[7] [DFN[[RUBY[[[元号]]][げんごう]]]]は、[[東洋]]で長く用いられている、
[[暦]]上の[[期間]]を表す名前です。

[220] 
現在の[[日本の元号]]は'''[[令和]]'''です。

[8] 現在では[[日本]]で用いられるのみとなっていますが、
かつては[[東アジア]]各国で用いられていました。

[615] ただし、[[民国紀元]] ([[中華民国]])
や[[主体紀元]] ([[朝鮮民主主義人民共和国]])
を[[元号]]に分類することもあります。

[NOTE[
[79] [[元号]]のような固有の名称を持たない (区別には[[君主]]名を使う)
[[即位紀年]]は[[英国][英国王即位紀年]]などいくつかの国に現存しています。
]NOTE]

* 呼称

[350] 「平成39年」の「平成」のような[[紀元]]を表す名称を[[元号]]といいます。
しかし文脈により「平成39年」のような[[元号年]]の表記の全体を指して[[元号]]と言ったりもします。

[4] [[元号]]を[DFN[年号]]ともいいます。
現在でも歴史学分野を中心に[[年号]]と呼ぶことがあります。
しかし[[年号]]は[[西暦年]]その他の[[年]]の表記のことを指す場合もあるので、
[[元号]]という方が曖昧ではありません。
[SEE[ 詳しくは >>293 ]]

[5] [[日本手話]]にも[[元号]]と[[年号]]があります。 [SRC[>>242]]

[294] [[英語]]では [[era]] と呼ばれますが、
より広く[[紀年法]]や[[紀元]]の意味でも使われるので曖昧です。
[DFN[[[regnal year]]]] や [DFN[finite era (name)]] と呼ぶとそのような曖昧性は排除できます [SRC[>>9]]
が、[[元号]]でない[[即位紀年]]
[WEAK[(東洋以外のものも含む。)]]
も含まれることがあるようです。
歴史学の論文英題や[[計算機プログラム]]の変数名などでは [[era]]
とすることが多いようです。
現用されているのが[[日本の元号]]だけなので、
[[Japanese era (name)][Japanese era name]] などと言うこともあります。

[74] 
[[Java]] は[[日本の元号]]による[[日付]]表記を扱う[[クラス]]を
[CODE[java.util.JapaneseImperialCalendar]]
と呼んでいます。 Imperial calendar という名前から[[皇紀]]を連想しますが、
[[天皇]]の[[暦]]ということで[[日本の元号]]を表しているようです。
紛らわしいので適切な命名とはいえません。

[295] [[日時パターン]]の表記などでは、[[ローマ字表記]]の[[頭文字]]である
「g」や「G」で表現されることがよくあります。
[[ISO 8601]] の[[日時書式表現]]
(の [[JIS X 0301]] 拡張) は [CODE[N]] を使っています
(''n''ame?)。

[63] 
[[ISO 19108]] は[[元号]] (や他の[[暦法]]における[[暦年]]の上位概念)
を記述するために[RUBYB[[[暦年代][暦年代 (ISO 19108)]]][calendar era]]という概念を導入しています。
[SEE[ [[暦年代 (ISO 19108)]] ]]

[167] 
[[越南]]の[[元号研究者]]の論文で
[DFN[漢字年号]] ([[日本語]]),
[DFN[niên hiệu chữ Hán]] ([[越南語]])
と書いたものがあります。
[SRC[>>202, >>230]]
といっても題名や初出などで、以後は普通に[[年号]]と書いています。

[168] 
[[越南]]は現在[[ラテン文字表記]] ([[国語]]) が使われているので、
敢えて[[漢字]]と明示する傾向があるのかもしれません。
碑文のことも漢喃碑文と言ったりします 
(それは新しいものは[[国語]]表記だからというのもあるのでしょうが)。 

;; [169] 同論文は[TIME[西暦1945年][1945]]まで[[年号]]が使われたとだけ書いて、
[[漢字年号]]に対比する概念を特に書いていないので
([[阮朝]]末期は[[漢字]]の[[元号名]]が引き続き制定されていたものの、
[[正書法]]は既に[[国語]]に変わっていました)、
[[漢字]]でない[[元号]]との対比ということでもなさそうです。


[REFS[
- [9] [CITE@ja[[[元号]] - Wikipedia]]
([TIME[2015-12-06 17:02:31 +09:00]] 版)
<https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%83%E5%8F%B7>
- [242] [CITE@ja[新しい手話の動画サイト:特集 [[元号]]関連用語]]
([TIME[2019-04-08 11:05:09 +09:00]])
<https://www.newsigns.jp/featured014>
-
[200] 
[CITE[[V[[[日本語学]] 第三十九巻第四号冬号]]]],
[V[令和二年十二月十日発行]]
--
[201] 
[CSECTION[[V[特集 年号を考える]]]]
---
[202] 
[CSECTION[[V[[[ベトナムの漢字年号について[BR[]]⸺李王朝を中心に⸺]]]]]],
[[[V[グエン・ティ・オワイン]]]],
pp.[L[88]]-[L[101]]
- [230] 
[CITE[CVv235S12021003.pdf]], [TIME[2021-08-01T04:22:35.000Z]], [TIME[2023-04-02T02:19:43.252Z]] <https://sti.vista.gov.vn/tw/Lists/TaiLieuKHCN/Attachments/320590/CVv235S12021003.pdf>
-- [231] 
>>202 の[[越南語]]版と思われる (さらっと見た感じ同内容、
出版はこちらが後、著者が[[越南人]]なのでこちらが原文か)



]REFS]

* 意味

[255] [[元号]]は、1つ[[以上]]の (原則として連続した) [[年]]に対して与えた名称です。
その[[改元日]]から始まり、次の[[改元日]]までの期間を表します。
([[改元日]]を含む[[年]]は、途中からまたは途中までしか含まれないこととなります。)

;; [96] しかしこの始点と終点は実は曖昧です。 [SEE[ [[改元時期]] ]]

[380] [[元号]]は、前の[[元号]]からの[[改元]]という形でその時期が定義されています。
直接的な定義には含まれませんが、[[暦]]への記載や現実の運用などから、
[[西暦]]や[[皇紀]]のような他の[[紀年法]]との対応関係も定まります。

[381] ただし、[[私年号]]や滅亡した勢力の[[元号]]の中には、
正確な時期が伝わっていないものもあります。特に私年号は、
[[改元]]の手続きが行わず自然発生的に使われ出し、
いつの間にか消滅しているようなものなので、
終了の時期もはっきりしないことが多いようです。

-*-*-

[254] [[元号]]が何かについて、[[元号法]] [SRC[>>54]] は定義していません。
[[法令]]上は自明のもの、あるいは[[慣習]]的なものとして扱われているのでしょうか。

[613] [[JIS]] は次のように定義しています。

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[16] [[JIS X 0301]]:2002 3.34
]FIGCAPTION]
> [[日本]]で用いる[[暦年]]の上位呼称
]FIG]

[614] しかし「[[暦年]]の上位」といわれても何となくの雰囲気はわかりますが、
それ以上の情報は得られません。[[暦年]]は約365日を表す用語のようですが、
[[元号]]の期間は [[JIS]] 上も約365日の整数倍となるとは限りません。
「上位」の意味が定義されていないので、この定義と実際の[[元号]]が合致しているかどうかもよくわかりません。

[29] 
[CITE[暦と時の事典]]は、
[[年号]]を「明治、大正、昭和のように、
年に冠して使用する称号で元号ともいう。」
としました。[SRC[>>30]]

[REFS[
- [30] [CITE[暦と時の事典]] pp.233-234 [CSECTION[[RUBY[年号][ねんごう]]]]
]REFS]

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[209] 
[CITE@ja-JP[平成30年間を3大キーワードから読み解く:朝日新聞GLOBE+]], 
更新日:2019.03.16 公開日:2019.03.16,
[TIME[2024-06-12T06:54:14.000Z]] <https://globe.asahi.com/article/12205865>
]FIGCAPTION]

>元号は特定の天皇の年代につけられる称号を意味する。天皇一人に対して一つの元号をつけるが、これを「一世一元」と呼ぶ。645年、大化から元号が使われるようになった。[SNIP[]]

>(2019年3月9日付東亜日報 東京・川崎=パク・ヒョンジュン特派員)
>(翻訳・成川彩)

]FIG]

[210] >>209 これは「元号」の説明をしているようで、
「一世一元」の説明にしかなっていない。
前近代を無視して近現代の話だけなら
「特定の天皇の年代につけられる称号」
でも間違いではないが、第2文、第3文が続くので意味が通らなくなっている。

-*-*-

[99] 
「元号」は、個別の[[元号]]のことを指す言葉ですが、
[[元号]]を使うシステム全体を指して使うこともあります。
[SEE[ [[元号系]] ]]


[13] 
[[元号]]は[[紀年法]]の一種といえます。
個別の[[元号]]がそれぞれ[[紀年法]]として機能するので[[元号]]は[[紀年法]]の[[部分集合]]といえます。
あるいは「[[日本の元号]]」のような一連の[[元号]]の[[列]]として定まる[[元号系]]は、
それ自体が1つの[[紀年法]]といえます。

[FIG[
[PRE[

   ..., 昭和, 平成, 令和, ...      } 元号                 }
                                                          }
   (..., 昭和, 平成, 令和, ...)                           } 紀年法
                                                          }
   西暦, 皇紀, ...                 } 元号でない紀年法     }

]PRE]
]FIG]

[15] 
[[元号]]である[[紀年法]]と[[元号]]でない[[紀年法]]との違い、
すなわち[[元号]]たる要件は、
よくわかりません。
(>>489)

-*-*-

[SEE[ 個別の元号の語義は[[元号の選定]]、各元号の項 ]]

* 法令

[253] 現在の[[日本の元号]]制度は、[CITE[元号法]]で定められています。
[[元号]]制度の元で用いられる実際の[[元号]]は、[[改元]]の[[政令]]により定められています。
[SEE[ [[元号の法令]] ]]

[REFS[
- [54] [CITE[元号法]]
]REFS]


* 文脈

[262] [[元号]]は、[[日本]]で公私問わず広く用いられています。

[263] ただし[[日本]]でも[[元号]]表記よりも[[西暦]]表記が多くなってきています。
[SEE[ [[現代日本の紀年法]] ]]

[33] 
[[年号銭]]でも使われてきました。
現在でも[[日本]]の[[貨幣]]には[[日本の元号]]の紀年があります。

-*-*-

[287] [[日本]]の[[元号]]を使った[[日付]]の表記を、[[和暦]]や[[邦暦]]と呼ぶことがあります。
ただし、これらの言葉は他にもいろいろな意味で使われます。
[SEE[ [[和暦]] ]]

** 元号による年の表記

[192] [SEE[ [[元号年]] ]]

-*-*-

[106] 
[[元号年]]と紛らわしい数え方として、
[[改元]]からの経過を数える[[改元何周年記念]]があります。


** 日時形式における元号

[159] [[JIS X 0301]] は[[元号]]を使った[[情報交換]]用の[[日時形式]]を定めています。

[160] [[元号コード]]と[[年]]の組が使われる場合もあります。

** 元号利用時期の表記

[610] [[元号]][VAR[元号]]を用いた時期のことを、
「[VAR[元号]]」、
「[VAR[元号]]年間」、
「[VAR[元号]]年中」、
「[VAR[元号]]時代」、
「[VAR[元号]]期」などといいます。

[EG[
[611] [[昭和時代]]は、[[昭和]]が用いられた時期を指します。
]EG]

[EG[
[612] [[寛永年間]]は、[[寛永]]が用いられた時期を指します。
]EG]


[EG[
[251] [[平成生まれ]]とは[[平成]]が用いられた時期に[[生年月日]]が属する人々です。
]EG]


-*-*-

[77] 
[[文化]]と[[文政]]の時代は合わせて[[化政期]]と呼ばれ、
この時代の文化は[[化政文化]]と呼ばれています。

[208] 
[[宝暦]]と[[天明]]の時代はあわせて[[宝天期]],
[[宝天時代]]と呼ばれます。



[121] 
[[唐国]]の[[天寶]]と[[開元]]を合わせて[[開天]]といいます。


[119] 
[[清国]]の[[道光]]と[[咸豐]]を合わせて[[道咸]]といいます。
[[同治]]と[[光緒]]を合わせて[[同光]]といいます。
更にそれらを組み合わせて[[道咸同光]]といいます。

;; [135] 過去に[[同光]]という[[元号]]もありました。

[78] 
[[昭和時代]]に[[元禄]]と組み合わせた[[昭和元禄]]という言葉もあります。
[[元禄]]と[[昭和]]は時代が大きく離れていますが、
[[昭和時代]]に出現した[[元禄文化]] ([[元禄]]時代の様相) 
風味というくらいの意味合いのようです。

[161] [CITE@zh-TW[日知錄 : 卷二十 - 中國哲學書電子化計劃]], [[Donald Sturgeon]], [TIME[2023-02-19T13:15:42.000Z]] <https://ctext.org/wiki.pl?if=gb&chapter=374063&#p55>

-*-*-

[197] [[元号]]が使われた[[時代]]の[[時代区分]]。

[196] 
[CITE@ja-JP[柳田国男集 : 定本 第29巻]], [[筑摩書房]], [TIME[1970]], [TIME[2024-02-01T05:12:54.000Z]], [TIME[2024-02-06T03:31:28.957Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/9546150/1/21> (要登録)


** 追号と記念日

[250] 
[[一世一元]]の[[元号]]は[[皇帝]]や[[天皇]]の[[追号]]として[VAR[何々]]帝、
[VAR[何々]]天皇のように使われることが慣例となっています。
(ただしこれが[[日本]]の制度として定められたことはありません。今後も踏襲されるかは不明です。)
[[一世一元]]以前にも、
君主の自称または他称として[[元号]]が使われたことがありました。
[SEE[ [[一世一元]], [[元号名の君主名]] ]]

[143] 
稀に、[[人名]]が不明な[[君主]]を便宜上[[元号名]]で[VAR[何々]]帝のように呼ぶことがあります。


[75] 
時代と天皇を記念した[[日]]がいくつかあります。
[SEE[ [[日本の祝日]] ]]

[FIG(short list)[ [102] [[元号]]の[[記念日]]
- [[養老の日]]
- [[明治節]]
- [[昭和の日]]
]FIG]


** 元号に因む命名


[136] 
[[元号]]はその時代の出来事や概念の固有名詞化のために用いられます。

[EG[
[138] [[大化の改新]]は、[[大化]]の頃の[[政治改革]]を指します。
]EG]

[EG[
[139] [[慶長地震]]は、[[慶長]]の頃の[[大地震]]を指します。
]EG]

[EG[
[642] [[享保の改革]]は、[[享保]]が用いられた頃の[[政治改革]]を指します。
]EG]

[EG[
[137] [[平成の大合併]]は、
[[平成時代]]に行われた[[市町村合併]]政策を指します。
]EG]

[EG[
[140] 令和の天才は、
[[令和時代]]に活躍した天才を指します。

[142] 
[TIME[令和3(2021)年][2021]]に [[NHK]] が[[藤井聡太]]を令和の天才、
[[羽生善治]]を平成の絶対王者と呼んで対比した例がありました。
[SRC[>>141]]


[REFS[
- [141] 
[CITE@ja[“永世七冠” 羽生善治 が語る “令和の天才”藤井聡太の「成長」 - クローズアップ現代+ - [[NHK]]]], [[日本放送協会]], 
2021年10月6日 午後3:55 公開,
[TIME[2021-11-15T03:30:34.000Z]] <https://www.nhk.jp/p/gendai/ts/WV5PLY8R43/blog/bl/pkEldmVQ6R/bp/pgryzPoJ7x/>
]REFS]
]EG]


[226] 
[CITE@ja[REVISED総研大1石橋++ - 05JishinShiryoDB.pdf]], [TIME[2024-04-01T04:57:26.000Z]], [TIME[2024-07-30T08:21:26.934Z]] <https://historical.seismology.jp/ishibashi/archive/05JishinShiryoDB.pdf#page=5>
#page=12


[227] 
>>226

>
[LEFT[
[SNIP[]]余談ですが,歴史地震学は戦前の遺産が非常に大きいので,[BR[]]
かなり皇国史観に由来する解釈や表現が残っています.416 年もその一例だと思い[BR[]]
ますが,南北朝時代の地震なんかも,北朝の年号を使わないで全部南朝の年号で呼[BR[]]
んでいます.有名な「正平南海地震」というのがあって,将来の南海地震の予測に[BR[]]
対しても重要な地震なのですが,あるとき私は「自分は別に勤皇の志士でもないの[BR[]]
に論文に南朝の年号を使うのは何か変だなあ」と思いました.それで,東京国立博[BR[]]
物館の田良島哲さん(当時は文化庁)に歴史学の状況を教えていただいたりして,[BR[]]
今では,地震当時おもに使われていた(主要な史料が用いている)年号を使うとい[BR[]]
うことで,「康安南海地震」と呼ぶようにしています.
]LEFT]

[228] なんで[[南朝の元号]]を、という気持ちはわからないでもないし、
個人的にも[[北朝の元号]]を使いたいのが私情ではあるのだけど、
しかし「皇国史観の残滓だから」という理由で既に定着した術語を変えてしまうのは、
[[皇国史観]]の学者がやったことと同じことを逆方向でやってるだけなんじゃないの、
っていう気もするんだよねえ。

[229] 
[[南北朝正閏問題]]は「[[南朝]]を正統とし[[北朝]]も認める」形で[[明治時代]]に政治的に決着し、
その後[[日本政府]]も[[皇室]]もそれにかわる新見解を出していないので、
[[元号]]も「[[南朝の元号]]を正統とし[[北朝]]も認める」のが公式見解だと思われるし、
歴史の資料集的なものでもそれが標準的な取扱いになっている現状があるので、
[[元号]]由来の術語もそれに倣う (もちろん現在の業界慣行があればそれに従いつつ)、
というのが、個々人の勝手な判断による無意味な分断を避ける意味で好ましいのではないかと。

;; [232] 「南朝が正統」と政府が判定した時点で、「南朝元号を使うのは勤王の志士」
のような属性付けは成立しなくなってるわけで。

[234] >>226 #page=12 がいう、古記録がみな[[北朝の元号]]で書いているから[[北朝の元号]]の名前の方が便利という理由付けなら理にかなっていると思う。
「南朝の元号は皇国史観だから」というイデオロギーを理由にするより「北朝の元号が便利だから」の方がずっといい。
(「近現代に南朝の元号で呼んできたから南朝の元号の方が便利」との兼ね合いはどうするんだという問題はあるにせよ。)

[235] 
[[西暦]]と[[元号]]を併記する書き方も紹介されていて、
確かにそれなら古記録との照合にも便利だし、長期スパンでの検討にも便利。
それが許されるなら、[[北朝の元号]]と[[南朝の元号]]の両方併記することにしちゃえばいいんじゃないの。
今更漢字2文字くらい増えてもそう変わらんでしょう。
関係するのは[[南北朝時代]]の事案だけなんだし。

-*-*-

[249] 
[[日時]]記述に使う本来の用法から離れて、
その時期の創設等にちなんで[[地名]]や組織名などの[[固有名詞]]に採用されることも多いです。
[[人名]]に1字取ることも、[[改元]]直後を中心によくみられます。
[SEE[ 表記については[[元号名]] ]]

[80] 
[[昭和時代]]に建設された[[日本]]の[[南極基地]]は[[昭和基地]]と命名されました。
元々は基地名が「昭和基地」であって[[地名]]が「昭和」ということではなかったと思われますが、
[[気象庁]]は「地点名」を「昭和」としていて [SRC[>>81]]、
今や[[元号名]]自体が[[地名]]化しているといえます。



[REFS[
- [81] [CITE@ja[[[気象庁]] | ラジオゾンデによる高層気象観測]], [[気象庁 Japan Meteorological Agency]], [TIME[2019-02-18 20:11:18 +09:00]] <https://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/upper/kaisetsu.html>

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[1140] [CITE@ja[平成の森公園施設名称変更について - [[宇佐市]]ホームページ]]
([TIME[2019-12-29 13:01:29 +09:00]])
<https://www.city.usa.oita.jp/soshiki/53/57054.html>
]FIGCAPTION]

> 宇佐市平成の森公園は改元に伴い、令和元年7月2日付で「宇佐市平成令和の森スポーツ公園」に名称変更しました。

]FIG]

[84] このパターンは珍しいのでは?
次の[[改元]]ではどうするのだろうw

]REFS]

@@
[BOX[

[239] [CITE@ja-JP[京の魅力 続]], [[中村直勝, 葛西宗誠 写真]], [TIME[1961 2版][1961]], [TIME[2025-10-29T01:48:45.000Z]], [TIME[2025-11-19T08:59:00.947Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/2989673/1/67?keyword=%E5%B9%B4%E5%8F%B7> (要登録)

[243] >>239 [[元号名]]は神聖だから一般利用は厳禁されていたが、
[[延暦寺]]以来認められたのは[[仁和寺]]、という説。根拠は示されていない。
[[仁和寺]]を称える説話?

[244] [CITE@ja-JP[氷見市史]], [[氷見市史編修委員会]], [TIME[1963]], [TIME[2025-10-29T01:48:45.000Z]], [TIME[2025-11-19T09:05:43.249Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/3025042/1/286?keyword=%E5%B9%B4%E5%8F%B7> (要登録)


[248] 
[CITE@ja-JP[日蓮聖人と両火房 第1巻]], [[山口晃一]], [TIME[1980.11][1980]], [TIME[2025-10-29T01:48:45.000Z]], [TIME[2025-11-25T11:13:04.222Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/12261607/1/75?keyword=%E5%B9%B4%E5%8F%B7> (要登録)

[256] 
[CITE@ja-JP[水路 : 日本水路協会機関誌 : quarterly journal 24(2)(94)]], [[日本水路協会]], [TIME[1995-07]], [TIME[2026-01-20T01:30:11.000Z]], [TIME[2026-02-06T15:25:41.050Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/3236481/1/15?keyword=%E5%85%83%E5%AE%9D>

元宝 (元禄 - 宝永)
]BOX]

* 元号の名前

[28] [[元号]]や[[年号]]の「号」が既に「[[名前]]」のような意味ですが、
概念としての[[元号]]と区別して[[元号]]呼称を[[元号名]]と呼ぶこととします。
[[元号名]]は[[漢字]]2文字で表記するものがほとんどですが、
その他にもいろいろな例が知られています。
また、いろいろな読み方があります。
[SEE[ [[元号名]]、[[元号の読み方]] ]]


* 元号の意味

[SEE[ [[元号の選定]]、各元号の項 ]]


* 元号制度の運用

[1045] 
[[元号]]制度は、国家権力などが新たな[[元号]]を制定し、
移行を繰り返していくことで運用されるものです。
具体的な方法は[[國]]と時代によります。


[27] 
[[元号]]の制定は[[独立国]]の権限であり、象徴でしたから、
複数政府が並立するとそれぞれの[[元号]]が[[建元]]されました。
各勢力がどの[[元号]]を選択するかはどの政府に従うかを意味する、
極めて政治的な行為でした。

[SEE[ [[元号の選定]] ]]

* 元号と年号

[293] [[元号]]のことを[[年号]]ともいいます。語源的・歴史的には[[年号]]の方がより意味に即した用語のようで、
[[中国語]]では現在も[[年号]]と呼ぶのが一般的です。しかし[[年号]]は、
[[元号]]以外の[[紀年法]]も含めたり、
[[元号によって表記された年][元号年]]やその他の[[紀年法]]の[[年]]のことまで含めたりすることがあり、
意味に揺れがあります。[[元号]]という語の方が意味は明確です。



[EG[
[95] [[歴史]]の授業で「何々が起きた年号」といえば、
その事件の起きた[[年]]がいつかということを話題にしているのであって、
[[元号]]とは関係ありません。 ([[元号年]]で言うこともできますが、
[[西暦]]や[[皇紀]]で表すこともできます。)
]EG]


[25] 語源や歴史的な経緯をひとまず置いておくなら、
「平成31年」や「1192年」のような[[年]]の呼称を「年号」と呼び、
「令和」のような[[元][元期]]の呼称を「元号」と呼ぶ現代の用法は一貫しており、
むしろ好ましいといえます。

-*-*-

[46] 
現在の[[日本の法令]]は、[CITE[元号法]]をはじめとして
「元号」という呼称を採用しています。

[47] 
一方で歴史学者は「年号」という呼称を採用することが多いようです。
複合語的な用語も[[私年号]]などほとんどが「年号」
を使って構成されています。
[[日本の法令]]でも[CITE[養老律令]]は「年号」といっていました
([SEE[ [[日本古代の日時]] ]])。



[100] 
[[革年改元]]の提唱者の[[三善清行]]は、
[CITE[革命勘文]] ([[漢文]])
で「建元號於鳳暦」と書いていました。 [SRC[>>101]]



[93] 
「元号」という語の[CITE[読売新聞]]データベースでの初出は、
[CITE[即位の地と一世一元の法 京都で即位、天皇一世の間改元せず]],
[TIME[1889.02.16][1889-02-16]]
のようです。

[126] 
昭和時代後期の[[日本政府]]の見解では、
[[元号]]と[[年号]]は同義とされました。
[SRC[>>125]]


[39] 
[[元号]]研究者の[[所功]]は、
「年号」の始まりは武帝の第1の[[元号]]「[[建元]]」といわれているが果たしてそうだろうか、
と疑問を呈しました
[SRC[[CITE[年号の歴史]] p.4, [CITE[日本年号史大事典]] 普及版 p.14]]。 
[[元号]]と[[年号]]は「いま同義語として使われている」
とした上で、[[元号]]は古い文献にほとんどみられないものの、
[[建元]]や[[改元]]は古くからある語で、「元」は[[元年]]の意味であるとし、
[[諸橋[CITE[大漢字辞典]]]] (巻一) の[[元年]]の定義

> 天子即位の第一年。又、年号の改まった最初の年。

... を引きました。そして「この意味で、中国において天子や諸侯の代始から年を数える元号」は
[CITE[春秋]]あたりから見られるなどとし、
武帝の時代に元に命名したものを「元号に漢字の名称を冠した「年号」のはじめ」
だとしました。

[40] 
まとめると、

- [41] 現在は[[元号]]と[[年号]]は同義
- [44] 歴史的には[[元号]]には[[年号]]と[[支那式即位紀年]]が含まれる
- [45] ただし[[元号]]という語が成立したのは新しい

... という見解をとりました。

;; [94] 「元号」の語義を「元年」に求めただけで、「年号」と「元号」
がそのように使い分けられている、
または使い分けられていたと主張しているわけではないことに注意が必要です。

[20] 
その[[所功]]らのより新しい著書
[CITE[[[元号―年号から読み解く日本史―]]]]
は、
[[元号]]は「本来は「年号」であり、両者をほぼ同義語として併用する」
としました。
本文全体では前近代では「年号」、近現代では「元号」、
俯瞰的部分では「元号 (年号)」のように表記されているようです。
「制度史上」は[[律令]]で[[年号]]が公用され[[明治]]改元で[[一世一元]]となり[[元号]]が
「公称」となった、としました。
[SRC[>>19 p.3]]



[90] 
[[暦]]の研究者の[[中牧弘允]]は、
[[年号]]と[[元号]]はほぼ同義で使われるが微妙に異なり、
[[年号]]は[[漢字]]の名前を持つものであって、
[[元号]]は代始から数えるものである、としました。
出典に[[所功]]の[CITE[年号の歴史]]が挙げられており、
所の解説を踏まえた記述とみられます
(が、所の説明とも少しニュアンスが違う気がします)。 [SRC[>>89]]

[31] 
[CITE[暦と時の事典]]は、
[[年号]]と[[元号]]を同義としました
(>>29)。

[59] 
[TIME[平成31年][year:2019]]の[[令和改元]]直前に編集された、
[[元号]]関連の歴史系諸分野の研究者らによる専門書
[CITE[年号と東アジア―改元の思想と文化―]]
の序文は、
「年を数えるための称号には「元号」と「年号」の二つがある」
うち[[日本]]では[[元号]]が
「正式名称のようになっている」
ものの、「本家の中国」では[[元号]]はほとんど用いず専ら[[年号]]と称するため、
[[東アジア]]全体をカバーするには
「「年号」の呼称に従うのが妥当」
としました。
[SRC[>>34]]

[48] [[令和改元]]時の (専門家の文章から一般人の会話まで) いろいろな言及を総合的にみると、

- [49] 「元号」ということが圧倒的に多い
- [50] 「年号」ということもそれなりにある
- [51] 詳しい人の文章や発言ではわかりやすく併記 (括弧書きなど) することもある
(が多いわけではない)
- [52] 両者の違いが明確に説明されることはあまりない、あっても
「同じ意味です」程度の簡単な説明のみ
-- [124] 専門家の歯切れの悪い説明をそのまま引用したよくわからない説明が、
一番正確という意味のわからない状況
- [53] 一方を聞いた人がえっ他方じゃないの、間違い?、のように混乱することはそれほどない

... といった感じ、つまり多くの人がなんとなく両方とも認識しているが[[元号]]が優勢、
とみうけられます。

[REFS[
- [101] [CITE[古代史獺祭 [[革命勘文]] 原文]] ([TIME[2007-12-14 19:20:34 +09:00]]) <http://www004.upp.so-net.ne.jp/dassai1/kakumeikannbunn/gen.htm>
-- 消滅確認 [TIME[2021-01-29T03:57:17.200Z]]
-- [CITE[古代史獺祭 革命勘文 原文]], [TIME[2021-01-29T03:57:06.000Z]], [TIME[2011-04-10T22:58:06.206Z]] <https://web.archive.org/web/20110410225801/http://www004.upp.so-net.ne.jp/dassai1/kakumeikannbunn/gen.htm>
- [125] [CITE@ja[法律案審議録(元号法案 その1) 昭和54年第87回[[国会]] 総理本府関係 1]] ([[独立行政法人国立公文書館 | NATIONAL ARCHIVES OF JAPAN]]著, [TIME[2018-06-12 23:56:17 +09:00]]) <https://www.digital.archives.go.jp/das/image/M2011021814402318057>
PDF 150ページ

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[89] [CITE[こよみの学校 第116回『年号と元号―微妙なちがいも』|暦生活]],
[[中牧弘允]],
[TIME[2017.12.8][2017-12-08]]
([TIME[2019-01-31 16:04:29 +09:00]]) <https://www.543life.com/campus116.html>
]FIGCAPTION]

> 年号と元号はほぼ同義でつかわれています。 [SNIP[]] しかし、年号と元号には微妙なちがいもあり、両者は時に区別してあつかう必要があります。
> 明治天皇が即位し改元がおこなわれた時、『明治天皇記』には天皇がくじを引き「年号の字を聖択したまふ」とあります。その字は「明治」でした。つまり、漢字の名称を冠したのが「年号」です。これに対し、代始め(即位)から数えるのが元号です。元は元年の意味です。現行の法律は「元号法」と言います。明治22年の「皇室典範」でも明治42年の「登極令」でも「元号」がつかわれました。
]FIG]

- [19] [CITE[[[元号―年号から読み解く日本史―]]]]
- [34] [CITE[年号と東アジア―改元の思想と文化―]]
-- [36] [CSECTION[序―本書の概要と意義―]], 
[[水上雅晴]],
pp.i-xii


]REFS]

[104] [CITE@ja[年号と元号 - うたことば歳時記]] ([TIME[2019-07-16 19:20:09 +09:00]]) <https://blog.goo.ne.jp/mayanmilk3/e/eccd078b34cab43e810a004b63671ad6>


[105] [CITE@ja[「元号」と「年号」は何が違うの? | ニッポン放送 ラジオAM1242+FM93]]
([TIME[2019-07-17 16:13:55 +09:00]])
<http://www.1242.com/lf/articles/167774/?cat=life&feat=suzukianju>

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[123] [CITE@ja[「元号」と「年号」の違いと元号の6つの条件とは?|NEWSポストセブン]], [TIME[2021-05-09T08:01:25.000Z]] <https://www.news-postseven.com/archives/20190130_856294.html?DETAIL>
]FIGCAPTION]

>[SNIP[]]内閣府・大臣官房総務課の担当者に聞いてみた。
>
「『年号』も『元号』も、年数の上に任意の漢字をつけて表す称号という点では同じため、ほぼ同義語として扱われています。
> 日本は明治の改元から『一世一元』となっており、以来公称として『元号』が使われています。それまでは必ずしも元号と天皇の在位の期間は同一ではありませんでしたが、現在は一世一元となっているため、年号という言い方は、あまり一般的ではありません」(担当者)
> また、国立民族学博物館名誉教授の中牧弘允さんは、その微妙な違いについてこう語る。
>[SNIP[]]
> これに対し、元年の意味を持つ元号は天皇の即位から数えるものだ。
>[SNIP[]]

]FIG]

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[127] [CITE@ja[「年号」「元号」の意味と違い – 社会人の教科書]], [TIME[2021-05-24T11:09:53.000Z]], [TIME[2021-05-24T11:43:48.799Z]] <https://business-textbooks.com/nengou-gengou/>
]FIGCAPTION]

>このように、「元号」と「年号」はほとんど同じ言葉として使われていますが、微妙な違いがあるとする説もあります。それによると、漢字による名称が「年号」であり、天皇の即位から数えたものが「元号」であるとされます。
具体的には、平成30年であれば「平成」が年号で、「30年」の部分が元号であることになります。
]FIG]

[128] 
「具体的には」の前の説明と後の例示が一致していないし、
出典も書かれていない珍説。
これが「一般常識」として説明されている。



[149] 
[CITE@ja[「年号=西暦」ではありません | 毎日ことば]], 
2022年6月16日,
[TIME[2022-06-23T03:56:17.000Z]] <https://mainichi-kotoba.jp/enq-448>

[150] [[年]]への言及を「年号」と呼ぶ用法を否定するのが[[毎日新聞社]]の見解らしい。
[[大正時代]]から用例があることや、
現代の辞書にも記述があることまで紹介しながら
(ただし暦や紀年法の専門書は参照していない)、
「解釈拡大に加担したくはない」
とよくわからない態度を取っている。

[151] 
アンケートも取っているが「元号」vs「西暦」の謎の図式になっているので信憑性には疑問がある。
その結果ですら西暦の年数を表すという人の割合は高い。

[152] 
[CITE[毎日新聞]]でその用法を使いたくないというのは勝手にしろという感じだが、
それは誤用ですとでも言いたげなのは、なんだかなあ。
「新聞でそういう例を次々出してしまうと、辞書改訂に携わる人はそれを根拠に年号の語釈をどんどん拡大させてしまう可能性があります。校閲としてはそれに加担してはならないと思います。」
とかいって[[日本語]]の規範に影響力を行使したい気持ちを隠そうともしないのがなんとも。

[153] 
教育現場での「年号」の利用状況を鑑みれば、
現代日本語の辞書でその用法を説明していないものがあるとしたら、
そちらの方が欠陥でしょうに。


-
[173] 
[CITE[[[海東金石苑]]. 巻1-4 / [[劉燕庭]] 著録]], [TIME[2023-05-07T03:47:52.000Z]] <https://www.wul.waseda.ac.jp/kotenseki/html/chi10/chi10_03853/index.html>
--
[174] 
[CITE[chi10_03853_0004.pdf]], [TIME[2008-09-05T02:55:39.000Z]], [TIME[2023-05-07T03:48:15.949Z]] <https://archive.wul.waseda.ac.jp/kosho/chi10/chi10_03853/chi10_03853_0004/chi10_03853_0004.pdf#page=6>


- [1553] [CITE[日本語学]]
-- [1554] [CSECTION[[[年号を考える]]]]
--- [1555] [CITE[韓国の年号]], [[吉本一]]

>
[VRL[
[SNIP[]]「年号」と「元号」をほぼ同義で用いることもあ[BR[]]
るが、本稿では「年号」を用いる。年号は紀年法の一種[BR[]]
で、長くても数十年程度の短期的な紀年法である。
]VRL]

([[明朝体]]) [SRC[>>1555]]

[175] [CITE@ja-JP[明治国家の展開と民衆生活 : 和歌森太郎先生還暦記念]], [[和歌森太郎先生還暦記念論文集編集委員会]], [TIME[1975]], [TIME[2023-10-31T01:53:09.000Z]], [TIME[2023-11-08T12:15:28.650Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/12228250/1/8> (要登録)
右

宇内(空間)と時間の二元のうち時元の「元」が元号の「元」

[176] 
[CITE@ja-JP[世界評論 5(2)]], [[世界評論社]], [TIME[1950-02]], [TIME[2023-11-28T02:04:43.000Z]], [TIME[2023-12-17T08:27:26.026Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/3556895/1/52> (要登録)

[177] >>176 [[元号]]が正式で[[年号]]が俗称と主張している。根拠は不明。
著者は[[共産主義者]]の[[井上清]]で、[[元号廃止論]]の一貫。
[SEE[ [[世界紀元]] ]]


[182] 
[[私年号研究]]で知られる[[千々和到]]は、[[公年号]]を[[元号]]、
[[公年号]]と[[私年号]]をあわせて[[年号]]と使い分けているように見えます
(例えば[CITE[[[中世東国の「私年号」]]]])。
とはいえこの使い分けが明確には説明されていませんし、
他の研究者もこのような使い分けをする人もいるという程度で、
一般的な使い分けとまではいえません。

[198] 
[[勝俣鎮夫]]は自説に従い更に独特な使い方をしています。
[[公年号]]には京都の年号と地域年号があるとして[[私年号]]と区別し、
京都の年号のことを[[元号]]と呼んでいます。
[SEE[ [[中世私年号]] ]]



[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[186] 
[CITE@ja[[[東西南北]] - 大分のニュースなら 大分合同新聞プレミアムオンライン Gate]], [TIME[2024-02-03T04:06:04.000Z]] <https://www.oita-press.co.jp/1040000000/2040002000/2024/02/JDC2024011701123>
]FIGCAPTION]

>[B[東西南北]]
>[B[2024.2.2]]
>2024/02/02(金) 03:00.

> 免許証を更新して気付いたことがある。有効期限の記載が年号だけから西暦併記となっていた。更新前の免許証は「平成36年1月」まで有効だった。通知が来たからいいものの「平成36年って、いつ?」と悩ましかった▽最近、困ることが多い。文書に年月日を記す際、西暦は分かっても令和何年か、すぐに思い出せない。[SNIP[]]そろそろ西暦だけでいいのかもしれない▽年号は元号ともいう。この元号は天皇を元首として「一世一元」を定めた明治憲法下の皇室典範で、元首の意味で初めて登場したという。「元」はもともと「はじめ」で、改元の際に年の最初の日にさかのぼることを意味していた▼過去、明治まではほぼその通りに適用されていたが、大正、昭和、平成、令和と年の途中から変わっている。[SNIP[]]

]FIG]

[187] 
>>186 なんかほかで見たことない珍説が披露されてるな。出典を教えてくれよ!

[188] 
[[元号]]はいらないと主張する人と珍説を持ってくる人とかぶってる割合が高すぎるように思われるんだが、
どういうメカニズムなのだろうか?

[189] 
[[反ワクチン]]と[[親露派]]がかぶっている現象と同じようなやつ?


[205] 
[CITE@ja[「年号」と「元号」 - 日本中近世史史料講読で可をとろう]], [TIME[2024-02-29T13:37:03.000Z]] <https://japanesehistorybasedonarchives.hatenablog.com/entry/20191022/1571751253>

-
[207] 
[CITE@ja[No.43.pdf]], [TIME[2020-02-07T08:22:58.000Z]], [TIME[2024-03-02T09:17:17.537Z]] <https://www.city.koga.fukuoka.jp/uploads/source/bunka/No.43.pdf#page=1>
-
[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[206] 
[CITE@ja[<私年号>私年号「亀光」確認 鳥羽・浦村、民家の古文書に 三重、福岡、愛知で5例 /三重(毎日新聞) - goo ニュース]], 
[[林一茂]],
2021/04/14 07:39,
[TIME[2024-03-02T09:03:52.000Z]], [TIME[2021-04-14T08:53:23.070Z]] <https://web.archive.org/web/20210414074010/https://news.goo.ne.jp/article/mainichi_region/region/mainichi_region-20210414ddlk24040129000c.html>
]FIGCAPTION]

>[SNIP[]]江戸時代まで元号を年号と呼ぶ場合が多かったが、明治元年への改元の際に新制度となり、元号が正式名称になった。
]FIG]

[236] [CITE@ja-JP[吾等の日本史 : 実力本位 上巻]], [[早坂義雄]], [TIME[昭和3][1928]], [TIME[2025-02-25T01:55:51.000Z]], [TIME[2025-03-23T06:29:58.826Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/1266922/1/61>
頭注


[237] >>236 厳密に言えば、元号名のことを「元号」、元号名と元号年をつなげたものを「年号」
というと説明している。


[252] 
[CITE@ja[Xユーザーの似而非歴史学徒さん: 「『日本国語大辞典』によると初出は明治22年の皇室典範とかなり新しいことが分かる。」 / X]], [TIME[午前1:16 · 2025年11月29日][2025-11-28T16:16:34.000Z]], [TIME[2025-12-18T14:54:58.000Z]] <https://x.com/sundayhistorian/status/1994440289675596012>



* 元号の異称

[1838] 
[[伴信友]]は、
次のように述べていました
[SRC[>>1731]]。
[[元号]]のことを、
文徳実録斉衡元年天安元年の詔詞、
三代実録元慶元年の詔詞に
「御世乃名」
とあるのは、元々
「御世の始の年號」
を大和言葉にしたものだった。
同じ天皇の途中で改元するとき天皇まで改まるように聞こえるのでよろしくない。
[CITE[続日本紀]]
和銅元年の詔詞などに
「御世[SUP[ノ]]年[SUP[ノ]]名」
とあるのはやや勝るがくだくだしい。
神龜元年の詔詞に
[RUBY[今将嗣坐][イマツギマサム]]御世名乎云々とあり、
次に
「今神龜[SUP[ニ]]二字[SUP[ヲ]]御世乃年名止定弖、改養老八年爲神龜元年而云々」
とあり、
御世名とあるのは御世の年名とあるのにかけあわせておおらかに言ったもの。
それでも天皇の在世中に改元があるのだからやはり穏当ではない。
個人的に正しく言うにしても漢語のまま (年号と) 呼ぶべき。
[[明]]や[[清]]では[[一世一元]]
(「王が世の涯一號に定たる」)
にしていて後の時代の混乱もなくよろしいことに思われる。

[REFS[
- [1731] [CITE[[[年号の論]]]]
]REFS]

* 元号と紀年法

[SEE[ 使い分けについては[[元号の選択]] ]]

[489] [[元号]]は[[紀年法]]の一種ともされますが、[[元号]]とそうでない[[紀年法]]
([[紀元]]) との違いは明確ではありません。
おおよそ次のような違いがあるようです。

[FIG(list)[
- [490] [[元号]]は、次の[[改元]]までの比較的短い期間のみ用いられる想定で制定されていると見られるが、
[[紀元]]はそのような意志を持たずに制定されていると見られる
- [493] [[元号]]は[[改元日]]が比較的明確に定められるが、[[紀元]]の開始の日は定められず、
過去に遡ってその[[紀元]]を使って日付を表すことができそうである
- [491] [[元号]]は[[元号]]名と併記されることが多く、[[紀元]]は年番号のみで表記されることが多そうだが、[[紀元]]名と併記されることもまた多いものもあるし、
[[元号]]であっても年番号のみで表記されるものもある
- [492] [[元号]]名は固定されていることが多いが、[[紀元]]名は表記揺れが多い
- [546] 「○○紀元」や「○○暦」という名前のものは[[元号]]ではない
- [531] [[漢]]の[[武帝]]の初期 (初の[[元号]]とされるもの数個) を除き、
[[元号]]には制定時点で名前が与えられている
- [495] [[国名]]を用いたものは[[元号]]ではなく[[紀元]]であるとされることが多い
- [496] 君主名に即位からの年数を添えるもの ([[在位紀年]])
は、特に[[元号]]として定められた場合を除き、[[元号]]ではないとされることが多い
- [530] 君主名と一致する名前を持ち在位期間と一致するものであっても、[[元号]]として制定されたなら[[元号]]である
-- [603] [[一世一元]]の[[元号]]で[[追号]]として使われるようなものは単なる[[在位紀年]]のようにも見えるが、[[元号]]である
- [528] その他[[元号]]として明確に制定されたものは[[元号]]だが、そうでないものも[[元号]]とされることがある
- [497] 政府が制定したかどうかは[[元号]]か否かには影響しない
- [498] 制定 ([[建元]]、[[改元]]) と元年が一致するか (少なくても1年以内ではあるか)
どうかが[[元号]]か否かに影響しそうだが、しないようにも見える
- [529] 元号にかわって制定されたからといって[[元号]]とは限らない
]FIG]

[494] 次の[[紀年法]]は、[[元号]]として扱われたり、[[元号]]に準じるものとして紹介されたりすることがある一方で、
[[元号]]ではない[[紀年法]]であるとされることもあります。

[FIG(list short)[ [32] [[元号]]なのかどうか
- [[共和]]
- [[崇禎紀元]]
- [[監国魯]]
- [[開国年号]]
- [[太平天囯]]
- [[大明國]]
- [[共戴紀元]]
- [[民国紀元]]
- [[大韓民国]]
- [[越南民主共和]]
- [[越南共和]]
- [[共和社会主義越南]]
- [[檀君紀元]]
- [[主体暦]]
- [[核時代]]
- [[霊波]]
- [[蘭芳]]
- [[天命]]
- [[天聰]]
- [[大同]]
- [[中原皇清国]]
- [[開埠]]
- [[天一国]]
- [[龍飛]]
- [[龍集]]
]FIG]

[21] [[即位紀年]]、[[建国紀元]]も参照。

[499] [[私年号]](的な[[紀年法]])や[[フィクションの紀年法]]が[[元号]]であるのかどうか、
判断が分かれることがあります。


[134] [CITE@ja[元号一覧 (朝鮮) - Wikipedia]], [TIME[2022-05-10T15:04:33.000Z]], [TIME[2022-05-21T07:51:24.812Z]] <https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%83%E5%8F%B7%E4%B8%80%E8%A6%A7_(%E6%9C%9D%E9%AE%AE)>

[146] >>134

>元年を1392年とする改元を前提としない紀年法であり、厳密な意味での元号ではない。「大朝鮮五百四年」などの用例もあり、名称は一定していない。

「厳密な意味での元号」ではないが、広い意味では元号ということ?

[147] [[主体]] >>134

> これも厳密には改元を前提としない紀年法である。

元号ではないとは明言していないが、「これも」といっているから
「厳密な意味の元号」ではないということ?

[148] >>134

「大韓民国」
と
「檀君紀元」
には[[元号]]ではないという注記はなく、
「西暦紀元」
の項に
「1961年限りで元号を廃止。」
とある。

「大韓民国」
と
「檀君紀元」
は[[元号]]に含まれるという解釈?
「厳密な意味の元号」
なのかどうか?


[203] 
[CITE[修訂 [[絹と立方体]]]], pp.[L[670]]-[L[671]]

[204] [CITE@ja[日付から和暦を判定するVBAコードを作ってみました - 日本中近世史史料講読で可をとろう]], [TIME[2024-02-29T13:33:53.000Z]] <https://japanesehistorybasedonarchives.hatenablog.com/entry/20210326/1616759841>

>ちなみにポルトガル宣教師たちは「年号」を以下のように説明している。

* 各地の元号

** 支那

[3] 
[[元号]]制度は古代[[支那王朝]]の[[即位紀年][支那式即位紀年]]の発展形として生まれ、
歴代王朝のほとんどで採用されてきました。
現在の[[中華人民共和国]]は[[元号]]を使わず[[公元]]を採用しています。
[SEE[ [[支那の元号]] ]]

** 日本

[2] 
[[日本本土]]では[[大化]] ([TIME[西暦645年][year:0645]])
以来1400年近くにわたって[[元号]]が使われています。
[SEE[ [[日本の元号]] ]]

** 琉球

[6] 
[[日本]]の[[南西諸島]]は、かつては[[日本]]の[[薩摩藩]]の[[属国]]の[[琉球王国]]でした。
[[琉球王国]]は[[支那王朝]]にも[[朝貢]]しており、[[支那の元号]]が主に用いられました。
[[明治時代]]に[[沖縄県]]が設置されてから[[日本の元号]]に統一されました。
しかし[[米国統治時代][琉球政府]]には専ら[[西暦]]が用いられました。
[SEE[ [[琉球の元号]] ]]

** 滿洲

[10] [[滿洲]]地域ではその時々の統治国家の[[元号]]が使われました。
[[満州族]]の建国した[[清国]]では当然[[清国の元号]] ([[農暦]]) が使われ、
[[漢字]]名だけでなく[[満州語]]名も存在していました。
[[中華民国]]では[[民国紀元]] ([[グレゴリオ暦]]) が使われましたが、
[[ロシア]]勢力下では[[キリスト紀元]] ([[ユリウス暦]])、
[[日本]]勢力下では[[日本の元号]] ([[グレゴリオ暦]]) も使われました。
[[満州国]]は独自元号を[[建元]]しました。
[[ソビエト連邦]]は[[キリスト紀元]] ([[グレゴリオ暦]]) を使いました。
[[中華人民共和国]]は[[公元]] ([[グレゴリオ暦]])
を使っています。
[SEE[ [[金の元号]], [[満州の元号]] ]]


** 越南

[11] 
[[越南]]では独自の[[元号]]が使われてきました。
王政廃止後は[[西暦]]が用いられています。
[SEE[ [[越南の元号]] ]]

** 台湾

[115] [[台湾]]では、
[[オランダ]]や[[スペイン]]の統治時代は[[西暦]]が、
[[明国]]残党統治時代は[[明の元号]]が、
[[清国]]統治時代は[[清の元号]]が、
[[日本統治時代][大日本帝国台湾]]は[[日本の元号]]と[[皇紀]]が、
[[中華民国]]統治時代 (現在を含む) は[[中華民国][民国紀元]]が用いられています。
[SEE[ [[台湾の元号]] ]]

** 朝鮮

[450] [[朝鮮半島]]は歴史上のほとんどが[[支那]]王朝の[[属国]]で、
[[支那]]王朝の[[元号]]を使っていました。
[[大韓帝国]]など一部の時代には独自の[[元号]]も使っていました。
[SEE[ [[朝鮮半島の紀年法]] ]]

** 中央アジア

[SEE[ [[西夏の元号]] ]]

** チベット

[57] 
[[チベット人]]は歴史的に[[十二支年]]、[[干支年]]を使ってきたようで、
現在もその系統の[[チベット暦]]が使われます。

[113] 
その他にいくつかの[[チベット人]]政権が[[元号]]を建てました。
また[[中華王朝]]の統治下にある時代は、その[[元号]]を使うこともありました。
[SEE[ [[チベットの元号]] ]]

-*-*-

[145] 
[[雲南]]の[[南詔]]では独自の[[元号]]が使われました。
[SEE[ [[南詔の元号]] ]]


** 蘭芳公司

[578] [[蘭芳公司]] (現[[ボルネオ島]]の[[支那人]]政権)
は[[蘭芳]]および[[乾興]]を用いたといいます。

;; [[蘭芳公司の元号]]参照。

** 欧州

[133] 
[[欧州]]にも[[元号]]に似た[[紀年法]]がありました。

- [[フランスの元号]]
- [[ネーデルランドの元号]]




** フィクション

[369] [[フィクション]]で実在しない[[元号]] (や[[元号]]なのかどうか曖昧な[[紀年法]])
が用いられることもあります。
[SEE[ [[フィクションの元号]] ]]

* 統計

[352] [[元号]]数は、[[天皇]]代数のように、どれを数えるか数えないかで複数説あります。

-*-*-

[331] 
[[現代日本]]では、歴史上の[[日本の元号]] ([[公年号]])
は全248個
([[令和]]が第248番)
とされています。
[[所功]]らの[CITE[日本年号史大事典]]が[[大化]]から[[平成]]までに
[N[1]] から [N[247]] の通し番号を与えました。
[[日本政府]]もこの数え方を採用しているようです
[SRC[>>356, >>354]]。[
[[平成時代]]や[[令和改元]]時の[[報道]]や [[Webサイト]]の記述では、
これに基づいたと思われる 247個、次が248番目、
といった説明がよくみられました。
[SEE[ [[元号コード]]、[[令和改元]] ]]

[351] 
所以前には[[森本角蔵]]の
[CITE[日本年号大観]]
が通し番号を振っており、
[[大化]]から[[昭和]]まで230個、
[[北朝]]16個としていました。
[SEE[ [[元号コード]] ]]

[14] 
[[日本の私年号]]を
「約440例」とするものもありますが
[SRC[>>233]]、
知られている[[元号]]数 (種類数) と乖離しています。
「例」とある通り[[私年号]]の利用事例数と解するのが妥当と思われます
(正しいかは不明)。

-*-*-

[65] 
[[支那王朝]]の[[元号]]について、
[CITE[日本年号大観]]を参考に[[所功]]が補訂したものによると、
次の個数ありました。 [SRC[>>85 p.13, >>64 p.20, p.24]]

[FIG(middle list)[
- 「中国における狭義の正統王朝」 354
-- [[前漢]] 38
-- [[新]]    4
-- [[後漢]] 40
-- [[蜀]]    5
-- [[西晋]] 17
-- [[東晋]] 18
-- [[宋]]・[[斉]]・[[梁]]・[[陳]] 39
-- [[隋]]    4
-- [[唐]]・[[周]] 75
-- [[後梁]]・[[後唐]]・[[後晋]]・[[後漢]]・[[後周]] 15
-- [[北宋]] 35
-- [[南宋]] 22
-- [[元]] 15
-- [[明]] 17
-- [[清]] 10
- 444
-- 前記 354
-- [[魏]] 10
-- [[呉]] 18
-- [[北魏]]・[[西魏]]・[[東魏]]・[[北斉]]・[[北周]] 62
- 537
-- 前記 444
-- [[遼]] 33
-- [[西夏]] 37
-- [[金]] 23
]FIG]


[67] [CITE[日本年号大観]]は[[支那の元号]]を319個挙げていました。
所の354は、これに次の操作を加えたものです。
[SRC[>>54 p.53]]

- [[前漢]] +1
- [[後漢]] +5
- [[西晋]] +3
- [[宋]]・[[斉]]・[[遼]] +5
- [[唐]] +21
- [[後梁]] +1
- [[元]] +1
- [[明]]末 -3
- [[清]]初 +1

[164] 
[TIME[西暦2000年][2000]]の[[越南]]の[[論文]]に掲載された、
簡易的な年表に基づくという[[中国の元号]]の総数は
708
でした。
[SRC[>>163]]

[165] 
20世紀末の[[越南]]の研究者によると[[越南の元号]]は148個あるとされていました。
[SRC[>>163]]
しかしその基準は明らかではありません。
[SRC[>>170]]

[171] 
[TIME[令和2(2020)年][2020]]に[[越南]]の研究者が[[一覧][元号一覧]]を示して数えたものによれば、
[[越南の元号]]は140個あるとされます。
[SRC[>>170]]
(詳しくは[[越南の元号]]も参照。)


[107] 
短期政権や異民族諸国も含めた全世界の[[元号]]の総数は未だ明らかにされていません。

[REFS[
[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[356] [CITE@ja[法律案審議録(元号法案 その1) 昭和54年第87回国会 総理本府関係 1]] ([[独立行政法人国立公文書館 | NATIONAL ARCHIVES OF JAPAN]]著, [TIME[2018-06-12 23:56:17 +09:00]]) <https://www.digital.archives.go.jp/das/image/M2011021814402318057>
168ページ
]FIGCAPTION]

>
二四六の元号が用いられている。
]FIG]

- [85] [CITE[[[年号の歴史]]]]
-
[120] 
[CITE@en[Viện nghiên cứu Hán nôm]], [[Hannom, Ha Noi, Sai Gon, Viet nam]], [TIME[2023-03-26T12:15:20.000Z]] <http://www.hannom.org.vn/detail.asp?param=440&Catid=273>
--
[163] 
[CITE[CHỮ HÁN TRONG NIÊN HIỆU, THỤY HIỆU VÀ MIẾU HIỆU]],
[[PHAN VĂN CÁC]],
[TIME[2000]]
- [64] [CITE[[[日本年号史大事典]]]]
- [233] [CITE[日本の私年号]]
<http://www5a.biglobe.ne.jp/~hampton/018.htm>

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[354] [CITE@ja[平成31年4月8日 政府与党連絡会議 | 平成31年 | 総理の一日 | ニュース | 首相官邸ホームページ]]
(平成31年4月8日 [TIME[2019-04-09 10:08:34 +09:00]])
<https://www.kantei.go.jp/jp/98_abe/actions/201904/08sei_yoto.html>
]FIGCAPTION]

> 平成31年4月8日、安倍総理は、[SNIP[]]
> 「[SNIP[]] 4月1日に248番目となる新たな元号を令和と決定いたしました。

]FIG]

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[111] [CITE@ja[mk-mode SITE : 元号一覧]], [TIME[2020-07-24 11:21:18 +09:00]] <https://www.mk-mode.com/rails/calendar/gengo>
]FIGCAPTION]

>元号の総数は249個(「建武」は南朝・北朝それぞれカウント。元号不使用の2期間は含まない)だが、使用された漢字は73個のみ。

]FIG]

;; [112] [[建武]]を二重カウントするべき根拠はよくわからない。
南北朝で利用期間が違うためだとすると[[正平]]や[[明徳]]を二重に数えないことが説明できない。

- [170] [CITE[[[ベトナムの漢字年号について⸺李王朝を中心に⸺]]]]


]REFS]

* 元号の一覧

[566] [[元号]] (やその他の[[紀年法]]) の一覧:

[REFS[
- [565] [CITE@en[Eras - SuikaWiki Data]] ([TIME[2016-03-12 23:30:41 +09:00]] 版) <https://data.suikawiki.org/era>
]REFS]

[569] 地域ごとの[[元号の時系列一覧][元号系]]:

[REFS[
- [567] [[日本]][[本土]] [CITE@en[jp (Era system) - SuikaWiki Data]] ([TIME[2016-03-12 23:32:44 +09:00]] 版) <https://data.suikawiki.org/era/system/jp>
-- [570] [[北朝]] [CITE@en[jp-north (Era system) - SuikaWiki Data]] ([TIME[2016-03-12 23:34:42 +09:00]] 版) <https://data.suikawiki.org/era/system/jp-north>
-- [571] [[南朝]] [CITE@en[jp-south (Era system) - SuikaWiki Data]] ([TIME[2016-03-12 23:34:52 +09:00]] 版) <https://data.suikawiki.org/era/system/jp-south>
- [568] [[琉球]] [CITE@en[ryuukyuu (Era system) - SuikaWiki Data]] ([TIME[2016-03-12 23:33:18 +09:00]] 版) <https://data.suikawiki.org/era/system/ryuukyuu>
]REFS]

[SEE[ 詳しくは[[元号一覧]] ]]

** データファイル

[SEE[ [[元号一覧]] ]]

** 変換表・実装

[SEE[ 元号、改元日、読み方などの一覧表や換算ソフトウェアの実装状況などは[[元号一覧]] ]]

* 識別子

** 元号系の識別子

[336] [SEE[ [[元号年]] ]]

** 個別元号の識別子

[SEE[ [[元号コード]] ]]

* その他実装に関する事項

[304] 最近作られたソフトウェアで古い[[日時]]を扱う必要のないものは、
[[平成]]にしか対応していないものもあります。

;; [305] [[改元]]があったら対応するのが大変そうですね...

;; [245] → 大変そうでした。 [SEE[ [[令和改元]] ]]

[359] ただし、そうしたソフトウェアの統計的数値は知られておらず、
むしろ例外的と推測されます。
ほとんどの[[アプリケーション]]は古い日時を扱う必要があります。
例えば[[生年月日]]を扱うなら、[[明治]]以後の[[元号]]を扱える必要があります。
そうでなくても[[平成]]初期の[[改元]]が記憶に新しい時代にそうしたソフトウェアは作られにくく、
[[平成]]中期以後は[[プラットフォーム]] ([[OS]] や[[プログラミング言語]]の[[ライブラリー]])
による[[和暦]]対応機能を利用するのが好ましい開発手法となってきましたから、
個別の開発で一々実装する必要もなくなっています。

[361] 英語版 [[Wikipedia]] は、[[平成]]しか扱えないソフトウェアが多いかのごとき説明を与えています
[SRC[>>358]] が、その出典とされる [[Microsoft]] の文書 [SRC[>>382]]
にはそれらしき記述はなく、逆に [[Windows]] の更新で[[アプリケーション]]が新元号対応となることに注意を促す内容となっています。

[38] 
高齢者用の書式の類では、[[令和]]になった今でもまだ[[平成]]生まれの該当者がいないため元号の選択肢が
「大・昭」
のままだったりするようです。

[87] 
[[平成]]中期 ([[21世紀]]) の書類でも、
例えば[[クレジットカード]]の申込書で[[平成]]生まれ世代が申込人となることがまだ考えられない、
ということで[[昭和]]までしか選択肢がない、ということがありました。

[88] 
ちなみに、[[元号]]ではなく[[西暦]]を記入するよう誘導するため、
[[元号名スロット]]に「19」や「20」が書かれている書類もあります。


[SEE[ [[改元]] ]]

[REFS[
- [382] [CITE@en-us[Era Handling for the Japanese Calendar - Windows applications | Microsoft Docs]] 
(05/31/2018,
[[GrantMeStrength]]著, [TIME[2019-04-28 12:11:48 +09:00]]) <https://docs.microsoft.com/en-us/windows/desktop/intl/era-handling-for-the-japanese-calendar>

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[358] [CITE@en[Japanese calendar era bug - Wikipedia]] ([TIME[2019-04-27 14:43:44 +09:00]]) <https://en.wikipedia.org/wiki/Japanese_calendar_era_bug>
]FIGCAPTION]

>
Since most of the modern age of computing has occurred in the Heisei era, much of the software developed in this era only has support for era names during the Heisei era.[1]
[SNIP[]]
>
1. ^ "Era Handling for the Japanese Calendar - Windows applications". docs.microsoft.com. Retrieved 2019-01-31.
]FIG]

]REFS]

* 研究史

[SEE[ 日本の元号の研究については[[日本の元号]] ]]

** 総論的解説

[257] 
[CITE@ja-JP[東アジア史の謎]], [[李家正文]], [TIME[1989.9][1989]], [TIME[2026-03-18T03:11:57.000Z]], [TIME[2026-04-03T16:19:26.426Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/13318614/1/133> (要登録)


* 関連

[68] 明治5年に[[皇紀]] ([[神武紀元]]) が[[明治政府]]により定められました。

[37] [RUBY[[[言語]]][げんご]]とは異なります。

[166] 
[[秋霜暦]]の[[旬号]]は、[[旬]]に固有の漢字2文字名を与えたものです。

* メモ

[69] ''元号一覧'' <http://homepage1.nifty.com/gyouseinet/history/gengouichiran.htm>

[70] 新元号にどう対応する?
<http://pc5.2ch.net/test/read.cgi/tech/1088517469/>

[17] [CITE@ja[「[[日本年号史大事典]]」。 - 無駄話。 - [[Yahoo!ブログ]]]]
( ([TIME[2014-09-01 04:35:44 +09:00]] 版))
<http://blogs.yahoo.co.jp/fm2629/31516567.html>

(移転確認 [TIME[2019-07-27T02:26:11.200Z]])
[CITE@ja[「[[日本年号史大事典]]」。 | 無駄話。]],
[TIME[2014年02月02日 22時09分00秒][2014-02-02T22:09:00]] 
([TIME[2019-07-27 11:25:58 +09:00]]) <https://ameblo.jp/fm2629/entry-12469676824.html>

[12] [CITE[中央研究院 兩千年中西曆轉換]]
([TIME[2015-07-20 14:08:52 +09:00]] 版)
<http://sinocal.sinica.edu.tw/>


[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[23] [CITE[元号ユーティリィーGenUtyの詳細情報 : Vector ソフトを探す!]]
([TIME[2016-01-09 22:56:57 +09:00]] 版)
<http://www.vector.co.jp/soft/win95/business/se158684.html>
]FIGCAPTION]

> 元号が関連する計算全般を行います。元号は現在まで連続しているものの最初に当たる「大宝」以降の全てが登録されています。南北朝時代は北朝、南朝のどちらで計算するかを選択できます。

]FIG]

[42] [CITE[DateTime::Format::Japanese - search.cpan.org]]
([TIME[2016-01-09 23:42:55 +09:00]] 版)
<http://search.cpan.org/dist/DateTime-Format-Japanese/lib/DateTime/Format/Japanese.pm>

;; [CODE(perl)[DateTime::Calendar::Japanese::Era]] 利用

[43] [CITE@en[Incorrect Era offset value in Japanese calendar · Issue #87 · jquery/globalize]]
([TIME[2016-01-09 23:44:27 +09:00]] 版)
<https://github.com/jquery/globalize/issues/87>


[REFS[
- [18] [CITE[Amazon.co.jp: 日本年号史大事典: 所 功: 本]]
( ([TIME[2014-09-01 04:32:22 +09:00]] 版))
<http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4639022964/wakaba1-22/>
]REFS]








[71] [CITE[元号の変わり目・近代編]] <http://d.hatena.ne.jp/hakuriku/20030725>

[72] [CITE[国文学研究範囲の拡大 --- 改元詔書、即位の宣命を論じて昭和二十年の詔書に及ぶ ---]]
([TIME[2014-05-21 08:00:12 +09:00]] 版)
<http://aska-r.aasa.ac.jp/dspace/bitstream/10638/1037/1/0005-031-200803-001-037.pdf>
(消滅確認: [TIME[2019-01-09T03:23:31.900Z]])

[CITE@ja[トップページ - 愛知淑徳大学 知のアーカイブ リポジトリ ASKA-R]] ([[NetCommons]]著, [TIME[2019-01-09 12:23:16 +09:00]]) <https://aska-r.repo.nii.ac.jp/?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_detail&item_id=5914&item_no=1&page_id=37&block_id=59>

[73] ([TIME[2014-08-15 05:01:49 +09:00]] 版)
<http://syoukansei.fan.coocan.jp/jobunn.pdf>
(消滅確認: [TIME[2019-01-09T03:24:42.700Z]])

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[172] [CITE@ja[治承・寿永の乱 - Wikipedia]]
([TIME[2015-12-29 11:54:44 +09:00]] 版)
<https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B2%BB%E6%89%BF%E3%83%BB%E5%AF%BF%E6%B0%B8%E3%81%AE%E4%B9%B1>
]FIGCAPTION]

> 西暦は元日を宣明暦に変更している

]FIG]

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[308] [CITE[京都府立新総合資料館(仮称) 統合情報システム調達仕様書(案) 平成 25 年4月 京都府立総]]
([TIME[2016-01-15 21:08:38 +09:00]] 版)
<http://webcache.googleusercontent.com/search?q=cache:jLMrTmfbCLEJ:www.pref.kyoto.jp/shiryokan/documents/shiryokanrfi_01.pdf>
]FIGCAPTION]

> (1) 和暦改元対応 1) プログラム改修を伴わずに、元号の変更に対応できるシステムとすること。

]FIG]

[314] [CITE[旧暦表示付きカレンダー【Calend Mate】]] ([TIME[2015-10-02 23:11:10 +09:00]] 版) <http://hp.vector.co.jp/authors/VA024411/calendmate/index.html>


[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[98] ([TIME[2014-07-10 11:42:37 +09:00]] 版)
<http://www.wave.koeitecmo.co.jp/301arcade02.html>
]FIGCAPTION]

> 「スターフォース」は5904と記録されてます。「SENJYO」は5801ですね。
> 当時テーカン(テクモ)は元号に基づいた開発コードを使っていたみたいです。
> それぞれ昭和59年の1作目と4作目、58年の1作目って意味か。

]FIG]







[360] [CITE[改元詔書]]
([TIME[2016-01-23 13:45:21 +09:00]] 版)
<http://www.wul.waseda.ac.jp/kotenseki/html/i04/i04_02478_0051/index.html>


[362] [CITE[三正小覧(中国年号和暦西暦対応表)]]
([TIME[1999-12-07 23:51:19 +09:00]] 版)
<http://homepage1.nifty.com/gyouseinet/calendar/sanseishouran.htm>



[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[371] [CITE@ja[武田の史料]]
([TIME[2015-04-21 12:57:14 +09:00]] 版)
<http://home.d03.itscom.net/p-l514/shiryou.html>
]FIGCAPTION]

> 勝山記
> 別名「妙法寺記」慶長頃の最古写本が南都留郡勝山村の富士御室浅間神社に伝わったことから「勝山記」という。現存本は前後を欠くが、私年号の師安元年(564)より永禄2年(1559)までの記事。

]FIG]


[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[372] [CITE@ja[異年号(イネンゴウ)とは - コトバンク]]
([[デジタル大辞泉,世界大百科事典 第2版,大辞林 第三版,世界大百科事典内言及]] 著, [TIME[2016-01-23 22:32:34 +09:00]] 版)
<https://kotobank.jp/word/%E7%95%B0%E5%B9%B4%E5%8F%B7-435384>
]FIGCAPTION]

> 元号については,頼朝のときの治承5,6,7年,幕府最末期の元徳3,4年など王朝の元号と異なる元号(異年号)が使用され

]FIG]

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[396] [CITE[gangou of katana]]
([TIME[2008-04-28 21:47:02 +09:00]] 版)
<http://www.nihonto-club.net/genko/gangou.html>
]FIGCAPTION]

> 明治二十二年「大日本帝国憲法」とともに「皇室典範」が
公布され、この制度は明文化された。その第一二条に「践祚ノ後元号ヲ建テ、一世ノ間ニ再ビ改メザルコト、明治元年ノ定制ニ従フ」
と規定した。
>  しかし、皇室典範の規定だけでは改元の時期・方法が不明のため、政府は明治四十二年に「登極令」を公布、そこで
「天皇践祚ノ後、直ニ元号ヲ改ム。元号ハ、枢密顧問ニ諮詢シタル後、之ヲ勅定ス。元号ハ詔書ヲ以テ之ヲ公布ス」と規定した。
> 「直ちに改元」という規定は従来と全く異なり、改元は短時間の間に行われなければならなくなった。そして、この規定は大正改元、
昭和改元に適用された。

]FIG]





[401] [CITE@en[when_exe/epochs.rb at master · suchowan/when_exe]]
([TIME[2016-01-25 01:44:11 +09:00]] 版)
<https://github.com/suchowan/when_exe/blob/master/lib/when_exe/region/chinese/epochs.rb>


[415] [CITE[Amazon.co.jp: 日本私年号の研究: 久保 常晴: 本]]
([TIME[2016-01-30 13:50:49 +09:00]] 版)
<http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4642029060/wakaba1-22/>

[458] [CITE@ja[昭和64年生まれへの冷遇は異常 - 涙拭けよ]]
([TIME[2016-01-31 12:51:43 +09:00]] 版)
<http://www.sugatareiji.com/entry/64nen>

[459] [CITE@ja[はてなブックマーク - 昭和64年生まれへの冷遇は異常 - 涙拭けよ]]
([TIME[2016-01-31 12:47:24 +09:00]] 版)
<http://b.hatena.ne.jp/entry/www.sugatareiji.com/entry/64nen>

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[460] [CITE@ja[弥勒(年号)(みろく)とは - コトバンク]]
([[,世界大百科事典内言及]] 著, [TIME[2016-02-01 14:32:30 +09:00]] 版)
<https://kotobank.jp/word/%E5%BC%A5%E5%8B%92(%E5%B9%B4%E5%8F%B7)-1424157>
]FIGCAPTION]

> 15世紀末以降の戦国時代に,東国・奥州に現れる福徳(1489),弥勒(1506か07ころ),永喜(1526),宝寿(1533),命禄(1540)などの年号は,弥勒や福神の信仰に頼って天災・飢饉の厄難から逃れようとの願望の所産であって,正年号に対する政治的な不満,反抗,否定を含意したこれまでの異年号と一見趣を異にする。ところが当時の年号には,年号に攘災招福の呪力があるとのたてまえから,ほかならぬ攘災招福のために制定されたものがはなはだ多いことを考えると,これらの異年号は,国家公定の年号のもつたてまえ上の呪力を否定することで,国家の年号に対する根源的批判を表明したわけで,ここに異年号のもつもう一つの性格をうかがうことができる。…

]FIG]


[461] [CITE[増補逸号年表 / 藤貞幹 纂 ; 中山信名 補]]
([TIME[2016-02-01 14:40:19 +09:00]] 版)
<http://www.wul.waseda.ac.jp/kotenseki/html/ri04/ri04_02239/index.html>

[462] ([TIME[2014-04-24 01:36:10 +09:00]] 版)
<http://repository.ris.ac.jp/dspace/bitstream/11266/2716/1/KJ00000189301.pdf>



[477] [CITE@ja[Template:和暦 - Wikipedia]]
([TIME[2016-01-07 12:25:27 +09:00]] 版)
<https://ja.wikipedia.org/wiki/Template:%E5%92%8C%E6%9A%A6>

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[500] [CITE@ja[記述 | 国史大辞典]]
([[NetAdvance Inc.]] 著, [TIME[2016-02-07 23:20:58 +09:00]] 版)
<http://japanknowledge.com/contents/kokushi/hanrei03.html>
]FIGCAPTION]

> 南北朝時代は、北朝の年号を用い、必要に応じて南朝の年号を( )内に付け加えた。

]FIG]


[501] [CITE@ja[プロジェクト:紀年法/ガイドライン - Wikipedia]]
([TIME[2016-01-07 23:55:46 +09:00]] 版)
<https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%97%E3%83%AD%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%82%AF%E3%83%88:%E7%B4%80%E5%B9%B4%E6%B3%95/%E3%82%AC%E3%82%A4%E3%83%89%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%B3>

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[504] [CITE@ja[元鼎 - Wikipedia]]
([TIME[2016-01-08 10:34:12 +09:00]] 版)
<https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%83%E9%BC%8E>
]FIGCAPTION]

> それまで、元年・2年・3年とだけ年を記録してきたが、各年代に名称を設けるべきだという建議がなされた。そこで、宝鼎が発見されたのを機に、これを「元鼎」とし、それ以前に関しても遡って、初元を「建元」、二元を「元光」、三元を「元朔」、四元を「元狩」と名付けた。これにより、元号制が始まった。

]FIG]







[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[508] [CITE[使われなかった年号: 年号迷路]]
([TIME[2016-02-08 22:45:27 +09:00]] 版)
<http://gaowei.cocolog-nifty.com/nengo/2005/05/post_703b.html#comments>
]FIGCAPTION]

> 高宗の儀鳳2年(677)4月、翌年を通乾元年とすることに決定されましたが、その年旱魃があったことから、12月になって「通乾」は不吉ということで、翌年の改元は取りやめとなったのです(結局、それから一年半後の儀鳳4年6月に、調露と改元)。かくして「通乾」は幻に。
> 南宋孝宗の乾道9年(1173)、翌年を「純煕」と改元することに一旦なったものの、すぐに「淳煕」に変更になった

]FIG]






[536] 
[CITE[改元思想背景及 びその実 態 についての 一考察]], [[王福順]]
([TIME[2011-12-21 16:02:06 +09:00]] 版)
<http://libwri.nhu.edu.tw:8081/Ejournal/AI02001705.pdf>



[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[544] [CITE@ja[元号の社会的コスト - hottokei's diary]]
([TIME[2016-03-01 09:31:49 +09:00]] 版)
<http://hottokei.hatenadiary.jp/entry/2014/07/03/221534>
]FIGCAPTION]

> 平成生まれだが、申請書類の生年月日欄の「昭和」に印を付けて提出したため、昭和初期生まれの西暦で旅券が交付された。
>  申請、交付には女性本人が訪れ、戸籍抄本や免許証も提出したが、県の担当者は誤記を見落とし、女性も誤りに気付かなかった。

]FIG]

[307] >>544 の著者は元号のコストだと主張しているようだけど、
2001年生まれを2010年と誤記したとか、男性に印をつけるべきが女性に印をつけたとかと同レベルのミスなのだから、
元号とは無関係だろう。


[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[547] [CITE@ja[擬人化 第39回 共和暦|メモ垣露文]]
([TIME[2016-03-11 00:06:03 +09:00]] 版)
<http://ameblo.jp/gallina50/entry-10918285639.html>
]FIGCAPTION]

> 独自の暦を持っている国は意外とあって、元号を使っている日本の近所だと台湾の民国暦、北朝鮮の主体暦ってところでしょうか。

]FIG]




[554] [CITE@ja[質問主意書:参議院]]
([TIME[2014-07-16 12:48:24 +09:00]] 版)
<http://www.sangiin.go.jp/japanese/joho1/kousei/syuisyo/108/touh/t108013.htm>

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[572] [CITE[紀元・暦法を集めるスレ]]
([TIME[2016-03-13 00:26:31 +09:00]] 版)
<http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/whis/1044889496/113>
]FIGCAPTION]

> 中国の皇帝で誰か忘れたけど、同じ元号を2回つけたことがある。 
> もちろん元号が重複すると不便なので、現在では後○○と呼んでいる。 

]FIG]


[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[573] [CITE[紀元・暦法を集めるスレ]]
([TIME[2016-03-13 00:47:22 +09:00]] 版)
<http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/whis/1044889496/307>
]FIGCAPTION]

> 多分60年以上続いた元号は清の聖祖の康煕六十一年というのが唯一の事例でしょう。 
> そこで康煕壬寅が復出してしまい、恐らく後になって密かにこれはまずいという議が 
> あったのでしょう。乾隆帝は乾隆六十年に皇太子に譲位して翌年元日からは嘉慶元年と 
> 号することになって復出は避けられました。しかし宮中で用いられる時憲書ではなお 
> 引き続き乾隆年号を称していたということなので、乾隆六十三年が有りえたわけです。 
> なお連続使用ではありませんが元では至元という元号が世祖の代と順帝の代と2度も 
> 使われました。これは乙亥・丙子・丁丑・戊寅・己卯・庚辰がダブってしまいました。 

]FIG]


[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[574] [CITE@ja[郷土資料館 - カラー図版解説 | 大黒屋]]
([[]] 著, [TIME[2016-03-13 01:22:03 +09:00]] 版)
<http://www.daikokuya.co.jp/user_data/explanation.php#9>
]FIGCAPTION]

> 光太夫がロシアに残した自筆日本地図のうちの一枚で、ペテルブルグで描いたもの。
> ドイツ人、アッシュ男爵が手に入れ、彼の母校ゲッチンゲン大学に保管されていたが、平成5年1月鈴鹿市文化会館で開催された『大黒屋光太夫帰国二百周年記念展』の際、他の2枚の日本地図、自筆の手紙とともに公開展示された。
> 左脇には「天明十一年三月下旬 日本伊勢国白子 大黒屋幸大夫筆」と彼の手で墨書され、印が二個押されている。

]FIG]






[581] [CITE[百済紀年考]]
([TIME[2016-04-14 00:10:05 +09:00]] 版)
<http://catalog.lib.kyushu-u.ac.jp/handle/2324/3702/KJ00004171955.pdf>



[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[587] [CITE@ja[【記事】宜蘭県が日本統治時代年代に日本の年号使用提案 - 台湾建国応援団]]
([TIME[2016-01-24 00:26:21 +09:00]] 版)
<http://ilha-formosa.org/?p=11978>
]FIGCAPTION]

> 台湾北東部・宜蘭県は、台湾の歴史教科書で使われている日本統治時(1895-1945年)の年代表記を、現在の台湾の年号「民国」や西暦から日本の年号「明治、大正、昭和」に改めるよう台湾政府に提案する方針を28日までに決めた。
>  台湾では、中華民国成立(1912年)を元年とした年号・民国と西暦が併用されている。メディアや宜蘭県によると、台湾の教科書は日本統治が始まる1895年以前は清朝の年号を使用。日本統治時は西暦を用い、終戦後は民国と表記している。学校の記録や校史では、日本統治時を民国と記載しているケースもあるという。

]FIG]




[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[589] [CITE[孝恩雜誌]]
([TIME[2016-06-25 00:04:47 +09:00]])
<http://www.xiao-en.org/cultural/magazine.asp?cat=34&loc=zh&id=1192>
]FIGCAPTION]

> 以後鄭成功在1661年收復荷蘭人佔據的臺灣,鄭荷兵戈相見,身處東南亞荷蘭勢力範圍的華人即使堅持蓄發不投降清廷,也只能拿荷蘭通行證,不能與鄭部有任何來往。鄭荷關係其實在鄭成功海上誓師反清後已經一路緊張,鄭家後人及部下在臺灣繼奉永曆帝為正朔,海外華人面對回不得大陸也去不了臺灣的情勢。但他們即使不能公開追隨鄭成功採用永厲年號,三寶山上的碑記也還是採用了很特殊的“龍飛”年號;三寶山的墓碑和義塚設施的碑記,出現帶有“皇帝登極”意味的“龍飛”,不是當事人敢於濫造帝皇年號,它只是說明了麻六甲華人自認大明子民,在沒有了明朝皇帝之後還是要以權宜方式堅持忠貞,等待真命天子回京。等到鄭家歸順清廷,明朝最後無法持續,馬六曱華人一直到19世紀初還是有人堅持採用“龍飛”紀年。4
>  
> 一直到民國時代之前,全馬各地有不少華人在墓碑以及在墓園的祭祠裡堅持用“天運”代替和拒絕清朝年號,20世紀初還能有如此的墓碑現象就不簡單了。英、荷殖民地的主流是不歡迎地區上流行反清政治,這會影響他們對華貿易;但義塚在雙方的理念中是宗教也是慈善福利,華人在這個洋人無從追究細節的範圍之內以自己深信的鬼神之道設教,死者臨到死後都要以墓碑發出民族訊號以明心志、遺教後人。
>  

]FIG]


[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[590] [CITE@en[Regnal year - Wikipedia, the free encyclopedia]]
([TIME[2016-06-23 23:47:33 +09:00]])
<https://en.wikipedia.org/wiki/Regnal_year>
]FIGCAPTION]

>  Overseas Chinese used Longfei (龍飛) or Tianyun (天運).'''['''5''']'''

]FIG]


[591] [CITE@en[Regnal year - Wikipedia, the free encyclopedia]]
([TIME[2016-06-23 23:47:33 +09:00]])
<https://en.wikipedia.org/wiki/Regnal_year>




[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[606] [CITE@ja[紀年法 - Wikipedia]]
([TIME[2016-07-05 18:30:42 +09:00]])
<https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B4%80%E5%B9%B4%E6%B3%95>
]FIGCAPTION]

> 古代ローマ帝国では、元号(○○皇帝在位N年)、ローマ建国紀元、インディクティオの3種類がよく用いられていた。

]FIG]


[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[616] [CITE@ja[江戸時代の主な年号とさまざまな出来事]]
([TIME[2016-10-03 10:54:31 +09:00]])
<http://www.edojidai.info/nenngou.html>
]FIGCAPTION]

> 古来よりわが国で使われている独自の紀年法である「和暦」は、天皇によって定められてきたものです。

> 現代では年号は天皇の即位とともに新しくなりますが、江戸時代以前には必ずしも即位と同時期ではありませんでした。

]FIG]



[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[619] [CITE@ja[日本国大君 - Wikipedia]]
([TIME[2016-09-19 23:16:16 +09:00]])
<https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%9B%BD%E5%A4%A7%E5%90%9B>
]FIGCAPTION]

> 後に送られる国書も偽造と改竄を続けたが、寛永10年(1633年)に事態が発覚する(柳川一件)。これを機に幕府は朝鮮に対し「大君」号と日本元号の使用を伝え、1636年(寛永13年)来日の朝鮮通信使から正式に使用される。

]FIG]


[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[620] [CITE[異文化が交ざりあった墓碑 | 「おらしょ-こころ旅」(長崎の教会群とキリスト教関連遺産)]]
([TIME[2016-10-03 23:20:01 +09:00]])
<http://oratio.jp/p_column/ibunka-bohi>
]FIGCAPTION]

> 「FIRISACYEMO DIOGO XONE (83)  GOX IRAI 1610 IVG 16 QEICHO (15)」。半円柱を横たえたような形のキリシタン墓碑の正面半円に、ポルトガル式つづりによるローマ字で刻まれている。「ヒリ作衛門ディオゴ 生年83ご出世以来1610 10月16慶長15」と判読されているが、この墓に葬られた人物はわかっていない。半円部分は二重に縁取られ、丁寧な細工がほどこされている。

]FIG]



[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[622] [CITE@ja[江戸時代の人は元号を言えたか - 歴史 解決済 | 教えて!goo]]
([TIME[2016-10-03 23:58:03 +09:00]])
<http://oshiete.goo.ne.jp/qa/8768382.html>
]FIGCAPTION]

> 明治5年生まれの岡本綺堂が書いた「半七捕物帳」を読んでみると、「天保丑(うし)年の十二月」(=天保12年12月)とか、「安政午(うま)年の十二月」(=安政5年12月)のような表現がされてます。半七捕物帳の時代考証は非常に正確であることで知られてますので、おそらく、少なくとも幕末の江戸期では、このように、年号と干支で年を表記する言い方が普通だったと思われます。

]FIG]


[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[623] ([TIME[2013-03-30 13:59:04 +09:00]])
<http://rekibun.jp/201212tyousa.html>
]FIGCAPTION]

>  ⑤に「五代のろくもい 仲尾次タマ 歳四拾壱」、「明治参拾八年正月弐拾弐日死去 
>    明治四拾壱年拾壱月弐壱五日洗骨」とある。
>  ⑥に「大正十五年寅十月十六日死去 六代乃ろくもい 仲尾次たま 二五才 
>      昭和六年旧十二月三日洗骨」とある。
>  ⑦無頸の厨子甕(銘なし) 
> 【位 牌】(〇は墓地ののろくもいと一致)
>    〇大正十五年寅十月十五日死去 六代乃ろくもい仲尾次タマ
>     ・古岸妙寿信女
>     霊 位
>     ・寿林妙霊信女
>     ・心安妙寿信女
>    △四代明治五年丙寅五月二十二日死去 歳三十九
>    〇五代乃ろくもい 明治三十八年巳正月二十二日死去 歳四十一

]FIG]



[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[638] [CITE[南北朝時代の元号 きままに太平記/ウェブリブログ]]
([TIME[2016-10-15 17:57:21 +09:00]])
<http://kimamataiheiki.at.webry.info/200506/article_6.html>
]FIGCAPTION]

> 足利尊氏の実子でありながら、母親が正妻登子の子でないため疎まれ、直義の養子に。その境遇が為、父尊氏に対しての複雑な心境がありまして、直冬は、おそらく反抗というかそれに近いであろう心境で北朝年号が、改元されたにもかかわらず、次の元号を使用せずにわずかな期間ではありますが、それまでの元号を使い続けたという例があります。つまりは、一時的では、あるものの南朝の使う元号と北朝の尊氏を支持するものとたちが使う元号と直冬を支持するものとたちが使う元号の3つがあったわけです。
>  ほかにも、北陸では北朝でも南朝でも使われていない”白鹿”という元号が使われていたようです。北陸は一時期、新田義貞がその支配勢力としたところで、一緒に恒良親王を奉じていました。この恒良親王は、後醍醐天皇がその皇位を譲ったともされています。ですから天皇なわけですから元号を使用できるわけです。その関係でどうやら北陸の独自勢力が、”白鹿”という元号を使用したようです。

]FIG]


[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[641] [CITE[【北元から】その後のモンゴルを語ろう【革命まで】]]
([TIME[2016-11-17 01:39:00 +09:00]])
<http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/whis/1119756439/>
]FIGCAPTION]

> 北元の年号判明 
> 恵宗     至正元年(1341) 
> (明 太祖) 洪武元年(1368) 
> 昭宗     宣光元年(1370) 
> 脱古思鐵木兒 天元元年(1378) 
> 天元十一年(洪武二十一年=1388)、 
> 脱古思鐵木兒(ドクスティムール、廟号なし)が明に敗死し、大元皇帝位争奪戦に。 
> 以後、蒙古では授時暦(中国暦)廃れ専ら時輪暦(チベット暦)に。 
> 時輪暦の年号はチベット式の絶対干支を使用。 
> 天元十一年は第七干支戊辰年。 

]FIG]


[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[645] [CITE@ja[西夏 - Wikipedia]]
([TIME[2016-12-11 19:50:28 +09:00]])
<https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A5%BF%E5%A4%8F>
]FIGCAPTION]

> 1032年に李徳明の子である李元昊が夏国公の地位を継承すると、次第に宋の支配から離脱する行動を採るようになった。李元昊は唐朝から下賜された李姓を捨て、自ら嵬名氏を名乗り、即位翌年以降は宋の年号である明道を、父の諱を避けるために顕道と改元し、西夏独自の年号の使用を開始している。

]FIG]









[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[56] [CITE@ja[『西安 4日間』 '''['''西安''']'''のブログ・旅行記 by DragonEyeさん]]
([TIME[2016-12-29 19:18:06 +09:00]])
<http://4travel.jp/travelogue/10787743>
]FIGCAPTION]

> 次に清龍寺へと連れて行かれた。
> 1982年以降の発掘調査によって、周辺が唐代の青龍寺跡と判明、それからの再建であるから全てが新しい。
> 寺域内は現在もいくつもの堂宇を建造中であるが、その反面では中国人の参拝者は皆無という不思議な寺である。
> 弘法大師の空海が密教を学んだ寺ということから日本人がたくさん来るため、それだけでやっていけるのだろう。
>  
> ご丁寧に「平成23年」と日本の年号で日付を入れていた。

]FIG]


[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[58] [CITE@ja[◇6 元号はどうやって決められるのか?|ぐーすけとりきのブログ]]
([TIME[2017-01-04 13:15:12 +09:00]])
<http://ameblo.jp/kusuke6/entry-12126860687.html>
]FIGCAPTION]

> 閣議による申し合わせによれば「国民の理想としてふさわしい」
> 「漢字2字」「読みやすい」「これまでに元号又はおくり名(人
> の死後に贈られる称号)として用いられたものでないこと」かつ
> 「俗用されているものでないこと」が、主な条件になっている。
>  以前の元号が再使用できないという条件については、中国や
> 朝鮮、チベット、ビルマ系の南詔(なんしょう)、ベトナム北部
> にあった交阯(こうし)など、かつて元号を用いた国のものとも
> 重複しないというのが基本的なルールになっている。
>  また、中国の書物に出典を求めるのが慣例となっており、現在の
> 「平成」も「史記」と「書経」から採られた言葉だといわわている。

]FIG]



[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[60] [CITE@ja[玉陵の碑文 - Wikipedia]]
([TIME[2016-12-24 20:57:14 +09:00]])
<https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8E%89%E9%99%B5%E3%81%AE%E7%A2%91%E6%96%87>
]FIGCAPTION]

> 大明弘治十四年九月大吉日

]FIG]



[62] [CITE[元号一覧]]
([TIME[2017-01-22 20:16:17 +09:00]])
<https://www.digital.archives.go.jp/DAS/meta/era>



[270] [CITE[即位改元について]]
([[土橋誠]], [TIME[2011-03-08 09:50:04 +09:00]])
<http://www.kyotofu-maibun.or.jp/data/kankou/kankou-pdf/ronsyuu6/18dobashi.pdf>

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[301] [CITE@ja[明治5年12月3日(太陰暦)旧暦と明治6年1月1日(太陽暦)は同じ日である。この改暦について太政官布... | レファレンス協同データベース]]
([[国立国会図書館]]著, [TIME[2017-06-03 10:04:30 +09:00]])
<http://crd.ndl.go.jp/reference/modules/d3ndlcrdentry/index.php?page=ref_view&id=1000212032>
]FIGCAPTION]

>  「(中略)この詔書も覆奏は九月十二日となり、この日に天応裁可の御畫が記されている。したがって、改元は九月八日とされているが、実際に一般に公布通達されたのは十二日以降のこと思われる。改元と「御一代一号」を知らせた次の行政官布告には九月とだけあって日付がない。

]FIG]




[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[349] [CITE@ja[「祝日いつ決定」カレンダー業者やきもき 新元号に注目:朝日新聞デジタル]]
([TIME[2017-12-03 11:44:19 +09:00]])
<http://www.asahi.com/articles/ASKD14W0FKD1UTIL03J.html>
]FIGCAPTION]

> 新元号は、赤ちゃんの名付けにも影響する。毎年、赤ちゃんの名前ランキングを発表している明治安田生命広報グループの加来康訓(やすのり)さん(38)は「元号が新しくなると、名前に採り入れられる傾向がある。縁起が良いと好まれるようだ」。
>  同社の調査によると、明治から大正になった1912年は、男の子で「正一」が1位。トップ10のうち五つで「正」の字がついた。女の子も「正子」が人気だった。昭和になった直後の27年は「昭二」「和子」が1位。平成になると「翔平」「成美」が人気を集めたという。
>  硬貨にも新元号が刻まれる。造幣局によると、「平成」は、元号発表から約1カ月で新硬貨の製造を始めた。今回は、事前に公表される見通しもあり、前回ほど急がなくてよさそうだ。

]FIG]


[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[397] [CITE[平成の次は? 新元号を探る|NHK NEWS WEB]]
([[日本放送協会]]著, [TIME[2018-02-07 19:56:34 +09:00]])
<https://www3.nhk.or.jp/news/web_tokushu/2018_0207.html?utm_int=news_contents_news-closeup_005>
]FIGCAPTION]

> 「大化」から「昭和」に至るまで、およそ1300年にわたり天皇みずからが決めてきた元号の位置づけは大きく変わり、元号は政府が法律に基づき政令で定めることになりました。

]FIG]

[470] [[元号法]]以前の[[元号]]も、
[[朝廷]]や[[幕府]]が決めたのを最終的に[[天皇]]が[[詔勅]]で[[公布]]するものが多そうだけど、
[[政府]]が決めたのを最終的に[[天皇]]が[[政令]]で[[公布]]するのはどの辺が「位置づけは大きく変わ」
ったといえるのだろうか。この記事自体、
それ以前の制度の[[元号]]が[[皇室典範]]という[[法律]]に基づき決められたことを説明しているのに、
不思議だ。

[518] この記事の構成だったら、
時系列で天皇が政令に署名したのがいつなのかとか、
官報が発行されたのがいつなのかとかも、ちゃんと取材して欲しかったなあ。

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[522] [CITE@ja[神功皇后 - Wikipedia]]
([TIME[2018-02-27 00:19:13 +09:00]])
<https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A5%9E%E5%8A%9F%E7%9A%87%E5%90%8E>
]FIGCAPTION]

> 『日本書紀』において、巻九に神功皇后摂政「66年 是年 晋武帝泰初二年晉起居注云 武帝泰初(泰始)二年十月 倭女王遣重貢獻」として、晋書の倭の女王についての記述が引用されている。

]FIG]


[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[548] [CITE@ja[三韓征伐 - Wikipedia]]
([TIME[2018-02-14 00:34:32 +09:00]])
<https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E9%9F%93%E5%BE%81%E4%BC%90>
]FIGCAPTION]

> 神功52(252または372)年9月10日、

]FIG]

[586] 
[[永元]]
[[見飛]]
[[善吉]]

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[650] [CITE[嫁落とし]]
([TIME[2011-04-14 20:57:46 +09:00]])
<http://www.za.ztv.ne.jp/chible/sub81yomeodani.htm>
]FIGCAPTION]

> 我が国屈指の堅固さを誇る小谷城は、浅井亮政によって築かれ、以後元亀4年(年号が変わったのに天正元年と呼ばないのが浅井家応援団の心意気です。)(1573)の落城までおよそ50年浅井家三代の居城となった山城です。

]FIG]


[653] [CITE[本邦における被害地震の 日本暦の改元について ]]
([TIME[2018-05-12 16:23:32 +09:00]])
<https://www.jstage.jst.go.jp/article/zisin1948/23/4/23_4_335/_pdf/-char/ja>

[654] [CITE@ja[元号法第二項の解釈に関する質問主意書:参議院]]
(提出日	平成29年3月23日 答弁書受領日	平成29年3月31日 [TIME[2017-04-11 04:02:32 +09:00]])
<http://www.sangiin.go.jp/japanese/joho1/kousei/syuisyo/193/meisai/m193060.htm>

[657] [CITE@ja[国立国会図書館デジタルコレクション - 御諡号年号読例]]
([[松浦詮]]著, [TIME[明26.4][year:1893]])
<http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/780739>

[658] [CITE@ja[文学の歴史叙述に於ける遡及年号について]]
([TIME[2018-05-12 19:35:56 +09:00]])
<https://www.jstage.jst.go.jp/article/chusei/39/0/39_39_73/_article/-char/ja/>

[659] [CITE@ja[「JavaSE6 和暦の昭和の改元日が違う!?」(1) Java Solution - @IT]]
([TIME[2018-05-19 19:38:42 +09:00]])
<http://www.atmarkit.co.jp/bbs/phpBB/viewtopic.php?topic=35637&forum=12>

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[660] [CITE[年号の正確な適用範囲について]]
([TIME[2018-05-19 19:40:59 +09:00]])
<http://rarara.cafe.coocan.jp/cgi-bin/lng/vc/vclng.cgi?print+200201/02010099.txt>
]FIGCAPTION]

> 【市役所】
>  昭和→平成については「元号を改める政令」があり1989年1月8日から平成となるそうです。
>  (これについては文書をFAXでいただきました)
>  大正→昭和については政令が公布された時点から昭和扱いとなっているようです。
>  市役所のコンピュータでは1926年12月25日は昭和で扱っているとの事でした。
>  (1926年12月25日の政令公布前の出生届け等は修正するということは
>   していないと思う、との回答でした)

]FIG]


[670] [CITE@ja[元号を改める政令等について - 条例Webアーカイブデータベース]]
([TIME[2018-04-07 10:16:23 +09:00]])
<https://jorei.slis.doshisha.ac.jp/reiki/c1801-131199-85117498>

[671] [CITE@ja[改元に伴う文書の取扱いについて(通知) - 条例Webアーカイブデータベース]]
([TIME[2018-04-07 10:16:23 +09:00]])
<https://jorei.slis.doshisha.ac.jp/reiki/c1801-131156-65368538>

[672] [CITE@ja[閣議資料(吉田内閣閣議書類(その4))昭和21年11月1日~11月25日]]
([[独立行政法人国立公文書館 | NATIONAL ARCHIVES OF JAPAN]]著, [TIME[2018-06-12 23:22:47 +09:00]])
<https://www.digital.archives.go.jp/das/image/M2006041216473638353>

[673] [CITE@ja[法律命令綴込 下 自昭和21年10月至昭和21年12月]]
([[独立行政法人国立公文書館 | NATIONAL ARCHIVES OF JAPAN]]著, [TIME[2018-06-12 23:24:04 +09:00]])
<https://www.digital.archives.go.jp/das/image/M2011021813493014978>

[674] [CITE@ja[法律案審議録(元号法案 その1) 昭和54年第87回国会 総理本府関係 1]]
([[独立行政法人国立公文書館 | NATIONAL ARCHIVES OF JAPAN]]著, [TIME[2018-06-13 00:17:04 +09:00]])
<https://www.digital.archives.go.jp/das/image/M2011021814402318057>

[675] [CITE@ja[法律案審議録(元号法案 その2) 昭和54年第87回国会 総理本府関係 2]]
([[独立行政法人国立公文書館 | NATIONAL ARCHIVES OF JAPAN]]著, [TIME[2018-06-13 00:30:53 +09:00]])
<https://www.digital.archives.go.jp/das/image/F2011021814402418058>

[676] [CITE@ja[法律案審議録(元号法案 その3) 昭和54年第87回国会 総理本府関係 3]]
([[独立行政法人国立公文書館 | NATIONAL ARCHIVES OF JAPAN]]著, [TIME[2018-06-13 00:46:52 +09:00]])
<https://www.digital.archives.go.jp/das/image/F2011021814402418059>

[677] [CITE@ja[元号法関係国会会議録 審議録 その4 第2部]]
([[独立行政法人国立公文書館 | NATIONAL ARCHIVES OF JAPAN]]著, [TIME[2018-06-13 00:48:20 +09:00]])
<https://www.digital.archives.go.jp/das/image/F2011021814402518060>

[678] [CITE@ja[内閣公文・国政一般・一般・暦時・A04-1・第1巻]]
([[独立行政法人国立公文書館 | NATIONAL ARCHIVES OF JAPAN]]著, [TIME[2018-06-13 00:48:48 +09:00]])
<https://www.digital.archives.go.jp/das/image/M0000000000001159113>

[679] [CITE@ja[内閣公文・国政一般・一般・暦時・A04-1・第1巻]]
([[独立行政法人国立公文書館 | NATIONAL ARCHIVES OF JAPAN]]著, [TIME[2018-06-13 00:49:17 +09:00]])
<https://www.digital.archives.go.jp/das/image/M0000000000001159114>

[680] [CITE@ja[枢密院文書・枢密院上奏撤回書類十三]]
([[独立行政法人国立公文書館 | NATIONAL ARCHIVES OF JAPAN]]著, [TIME[2018-06-13 00:50:51 +09:00]])
<https://www.digital.archives.go.jp/das/image/M0000000000000777835>

[681] [CITE@ja[枢密院委員会録・昭和二十一年]]
([[独立行政法人国立公文書館 | NATIONAL ARCHIVES OF JAPAN]]著, [TIME[2018-06-13 00:53:08 +09:00]])
<https://www.digital.archives.go.jp/das/image/M0000000000000792637>

[682] [CITE@ja[昭和二十一年・配付案]]
([[独立行政法人国立公文書館 | NATIONAL ARCHIVES OF JAPAN]]著, [TIME[2018-06-13 00:53:38 +09:00]])
<https://www.digital.archives.go.jp/das/image/M0000000000001802578>

[683] [CITE@ja[昭和二十一年・配付案]]
([[独立行政法人国立公文書館 | NATIONAL ARCHIVES OF JAPAN]]著, [TIME[2018-06-13 00:53:59 +09:00]])
<https://www.digital.archives.go.jp/das/image/M0000000000001802580>

[684] [CITE@ja[元号法・御署名原本・昭和五十四年・第二巻・法律第四三号]]
([[独立行政法人国立公文書館 | NATIONAL ARCHIVES OF JAPAN]]著, [TIME[2018-06-13 00:54:32 +09:00]])
<https://www.digital.archives.go.jp/das/image/F0000000000000121482>

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[685] [CITE@ja[筑西市文書取扱規則]]
([TIME[2018-06-14 22:58:35 +09:00]])
<https://www.city.chikusei.lg.jp/reiki_int/reiki_honbun/r156RG00000066.html>
]FIGCAPTION]

> 登録番号は、登録する種別、区分又は帳簿ごとの一連番号とし、毎年1月1日から更新する。この場合において、以後、元号法(昭和54年法律第43号)第2項に基づく改元があったときは、再更新するものとする。

]FIG]


[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[686] [CITE@ja[筑西市文書取扱規則]]
([TIME[2018-06-14 22:59:27 +09:00]])
<https://www.city.chikusei.lg.jp/reiki_int/reiki_honbun/r156RG00000066.html#e000000719>
]FIGCAPTION]

> 前項前段の規定にかかわらず、第1項の文書の番号のうち指令番号、諮問番号、経由番号、証明番号、文書番号その他法令等の規定によるもの又は会計年度による必要があるものの登録番号の更新については、毎年4月1日から更新することとする。

]FIG]



[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[608] [CITE[元号と生年のお話 | さらすな日記]]
(2007年06月09日 土 08:52 [TIME[2018-06-15 03:39:13 +09:00]])
<http://muca.jugem.jp/?eid=81>
]FIGCAPTION]

> 私が知りたかったのは、元号の起点を基に、生年をそれまでの元号と新しい元号に明確に区別して表記しなければならないかどうかです。[SNIP[]]
>  ちなみに、明治は立年改元、大正と昭和は即日改元、平成は踰日改元です。
>  で、総務省にメールで「なんか基準がおますの?」と聞いてみました。
>  2日後に電話がかかってきました(私がおもいきり左よりか右よりか調べてたんやろか)。
>  その結果、はっきりしたことをここにお知らせします。
>  次の基準で生年の元号が決まります。
> 明治は	明治元年 (1868年)1月1日から
> 明治45年(1912年)7月30日の0時42分までに生まれた人。
> 大正は	明治45年(1912年)7月30日の0時43分から
> 大正15年(1926年)12月25日の1時24分までに生まれた人。
> 昭和は	大正15年(1926年)12月25日の1時25分から
> 昭和64年(1989年)1月7日中に生まれた人。
> 平成は	昭和64年(1989年)1月8日に生まれた人から。
>  明治の終わりから昭和の初めにかけて、元号の切り替わる日に生まれた人は、その時刻まで分からないと正確な元号が分からないことになります。
>  この規準の詳細について「内閣府の登極令で示されていたのですが、経緯を記録した文書は残っていないので」と、電話してきた人(行政相談課)は申しておりました。
>  時刻が上記のようになっているのは、次のことから明確ですね。
> 明治天皇は1912年7月30日午前零時43分崩御。
> 大正天皇は1926年12月25日午前1時25分崩御。
> 昭和天皇は1989年1月7日午前6時33分崩御。
> (私が質問したわけでもないのに)細かい経緯が分からなくなっていますと言った理由は憶測できましたが、ここでは触れません。

]FIG]


[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[688] [CITE@ja[.NET Framework の新元号対応予定について – Japan New Era Name Support Blog]]
([TIME[2018-06-26 20:19:59 +09:00]])
<https://blogs.technet.microsoft.com/jperablog/2018/06/25/netframework/>
]FIGCAPTION]

> 今回、元号のレジストリが追加されたことによって .NET Framework でも平成は 31 年が最終年であると認識するようになりますが、これにより、レジストリが追加される前までは問題なく処理されていた “平成32年1月1日” といった和暦表現の入力も例外を発生させてしまうことが想定されます。
> しかしながら、昭和65年や平成32年といった表現は、法令上無効なものではなく、本来は例外をスローすることなく処理されるべきものでした。
> これを踏まえ、本変更にて “平成32年1月1日” や ”昭和65年1月1日” といった和暦表現に対しても例外をスローせずに正しく処理するよう修正が加えられました。

]FIG]


[338] [CITE[改元とそれに伴う法律改正について]]
([TIME[2018-07-03 11:01:44 +09:00]])
<http://www.sangiin.go.jp/japanese/annai/chousa/rippou_chousa/backnumber/2018pdf/20180702065.pdf>

[585] [CITE@ja[改元に伴う文書の取扱いについて(通知) - 条例Webアーカイブデータベース]]
([TIME[2018-04-07 10:16:23 +09:00]])
<https://jorei.slis.doshisha.ac.jp/reiki/c1801-131156-65368538>

[689] [CITE@ja[ラヂオ年鑑. 昭和9年 - 国立国会図書館デジタルコレクション]]
([[日本放送協会]]著, [TIME[昭和6-10][year:1935]])
<http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1260086/237>


[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[61] [CITE@jp[幕末幻の元号「令徳」が示す改元のインパクト]]
([TIME[2019-01-17 17:24:07 +09:00]])
<https://ironna.jp/article/11671>
]FIGCAPTION]

> 台湾では、民国何年という数え方をしている。漢字+数字なので、一見元号のようであるが、これは元号ではない。1911年の辛亥革命で清朝が滅び、中華民国政府成立した1912年から数え始めた年の数え方であり、君主制とは関係がないので、元号とはいえない。

]FIG]


[178] [CITE@ja[元号きっぷ 大正→昭和→平成駅を旅する - Togetter]]
([TIME[2019-02-09 11:28:43 +09:00]])
<https://togetter.com/li/1317264>

[181] [CITE@ja[2019年2月のWindows Updateで元号一文字表記が変更されるトラブル | スラド]]
([TIME[2019-02-15 19:35:41 +09:00]])
<https://srad.jp/story/19/02/15/0648223/>



[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[184] [CITE[【新元号】改元のシステム改修で慌てるシステム屋は「無能」とのこと - Qiita]]
([TIME[2019-03-12 18:41:20 +09:00]])
<https://qiita.com/KMKZ/items/7a530a127a438a13f333>
]FIGCAPTION]

> 皆さんも利用している某システムは「昭和」と「平成」を真偽値で保持しているそうです。
> 直接関わっていない案件ですが聞いたときは笑いました。
> 「年号判定」を「データベース」に「真偽値」で保持してるんです。

]FIG]

[190] [[真偽値]]wwwwww そのシステム作ったやつは日本に住んだことないだろwwww
それか[[天皇]]は[[現人神]]だから永遠の命を持つとか思ってるカルト教団の信者だろwwww
そうじゃなければ無能以外の何だっていうんだよwwww

[191] 
[[元号]]に対応しているのに[[改元]]に対応していないシステムが欠陥システムであることと、
欠陥システムが現に大量に存在していることは両立するとおもうのだけど、
後者のメンテナンスをやらされてる SE が無能扱いされると怒りたくなるのはまあ仕方ないね。
欠陥の尻拭いをやらされてる人にはご愁傷様としかいえないが、
欠陥を欠陥でないと言い張ったり、
[[元号]]や[[改元]]に矛先を向けて現実逃避したりしている連中は無能と罵られても致し方あるまい。



[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[193] [CITE[「元号」とは何か?]]
(朝日新聞社編集委員 宮代栄一(博士・史学) [TIME[2017-12-15 15:26:45 +09:00]])
<https://fpcj.jp/wp/wp-content/uploads/2017/12/625debcf18bb1647bd9cca6cd5102372.pdf>
]FIGCAPTION]

> 中国は1911年、韓国は1910年、ベトナムは1945年に廃止

]FIG]

[194] 「中国」が[[支那王朝]]を意味するなら[[洪憲]] ([TIME[1916][year:1916]])
や[[宣統]] ([TIME[1917][year:1917]]) は何だということになるし
(一旦廃止されたというのはまあその通りだが)、
現在の[[中華人民共和国]]を意味するなら[[満州国の元号]]が
[TIME[1945年][year:1945]]まで使われていたのを無視するのはおかしかろう。

[195] 「韓国」 ([[大韓帝国]]) は
[TIME[1910年][year:1910]]に[[元号]]を廃止しておらず (国は消滅したが)、
[TIME[1945年][year:1945]]まで[[日本の元号]]を使っていたのだから、
やはりおかしなことを書いている。


[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[199] [CITE@en[No. 26 ― Through the Eyes of the Consul General : Consulate-General of Japan in Seattle]]
([TIME[2019-01-23 09:59:21 +09:00]])
<https://www.seattle.us.emb-japan.go.jp/itpr_en/00_000574.html>
]FIGCAPTION]

> We could say that the thirty-year Heisei era was a time when [SNIP[]]

]FIG]



[218] [CITE@ja[【TJ調査隊】明治村、昭和町、平成町...上越市内にある元号の地名 改元でさらに誕生する?|上越タウンジャーナル]]
([[上越タウンジャーナル]]著, [TIME[2019-03-27 12:09:58 +09:00]])
<https://www.joetsutj.com/articles/17355543>

[55] [CITE@ja[【Perl】DateTime::Calendar::Japanese::Era のバグ? | blog.remora.cx]]
([TIME[2018-02-12 15:01:09 +09:00]])
<http://blog.remora.cx/2010/10/bug-of-datetime-calendar-japanese-era.html>

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[179] [CITE@ja-JP[IBM 元号の変更に伴う IBM i の対応について]]
([TIME[2019-03-29 16:56:13 +09:00]])
<https://www-01.ibm.com/support/docview.wss?uid=ibm10872332>
]FIGCAPTION]

> IBM i では時刻を元号で表示する機能が無く、IBM i の COBOL/RPG/SQL には和暦対応機能や西暦-和暦変換機能はありません。(※PASEやQshellのUNIX統合実行環境ではdateコマンドにて和暦対応機能はあります) 
> 現在、システム日付/QDATE を和暦/平成で運用しており改元後は新元号で運用をする場合、タイムゾーン(システム値 QTIMZON)の活用をお勧めします。 

]FIG]


[180] [CITE[CLDR: #11399 (Broken Japanese era data) – CLDR]]
([TIME[2019-04-06 12:03:05 +09:00]])
<https://unicode.org/cldr/trac/ticket/11399>

[240] [CITE[CLDR: #11375 (Start date for the Meiji era is wrong for the Japanese Calendar) – CLDR]]
([TIME[2019-04-06 12:05:13 +09:00]])
<https://unicode.org/cldr/trac/ticket/11375>

[241] [CITE[CLDR: #11400 (Deprecate Japanese era data before Meiji) – CLDR]]
([TIME[2019-04-06 12:07:18 +09:00]])
<https://unicode.org/cldr/trac/ticket/11400>

[246] 
2024年っていつだよ平成で言えよ、
と思ってしまう昨今。
去年は今平成何年かもわからなかったのに1年で変わってしまった。
[TIME[2019-04-09T02:57:10.000Z]]

[86] [CITE@ja[<在日中国人のブログ>中国に元号が再びあったらいい|レコードチャイナ]]
([[黄 文葦]]著, [TIME[2019-04-10 11:43:57 +09:00]])
<https://www.recordchina.co.jp/b699381-s120-c60-d1120.html>

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[261] [CITE@ja[ASCII.jp:改元絡みでWindows 10の電卓アプリがバグってました (2/2)|Windows Info]]
([[ASCII]]著, [TIME[2019-04-14 12:14:35 +09:00]])
<https://ascii.jp/elem/000/001/810/1810515/index-2.html>
]FIGCAPTION]

> Windowsの表示を和暦にすると、「日付の計算」の表示も和暦になる。ただし、元年表示には対応していない。これで、開始日として「平成31年4月2日」(2019年4月2日)を、終了日として「■■01年5月1日」(2019年5月1日)を選択すると正しく「4週,1日(29日)」と表示するが、開始日を「平成31年4月1日」とすると、その差を「1年」と表示してしまう。日数としては30日になっているので計算は正しいものの、表示の方が間違っているようだ。
>  最初は、新元号関連のアップデートでバグったのかと思ってたが、新元号の設定とは無関係に昭和と平成の切り替わりでも同じように表示を間違う。

]FIG]


[264] [CITE@ja-jp[Era Handling for the Japanese Calendar - Windows applications | Microsoft Docs]]
([[GrantMeStrength]]著, [TIME[2019-04-15 15:49:29 +09:00]])
<https://docs.microsoft.com/ja-jp/windows/desktop/Intl/era-handling-for-the-japanese-calendar>

[265] [CITE@ja[『元号』(文春新書)「はじめに -元号(年号)とは何か-」 | ミカド文庫]]
([TIME[2019-04-18 13:59:10 +09:00]])
<http://mikado-bunko.jp/?p=828>

[267] [CITE@ja[所功・久禮旦雄・吉野健一『元号 年号から読み解く日本史』(文春新書)刊行 | ミカド文庫]]
([TIME[2019-04-18 13:59:55 +09:00]])
<http://mikado-bunko.jp/?p=820>

[271] [CITE[日本年号大観]]

[285] [CITE[私年号一覧表]]
([TIME[2001-01-17 03:06:39 +09:00]])
<http://kitabatake.world.coocan.jp/rekishi12.html>

[286] [CITE[日本の私年号]]
([TIME[2000-06-02 18:37:16 +09:00]])
<http://www5a.biglobe.ne.jp/~hampton/018.htm>

[288] [CITE@ja[古代[[逸年号]]   ( 日本史 ) - 泉城の古代日記 コダイアリー - Yahoo!ブログ]]
([TIME[2019-04-19 23:09:25 +09:00]])
<https://blogs.yahoo.co.jp/furutashigaku_tokai/55810370.html>

(移転確認 [TIME[2019-07-27T02:31:41.200Z]])
[CITE@ja[古代[[逸年号]] : 泉城の古代日記 コダイアリー]],
[TIME[2017年01月04日][2017-01-04]]
([TIME[2019-07-27 11:31:23 +09:00]]) <http://blog.livedoor.jp/senjou_/archives/481434.html>



[289] [CITE[10世紀コータンの王統・年号問題の新史料 : 敦煌秘 笈 羽686文書]]
([TIME[2019-04-25 14:24:03 +09:00]])
<https://ir.library.osaka-u.ac.jp/repo/ouka/all/69756/sial28_101.pdf>

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[290] ([TIME[2017-10-06 13:17:46 +09:00]])
<https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/213635/1/ybunr00066.pdf>
]FIGCAPTION]

> 著者は, この宣旨発布の8ケ月以前に頼朝が寿永の年号を既に使用 していたことを実証 し, 頼朝 と後白河法皇 との提携が当時早 くも成立していたことを指摘する

]FIG]




[302] [CITE[国会図書館: 年号迷路]]
([TIME[2019-04-25 17:18:17 +09:00]])
<http://gaowei.cocolog-nifty.com/nengo/2005/09/post_ab80.html>

[303] [CITE[ベトナム莫朝の年号は: 年号迷路]]
([TIME[2019-04-25 17:23:56 +09:00]])
<http://gaowei.cocolog-nifty.com/nengo/2005/05/post_a1fe.html>

[328] [CITE[中世19]]
([TIME[2012-03-18 15:00:00 +09:00]])
<https://www.city.kawachinagano.lg.jp/static/kakuka/kyousha/history-hp/bunkazai/sanpo/rekishi/tyuse/tyuse19.html>





[384] [CITE@ja[平成君、改元に思いフクザツ 名古屋に「元号一家」 父は昭和さん、祖父は明治さん:一面:中日新聞(CHUNICHI Web)]]
([TIME[2019-04-29 12:18:45 +09:00]])
<https://www.chunichi.co.jp/article/front/list/CK2019042902000059.html>

[22] [CITE@ja[「令和」ソング続々 大人気だった昭和、平成…一番歌われている元号は!? - wezzy|ウェジー]]
([TIME[2019-05-15 12:22:56 +09:00]])
<https://wezz-y.com/archives/65908>

[24] ([TIME[2011-12-21 16:02:06 +09:00]])
<http://libwri.nhu.edu.tw:8081/Ejournal/AI02001705.pdf>

[35] [CITE@ja[南北朝私年号の一覧 | 淑徳大学]]
([TIME[2019-05-22 07:37:24 +09:00]])
<http://www.shukutoku.ac.jp/shisetsu/takuhon/nannbokutyousinenngou/index.html>

[66] [CITE[歴代建元考]]

[103] ([TIME[2017-09-19 16:45:18 +09:00]])
<https://www.rekihaku.ac.jp/events/forum/old/f2017/pdf/106.pdf>


[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[26] [CITE@ja[元号と追号との関係等について : Bureau de Saitoh, Avocat (弁護士 齊藤雅俊)]]
([TIME[2019-08-03 16:51:30 +09:00]])
<http://donttreadonme.blog.jp/archives/1073399256.html>
]FIGCAPTION]

> 「本来的には,年号といい元号といい,年の表示の仕方,つまり紀年方式の一つでございますが,年号の方は単純にその年を表示するという感覚が主になっているというふうに考えるわけなんで,その年号を幾つか区切りをつけて,古くは大化,白雉,朱鳥というふうに区切りをつけまして,それから新しくは明治,大正,昭和というふうにある区切りをつけていく。その区切りをつけたその期間の始まりが,その区切りの名前の第1年であるというふうな扱いになる。そういう区切りの初年度であるという点に重点を置いて名前をつければ,まあ元号という言葉になじむような感じがいたします。本来的には,先ほど申しましたように,元号といい年号といい,そんなに違うものではないと思いますけれども,あえて区別をつければ,ただいま申し上げましたような,その区切りに重点を置いて呼び名をつけた場合に,元号という言葉の方がぴったりくるという感じがいたします。」ということでした(真田政府委員・第87回国会衆議院内閣委員会議録第5号11頁)。

]FIG]


[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[76] [CITE@ja-JP[GLAY / 元号 - YouTube]]
([TIME[2019-11-13 12:54:36 +09:00]])
<https://www.youtube.com/watch?v=-ys9RURgREU>
]FIGCAPTION]

> この楽曲はTAKUROが新元号に変わるにあたり書き下ろした最新楽曲であり、フォーキーなサウンドと、TERUのシンプルかつ、力強いボーカルが歌詞をダイレクトにリスナーの耳に届ける仕上がりとなっている。
> 歌詞に関しては、数々の社会に対するメッセージを曲として書いてきたTAKUROだが、今作では昭和、平成と生き抜いてきた人々へのリスペクトと、これから新元号の元で中心となっていく世代への激励が歌詞に織り込まれており、この時代の変わり目に対するGLAYからのメッセージと言えるだろう。 

]FIG]


[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[82] [CITE@ja[「ホモ・ヒストリクスは年を数える」(1)~元号の世界的位置づけ~ 西暦一本化に反対する理由(THE PAGE) - Yahoo!ニュース]]
([[佐藤正幸]], [TIME[2019-12-11 16:05:09 +09:00]])
<https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190328-00010007-wordleaf-cul>
]FIGCAPTION]

> 年号紀年法は、紀元前114年に前漢の武帝によって開始された紀年法で、現在の日本では元号という表記に変更し、継続使用されている。改元(年号の変更)は即位(践祚)に際してのみ行うという制度にした明治日本で新たに造られた言葉である。

]FIG]


[91] [CITE@ja[住所や年号、漢数字のデータ操作を楽にするRパッケージをCRANに登録しました - cucumber flesh]]
([TIME[2020-01-26 19:30:29 +09:00]])
<https://uribo.hatenablog.com/entry/2019/12/02/163114>

[92] [CITE[【R】 文章内で「和暦⇒西暦」に変換するパッケージ作った。 - Qiita]]
([TIME[2020-01-26 19:30:41 +09:00]])
<https://qiita.com/zakkiiii/items/003041bed8aeb5436e4b>

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[97] [CITE@ja[都道府県独立国家論 - Wikipedia]]
([TIME[2020-01-24 11:49:50 +09:00]])
<https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%83%BD%E9%81%93%E5%BA%9C%E7%9C%8C%E7%8B%AC%E7%AB%8B%E5%9B%BD%E5%AE%B6%E8%AB%96>
]FIGCAPTION]

> 例えば、日本において過去に存在した独立国家の定義のひとつとして「独自の元号(私年号)の使用」があるが、本論においてはほとんど俎上に載らない。

]FIG]

[162] 
>>97 この記事は真剣なものから創作物まで幅広くカバーしていて、
関連記事に[[ミクロネーション]]や[[ミニ独立国]]を挙げているのですから、
[[ミニ独立国の元号]]を「ほとんど」と例外扱いしてしまうのはいかがなものかなあ。


[83] [CITE@ja[年号と元号 - うたことば歳時記]]
([TIME[2020-05-15 11:00:17 +09:00]])
<https://blog.goo.ne.jp/mayanmilk3/e/eccd078b34cab43e810a004b63671ad6>

[108] [CITE[新日本古典籍総合データベース]]
([[国文学研究資料館 | National Institute of Japanese Literature]]著, [TIME[2020-04-03 14:26:18 +09:00]])
<http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100020573/viewer/3757>

[109] [CITE@ja[元号男子【公式】さん (@gengo_danshi) / Twitter]]
([TIME[2020-06-28 12:09:23 +09:00]])
<https://twitter.com/gengo_danshi>

[110] [CITE@ja[第149回 檀紀と主体年号―朝鮮半島の紀年法 | こよみの学校]], [TIME[2020-07-07 12:46:43 +09:00]] <https://543life.com/campus/backnumber149/>

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[114] [CITE@ja[第91回帝国議会 貴族院 内閣法案特別委員会 第2号 昭和21年12月21日 | テキスト表示 | 帝国議会会議録検索システム シンプル表示]]
([TIME[2020-08-22 13:47:10 +09:00]])
<https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=009102807X00219461221&spkNum=0#s93>
]FIGCAPTION]

> 内閣官制は明治十八年に出來たかと思ふのですが、年號は間違つて居るかも知れませぬが、

]FIG]


[116] [CITE@ja[「年号」と「元号」 - 日本中近世史史料講読で可をとろう]]
([TIME[2020-12-10T05:25:03.000Z]])
<https://japanesehistorybasedonarchives.hatenablog.com/entry/20191022/1571751253>

[117] [CITE[日本漢學珍稀文獻集成]]
([TIME[2018-03-13T02:46:22.000Z]], [TIME[2021-04-06T09:23:29.880Z]])
<https://www2.chuo-u.ac.jp/philosophy/res/mizu1802.html>

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[118] [CITE@ja[<私年号>私年号「亀光」確認 鳥羽・浦村、民家の古文書に 三重、福岡、愛知で5例 /三重(毎日新聞) - goo ニュース]]
([TIME[2021-04-14T09:19:48.000Z]])
<https://news.goo.ne.jp/article/mainichi_region/region/mainichi_region-20210414ddlk24040129000c.html>
]FIGCAPTION]

> 江戸時代まで元号を年号と呼ぶ場合が多かったが、明治元年への改元の際に新制度となり、元号が正式名称になった。

]FIG]



[122] [CITE@ja[英語メディアは新元号「令和」をどう表現するか | 実践!伝わる英語トレーニング | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準]]
([TIME[2021-05-07T11:26:51.000Z]])
<https://toyokeizai.net/articles/-/277370>

[129] [CITE@ja[元号と追号との関係等について : Bureau de Saitoh, Avocat (弁護士 齊藤雅俊)]], [TIME[2021-06-21T04:25:09.000Z]] <http://donttreadonme.blog.jp/archives/1073399256.html>

>改元という区切りを重視した結果,「年号法」とはならず元号法となったのでしょう。「本来的には,年号といい元号といい,年の表示の仕方,つまり紀年方式の一つでございますが,年号の方は単純にその年を表示するという感覚が主になっているというふうに考えるわけなんで,その年号を幾つか区切りをつけて,古くは大化,白雉,朱鳥というふうに区切りをつけまして,それから新しくは明治,大正,昭和というふうにある区切りをつけていく。その区切りをつけたその期間の始まりが,その区切りの名前の第1年であるというふうな扱いになる。そういう区切りの初年度であるという点に重点を置いて名前をつければ,まあ元号という言葉になじむような感じがいたします。本来的には,先ほど申しましたように,元号といい年号といい,そんなに違うものではないと思いますけれども,あえて区別をつければ,ただいま申し上げましたような,その区切りに重点を置いて呼び名をつけた場合に,元号という言葉の方がぴったりくるという感じがいたします。」ということでした(真田政府委員・第87回国会衆議院内閣委員会議録第5号11頁)。




[130] [CITE@ja-JP[【MIDIアート】元号(明治~令和)FULL - YouTube]]
([TIME[2021-06-22T10:25:00.000Z]])
<https://www.youtube.com/watch?v=m6ze2E_1N2w>

[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[131] [CITE@ja[西暦2018年を他の元号で表すと2561年?4351年?それとも1439年? - QR Translator - 世界を言語バリアフリーに]]
([TIME[2021-06-29T12:57:59.000Z]])
<https://jp.qrtranslator.com/blog/translation/thailand_calendar/>
]FIGCAPTION]

> つまり、「元号」は時代によって変わることがありますが、「紀元」はいつまでも変わらない表現なのです。そして元号と紀元の両方を総称して「年号」と呼ぶこともあるそうです。

]FIG]

[132] [CITE[表紙 - 106.pdf]], [TIME[2017-09-19T07:45:18.000Z]], [TIME[2021-07-01T02:47:01.741Z]] <https://www.rekihaku.ac.jp/events/forum/old/f2017/pdf/106.pdf>

[144] [CITE@zh[维基专题讨论:年号 - 维基百科,自由的百科全书]]
([TIME[2021-11-05T12:17:26.000Z]], [TIME[2021-11-19T12:17:27.403Z]])
<https://zh.wikipedia.org/wiki/WikiProject_talk:%E5%B9%B4%E5%8F%B7>

[154] [CITE@ja-JP[私と國史及びその教育]], [[新井順一郎]], [TIME[1927]], [TIME[2022-12-28T09:26:51.000Z]], [TIME[2022-12-29T09:18:04.772Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/1083468/1/183> (要登録)


[155] [CITE@ja-JP[判例総覧 民事編 第19巻]], [[帝国判例法規出版社]], [TIME[昭和35][1960]], [TIME[2023-01-06T06:14:39.000Z]], [TIME[2023-01-09T04:03:09.364Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/1349797/1/423> (要登録)

元号商標


[156] [CITE@ja-JP[パテント = patent 13(9)(121)]], [[日本弁理士会広報センター会誌編集部]], [TIME[1960-09]], [TIME[2023-01-06T06:14:39.000Z]], [TIME[2023-01-09T04:06:29.626Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/3274443/1/32> (要登録)

特許事務所名


[157] [CITE[1246.pdf]], [TIME[2023-01-24T00:57:35.000Z]], [TIME[2023-01-30T11:15:19.079Z]] <https://www.vill.miyake.tokyo.jp/kakuka/soumu/news/files/1246.pdf>

>・令和 6 年 4 月 2 日以降に生まれた人

[158] 
おそらく[TIME[1994-04-02]]の誤り、採用基準日で30歳より下ということかと。




- [183] [CITE@ja[Xユーザーの拾萬字鏡🐦さん: 「同じ疑問があって手隙でちょっと調べたんだが平安時代の源算は117歳まで生き、 永観、寛和、永延、永祚、正暦、長徳、長保、寛弘、長和、寛仁、治安、万寿、長元、長暦、長久、寛徳、永承、天喜、康平、治暦、延久、承保、承暦、永保、応徳、寛治、嘉保、永長、承徳、康和 の30元号跨いだと分かった。 https://t.co/HHfpG5dxfJ」 / X]], [TIME[午後10:23 · 2024年1月22日][2024-01-22T13:23:18.000Z]], [TIME[2024-01-23T12:56:48.000Z]] <https://twitter.com/JUMANJIKYO/status/1749422489615413633>
-- [185] [CITE@ja[XユーザーのHisataka Gotoさん: 「@JUMANJIKYO 四条貞子(1196-1302、享年107歳)は35元号だそうです。 https://t.co/g4Ae9lgeN3 https://t.co/LWiuAHAUBh」 / X]], [TIME[午後11:37 · 2024年1月22日][2024-01-22T14:37:34.000Z]], [TIME[2024-01-23T12:56:48.000Z]] <https://twitter.com/HisatakaG/status/1749441176162181480>


[FIG(quote)[
[FIGCAPTION[
[211] 
[CITE@ja[馬具 - 625debcf18bb1647bd9cca6cd5102372.pdf]], [TIME[2017-12-15T06:26:45.000Z]], [TIME[2024-06-12T06:58:52.982Z]] <https://fpcj.jp/wp/wp-content/uploads/2017/12/625debcf18bb1647bd9cca6cd5102372.pdf>
]FIGCAPTION]

>
「元号」とは何か?
>
[I[What are Gengo (Era names) ]]?
>
[BOX(indent)[
フォーリン・プレスセンター プレス・ブリーフィング

[BOX(right)[
[I[December 12, 2017]]
]BOX]

[I[Foreign Press Center Japan Press briefing]]

[BOX(right)[
朝日新聞社編集委員 宮代栄一(博士・史学)
]BOX]

[I[The Asahi Shimbun Newspaper]]  [I[Senior Staff Writer]]

[BOX(right)[
PhD. [I[Eiichi Miyashiro]]
]BOX]

]BOX]

]FIG]

[212] >>211 [[朝日新聞]]社員で博士号まで持っている人物が外国人記者に[[元号]]を説明した資料。
全ページ、[[日本語]]と [[English]] の併記。

しかし内容が酷い。

[213] #page=5

[L[「一世一元の詔」]]の英訳が
[L[“The Unification of [BR[]]One Era”]]。 unification?

[214] #page=6

> 
[LEFT[
1872年、西暦採用。元号も併用[BR[]]/In 1872, the Gregorian calendar was adopted. Era names were also [BR[]]used.
]LEFT]

[[グレゴリオ暦]]採用は史実。西暦と元号を併用となっているが、
これだと[[キリスト紀元]]と[[元号]]が併用されたと解釈するのが自然。
しかしそのような史実はない。

;; [215] [[西暦]]は[[グレゴリオ暦]]の意味や、
[[グレゴリオ暦]]と[[キリスト紀元]]の併用の意味で使うこともある。 [SEE[ [[西暦]] ]]
しかし本資料はこのページ以外すべて[[キリスト紀元]]の意味で[[元号]]と対比させて用いている。

[216] #page=6

>
[LEFT[
[SNIP[]]1947年の日本国憲法では元号[BR[]]の記載なし。法律的根拠がないまま、継続[BR[]]/[SNIP[]][BR[]]In the Constitution of Japan in 1947 there is no mention of the era name. [BR[]]The system continued without a legal basis.

 1979年、元号法制定/In 1979, the Era Name Law was enacted
]LEFT]

[[GHQ]] の圧力で[CITE[皇室典範]]の改正があって[[改元]]の規定が消滅した、
という説明をしていないので、なぜ唐突に憲法やら法律的根拠の話になるのか、
絶対に読者に伝わらない。口頭発表では説明したのかもしれないが、
口頭だけで理解できる単純な話とも思われない。

外国人記者相手ということで外国の事例を見ると、
[[憲法]]に[[紀年法]]の明文規定がある国は稀。
ほとんどの国では法律的根拠がないまま[[キリスト紀元]]を使っている。
[SEE[ [[法定紀年法]] ]]
(なぜなら、欧米の植民地だったから。)
という対比を口頭で説明したとも思われない。

また、[CITE[元号法]]は[[改元]]の法律的根拠であり、
[[元号]]の法律的根拠は過去にも現在にも存在しない。

という細かい説明をしていないし、したかったとも思われないので、
なぜ憲法が云々という話が中途半端に差し込まれたのか謎。

[217] #page=8

>
[LEFT[
「元号法」によれば、[BR[]]
①国民の理想となるよい意味を持つ[BR[]]
②漢字2字 ③書きやすく、読みやすい ④これまでに使われていない
]LEFT]

[CITE[元号法]]にそんなこと書いてない。一度でも読んだことがあればわかるはず。エアプ?

[219] #page=11

>
[LEFT[
元号案は「神聖なもの」。そのつど提出され、以前に出されていて、採用[BR[]]
されなかった候補はすべて廃案[BR[]]
/The era name proposals are “sacred". Former proposals are never[BR[]]
used, including ones not adopted before. New proposals are made[BR[]]
each time
]LEFT]

意味がやや取り難いというか解釈が揺れそうな説明文だが、
不採用案を再提出できないという意味か? 

前近代においてはそのような事実はないし (むしろ不採用案があとから採用になることが多い)、
現代でも明文規定はない。

平成度に提出された候補案は[[平成改元]]時にすべて廃案になって、
令和度には改めて候補案を収集している、という説明を誤解しているのでは。
「神聖なもの」とそのこととの関係はよくわからない (写真コンテストみたいなのでも第3回の落選作が自動的に第4回の候補になったりしないじゃん? 神聖かどうかと関係なくない?)。

;; [221] 
なお不採用案として大々的に流布されると俗用されているものを使わないという条件に引っかかってしまう。
落選案を[CITE[朝日新聞]]他マスコミ各社が大々的に報道するせいで「廃案」になってるのでは?
(「神聖なもの」だからってのはむしろこっちに関係するのでは)


[222] #page=13

>
[LEFT[
中国は1911年、韓国は1910年、ベトナムは1945年に廃止[BR[]]
/China abolished era names in 1911, Korea in 1910, Vietnam [BR[]]
in 1945
]LEFT]

これは細かい話だからあれなのだが、
[[中国]]は[TIME[西暦1911年][1911]]以後にも[[中華帝国]]と[[清朝復辟]]と[[満州国]]で[[元号]]を復活させているし、
[[韓国]]は[TIME[西暦1910年][1910]]に独自[[元号]]が終了してるけどそれ以後[[日本の元号]]を使っているので、
これらの年に[[元号]]を[[廃止]]したというのは単純化し過ぎていて誤解を生む。
今は使っていないと書けば十分だったのではないのか。

[223] #page=14

>
[LEFT[
政府や自治体の公文書は西暦ではなく元号表記。新聞は併記[BR[]]
/Official documents for both the national government and local[BR[]]
governments use the era instead of the Gregorian calendar.[BR[]]
Newspapers use both the era and the Gregorian calendar
]LEFT]

西暦を「Gregorian calendar」と訳すのは完全な誤訳。
この英文によると政府は[[グレゴリオ暦]]を使っていないことになり、
じゃあ何を使っているのかという話になってしまう。

>>214 もそうだが、史学の博士号を持っている日本人が[[紀年法]]と[[暦法]]の区別すら出来ていないというのは問題ではないのか。
博士号の審査はそんなガバガバでいいのか。

- [224] [CITE@ja[動画報告:「元号」とは何か?(朝日新聞社 宮代栄一 編集委員) | 公益財団法人フォーリン・プレスセンター(FPCJ)]], [TIME[2024-06-12T07:52:42.000Z]] <https://fpcj.jp/worldnews/briefings/p=60853/>

[225] 動画もあった

[238] 
[CITE@ja-JP[近代美術研究 6(19)]], [[近代美術研究会]], [TIME[1963-12]], [TIME[2025-09-30T02:09:54.000Z]], [TIME[2025-10-12T12:33:47.595Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/1822986/1/4> (要登録)
