[1] 
[DFN[弥鹿]] ([[旧字体]]: [DFN[彌鹿]]) は、
[[日本の私年号]]の1つです。

* 元号名

[9] 
[[新字体]]は[[弥鹿]]、
[[旧字体]]は[[彌鹿]]です。

* 用例

[2] 1例のみ知られています。

[ITEMS[ [[日時事例]]

- [312] 
[DATA(.label)[[DATA(.addr)[[[日本国]][[千葉県]][[安房郡]][[保田町]]]] [[妙本寺文書]] [[藤平九郎右衛門尉]]宛文書]]
-- [311] 
「[DATA(.text)[[V[彌[RUBYB(smaller)[鹿二年][改寬正]][LINES(smaller)[ひのへ][いぬ]]]]]]」
[SRC[>>305, >>330, >>310 (>>305)]]

]ITEMS]

[313] 
弥鹿2年とその左横の[[宛所]]の間に「改寛正」と書かれています。

[327] 
[[月日]]は書かれていません。本文中には「十月代二百文」が云々とあり、
その前後と推測できます。

* 諸説

[8] 
[[白鹿]]や[[弥勒]]との関係の可能性が指摘されているものの、
十分な検討がなされているとはいえないのが現状です。

[315] 
[CITE[房総叢書]]所収[[妙本寺文書]]は、
[TIME[建武2(1335)年][1335]]から[TIME[天正18(1590)年][1590]]にわたっています。
当文書もこの期間に収まるとみていいでしょう。

[316] 
この期間の[RUBY[丙戌][ひのえいぬ]]年は、

- [317] [TIME[西暦1346年][1346]] 興国7年 通説の白鹿2年
- [318] [TIME[西暦1406年][1406]] 応永13年
- [319] [TIME[西暦1466年][1466]] 寛正7年 文正元年 享徳15年
- [320] [TIME[西暦1526年][1526]] 
- [321] [TIME[西暦1586年][1586]]

です。


[308] 
この中では[TIME[西暦1466年][1466]]が注意を惹きます。

- [322] 「みろく」[[私年号]]が出現する時期から遠くない
- [324] [[寛正]]から[[文正]]の[[改元]]の年にあたる
- [323] [[享徳]]の[[延長年号]]や[[私年号]]が出現して紀年が混乱していた時期にあたる

のがこの[[年]]です。

[325] 
「改寛正」
をいつ誰が書いたのか定かではありませんが、
[[寛正]]''からの''[[改元]]と解釈すれば意味が通ります。

[HISTORY[

[326] 
[CITE[房総叢書]]は[[寛正]]''へ''の[[改元]]と解釈して[TIME[長禄4(1461)年][1461]]と注釈して、
それ以上の解釈を諦めたのでしょう。

]HISTORY]

[328] 
寛正7年の秋頃に寛正から弥鹿に[[改元]]されていたという[[情報][改元デマ]]が流れていて、
情報が入って間もないなど何らかの理由があって旧元号も併記したという感じではないでしょうか。

;; [329] [[妙本寺文書]]には[[1年ずれ康正]]もあります。


[10] 
なお、「みろく」と読むと想定して[[弥勒]]との関連に触れられたものと思われますが、
[[読み][元号名の訓み方]]は必ずしも明確ではありません。検討を要します。




* 研究史

[3] 
[[昭和時代]]初期の地域史に
>>312
が掲載されました。
[SRC[>>305]]

[314] 
その[CITE[房総叢書]]の注釈は、
[[寛正]]改元は長禄4年庚辰であると書いています。
[SRC[>>305]]


[REFS[

- [305] [CITE@ja-JP[[[房総叢書]] : 紀元二千六百年記念 第1卷 縁起古文書]], [[紀元二千六百年記念房総叢書刊行会]], [TIME[昭和16-19][1944]], [TIME[2024-02-01T05:12:54.000Z]], [TIME[2024-02-13T13:48:51.017Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/1038113/1/137>
右上
- [330] 
[CITE@ja-JP[改訂[[房総叢書]] 第1輯]], [[改訂房総叢書刊行会]], [TIME[1959]], [TIME[2024-02-01T05:12:54.000Z]], [TIME[2024-02-17T07:36:05.107Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/2993405/1/135> (要登録)
右上


]REFS]

-*-*-


[306] 
昭和42年の
[CITE[日本私年号の研究]]
は、
[[弥鹿]]について[[白鹿]]の項の注釈で紹介しています。
[SRC[>>310]]

[4] 
[[弥勒]]と発音は一致するものの[[干支年]]は一致せず、
[[白鹿]]の貞和元年説とすれば[[干支年]]が一致すると紹介しています。
[SRC[>>310]]

[5] 
しかし書体や内容など検討を要するともしていて、注釈にとどめています。
[SRC[>>310]]

[217] これはおそらく[[干支年]]の一致に加えて[CH[鹿]]という[[元号名]]では珍しい文字の一致も鑑みているのでしょう。
しかしながら「白鹿」と「弥鹿」では1文字目の発音も字形もまったく異なります。
それで[[白鹿]]と関連付けるのも躊躇されたのでしょう。

[307] 
「弥鹿」は単独で[[私年号]]として立項しても良さそうなものなのに、
なぜか注釈止まりになっています。

[6] 
そのためなのか後続の研究者も特に注意を払っていません。
一覧表の類にも掲載されている事例は知られていません。
[SRC[>>7]]

[REFS[

- [7] [CITE[日本私年号一覧表]]

]REFS]

* メモ

