<html xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml"><head></head><body><p><anchor-end xmlns="urn:x-suika-fam-cx:markup:suikawiki:0:9:" a0:anchor="1" xmlns:a0="urn:x-suika-fam-cx:markup:suikawiki:0:9:">[1]</anchor-end> 
<dfn>姫路市</dfn></p><section><h1>Webページ</h1><figure class="quote"><figcaption><anchor-end xmlns="urn:x-suika-fam-cx:markup:suikawiki:0:9:" a0:anchor="2" xmlns:a0="urn:x-suika-fam-cx:markup:suikawiki:0:9:">[2]</anchor-end>
<cite>建築マップ 兵庫県[姫路モノレールの廃線跡]2/3</cite>,
<time>2014-10-12</time>, <time>2014-10-24</time>
<anchor-external xmlns="urn:x-suika-fam-cx:markup:suikawiki:0:9:" a0:resScheme="URI" xmlns:a0="urn:x-suika-fam-cx:markup:suikawiki:0:9:" a0:resParameter="http://allxa.web.fc2.com/a-map/jp_hyogo/himeji-monorail/himeji-monorail02.html">http://allxa.web.fc2.com/a-map/jp_hyogo/himeji-monorail/himeji-monorail02.html</anchor-external></figcaption><blockquote><box xmlns="urn:x-suika-fam-cx:markup:suikawiki:0:9:"><p xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">姫路の近現代史を象徴する景観</p><p xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">さらに進むと川の左側にモノレールの廃線跡、右側にレンガ造の工場、そして両側を新幹線の高架が横切っている光景に出会います。片や数年で廃止されたモノレール、もう一方は日本の大動脈という、 “夢の交通機関”の対照的な姿が並んでいるわけです。 </p><p xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">レンガ造の建物は戦前に建てられたマッチ工場 註2 で、現在は山陽色素という顔料メーカーの工場になっています。これら3者が交錯する景観は姫路の近現代史の象徴といえるでしょう。 </p><p xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">追記:この工場は2013(平成25)年に解体されて現存しません。</p><p xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">文字通り“無用の長物”</p><p xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">新幹線と交差した先の住宅街は軌道が比較的よく残っています。これが地上を走る普通の鉄道路線であったなら、廃線跡を車道や遊歩道に活用できたところですが、モノレールという特殊な構造物は他に使い道もなく、多額の撤去費用がかかるために結果的に放置され、文字通り“無用の長物”として静かに佇んでいる次第です。軌道は市内を流れる船場川との交差部で寸断され、そこから終点の手柄山駅までは軌道・橋脚とも撤去されています。</p><p xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">_</p><p xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">駅舎内に残ったモノレール車両</p><p xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">モノレールが通っていた開口部の跡姫路市は博覧会跡地を公園に整備しており、終点である旧手柄山駅の建物も現存しています。ツタに覆われたレンガ貼の旧駅舎は昔の近代建築のように見えますが、実際は普通の鉄筋コンクリート造建築です。 </p><p xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">モノレールの廃止後、建物の一部は別用途に利用されていたものの、手柄山駅ホームは長らく立ち入り禁止でした。ホームにはモノレール車両 註3 が放置状態で残っていましたが、立ち入り禁止のため見ることができず、鉄道ファンの間では長らく幻の存在とされていました。</p><p xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">保存と解体に向けた動き</p><p xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">状況が大きく変わったのは2011(平成23)年のこと。姫路市は旧手柄山駅を手柄山交流ステーションという施設にリノベーションするとともにホームも再整備し、車両や当時の資料を展示する空間として一般公開しました。 </p><p xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">しかしその一方、2012(平成24)年には姫路市のウェブサイトにモノレール軌道を解体するための事前調査の情報が載ったことが明らかになります。ネットの情報によると、2013(平成25)年2月の時点で一部高架の解体工事が行われている模様。また、毎日新聞(兵庫版)2012/9/11付記事によると、高尾ビルについても耐震改</p></box></blockquote></figure><figure class="quote"><figcaption><anchor-end xmlns="urn:x-suika-fam-cx:markup:suikawiki:0:9:" a0:anchor="3" xmlns:a0="urn:x-suika-fam-cx:markup:suikawiki:0:9:">[3]</anchor-end>
<cite>駅の写真コレクション (10) 姫路市に残る大将軍駅とモノレールの遺構 - 写真20枚 | マイナビニュース</cite>,
<time>2014-10-24</time>, <time>2014-10-24</time>
<anchor-external xmlns="urn:x-suika-fam-cx:markup:suikawiki:0:9:" a0:resScheme="URI" xmlns:a0="urn:x-suika-fam-cx:markup:suikawiki:0:9:" a0:resParameter="http://news.mynavi.jp/column/station/010/">http://news.mynavi.jp/column/station/010/</anchor-external></figcaption><blockquote><box xmlns="urn:x-suika-fam-cx:markup:suikawiki:0:9:"><p xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">今回紹介するのは駅跡の写真。姫路市のJR姫路駅・山陽姫路駅から西へ500mほど歩いた場所に、駅と一体化したアパートが建っており、ここがかつて姫路モノレール大将軍駅だった。ただし、この駅が実際に営業したのはわずか2年ほどだという。姫路モノレールも開業から8年後の1974年に休止し、1979年に廃止された。</p><p xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">営業休止から40年を経ても大将軍駅跡は現存し、一部区間でレールや橋脚も残る。終着駅の手柄山駅跡にオープンした「手柄山交流ステーション」では、姫路モノレールの車両も見ることができる。なお、大将軍駅跡の建物については、現行の耐震基準を満たさないことから、2015年5月以降に解体・撤去される予定と報じられた。</p></box></blockquote></figure><figure class="quote"><figcaption><anchor-end xmlns="urn:x-suika-fam-cx:markup:suikawiki:0:9:" a0:anchor="4" xmlns:a0="urn:x-suika-fam-cx:markup:suikawiki:0:9:">[4]</anchor-end>
<cite>“廃虚モノレール”まるで古代遺跡……「文化財」として再評価、解体工事にファン殺到 (1/5) - ITmedia ニュース</cite>,
<time>2016-10-19</time>, <time>2016-10-19</time>
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<cite>“廃虚モノレール”まるで古代遺跡……「文化財」として再評価、解体工事にファン殺到 (2/5) - ITmedia ニュース</cite>,
<time>2016-10-19</time>, <time>2016-10-19</time>
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<time>2016-10-19</time>, <time>2016-10-19</time>
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<cite>【関西の議論】雲海に浮かぶ天空の城“異常人気”…来場者24倍に、「有料化」なんのその(1/5ページ) - MSN産経west</cite>,
<time>2013-10-09</time>, <time>2013-10-09</time>
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<cite>モノレールのしおり</cite>,
<time>2009-02-01</time>, <time>2014-10-24</time>
<anchor-external xmlns="urn:x-suika-fam-cx:markup:suikawiki:0:9:" a0:resScheme="URI" xmlns:a0="urn:x-suika-fam-cx:markup:suikawiki:0:9:" a0:resParameter="http://www5b.biglobe.ne.jp/~ktnh/mono/6.html">http://www5b.biglobe.ne.jp/~ktnh/mono/6.html</anchor-external></figcaption><blockquote><box xmlns="urn:x-suika-fam-cx:markup:suikawiki:0:9:"><p xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">次は中間駅の大将軍駅。ここは姫路市が都市交通としてモノレールを位置付ける中で一番特徴的であったものが具現化しています。 </p><p xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">鉄道施設そのものは特に変わったものではないのですが、再開発ビルと駅・軌道が一体で整備された事業は、とても先進的でした。こういう形で各地の都市再開発ビルとモノレールをリンクさせていくつもりだったようです。</p><p xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">大将軍の駅舎を横から見た写真。軌道がビルへ吸い込まれたところがホーム、写真右下・三角形の模様が付いた場所が改札への入口でした。 </p><p xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">廃止後、暫くは低層階がビジネスホテルとして使われていたが現在は廃業していて、入口は閉ざされています。他は1階は飲食店等に、上層階が公団住宅として利用されています。</p><p xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">駅構内は非常に簡素な造作。姫路駅至近に位置するため「作る必然性がなかった」と言われる中間駅ですが、姫路駅の本設位置(駅東ビル付近?)への移動に伴う駅間距離拡大に対する施策として、また再開発ビルとの一体整備の実証実験だったのではないかと推測すれば納得できるものです。 </p><p xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">利用者は僅少と予測されていたにもかかわらずエスカレータ設置が準備されていたという話もあり、これも「標準駅」の仕様として考えられていたのでしょうか。ホームも近代的かつ十分な広さがあり、標準駅としての様子が伺えます。</p></box></blockquote></figure><figure class="quote"><figcaption><anchor-end xmlns="urn:x-suika-fam-cx:markup:suikawiki:0:9:" a0:anchor="9" xmlns:a0="urn:x-suika-fam-cx:markup:suikawiki:0:9:">[9]</anchor-end>
<cite>失われる姫路「モノレール遺産」-旧大将軍駅が入るビル取り壊しへ - 姫路経済新聞</cite>,
<time>2014-10-24</time>, <time>2014-10-24</time>
<anchor-external xmlns="urn:x-suika-fam-cx:markup:suikawiki:0:9:" a0:resScheme="URI" xmlns:a0="urn:x-suika-fam-cx:markup:suikawiki:0:9:" a0:resParameter="http://himeji.keizai.biz/headline/937/">http://himeji.keizai.biz/headline/937/</anchor-external></figcaption><blockquote><box xmlns="urn:x-suika-fam-cx:markup:suikawiki:0:9:"><p xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">取り壊しが決まった「高尾ビル」(姫路市高尾町)。モノレールの軌道がビルを貫く珍しい形で、ビル内では「大将軍駅」が営業していた。写真右手に軌道を支えていた柱・橋脚が見える。6月12日撮影</p><p xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">写真を拡大</p><p xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">地図を拡大</p><p xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">1974(昭和49)年に運行休止になった姫路市営モノレール「大将軍駅」の遺構が残る集合住宅「高尾ビル」(姫路市高尾町)の取り壊しが決まった。 </p><p xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">建設が進む高尾ビルの様子 </p><p xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">1966(昭和41)年の開業から1974(昭和49)年の運行休止まで、姫路駅と手柄山駅(手柄山中央公園)間の約1.8キロを運行していた同モノレール。大将軍駅は唯一の中間駅で、日本住宅公団(現在の都市再生機構)が所有する10階建て同ビルの3~4階に駅施設を置いた。 </p><p xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">同駅は、利用客の少なさから開業後2年で営業を停止。同様にモノレールもわずか8年で運行を取りやめた。廃止は1979(昭和54)年。仮建築だった姫路駅は早々に解体されたものの、残る駅施設や軌道の撤去は遅れた。中でも軌道が高層ビルを貫く珍しい景観が残る同ビルは、旧沿線最大の「モノレール遺産」として市街地に君臨。鉄道や写真の愛好家に格好の題材を提供していたが、現行の耐震基準を満たさないことから解体・撤去が決まったもの。 </p><p xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">「詳しい解説は良書に譲るとして、ただ惜別の思いあるのみ」と鉄道ファンの水野雅滋さん(姫路市在住)。「モノレールの旧沿線では今年4月、船場川を挟んで軌道と並び建っていたレンガ造りの建物『山陽色素姫路第二工場』(延末)も姿を消した。このビルが、当時の様子を伝える最大にして最後の遺構といえる」と解体を惜しむ。 </p><p xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">解体は、ビル内の住宅賃貸契約期限が切れる2015年5月以降を予定。</p></box></blockquote></figure><figure class="quote"><figcaption><anchor-end xmlns="urn:x-suika-fam-cx:markup:suikawiki:0:9:" a0:anchor="10" xmlns:a0="urn:x-suika-fam-cx:markup:suikawiki:0:9:">[10]</anchor-end>
<cite>姫路モノレール</cite>,
<time>2014-10-24</time>, <time>2014-10-24</time>
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<cite>姫路城の大天守にドローン衝突 窓枠に傷 NHKニュース</cite>,
<time>2015-09-19</time>, <time>2015-09-19</time>
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<cite>開かずの「大将軍駅」、48年ぶり一般公開へ 姫路:朝日新聞デジタル</cite>,
<time>2016-08-16</time>, <time>2016-08-16</time>
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<cite>京都市北区衣笠開キ町にある砂防ダムの中に作られた謎の不法占拠集落に迫る (全5ページ) - 大阪DEEP案内</cite>,
<time>2011-05-29</time>, <time>2016-11-29</time>
<anchor-external xmlns="urn:x-suika-fam-cx:markup:suikawiki:0:9:" a0:resScheme="URI" xmlns:a0="urn:x-suika-fam-cx:markup:suikawiki:0:9:" a0:resParameter="http://osakadeep.info/kyoto-kinugasa/">http://osakadeep.info/kyoto-kinugasa/</anchor-external></figcaption><blockquote><box xmlns="urn:x-suika-fam-cx:markup:suikawiki:0:9:"><p xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">京都市北区、千本北大路交差点の近くまでやってきた。金閣寺から1キロほど東側にある地点だ。ただでさえ公共交通網がグダグダな京都の中でもかなり奥の方にあるので、基本的にバスで来る事になるがこれがまた面倒臭い。</p><p xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">実はこの周辺に平成日本ではにわかに信じられない「砂防ダムの中の集落」というのが存在していると聞いて、かねてから見てみたいと思っていたのだ。関西には戦後のドサクサで出来たバラック村が今でも数多く残っているが、砂防ダム内に家を建てちゃったという例は聞いた事がない。</p><p xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">千本北大路交差点を北側に歩いていくと佛教大学のキャンパスがある。この真裏が該当地点にあたるようだ。</p><p xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">佛教大学の脇から路地に入ると、そこは京都の外れにある「閑静な住宅街」でしかない。地名で言う所の京都市北区衣笠開キ町、鷹峯木ノ畑町の境目あたりになる。周囲には古い一軒家に混じって市営住宅なども多い。</p><p xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">路地を突き抜けると砂防ダムの縁に沿って民家が連なっている場所へ出る。ここまでは特に代わり映えのない普通の住宅地だ。</p><p xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">だが途中から景色が開けて、砂防ダムを囲んだ山間に家々が並んでいる風景が見えてくる。谷底に流れるのは天神川の上流部となる紙屋川。</p><p xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">視界が開けた崖っぷちの上に立つと、崖下一帯にてんでんばらばらの方向に家が建っているのが見られる。しかもどの家も結構古びていて建て増ししてあったり、随分フリーダムな状況。</p><p xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">さらに視点を変えて見ると、明らかに周囲とは隔絶された谷底に家がずらりと並んでいるのが分かるはずだ。中央を流れる紙屋川には住民が架けたと思しき鉄製の橋も見える。</p><p xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">雪のせいで見えづらいが崖下に沿って犬小屋だったり家庭菜園が好き勝手に置かれている。不安定な地盤に対して器用に足場が築かれていて物置スペースが作られていた。</p><p xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">崖下の民家は寒波による大雪をまともに被っていた。屋根はトタン葺きだろうか。京都の夏暑く冬寒い盆地の気候は、どうも好きになれない。</p><p xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">崖上から集落を見ていくと上流の突き当たりからようやく紙屋川の水面が見えてくる。結構な高さがある。しかしよく見ると対岸の斜面にまで廃屋と化した掘っ立て小屋がいくつか確認出来る。</p><p xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">改めて紙屋川上流側から砂防ダム下の集落を眺める。壮大な景色だ。</p><p xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">大きな地図で見る</p><p xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">この付近の街並みを航空写真で上から見ると明らかに異様さが伝わる。中央に紙屋川、その両側は家庭菜園、砂防ダムの縁に沿っ</p></box></blockquote></figure></section><section><h1>履歴</h1><p><anchor-end xmlns="urn:x-suika-fam-cx:markup:suikawiki:0:9:" a0:anchor="14" xmlns:a0="urn:x-suika-fam-cx:markup:suikawiki:0:9:">[14]</anchor-end> この記事は<cite><anchor xmlns="urn:x-suika-fam-cx:markup:suikawiki:0:9:">SuikaWiki World</anchor></cite>で<time>2016-10-19T04:28:10Z</time>に作成されました。
<time>2016-11-29T15:54:25Z</time>に最終更新されました。
<anchor-external xmlns="urn:x-suika-fam-cx:markup:suikawiki:0:9:" a0:resScheme="URI" xmlns:a0="urn:x-suika-fam-cx:markup:suikawiki:0:9:" a0:resParameter="https://world.suikawiki.org/spots/24343926437314592">https://world.suikawiki.org/spots/24343926437314592</anchor-external></p></section><section><h1>メモ</h1></section></body></html>