* 元号名

** 寛延

*** 用例

[ITEMS[ [[日時事例]]

- [5] [DATA(.label)[[[香取文書]] [[旧録司代家文書]] [CITE[村名未詳検注取帳案]]]]
-- [6] 
「[DATA(.text)[[V[寛延七年[LINES(smaller)[ひのえ][いぬ]]四月十九日]]]]」
[SRC[>>4]]

]ITEMS]

*** 研究史

[7] 
昭和42年の
[CITE[日本私年号の研究]]
は、
[[異年号]]のうち[[私年号]]ではなく[[一字異音年号]]に属するものの1つとして、
>>5
を挙げて、

- [9] [[旧録司代家文書]] には正慶2年から延徳2年までの検注取帳がある
- [10] 応仁2年5月1日[CITE[大畠村検注取帳]]に同一人物
- [11] よって[[応仁]]前後
- [12] [CH[寛]]を冠し発音・用字が親縁関係のもの[[寛正]]のみ
- [13] [[干支年]]が一致
- [14] 文書の性格から、同時代の利用と考えて良い
- [15] 単に誤ったのか、[[同音異字年号]]にみられるよう特定の意志で変更したか、
他に資料なく判断できない

... と述べています。 [SRC[>>4]]

[REFS[

- [3] [CITE[[[日本私年号の研究]]]]
-- [4] pp.[V[一九一]]-[V[一九五]]

]REFS]

** 貞正

[16] 
[CITE[赤浜妙法寺記過去帳]]に、
「[V[貞正四年[LINES(smaller)[癸][未]]]]」
があります。
[SRC[>>8 #page=4]]

[17] 
昭和40年の[[久保常晴]]の論文は、
[CH[貞]]を[CH[寛]]の誤りとしています。
[SRC[>>8 #page=4]]
根拠は示していませんが、前後の流れと[[干支年]]によるものでしょう。


[REFS[

- [8] [CITE[[[我が国の私年号に関する研究(二)―室町時代―]]]]

]REFS]

* 遡及年号

[1] [CITE@ja-JP[川口市史 古代・中世資料編]], [[川口市]], [TIME[1978.12][1978]], [TIME[2024-01-04T10:11:04.000Z]], [TIME[2024-01-04T13:20:32.730Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/9641575/1/300> (要登録)
右下

[[遡及年号]]

* 延長年号


[566] 
[TIME[2025-11-19T10:07:15.000Z]]
<https://tsuru.repo.nii.ac.jp/record/2000111/files/%E9%A6%99%E5%8F%96%E6%96%87%E6%9B%B8%E8%AA%BF%E6%9F%BB%E5%A0%B1%E5%91%8A%E6%9B%B8%E3%80%80%E9%A6%99%E5%8F%96%E6%96%87%E6%9B%B8%E3%81%AE%E6%96%87%E5%8C%96%E8%B2%A1%E3%81%A8%E3%81%97%E3%81%A6%E3%81%AE%E4%BF%9D%E5%AD%98%E3%81%AB%E5%90%91%E3%81%91%E3%81%9F%E5%9F%BA%E7%A4%8E%E7%9A%84%E7%A0%94%E7%A9%B6%20.pdf>
#page=23

[[延長年号]]

* 干支不一致

[2] [CITE@ja-JP[富士見市史 資料編 3 (古代・中世)]], [[富士見市総務部市史編さん室]], [TIME[1985.3][1985]], [TIME[2026-04-28T01:12:07.000Z]], [TIME[2026-05-07T10:15:26.325Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/9643536/1/173?keyword=%E5%AF%9B%E6%AD%A3%E5%9B%9B%E5%B9%B4> (要登録)

寛正4年壬午 ([[1年ずれ]])

* 関連

[SEE[ [[寛政]], [[寛延]] ]]

[SEE[ [[実正]] ]]

* メモ