[1] 
[DFN[天門]]は、
[[日本の異年号]]の一種です。

* 天門 (天文)

[2] 
[[天文]]を[[天門]]と表記したと思われる事例があります。

** 用例

[ITEMS[ [[日時事例]]

- [28] [DATA(.label)[[DATA(.addr)[[[日本国]][[奈良県]][[斑鳩町]]] [[法隆寺]] [[五重塔]] 東南隅 塔層壁面 コマイ下 落書 長祐]]
-- [25] >>27 : [[同音異字年号]] [L[25]]
-- [41] 
「[V[[DATA(.text)[□門六年酉]]長祐[BR[]]大永三年癸未三月十四日]]」 ([[明朝体]])
[SRC[>>40]]
--- [30] 
「[DATA(.text)[[V[[天]門六年酉]]]]」
[SRC[>>27 ([CITE[[[日本美術工芸]] 第五六号]], [[石田茂作]])]]
--- [39] 
「[DATA(.text)[[V[囗門六年酉]]]]」
[SRC[>>38 ([CITE[[[日本美術工芸]]五六]])]]
--- [46]  
「[V[[DATA(.text)[口門六年酉]]長祐[BR[]]大永三年癸未三月十四日]]」 ([[明朝体]])
[SRC[>>45]]
--- [29] 
「[V[[DATA(.text)[天門六年[LINES(smaller)[丁][酉]]]]長祐]]」 ([[明朝体]])
[SRC[>>19]]

]ITEMS]

-*-*-

[ITEMS[ [[日時事例]]

- [58] 
[DATA(.label)[[CITE[諏訪神野家苗記]] 所収 [[文書]]]]
-- [59] 
「[V[天文二年、[SNIP[]]]]」 ([[明朝体]]) [SRC[>>57]]
-- [60] 
「[DATA(.text)[[V[天門二年五月廿日]]]]」 ([[明朝体]]) [SRC[>>57]]

]ITEMS]

[62] 
[[本文]]と[[日付]]とで同年と思われるものの[[元号名]]が違います。

[61] 
注釈などなく、原文ママか[[誤植]]か不明。

[REFS[

- [57] 
[CITE@ja-JP[伊予史談 (205)]], [[伊予史談会]], [TIME[1972-05]], [TIME[2026-09-15T01:13:48.000Z]], [TIME[2026-10-18T15:38:25.686Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/8100746/1/13?keyword=%E5%A4%A9%E9%96%80> (要登録)

]REFS]

-*-*-

[ITEMS[ [[日時事例]]

- [15] [DATA(.label)[[CITE[新撰事跡通考]] 巻之十四 [CSECTION[菊池系図]]]]
-- [16] 
「[V[[SNIP[]]天門九年[SNIP[]]天文五年[SNIP[]]]]」 ([[明朝体]])
[SRC[>>14]]

]ITEMS]

[REFS[

- [14] 
[CITE@ja-JP[玉葛 : 託磨氏遺蹤考 下]], [[託磨健治]], [TIME[1992.2.][1992-02]], [TIME[2026-09-15T01:13:48.000Z]], [TIME[2026-10-19T07:01:14.263Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/13163828/1/100?keyword=%E5%A4%A9%E9%96%80> (要登録)

]REFS]

-*-*-

[6] 
文脈から明らかに[[天文]]の[[誤植]]か何かと思われるもの :

- [17] 
[CITE@ja-JP[従六位光村弥兵衛伝]], [[中西牛郎]], [TIME[明27.11][1894]], [TIME[2026-09-15T01:13:48.000Z]], [TIME[2026-10-19T07:04:15.059Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/782047/1/48?keyword=%E5%A4%A9%E9%96%80>
- [64] [CITE@ja-JP[横浜の文化財 第2集 (横浜市指定・登録文化財編)]], [[横浜市教育委員会社会教育部文化財課]], [TIME['''['''1992''']'''][1992]], [TIME[2026-09-15T01:13:48.000Z]], [TIME[2026-10-19T06:16:14.207Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/12708792/1/46?keyword=%E5%A4%A9%E9%96%80> (要登録)
- [5] 
[CITE@ja-JP[上切の歩み : 心の故郷岩村町]], [[西尾功]], [TIME[1985.11][1985]], [TIME[2026-09-15T01:13:48.000Z]], [TIME[2026-10-19T06:25:04.030Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/13269060/1/23?keyword=%E5%A4%A9%E9%96%80> (要登録)

** 諸説

[23] 
用例はいくつか知られています。

[24] 
そのうち、[[近現代]]のものは、執筆・印刷作業の何らかの手違いで[[天文]]と[[同音]]の別字を使ってしまった単純な誤りの可能性が高そうです。

[26] 
前近代の[[翻刻]]もいくつかあり、[[誤植]]なのか原本ママなのか調査を要します。

-*-*-

[49] 
[[法隆寺]]用例は「□門」とされます。第一字が読めていませんが、
[[十二支年]]が[[酉]]であることなどから、[[天文]]と解されています。

[65] 
当該銘文は、併記された[[大永]]紀年との関係など疑問を残しています。

-*-*-

[66] 
揶揄など意図を読み込む説もあります (>>35) が、
それをここに書いた意味は謎です。
単なる誤字とも、
[[同音]]の異字の区別が曖昧だったとも、
その他色々解釈の余地があるもので、安易に結論を急ぐべきとも思われません。

[67] 
[[筆者]]の素性にはほとんど情報がなく解明は困難でしょうが、
そうした側面も含めて総合的に考察を深めていくことが期待されます。

** 研究史

[42] 
[TIME[昭和22(1947)年][1947]]の[[石田茂作]]の論文は、
>>28
を紹介して、
天文六年であろうと述べています。
[SRC[>>40]]


[REFS[

- [40] 
[CITE@ja-JP[日本美術工芸 (56)]], [[日本美術工芸社]], [TIME[1947-12]], [TIME[2026-09-15T01:13:48.000Z]], [TIME[2026-10-18T14:55:26.267Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/2281562/1/11?keyword=%E9%96%80%E5%85%AD%E5%B9%B4%E9%85%89> (要登録)
-- [43] 
[CITE@ja-JP[法隆寺雑記帖]], [[石田茂作]], [TIME[1969]], [TIME[2026-09-15T01:13:48.000Z]], [TIME[2026-10-18T14:59:46.848Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/12224510/1/87?keyword=%E9%96%80%E5%85%AD%E5%B9%B4%E9%85%89> (要登録)
-- [44] 
[CITE@ja-JP[仏教考古学論攷 1 (寺院編)]], [[石田茂作]], [TIME[1978.2][1978]], [TIME[2026-09-15T01:13:48.000Z]], [TIME[2026-10-18T15:00:40.893Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/12223147/1/195?keyword=%E9%96%80%E5%85%AD%E5%B9%B4%E9%85%89> (要登録)

]REFS]

-*-*-


[48] 
[TIME[昭和35(1960)年][1960]]の論文
([TIME[昭和40(1965)年][1965]]書籍収録) は、
[[元号名の読み方]]が複数あることに触れて、
[[天文]]は
>>28
が[[天門]]とあるから、「てんもん」とも読んだことが明らかだとしています。
[SRC[>>19]]

[REFS[

- [19] 
[CITE@ja-JP[読史雑考]], [[片山勝]], [TIME[1965]], [TIME[2026-09-15T01:13:48.000Z]], [TIME[2026-10-18T15:05:39.175Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/2988453/1/100?keyword=%E9%96%80%E5%85%AD%E5%B9%B4> (要登録)

]REFS]

-*-*-

[31] 
昭和42年の
[CITE[日本私年号の研究]]
は、
[[異年号]]のうち[[私年号]]でない[[同音異字年号]]として
>>28
を紹介し、
次のように述べています。
[SRC[>>27]]

- [32] 大永3年の紀年と並んで書かれているという
- [33] [CH[門]]と一致する[[年号]]は[CH[文]]に限られる
- [34] [CH[文]]、「六年」、「酉年」の3条件を満たすのは天文6年に限られる
- [35] [[天文]]を「天国への門」と表現するような、おそらく庶民の手になるであろう揶揄的なもの
-- [36] 時代的風潮を示すものとして注意を引く
-- [37] [[私年号]]の分布や発生理由の追求においては、こうした点も十分配慮する価値があろう

[REFS[

- [38] [CITE[[[我が国の私年号に関する研究(二)―室町時代―]]]]
- [18] 
[CITE[日本私年号の研究]]
-- [27] p.[V[一七一]], p.[V[一八一]], p.[V[一八五]], p.[V[一八七]]

]REFS]

-*-*-


[47] 
[TIME[平成4(1992)年][1992]]の書籍は、
>>28
を紹介して、
[[[V[口門]]]]は[TIME[天文6(1537)年][1537]]のことだろう、
[TIME[大永3(1423)年][1423]]と百年の開きがあるが、
修理されたのだろうか、その意味が掴めなかった、
と述べています。
[SRC[>>45]]

[REFS[

- [45] 
[CITE@ja-JP[再現・法隆寺壁画 : 幻の至宝が甦った]], [[NHK取材班]], [TIME[1992.10][1992]], [TIME[2026-09-15T01:13:48.000Z]], [TIME[2026-10-18T15:01:08.513Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/13245339/1/27?keyword=%E9%96%80%E5%85%AD%E5%B9%B4%E9%85%89> (要登録)

]REFS]

* 天門 (天明)

[3] 
[[天明]]が[[天門]]と書かれたと思われる事例がいくつかあります。

** 用例

[50] [CITE@ja-JP[日本農民史料聚粋 第7巻]], [[小野武夫]], [TIME[1973]], [TIME[2026-09-15T01:13:48.000Z]], [TIME[2026-10-18T15:14:28.253Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/11992645/1/169?keyword=%E5%A4%A9%E9%96%80> (要登録)

[51] >>50 直前に[[天明]]とあるのを[[天門]]と引いています。誤植か誤記か。
[[字形]]の類似による混同と思われます。

-*-*-

[53] 時系列よりおそらく[[天明]]のこと。誤植か。

- [56] [CITE@ja-JP[図説日本の史跡 第8巻 (近世・近代 2)]], [[狩野久 '''['''ほか''']'''編]], [TIME[1991.5][1991]], [TIME[2026-09-15T01:13:48.000Z]], [TIME[2026-10-18T15:36:51.438Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/13242931/1/24?keyword=%E5%A4%A9%E9%96%80> (要登録)
- [52] [CITE@ja-JP[昭和風土記 : 自治沿革史 伝家之宝典]], [[篠田皇民]], [TIME[昭和6][1931]], [TIME[2026-09-15T01:13:48.000Z]], [TIME[2026-10-18T15:33:19.064Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/1120830/1/582?keyword=%E5%A4%A9%E9%96%80> (要登録)
- [63] 
[CITE@ja-JP[新撰北海道史 第2卷]], [[北海道]], [TIME[昭11至12][1937]], [TIME[2026-09-15T01:13:48.000Z]], [TIME[2026-10-18T15:47:42.466Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/1239527/1/248?keyword=%E5%A4%A9%E9%96%80> (要登録)



** 諸説

[21] 
文脈より[[天明]]が誤って[[天門]]となったことは明らかと思われます。

-*-*-

[54] [CITE@ja-JP[青山師範学校創立五十年記念式図書展覧会目録 上]], [[青山師範学校]], [TIME['''['''大正15''']'''][1926]], [TIME[2026-09-15T01:13:48.000Z]], [TIME[2026-10-18T15:35:23.567Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/1184980/1/13?keyword=%E5%A4%A9%E9%96%80>

[55] >>54 手書きの[CH[明]]が[CH[門]]のように見える事例

[4] 
この他、印刷がかすれた[CH[明]]を[[OCR]]が[CH[門]]と誤認することがままあるようです。

[22] 
[[手書き]]の原稿段階で不明瞭な[[字形]]だったものから生じた誤字と考えるのが妥当と思われます。

** 研究史

[20] [[令和時代]]に至るまで、[[私年号研究]]の文脈で紹介された事例は知られていません。


* 天門元年丁酉

[13] 
[[天門]]なる[[元号]]の事例が知られています。

** 用例

[ITEMS[ [[日時事例]]

- [8] 
[DATA(.label)[[DATA(.addr)[[[日本国]][[大分県]][[速見郡]][[日出町]][[豊岡]]]] [[八津島神社]] [[神楽]] [[言い立て]]]]
-- [9] 
「[V[[SNIP[]]こうぞうきちえんの初めはつそう道をわり無つの始め  それよき年号はじま[BR[]]り候て何年何なかんエと月のなかびは  十二ケ月  凡ソ日の数三百五十余間日中に生ずる月日を申さば天門に[BR[]]は花と開き、地は御あらたまり  あしたには花咲き  夕にはこがねに実のなるといえども  [SNIP[]]]]」
([[明朝体]])
[SRC[>>7]]
-- [10] 
「[V[抑も、父番御大王にて我等は東方太郎の大子にて候、さても我が父大王は賢王にてまします、御世をたもたせ[BR[]]賜ふ事五百八十二才なり、天門元年丁酉二月中の五日にほうぎよなら世給ふ、[SNIP[]]]]」
([[明朝体]])
[SRC[>>7]]

]ITEMS]

[REFS[

- [7] 
[CITE@ja-JP[祭と若者]], [[日出町教育委員会]], [TIME['''['''1979''']'''][1979]], [TIME[2026-09-15T01:13:48.000Z]], [TIME[2026-10-19T06:26:41.850Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/12432007/1/24?keyword=%E5%A4%A9%E9%96%80> (要登録)

]REFS]

** 諸説

[12] 
[[神楽]]で語られた[[神代]]の出来事であり、[[神話]]世界の[[元号]]と推測されます。

** 研究史

[11] [[令和時代]]に至るまで、[[私年号研究]]の文脈で紹介された事例は知られていません。

** 関連

[SEE[ [[前近代日本文芸の日時]] ]]

* メモ