[256] [[元号]]を改めることを[DFN[[RUBY[[[改元]]][かいげん]]]]といいます。
新元号[VAR[何々]]に改めることを[DFN[[VAR[何々]]改元][○○改元]]や[DFN[[VAR[何々]][[度][度 (日付)]]][元号度]](の[[改元]])といいます。

[SEE[ 日本の直近の改元事例については[[平成改元]]、[[令和改元]] ]]

[2] [[改元]]は[[元号]]システムで旧元号と新元号をつなぐ結節点です。
[[元号]]や[[改元日]]は、原則として当地の[[政府]]が決定します。
[[改元]]の理由は色々あります。
[[現代日本]]では、[[皇位継承があったとき改元][一世一元]]されます。

* 改元と紀年法

[50] 
最も広義には、
[[紀年法]]を改めることを一般に[[改元]]といいます。
[[改元]]は新旧[[紀年法]]の関係より次のように分類できます。

- [101] 旧[[元号]]を廃し新[[元号]]を定める: [[元号]]制度における[[改元]]
- [102] [[支那式即位紀年]]のもと[[元期]]を再設定し[[元年]]とする: 
[[支那式即位紀年]]制度における広義の[[改元]] [SRC[>>298]]
-- [1021] 新[[君主]]の[[即位]]によるもの: [[[RUBY[称元][しょうげん]]][称元]]
-- [1022] [[君主]]在位途中でのもの: 
[[支那式在位紀年]]制度における狭義の[[改元]]
- [103] 旧[[紀年法]]を廃し新[[紀年法]]を定める
-- [1031] 旧[[紀年法]]を廃し新[[元号]]を定める:
[[建元]] >>5
-- [1032] 旧[[紀年法]]を廃し新しい非[[元号]]の[[紀年法]]を定める
- [104] 旧[[紀年法]]を廃し既存の[[紀年法]]に合流する
-- [1041] 旧[[紀年法]]を廃し他地域で実施されていた[[元号]]に合流する: >>526
-- [1042] 旧[[紀年法]]を廃し既存の非[[元号]]の[[紀年法]]を採用する
- [105] 旧[[紀年法]]を廃し以前に中断していた[[紀年法]]を復旧する: >>523

[51] 
なお、[[''元''号]]や[[改''元'']]の「[RUBY[元][はじめ]]」とは[[''元''期]]の意です。

[49] 
[[改元]]は広義の[[改暦]]の一種ともいえます。

[62] 
[DFN[東洋式改元]]では[[改元]]と[[年始]]は連動しません。
[[改元]]があった第1年の年末は[[改元]]前に予定していた年末のままで、
第2年の[[年始]]は改元がなかった場合の翌年始のままです。
[[中華文化圏]]では[[改元]]といえばほとんどの場合[[東洋式改元]]です。

[7] [[英国王即位紀年]]では、[[改元日]]が新たな[[年始]]となります。
[SEE[ [[英国式改元]] ]]

[SEE[ その他、非元号の紀年法の改元については、[[民国紀元]]、[[フィクションの紀年法]] ]]

** 建元

[5] 新たに[[元号]]を定めることを[DFN[[RUBY[建元][けんげん]]]]といいます。

[48] 
[[建国]]などで既存勢力の[[元号]]を使う必要がなくなり、
独立勢力であることを示す必要が生じると、
新たに[[元号]]が建てられました。

[EG[
[53] 
[[李氏朝鮮]]は[[宗主国]]の[[清国]]からの[[独立]]時に[[建元]]しました。
[SEE[ [[李氏朝鮮の日時]] ]]
]EG]

[83] [[建元]]は旧支配勢力の[[元号]]からの[[改元]]の一種、
あるいは[[在位紀年]]など他の[[紀年法]]からの[[改元]]の一種とも捉えられます。
[[干支紀年]]からの変更と捉えられる場合もありますが、
[[干支紀年]]は[[元号]]と併用され続けたため、
[[改元]]ではなく[[建元]]という表現がより相応しそうです。

[EG[
[99] [[満州国]]は建国と同時に[[建元]]しました。
[[元号]]を定め、開始日を[[西暦]]で指定することにより行われました。
[SEE[ [[大同]] ]]
]EG]

[81] 
[[日本]]では[[大化]]の[[建元]]の後中断混じりの期間があり、
[[大宝]]の[[建元]]後は[[元号]]制度が継続しています。
[SEE[ [[日本の元号]] ]]

[82] 
弱小政治勢力により[[建元]]された[[元号]]は、
後の歴史家により[[私年号]]に分類されることが多いようです。

[3] 
なお、新規[[建元]]でない[[改元]]も、新元号制定の側面を捉えて[[建元]]ということがあります。

[REFS[

- [298] [CITE@ja[[[改元]] - Wikipedia]] ([TIME[2015-12-14 01:00:03 +09:00]] 版) <https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%94%B9%E5%85%83>

]REFS]

@@
[BOX[

[72] 
[CITE@ja-JP[元号問題の本質]], [[永原慶二, 松島栄一]], [TIME[1979.4][1979]], [TIME[2025-02-25T01:55:51.000Z]], [TIME[2025-04-04T15:04:08.698Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/12209338/1/17?keyword=%E5%BB%BA%E5%85%83> (要登録)

[85] 
[CITE@ja-JP[図式明解憲法]], [[明法会]], [TIME[1952]], [TIME[2025-09-30T02:09:54.000Z]], [TIME[2025-10-09T15:18:29.892Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/2432366/1/34?keyword=%E5%85%83%E5%8F%B7> (要登録)

]BOX]

** 中断元号の再開

[523] 
通常は、一旦[[改元]]された[[旧元号]]に再び戻されることはありません。
ところが、
複雑な政治状況下で[[新元号]]が廃されて[DFN[元号の再開]]が生じた事例も珍しくありません。

[FIG(table)[
:g: 地域・政権
:1: 改元前、復活後
:2: 改元後 (中断中)
:note: 備考

:g: [[漢]]
:2: [[太初元将]]
:1: [[建平]]

:g: [[後漢]]
:1: [[中平]]
:2: [[光熹]]、[[昭宁]]、[[永汉]]

:g: [[西晋]]
:1: [[永安]]
:2: [[建武]]

:g: [[東晋]]
:1: [[隆安]]
:2: [[元興]]

:g: [[東晋]]
:1: [[元興]]
:2: [[大亨]]

:g: [[南朝宋]]
:1: [[元嘉]]
:2: [[太初]]

:g: [[前涼]]
:1: [[建興]]
:2: [[和平]]

:g: [[唐]]
:2: [[永新]]
:1: [[元和]]

:g: [[唐]]/[[前蜀]]
:1: [[天復]]
:2:[[天祐]]

:g: [[唐]]/[[徐敬业]]
:1: [[嗣聖]]
:2: [[文明]], [[光宅]]


:g: [[日本]][[京都]]
:1: [[元弘]]
:2: [[正慶]]
:note: 
[SEE[ [[日本の元号]] ]]

:g: [[日本北朝]]
:1: [[観応]]
:2: [[正平]]
:note: 
[SEE[ [[日本の元号]] ]]

:g: [[渤海]]
:1: [[大興]]
:2: [[宝暦]]
:note: >>512

:g: [[後梁]]
:1: [[乾化]]
:2: [[鳳歴]]

:g: [[後晋]]/[[後漢]]
:1: [[天福]]
:2: [[開運]]

:g:[[南宋]]
:1:[[建炎]]
:2:[[明受]]

:g: [[明]]
:2: [[建文]]
:1: [[洪武]]

:g: [[日本]][[関東]]
:1: [[寛正]]
:2: [[延徳]]
:note:
[SEE[ [[延徳]] ]]

:g: [[蒙古]]
:1: [[共戴]]/[[モンゴル国紀元]]/[[モンゴル人民共和国紀元]]
:2: [[民国紀元]]
:note: [[共戴紀元]]

:g: [[中華民国]]/[[中華帝国]]
:1: [[民国紀元]]
:2: [[洪憲]]
:note: >>525 1916年

:g: [[中華民国]]/[[清]]
:1: [[民国紀元]]
:2: [[宣統]]
:note: [[張勲復辟]] 1917年

:g: [[清]]/[[中華民国]]
:2: [[民国紀元]]、[[洪憲]]、[[民国紀元]]
:1: [[宣統]]
:note: [[張勲復辟]] 1917年

:g: [[日本]]: [[沖縄]]、[[奄美]]、[[吐噶喇]]、[[小笠原]]、[[伊豆]]
:1: [[昭和]]
:2: [[西暦]]

:g: [[清]]/[[中華民国]]/[[満洲国]]/[[満洲国臨時政府]]
:2: [[民国紀元]]、[[洪憲]]、[[民国紀元]]、[[大同]]、[[康徳]]
:1: [[宣統]]
:note: [[満洲国臨時政府]]設立 2004年

]FIG]

[66] 
[[高麗]]が[[宗主国]]の[[元号]]を使うのをやめたり再開したりという事例もあります。
[SEE[ [[朝鮮半島の紀年法]] ]]

[56] [[未実施元号]]も参照。

[52] 
[[日本の私年号]]の[[自由自治]]でも似た現象が起こっています。

[4] 
この他にも隣国との攻防で[[国境線]]が行き来した場合には、
国境地域では両国の[[元号]]への変更が繰り返されたと考えられます。

[REFS[

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[512] [CITE@ja[大興 (渤海) - Wikipedia]]
([TIME[2016-01-08 22:55:22 +09:00]] 版)
<https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E8%88%88_(%E6%B8%A4%E6%B5%B7)>
]FIGCAPTION]

> 閻万章の考証によれば大欽茂は大興37年(774年)に宝暦(唐の宝暦とは別)に改元したが、晩年に再び大興を使用するようになったとされる。

]FIG]

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[525] [CITE@ja[中華帝国 (1915年-1916年) - Wikipedia]]
([TIME[2016-01-24 08:10:10 +09:00]] 版)
<https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E8%8F%AF%E5%B8%9D%E5%9B%BD_(1915%E5%B9%B4-1916%E5%B9%B4)>
]FIGCAPTION]

> 1916年は民国5年ではなく洪憲元年とされた。
> 年号「洪憲」は3月23日に廃止され中華民国暦が復活した。

]FIG]

]REFS]

** 既存元号への合流

[526] 普通[[元号]]による[[年]]は[[元年]]から始まりますが、
特殊な状況では2年以降の途中の[[年]]から開始されることがあります。
次のような場合があります。

[FIG(list)[
- 中断していた[[元号]]の復活 (>>523)
- 他[[元号]]勢力の支配下に入った場合
-- [[中国]]の王朝交代
-- 支持勢力の変更
-- [[南北朝]]の統合 (南朝元号 → 北朝元号)
-- [[沖縄県]]の設置、[[台湾]]の[[日本]]編入 (清國元号 → 日本元号)
-- [[朝鮮併合]] ([[大韓帝国]]元号 → 日本元号)
]FIG]


;; [6] 当該[[地域]]の[[住民]]の[[日時]]利用の観点では[[改元]]となりますが、
手続き上は[[地域]]の[[併合]]などとなり、
明示的な[[元号]]の変更手続きを伴わないのが一般的です。

[57] 
[[前漢]]の[[地節]]は、近年の研究によれば[[元年]]を1年遡って設定したため2年から始まったとされています。


** 元号の終了

[559] [[元号]]の終了には次のようなパターンがあります。

[FIG(list)[
- [560] [[改元]]や新たな[[紀年法]]の採用により終了する。
-- [561] [[改元]]等の実施の法令により、(それが残ってさえいれば) 終了時期は明確。
-- 新たな[[紀年法]]は[[肅宗]]、[[監国魯]]、[[民国紀元]]など。
- [562] 適用地域全体が他勢力の支配下に入って終了する。
-- 平和的移行なら、その時期が明確にできることもある。
-- 戦乱で滅亡した場合などは地域内でも他勢力侵攻に時差があったり、
亡命政権が存続したりで終了時期を確定できないことが多い。
- [563] 適用地域の一部が他勢力の支配下に入って、その地域においては終了する。
-- 時期が明確にできたりできなかったりするのは前項の通り。
- [564] いつの間にか自然消滅する。
-- [[私年号]]は開始も終了も確定できないことが多い。
-- 日本の元号空白期の直前の[[元号]]、[[後南朝]]の[[元号]]なども。
]FIG]

[1] [[日本の元号]]制度は、
[[第二次世界大戦]]後に終了し[[西暦]]または別の[[紀年法]]に切り替えることを主張する人が現れましたが、
国民の大多数は[[元号]]存続を支持したため、現在まで続いています。

[15] [[支那の元号]]制度は、[[清国]]滅亡後に[[民国紀元]]が採用されることで終了しました。
ただし[[民国紀元]]を[[元号]]の一種とする考え方もあります ([SEE[ [[元号]] ]])。
一時[[中華帝国]]成立により[[洪憲]]の[[元号]]が建てられましたが、
[[民国紀元]]に復しました。
その後[[中華人民共和国]]が成立し[[中華民国]]が大陸から撤退したことで、
[[公元]] ([[西暦]]) に移行しました。

[20] [[満州の元号]]制度は、
[[清国]]滅亡後[[中華民国]]の[[民国紀元]]を経て[[満州国]]の[[元号]]が
2つ建てられましたが、
[[満州国]]の滅亡後再度[[中華民国]]を経て[[中華人民共和国]]に至り、
[[公元]] ([[西暦]]) に移行しました。

[22] [[台湾の元号]]制度は、
[[日本]]統治時代の[[日本の元号]]から[[中華民国]]統治時代の[[民国紀元]]への移行で終了しました
(が[[民国紀元]]を[[元号]]の一種とする説もありますから、
現在も存続中ともいえます [SEE[ [[元号]] ]])。

[26] [[朝鮮半島の元号]]制度は、
[[日本]]統治時代の[[日本の元号]]から[[米国]]や[[ソ連]]の統治時代の[[西暦]]への移行で終了しました。
ただし[[朝鮮民主主義人民共和国]]では[[主体紀元]]が[[建元]]され、
これを[[元号]]とする説もあります [SEE[ [[元号]] ]]。

* 改元の理由

[599] [[支那式在位紀年]]や[[元号]]の[[改元]]の理由は4種類に大別されています。

- [600] [[代始改元]] ([[即位改元]])
- [55] [DFN[[RUBY[祥瑞][しょうずい]]改元]] [SRC[>>298, >>71]]
- [601] [[災異改元]] [SRC[>>298, >>71]]
- [54] [[革年改元]] [SRC[>>298, >>71]]

[74] [[代始改元]] ([[称元]]) は、
新しい[[天皇]]、[[皇帝]]、[[国王]]、[[将軍]]の[[即位]]や[[践祚]]によるものです。

[75] 
[[祥瑞改元]]は、吉事を祝うものです。
[[代始改元]]にも[[祥瑞改元]]の要素が含まれるといわれます。
[[日本]]では[[奈良時代]]頃によく行われました [SRC[>>73]]。

[67] 
[[災異改元]]は、
凶事を避けるためのものです。
[[地震]]、[[戦乱]]、[[彗星]]などの出現によって行われました。

[69] 
[[革年改元]]は、
理論上政変が起こるとされる年に予め[[改元]]しこれを回避せんとするものでした。
[[支那]]で発達した理論に基づき[[平安時代]]の[[日本]]で始まり、
形骸化して[[江戸時代]]まで継続されました。
[[迷信]]により[[ガラパゴス]]化した[[改元]]を象徴するものといえます。
[SEE[ [[革年改元]] ]]


[602] 
[[近代]]においては[[一世一元の制]]が各国で採用され、
[[代始改元]]以外は行われなくなりました。
(それ以外の[[改元]]を望む声もないでもありませんが、
近年中に実現し得るレベルには達していません。)
[SEE[ [[一世一元]] ]]

-*-*-

[44] 
[[日本の元号]]については、
[[正史]]に[[改元]]理由が記録されたものが多い他、
[[元号一覧]]を含む歴史書で[[改元]]理由を記述したものが中世には既に見られました。

[45] 
近代的歴史学では、
[[明治時代]]末期の
[CITE[王朝時代の陰陽道]]
が、
[[平安時代]]以前の[[日本の元号]]の改元理由を即位、
[[祥瑞]]、[[革命]]・[[革例]]、災異に分けて整理しました。
[SEE[ [[王朝時代の陰陽道]] ]]





[REFS[

- [70] [CITE@ja[[[改元]](カイゲン)とは - コトバンク]] ([[デジタル大辞泉,百科事典マイペディア,世界大百科事典 第2版,大辞林 第三版,日本大百科全書(ニッポニカ),精選版 日本国語大辞典,世界大百科事典内言及]]著, [TIME[2019-03-02 18:18:40 +09:00]]) <https://kotobank.jp/word/%E6%94%B9%E5%85%83-457152>
-- [71] [CITE[世界大百科事典]] 第2版
-- [73] [CITE[日本大百科全書(ニッポニカ)]]
]REFS]

[29] [CITE[宋・太宗の太平興国の改元について - 和歌山大学学術リポジトリ]], [TIME[2024-02-07T03:29:55.000Z]] <https://repository.center.wakayama-u.ac.jp/ja/62>

冬至改元


* 改元期日

[8] 
[[改元]]をいつ実施するか、
いつ実施されたとみなすか、
[[改元]]前後の日付を新旧どちらの[[元号]]で表記するべきか、
といった改元の時期を巡る問題は[[元号]]システムの根幹でもあってかなり複雑です。

[9] 
[[暦法]] ([[旧暦]]、[[グレゴリオ暦]])、
[[年度]]、
[[標準時]]・[[時差]]と[[改元]]のタイミングとの関係でも問題が生じてきます。

[SEE[ [[改元時期]] ]]

* 元号年と年内連番

[160] [SEE[ 平成[VAR[○]]年第[VAR[○]]号のような表記については[[年内連番と改元の関係]] ]]

* 元二年

[SEE[ [[元二年]] ]]

* 改元の手続き

[SEE[ 元号選定、各種儀式、法的措置、工業標準改正などについては[[改元手続き]] ]]

* 改元未遂

[80] 
[[改元]]の機運が高まっても[[改元]]に至らなかった事例は歴史上いくつか知られています。
[[改元手続き]]が進んでいても途中で中止されたこともあります。

[196] 
結果[[改元]]されたとしても、何度か延期されていたこともあります。

[189] 
近年では[TIME[2011年][year:2011]]の[[東日本大震災]]の後、
一部の人達が[[改元]]の必要性を指摘しました。
[[改元デマ]]も生じていたようです [SEE[ [[安久]] ]]。
[[一世一元]]だとしても、
世が乱れると[[改元]]待望論が出てくる伝統は引き継がれているようです。

[76] 
[[日本]]で[[改元手続き]]が進みながら実現しなかった事例は[[日本の元号]]参照。

* 工業標準の改元

[FIG(list)[ [188] [[改元]]に伴い[[改正]]される (可能性または実績のある) [[工業標準]]
- [[JIS X 0301]] ([[JIS X 0301の日時形式]])
- [[Unicode Standard]] ([[元号合字]])
- [[UAX #50]] ([[元号合字]])
- [[Adobe-Japan1]] ([[元号合字]])
- [[ARIB STD-B62]] ([[元号合字]])
- [[JIS X 0221]] ([[元号合字]])
]FIG]

[107] [[マイクロソフト標準キャラクタセット]]にも[[元号合字]]が含まれますが、
[[マイクロソフト]]社は[[令和改元]]時に新元号を追加しないと発表しました。
[SEE[ [[平成31年新元号]] ]]

[106] [[JIS X 0213]] にも[[元号合字]]が含まれますが、
誰も使っていない[[規格]]ではないかとみられています。
[[令和改元]]時に改正されなければ、
その傍証となります。

[12] [[JIS X 7108]] / [[ISO 19108]] にも[[暦法]]の例示として[[明治]]以後の[[日本の元号]]の一覧があります。
[SEE[ [[元号一覧]] ]]

[204] 他いくつかの[[事業者]]固有の[[文字コード]]にも[[元号合字]]が含まれることがあり、
[[平成改元]]、[[令和改元]]で追加されました。
[SEE[ [[元号コード]] ]]

[108] 
[[工業標準]]とはなっていませんが、
各[[システム][計算機システム]]の[[元号コード]]にも新元号が追加されています。
[SEE[ [[元号合字]] ]]

* 計算機システムにおける改元

[13] 
[[日付]]を扱う[[計算機システム]]は、[[改元]]の情報を保有し、
前後で[[年号]]表記を切り替える必要があります。
過去の情報を保持するのはもちろん、
[[改元]]があり次第その情報を追加する必要があります。
[SEE[ [[ロケールの更新]] ]]

[14] 
少なくても[[日本国]]内のシステムで[[元号]]表記に対応したものは、
[[改元]]に即座かつ低コストで対処できる必要があります。
[[改元]]は[[日本]]では1000年以上続く[[元号]]システムの根幹であり、
それに対応できないのは欠陥です。

[16] 
次のような点に留意が必要です。

- [17] 内部形式や[[西暦]]表記の[[日付]]から[[元号]]表記に変換する際に、
新[[元号]]に対応できなければなりません。
-- [27] [[改元]]の[[日付]]だけ決定し新[[元号]]が未確定の間は、
仮文字列などの不適切なデータが生成されないよう注意しなければなりません。
確定するまで何もせず旧[[元号]]を使うのが正解です。
-- [86] 新[[元号]]が発表されてから[[施行]]されるまでに間が空く場合、
[[施行]]前に新[[元号]]を使ってしまわないよう、
システムで新[[元号]]の対応を有効にするタイミングに注意が必要です。
[SEE[ [[改元時期]] ]]
- [18] [[元号]]表記の[[日付]]から内部形式や[[西暦]]表記に変換する際に、
新[[元号]]に対応できなければなりません。
-- [19] [[改元]]前に生成された[[将来の日時]] (旧[[元号]]表記のままの[[改元]]後の[[日時]])
を扱えなければなりません。
[SEE[ [[改元時期]] ]]
- [21] [[改元]]とは別にシステム切替日が設定されることがあります
([SEE[ [[平成31年新元号]] ]])。
- [87] 新[[元号]]が「1年」でなく「元年」と表示される必要があります。
-- [88] ただし「1年」の入力も受け付けるべきです。
-- [91] 年の部分に[[数字]]が含まれませんが、それで問題が生じるべきではありません。
- [89] 新[[元号]]2年以後[[年]]が1桁になっても正しく表示できる必要があります。
- [23] 新しい[[元号コード]]に対応できなければなりません。
- [24] 紙の書式や画面表示などの候補[[元号]]リストに新[[元号]]を追加しなければなりません。
それによって枠や画面から溢れないよう注意が必要です。
- [92] [[年]]を選択させる場合に、
[[改元]]によって複数の呼称が生じた[[年]]を適切に表示する必要があります。
- [25] [[改元]]をまたぐ[[年度]]名に注意が必要です。 [SEE[ [[年度と改元の関係]] ]]
- [28] [[改元]]をまたぐ連番が適切に採番されるよう注意が必要です。 [SEE[ [[年内連番と改元の関係]] ]]
-- [11] 同一の[[暦年]]でも改元前後で同じ番号となることがあるので、
内部的に[[西暦年]]を使う実装戦略はそもそも誤りです。

[31] 
残念ながら、現実には[[改元]]への対応コストが大きかったり、
時間がかかったりするシステムも少なくないようです [SRC[>>30]]。
[[平成]]から[[平成31年新元号]]への[[改元]]の場合、
前の[[改元]]からわずか30年しか経過していないはずですが、
前の[[改元]]でその場しのぎな対応をしていたり、
[[平成]]になってから次の[[改元]]のことを考えずに作ったりしている粗悪なシステムがあるようです。


[32] 
[[昭和から平成への改元][平成改元]]では、
[[昭和]]のままのシステムが何年か残っていたり、
[[手書き]]用の書式に[[昭和]]と印字されていたり[[平成]]の選択肢が抜けていたりするのを記入者が訂正するような[[運用でカバー]]がありました。
[[平成]]からの[[改元]]では[[電子化]]、[[ネットワーク]]接続されたシステムが多く、
こうしたその場での対処は難しくなっているかもしれません。


;; [139] 
申請書等の選択肢では、必ずしも直近までのすべての[[元号]]が提示されるわけではありません。
例えば[[平成]]初期の[[小学生]]の[[保護者]]の[[生年月日]]欄には[[昭和]]までの選択肢はあっても[[平成]]が省略されていることがありました。

[REFS[
- [30] [CITE@ja[【新元号】改元のシステム改修で慌てるシステム屋は「無能」とのこと - Togetter]] ([TIME[2019-01-17 14:03:34 +09:00]]) <https://togetter.com/li/1306814>
]REFS]

* 改元特需

[46] 
[[中世]]の[[日本]]では、
[[朝廷]]が[[改元]]費用を調達できないため[[改元]]が実施されないこともあったようです。
逆に言えば[[改元]]で少なくない額のお金が動いていました。

[33] 
[[江戸時代]]の[[江戸]]では、
[[改元]]直後に新元号を紙に書いて売り歩いたという記録がいくつか残されています。
[SRC[>>35 普及版 p.599]]

[36] 
正規ルート ([SEE[ [[改元手続き]] ]])
以外でも、いちはやく知りたい、
記憶が定着していない改元直後でも[[漢字]]も含め正確に知りたい、
といった需要があったのでしょうか。
あるいは記念品的な意味もあったのでしょうか。

[37] 
[[平成最後]]の頃には[[平成]]記念グッズがいろいろと売り出されました。
[SEE[ [[令和改元]] ]]

[38] 
[[令和]]の新元号発表後には、
[[令和]]に因んだグッズや[[令和]]発表墨書を使ったグッズなどが売り出されました。
売り物以外でも[[令和]]墨書の複製を印刷して貼り出すなど、
新元号人気も相まって代替わりの祝賀ムードを盛り上げました。
前例のない[[十連休]]によって観光地は大きな経済効果を享受しました。
[SEE[ [[令和改元]] ]]

[40] 
[[平成最後]]の日の[[日本国]][[東京都]][[渋谷]]では、
[[改元]]カウントダウンのため集まった人々に向けて自書の
「平成」の書き付けを売る (書家でもなんでもない普通の)
人がいたことが確認されています。
[SEE[ [[令和改元]] ]]

[41] 
そんな人が[[江戸時代]]の事例を知っていたとは思えませんが、
[[改元]]という「断絶」
のイベントの中で日本の歴史の連続性を感じることができる興味深い一致といえます。

[REFS[
- [35] [CITE[[[日本年号史大事典]]]]
]REFS]

* 改元日の一覧

[SEE[ 元号、改元日、読み方などの一覧表や換算ソフトウェアの実装状況などは[[元号一覧]] ]]

* 作品

[FIG(list)[ [10] [[改元]]の作品
- [[太政 (元号)]]
- [[光文事件]]:
[CITE[東京日日新聞]]が[[空想の新元号][フィクションの元号]]を発表した[[フェイクニュース]]事件。
- [[改元かるた]]
- [[改元デマ]]
- [CITE[ゲゲゲの鬼太郎]] [SEE[ [[令和改元]>>717] ]]
- [CITE[鬼滅の刃]] [SEE[ [[令和改元]>>810] ]]
]FIG]

[SEE[ [[架空の元号]] ]]

* 研究史

[SEE[ 日本の元号の研究については[[日本の元号]] ]]

* 関連

[SEE[ [[改号]] ]]

[SEE[ [[流行正月]] ]]

* メモ

[34] [CITE@ja[宝亀の乱 - Wikipedia]]
([TIME[2019-01-29 20:55:51 +09:00]])
<https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%9D%E4%BA%80%E3%81%AE%E4%B9%B1>



[39] [CITE@ja[3.1.1 年号の追加 : SEWB+/標準サブルーチン ライブラリリファレンス]]
([TIME[2018-09-11 09:38:26 +09:00]])
<http://itdoc.hitachi.co.jp/manuals/3020/30203B8610/B860217.HTM>

[137] [CITE@ja[佐賀)大正・昭和の改元、即位の資料展 県公文書館で:朝日新聞デジタル]]
([TIME[2019-04-04 12:33:42 +09:00]])
<https://www.asahi.com/articles/photo/AS20190403003217.html>

[141] [CITE[―新元号は「令和」!「改元元年」にちなみ「各世代の結婚観に関するアンケート調査」を発表―結婚を決めた理由トップは昭和・平成世代変わらず「運命を感じたから」|ワタベウェディング株式会社のプレスリリース]]
([TIME[2019-04-10 12:41:50 +09:00]])
<https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000368.000011086.html>

[142] 「改元元年」とかいう謎ワード



[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[42] [CITE@ja[改元は凶事の「リセット装置」だった? 意外に知らない元号の話(後編) (2/2) - ITmedia NEWS]]
([TIME[2019-11-08 10:57:38 +09:00]])
<https://www.itmedia.co.jp/news/articles/1901/30/news018_2.html>
]FIGCAPTION]

> 「白い亀が献上されたから改元します」「黄金が献上されたので改元します」「良い形の雲が出現したので改元します」など、現代人からすると困惑するような理由で元号が変わっています。大化の改新(646年)で律令国家となった後も、土着的に根ざしていたシャーマニズムの影響からは逃れられなかったのかもしれません。

]FIG]

[43] 
[[祥瑞]]というのは[[律令]]に基づく[[支那]]伝来の制度で、
逆なんだよなー。
当時の最先端の[[科学]]だった。



[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[59] [CITE@zh[宋書/卷31 - 维基文库,自由的图书馆]]
([TIME[2021-10-16T08:49:39.000Z]], [TIME[2021-10-30T08:49:51.554Z]])
<https://zh.wikisource.org/wiki/%E5%AE%8B%E6%9B%B8/%E5%8D%B731#%E8%A8%80%E4%B9%8B%E4%B8%8D%E5%BE%9E>
]FIGCAPTION]

> 劉備卒,劉禪即位,未葬,亦未踰月,而改元為建興。此言之不從也。習鑿齒曰:「禮,國君即位踰年而後改元者,緣臣子之心,不忍一年而有二君也。今可謂亟而不知禮矣。君子是以知蜀之不能東遷也。」後又降晉。吳孫亮、晉惠帝、宋元凶亦然。亮不終其位,惠帝號令非己,元凶尋誅。言不從也。

]FIG]


[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[60] [CITE@ja[柔然 - Wikipedia]]
([TIME[2022-01-04T19:56:37.000Z]], [TIME[2022-01-06T11:54:37.646Z]])
<https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9F%94%E7%84%B6#%E8%B1%86%E5%B4%99%E3%83%BB%E9%82%A3%E8%93%8B%E3%83%BB%E4%BC%8F%E5%9B%B3%E3%83%BB%E9%86%9C%E5%A5%B4>
]FIGCAPTION]

> 太安15年(506年)、那蓋が死去すると、子の伏図が立って、他汗可汗と号し、称元して始平元年とした。

]FIG]


[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[61] [CITE@ja[郁久閭豆崙 - Wikipedia]]
([TIME[2021-12-24T05:58:33.000Z]], [TIME[2022-01-07T05:58:42.962Z]])
<https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%83%81%E4%B9%85%E9%96%AD%E8%B1%86%E5%B4%99>
]FIGCAPTION]

> 永康22年(485年)、予成が死去すると、子の豆崙が立って伏古敦可汗と号し、称元して太平元年とした。

]FIG]


[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[63] [CITE@ja[佐田の山晋松 - Wikipedia]]
([TIME[2022-06-22T07:45:18.000Z]], [TIME[2022-06-23T03:46:13.153Z]])
<https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BD%90%E7%94%B0%E3%81%AE%E5%B1%B1%E6%99%8B%E6%9D%BE#%E7%90%86%E4%BA%8B%E9%95%B7%E5%B0%B1%E4%BB%BB>
]FIGCAPTION]

> 理事長時代の1992年9月場所初日の協会挨拶では、結びの日付で「平成4年」と言うべきところを誤って「昭和4年」と言ってしまい、その直後に場内アナウンスで訂正される場面もあった。

]FIG]



[64] [CITE@ja[新元号 - Enpedia]], [TIME[2022-12-22T08:19:01.000Z]], [TIME[2023-02-22T07:59:45.498Z]] <https://enpedia.rxy.jp/wiki/%E6%96%B0%E5%85%83%E5%8F%B7>

>天皇の退位などに伴い改元がほぼ確定されていて、退位日が決まっている場合、その日以降は新しい元号を用いている。しかし、その元号が公表されていない場合、旧元号を使うか、「新元号X年」と書く。元号が発表されたときに実際の元号に置き換えるのが通例。
>
霞が関語では、旧元号を取りあえず使用して、後日新元号に置き換えることが推奨されている。

[65] 
[[令和]]の1回しかないのに「通例」とは。。。 



[47] [CITE@ja[XユーザーのKaochiさん: 「大橋 卪 https://t.co/MeRyTtQQrX」 / X]], [TIME[午後9:07 · 2024年7月30日][2024-07-30T12:07:21.000Z]], [TIME[2024-07-31T01:35:48.000Z]] <https://x.com/Kaochi817/status/1818257069168079230/photo/1>

[58] >>47 「大正」と印刷された上から手書きで「昭和」。昭和3年台湾総督府文書。




[68] 
「改元」とは、天皇の代替わりや国政上の重大事を契機として、年表示を一新する行為である。これは一見、形式的・法的な制度にすぎないように見えるが、その実体は、日本という共同体における時間の意味づけ、そして社会の自己理解の深部に触れる文化的行為である。

改元とはまず何よりも、「時間の断絶」を宣言する行為である。たとえば「平成31年4月30日」と「令和元年5月1日」のあいだには、わずか一日の差しかない。にもかかわらず、そこには明確な切断と転換が意識される。これはただの暦の操作ではない。時間の流れに人為的な“節”を設けることで、社会に「歴史的な節目」を認識させる象徴的行為なのだ。

このように、改元は一種の「リセット」や「再起動」の儀礼として機能する。昭和が戦後復興と高度経済成長の時代であり、平成が災害や社会構造の転換を含む「変化の時代」として記憶されるように、元号ごとに時代の「色」がつけられる。そこでは、時間とは単なる連続ではなく、選別され、意味づけられた文化的構造物として扱われるのである。

[77] 
改元がもたらすもう一つの顕著な機能は、共時的な共同性の再構築である。すなわち、ある特定の「この瞬間」を、国民全体が同時に経験し、記憶し、意味づけることで、バラバラの個人をひとつの共同体へと接続しなおす働きがある。

令和改元に際しては、特にこの性質が顕著だった。天皇の生前退位という穏やかな契機によって、多くの人々が「お祝いムード」の中で新元号を迎えることができた。街角では元号予想のイベントが行われ、テレビではカウントダウン番組が放送され、インターネット上では「令和祭り」とも呼べる熱狂が展開された。このような現象は、まさに改元が「国家的イベント」として機能し、国民が時間を共有するという経験を創出することを示している。

この共時的な経験は、たとえば五輪・ワールドカップのような国際スポーツ大会や大地震等の災害時に見られるような、突発的な同時体験とは異なり、制度によって予定され、計画された時間の分断と共有である点に特徴がある。そこには、国家が演出する「公的な時間」があり、それに呼応して国民が自らの生活時間を調整していくという構造がある。

そしてこのプロセスにおいて、国民は単なる「制度の対象」としてではなく、新しい時代を迎える「主体」として位置づけられる。だからこそ、元号発表の瞬間を目撃しようと人々がテレビやスマホの前に集まり、あるいは街頭で騒ぎ、新しい時代の言葉を口にし、SNSで共有するのである。

[78] 
一方で、改元は共時的なつながりを生み出すだけでなく、通時的な伝統の連続性を再確認する機会でもある。元号という制度自体が、中国古代の漢帝国から取り入れられたものであり、日本では[[大宝]]以降、連綿と続く歴史を持つ。その長い時間の中で、[[天皇]]という軸と共に元号制度は維持されてきた。

元号の選定にあたっては、しばしば「出典」の問題が話題になる。令和の場合、『万葉集』からの引用であることが強調されたが、これは単なる出典の選定以上の意味をもっていた。すなわち、国書由来であることを明示することで、日本独自の文化的・歴史的伝統の正統性を打ち出すという意図があったのだ。

このように、元号は単なる記号ではなく、「過去と現在をつなぐ言葉」として機能している。改元のたびに、新しい元号にふさわしい意味や願いが込められると同時に、それは「昭和→平成→令和」といった歴代元号の系譜に位置づけられることで、日本という国家の歴史的正統性を確認する作業でもある。

また、この通時性の確認は、天皇制との結びつきによってさらに強固なものとなっている。天皇の代替わりと元号の変更は連動しているが、その際に行われる儀礼(即位礼、大嘗祭など)もまた、国家と時間、そして伝統の連続性を象徴的に体現するものである。

[79] 
元号は、「いつ何が起きたか」を記憶する際の言語的単位でもある。「昭和の戦争」「平成の大災害」「令和のパンデミック」といった言い回しが日常語として使われるのは、元号が個々人の記憶と国家的時間を接続する記号として機能しているからである。

この記憶装置としての性格は、グローバルな西暦とは異なる日本独自の時間意識を醸成する。西暦が線形的で絶対的な時間であるのに対し、元号は周期的で物語的な時間である。つまり、ある時代が始まり、終わり、新たな時代が始まるというリズムを社会に与え、その物語構造に人々が人生や歴史を位置づけることを可能にするのである。

このように、改元は単なる制度変更ではなく、「文化的記憶の更新装置」としての役割を果たしている。それは、国家が自らを語り直し、国民がそれに同調する形で歴史の中に自分を再配置する過程なのだ。

[84] 
改元とは、時間を断ち切ることで、新たな始まりを告げる儀礼でありながら、その背後には古来より続く制度と伝統の連続性が厳然と存在する。この「断絶の中の連続」「連続の中の断絶」という二重性こそが、元号制度の本質である。

そしてこの制度が21世紀においても、変わらず多くの人々の関心と感情を喚起しうるのは、それが「国家と個人」「歴史と現在」「制度と文化」「権威と祝祭」など、さまざまな対立軸を一つの言葉に凝縮しうる構造を持っているからである。

元号とは、ただの年表示ではない。日本という共同体が自らの時間と意味を紡ぎ直す言葉であり、文化であり、儀礼である。
そして改元とは、その共同体が新たな「私達の時代」を宣言し、祝福し、歴史に刻む、稀有な瞬間なのである。



