[13] 
[DFN[仁平]]は、
[[元号]]です。

* 仁平 (新羅)

[2] 
[DFN[仁平]]
([TIME[y~369]])
は、
[[新羅の元号]]の1つです。

** 元号名

[48] 
智慧と慈悲で国民を治め平穏な世にしようとの意志かといわれます [SRC[>>1555]]
が、想像の域を出ません。


[REFS[

- [1553] [CITE[[[日本語学]]]]
-- [1554] [CSECTION[[[年号を考える]]]]
--- [1555] [CITE[[[韓国の年号]]]], [[吉本一]], p.[L[79]]

]REFS]

** 用例


[6] 
[[高麗]]時代に編纂された[CITE[三国史記]]に[[改元]]記事があります。

[8] 
[[高麗]]時代に編纂された[CITE[三国遺事]]には[[改元]]記事がありませんが、
[[善徳王]]の項に

>
仁平甲午立、治十四年

とあり、

>壬辰立、治十六年
>仁平[LINES(smaller)[甲][午]]十四

の錯簡と考えられます。
[SRC[>>7862]]


[9] 
[[维基文库]]本[CITE[三国遺事]]には

>壬辰在位十六年,仁平(甲午)在位十四。

とあります。 [SRC[>>5]] 
何も注釈がありませんが、異本でしょうか、それとも校訂済みのものでしょうか。

[12] 
>>10, >>11 の本では欠落が補われていますが、 >>8 
のような事情は伝わらない書き方になっています。
状況が違う異本なのでしょうか、それとも書き方の問題でしょうか。

[7] 
その他、[CITE[三国遺事]]に用例があります。

[ITEMS[ [[日時事例]]

- [506] [CITE(.label)[三国遺事]]
--
[509] 
「[DATA(.text)[[SNIP[]]仁平三年丙申歲[LINES(smaller)[即貞觀][十年也]][SNIP[]]]]」
[SRC[>>503]]
---
[518] [TIME(.value)[新羅仁平3(636)年丙申][636]] ([TIME[y~369]])
---
[519] 
[TIME(.value)[唐贞观10(636)年丙申][636]] ([TIME[y~104]])

]ITEMS]

[REFS[

-
[10] 
[CITE@ja-JP[[[三國遺事]] 年表,巻第1]], [[一然 撰, 坪井九馬三, 日下寛 校]], [TIME[1902]], [TIME[2023-05-15T11:26:02.000Z]], [TIME[2023-05-21T08:52:13.653Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/2541240/1/28>
-
[11] [CITE@ja-JP[[[三国遺事]] 第1]], [[一然 撰, 坪井九馬三, 日下寛 校訂]], [TIME[1904]], [TIME[2023-05-15T11:26:02.000Z]], [TIME[2023-05-21T08:52:55.257Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/991989/1/29>
-
[5] 
[CITE@zh[[[三國遺事]]/卷第一 - [[维基文库]],自由的图书馆]], [TIME[2023-05-07T08:39:46.000Z]], [TIME[2023-05-21T08:41:39.471Z]] <https://zh.wikisource.org/wiki/%E4%B8%89%E5%9C%8B%E9%81%BA%E4%BA%8B/%E5%8D%B7%E7%AC%AC%E4%B8%80>
- [503] 
[CITE@zh[[[三國遺事]]/卷第四 - 维基文库,自由的图书馆]], [TIME[2023-05-06T02:09:10.000Z]], [TIME[2023-05-20T02:10:13.790Z]] <https://zh.wikisource.org/wiki/%E4%B8%89%E5%9C%8B%E9%81%BA%E4%BA%8B/%E5%8D%B7%E7%AC%AC%E5%9B%9B>
-
[157] 
[CITE[[[雜攷]] 第六輯下卷]], [[鮎貝房之進]], [TIME[2023-05-19T07:46:50.000Z]], [TIME[2023-05-20T07:29:30.383Z]] <https://geocol.github.io/zakkou/book-6b.html#184>
--
[502] [CSECTION[[[附書年月󠄃日例]]]]
- [74] [CITE[[[朝鮮の年号と紀年]]]]
-- [7862] [CITE@ja[[[朝鮮の年号と紀年]](上)]],
[[藤田亮策]],
[TIME[1958-09]],
[TIME[2019-04-06 21:05:42 +09:00]]
<https://toyo-bunko.repo.nii.ac.jp/?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_detail&item_id=4748&item_no=1&page_id=25&block_id=47>
#page=15

]REFS]


** 関連

[3] 
前:
[[建福]]

[4] 
次:
[[太和]]

* 仁平 (日本)

[14] [TIME[y~1194]]

[29] [[元年]]は、[TIME[西暦1151年][1151]]です。

* 仁平六年

[30] 
[CITE[好古目録]]
によると、
[RUBYB[[[藤貞幹]]][[TIME[1732]]-[TIME[1797]]/10]]は古い仏経写本を古物店で購入し、
僧に贈りました。
巻末に仁平六年云々とありました。
[SRC[>>31]]

[32] 
僧は[[日本の元号]]の[[仁平]]は3年、せいぜい4年までで、
[[延長年号]]となる6年はおかしいと指摘しました。
[[藤貞幹]]は[[新羅の元号]]の[[仁平]]で、
1000年前の貴重な写本だと考えました。
[SRC[>>31]]

[36] 
[TIME[日本寛政9(1797)年丁巳6月15日][kyuureki:1797-06-15]]に[[日本]][[尾張国]][[名古屋]]桜天神社で行われた会合の出品目録に、
「宗輪論[LINES(smaller)[仁平六年書写][之奥書アリ]]」
なるものがあります。
[SRC[>>34, >>35]]

[37] 
時代と状況が近いので、同じものを指すのでしょうか。

[33] 
いずれの写経も現所在は不明です。

[1] 
実物がないのにあれこれ推測するのもどうかとは思いますが、
不審なものではあります。

- [41] [[新羅の元号]]だとすると、
-- [42] [[新羅の元号]]が書かれたものは、
ほとんど現存していません。
-- [38] [[日本]]の[[飛鳥時代]]に相当します。
その時代の[[日本]]のものもほとんど現存していません。
-- [40] 
それを使った[[写本]]が存在し、
[[江戸時代]]時点まで現存し、
しかも[[日本]]に伝来していたか、
慎重にならざるを得ません。
- [39] [[日本の元号]]だとすると、
-- [43] 2年の[[延長年号]]となります。
当時の交通事情や治安のもとでこれほどの伝達遅延は考えにくく、
意図的に使っていそうな勢力もみられません。
-- [44] 
本来は「仁平元年」だったとも考えられますが、
--- [45] 
劣化や文字の崩しで難読だったなら、「元年」と読む可能性も考えたはずで、
何も言及されていないのはおかしい。
--- [46] 
何度も書写されているうちに誤って伝わっていたなら、
他にも書写者の跋文があるはずで、
最後の跋文以外を拾って1000年前の貴重品だと喜ぶはずがない。


[REFS[

-
[34] 
[CITE@ja-JP[[[考古界]] 1(1)]], [[考古学会, 集成堂]], [TIME[1901-06]], [TIME[2023-05-15T11:26:02.000Z]], [TIME[2023-05-21T09:37:45.839Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/11185633/1/34> (要登録)
-
[35] 
[CITE@ja-JP[[[日本考古学・人類学史]] 上巻]], [[清野謙次]], [TIME[1954]], [TIME[2023-05-15T11:26:02.000Z]], [TIME[2023-05-21T09:38:45.733Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/2988012/1/243> (要登録)
- [31] [CITE@ja-JP[[[日本随筆大成]] 巻十一]], [[日本随筆大成編輯部]], [TIME[昭和3][1928]], [TIME[2023-05-15T11:26:02.000Z]], [TIME[2023-05-21T09:33:40.252Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/1914138/1/297> (要登録)


]REFS]


[47] 
近代日本に[[明朝体]]で「仁平六年」と書いた例がいくらかあります。


[17] [[西暦年]]から「仁平元年」の誤解ないし誤植と思われるもの:


-
[28] 
[CITE@ja-JP[弘前大学人文社会 (32)]], [[弘前大学人文社会学会]], [TIME[1964-03]], [TIME[2023-05-15T11:26:02.000Z]], [TIME[2023-05-21T09:28:57.076Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/3561525/1/29> (要登録)
左ページ中央
-
[27] 
[CITE@ja-JP[北九州大学文学部紀要 (8)]], [[北九州大学文学部]], [TIME[1973-03]], [TIME[2023-05-15T11:26:02.000Z]], [TIME[2023-05-21T09:28:23.718Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/4412863/1/10> (要登録)
右ページ中央下側
-[19] 
[CITE@ja-JP[西泉田誌]], [[西泉田誌編集委員会]], [TIME[1980.6][1980]], [TIME[2023-05-15T11:26:02.000Z]], [TIME[2023-05-21T09:25:39.931Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/9538496/1/13> (要登録)
左
- [18] [CITE@ja-JP[新日本書道史]], [[平山観月]], [TIME[1961]], [TIME[2023-05-15T11:26:02.000Z]], [TIME[2023-05-21T09:24:50.588Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/2494137/1/83> (要登録)
右ページ

[16] その他文脈から「仁平元年」の誤解ないし誤植と思われるもの:

-
[21] 
[CITE@ja-JP[讃岐風土記 讃岐風土記]], [[草薙金四郎]], [TIME[1962]], [TIME[2023-05-15T11:26:02.000Z]], [TIME[2023-05-21T09:26:13.151Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/9548188/1/109> (要登録)
右ページ上
-
[20] [CITE@ja-JP[神道の研究]], [[河野省三]], [TIME[昭和5][1930]], [TIME[2023-05-15T11:26:02.000Z]], [TIME[2023-05-21T09:25:55.862Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/1174403/1/95>
右ページ左下
- [15] [CITE@ja-JP[日本精神の研究]], [[河野省三]], [TIME[昭和9][1934]], [TIME[2023-05-15T11:26:02.000Z]], [TIME[2023-05-21T09:23:43.785Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/1213241/1/31> (要登録)
左

[22] [[日本の元号]]であるのは明らかで、何年か不明なもの:

- [25] 
[CITE@ja-JP[15年のあゆみ : 市制十五周年記念誌]], [[伊丹市秘書課]], [TIME[1955]], [TIME[2023-05-15T11:26:02.000Z]], [TIME[2023-05-21T09:27:41.844Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/3035325/1/17> (要登録)
右上
-- [26] 神社の創建年
- [23] [CITE@ja-JP[利根川勝地案内]], [[伊藤省三]], [TIME[大正7][1918]], [TIME[2023-05-15T11:26:02.000Z]], [TIME[2023-05-21T09:26:42.496Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/953161/1/131>
左ページ上
-- [24] 神社の創建年



* メモ

