[1] [CITE@ja-JP[日本国教原義]], [[水谷清]], [TIME[大正15][1926]], [TIME[2023-03-28T13:58:31.000Z]], [TIME[2023-04-20T13:58:38.857Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/971174/1/115>

[3] 
>>1 /117 の表による[[小循律]]は皇紀前33(-692)年から慶応3(1867)年まで。


[5] >>1 /118 には[CITE[日本書紀]]の1792470年を計算すると辻褄が合わないので研究が要る、
と書かれている。


[2] [CITE@ja[暦 - Uyopedia]], [TIME[2020-07-31T14:48:20.000Z]], [TIME[2023-04-20T14:01:06.006Z]] <http://uyopedia.a.freewiki.in/index.php/%E6%9A%A6%E5%88%B6#.E5.8E.9F.E7.90.86.EF.BC.9A.E6.98.9F.E8.AA.AD.E3.81.BF>

>水谷清は、2560年を「小循律」とし、それぞれ時代の様相について、登旭時代とか黎明時代などの説明的な名称のついた小循律を16経た4万960年を「中循律」とした。大循律65万5360年、大々循律1048万5760年、起点はBC3万9129年で、最近の小循律の元年は1832年(天保三年)である。 

[4] >>2 と >>3 は少し違う。別の本に書かれている?