[2] 
[DFN[護身剣]]は、
かつて[[日本]]に存在したとされる[[刀]]です。

[3] 
[TIME[日本天徳4(960)年][year:960]]に焼失したとされます。 [SRC[>>1]]

[4] 
[TIME[日本応和元(961)年][year:961]]、
[[安倍晴明]]や[[賀茂保憲]]らが再鋳造しましたが、
[TIME[日本寛治8(1094)年][year:1094]]に焼失したとされます。 
[SRC[>>1]]

[10] 
[CITE[塵袋]]
[WEAK[([[鎌倉時代]] ([[文永]]-[[弘安]]頃) 成立)]]
に言及がありました。
[SRC[>>9, >>8]]

[26] 
[CITE[桃華蘂葉]]
にも見え、
[[室町時代]]頃まで知られていたようです。
[SRC[>>25]]

[7] 
銘文から[[百済]]で作られたものとされます。
[[七支刀]]との類似性が指摘されます。 [SRC[>>1]]

[17] 
銘文の最古の記録が[[鎌倉時代]]であることから、
信憑性を疑問視する説もあります。 [SRC[>>11]]

[23] [[日本]]の[[昭和時代]]の歴史研究者[[薮田嘉一郎]]は、
偽物としました。 [SRC[>>19 ([CITE[七支刀銘考釈]])]]

[22] しかし当時
([TIME[寛治8(1094)年][year:1094]])
の
[CITE[中右記]]
に銘文の一部が見えることから、
あながち造作とも言い切れないとする説もあります。
[SRC[>>11]]

[28] 
[[日本]]の[[平成時代]]の研究者の間では、
実在したとする記録を信頼して良いとする解釈が通説化していたようです。
[SRC[>>27, >>1, >>11]]

-*-*-

[5] 
[CITE[塵袋]]
によれば、[[銘文]]に
「歳在庚申正月 百済所造」
などとあったとされます。
[SRC[>>1, >>27]]

[20] 
[[庚申年]]の解釈については、
[TIME[西暦300年][300]]説 [SRC[>>19]]、
[TIME[西暦360年][360]]説 [SRC[>>19]] (>>6)、
[TIME[西暦420年][420]]説 [SRC[>>19]]、
[TIME[西暦660年][660]]説 (>>13) がありました。

[16] 
[[日本]]の[[江戸時代]]の歴史研究者[[伴信友]]は、
[[神功皇后]]の時代に[[百済]]から[[日本]]に贈られたものとしました。
[SRC[>>15 340コマ]]
[CITE[日本書紀]][[紀年に従う][紀年論]]なら、
[TIME[西暦300年][300]]よりも更に遡ることになります。

[21] 
[[日本]]の[[昭和時代]]の[[仏教考古学]]研究者[[久保常晴]]は、
当時[TIME[西暦420年][year:420]]説が有力だったと書き、
この説を採用しました。
[[金石文]]の[[紀年銘]]における[[歳在]] (と[[歳次]]) の分布から、
後世の偽造とするには落ち着かないものがあると指摘しました。
[SRC[>>19, >>25]]
真作であれば
「歳在」
の日本最古の用例です。
[SEE[ [[歳在]] ]]

[6] 
[[日本]]の[[昭和時代]]・[[平成時代]]の考古学者[[水野正好]]らは、
庚申年は[TIME[西暦360年][year:360]]としました。
[CITE[Wikipedia]]
はこの説(だけ)を採用しました。
[SRC[>>1 ([CITE[神と人―古代信仰の源流]], [[水野正好]]他, [TIME[昭和61(1986)年][year:1986]])]]

[12] 
[[日本]]の[[昭和時代]]・[[平成時代]]の仏教史研究者[[薗田香融]]は、
4、5世紀頃に[[百済]]から[[日本]]に贈られたとしました。
[SRC[>>11 ([CITE[護り刀考]], [TIME[1964][year:1964]])]]

[13] 
[[日本]]の[[平成時代]]の日本史研究者[[笠井純一]]は、
庚申年は[TIME[西暦660(斉明天皇6)年][year:660]]とし、
[[百済]]滅亡と関係して[[日本]]に渡来したと推測しました。
[SRC[>>11]]

[18] いずれにしても[[紀年銘]]のある遺物としては[[日本]]ではかなり古い部類で、
現在に伝わらないのは残念です。
[SEE[ [[日本古代の日時]] ]]


[REFS[
- [9] [CITE[【[[塵袋]]】]], [TIME[2021-01-21T09:24:05.000Z]] <http://base1.nijl.ac.jp/iview/Frame.jsp?DB_ID=G0003917KTM&C_CODE=0257-022502&IMG_SIZE=&PROC_TYPE=null&SHOMEI=%E3%80%90%E5%A1%B5%E8%A2%8B%E3%80%91&REQUEST_MARK=null&OWNER=null&BID=null&IMG_NO=333>
- [8] [CITE@ja[[[塵袋]]. 下 - 国立国会図書館デジタルコレクション]], [[正宗敦夫 編纂校訂]], [TIME[昭和9-10][year:1935]], [TIME[2021-01-21T09:23:06.000Z]] <http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1123107/90>
- [15] [CITE@ja[[[伴信友]]全集. 第2 - 国立国会図書館デジタルコレクション]], [TIME[1907-1909][year:1909]], [TIME[2021-01-21T09:44:32.000Z]] <http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/991313/335>
- [19] 
[CITE[[[日本私年号の研究]]]],
p.[V[八󠄃五]]
- [24] 
[CITE[続仏教考古学研究]]
-- [25] 
[CITE[[V[「歳次」と「歳在」]]]],
pp.[V[三一二]]-[V[三二八󠄂]]
- [11] [CITE[大刀契と即位儀礼]],
[[笠井純一]],
[TIME[1994-12-05]]
<https://kanazawa-u.repo.nii.ac.jp/?action=repository_uri&item_id=7270&file_id=26&file_no=1>
PDF 10ページ
-
[27] 
[CITE[3132_7s.pdf]], [TIME[2013-03-18T12:10:59.000Z]], [TIME[2022-02-25T08:44:35.934Z]] <http://www.jssscp.org/files/backnumbers/3132_7s.pdf#page=3>
-[1] [CITE@ja[[[護身剣]] - Wikipedia]], [TIME[2021-01-06T04:48:25.000Z]], [TIME[2021-01-21T08:59:39.262Z]] <https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%AD%B7%E8%BA%AB%E5%89%A3>
- [14] [CITE@ja[[[大刀契]] - Wikipedia]], [TIME[2021-01-07T05:07:56.000Z]], [TIME[2021-01-21T09:42:35.968Z]] <https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%88%80%E5%A5%91>
]REFS]