[21] 
[DFN[琉球古字]]は、
[[琉球国]]で使われていた[[文字]]です。

* 文字種

[22] 
[[十干]]を表す文字が5種類あります。
[[十干]]は[[五行]] × [RUBY[[[兄]]][え]]と[RUBY[[[弟]]][と]]の組み合わせですが、
[[五行]]に相当する5文字があり、[[兄弟]]の区別はありません。
これらの文字は[[五行]]自体には使われず、
[[十干]]の意味で使われます。

[111] 
[[十二支]]を表す文字が12種類あります。

[112] 
これら[[十干]]と[[十二支]]を表す17種類の文字が、
[[琉球古字]]やこれに類する[[文字]]群としてよく挙げられるものです。
これらは単独で、または[[漢字]]や[[仮名]]と併用して用いられます。
その他に、広義の[[琉球古字]]に含めるべき次のような文字や文字状の記号があります。

[113] [[数字]] : >>78 >>110

[114] [[象形文字]]らしきもの : >>78 >>110

[115] [[暦注]]の記号 >>50 >>99

[116] 組み合わせて使われる絵記号らしきもの : >>90

[126] これらとの関係は不明ですが、[[宮古島文字]]とされるものもあります: >>127


* 字形

[117] 
[[琉球]]の各地域で実用される(された)他、[[沖縄県]]を含む[[日本]]各地各時代で研究その他の目的で多くの[[媒体]]で[[字形]]が示されていますが、
同じ字形で揃っているものが2つとないのではと思えるほどに[[字形]]の揺れが激しく、
まったく別字形ではないかと思われるものも少なくありません。


[118] 
それでも多数の事例を収集して比較観察すると、[[字形]]のどこを重視して複写した結果別の[[字形]]が生じたのかが何となく見えてきます。
一見関係性のない字形も含め、おそらく丁寧に観察すれば系統関係を整理できるはずです。



* 琉球での利用

** [CITE[琉球神道記]]

[23] 
[[安土桃山時代]]の[[日本本土]]から、
[[薩摩藩]]の[[属国]]になる前の独立時代の[[琉球王国]]に渡航した僧侶の著書
[CITE[琉球神道記]]
に記録が残ります。


[20] 
出版ごとに[[字形]]が微妙に違っています。

- [11] 写本 (自筆稿本) の影印本:
-- [9] [CITE@ja[琉球神道記下 | 琉球・沖縄関係貴重資料デジタルアーカイブ]], [TIME[2025-02-24T09:09:10.000Z]] <https://shimuchi.lib.u-ryukyu.ac.jp/collection/nakahara/na05801/37>
-- [10] 
[CITE@ja-JP[琉球神道記 下]], [[良定]], [TIME[昭和9][1934]], [TIME[2025-01-20T22:48:05.000Z]], [TIME[2025-02-24T09:41:20.196Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/1148656/1/34> (要登録)
- [25] >>24
- [37] >>199
- [109] 
-- [57] [CITE@jp[中外経緯伝草稿3]], [[独立行政法人国立公文書館 | NATIONAL ARCHIVES OF JAPAN]], [TIME[2025-02-26T11:16:00.000Z]] <https://www.digital.archives.go.jp/img.pdf/4981778>
#page=21
-- [108] >>107 /190
- [17] 
-- [13] 
[CITE@ja-JP[琉球神道記]], [[良定, 明治聖徳記念学会研究所]], [TIME[昭和18][1943]], [TIME[2025-01-20T22:48:05.000Z]], [TIME[2025-02-24T09:47:12.866Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/1040100/1/51>
-- [12] 
[CITE@ja-JP[翁問答]], [[中江藤樹, 松浦静山, 米山子, '''['''良定''']''']], [TIME[1976.12][1976]], [TIME[2025-01-20T22:48:05.000Z]], [TIME[2025-02-24T09:46:47.853Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/9770270/1/188> (要登録)
- [18] 
-- [14] 
[CITE@ja-JP[琉球神道記]], [[袋中]], [TIME[昭11][1936]], [TIME[2025-01-20T22:48:05.000Z]], [TIME[2025-02-24T10:12:16.888Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/1257261/1/83> (要登録)
- [123] >>122, >>125
- [74] >>73 #page=9
- [64] >>58 /9
- [19] 
-- [15] >>5
-- [16] [CITE@ja[ファイル:Ryukyu koji.jpg - Wikipedia]], [TIME[2025-02-24T11:50:54.000Z]] <https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Ryukyu_koji.jpg>
- [95] >>94 /62
- [100] >>101 /101


[103] 
>>101 は「[V[琉球神道記中に記されている神代文字]]」
と呼んでいます。
>>101 は >>94 を引用していますが、 >>94 に[[神代文字]]という表現はありません。
[[神代文字]]というのが[[日本本土]]でいわれるものを指しているのか、
あるいは天人の伝承があることから天人の時代、[[神代]]と素朴に書いたものかもしれませんが、
後者の解釈は少々苦しいでしょうか。しかし[[日本本土]]でいわれる[[神代文字]]のようなニュアンスなく使われています。



- [107] 
[CITE@ja-JP[古琉球]], [[伊波普猷]], [TIME[大正5][1916]], [TIME[2025-02-25T01:55:51.000Z]], [TIME[2025-02-28T15:16:10.417Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/925935/1/186>


** 天人文字

- [72] >>71, >>84 [L[図I]]
- [51] >>50, >>52
- [98] >>94 /85

[REFS[

- [71] 
[CITE@ja-JP[琉球史料叢書 第1]], [[伊波普猷, 東恩納寛惇, 横山重]], [TIME[1962]], [TIME[2025-02-25T01:55:51.000Z]], [TIME[2025-02-27T07:50:32.467Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/3005495/1/115> (要登録)
- [82] 
[CITE[[L[新陰陽道叢書  第四巻  民俗・説話]]]],
編者 [[小池淳一]],
[L[2021年(令和3年)10月31日  初版第1刷発行]]
-- [83] 
[CITE@ja-jp[第四巻 民俗・説話 (新陰陽道叢書) | 小池 淳一 |本 | 通販 | [[Amazon]]]], 
[TIME[2025-02-28T12:24:43.000Z]] <https://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4626018777/wakaba1-22/>
--
[84] 
[CITE[[V[南西諸島の卜占と風水思想]]]],
[[[V[赤田光男]]]],
pp.[L[515]]-[L[524]]
--- [85] 
初出:
[CITE[フォークロア]] 七号, [TIME[1995]]




]REFS]



** 時双紙

@@
[55] [[時双紙]]

[54] [CITE@ja[24-7.pdf]], [TIME[2022-11-28T06:59:09.000Z]], [TIME[2025-02-25T14:13:20.220Z]] <https://okimu.jp/sp/userfiles/files/page/museum/issue/bulletin/kiyou24/24-7.pdf#page=2>

[76] >>54  #page=5 時双紙A本③の左側の欄は

[VRLBOX[
子 丑寅

卯 辰巳

午 未申

酉 戌亥
]VRLBOX]

と書かれている。


[77] >>54 #page=3 の本文中の言及では[CH[[TATE[▽]]]],
[CH[[TATE[∴]]]],
[CH[[TATE[》]]]]
で代用している。
特に
[CH[[TATE[》]]]]
は本来[[括弧]]であり、しかも下半分に[[アキ]]を入れて[[全角]]にしたもので、
非常にわかりにくい。

[78] 
>>54 #page=5 干支文字の他に、象形文字らしき複数行の[[縦書き]]文のようなものがある
([[干支]]文字と混ざって書かれている)。


[73] [CITE@ja[p044.pdf]], [TIME[2025-02-27T11:57:01.000Z]] <https://catalog.lib.kyushu-u.ac.jp/opac_download_md/11899/p044.pdf#page=9>

- [80] >>79
- [104] >>246 /34

[110] >>107 /190 に象形文字らしきものの一部

[246] 
[CITE@ja-JP[沖繩文化 = The Okinawa bunka 28(1)(77)]], [[『沖繩文化』編集所]], [TIME[1993-01]], [TIME[2025-02-25T01:55:51.000Z]], [TIME[2025-02-28T14:41:09.815Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/4437792/1/32> (要登録)


[92] [CITE@ja[砂川双紙(うるかそうし)、時(とき)双紙について知りたい。 | レファレンス協同データベース]], [[国立国会図書館]], [TIME[2025-02-28T13:51:50.000Z]] <https://crd.ndl.go.jp/reference/entry/index.php?id=1000104335&page=ref_view>


** 砂川双紙, 砂川暦

@@
[47] [[砂川暦]], [[砂川双紙]]

- [46] 
>>31 /97 
- [75] >>73 #page=10
- [93] >>94 /83
- [96] >>79
- [102] >>101 /101


[105] [CITE@ja-JP[沖繩文化 = The Okinawa bunka 3(15)]], [[『沖繩文化』編集所]], [TIME[1964-04]], [TIME[2025-02-25T01:55:51.000Z]], [TIME[2025-02-28T14:58:51.221Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/4437733/1/6> (要登録)

[106] 
>>105 岡田氏の見解では、十二支文字は本土中世の金石文に類似しているか、
その略化したものであり、本土中世の書体に続くもの、と。具体例はなし。


[49] 
[CITE@ja[null]], [TIME[2014-07-20T11:07:20.000Z]], [TIME[2025-02-25T13:44:38.685Z]] <http://www1.cts.ne.jp/~koyomi/kikou2-20.html>

>〈砂川(うるか)暦〉これは宮古島城辺町(宮古島市)砂川地区で使用された暦。流刑地であった宮古
> 島に流されてきた知識人などの協力もあって、幕末以来、近年までおよそ100年続いた。現在は
> 神宮館の暦を用いている。 
> ●稲村賢敷氏……倭寇(わこう)起源説 『簠簋(ほき)』由来説
> ●岡田先生説……「大雑書」を参考にし、その知識を応用して作ったもので、古いものではない。十干十二支を文字でなく記号で書くことは、沖縄本島で使われてきたのと同じであるが、砂川暦は近年消滅したものか。

[52] [CITE@ja[砂川双紙(うるかそうし)、時(とき)双紙について知りたい。 | レファレンス協同データベース]], [[国立国会図書館]], [TIME[2025-02-25T13:50:24.000Z]] <https://crd.ndl.go.jp/reference/entry/index.php?id=1000104335&page=ref_view>

[53] [CITE@ja[65_KJ00004913873.pdf]], [TIME[2025-02-25T14:06:29.000Z]] <https://www.jstage.jst.go.jp/article/minkennewseries/65/4/65_KJ00004913873/_pdf/-char/ja#page=7>

[56] [CITE@ja[86_25.pdf]], [TIME[2022-04-15T02:07:09.000Z]], [TIME[2025-02-25T14:34:12.382Z]] <https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/48595/1/86_25.pdf#page=45>




[79] [CITE@ja[こよみの学校 第79回 沖縄の砂川暦-干支や日の吉凶を記号に|暦生活 | 日本の季節を楽しむ暮らし]], [TIME[2025-02-27T13:40:58.000Z]] <https://www.543life.com/content/campus/campus79/?srsltid=AfmBOooJTEMx0m6CEadV_b8BPR7Y67oZYd5O9cTqMHenphMi9X53Rorm>

[50] >>79 十干十二支の文字の他に、[[暦注]]を表す文字9種類を紹介しています。
9種類中[[天火日]]と[[地火日]]は同字形で色が違いますが、説明はありません。
他に[[願戻日]]だけ色が違います。
また、[[種苗日]]は3,4文字分くらいの幅で描かれています。

[99] >>94 /105 [[暦注]]の符号 11種類 (朱と黒を区別している)

- [94] [CITE@ja-JP[琉球諸島における倭寇史跡の研究]], [[稲村賢敷]], [TIME[1957]], [TIME[2025-02-25T01:55:51.000Z]], [TIME[2025-02-28T13:55:03.905Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/2994129/1/62> (要登録)
- [101] [CITE@ja-JP[城辺町史 第1巻 (資料編)]], [[城辺町史編纂委員会]], [TIME[1985.3][1985]], [TIME[2025-02-25T01:55:51.000Z]], [TIME[2025-02-28T14:30:36.652Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/9775465/1/100> (要登録)


-*-*-

[88] [[宮古島]][[城辺町]][[比嘉]] モノシリの家 [CITE[神の帳]], 昭和24年写
(昭和56年8月に >>84 著者が[[宮古島]]で閲覧)
の一部分の白黒写真:

- [86] >>84 [L[図II 占書の絵文字 (宮古島)]]
- [87] >>84 [L[図III 占書の『神之帳』 (宮古島)]]

[89] 
>>86 は十干十二支の文字を使った表。


[91] 
>>86 みると同じ文字が別字形で、おそらく書き分けの意図なく、混在して使われていることをどう理解するべきなんでしょうね。



[90] 
>>87 は >>73 #page=10 下側や >>94 /82 と同形式 (同じではない)

[97] 
>>90 の一部は >>94 /84 に説明あり。


* 神代文字説

[8] 
[CITE[琉球神道記]]の文字やそれに類似した文字群は、
[[江戸時代]]の[[日本本土]]では[[神代文字]]の一種ではないかと考えられました。

[42] 
[[神代文字]]を古代文字とする説は当時から議論がありましたが、
現在では完全に否定されています。
[[琉球古字]]を[[神代文字]]の類とする説も、もとより確実な根拠があるものではありません。

[43] 
しかし[[神代文字]]を信奉する一部の人々は近年に至っても独創的な見解を発表しています。

** 留守氏系統

- [40] >>4 右, >>5 /91, >>26, >>122 /220, >>125 /53

** 渋川春海系統


- [60] >>24
- [6] >>4 左, >>5 /91, >>26
- [61] >>199
- [62] >>58 /7 左頁右
- [63] >>58 /7 左頁左
- [124] >>122, >>125


- [24] 
[CITE@ja[ho02_04229_0003.pdf]], [TIME[2006-09-15T21:04:15.000Z]], [TIME[2025-02-24T12:23:10.083Z]] <https://archive.wul.waseda.ac.jp/kosho/ho02/ho02_04229/ho02_04229_0003/ho02_04229_0003.pdf#page=7>


[199] [CITE@ja[nikkan0001000470.pdf]], [TIME[2025-02-18T06:33:40.000Z]] <https://hermes-ir.lib.hit-u.ac.jp/hermes/ir/re/31060/nikkan0001000470.pdf#page=10>

[200] >>199 [[渋川春海]]が弟子に伝えた[[十二支]]の[[神代文字]]とされるもの


- [58] [CITE@ja-JP[藝林 4(1);Feb・1953]], [[藝林会]], [TIME[1953-02]], [TIME[2025-02-25T01:55:51.000Z]], [TIME[2025-02-27T05:19:04.401Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/11201597/1/6> (要登録)
- [81] [CITE@ja[Xユーザーのk.hisadomeさん: 「山田孝雄「所謂神代文字の論」(『地球ロマン』復刊5号に再録)より、跡部光海「和字伝来考」に言及した箇所。この資料は昔読んでいたはずですが、当時は渋川春海という人物に興味が無かったので、全く気にしていませんでした。 https://t.co/z6UbTcYUD5」 / X]], [TIME[午後3:03 · 2019年2月10日][2019-02-10T06:03:46.000Z]], [TIME[2025-02-28T03:07:02.000Z]] <https://x.com/HisadomeK/status/1094477001505701888>



[59] 
>>58 [[昭和時代]]の研究者[[山田孝雄]]による[CITE[琉球神道記]]から[[神代文字]]説が生じた経緯の推測。


[130] [CITE@ja[rekisikenkyu32_p93-107.pdf]], [TIME[2025-07-05T16:05:33.000Z]] <https://opac-ir.lib.osaka-kyoiku.ac.jp/webopac/rekisikenkyu32_p93-107._?key=USNDIJ#page=7>


[1] [CITE@ja[神代文字 - Wikipedia]], [TIME[2025-02-14T06:54:10.000Z]], [TIME[2025-02-18T06:36:53.133Z]] <https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A5%9E%E4%BB%A3%E6%96%87%E5%AD%97#%E5%9E%82%E5%8A%A0%E7%A5%9E%E9%81%93%E5%AE%B6%E3%81%AE%E7%A5%9E%E4%BB%A3%E6%96%87%E5%AD%97>

** 石鏡古字

[38] >>5 /89

[39] >>6 /100


- [122] 
[CITE@ja-JP[印刷文明史 第2巻]], [[島屋政一]], [TIME[昭和8][1933]], [TIME[2025-02-25T01:55:51.000Z]], [TIME[2025-03-02T01:21:38.054Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/1118160/1/214> (要登録)
-
[125] 
[CITE@ja-JP[工業高等学校印刷術教科書 第一学年用]], [[ヨゼフ・ナジ]], [TIME[1952]], [TIME[2025-02-25T01:55:51.000Z]], [TIME[2025-03-02T01:40:35.651Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/2464385/1/52> (要登録)




**

[4] [CITE@ja[ho02_04229_0003.pdf]], [TIME[2006-09-15T21:04:15.000Z]], [TIME[2025-02-24T07:21:09.859Z]] <https://archive.wul.waseda.ac.jp/kosho/ho02/ho02_04229/ho02_04229_0003/ho02_04229_0003.pdf#page=6>

[7] 
[CITE@ja-JP[典籍雑攷]], [[山田孝雄, 山田英雄]], [TIME[1956]], [TIME[2025-01-20T22:48:05.000Z]], [TIME[2025-02-24T09:05:11.547Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/2932710/1/177> (要登録)

- [5] 
[CITE@ja-JP[日本神代文字 : 古代和字総覧]], [[吾郷清彦]], [TIME[1975]], [TIME[2025-01-20T22:48:05.000Z]], [TIME[2025-02-24T07:22:27.883Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/12447930/1/90> (要登録)

[41] >>5 /90 直澄は[[琉球古字]]を合体字と主張した、その元となった文字5+8個

[48] 
>>31 /96 /97 は[[神代文字]]説に[[砂川暦]]を参照した事例


[26]
[CITE[修訂 絹と立方体]]
p.[L[236]]



** 十二干説

[32] 
[[昭和時代]]後期に、
[[琉球古字]]は[DFN[十二干]]の文字だと主張する者が現れました。
それによると、[[十干]]と「方」と「発」で[[十干干]]で、
[[殷]]代中期の10進法暦法の導入で[[十干]]となるより前から伝わるもので、
この[[十二干]]から[[十二支]]が生じたのだといいます。
[SRC[>>31]]

[33] 
この説によると、その12字 (や他の[[神代文字]]) は[[甲骨文字]]や[[金文]]などの[[古漢字]]から変化したものだと説明されています。
[SRC[>>31]]


[34] 
>>31 によると[[神代文字]]を[[古漢字]]で説明しようとする試みは[[清国人]]の説が既にあり、
それを発展させたのがこの説とのことです。また、 >>29 によるとこの説に続いて[[神代文字]]を[[甲骨文字]]で説明しようとする信奉者が後に続いたようです。


[31] 
[CITE@ja-JP[九鬼神伝全書 : 中臣神道・熊野修験道]], [[吾郷清彦]], [TIME[1983.6][1983]], [TIME[2025-01-20T22:48:05.000Z]], [TIME[2025-02-24T13:07:01.324Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/12262211/1/91> (要登録)


[29] [CITE@ja[[[十二干]] - Uyopedia]] ([TIME[2019-05-05 18:06:03 +09:00]]) <http://uyopedia.a.freewiki.in/index.php/%E5%8D%81%E4%BA%8C%E5%B9%B2>

[30] [CITE@ja[[[忘空]] - Uyopedia]], [TIME[2020-02-17T05:48:58.000Z]], [TIME[2023-11-29T04:12:20.679Z]] <http://uyopedia.a.freewiki.in/index.php/%E5%BF%98%E5%85%AB#.E3.80.8C.E5.BF.98.E7.A9.BA.E3.80.8D.E3.81.AE.E6.A6.82.E8.A6.81>

[35] >>30 は

>[SNIP[]]琉球古字の11文字目は甲骨文字の「[B[亡]]」、12文字目は「[B[八]]」であるが、琉球古字は殷代の十干そのものではなく、十干の祖形であり、琉球古字(原十二干)を12個の武器に喩えて置き換えたものが殷の十二干だという。それで竹内健は十二干としての11文字目は「[B[方]]」、12文字目は「[B[発]]」(正しくは旧字体で「發」)だとした。
>しかし後世の「空亡」(くうぼう)や「忘八」という言葉から推定して「方・発」の代わりに「[B[忘]]・[B[空]]」も提案できる。「亡・八」から派生したならこの方が祖形に近い。
>現行の空亡(くうぼう)は十干と十二支の組み合わせで余る最後の2支をいう。
これは「亡・八」が十二干の最後の2文字であることが忘れられた後になって、むりやり解釈した新しい意味であることが明白ではないだろうか。

と[[空亡]]や[[忘八]]に無理矢理結びつけた新たな解釈を提唱しています。

;; [36] [[空亡]]は一応[[干支]]と関係ある言葉ですが、
[[忘八]]は説明すら放棄されていますw


[3] [CITE@ja[琉球古字 - Wikipedia]], [TIME[2025-02-03T05:06:46.000Z]], [TIME[2025-02-18T06:36:04.308Z]] <https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%90%89%E7%90%83%E5%8F%A4%E5%AD%97>

[27] >>3 一見中立的な解説に見えるが、学術的な研究というより[[超古代史]]に分類するべき「研究」
があたかも最新研究のように紹介されている。一応それが定説の扱いにはしていないが、
かなりの分量と熱量で説明している。

[28] これを見たら知識のない人は[[甲骨文字]]から派生して[[十二干]]なるものを経て生じたというのが最新の有力説のように誤解してしまう可能性が高いのでは。


[65] [CITE@ja[謹賀新年 - 北斗柄の占いについて思うこと]], [TIME[2025-02-27T06:19:06.000Z]] <https://hokuto-hei.hatenablog.com/entry/2021/01/03/123734>

[66] >>65 は

>[SNIP[]]この中で竹内健は「神代文字は中国の甲骨文字や金文をレタリングしたものだ」という主張を展開していた。そしてその明白な例として、琉球神道記に収録された古字の十二支とされる文字の最初の三文字が甲乙丙の甲骨文字であるとしていた。

ことを紹介し、

>神代文字が神代に使われていたということは、まず無いだろうけれども、どういった人達が神代文字を必要として何をオリジンとして神代文字を作りあげたのかは今後研究されるべき問題だと思う。

と述べています。この結論はまったくその通り。しかしこのブログ記事が[[琉球古字]]の[[子]]、
[[寅]]、
[[卯]]が[[甲骨文字]]と似ているとし、

>もし、この琉球古字に甲骨文字をレタリングしたものが混入しているとしたら[SNIP[]]

と述べることにはいくらか問題があります。

- [67] この記事が参照している[CITE[琉球神道記]]は昭和時代に刊行されたもので、
[[琉球古字]]の字形は原本と異なる。[[字源]]を議論するのに適切ではない。
- [68] この記事が類似性を認定した3字のうち2字は[CH[+]]状の字形と[CH[●]]状の字形で、
いずれも極めて普遍的な図形に過ぎない。
- [69] 残る1字は[CH[▽▽]]状字形である。甲骨文字や金文として示された字形とは似ていない。
-- [70] 似ていないのだが、[[日本本土]]における[[琉球古字]]のこの字の変化形と見られるものに[[甲骨文字]]として示された字形と似たものがあることは少し考えさせられるものがあろう。

* 宮古島文字

[127] [[昭和時代]]の解説書で[DFN[宮古島文字]]なるものを紹介しているものがあります。
[SRC[>>122, >>125]]

[128] [[宮古島]]の住民が古来[[月日]]には[[漢字]]を、普通文字は[[日文]]の類を使うとして数種類が例示されています。

[129] 
[[琉球古字]]とは節を分けて説明されています。

* 文字コードとフォント

[120] 
[[琉球古字]]に明示的に対応した[[文字コード]]や[[フォント]]は知られていません。

[121] 
一部は他の[[文字]]や[[記号]]と[[字形]]が同一または類似しているので、
それで代替表記されることがしばしばありますが、
それだけでは賄いきれません。
また、一部は無理に代用して原形がわかりにくくなっており、
好ましくない状況といえます。




[119] 関連:
[[情報システムにおける神代文字]]


* 関連

[2] [[沖縄古代文字]],
[[カイダ文字]]

* メモ


[44] 
これらの文字群はまず[[琉球]]の文化として重要であり、
次に[[近世]][[日本本土]]の[[文字学]]の研究史として重要で、
加えて近現代の[[超古代史]]系[[思想史]]の一側面として大変興味深いのですが、
それらに留まらず、
「知っていそうで知らない謎の形の文字群がどのように伝播するか」
という非常に面白い素材を文字の研究や[[情報伝達][伝言ゲーム]]の研究に提供してくれているので、
もっと注目されて良いように思われます。

[45] 
単純な幾何学的記号もあれば、[[漢字]]や[[仮名]]に似たものもあり、
よくわからない複雑そうなものもあるものの、
わずか12文字という取り扱いやすい少ない文字数。
文章の一部分として使われるのではなく文字ないし記号として意識的に取り扱われたことが確実。
おそらく意図せぬ変化もあれば、おそらく何らかの意図があっての改変もある。
手書き文字も印刷文字も陰刻金石文もある。
それぞれの作られた時代と地域がほぼ特定可能。
・・・こんな条件が揃った素材なんて他にそうそうないのではありませんか。







