[1] [DFN[庚]]は、[[十干]]の1つです。

* 異体字等

[FIG(short list data)[ [[文字]]

:[F[文字]]:[CH[庚]]
:[F[関連]]:[CH[更]]
:[F[関連]]:[CH[𢈔󠄀]]
:[F[関連]]:[CH[康]]
:[F[異体字]]:[CH[广]]

]FIG]

** [CH[广]]

[57] 
[CITE@ja[XユーザーのGordian Schreiber@Managraphyさん: 「@JUMANJIKYO もう一つの返事でごめんなさい。 十干の「庚」が「广」で略した例もあります。その字体は高山寺本表白集に書いてあります。 添付している画像は『高山寺本古往来 表白集』(1972年、854頁)からのです。翻刻は「久安二年十月四日广〔庚〕子」と述べます。 https://t.co/fazzekG13Q」 / X]], [TIME[午後11:58 · 2023年9月6日][2023-09-06T14:58:41.000Z]], [TIME[2023-11-06T07:16:41.000Z]] <https://twitter.com/managraphy/status/1699436966620586193>

[60] [CITE@ja[国書データベース]], [TIME[2024-07-09T06:16:12.000Z]] <https://kokusho.nijl.ac.jp/biblio/100371627/17?ln=ja>
左

[CH[广]]


** [CH[康]]

[2] 
[CITE@ja[manyo_117.pdf]], [TIME[2014-03-11T05:54:32.000Z]], [TIME[2024-12-30T12:21:48.155Z]] <https://manyoug.jp/wordpress/wp-content/uploads/2014/03/manyo_117.pdf#page=47>

[6] 
[[伊福吉部徳足比売]]骨蔵器 「三年康成冬十月」 [SRC[>>3]]

[7] 「康・成を庚・戌に通じて用いる例は中国・日本に多い」 [SRC[>>4]]

[8] 「康は庚と同じに使った。伊福部氏の墓版にも康の字が使ってある。この転用は日本だけのことで中国にはない。」
[SRC[>>5]]

[REFS[

- [1107] 
[CITE[[L[天武天皇と九州王朝[WEAK(smaller)[⸺古事記・日本書紀に使用された暦]]]]]],
[[[L[砂川恵伸]]]],
[L[2006年12月25日  第1版第1刷発行]]
--[789] [CITE@en-us[Amazon.co.jp: 天武天皇と九州王朝―古事記・日本書紀に使用された暦 : 砂川 恵伸: Japanese Books]], [TIME[2023-02-14T02:59:42.000Z]] <https://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4787706160/wakaba1-22/>
-- [3] p.[L[301]]
--- [4] 
引用:
[CITE[日本古代の墓誌]],
[[奈良国立文化財研究所]][[飛鳥資料館]]編,
[TIME[1979]],
p.179
--- [5] 
引用:
[CITE[遺物が語る古代史]],
[[李家正文]],
[TIME[1982]],
p.134

]REFS]

** [CH[𢈔󠄀]]

[21] 
[[日本国]][[静岡県]][[南伊豆町]]伊沢普照寺[[鰐口]]
「[V[元応二 [LINES[𢈔󠄀][申]]]]
[V[六月十七日]]」
[SRC[>>339 p.[V[二二〇]] [V[[YOKO[37]]]] ([CITE[伊豆南西海岸]], [[日本地方史研究所]]; [CITE[安斎階筆]]; [CITE[伊豆志]])]]

[22] わざわざ作字したように見える。
本書の他の箇所は通常の[CH[庚]]を使っている。
(がこの種の[[異体字]]を厳密に翻刻している例は本書の他の箇所にほとんどない。)

[REFS[

- [339] [CITE[[V[平安・鎌倉時代鰐󠄂口銘文集]]]],
[CITE[[[仏教考古学研究]]]], pp. [V[二〇八󠄂]]-[V[二二二]]

]REFS]

** [CH[更]]

[29] 
あまり紹介されることはありませんが、
[CH[庚]]が[CH[更]]と書かれることがあります。
[[字形]]ないし[[音]]の類似による[[通用]]なのでしょうか。
それとも誤記、誤写の類なのでしょうか。

[43] 
[[辞書]]では[[異体字]]関係にはされていませんが、
[[十干]]の意味の説明では[CH[庚]]が[CH[更]]と関連付けられていることが多いようです。
同音語という説明が多いようです。

[ITEMS[ [[日時事例]]

- [31] [DATA(.label)[[[敦煌文書]] [[S.728]]]]
-- [33] 「[DATA(.text)[更子年二月十五日[SNIP[]]]]」 [SRC[>>30]]
- [35] 
[DATA(.label)[[CITE[维基文库]]本[CITE[大越史記全書]]]]
--
[36] 
「[DATA(.text)[更子七年[SUB[宋咸平三年]]。]]」
[SRC[>>34]]


]ITEMS]

[38] 
[[ウェブ検索]]によると[[ハングル]]に[[漢字]]を併記したページが多く、
[[ハングル]]世代の同音語の混同とも思われますが、
単なる誤りにしては用例が多いです。 (が、同じページで
「更子年」と「庚子年」を併用しているような例も多いので、
誤用にも思われます。)

[39] 
ウェブ上には[[韓国語]]用例が多いですが、
[[中文]]も案外多く、
[[中華人民共和国]]でも[[中華民国台湾]]でも用例があります。

[44] 
[[越南の元号]]に関する[[越南人]]研究者の論文で、
[[日本語]]版では
[CITE[大越史記全書]]
から引いて西暦紀元前111年 [WEAK[(111年とだけあるのは誤り)]]、
西暦970年を
「[V[更午]]」
と書いています [SRC[>>202]]。

[45] 
ところが
[CITE[维基文库]]本[CITE[大越史記全書]]の該当箇所は
「庚午」
になっています。

[46] 
同論文の[[越南語]]版の該当箇所は[[越南語国語]]表記しかありません。
[SRC[>>230]]

[47] 
[[越南]]で流通しているであろう
[CITE[大越史記全書]]
では
「更午」
と書かれているのでしょうか。
それとも和訳時に宛てたのでしょうか。
現代の[[越南]]ではこの語に[CH[更]]を宛てるのが普通なのでしょうか?



[40] 
古籍の用例はあまり出てきません。
また意外にも[[日本語]]の用例は出て来ないので、
[[日本語入力]]の[[誤変換]]ではなさそうです。
([[日本語]]を含む[[東アジア]]全域で同音なのに、
[[日本語]]でだけ用例がないのは不思議です。)


[REFS[
- [30] [CITE[NIANBAO_10-2.pdf]], [TIME[2016-03-31T06:52:24.000Z]], [TIME[2023-03-26T04:13:09.689Z]] <https://www.zinbun.kyoto-u.ac.jp/~takata/NIANBAO_10-2.pdf#page=264>
- [34] 
[CITE@zh[[[大越史記全書]]/本紀卷之一 - [[维基文库]],自由的图书馆]], [TIME[2023-03-14T13:46:53.000Z]], [TIME[2023-03-26T04:16:20.730Z]] <https://zh.wikisource.org/wiki/%E5%A4%A7%E8%B6%8A%E5%8F%B2%E8%A8%98%E5%85%A8%E6%9B%B8%2F%E6%9C%AC%E7%B4%80%E5%8D%B7%E4%B9%8B%E4%B8%80>
-
[200] 
[CITE[[V[[[日本語学]] 第三十九巻第四号冬号]]]],
[V[令和二年十二月十日発行]]
--
[201] 
[CSECTION[[V[特集 年号を考える]]]]
---
[202] 
[CSECTION[[V[[[ベトナムの漢字年号について[BR[]]⸺李王朝を中心に⸺]]]]]],
[[[V[グエン・ティ・オワイン]]]],
pp.[L[88]]-[L[101]]
- [230] 
[CITE[CVv235S12021003.pdf]], [TIME[2021-08-01T04:22:35.000Z]], [TIME[2023-04-02T02:19:43.252Z]] <https://sti.vista.gov.vn/tw/Lists/TaiLieuKHCN/Attachments/320590/CVv235S12021003.pdf>
-- [231] 
>>202 の[[越南語]]版と思われる (さらっと見た感じ同内容、
出版はこちらが後、著者が[[越南人]]なのでこちらが原文か)


]REFS]


** その他

[24] [CITE[運歩色葉集]], [TIME[2001-04-06T08:38:06.000Z]], [TIME[2021-02-27T06:29:02.853Z]] <https://www.komazawa-u.ac.jp/~hagi/txt_seiunpoirohashu.txt>

>
いするぎ,【石動】,石動 能登國孝謙女帝天平勝宝虔刀立至天文十六丁未七百九十八年也,イスルキ,103

「虔刀」 (庚寅)



* メモ