* 用例

[ITEMS[ [[日時事例]]

- [24] [DATA(.label)[[[細見良蔵]]所蔵 [[懸仏]]]]
-- [65] >>64 : 白黒写真 日付部分 (中解像度) 銘文は読み取れるが字形の細部はわかりにくい
-- [25] 
「[V[奉安置久能山本堂[SNIP[]][DATA(.text)[応治元__&&swc531(𠦚)&&__大歳乙酉十二月日]]願主本阿弥陀仏]]」
([[篭字体]])
[SRC[>>23]]

]ITEMS]

[26] 
銘文より、本来[[日本国]][[静岡県]][[静岡市]][[久能山]]本堂に置かれたことが知られます。
[SRC[>>23]]

[27] 
願主本阿弥陀仏については不祥。
[SRC[>>23]]

* 研究史

[17] [CITE@ja-JP[日本及日本人 (7月號)(422)]], [[政教社]], [TIME[1943-07]], [TIME[2025-02-25T01:55:51.000Z]], [TIME[2025-03-23T05:26:32.811Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/1597357/1/52?keyword=%E7%95%B0%E5%B9%B4%E5%8F%B7> (要登録)

[18] >>17 は異年号とだけ書いていて銘文は示していないが、他の説明が一致するので[[応治]]銘懸仏のことと推測される。

[1] [CITE@ja-JP[Museum (88)]], [[東京国立博物館]], [TIME[1958-07]], [TIME[2022-12-21T08:14:19.000Z]], [TIME[2022-12-24T06:14:48.814Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/4429480/1/6> (要登録)

応治元年乙酉12月日

私年号 様式と干支から興国6(1345)年

[21] 
[CITE@ja-JP[仏教考古とその周辺]], [[景山春樹]], [TIME[1974]], [TIME[2026-04-07T01:12:04.000Z]], [TIME[2026-04-27T15:39:17.710Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/12286472/1/143> (要登録)

[3] 
昭和42年の
[CITE[日本私年号の研究]]は、
次のように述べています。
[SRC[>>23]]

- [30] [[久能寺]]は[[奈良時代]]開創と伝わり、
-- [32] [[嘉禄]]より衰退、
[[江戸時代]]に[[東照宮]]創建のため[[日本国]][[静岡県]][[清水市]][[鉄舟寺]]に引き継がれた
-- [31] 遺物より[[嘉禄]]年間以降も存続していたことが知られる
- [28] 仏像の様式は[[南北朝時代]]
- [35] 銘の篭字は、
[[鎌倉時代]]・[[南北朝時代]]に見られる
- [29] [[年の字]][CH[__&&swc531(𠦚)&&__]]は、
[[鎌倉時代]]末期から[[南北朝時代]]にかけてみられる
- [33] [[大歳]]は、[[平安時代]]末期に始まり[[鎌倉時代]]に多い、[[南北朝時代]]にも及ぶ
- [34] [[年の字]]が[CH[__&&swc531(𠦚)&&__]], [CH[季]], [CH[__&&swc15(䄵)&&__]]かつ[[大歳]]は、
およそ[[南北朝時代]]に比較的盛行
- [36] 以上を総括して[[南北朝時代]]
-- [37] [[干支年]]より、貞和元年しかない

[39] 
また、次のように考察しています。
[SRC[>>38]]

- [40] [[駿河国]]は[[延元]]の頃[[南朝]]方[[狩野貞長]]の支配下、まもなく勢力を失う
- [41] [[三嶋神社]]・[[伊豆山神社]]には正平6年・7年・10年の文書
-- [42] 正平6年・7年は[[足利直義]]と争う[[足利尊氏]]が[[南朝]]と和睦
-- [43] 正平10年は[[足利直冬]]と争う[[足利尊氏]]が[[南朝]]と和睦
-- [44] 全国的動乱を反映している
- [45] [[奈良県]][[吉野郡]][[川上村]][[東川]][[運川寺]]所蔵[[雲祥]]一筆奉写[CITE[大般若波羅蜜多経]]奥書: 正平14年、正平20年
- [46] [[薬師寺]]所蔵、[[河内国]][[茨田郡]][[大窪庄]][[安楽寺]][[奥書]]の[[亮貞]]一筆敬書[CITE[大般若波羅蜜多経]]奥書: 
延文5年、康安元年、正平17年、正平20年、正平21年、応安4年
-- [47] [[南北朝]]両勢力の接点地域
-- [48] 両勢力の消長を示し、両朝の[[正朔を奉じる]]ことで寺家の保全を計ったもの
- [49] 「[V[かく見て来る時]]」
-- [50] 応治 = 南朝興国6年・北朝貞和元年の12月
-- [51] [[北朝]]は10月21日に[[改元]]しているので、
--- [52] [[南朝]]に組したものが使用したと考えられる
-- [53] [[南朝]]は[[興国]]の他に北陸で[[白鹿]]を使用
-- [54] [[応治]]は[[南朝]]の治に応じるとの態度を表したものとも考えうる
--- [55] 旗色鮮明に[[南朝年号]]を掲げぬまでも、この行為には相当の決心を要したと思われる

[57] 
[[元号名]]については、次のように述べています。
[SRC[>>56]]

- [58] [CH[応]]は[[鎌倉時代]]末や[[北朝]]の[[公年号]]に例が多いが、
- [60] この時期で[CH[応]]を上に使うは[[応長]]のみ
- [59] [CH[治]]は[[鎌倉時代]]に6例あるが[[南北朝時代]]に少なく、
[[北朝]]の[[貞治]]のみ
- [61] おそらく用字は[[平安時代]]・[[鎌倉時代]]の例によったものであろう
- [62] 内容的には「南朝の治に応じる」あるいは「抗争を終え、よく治むべし」などに取れる
-- [63] [[南朝]]に心を寄せる、あるいは両朝・公家内部の抗争がやみ平和の訪れることを待望した心を率直に表明したと考え得る

[REFS[

- [22] [CITE[[[日本私年号の研究]]]]
-- [64] 
p.[V[図版第三]]
-- [23] 
pp.[V[二二六]]-[V[二三一]]
-- [38] 
pp.[V[二六一]]-[V[二六二]]
-- [56] 
pp.[V[二七四]]-[V[二七五]]

]REFS]


[4] 
[CITE[仏教考古とその周辺 - [[影山春樹]] - Google ブックス]], 
[TIME[1974]],
[TIME[2022-12-28T11:43:34.000Z]] <https://books.google.co.jp/books?id=NrIwAAAAMAAJ&q=%E5%BF%9C%E6%B2%BB>

>>1 の改訂版

>4 ページ
>影山春樹. 281 275 I 前後、第 3 図に堂本印象氏 目次 4 あとがき中世私年号の一資料六角堂の「かけぼとけ」
>14 ページ
>年号が弥勒 10 図石山寺巡礼納札(拓 昔高祖大師流,觀河州葛城 ... 甲斐国妙法寺日記にもこれと同じ弥勒の年号があるというが、この巡礼者も甲州巨麻郡の人第として今までに知られているものは、弥勒、承安元年 00 わゆる私年号の一つとして珍しい。
>148 ページ
>... の法会が行なわれ、そのための講料として田地を寄せたことは、極楽坊の有名な本堂刻銘に記されている。百日講は百日念仏講であって、このあたりから庶民的な信仰の色彩は濃厚となりはじめてくる。たくさん発見されている柿(こけら)経の紀年に嘉禄元年 ...
>274 ページ
>送ら 応治元季域十二月日願主本阿弥陀仏 III 攻古秒 274 へこの小考は昭和四四年六月に刊行された「史迹と美術」第三九七号に「攻古抄」第一一として掲載した。>れた塔の欠損部について文句を言った父に対する返信のようだが、この文中にあるごとく、私の ...
>275 ページ
>国で定めた公称の年号に対して、民間で私に使用した年号を私年号と呼んでいる。また異年号とか、偽年号とか、逸年号などとも呼ばれ、いずれもある一定の期間、ある一定の地域や社会で、それぞれ特殊の事実によって生まれ、また使用せられたものであった。
>278 ページ
>応治元季域十二月日願主本阿弥陀仏(右側の縁部に一行、籠字体) はかねて眠の間でもあったので III 攻古秒 278 のがある。そこで問題はまずこの久能山本堂であるが、これは駿河国安倍郡久能山の久能寺本堂であると考えねばなるまい。
...
しかし嘉禄年間の罹災後は次第に衰運に向い、近世に及んで東照宮創立の敷地として没収せられてからは、仏利はことごとく取り払われてしまったが、のち山岡鉄舟の特志によって復興せられいまは鉄舟寺としてその法灯が継がれてきている。
康永元年に作られた ...

>>2 によると嘉禄元(1225)年説

[14] [CITE[造像銘記集成 - Google ブックス]], 
[TIME[1985]],
[TIME[2022-12-28T12:31:43.000Z]] <https://books.google.co.jp/books?id=k4gEAAAAMAAJ&q=%22%E5%BF%9C%E6%B2%BB%22>

>.. 木造像高八二・五センチ弘安九年(三)三月(安藤精一編『和歌山県の文化財』第弘安九年三月十五日五六〇和歌山興国寺木造法灯国師坐像(像内納入経筒墨書銘の一部)大阪府泉大津市助松松ノ浜町( 14 銅造縦六一・二センチ、横六一・二センチ 3 応治元年(三三五もしくは三八五)十二月(『解説版 ...

[19] [CITE@ja-JP[造像銘記集成]], [[久野健]], [TIME[1985.10][1985]], [TIME[2025-09-30T02:09:54.000Z]], [TIME[2025-10-27T06:01:59.608Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/12424233/1/18?keyword=%E6%87%89%E6%B2%BB> (要登録)


[12] [CITE[静岡県史: Chūsei I-IV - Google ブックス]], 
[TIME[1989]],
[TIME[2022-12-28T12:29:43.000Z]] <https://books.google.co.jp/books?id=A5c0AQAAIAAJ&q=%22%E5%BF%9C%E6%B2%BB%22>

>801 ページ
>四亖懸仏銘細見閼氏所藏奉安置久能山本堂、金銅干体阿弥陀印仏一面、中尊阿弥陀、脇士干手地藏像各一体応治元年十二月日、願主本阿弥陀仏〇『解說版新指定重要文化財 4 』工芸品 IL 上为上、応治元年钛私年号飞、嘉禄元年(一二二五)加弘安八年(一二八五) ...


[13] [CITE[珠玉の日本美術: 細見コレクションの全貌と、 ボストン、クリ-ブランド、 サックラ- の話題作 : 開館 ... - Google ブックス]], 
[TIME[1996]],
[TIME[2022-12-28T12:30:48.000Z]] <https://books.google.co.jp/books?id=n6qgWqHuRp8C&q=%22%E5%BF%9C%E6%B2%BB%22>

>54 ページ
>銘文により応治元年(干支は乙酉)に本阿弥陀仏が願主となって久能山本堂に奉納されたことがわかるが、応治という元号はなく私年号と考えられる。作風より鎌倉時代の前半の制作と推定される。 ERD SO 熊野十二尊本地懸仏一面.


[2] 
[CITE@ja-JP[滋賀県立琵琶湖文化館研究紀要 = The annual reports of the Biwako Bunkakan (13)]], [[滋賀県立琵琶湖文化館]], [TIME[1996-03]], [TIME[2022-12-28T09:26:51.000Z]], [TIME[2022-12-28T11:38:38.234Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/4422827/1/12> (要登録)

応治元年乙酉12月日

私年号 弘安8(1285)年 異説 嘉禄元(1225)年 (>>4) 旧説 興国6(1345)年 (>>1)

[9] [CITE@ja-JP[鹿島美術財団年報 別冊]], [[鹿島美術財団]], [TIME[1996-11]], [TIME[2022-12-28T09:26:51.000Z]], [TIME[2022-12-28T12:24:58.043Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/4425294/1/48> (要登録)

私年号 1225 or 1285


[15] [CITE@ja[[[白鹿]]とは - コトバンク]], [[[日本酒・本格焼酎・泡盛]銘柄コレクション,精選版 日本国語大辞典,デジタル大辞泉,普及版 字通,世界大百科事典内言及]], [TIME[2022-12-28T12:34:32.000Z]] <https://kotobank.jp/word/%E7%99%BD%E9%B9%BF-600612>

>世界大百科事典内の白鹿の言及
>【異年号】より
>[SNIP[]]南北朝時代に入ると,1345年(興国6∥貞和1)能登に白鹿,駿河に応治の年号が現れ,いずれもそれぞれの地方における反北朝(南朝系)の人々の使用と考えられている。[SNIP[]]

[10] [CITE@ja[[[私年号]] - Wikipedia]], [TIME[2022-12-10T11:22:17.000Z]], [TIME[2022-12-22T12:35:00.472Z]] <https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A7%81%E5%B9%B4%E5%8F%B7>

>
,*私年号 	,*異説 	,*元年相当公年号(西暦) 	,*継続年数 	,*典拠・備考 
,応治 	,- 	,興国6年/貞和元年(1345年) 	,不明 	,大阪府泉大津市細見実蔵懸仏銘 

- [323] 
[CITE@ja[「[[私年号]]」の版間の差分 - Wikipedia]], [TIME[2024-07-24T01:25:17.000Z]], [TIME[2024-07-26T14:13:23.542Z]] <https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E7%A7%81%E5%B9%B4%E5%8F%B7&diff=prev&oldid=21313544>
-- [324] 
[CSECTION[2008年8月18日 (月) 17:21時点における版]],
58.0.128.185


-*-*-

[7] [CITE@ja-JP[大日本仏教全書 101]], [[仏書刊行会]], [TIME[明治45-大正11][1922]], [TIME[2022-12-28T09:26:51.000Z]], [TIME[2022-12-28T12:18:06.950Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/952805/1/266>

應治元年4月8日没

(誤植? 近くに書かれているのは長治、長和でいずれも平安時代後期)

[5] [CITE@ja-JP[平治物語新釈]], [[吉村重徳]], [TIME[昭和2][1927]], [TIME[2022-12-28T09:26:51.000Z]], [TIME[2022-12-28T12:12:58.368Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/1107025/1/158> (要登録)

應治元年 

(誤植?)

[6] [CITE@ja-JP[大阪府史蹟名勝天然記念物 第4冊]], [[大阪府学務部]], [TIME[昭和4][1929]], [TIME[2022-12-28T09:26:51.000Z]], [TIME[2022-12-28T12:15:04.409Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/1119859/1/57>

白河天皇承暦3年に来た人によって應治元年に創建。

(白河天皇時代とすると應徳の誤植?)

[11] [CITE@ja-JP[大阪府神社史資料]], [[大阪府]], [TIME[昭和8][1933]], [TIME[2022-12-28T09:26:51.000Z]], [TIME[2022-12-28T12:27:00.176Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/1688263/1/712> (要登録)

>>6 同

-*-*-

[8] [CITE@ja-JP[高麗以前風俗関係資料撮要]], [[今村鞆]], [TIME[昭和16][1941]], [TIME[2022-12-28T09:26:51.000Z]], [TIME[2022-12-28T12:22:42.518Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/1062546/1/468>

年表 應治元年 二年 1306 1307

(鎌倉時代 正しくは徳治、誤植?)

[REFS[


[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[373] [CITE@ja[迎雲(げいうん)とは - コトバンク]]
([[,世界大百科事典内言及]] 著, [TIME[2016-01-23 22:33:14 +09:00]] 版)
<https://kotobank.jp/word/%E8%BF%8E%E9%9B%B2-1308471>
]FIGCAPTION]

> まず1167年(仁安2)に当たる保寿の年号は,平清盛の全盛時,平氏と藤原氏の対立を背景に,藤原氏の息災を願う者の使用するところ,また90年(建久1)に当たる和勝・迎雲の年号は,ともに源平争乱の終結(和勝にはより明示的に源氏の勝利の含意がある)による平和の再来をことほぐ者の使用するところであって,いずれも個別特定の願意や祝意を,正年号を拒否する政治的態度をもって表明したもので,異年号のもつ基本的性格の一つを示している。 南北朝時代に入ると,1345年(興国6∥貞和1)能登に白鹿,駿河に応治の年号が現れ,いずれもそれぞれの地方における反北朝(南朝系)の人々の使用と考えられている。

]FIG]

]REFS]


[16] 
[CITE@ja-JP[日本仏教美術秘宝 : 諸家愛蔵]], [[望月信成]], [TIME[1973]], [TIME[2024-07-30T10:51:24.000Z]], [TIME[2024-08-05T10:13:58.444Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/12417032/1/158> (要登録)



[20] [CITE@ja-JP[新指定重要文化財 : 解説版 4 (工芸品 1)]], [[「重要文化財」編纂委員会]], [TIME[1981.7][1981]], [TIME[2025-09-30T02:09:54.000Z]], [TIME[2025-10-27T06:03:38.176Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/12418262/1/12?keyword=%E7%A7%81%E5%B9%B4%E5%8F%B7> (要登録)