明朝体]])
と注釈しています。
[SRC[>>56, >>58, >>44, >>60]]

[55] 
>>45
を引いて同様に注釈した論文もあります。
[SRC[>>54, >>53]]

[REFS[

- [56] 
[CITE@ja-JP[大日本古文書 家わけ第1ノ6 (高野山文書之6)]], [[東京帝国大学文学部史料編纂所]], [TIME[1906]], [TIME[2026-08-18T01:13:52.000Z]], [TIME[2026-08-26T07:31:31.568Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/12986616/1/267?keyword=%E6%AD%A3%E8%B3%80> (要登録)
- [58] 
[CITE@ja-JP[日本林制史資料 第三十巻]], [[農林省]], [TIME[昭和5-9][1934]], [TIME[2026-08-18T01:13:52.000Z]], [TIME[2026-08-26T07:33:23.068Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/1243116/1/168?keyword=%E6%AD%A3%E8%B3%80%E5%85%83%E5%B9%B4>
-- [59] 
[CITE@ja-JP[日本林制史資料 1]], [[農林省 編纂]], [TIME[1971]], [TIME[2026-08-18T01:13:52.000Z]], [TIME[2026-08-26T07:34:41.088Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/12010236/1/168?keyword=%E6%AD%A3%E8%B3%80> (要登録)
- [44] 
[CITE@ja-JP[紀伊国阿氐河荘史料 1]], [[仲村研]], [TIME[1976]], [TIME[2026-08-18T01:13:52.000Z]], [TIME[2026-08-26T07:24:00.409Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/12227039/1/85?keyword=%E6%AD%A3%E8%B3%80> (要登録)
- [60] 
[CITE@ja-JP[清水町誌 史料編]], [[清水町]], [TIME[1982.9][1982]], [TIME[2026-08-18T01:13:52.000Z]], [TIME[2026-08-26T07:35:04.661Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/9575103/1/53?keyword=%E6%AD%A3%E8%B3%80> (要登録)
- [54] 
[CITE@ja-JP[荘園制支配の諸段階と文書の機能 : 高野山文書を素材に]], [[金泰虎]], [TIME[1996]], [TIME[2026-08-18T01:13:52.000Z]], [TIME[2026-08-26T07:30:28.542Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/3117029/1/49?keyword=%E6%AD%A3%E8%B3%80> (要登録)
-- [53] 
[CITE@ja-JP[ヒストリア : journal of Osaka Historical Association (155);1997・6]], [[大阪歴史学会]], [TIME[1997-06]], [TIME[2026-08-18T01:13:52.000Z]], [TIME[2026-08-26T07:30:10.717Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/12533476/1/47?keyword=%E6%AD%A3%E8%B3%80>


]REFS]

-*-*-

[78] 
[TIME[明治45(1912)年][1912]]の書籍は、 >>72 >>73 を紹介し、
[RUBY[正][しやう]][RUBY[賀][が]]年間の文書が云々、とそのまま利用しています。
[SRC[>>71]]

[93] 
[TIME[昭和9(1934)年][1934]]の書籍は、
>>73
を紹介して、まったくの[[偽文書]]だと論じて、
[[室町時代]]以後の用語が使われることを指摘しています。その上で、

>
[VRL[
[SNIP[]]それに[RUBY[正][・]][RUBY[賀][・]]二年とは僞年號で無けれ[BR[]]
ば私年號であつて、餘程の無學でなければ書かぬ所である。[SNIP[]]
]VRL]

... なることも、その杜撰な[[偽文書]]であることの根拠の1つに挙げています。
[SRC[>>92]]

[94] 
すなわち、[[正賀]]は[[偽年号]]ないし[[私年号]]であって、
無学の者が使うものだと認識しているようです。
正式な[[公年号]]の知識もないものが見様見真似で適当な[[元号]]を捏造した、
というような解釈でしょうか。
[SEE[ [[私年号研究史]] ]]

[REFS[

- [71] 
[CITE@ja-JP[薩摩琵琶淵源録]], [[上田景二]], [TIME[明45.8][1912]], [TIME[2026-08-18T01:13:52.000Z]], [TIME[2026-08-26T08:53:55.550Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/857896/1/42?keyword=%E6%AD%A3%E8%B3%80>
- [92] 
[CITE@ja-JP[日本盲人史]], [[中山太郎]], [TIME[昭和9][1934]], [TIME[2026-08-18T01:13:52.000Z]], [TIME[2026-08-27T11:50:59.640Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/1259438/1/82?keyword=%E6%AD%A3%E8%B3%80> (要登録)


]REFS]

-*-*-

[97] 
[TIME[昭和11(1936)年][1936]]の地誌は、
>>26
を紹介しています。
「[V[[SNIP[]]正賀に[SNIP[]]]]」 ([[明朝体]])
とそのまま[[時代]]の記述にも使っています。
[SRC[>>95]]

[110] 
[TIME[昭和14(1939)年][1939]]の地域史は、
>>26
を紹介し、
「[V[[RUBY[正賀][(マヽ)]]]]」 ([[明朝体]])
と注釈しています。
[SRC[>>109]]

[REFS[

- [95] 
[CITE@ja-JP[長野県町村誌 第2巻]], [[長野県 編纂]], [TIME[昭11][1936]], [TIME[2026-08-18T01:13:52.000Z]], [TIME[2026-08-27T12:20:00.777Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/1246422/1/1074?keyword=%E6%AD%A3%E8%B3%80>
-- [108] 
[CITE@ja-JP[長野県町村誌 東信篇]], [[長野県]], [TIME[1973]], [TIME[2026-08-18T01:13:52.000Z]], [TIME[2026-08-27T13:26:37.891Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/9569164/1/538?keyword=%E6%AD%A3%E8%B3%80> (要登録)
-- [107] 
[CITE@ja-JP[長野県町村誌 第2巻]], [[長野県 編纂]], [TIME[1985]], [TIME[2026-08-18T01:13:52.000Z]], [TIME[2026-08-27T13:25:13.503Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/9539945/1/539?keyword=%E6%AD%A3%E8%B3%80%E4%BA%8C%E5%B9%B4> (要登録)
- [109] 
[CITE@ja-JP[建武中興を中心としたる信濃勤王史攷]], [[信濃教育会]], [TIME[昭14][1939]], [TIME[2026-08-18T01:13:52.000Z]], [TIME[2026-08-27T13:27:36.365Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/1685137/1/673?keyword=%E6%AD%A3%E8%B3%80> (要登録)

]REFS]

-*-*-

[70] 
[TIME[昭和40(1965)年][1965]]の論文は、
>>26
を紹介して、何の注釈もなく、
「[V[正嘉[ASIS[三]]年[LINES(smaller)[一二][五八]]」 ([[明朝体]])
「[V[正嘉二年]]」 ([[明朝体]])
と説明しています。
[SRC[>>68]]


[REFS[

- [68] 
[CITE@ja-JP[信濃 '''['''第3次''']''' 17(10)(190)]], [[信濃史学会]], [TIME[1965-10]], [TIME[2026-08-18T01:13:52.000Z]], [TIME[2026-08-26T07:46:01.939Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/6069672/1/10?keyword=%E6%AD%A3%E8%B3%80> (要登録)


]REFS]



-*-*-



[30] 
昭和42年の
[CITE[日本私年号の研究]]
は、
[[異年号]]のうち[[私年号]]でない分類の1つである[[同音異字年号]]として
>>26
を挙げ、
次のように述べています。
[SRC[>>25]]

- [31] [CITE[北佐久郡志]]は >>29 としている
-- [32] 内容的にその説くところに矛盾なし
-- [33] 従って[[正嘉]]とみて差し支えあるまい
- [34] [CITE[香取文書]]に[[嘉慶]]を[[賀慶]]としている場合あり
-- [35] 他にも[CH[嘉]]を[CH[賀]]とした例があることは傍証
- [36] ただし、墓碑に俗名と年齢まで記している
-- [37] 該時代のものとみるには疑問あり
-- [38] 後世の造立と考える
- [23] [CH[嘉]]を[CH[賀]]としたのは、むしろ[CH[賀]]こそ庶民のとって実感をもって受容しやすい文字だからにほかならない


[REFS[

- [24] [CITE[日本私年号の研究]]
-- [25] p.[V[一七〇]], p.[V[一七四]]

]REFS]

-*-*-

[101] 
[TIME[平成6(1994)年][1994]]の地域史は、
>>26
を紹介して、
次のように述べています。
[SRC[>>100]]

- [102] [[干支年]]から、正嘉二年戊午のこと
- [103] [[年号]]を記すのに[[音]]先行で[CH[嘉]]を[CH[賀]]と誤った例は多くはないが、
- [104] 当時の世の中の一面を語ってくれる


[87] 
[TIME[平成17(2005)年][2005]]の論文は、
>>26
を紹介して、
「[V[正賀 (原文) 二年]]」 ([[明朝体]])
と注釈し、
「[V[望月町誌に依れば正賀二年[SNIP[]]]]」 ([[明朝体]])
とそのまま利用しています。
[SRC[>>86]]

[REFS[

- [100] 
[CITE@ja-JP[望月町誌 第3巻 (歴史編 1 原始・古代・中世編)]], [[望月町誌編纂委員会]], [TIME[1994.12][1994]], [TIME[2026-08-18T01:13:52.000Z]], [TIME[2026-08-27T12:42:27.658Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/13269193/1/219?keyword=%E6%AD%A3%E8%B3%80> (要登録)
- [86] 
[CITE@ja-JP[信濃 '''['''第3次''']''' 57(5)(664);2005・5]], [[信濃史学会]], [TIME[2005-05]], [TIME[2026-08-18T01:13:52.000Z]], [TIME[2026-08-26T09:14:37.868Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/11199549/1/26?keyword=%E6%AD%A3%E8%B3%80> (要登録)


]REFS]



*** 関連

[SEE[ [[[CH[嘉]]と[CH[賀]]]] ]]

** 正喜

[22] [[正嘉]]が[DFN[正喜]]と表記された例がいくらか見られます。


[39] 
[CITE[紀元編]]は、
[CITE[紀元類聚考]]
にある[[正嘉]]を、
誤って[[正喜]]と引いています。
[SRC[>>42]]

[40] 
昭和42年の[CITE[日本私年号の研究]]は、
[[私年号]]でなく[[私年号的諸資料]]の本文中 (単独立項なし)
で、
>>39
を紹介しています。
[SRC[>>42]]
昭和39年の論文でも立項しないのは同じです。 [SRC[>>43]]

[REFS[

- [43] [CITE[我が国の私年号に関する研究 (一) ―平安時代より南北朝まで―]]
- [41] [CITE[日本私年号の研究]]
-- [42] p.[V[四九四]]

]REFS]



*** 椿井文書の用例

[8] [[偽書]]である[[椿井文書]]に用例があります。

- [7] [CITE[大日本仏教全書: 寺誌叢書第3. 第119冊 - Google ブックス]], [TIME[2022-12-28T07:48:28.000Z]] <https://books.google.co.jp/books?id=BeYfHQjsFBEC&pg=PA435&dq=%22%E6%AD%A3%E5%96%9C%22>

[19] >>8 は[CITE[興福寺官務牒疏]]の[[翻刻]]で、正喜2年2月の日付があります。

[18] >>7 は[CH[正]]の[[右ルビ]]に「[V[(〓)]]」と注釈がありますが、
>>7 の画像では潰れて読めません。

- [2] [CITE@ja-JP[重要文化財十六所神社社殿修理工事報告書]], [[奈良県教育委員会事務局文化財保存課]], [TIME[1953]], [TIME[2026-04-28T01:12:07.000Z]], [TIME[2026-05-02T06:13:25.712Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/2426822/1/14?keyword=%E6%AD%A3%E5%96%9C> (要登録)

[20] >>2 は史料として
[CITE[興福寺官務牒疏]]
から「正喜二年」を引いていますが、
[CH[喜]]の右横に「[V[嘉カ]]」と注釈があります。

[3] [CITE[興福寺官務牒疏]]は[[偽書]]ですが、ここでは気づかず使われています。

[ITEMS[ [[日時事例]]

- [84] [DATA(.label)[[DATA(.addr)[[[日本国]][[大阪府]][[守口市]]]][[松井淳]]所蔵 ([[枚方市]]史資料室蔵写真) [CITE[[V[三之宮神社棟札・拝殿着座之次第写]]]]]],
[DATA(.published)[慶安2年8月2日]]
-- [21] 
「[V[[LINES[[SNIP[]]][[DATA(.text)[[RUBY[正喜弐午][(正嘉[ASIS[、][アキなし]]以下同)]]年]]加之、[RUBY[嘉禄弐壬][(嘉吉[ASIS[、][アキなし]]以下同)]]戌年也、][従正喜当寛永十一甲戌年、[RUBY[既][ステ]][RUBY(rt-top)[得][ニ]]三百七十七年余、][[SNIP[]]]]]]」
[SRC[>>546 p.26 (注釈は >>546 のもの)]]

]ITEMS]

[1] >>21 は本文中の年数計算から、[[元号名]]は誤記とわかります。
本文中[[元号名]]が繰り返されるが一貫して誤っています。



[REFS[
- [544] [CITE[[[由緒・偽文書と地域社会⸺北河内を中心に⸺]]]]
-- [546] [CITE[津田山の山論と三之宮神社文書]], pp.17-54
]REFS]

*** 近現代の用例


[9] [CITE[日本名勝地誌: 東海道之部下. 第3編 - Google ブックス]], [TIME[2022-12-28T07:49:47.000Z]] <https://books.google.co.jp/books?id=wOrz1uG8vPUC&pg=PP307&dq=%22%E6%AD%A3%E5%96%9C%22>

妙源寺 「[V[[RUBY[正喜][しやうき]]二年]]」創立

[11] [CITE@ja[妙源寺 (岡崎市) - [[Wikipedia]]]], [TIME[2022-12-14T07:54:09.000Z]], [TIME[2022-12-28T07:54:15.266Z]] <https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A6%99%E6%BA%90%E5%AF%BA_(%E5%B2%A1%E5%B4%8E%E5%B8%82)>

>正嘉2年(1258年)に寺を建て、これを明眼寺(みょうげんじ)と名付けたと伝えられる。

[12] [CITE[續々群書類從 - Google ブックス]], [TIME[2022-12-28T07:58:07.000Z]] <https://books.google.co.jp/books?id=suDTAAAAMAAJ&pg=PP183&dq=%22%E6%AD%A3%E5%96%9C%E5%85%83%E5%B9%B4%22>

宝物目録 壬生寺 正喜元年銘の鰐口

[13] [CITE@ja-JP[史料通信叢誌 第9編]], [[近藤瓶城]], [TIME[明26-30][1897]], [TIME[2022-12-27T12:44:39.000Z]], [TIME[2022-12-28T07:58:54.948Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/769766/1/30>

壬生寺 正嘉元年 鰐口

(同じものかはわからないが)

[14] [CITE[明治節用大全: 傳家寶典 - Google ブックス]], [TIME[2022-12-28T07:59:53.000Z]] <https://books.google.co.jp/books?id=WYAuAAAAYAAJ&pg=PP1263&dq=%22%E6%AD%A3%E5%96%9C%E5%85%83%E5%B9%B4%22>

後深草天皇の正喜元年

(正しくは正嘉)

-*-*-

[10] [CITE[鳴門中將物語 - Google ブックス]], [TIME[2022-12-28T07:51:22.000Z]] <https://books.google.co.jp/books?id=5rWcrxLlTuAC&pg=PP21&dq=%22%E6%AD%A3%E5%96%9C%22>

手書き [CITE[公卿家伝]]からの引用 正喜2年11月11日

[4] [CITE[遠江国風土記伝 - 内山真竜 - Google ブックス]], [TIME[2022-12-28T07:44:00.000Z]] <https://books.google.co.jp/books?id=XiWlHoM7MtwC&pg=PP544&dq=%22%E6%AD%A3%E5%96%9C%22>

正喜二年

原本ママか誤植か不明

[5] [CITE[近世文藝叢書 - Google ブックス]], [TIME[2022-12-28T07:45:16.000Z]] <https://books.google.co.jp/books?id=HN_Ya2d84GwC&pg=PP235&dq=%22%E6%AD%A3%E5%96%9C%22>

正喜2年3月23日

原本ママか誤植か不明

[6] [CITE[夫木和歌抄 - Google ブックス]], [TIME[2022-12-28T07:46:21.000Z]] <https://books.google.co.jp/books?id=tZvSeXziTQEC&pg=PP38&dq=%22%E6%AD%A3%E5%96%9C%22>


正喜二年

原本ママか誤植か不明

-*-*-

[15] 
この他近現代に用例がままあり、正嘉の誤りと思われる。

[16] 
[[近世]]以前にも多くある誤りだったか確証はないが、
近代の翻刻が全部が全部誤植とも考えにくいので、
それなりの数の「正喜」があったと考えたい。

*** 関連


[17] 
[[延喜]]の誤記の事例 [SEE[ [[年代記類]] ]]



* メモ