[9] [CITE@ja-JP[花巻市史 文化財篇]], [[熊谷章一]], [TIME[1972.12][1972]], [TIME[2022-12-27T12:44:39.000Z]], [TIME[2022-12-27T14:45:33.886Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/2994252/1/35> (要登録)

「[V[于時寿慶三己歳三月廿四日]]」

嘉慶3年の誤り

[11] [CITE@ja-JP[石鳥谷町史 上巻]], [[石鳥谷町史編纂委員会]], [TIME[1979.3][1979]], [TIME[2022-12-27T12:44:39.000Z]], [TIME[2022-12-27T14:47:14.792Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/9570007/1/218> (要登録)

引[CITE[花巻市史]]


[1] [CITE@ja-JP[奥州大学紀要 (1)]], [[奥州大学学術研究会]], [TIME[1968-12]], [TIME[2022-12-27T12:44:39.000Z]], [TIME[2022-12-27T14:07:21.326Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/1731749/1/14> (要登録)

寿慶元年 私年号 嘉慶

[2] [CITE@ja-JP[岩手の歴史論集 2 (中世文化)]], [[司東真雄]], [TIME[1979.11][1979]], [TIME[2022-12-27T12:44:39.000Z]], [TIME[2022-12-27T14:22:37.768Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/9538754/1/31> (要登録)
/283

寿慶元年 私年号 嘉慶

[21] 
[CITE@ja-JP[岩手の懸仏]], [[岩手県立博物館]], [TIME[1984.3][1984]], [TIME[2025-02-25T01:55:51.000Z]], [TIME[2025-03-22T12:58:50.170Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/12424053/1/40> (要登録)


[22] [CITE@ja-JP[北上市史 第2巻 (古代(2)・中世)]], [[北上市史刊行会]], [TIME[1970]], [TIME[2025-02-25T01:55:51.000Z]], [TIME[2025-04-17T03:27:48.923Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/9569456/1/255?keyword=%E5%AF%BF%E6%85%B6> (要登録)



[15] [CITE[角川日本地名大辞典: 岩手県 - Google ブックス]], [TIME[2022-12-27T14:57:18.000Z]] <https://books.google.co.jp/books?id=tJXTAAAAMAAJ&q=%22%E5%AF%BF%E6%85%B6%22>

>180 ページ
>神貫路郡のうち。大畑氏は郡上稗貫氏の家臣。大畑大日堂の本尊には,「大旦那大畑之禅門」「前出羽守時義」「寿慶三己巳歳三月廿四日開眼などの文字が見える。寿慶 3 年は南北朝後期の嘉慶 3 年にあたるか(県金石志)。室町期の永寧 8 年稗貫語十八ヶ城語が ...
>792 ページ
>寿慶 3 年は私年号で、南北朝期の嘉慶 3 年にあたるか(県金石志)。豊沢川の北岸の鐘撞森と呼ぶ小丘の西側に,空に囲まれた約 40 間四方の館跡があり、湯口氏の居館跡と推定されている(湯口村誌)。〔近世湯口村江戸期~明治 22 年の村名。稗貫郡のうち。


[10] [CITE@ja[[[私年号]] - Wikipedia]], [TIME[2022-12-10T11:22:17.000Z]], [TIME[2022-12-22T12:35:00.472Z]] <https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A7%81%E5%B9%B4%E5%8F%B7>

>
,*私年号 	,*異説 	,*元年相当公年号(西暦) 	,*継続年数 	,*典拠・備考 
,寿慶 	,- 	,元中4年/嘉慶元年(1387年)? 	,不明 	,岩手県花巻市白山神社蔵大日如来胎内銘。公年号「嘉慶」の誤記か。 


- [19] 
[CITE@ja[「私年号」の版間の差分 - [[Wikipedia]]]], [TIME[2024-07-20T06:30:36.000Z]], [TIME[2024-07-21T08:59:06.548Z]] <https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E7%A7%81%E5%B9%B4%E5%8F%B7&diff=prev&oldid=41377699>
-- [20] 
[CSECTION[2012年2月25日 (土) 04:36時点における版]],
[[Takanuka]]


-*-*-

[12] [CITE[菅江真澄全集 - 菅江真澄, 营江真澄 - Google ブックス]], [TIME[2022-12-27T14:50:17.000Z]] <https://books.google.co.jp/books?id=NFgoAAAAMAAJ&q=%22%E5%AF%BF%E6%85%B6%22>

>265 ページ
>... 渡倍某といふ人の古・塚に生ひたる柳なりしが、近きころ共柳を人フブゃフミカタ cu4 なれは、寿慶は嘉慶を見誤れる 265 しいのは.
>266 ページ
>なれは、寿慶は嘉慶を見誤れるにゃ。寿と嘉と、文字形似たり。また、神皇九十五代後醍醐天皇、諱は尊治、後宇多第二の御子、御母は淡天門院云々。旧都には、戊寅の年の冬、改元して暦応とぞいひける。芳野の宮には本の延元の号なれば、国々や思ひくの号なり。おろこしにはかるためしれ ○十九代 ... 書ると* ~寿慶寿慶二年といふとしの号書たる大般若経、仙北郡金沢八幡宮神蔵に在り、此寿慶は南朝北朝にゃ見えじ。しむかし、年号の数に入らさるるありしか。其としの名にゃ、寿鹿の前に貞治あれば、そを編年に 0 百川秋田/郡雄鹿~浦に百河といふ村あり、 ...

[14] [CITE[菅江真澄全集 - 菅江真澄 - Google ブックス]], [TIME[2022-12-27T14:55:57.000Z]] <https://books.google.co.jp/books?id=TFVEAQAAIAAJ&q=%22%E5%AF%BF%E6%85%B6%22>


>74 ページ
>... 百四十七〇貞治四年七月廿九日、此寿慶は嘉慶の誤なるべし。寿慶といふとしの号なし。嘉慶二(一三八八)年は戊辰にあたれり。そのころは百一代の帝後小松院の御宇也。□敬向、八幡大菩薩護敬白、金剛仏子実印、生年三十三才、寿慶弐年 1 五月廿三日( 44 )
>75 ページ
>... 十三○貞治年七月日、源朝臣義冬畦六作、五十一○貞治六年七月日、義冬、五十八〇貞治年七月十二日、善心、第卅五○貞治四年 ù 八月十七日、善心、一百廿八○貞治、年七》六、生年廿八実祐、乱葉〇寿慶弐年五月廿日、金剛仏子実印、八十九○貞治年呪 ...
>78 ページ
>さりけれどそのいにしへ、寿慶と製しとしの号の、寿永などの姉に年に不祥からぬ事ありて、寿慶を嘉慶と改め給ひし事もありやしらず。享保のころま( 44 )〇貞治年 2 七月日、寛祐、三百四十〇貞治年八月一日、閑、三百五十七〇貞治、、、、年八月十日、 ...
>81 ページ
>古筆梵本の大般若経残巻五百三本筆者甲斐国一宮住小笠原信濃二郎義冬いと多く、また僧俗あまた打交り貞治四年のとしの名のみ多く、応安は一年、康正も一年、嘉慶を寿慶と誤りて両三ヶ処に見ゆ。此事前になほ委曲なり。ツバラカミオモテハナオモテ力夕○興 ...



[4] [CITE@ja-JP[後三年戦蹟誌]], [[伊藤直純]], [TIME[大正6][1917]], [TIME[2022-12-27T12:44:39.000Z]], [TIME[2022-12-27T14:27:41.302Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/948630/1/31> (要登録)

壽慶2年戊辰5月23日

嘉慶の誤り 他の写経の年代より

[3] [CITE@ja-JP[歴史と地理 17(3)]], [[星野書店]], [TIME[1926-03]], [TIME[2022-12-27T12:44:39.000Z]], [TIME[2022-12-27T14:24:22.929Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/3566918/1/41> (要登録)

壽慶2年5月20日

壽慶2年戊辰5月23日

「先輩の説」 嘉慶の誤り

[6] [CITE@ja-JP[秋田叢書 第10巻]], [[秋田叢書刊行会]], [TIME[昭和3至8][1933]], [TIME[2022-12-27T12:44:39.000Z]], [TIME[2022-12-27T14:34:07.126Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/1174145/1/158>

大般若波羅蜜多経

壽慶貳年5月20日

壽慶貳年戊辰5月23日

嘉慶の誤り

嘉慶の誤りだが後の方では嘉慶と書いてあり、元は壽慶だったのが元号名に壽は不適切と改めたことがあったのだろうか

[13] [CITE[秋田県の紀年遺物: 石田茂作先生喜寿紀念出版 - 奈良修介 - Google ブックス]], [TIME[2022-12-27T14:53:52.000Z]] <https://books.google.co.jp/books?id=nPwxAAAAMAAJ&dq=%22%E5%AF%BF%E6%85%B6%22>

>九一 九十三卷貧祐二年九十七卷百卷山北 写(嘉慶かの誤二 5 誤力......一三八八) (裏表紙公裏)八十二卷貞治二年八月六日秀八%八十九卷寿慶式年五月廿日金剛瓜子印一七十六卷貞治二年七月十九日山北雄勝郡三侯滿福寺常住美祐七十九卷貞治二年七月十八日 ...

>秋田県の紀年遺物 10K 宝雨誌之大旦那源朝臣里見義忠同義安右意趣者現当二世諸願成就鬥滿為也将又剩直四生離群類登瓜果菩提者也忘安二年(三六九)奥書横手市金沢八幡神社大般若經第百廿六卷應安二:八月:季:書續:筆者昌妙春秋五十八歲·寿慶(嘉慶小)式年(一 ...



[18] [CITE@ja-JP[北上市史 第2巻 (古代(2)・中世)]], [[北上市史刊行会]], [TIME[1970]], [TIME[2023-12-19T01:59:10.000Z]], [TIME[2023-12-20T14:05:09.335Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/9569456/1/255> (要登録)
/125


-*-*-

[7] [CITE@ja-JP[新編香川叢書 史料篇 2]], [[香川県教育委員会]], [TIME[1981.3][1981]], [TIME[2022-12-27T12:44:39.000Z]], [TIME[2022-12-27T14:41:19.373Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/9574679/1/457> (要登録)

壽慶2年戊辰8月24日 嘉慶
大般若経書写


[8] [CITE@ja-JP[香川県史 第8巻 (資料編 古代・中世史料)]], [[香川県]], [TIME[1986.3][1986]], [TIME[2022-12-27T12:44:39.000Z]], [TIME[2022-12-27T14:44:48.153Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/9575971/1/75> (要登録)

-*-*-

[5] [CITE@ja-JP[雲上御系譜 皇統篇]], [[笹原助]], [TIME[1932]], [TIME[2022-12-27T12:44:39.000Z]], [TIME[2022-12-27T14:30:55.241Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/1085873/1/122> (要登録)

智仙 壽慶二年十一月二十五日卒

仲恭天皇の弟の善統親王の孫、兄弟は延文4年卒、文和9年卒

-*-*-

[16] 
本来[[嘉慶]]と書くべき[[元号]]の別表記 (おそらく誤表記) の可能性が高く、
しかも案外広範囲・長期間使われていたように見える。

[17] 
あまり注意が払われることなく校訂されて翻刻文に出て来ない (または校訂の注記があっても[[私年号]]的な観点では見落とされている) 用例がまだ他に埋もれているかも。

