[1] 
[[大東亜戦争]]の頃、[[大政翼賛会]]では[[暦法改良案]]の調査研究が行われていました。

* 公式資料


- [275] [CITE[[[暦法調査資料]]]]
-- [274] [CITE@ja-JP[こよみの研究]], [[大政翼賛会興亜局]], [TIME[1942.9-1943.4][1942]], [TIME[2023-03-28T13:58:31.000Z]], [TIME[2023-04-15T05:56:12.579Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/1905899/1/43> (要登録)
--
[270] [CITE@ja-JP[[[暦法調査資料]] 第10輯 大東亞の氣候と暦]], [[大政翼賛会興亜局]], [TIME[昭和18][1943]], [TIME[2023-03-28T13:58:31.000Z]], [TIME[2023-04-15T03:45:47.614Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/1141633/1/15> (要登録)
--
[271] [CITE@ja-JP[日本に於ける古來の改暦事情]], [[大政翼贊會興亞局]], [TIME['''['''1942''']'''][1942]], [TIME[2023-03-28T13:58:31.000Z]], [TIME[2023-04-15T03:50:31.856Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/1900148/1/10> (要登録)
--
[272] [CITE@ja-JP[歐米に於ける改暦運動並に改正案概觀]], [[大政翼贊會興亞局]], [TIME['''['''1942''']'''][1942]], [TIME[2023-03-28T13:58:31.000Z]], [TIME[2023-04-15T03:51:07.563Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/1900149/1/3> (要登録)

[313] [CITE@ja-JP[暦の本質とその改良]], [[能田忠亮]], [TIME[昭和18][1943]], [TIME[2023-04-25T10:11:41.000Z]], [TIME[2023-04-29T12:43:56.206Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/1063830/1/140> (要登録)

[314] 
>>313 大東亜暦だけでなく明治時代の改良暦提案達も紹介されている。


* 紀年法

[292] 
[DFN[大東亜紀元]]元年、八紘一宇元年のような[[紀年法]]が提案されていたとのこと [SRC[>>273]]。
(ウェブ公開分からは確認できない。)

-*-*-

[283] 
序文「大東亞二年夏」

- [284] [CITE@ja-JP[軍医と軍陣外科]], [[中村愛助]], [TIME[昭和19][1944]], [TIME[2023-03-28T13:58:31.000Z]], [TIME[2023-04-15T06:17:24.898Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/1045689/1/11> (要登録)


-*-*-

[278] 
[[スローガン的元号]]のようにも見える「大東亞紀元元年」、
皇紀2601年。

- [277] 
[CITE@ja-JP[朝鮮と建築 21(1)]], [[朝鮮建築会]], [TIME[1942-01]], [TIME[2023-03-28T13:58:31.000Z]], [TIME[2023-04-15T06:09:27.687Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/2235697/1/24> (要登録)
- [276] [CITE@ja-JP[日本刀及日本趣味 7(3)]], [[中外新論社]], [TIME[1942-03]], [TIME[2023-03-28T13:58:31.000Z]], [TIME[2023-04-15T06:08:50.182Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/1530887/1/9> (要登録)

[280] 
これも[[スローガン的元号]]のような「大東亞紀元元年」ながら、
「大東亞元年」「大東亞二年」とも。
皇紀2601年。

- [279] [CITE@ja-JP[日満支石炭時報 (22)(191)]], [[日満支石炭連盟]], [TIME[1942-02]], [TIME[2023-03-28T13:58:31.000Z]], [TIME[2023-04-15T06:10:47.225Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/1550527/1/9> (要登録)

[282] 「大東亞戰爭第二年」

-
[281] [CITE@ja-JP[六大新報 (1954)]], [[六大新報社]], [TIME[1942-01]], [TIME[2023-03-28T13:58:31.000Z]], [TIME[2023-04-15T06:16:28.476Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/7942594/1/29> (要登録)

[285] 「大東亞戰爭二年」

- [286] [CITE@ja-JP[刑政 56(1)]], [[矯正協会]], [TIME[1943-01]], [TIME[2023-03-28T13:58:31.000Z]], [TIME[2023-04-15T06:20:25.349Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/2671340/1/29> (要登録)
- [287] [CITE@ja-JP[外交評論 = Diplomatic review 23(1);1月號]], [[国際連合研究会]], [TIME[1943-01-01]], [TIME[2023-03-28T13:58:31.000Z]], [TIME[2023-04-15T06:21:32.358Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/10984341/1/7> (要登録)
- [288] [CITE@ja-JP[聖戦と戦死と往生の問題]], [[野依秀市]], [TIME[昭和18][1943]], [TIME[2023-03-28T13:58:31.000Z]], [TIME[2023-04-15T06:22:23.045Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/1099358/1/8> (要登録)

;; [289] この型は用例が多いが[[年の表示]]といえるか微妙なラインのものばかり。
「大東亞戰爭二年目」の用例はもっと多いが、そうなるともう[[年の表示]]とはいえまい。




* 関連

[SEE[ [[日本の暦法改良案]] ]]

[SEE[ [[聖戦]] ]]

[SEE[ [[征露]] ]]

* メモ


[290] [[春分]]年始

[291] [[旬]]



[273] [CITE@ja[昭和戦中期の暦 ――暦と大麻の頒布強制と頒暦数の急伸]], [[下村 育世]], [TIME[2019-06-30]], [TIME[2019-08-22]], [TIME[2023-04-15T05:33:54.000Z]] <https://tcue.repo.nii.ac.jp/index.php?active_action=repository_view_main_item_detail&page_id=13&block_id=21&item_id=1046&item_no=1>
#page=23



-*-*-

[309] [CITE@ja-JP[日本総力戦の研究 上巻]], [[寺田弥吉]], [TIME[昭和17][1942]], [TIME[2023-04-25T10:11:41.000Z]], [TIME[2023-04-29T12:32:58.270Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/1460246/1/248>

[310] >>309 暦学戦、暦法戦とかいうやべー字面w

[311] しかしこの時代の人々は日本以外でもこういうことを真面目に取り組んでいて、
世界各国で「戦争に勝つため」[[戦争時間]]が実施された。
[[中華民国]]重慶政府も[[標準時]]を変更して戦争に勝とう!とやっている。
[SEE[ [[中国大陸の標準時]] ]]

[351] 
現代人は笑うかもしれないが、[[日時制度]]は人の動きを制御し、
考え方を制約する。[[日露戦争]]では軍事作戦の[[時刻同期]]のため[[日時計]]を配るしかなかったが、
[[大東亜戦争]]では[[無線通信]]が当たり前に使われた。
[[日本軍]]はどこにいても[[中央標準時]]を使い、
[[米軍]]は地域ごとに[[米軍時間帯]]で区別していたが、
この違いは必然的に軍事作戦のあり方に影響してくる。
こうして考えると[[戦争]]に勝つため[[日時制度]]を研究するのはむしろ当然のことともいえる。

[352] 
実のところ[[日本]]は[[南方占領地]]の[[日時制度]]政策において行き当たりばったりで失敗しているとしか思われず
[SEE[ [[大東亜の標準時]] ]]、
「暦学戦」の準備が足りてないのではという気も。
[[アジア]]では ([[キリスト教]]色全開の植民地政府の[[日時制度]]とは裏腹に)
多種多様な伝統的な[[暦]]が使われていて、民族行事、宗教行事が行われていた。
なので人心掌握のための[[南方占領地]]民族文化研究はもっとしなければならなかったはずで、
全然足りていない。

[353] 
新しい[[大東亜]]用の[[暦]]や[[紀年法]]を作ったとして、
[[西暦]]・[[グレゴリオ暦]]のかわりにねじ込めるだろうくらいの目論見だったのかもしれないが、
[[キリスト教]]勢力が何十年、何百年もかけて強制的に刷り込んでいっても表面的にしか根付いていない[[西暦]]・[[グレゴリオ暦]]レベルまで到達できたのか、厳しい。



[312] [CITE@ja-JP[祭政 4(4)(30)]], [[祭政社]], [TIME[1942-04]], [TIME[2023-04-25T10:11:41.000Z]], [TIME[2023-04-29T12:37:38.770Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/1540152/1/7> (要登録)
