* 元号名

** かうあん

[SEE[ [[仮名書年号]] ]]

- >>1
- >>7

[532] 
[CITE@ja-JP[福知山市史 史料編 1]], [[福知山市史編さん委員会]], [TIME[1978.12][1978]], [TIME[2024-02-01T05:12:54.000Z]], [TIME[2024-02-13T13:03:13.321Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/9574210/1/35> (要登録)

かうあん (康安)

[9] 
[CITE@ja-JP[大日本史料 第6編之24]], [[東京大学史料編纂所]], [TIME[昭和4][1929]], [TIME[2026-06-30T01:10:51.000Z]], [TIME[2026-07-04T05:19:27.738Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/3450570/1/523?keyword=%E3%81%8B%E3%81%86%E3%81%82%E3%82%93>

[5] [CITE@ja-JP[愛媛県史 資料編 古代・中世 本編]], [[愛媛県]], [TIME[1983]], [TIME[2026-06-30T01:10:51.000Z]], [TIME[2026-07-04T05:20:34.010Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/9575275/1/337?keyword=%E3%81%8B%E3%81%86%E3%81%82%E3%82%93> (要登録)


[4] [CITE@ja-JP[年号読方考証稿]], [[山田孝雄]], [TIME[1970]], [TIME[2026-06-30T01:10:51.000Z]], [TIME[2026-07-04T05:13:05.560Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/12205359/1/69?keyword=%E3%81%8B%E3%81%86%E3%81%82%E3%82%93> (要登録)



* 延長年号

[72] 
[[延長年号]]の用例は意外と多いです。全国各地、いろいろな時代の文献に散らばっています。

[73] 
いくつか限定的に検討された事例はあるものの、あまり研究対象になっていないようです。

-*-*-

[54] 
[CITE@ja-JP[多可郡誌]], [[兵庫県多可郡教育会]], [TIME[大正12][1923]], [TIME[2026-06-30T01:10:51.000Z]], [TIME[2026-07-04T07:06:14.590Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/978710/1/139?keyword=%E5%BA%B7%E5%AE%89%E5%9B%9B%E5%B9%B4>

[CITE[法華経]]八巻 康安四年 藤原清包 寄付

[55] 
[CITE@ja-JP[大日本史料 第6編之29]], [[東京大学史料編纂所]], [TIME[昭和27][1952]], [TIME[2026-06-30T01:10:51.000Z]], [TIME[2026-07-04T07:07:03.723Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/3450575/1/199?keyword=%E5%BA%B7%E5%AE%89%E5%9B%9B%E5%B9%B4>

系図 康安四年八月廿九日

[53] 
[CITE@ja-JP[牡丹と藤 : 摂家門跡家よりみた興福寺史 第1巻]], [[松園裕]], [TIME[1994.10][1994]], [TIME[2026-06-30T01:10:51.000Z]], [TIME[2026-07-04T07:05:29.156Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/13324052/1/126?keyword=%E5%BA%B7%E5%AE%89%E5%9B%9B%E5%B9%B4> (要登録)

康安四年四月九日

[50] 
[CITE@ja-JP[「太平記」群雄の興亡と謎 : 南北朝動乱を演出した巨将たちの覇権と興亡]], [[岩松清四郎]], [TIME[1990.11][1990]], [TIME[2026-06-30T01:10:51.000Z]], [TIME[2026-07-04T07:03:27.904Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/13238418/1/96?keyword=%E5%BA%B7%E5%AE%89%E5%9B%9B%E5%B9%B4> (要登録)

康安元年 (一三六一)
康安四年 (一三六二)

[47] 
[CITE@ja-JP[相生ふるさと散歩]], [[相生市教育委員会生涯学習課]], [TIME[1992.3][1992]], [TIME[2026-06-30T01:10:51.000Z]], [TIME[2026-07-04T07:01:08.711Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/13217283/1/30?keyword=%E5%BA%B7%E5%AE%89%E5%9B%9B%E5%B9%B4> (要登録)

康安四年 (一三六一)

[48] 
[CITE@ja-JP[じゃがいも人生 続]], [[和田孝太]], [TIME[1986.12.][1986-12]], [TIME[2026-06-30T01:10:51.000Z]], [TIME[2026-07-04T07:01:50.984Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/13285346/1/49?keyword=%E5%BA%B7%E5%AE%89%E5%9B%9B%E5%B9%B4> (要登録)

康安四年 (1361)

[49] 
[CITE@ja-JP[相生ふるさと散歩]], [[相生市教育委員会生涯学習課]], [TIME[1992.3][1992]], [TIME[2026-06-30T01:10:51.000Z]], [TIME[2026-07-04T07:02:28.173Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/13217283/1/30?keyword=%E5%BA%B7%E5%AE%89%E5%9B%9B%E5%B9%B4> (要登録)

康安四年 (一三六一)

[51] 
[CITE@ja-JP[中世楽書と説話伝承に関する研究]], [[高原香苗]], [TIME[1999]], [TIME[2026-06-30T01:10:51.000Z]], [TIME[2026-07-04T07:04:05.014Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/3155069/1/47?keyword=%E5%BA%B7%E5%AE%89%E5%9B%9B%E5%B9%B4> (要登録)

康安四年 (一三六五)

[52] [CITE@ja-JP[正説日本史]], [[原書房]], [TIME[1980.7][1980]], [TIME[2026-06-30T01:10:51.000Z]], [TIME[2026-07-04T07:04:53.075Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/12208914/1/46?keyword=%E5%BA%B7%E5%AE%89%E5%9B%9B%E5%B9%B4> (要登録)

正平十六年 (康安四年)

-*-*-

- [30] [CITE@ja-JP[小野寺氏研究資料 第1編]], [[深沢多市]], [TIME[大正13-14序][1925]], [TIME[2026-06-30T01:10:51.000Z]], [TIME[2026-07-04T06:36:12.442Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/1245912/1/13?keyword=%E5%BA%B7%E5%AE%89%E4%BA%94%E5%B9%B4> (要登録)
- [32] [CITE@ja-JP[小野寺氏の研究 続]], [[佐々木千代治]], [TIME[1991.4][1991]], [TIME[2026-06-30T01:10:51.000Z]], [TIME[2026-07-04T06:37:10.684Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/13136045/1/17?keyword=%E5%BA%B7%E5%AE%89%E4%BA%94%E5%B9%B4> (要登録)
- [40] 
[CITE@ja-JP[六郷の歴史 12]], [[六郷町町史編纂委員会]], [TIME['''['''1983''']'''][1983]], [TIME[2026-06-30T01:10:51.000Z]], [TIME[2026-07-04T06:49:03.398Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/9540722/1/61?keyword=%E5%BA%B7%E5%AE%89%E4%BA%94%E5%B9%B4> (要登録)
- [42] 
[CITE@ja-JP[図説湯沢の歴史]], [[土田章彦]], [TIME[1985.2][1985]], [TIME[2026-06-30T01:10:51.000Z]], [TIME[2026-07-04T06:51:40.439Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/9539862/1/12?keyword=%E5%BA%B7%E5%AE%89%E4%BA%94%E5%B9%B4> (要登録)

[31] >>30 康安五年。付近に正慶2年や至徳3年がある

[33] >>32 康安五年 (一三六五)。

[43] >>42 康安五年=一三八〇卒

[34] [CITE@ja-JP[香取古文書目録]], [[色川三中]], [TIME[明17.5][1884]], [TIME[2026-06-30T01:10:51.000Z]], [TIME[2026-07-04T06:38:00.682Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/815196/1/15?keyword=%E5%BA%B7%E5%AE%89%E4%BA%94%E5%B9%B4>

円城寺氏政 康安五年十一月日

[35] 
[CITE@ja-JP[上毛及上毛人 (255)]], [[上毛郷土史研究会]], [TIME[1938-07]], [TIME[2026-06-30T01:10:51.000Z]], [TIME[2026-07-04T06:39:41.356Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/3567445/1/16?keyword=%E5%BA%B7%E5%AE%89%E4%BA%94%E5%B9%B4> (要登録)

康安五年板碑


[36] 
[CITE@ja-JP[九州荘園史料叢書 第15]], [[竹内理三]], [TIME[1967]], [TIME[2026-06-30T01:10:51.000Z]], [TIME[2026-07-04T06:40:19.570Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/3009715/1/8?keyword=%E5%BA%B7%E5%AE%89%E4%BA%94%E5%B9%B4> (要登録)

康安五年壬子十二月十一日 今川貞世

[37] [CITE@ja-JP[寒河江市史編纂叢書 第33集 (大江系図附関係諸家系図 3)]], [[寒河江市史編纂委員会]], [TIME[1985.3][1985]], [TIME[2026-06-30T01:10:51.000Z]], [TIME[2026-07-04T06:44:18.598Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/9539756/1/103?keyword=%E5%BA%B7%E5%AE%89%E4%BA%94%E5%B9%B4> (要登録)

系図 康安五年九月十三日卒

[38] 
[CITE@ja-JP[時衆過去帳]], [[大橋俊雄 編著]], [TIME[1964]], [TIME[2026-06-30T01:10:51.000Z]], [TIME[2026-07-04T06:45:10.665Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/2965454/1/37?keyword=%E5%BA%B7%E5%AE%89%E4%BA%94%E5%B9%B4> (要登録)

康安五年極月十二日

[39] 
[CITE@ja-JP[備前の嵐]], [[沢井近明]], [TIME[1982.2][1982]], [TIME[2026-06-30T01:10:51.000Z]], [TIME[2026-07-04T06:46:02.548Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/12553589/1/33?keyword=%E5%BA%B7%E5%AE%89%E4%BA%94%E5%B9%B4> (要登録)

康安五年三月三日卒

[41] [CITE@ja-JP[越中地志]], [[青木北海, 富山郷土研究会]], [TIME[昭和7][1932]], [TIME[2026-06-30T01:10:51.000Z]], [TIME[2026-07-04T06:50:16.595Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/1208785/1/109?keyword=%E5%BA%B7%E5%AE%89%E4%BA%94%E5%B9%B4>

康安五年


** 伊予の康安3年

- [2] [CITE@ja-JP[伊予史談 (303)]], [[伊予史談会]], [TIME[1996-10]], [TIME[2026-06-30T01:10:51.000Z]], [TIME[2026-07-04T05:11:28.310Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/8100836/1/8?keyword=%E3%81%8B%E3%81%86%E3%81%82%E3%82%93> (要登録)

3/2/11

- [8] 
[CITE@ja-JP[愛媛県編年史 第3]], [[愛媛県史編纂委員会]], [TIME[1966]], [TIME[2026-06-30T01:10:51.000Z]], [TIME[2026-07-04T05:15:49.786Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/9573398/1/154?keyword=%E3%81%8B%E3%81%86%E3%81%82%E3%82%93> (要登録)
- [3] [CITE@ja-JP[河野氏の研究]], [[景浦勉]], [TIME[1991.12][1991]], [TIME[2026-06-30T01:10:51.000Z]], [TIME[2026-07-04T05:12:30.360Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/13251202/1/63?keyword=%E3%81%8B%E3%81%86%E3%81%82%E3%82%93> (要登録)
- [7] 
[CITE@ja-JP[栃木史学 = The Tochigi journal of Japanese history (4)]], [[国学院大学栃木短期大学史学会]], [TIME[1990-03]], [TIME[2026-06-30T01:10:51.000Z]], [TIME[2026-07-04T05:15:18.427Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/4424954/1/33?keyword=%E3%81%8B%E3%81%86%E3%81%82%E3%82%93> (要登録)
- [6] [CITE@ja-JP[伊予史料集成 第3巻 (河野家文書)]], [[景浦勉]], [TIME[1967]], [TIME[2026-06-30T01:10:51.000Z]], [TIME[2026-07-04T05:14:33.689Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/3009081/1/100?keyword=%E3%81%8B%E3%81%86%E3%81%82%E3%82%93> (要登録)
- [10] 
[CITE@ja-JP[松山市史料集 第2巻 (考古編 2.古代・中世編.近世編 1.文化編)]], [[松山市史料集編集委員会]], [TIME[1987.4][1987]], [TIME[2026-06-30T01:10:51.000Z]], [TIME[2026-07-04T05:33:17.570Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/9776113/1/315?keyword=%E3%81%8B%E3%81%86%E3%81%82%E3%82%93> (要登録)
- >>4
- >>9
- >>5

3/2/12


[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[1] 
[CITE@ja[こ]], [TIME[2018-10-18T02:13:00.000Z]], [TIME[2026-07-04T05:03:40.405Z]] <https://www2s.biglobe.ne.jp/tetuya/REKISI/taiheiki/jiten/ko.html>
]FIGCAPTION]

>翌貞治2年(正平18、1363)2月12日に通盛は家督を息子の河野通朝に譲って隠居するが、その譲状の年号はわざわざ「かうあん(康安)三年」となっており、これは清氏が管領職にあったときの年号であることから心情的に清氏を応援していたことを示唆している。しかしこうした姿勢がかえって頼之に伊予侵攻の口実を与えてしまった。
]FIG]

[11] 
[[康安]]を使った理由を書いているのは >>1 以外に見当たらない。 >>1 の独自説?



** 近江の康安5年



*** 用例

[ITEMS[ [[日時事例]]

- [7] [DATA(.label)[[DATA(.addr)[[[日本国]][[滋賀県]][[野洲郡]]]] [[御上神社]] 楼門]]
-- [6] 
[DATA(.label)[上層 斗束 裏面 古材 墨書銘]]
「[V[[DATA(.text)[かうあん三年きのとのみのとし二月十七日]][BR[]]                        ふちはらの六郞ひやうへのせう貞(花押)]]」
[SRC[>>9]]
--- [8] 
「[V[[DATA(.text)[かうあん三年きのとのみのとし二月十七日]]ふしわらの六郞ひやうへのせう]]」
[SRC[>>5]]
-- [57] 
かうあん五年きのとみのとし
[SRC[>>23]]
--- [22] 
かうあん五年きのみのとし
[SRC[>>21]]
--- [20] 
かうあん5年きのとみのとし
[SRC[>>19]]

]ITEMS]

[56] 
[[昭和時代]]初期の文献は[CH[三]]年と読んでいますが、
[[令和時代]]の資料は[CH[五]]年と読んでいます。

*** 諸説

[61] 
銘文の判読に、3年説と5年説があります。3年説だと素直な解釈が不能になる問題があり、
5年説だと一応妥当な解釈が得られるものの[[延長年号]]となります。

[62] 
もし精密な検査によって[CH[五]]と読めると判定されたのなら何ら問題ありませんが、
かつて[CH[三]]と読んで疑いを持たれなかったものが突然実は[CH[五]]でした、
というのは簡単には受け入れられないでしょう。

[63] 
[[Web]] 上に資料が見つかっていない[[昭和時代]]後期から[[平成時代]]の頃の経緯の検証が望まれます。

-*-*-

[68] かうあん / こうあんと読める[[日本の公年号]]は、[[弘安]]と[[康安]]の2つがあります。
ただし、[[康安]]は2年で[[改元]]されています。

[69] 媒体たる建築物の様式による判断は、論者によりいくらかのぶれはありますが、
おおむね[[南北朝時代]]近辺と判断されているようで、
[[弘安]]では古すぎると見られているようです。
これについては、最新の研究に基づき、銘文を考慮に入れずに、
改めて整理されることが望ましいと考えられます。


-*-*-

[64] 
5年説によると、
[TIME[康安5年 = 貞治4(1365)年乙巳][1365]]と解釈されます。
康安2年に[[改元]]されており、 +3年の[[延長年号]]となります。

[65] 
[[京都]]からも近いこの地域で3年(以上)も[[改元]]が遅れるとなると、
何らかの事情の説明が必要ですが、これを論じたものは見当たりません。

[66] 
不思議なことに全国各地に康安4年、康安5年の[[延長年号]]の用例が残ります。
それらには同時代に遡り得るものもあれば、そうでないものもあるでしょうし、
誤記なども混じっていると考えられますが、それらと関係はあるのかどうか、
など考えるべきことは色々あります。

-*-*-

[67] 
3年説では、[[康安]], [[弘安]]のどちらも3年は乙巳年でないことが問題となります。
[[元号名]]、[[元号年]]または[[干支年]]の誤記とするにも、
あまりよい後補が見当たりません。

[70] 
嘉元3年乙巳とみる説があります。「か・ぐわん」と考えると、
誤記や[[方言]]音など何らかの変化で「かうあん」と表記される可能性も皆無とまでは言えないように思われます。
が、少々無理をしていえる感も否めません。

[71] 
[[弘安]]よりは[[嘉元]]の方が[[鎌倉時代]]末に近いですが、
様式面から少々不安が残ることは確かです。


*** 研究史

[10] 
[TIME[昭和2(1927)年][1927]]の地域史は、
>>7 
を紹介し、

- [11] 弘安3年庚辰は[[干支年]]が合わない
- [12] 乙巳年には当てはまるものなし
- [13] 嘉元3年乙巳の誤りとすれば、
-- [14] 楼門建立の年代として首肯するに足る

... と述べています。
[SRC[>>9]]

[15] 
[TIME[1936-10-11]]、
[[史迹美術同攷会]]の例会は[[御上神社]]を参観しました。
その報告は、

- [16] 楼門は[[鎌倉時代]]末期の建築で、特徴はない
- >>8
-- [17] 建築様式から[[弘安]]では古すぎ
-- [18] [[康安]]では[[干支年]]が合わない

... と述べています。
[SRC[>>5]]

[REFS[

-
[9] 
[CITE@ja-JP[野洲郡史 上]], [[橋川正]], [TIME[昭和2][1927]], [TIME[2026-06-30T01:10:51.000Z]], [TIME[2026-07-04T06:08:51.432Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/3440431/1/200?keyword=%E3%81%8B%E3%81%86%E3%81%82%E3%82%93> (要登録)
- 
[5] 
[CITE@ja-JP[史迹と美術 7(12)(72)]], [[史迹美術同攷会]], [TIME[1936-11]], [TIME[2026-06-30T01:10:51.000Z]], [TIME[2026-07-04T06:03:15.477Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/6066964/1/32?keyword=%E3%81%8B%E3%81%86%E3%81%82%E3%82%93> (要登録)

]REFS]

-*-*-

[25] [TIME[弘安3(1280)年][1280]]とするもの :

[REFS[

- [24] 
[CITE@ja-JP[近江古美術大観 第10集]], [[近江古美術大観刊行会]], [TIME[1959]], [TIME[2026-06-30T01:10:51.000Z]], [TIME[2026-07-04T06:27:13.388Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/2491402/1/6?keyword=%E6%A5%BC%E9%96%80> (要登録)
- [26] 
[CITE@ja-JP[近江文化財散歩]], [[景山春樹]], [TIME[1972]], [TIME[2026-06-30T01:10:51.000Z]], [TIME[2026-07-04T06:29:55.239Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/9569126/1/65?keyword=%E6%A5%BC%E9%96%80> (要登録)
- [27] 
[CITE@ja-JP[野洲町史 第1巻 (通史編 1)]], [[野洲町]], [TIME[1987.3][1987]], [TIME[2026-06-30T01:10:51.000Z]], [TIME[2026-07-04T06:32:28.097Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/9571852/1/426?keyword=%E6%A5%BC%E9%96%80> (要登録)

]REFS]

[29] 康安3年とするもの :

[REFS[

-[28] 
[CITE@ja-JP[文化財を楽しむために : 鑑賞の手引]], [[石丸正運]], [TIME[1987.3][1987]], [TIME[2026-06-30T01:10:51.000Z]], [TIME[2026-07-04T06:34:00.866Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/12418297/1/40?keyword=%E5%BE%A1%E4%B8%8A%E7%A5%9E%E7%A4%BE> (要登録)

]REFS]

-*-*-

[58] 
[[令和時代]]のいくつかの [[Webサイト]]
(公式サイト含む。)
は「かうあん5年」と読んで[TIME[康安5(1365)年乙巳][1365]]と解釈しています。
[SRC[>>19, >>21, >>23]]

[59] 
文化財調査系の共通の情報源があると推測されますが、詳細は不明です。

[REFS[

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[19] 
[CITE@ja[御上神社・境内図 | 御上神社 | 近江富士三上山麓 近江の国宝神社]], [TIME[2026-07-04T06:17:45.000Z]] <https://mikami-jinja.jp/mikami-jinja/>
]FIGCAPTION]

>建立年代は諸説あるが、この門の上層間斗束裏面に「かうあん5年きのとみのとし」の墨書があり、乙巳は康安5年(1365年)に当たり、各部の形式も当時のものとみられることから、室町時代の建立と考えられる。楼門としては最も普遍的な、三間一戸楼門で、全体は和様であるが、上層の頭貫に木鼻をつけたのは禅宗様細部の混用されている。組物は上下層共三手先だが、楼門の上層三手先組物に尾垂木が無いのは珍しい形式である。
]FIG]

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[21] 
[CITE[滋賀県野洲市 御上神社]], [TIME[2026-06-20T03:21:48.000Z]], [TIME[2026-07-04T06:21:22.298Z]] <https://japan-geographic.tv/shiga/yasu-mikamijinja.html>
]FIGCAPTION]

> この門は上層間斗束裏面に「かうあん五年きのみのとし」の墨書があり、乙巳は康安5年(1365)に当たり、各部の形式も当時のものとみられている。

]FIG]

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[23] 
[CITE@ja[御上神社(滋賀県野洲市) : 好奇心いっぱいこころ旅]], [TIME[2026-07-04T06:22:17.000Z]] <http://blog.livedoor.jp/kayoko1227/archives/23867811.html>
]FIGCAPTION]

>楼門は二階建ての門ですが、腰組で廻縁を支え屋根は一重です。上層間斗束裏面に「かうあん五年きのとみのとし」の墨書があり、乙巳(きのとみ)は康安5年(1365)に当たり、各部の形式も当時のものとみられています。

]FIG]

]REFS]

-*-*-

[60] 
[[令和時代]]に至るまで、[[元号研究]]の文脈で紹介された事例は見当たりません。


* 関連

- [44] 
[CITE@ja-JP[中世荘園の基礎構造]], [[清水三男]], [TIME[昭和24][1949]], [TIME[2026-06-30T01:10:51.000Z]], [TIME[2026-07-04T06:52:31.794Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/1061910/1/155?keyword=%E5%BA%B7%E5%AE%89%E4%BA%94%E5%B9%B4>
- [46] [CITE@ja-JP[清水三男著作集 第3巻 (中世荘園の基礎構造)]], [[校倉書房]], [TIME[1975]], [TIME[2026-06-30T01:10:51.000Z]], [TIME[2026-07-04T06:54:49.890Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/12283532/1/109?keyword=%E5%BA%B7%E5%AE%89%E4%BA%94%E5%B9%B4> (要登録)


正応2年正月18日 東大寺文書 : 康安五年


[45] [[正応]]の前が[[弘安]]。
誤植か誤記か。


* メモ