[1] [DFN[承応]]は、
[[日本の公年号]]の1つです。

* 承広

[2] 
[DFN[承広]]なる[[元号]]が使われることがあります。
[[承応]]と[[字形]]の類似から発生した[[異年号]]と考えられます。

[36] 
現在知られている用例は3系統6点あります。

- [38] [TIME[西暦1650年][1650]]が元年
-- 3年 西暦1652年 >>9 香川 昭和中-後?
- [39] [TIME[西暦1651年][1651]]が元年
-- 元年 西暦1651年 >>20 >>24 島根 平成中期・後期
- [37] [TIME[西暦1652年][1652]]が元年 (承応と一致)
-- 元年 西暦1652年 >>16 東京? 昭和中期
-- 元年 西暦1652年 >>28 栃木 平成中期以前
-- 3年 西暦1654年 >>32 徳島 平成中期 

[40] 
いずれも文脈から[[承応]]の誤りと考えて間違いないものです。
しかも[[昭和時代]]中期以降であり、
[CITE[[[当用漢字字体表]]]]以来の[[新字体]]の「応」と「広」
の[[字形]]の類似から生じた可能性が高いと思われます。
[WEAK[(それ以前の用例が発見されれば、[[新字体]]の標準化以前の[[略字]]や[[草書]]の影響も考えるべきでしょうが。)]]

[41] 
同系統と思われる >>20 >>24 以外は相互の影響が見られません。
[[西暦]]との比定にも3種類あり、たまたま独立に発生した誤りとも思われます。
ただ用例が[[中国四国地方]]に偏っているのは少し気になります。


-*-*-

[16] 
[TIME[昭和31(1956)年][1956]]の[[数学史]]の[[論文]]が、
「[L[承広元年 (1652 年) 田原嘉明の著わした“新刊算法[BR[]]起"という書物]]」
から[[引用]]していました。
[SRC[>>14]]

[18] 
[CITE[[V[新刋筭法起󠄃]]]]
には
「[V[𣴎應元年[BR[]][SUP(smaller)[辰]]極月𠮷日]]」 ([[草書]])
とありました。
[SRC[>>17]]


[REFS[
- [15] 
[CITE[[L[数学史の抜書帳(1)[BR[]]⸺インド式乗法について⸺]]]],
[[[L[片野善一郎]]]],
[TIME[昭和31年][1956]]
-- [13] 
[CITE@ja[数学史の抜書帳(1)]], [TIME[2022-03-14T10:08:15.000Z]] <https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjsmep/38/6/38_24/_article/-char/ja/>
--- [14] 
[CITE[38_24.pdf]], [TIME[2022-03-14T10:08:39.000Z]] <https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjsmep/38/6/38_24/_pdf#page=2>
-
[17] [CITE[sokenk104_3.pdf]], [TIME[2020-08-24T04:45:12.000Z]], [TIME[2022-03-14T10:14:23.998Z]] <https://www.andrew.ac.jp/soken/assets/wr/sokenk104_3.pdf#page=1>

]REFS]

-*-*-

[9] 
[[日本国]][[香川県]][[高松市]]の[[若一王子神社]]の由緒案内板に、
「[V[紀󠄆元二[ASIS[、][アキなし]]三一二年(西一[ASIS[、][アキなし]]六五二年)承広三年第一一〇代後光明天皇様の御宇]]」
([[楷書]]、[[手書き]])
とあります。
[SRC[>>8, >>5]]

[10] 
本案内板には[[宮司]]の[[和多為範]]が筆者だとある以外に情報がありません。
看板と文章の様式からすれば[[昭和時代]]の中期から後期の作文・設置でしょうか。

[11] 
本案内板文中には他にもいくつか[[皇紀]]、[[西暦]]、[[日本の元号]]、[[天皇]]名の併記による[[年表示]]があります。
[[承広]]も[[日本の元号]]と解するのが自然です。

[12] 
なお、他の[[年表示]]のほとんどは定説通りですが、
皇紀2192年 = [TIME[西暦1595年][1595]] = 天文元年 / [[後奈良天皇]]だけは不審です。
定説によれば天文元年は[[皇紀]]の2192年、[[後奈良天皇]]の治世ですが、
西暦は[TIME[1532年][1532]]です。63年もずれています。
慶長元年が[TIME[西暦1596年][1596]]ですから、
[TIME[西暦1595年][1595]]はその前の[[文禄]]の [WEAK[([[改元]]年の前の)]]
最終年に当たります。
この誤記により、
本案内文中の[[年表示]]が660を足し引きして求めたものではなく、
換算表のようなものから年数を拾って書いていったと推測できます。



[REFS[
-
[6] 
[CITE@ja[狛犬さん: [[狛犬]]さん 794]], 
火曜日, 9月 01, 2009,
[TIME[2022-02-16T06:20:58.000Z]], [TIME[2022-03-14T09:42:14.345Z]] <http://komainusan-desu.blogspot.com/2009/09/blog-post.html>
-- 「2009.07.20 香川県高松市錦町 若一王子神社」
-
[7] 
[CITE@ja[ahisats3のブログ : [[若一王子神社]](高松市錦町)]],
[[ahisats3]],
2017年09月20日06:30,
[TIME[2022-03-14T09:42:59.000Z]] <http://blog.livedoor.jp/ahisats3/archives/51729262.html>
--
[8] 
[CITE[29d07f31.jpg (JPEG 画像, 1280 × 720 px)]], [TIME[2017-09-19T05:00:25.000Z]], [TIME[2022-03-14T09:43:36.005Z]] <https://livedoor.blogimg.jp/ahisats3/imgs/2/9/29d07f31.jpg>
- [3] [CITE@ja[⛩[[若一王子神社]]|香川県高松市 - 八百万の神]], [TIME[2022-03-14T09:40:46.000Z]] <https://yaokami.jp/1370022/>
-- [4] 
[CITE@ja[御祭神のお名前の記載がありました。|⛩[[若一王子神社]]|香川県高松市 - 八百万の神]], 
[[なるこ]],
撮影日:2021年1月8日,
[TIME[2022-03-14T09:41:16.000Z]] <https://yaokami.jp/1370022/photo/fXVokPbq/>
--- [5] 
[CITE[fXVokPbq.jpg (JPEG 画像, 1200 × 800 px) — 表示倍率 (71%)]], [TIME[2021-01-08T14:24:30.000Z]], [TIME[2022-03-14T09:41:44.416Z]] <https://yaokami.jp/photo/1370022/fXVokPbq.jpg>
]REFS]


-*-*-

[32] 
[[日本国]][[徳島県]][[徳島市]]の[[不動]]地区の公民館広報誌のに公民館長が寄稿した地域史解説文に、
「[V[[RUBY[承][しょう]][RUBY[広][おう]]三年 (一六五四年)]]」
([[ゴシック体]])
とありました。
[SRC[>>33]]


[34] 
記事内容の出典は明記されていません。
地域の資料などに依ったものでしょうか。
一次史料に直接依拠したものではなく、
地域史のような形で一旦まとめられたものを整理して記事化したようにみえます。

[35] 
「広」に「おう」の[[振り仮名]]が振られている点、
[[著者]]の指定の通りなのか、
[[誤植]]なのか気になります。



[REFS[
-
[30] 
[TIME[2022-03-14T12:02:38.000Z]] <http://murakamisika.1ch.cx/fudoucom/kouhou.html>
--
[31] 
[CITE[[V[[YOKO(smaller)[不動]][LINES(smaller)[公民館][コミセン]]館報]]]], 
[L[平成16年1月1日]],
[TIME[2012-11-24T11:05:30.000Z]], [TIME[2022-03-14T12:03:26.983Z]] <http://murakamisika.1ch.cx/fudoucom/s-31-1.pdf>
---
[33] 
[CITE[[V[不動町の歴史([YOKO[3]])]]]],
[[[V[岸岡俊憲]]]]

]REFS]


-*-*-

[20] 
[[平成時代]]中期の[[Webページ]]に,

>[SNIP[]]美都町都茂の広兼家は承広元年(1651)より200年間浜田藩のご用紙漉きをつとめてきた。「匹見町においては、江戸初期よりその製造が始まり、農家の冬期副業としてその技術が伝えられてきた。匹見町内に『紙祖』という地名が残っているが、石見半紙発祥の地が、実は匹見であることはあまり知られていない」(「石西の今昔」HP)。

... とあります。 [SRC[>>21]]

[22] この[[年号]]部分の出典は不明です。後段の引用と同じく
[CITE[石西の今昔]]
なるサイトが情報源の可能性もありますが、
このサイトは[[令和時代]]初期時点で既に存在しておらず、
確認できません。

[24] 
その「広兼家」について、
地元の[[自治体]]や地域団体等が出資している[[会社]]の[[Webサイト]]の
「大久保広兼 石州和紙資料館」
の案内文に、

>
廣兼家は承広元年(1651)より200年間浜田藩の御用紙漉きをつとめました。この資料館は、廣兼家13代に及ぶ資料を展示したものです。

... とあります。
[SRC[>>23]]
この文が書かれたのがいつなのかは不明ですが、
同じ[[Webサイト]]の「お知らせ」欄の最古は「[L[2018年]]」です。
そこまでは遡れる可能性があります。

[26] 
この種の施設案内文は[[自治体]]や観光団体が用意した同じ文章を[[自治体]]や地域団体の[[パンフレット]]や[[Webサイト]]に掲載したり、
外部企業の[[雑誌]]や[[Webサイト]]などに提供したりすることが多いものです。
そこで同じような文面を探してみると、
出資元でもある地元[[自治体]]の
[[Webサイト]]に、

>承応元年(1651)に御用紙漉を仰せ付けられた初代廣兼又兵衛重長以後200年間、廣兼家13代に及ぶ資料を展示しています。

... とありました。
[SRC[>>25]]
こちらでは「承応」と[[元号名]]は正しいですが、[[西暦年]]は1年ずれています。


[REFS[
-
[19] 
[CITE[三段峡…田代…比尻山…樽床ダム 2005/9/17]], [TIME[2010-03-12T03:03:00.000Z]], [TIME[2022-03-14T10:22:48.423Z]] <https://yamaaruki.sakura.ne.jp/050917-sandankyo.htm>
-- 
[21] 
[CSECTION[「ヒジリ」考]]
-
[23] [CITE@ja[周辺のみどころ]], [TIME[2022-03-14T10:31:41.000Z]] <https://www.sizennomori.co.jp/around/index.html?selectcatno=002&selectno=0000011>
-
[25] 
[CITE@ja[歴史・文化/[[益田市]]]], [TIME[2022-02-19T04:10:34.000Z]], [TIME[2022-03-14T10:37:47.683Z]] <https://www.city.masuda.lg.jp/soshikikarasagasu/kyoikuiinkai/bunkazaika/3/3149.html>


]REFS]

-*-*-

[28] 
[[日本国]][[栃木県]][[日光市]]の
[[Webサイト]]の[[年表]]に、

>
,承広元年/1652年 	,塩原に地震起こる。高原山に6戸移りくる。

... とあります。
[SRC[>>27]]

[29] 
この[[Webページ]]は[TIME[平成18(2006)年][2006]]の合併で消滅した旧[[藤原町]]の略史を掲載したものです。
[SRC[>>27]]
各[[自治体]]は自地域の[[略年表]]を作成していることが多く、
この[[年表]]もそれを元にした可能性が高いでしょう。
もしそうだとすると、
旧町時代から
「承広」
が使われていた可能性があります。
(そうでなければ、
元にした[[年表]]が[[紙媒体]]で、
[[OCR]]
時に誤認識された可能性もあるでしょうか。)



[REFS[
- [27] 
[CITE@ja[[[日光市]]/旧藤原町歴史年表]], [[日光市]], 
更新日:2010年9月1日,
[TIME[2020-10-19T10:44:55.000Z]], [TIME[2022-03-14T10:42:50.214Z]] <https://www.city.nikko.lg.jp/profile/rekishi/fujihara.html>
]REFS]

* メモ