[1] 
[DFN[天昭]]は、
[[元号名]]の[[誤植]]として少数見られるものです。



* 天昭 (天和)

[12] [CITE@ja-JP[天満市場誌 上]], [[永市寿一]], [TIME[1929]], [TIME[2024-02-01T05:12:54.000Z]], [TIME[2024-03-06T08:09:39.497Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/1872903/1/58> (要登録)
左

「[V[天昭元年六月]]」。

[13] >>12 文脈から正しくは天和元年6月。[CH[昭]], [CH[和]]の[[活字]]が近くに置かれていたために誤って拾ってしまった[[誤植]]か?


[18] 
[CITE@ja-JP[国語読本各課取扱の着眼点 尋常科 第6学年]], [[芦田恵之助]], [TIME[昭和6][1931]], [TIME[2024-02-01T05:12:54.000Z]], [TIME[2024-03-06T08:22:02.870Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/1103224/1/85>
左

「[V[天昭二年―紀元二三[BR[]]四二年―]]」。

[19] >>18 後期2342年は天和2年。

[22] [CITE@ja-JP[保土ケ谷区郷土史 下巻]], [[保土ケ谷区郷土史刊行委員部]], [TIME[昭13][1938]], [TIME[2024-02-01T05:12:54.000Z]], [TIME[2024-03-06T08:27:47.610Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/1258049/1/62>
右ページ左

「[V[天昭二年]]」

[23] >>22 延宝と元禄の間なので天和2年。

[24] 
[CITE@ja-JP[信濃 '''['''第3次''']''' 19(6)(210)]], [[信濃史学会]], [TIME[1967-06]], [TIME[2024-02-01T05:12:54.000Z]], [TIME[2024-03-06T08:29:18.850Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/6069691/1/16> (要登録)
右ページ左下

[25] >>24 「[V[天昭二年[SUP(smaller inline)[壬戌]]八月十日]]」付文書を[[翻刻]]引用しているが、
本文では「[V[天和二年八月一〇日付]]」と紹介している。
天和2年壬戌の[[誤植]]か。

* 天昭 (天明)

[14] [CITE@ja-JP[泉佐野市史]], [[柴田実]], [TIME[1958]], [TIME[2024-02-01T05:12:54.000Z]], [TIME[2024-03-06T08:14:12.709Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/3025371/1/398> (要登録)
左

「[V[天昭元年辛丑十一月十一日生]]」。

[15] >>14 文脈と干支から正しくは天明元年。

[16] 
[CITE@ja-JP[観光概観 1962-3年版]], [[日本商工会議所]], [TIME[1962]], [TIME[2024-02-01T05:12:54.000Z]], [TIME[2024-03-06T08:19:22.984Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/1697427/1/441> (要登録)
右中央

「[V[天昭元[BR[]]年]]」。

[17] >>16 [[元文]]より後なので[[天明]]か。他資料と突き合わせれば明確になるはず。

[26] [CITE@ja[Xユーザーのたまきさん: 「@TKM_SR_0902 読める範囲で読んでみました。災害などの記録のように思います(わからないところは◯にしてます)。天昭という年号はないため正しくは天正?何かの参考になれば! https://t.co/0SsTdSwt9T」 / X]], [TIME[午後5:47 · 2023年11月10日][2023-11-10T08:47:01.000Z]], [TIME[2024-03-06T07:46:35.000Z]] <https://twitter.com/march_0302/status/1722898643047666041>

[27] >>26 [[リプ]]元記事が非公開となっているため詳細は不明ながら、
何らかの古記録の解読案と思われる手書き箇条書き文の写真。

天昭2年の大地震。[[ツイート]]著者は[[天正]]と推測しているが、他は[[昭和]]、[[安永]]なので[[天正]]は遠い
([[安永]]も十分離れているが)。

天明2年には[[小田原地震]]の記録がある。天正2年、天和2年にはそれに匹敵する規模の地震はなさそう。

しかし元の文書がどのような性質のものか不明であるし、他の項目が各年の何を表したものかも更に検討を要する。


* 天昭 (天正)

[11] [CITE@ja-JP[現代音楽大観]], [[東京日日通信社]], [TIME[昭和2][1927]], [TIME[2024-02-01T05:12:54.000Z]], [TIME[2024-03-06T08:02:00.074Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/1173920/1/72> (要登録)
左下

「[V[天昭元年]]」。明らかに[[天正]]の誤植。

* 天昭 (天啓)

[20] [CITE@ja-JP[新修書道講義録 第6巻]], [[興文社]], [TIME[昭和9][1934]], [TIME[2024-02-01T05:12:54.000Z]], [TIME[2024-03-06T08:25:45.237Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/1105743/1/67> (要登録)
左

「[V[天昭二年]]」。

[21] >>20 文脈から明天啓2年か。

* メモ

[29] 
以上のうち、[[天和]]を表す[[天昭]]は[CH[昭]], [CH[和]]の[[活字]]の取り違えが疑われます。
[[天明]]を表す[[天昭]]も、[[明治]]、[[昭和]]を想定した[CH[明]], [CH[昭]]の[[活字]]を[[字形]]類似が原因で取り違えた可能性があるかもしれません。
[[天正]]を表す[[天昭]]も、[[同音]]だけで片付けることはできますが、
[[大正]]と[[昭和]]の[CH[正]]と[CH[昭]]であることも考慮していいかもしれません。
類例は[[誤植]]参照。
