[13] 
[[政府]]が制定したとされる[[元号]]を[DFN[公年号]]といいます。
それ以外の[[元号]]を[DFN[異年号]]や[DFN[私年号]]といいます。

[56] 
[[異年号]]や[[私年号]]は[[側系統]]のような集団であり、
「[[公年号]]ではない」という共通点の他は出現理由も使われ方も異なる様々な[[元号]]群です。

* 呼称

[4] 
[[私年号]]や[[異年号]]やこれに類する用語は、様々なものがあります。
[SEE[ [[私年号の呼称と分類]] ]]


* 分類

[SEE[ [[私年号の呼称と分類]] ]]

[90] 安定した政権の[[元号]]であれば制定の記録が残されていることが多く、
正しい表記も明らかです。
しかしそれ以外にも、

- [5] 制定者の明らかではない[[元号]]や、
- [6] 短命政権や反乱軍が使った[[元号]]、
- [8] [[公年号]]の表記のバリエーションらしき[[元号]]、
- [9] 実用目的ではない[[スローガン的元号]]や
- [10] [[架空の元号]]

... などが存在しています。
こうしたものの総称が[[異年号]]であり、
その中でも特に ([[公年号]]のバリエーションや非実用ではなく)
私的に実用されたとみられるものが[[私年号]]とされることが多いです。

[FIG(middle list)[ [85] [[異年号]]
- [[私年号]]
-- [[日本の私年号]]
--- [[日本中世の私年号]]
---- [[中世東国私年号]]
--- [[近現代日本の私年号]]
-- [[朝鮮半島の私年号]]
--- [[大韓民国の私年号]]
-- [[支那の私年号]]
--- [[中華人民共和国の私年号]]
-- [[越南の私年号]]
- [[仮名書年号]]
- [[仮名まじり年号]]
- [[偽文書元号]]
- [[秘伝書の日時]]
- [[古代年号]]
- [[マイクロネーションの元号]]
- [[改元デマ]]
- [[スローガン的元号]]
- [[架空の元号]]
-- [[作中元号]]
- [[遡及年号]]
- [[延長年号]]

]FIG]



* 私年号の一覧

[12] 分類別の一覧表は >>85 参照。

[11] 機械処理用は[[元号一覧データファイル]]参照。

[681] 研究史関係では[[日本私年号一覧表]]も参照。

* 大陸の正統年号と非正統年号

[66] 
大陸の[[私年号]]とされることがあるもののほとんどは、
短命政権や反乱軍などの正統王朝とみなされない政府によって制定されたとされています。

[67] 
一方で[[日本の私年号]]のほとんどには反政府的要素は見られず、
戦乱などのための社会的混乱や[[改元デマ]]から広まったものとみられています。


[SEE[ [[大陸の正統年号と非正統年号]] ]]

* 「私年号」概念の相対性

[639] 
[[元号]]を[[公年号]]とするか[[私年号]]とするかには、
政治的な判断も含まれてくることがあります。
複数政権が並立した時、その当時あるいは少し後の時代には一方が他方を偽の元号と扱うことがあります。
短命の反乱軍の[[元号]]などはそうした経緯から[[私年号]]に分類されるのかもしれません。
しかし現在の[[日本政府]]の数える[[日本の元号]]の数に[[北朝]]も[[南朝]]も含まれるように、
和解や時の経過によりどちらも正統な[[公年号]]と扱われる場合もあります。

[97] 
[[南朝]]の[[元号]]が[[公年号]]として扱われる一方で、
[[後南朝]]の[[元号]]は[[私年号]]として扱われます。
これを短命の反乱軍の[[元号]]で[[私年号]]と矮小評価している、
と批判することもできますが、
実のところ[[後南朝]]の[[元号]]の記録は二次資料しか見つかっておらず、
制定や実用の様子がはっきりしないようです。 
[SEE[ [[日本南北朝時代の元号]] ]]

[14] 
同様に[[奥羽越列藩同盟]]の[[元号]]も確実な資料がないため[[私年号]]として扱われています。
[SEE[ [[幕末維新期の日時]] ]]


[15] 
現在の理解では、「私年号」といわれるものは均質な集合ではなく、
政治的性格を有するものもあれば、単なる誤記の可能性が強いものもあります。
従って、ある[[元号]]を「私年号」に分類したからといって、
「公年号ではない」以上の積極的な意味を与えるわけでは (学術的には) ありません。

[17] 
しかし、「公年号ではない」ことの社会的影響がないとはいえません。
論者の政治的見地に基づき、ある[[元号]]を「公年号ではない私年号である」
と貶めるために公私の分類を行うことは、できてしまいます。

[18] 
逆に、「私年号として扱われているのは貶められているのだ」
と[[陰謀論]]的なことを言って学説に反対する人もいます。

-*-*-

[883] 
[CITE@ja-JP[栃木県史 資料編 考古 1]], [[栃木県史編さん委員会]], [TIME[1976]], [TIME[2025-02-25T01:55:51.000Z]], [TIME[2025-04-17T04:04:25.692Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/9640766/1/404?keyword=%E4%B8%AD%E5%9B%BD%20%E7%A7%81%E5%B9%B4%E5%8F%B7> (要登録)


[884] >>883 

>永昌元年は中国の年号で、[SNIP[]]永昌なる私年号が、なぜ中国より遙かに離れた那須の地で使用されているのか、[SNIP[]]


[19] 
>>884 は著者である[[日本人]]にとって[[日本の公年号]]だけが[[公年号]]であり、
外国公年号も分類上[[私年号]]の枠に入るという見解の発露と思われます。

[20] 
これはこれで一つの見識ではあるのですが、日本史/日本法制史だけの閉じた議論ならともかく、
東アジア全体を視野に議論する上ではあまり便利な分類法とはいえないかもしれません。
なぜこの時代に[[那須]]で[[漢土]]の[[周]]国の[[公年号]]が使われたのか、
というのはまさしく東アジアを俯瞰する必要がある問題領域です。

** 新羅政府の「私年号」

[SEE[ [[大陸の正統年号と非正統年号]] ]]

** 日本南北朝時代の元号と「私年号」

[SEE[ [[日本南北朝時代の元号]] ]]

** 現代日本の反政府主義者の「私年号」

[21] 
[[現代日本]]では、反政府的政治思想を持つ人々が[[日本の公年号]]のことを[[私年号]]と呼ぶ場合があります。

- [901] 
[CITE@ja-JP[美術史散策]], [[宮川寅雄]], [TIME[1987.1][1987]], [TIME[2025-07-02T03:11:48.000Z]], [TIME[2025-07-23T07:32:12.994Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/12420062/1/139?keyword=%E7%A7%81%E5%B9%B4%E5%8F%B7> (要登録)
- [900] 
[CITE@ja-JP[講談社版日本近代絵画全集 第11巻]], [[講談社]], [TIME[1964]], [TIME[2025-07-02T03:11:48.000Z]], [TIME[2025-07-23T07:31:17.162Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/8798715/1/12?keyword=%E7%A7%81%E5%B9%B4%E5%8F%B7> (要登録)

[902] >>901 >>900 どちらも同じ著者。大正を日本の私年号と呼び、それで美術史の時代を呼ぶことを好まないと述べている。


[461] 
[CITE@ja[Xユーザーの衣笠書林@猫の生活が第一さん: 「・・安倍晋三の私年号「令和」2年は昭和2年の再現、暗黒時代の始まりになる危険性が。しかしそれを防ぐ理性的な日本人は明らかに少数派だ。国内の世論ではブレーキが効かない、国際社会からの批判が殆ど唯一のブレーキだが・・ともかくいま出来ることはメディアの虚報・洗脳を暴露拡散することだ。」 / X]], [TIME[午前8:26 · 2020年3月5日][2020-03-04T23:26:12.000Z]], [TIME[2024-08-21T06:39:48.000Z]] <https://x.com/syuugoro2/status/1235345830518951937>



* 日本の私年号


[28] 古代から現代まで[[天皇]]を中心とする政府が存続している[[日本]]では、
王朝交代に伴う[[元号]]の混乱や独自[[元号]]の[[建元]]はほとんど見られません。

[29] ただし、[[南北朝時代]]には[[北朝]]の[[元号]]の他に[[南朝]]の[[元号]]が並立しました。
また[[中世]]や[[幕末]]の戦乱の時代には地方政権の独自の[[元号]]らしきものがあったことが知られています。
その他中央政府の[[改元]]を無視したとみられる[[延長年号]]の例がいくつか知られています。

[30] そのようないくつかの例外を除けば、
[DFN[日本の私年号]] (中央政府の[[正式な元号][公年号]]ではない[[元号][私年号]])
は反政府的な意味が薄く、
制定者も不明で長年存続することなく消えていったものがほとんどです。


** 古代日本

[309] 古代のものは[[日本古代の日時]], [[古代年号]], [[奈良時代の元号]], [[平安時代の元号]]参照。

** 中世日本


[235] [DFN[日本の中世私年号]]の利用例の多くは[[東国]] ([[関東地方]])
の[[板碑]]で見つかっています。

[371] 
[[中世]]のものは、
まだ性質がよくわかっていない[[私年号]]が多いですが、
[DFN[中世東国私年号]]、
大和私年号、
中世九州私年号、
その他、
と何種類か違うグループに分けられそうな感じがありますね。

[307] 一覧は[[日本中世の元号]]参照。

[596] 
[[戦国大名]]クラスの用例はごくわずかです。

- [597] [[命禄]] : [[武田信虎]] ([[山梨]]) 3通 
- [599] [[弥勒]] : [[結城政朝]] ([[茨城]]) 2通
- [598] [[福徳]] : [[諏訪頼満]] ([[長野]]) 2通,
無記名を[[足利成氏]]とする説があるもの2通

[600] 
[[後北条氏]],
[[上杉氏]],
[[今川氏]]などの用例は皆無です。
[SRC[>>594]]

[611] 
しかしこれまでの研究では「私年号の用例が見つかっていない」ことと
「私年号を使っていない」こと ≒ 「公年号だけを使っていた」ことを同一視してきたきらいがあります。
また、研究者によっては「私年号を使っていた」ことと「私年号だけを使っていた」
ことの区別もはっきりしないまま論を進めています。

[612] 
[[私年号]]が見つかっていない大名、見つかっていない時期にどのように[[元号]]が使われていたのか、
[[私年号]]研究のための基礎情報として、改めて検討が望まれます。

[REFS[

- [593] [CITE[[[信大史学]] (22)]],
-- [594] [DFN[[CITE[[V[戦国大名と私年号]]]]]],
[[[V[渡部恵美子]]]],
pp.[L[1]]-[L[16]]


]REFS]

** 近世日本

[7] 
一時は[[江戸時代]]は政情が安定し[[私年号]]は見られなくなったとかつては考えられていましたが、
実際にはいくつか[DFN[私年号][日本江戸時代の私年号]]や[[改元デマ]]が知られており、
しかも[[改元デマ]]は恒例化していたようです。

[306] 一覧は[[江戸時代の元号]],
[[幕末維新期の私年号]]参照。

[2] 研究史は[[私年号研究]], [[改元デマ]]参照。


** 近現代日本

[SEE[ [[近現代日本の私年号]]  ]]


* 私年号の地方性

[479] 
現在知られている[[日本の私年号]]諸用例は、[[日本全国]]に均等に分布しておらず、
明らかな地域的な偏りがみられます。
この偏りが

- [480] [[私年号]]が使われた地域の偏り
- [481] [[私年号]]が残った地域の偏り
- [490] [[私年号]]用例が検出されている地域の偏り

のいずれに由来するものか、未だ十分解明されていません。
[SEE[ [[私年号研究]] ]]

[3] 
[[日本の私年号]]と大陸の[[非正統年号]]は、日本では一緒くたに「私年号」
とされることが多いですが、その実、両者の性格には大きな隔たりがあります。
大陸で[[日本の私年号]]の領域に相当する[[元号]]はほとんど検出されていませんが、
これも未報告に過ぎないのか、社会構造等の違いに由来するのか、
まだわかっていません。
[SEE[ [[大陸の正統年号と非正統年号]] ]]


* 「私年号」概念の社会的受容

[SEE[ [[私年号言説史]] ]]

* 研究史

[SEE[ [[私年号研究]] ]]

;; [305] 
[[元号]]全体については、[[元号]]、[[日本の元号]]を参照。


* 関連

[SEE[ [[元号制定権]], [[元号の選択]] ]]



* メモ