[73] 
[DFN[天承]]は、
[[日本の公年号]]の1つです。

* [CITE[文阿弥花伝書]]用例

[ITEMS[ [[日時事例]]

- [31] [DATA(.label)[[[鹿王院]]所蔵 [CITE[文阿弥花伝書]] 写本]],
[[綉谷庵文阿弥]] [SRC[>>28]]
-- [71] >>9 : 図録カラー写真の遠景カラー写真 (低解像度) 
-- [41] >>40 : [[明朝体]] [[翻刻]]
-- [32] [DATA(.label)[巻一]] 
--- [42] [DATA(.label)[奥書]]「[DATA(.text)[[V[天承元年五月十三日]]]]」 [SRC[>>36, >>40]]
-- [37] [DATA(.label)[巻二]] 
--- [43] [DATA(.label)[奥書]]「[DATA(.text)[[V[天承元年五月十三日]]]]」 [SRC[>>36, >>40]]
-- [38] [DATA(.label)[巻三]] 
--- [45] 「[V[[SNIP[]][DATA(.text)[天承[BR[]]元年五月十三日[RUBY[夘剋][うのこく]]]]也]]」 [SRC[>>58]]
---- [72] >>11 : カラー写真 (低解像度) 判読は一応可能
---- [58] >>57 : 部分白黒写真 (中解像度) [[元号名]]の右端が少し写真外にはみ出して見えない
--- [44] [DATA(.label)[奥書]]「[DATA(.text)[[V[天承元年五月十三日]]]]」 [SRC[>>36, >>40]]
- [33] [DATA(.label)[[CITE[立花雲乃上巻]] 写本]]
-- [34] [V[[DATA(.text)[天承元年五月十三日]][SUP(smaller)[序]]]] [SRC[>>28]]

]ITEMS]

[13] 
[CITE[文阿弥花伝書]]
には諸本あって、
[TIME[弘治2(1556)年][1556]]の奥書を持つ [SRC[>>12]]
とか[TIME[天文22(1554)年][1553]]だ [SRC[>>14]]
とかいわれています。
[[西教寺]]本[CITE[文阿弥花伝書]]奥書は[[文阿弥]]から数人を経て[TIME[天文5(1536)年][1536]]などの日付があります
[SRC[>>14]]。
[[天承]]が報告されているのは、
[[鹿王院]]本のみです。

[10] 
この
[CITE[文阿弥花伝書]]
は現在も[[華道]]分野で紹介されることはあるものの、
詳しく研究されてないとのことです。
[SRC[>>9]]

[75] 
とはいえ、研究史の節に挙げたように、当書の性格の分析は幾らか行われています。

[76] 
当書はいわゆる[[秘伝書]]の一種です。諸本あるといっても一般的な[[写本]]とはいささか性格が異なり、
師弟間の伝授により継承され、その過程で意図的なものも、そうでないものも、
何かと変化が蓄積されがちと予想されます。



[74] 
[CITE[立花雲乃上巻]]あるいは[CITE[立花雲]]の上巻なるものは、
[[Web]] 上にわずかしか情報が無いようで、詳細は不明です。


[REFS[

- [40] 
[CITE@ja-JP[大和文華 = Semi-annual journal of eastern art (48)]], [[大和文華館]], [TIME[1968-03]], [TIME[2026-04-28T01:12:07.000Z]], [TIME[2026-06-04T03:44:02.470Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/7934582/1/80?keyword=%E5%A4%A9%E6%89%BF> (要登録)
- [57] 
[CITE@ja-JP[日本歴史シリーズ 第8巻]], [[遠藤元男 等編]], [TIME[1968]], [TIME[2026-04-28T01:12:07.000Z]], [TIME[2026-06-04T04:05:21.434Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/2997401/1/40?keyword=%E5%A4%A9%E6%89%BF> (要登録)
-
[12] 
[CITE@ja-JP[[[藝能史研究]] = History of the performing arts (45)]], [[藝能史研究會]], [TIME[1974-04]], [TIME[2023-12-19T01:59:10.000Z]], [TIME[2023-12-23T12:34:49.395Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/6048911/1/5> (要登録)
-
[14] 
[CITE@ja-JP[時宗教学年報 6]], [[時宗教学研究所]], [TIME[1978-02]], [TIME[2023-12-19T01:59:10.000Z]], [TIME[2023-12-23T12:37:26.073Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/4424037/1/39> (要登録)

]REFS]

** 諸説

[5] 
[[天承]]は[[日本の公年号]]にありますが、
天承元年は[TIME[西暦1131年][1131]]にあたります
([TIME[大治6(1131)年1月29日][kyuureki:1131-01-29]][[改元]])。

[77] 
>>31
は[[文阿弥]]によるものとされます。それを信じると、何代か居るものの、いずれにせよ、
[[戦国時代]]の前後の成立となるはずで、
[[紀年]]と完全に矛盾します。

[78] 
記述をそのままに評価を示さないものを別とすれば、
多くの論者は[[紀年]]の作為を認定していますが、
その他に[[天正]]の異表記ないし誤記とする説と、
[[私年号]]の可能性の指摘があります。


[79] 
>>31
の全体の写真は [[Web]] 上には見当たりませんが、
>>72
の部分写真では、[[元号名]]が「天承」であることは明らかで、
[[翻刻]]時に他の[[元号名]]を誤認・誤植した可能性は低いと考えられます。

[80] 
また、 >>13 など主要な異本の情報で、誤写等によって「天承元年」
に変化しそうなものは見当たりません。
現在知られる異本は当時存在したものの一部に過ぎないとも考えられ、
断定することは憚られるものの、
説話中の[[紀貫之]] (>>24) との関係なども勘案すれば、
はじめから[[天承]]が意図されていた可能性が高いと考えられます。




[15] 
[[東山時代]]、初代[[文阿弥]]の生存中の[[元号]]で「天承」に似ているのは「天文」
くらいです。
[TIME[天文元(1532)年][1532]]は[TIME[享禄5(1532)年7月29日][kyuureki:1532-07-29]]の[[改元]]で、
その転または誤だとすると2ヶ月の[[遡及年号]]になってしまいます。

;; [16] 似てるといっても1文字目が同じだけ、[[字形]]も[[字音]]も似ていないかな?
[[崩した字形][崩し字]]なら2文字目も似るかも?

[26] 
[[天正]]も時代が近く、同音ですが、[[字形]]が似る可能性は微妙なところです。


[2] 
作為ある異本が出てくるような[[カテゴリー][秘伝書の日時]]の文献なら、[[私年号]]よりまず[[偽書]](嘘日付)を疑ってみるべきかな?

[8] 
でも[[著者]]が[[文阿弥]]と明記してあるのに全然違う古い[[公年号]]を書いたりはしないかな。

[81] 
今後新たな史料が出現しない限りは、[[私年号]]と考えるべき理由は無いと考えられます。

[82] 
通説に従い、[[平安時代]]の[[天承]]時代に仮託し、[[戦国時代]]から[[近世]]初期に書かれた、
と考えておくのが最も整合的と考えられます。


** 研究史

[35] 
[TIME[昭和23(1948)年][1948]]の
>>31
の解説は、
花道史や他書との比較により、
本書の内容が不審であることを指摘し、
現在の形に成立したのは江戸時代初期と推測しています。
[SRC[>>36]]

[39] 
天承元年5月13日という日付は、
花道の起源説の終盤で巻物を給わったという日 [SRC[>>45]] をそのまま使ったものと考えられます。
[SRC[>>36]]


[REFS[

- [30] 
[CITE@ja-JP[花道全集 第2巻]], [[河原書店]], [TIME[昭和23][1948]], [TIME[2026-04-28T01:12:07.000Z]], [TIME[2026-06-04T03:18:36.095Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/1126083/1/186?keyword=%E5%A4%A9%E6%89%BF%22> (要登録)
-- [36] 
[CSECTION[[V[文阿彌花傳書]]]],
[[[V[山根有三]]]]

]REFS]

-*-*-

[48] 
[TIME[昭和44(1969)年][1969]]の書籍は、
>>31
を紹介し、
[[奥書]]に[TIME[天承元(1131)年][1131]]の[[藤原時代]]の[[年号]]を記すのは、
第2巻で天承元年5月13日卯刻にこの巻物を給ったと書いており、
それを故意に奥書としたものであり、全く故意のものである、
と述べています。
[SRC[>>47]]

[49] 
故意のものとはよくわからない説明ですが、要するに[[偽銘]]である、
[[偽書]]であるという意味でしょう。

[53] 
[TIME[昭和50(1970)年][1970]]の書籍は、
>>31
に言及し、
[TIME[天承元(1131)年][1131]]という[[年号]]に作意があると述べています。
[SRC[>>52]]

[51] 
[TIME[昭和48(1973)年][1973]]の書籍は、
>>31
を紹介し、
[TIME[天承元(1131)年][1131]]の日付があるが、
400年以上も[[文阿弥]]が生きたことになる、
他書と共に[TIME[弘治4(1558)年][1558]]頃と見られる、
と説明しています。
[SRC[>>50]]

[60] 
[TIME[昭和51(1976)年][1976]]の辞典は、
>>31
を紹介し、[[平安時代]]後期の年号で作為がみられる、
と説明しています。
[SRC[>>59]]


[REFS[

- [47] 
[CITE@ja-JP[伝統と現代 第9]], [[伝統芸術の会]], [TIME[1969]], [TIME[2026-04-28T01:12:07.000Z]], [TIME[2026-06-04T03:49:36.256Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/12721975/1/111?keyword=%E5%A4%A9%E6%89%BF> (要登録)
- [52] [CITE@ja-JP[図説いけばな大系 3]], [[角川書店]], [TIME[1970]], [TIME[2026-04-28T01:12:07.000Z]], [TIME[2026-06-04T03:58:03.780Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/12439691/1/45?keyword=%E5%A4%A9%E6%89%BF> (要登録)
-- [28] [CITE@ja-JP[図説いけばな大系 6]], [[角川書店]], [TIME[1972]], [TIME[2026-04-28T01:12:07.000Z]], [TIME[2026-06-04T03:17:30.757Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/12439694/1/146?keyword=%22%E5%A4%A9%E6%89%BF%22> (要登録)
- [50] 
[CITE@ja-JP[いけばな創作法]], [[湯川制]], [TIME[1973]], [TIME[2026-04-28T01:12:07.000Z]], [TIME[2026-06-04T03:55:06.749Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/12439726/1/21?keyword=%E5%A4%A9%E6%89%BF> (要登録)
- [59] 
[CITE@ja-JP[いけばな辞典]], [[大井ミノブ]], [TIME[1976]], [TIME[2026-04-28T01:12:07.000Z]], [TIME[2026-06-04T04:10:14.167Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/12431160/1/183?keyword=%E5%A4%A9%E6%89%BF> (要登録)


]REFS]

-*-*-

[55] 
[TIME[昭和43(1968)年][1968]]の論文は、
>>31
を引くに
「[V[[SNIP[]]天承 (正) 元年五月十三日の奥書]]」
と説明しています。
[SRC[>>54]]

[56] 
根拠は述べていないものの、[[天正]]の異表記ないし誤記であることを当然の前提としているように見えます。


[REFS[

- [54] 
[CITE@ja-JP[日本美術工芸 (357)]], [[日本美術工芸社]], [TIME[1968-06]], [TIME[2026-04-28T01:12:07.000Z]], [TIME[2026-06-04T04:00:25.137Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/2281826/1/9?keyword=%E5%A4%A9%E6%89%BF> (要登録)

]REFS]

-*-*-

[61] 
[TIME[平成6(1994)年][1994]]の地域史は、
当地で出現した
>>31 
の異本の1つを紹介し検討していますが、他の異本や、
筆者は未見とことわりつつも
>>31
本を参照しています。
[SRC[>>1]]

[62] 
>>31 に関係して、次のように述べています。

-
[3] 
[CITE[図説いけばな体系]] [SRC[>>28]]
所収
[CSECTION[花書便覧]]
に掲げられた[[鹿王院]]蔵
[CITE[文阿弥花伝書]]
に、
「綉谷庵文阿弥 天承元年五月十三日」
とあります。
-
[4] 
その次の
[CITE[立花雲乃上巻]]
にも[[天承]]とあります。
-
[6] 
しかし[[花伝書]]が12世紀初頭に出現するとは考えられません。 
-
[7] 
[[天承]]は、[[東山時代]]の[[私年号]]であろうか。

[63] 
[[文化史]]の[[時代区分]]の[[東山時代]]は普通[[足利義政]]の時代 (15世紀後半)
を指します。

[64] 
初代[RUBYB[[[文阿弥]]][?-[TIME[1517]]]]の活動時期と他の著作等を勘案してこの時代と判断したのでしょう。

[65] 
なお、当書は、
確認した異本間で奥書部分が相違する (かつ[[天承]]ではない) ことを指摘しています。
また、[[花押]]と[[印章]]の不審点も指摘しています。
[SRC[>>1]]

;; [66] 
[[秘伝書]]にありがちなことで、筆者やその流派にとって都合が良く改変されたものなのでしょう。
>>31 本もまたそうした環境下で作られた一本ということです。

[REFS[

-
[1] [CITE@ja-JP[[[梁川町史]] 第10巻]], [[梁川町史編纂委員会]], [TIME[1994.3][1994]], [TIME[2023-12-19T01:59:10.000Z]], [TIME[2023-12-21T14:51:53.167Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/9644765/1/321> (要登録)

]REFS]

-*-*-

[18] 
[TIME[令和3(2021)年][2021]]の雑誌記事は、

- [22] 公年号[[天承]]元年の花伝書とは考え難い。
- [20] 5月13日は[[竹酔日]]で、関係する記述が巻3にあります。
- [21] 公年号[[天承]]元年には[[宇治]]で蟄居していた[[藤原忠実]]が[[鳥羽上皇]]に呼び戻された。
- [23] 竹の植え替えに良い[[竹酔日]]に因んで挿花の極意の伝授の日付にしたのかも。
- [24] [[宇治]]の宝蔵から[[紀貫之]]が「花の書」を見つける[[説話]]が巻3にあります。
それが天承元年5月13日卯の刻のことだったとあります。

と指摘しています
[SRC[>>17]]。

[25] どうにも繋がりに無理が感じられるところもありますが (特に >>21)、
伝承の形成過程の推測に使える材料はいろいろ見出せそう、ということなのでしょう。

[REFS[

- [68] 
-- [69] 消滅確認 [TIME[2026-06-04T05:19:24.000Z]]
-- [70] 
[CITE[Wayback Machine]], [TIME[2026-06-04T05:19:32.000Z]] <https://web.archive.org/web/20231223121846/https://jimdo-storage.global.ssl.fastly.net/file/6652e1ca-4ce4-4aae-b0ba-223a2a82dcc7/%E3%83%86%E3%82%AD%E3%82%B9%E3%83%882021%E5%B9%B4_.pdf#page=142>
--
[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[9] 
[CITE[テキスト2021年_.pdf]], [TIME[2023-12-23T12:18:50.000Z]] <https://jimdo-storage.global.ssl.fastly.net/file/6652e1ca-4ce4-4aae-b0ba-223a2a82dcc7/%E3%83%86%E3%82%AD%E3%82%B9%E3%83%882021%E5%B9%B4_.pdf#page=128>
]FIGCAPTION]

>
[LEFT[
文阿弥花伝書と伝わるものは滋賀の西教寺[BR[]]
に 7 巻、九州国立博物館に残巻 1 巻、他に[BR[]]
もあり、鹿王院のものには天承元年(1131)[BR[]]
の日付がある。

『特別展 いけばな 歴史を彩る日本の美』図録より[BR[]]
(2009)p42-43
]LEFT]

]FIG]
-- [11] 
[CITE[テキスト2021年_.pdf]], [TIME[2023-12-23T12:58:08.000Z]] <https://jimdo-storage.global.ssl.fastly.net/file/6652e1ca-4ce4-4aae-b0ba-223a2a82dcc7/%E3%83%86%E3%82%AD%E3%82%B9%E3%83%882021%E5%B9%B4_.pdf#page=142>
--- [19] 
[CSECTION[[V[花伝書を読む]]]],
[[[V[仙溪]]]]
---- [17] 
[CSECTION[[V[「[RUBY[文阿弥][もんあみ]]花伝書」の謎]]]]



]REFS]

-*-*-

[29] 
[[天承]]の日付のことを特に注記なく ([[公年号]]と考えて?) 
紹介する事例 : >>46, >>28 (ただし >>52 の別巻), >>57, >>67


[REFS[

- [46] 
[CITE@ja-JP[煎茶文人花]], [[佃一祐]], [TIME[1970]], [TIME[2026-04-28T01:12:07.000Z]], [TIME[2026-06-04T03:48:21.188Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/12439698/1/51?keyword=%E5%A4%A9%E6%89%BF> (要登録)
- [67] 
[CITE@ja-JP[五個荘町史 第2巻 (近世・近現代)]], [[五個荘町史編さん委員会]], [TIME[1994.3][1994]], [TIME[2026-04-28T01:12:07.000Z]], [TIME[2026-06-04T04:31:27.185Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/13128998/1/250?keyword=%E5%A4%A9%E6%89%BF> (要登録)

]REFS]

* 関連

[27] 
[[秘伝書の日時]]

* メモ
