* 元号名

** 異体字

[1] [CITE[ルビを付けよう:版本に読みがなが付いている - livedoor Blog(ブログ)]]
([TIME[2020-11-28T12:15:00.000Z]])
<http://blog.livedoor.jp/ruby_furigana/archives/51905792.html>

異体字


- [2] [CITE@ja[豆人さんはTwitterを使っています: 「もっとよく精査しなけりゃだけど……もし、この直感が正しければ、旧宮宿南口の刻像塔、県内に二基しかないという享保年間の刻像塔の一基は、実は享保のものじゃないんじゃなかろうかと思う。年号が「享和」の誤認なんじゃないかと。 #今日のいしぶみ」 / Twitter]], [TIME[2023-01-24T09:33:43.000Z]], [TIME[2023-01-24T09:35:18.245Z]] <https://mobile.twitter.com/_mamehito_/status/1531263254089330689>
-- [3] [CITE@ja[豆人さんはTwitterを使っています: 「と、言っても紀年銘は相変わらず確認できない。今回の白石行きの道中にも立ち寄ったけれど、まだこの↓通りのまま倒れていらっしゃった。破損などがないのはほんと全くよいことだけれど。 #今日のいしぶみ https://t.co/mIVLN9Hu69」 / Twitter]], [TIME[午後10:19 · 2022年5月30日][2022-05-30T13:19:07.000Z]], [TIME[2023-01-24T09:33:43.000Z]] <https://mobile.twitter.com/_mamehito_/status/1531263941187608577>

** 亨和

[4] [CITE@ja[旧山口村]], [TIME[2025-03-30T15:06:27.000Z]] <http://yamaph.wp.xdomain.jp/oldyama/>


>亨和三年十一月

[13] 
[CITE@en[CiNii Books - 繪本拾遺信長記 初篇13編後篇10編]], [TIME[2026-08-30T03:44:44.000Z]] <https://ci.nii.ac.jp/ncid/BA7979717X/>

>
初篇巻之1に亨和3年の序 「享和癸亥之暮春 長洲文学梅涯時賜題并書干沽美米荅涛夢軒」[SNIP[]]

>
初篇の刊記「享和3年癸亥四月 東都書肆 西村宗七 攝都書肆 譽田屋伊右衛門 和泉屋源七 播磨屋五兵衛」


[14] [CITE@ja[国書データベース]], [TIME[2026-08-30T06:12:19.000Z]] <https://kokusho.nijl.ac.jp/biblio/100390854/4?ln=ja>

>
記載書名
>1.日月星亨和政談(じつげつせいきょうわせいだん)(Jitsugetsuseikyouwaseidan),外
>2.じつげつせい享和政談(じつげつせいきょうわせいだん)(Jitsugetsuseikyouwaseidan),見


[15] >>14 実際の刊本ではすべて[CH[享]]、写真コマ1の整理用シート(令和3年度)の[[ゴシック体]]印刷文字は[CH[亨]]

[16] 
[CITE@ja[79_249.pdf]], [TIME[2026-08-30T06:16:14.000Z]] <https://www.jstage.jst.go.jp/article/ganko1941/79/6/79_6_249/_pdf/-char/ja#page=14>

>[L[亨和元年 (1801年) に[SNIP[]]]]

[17] 
[CITE@ja[国書データベース]], [TIME[2026-08-30T06:18:28.000Z]] <https://kokusho.nijl.ac.jp/biblio/300070732/171?ln=ja>

>
書写/出版事項
亨和1

[18] >>17 の実際の刊本では[CH[享]]

[19] [CITE@ja[国書データベース]], [TIME[2026-08-30T06:20:16.000Z]] <https://kokusho.nijl.ac.jp/biblio/100346964/3?ln=ja>

>
書写/出版事項
亨和3

[20] >>19 の実際の刊本では[CH[享󠄂]]

[21] 
[CITE@ja[Union Catalogue Database of Japanese Texts]], [TIME[2026-08-30T06:25:49.000Z]] <https://kokusho.nijl.ac.jp/biblio/300139066/178?ln=en>

>[SNIP[]]亨和3年2月6日,立原翠軒の自筆稿本。

[22] >>21 の実際の稿本では[CH[享]]

** 京和

[24] 
[CITE@ja[6_249.pdf]], [TIME[2026-08-30T07:05:25.000Z]] <https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjhg1948/6/4/6_4_249/_pdf/-char/en#page=3>

>
[LEFT[
[SNIP[]]延 宝8年 に大 宝 新 田 を開 発 し,さ ら[BR[]]
に小 論 の神 戸 新 田 を宝 永4年 に,服 岡 新 田 を京 和元 年 に開 発 して ゆ く。 ま た 四 郎兵 衛[BR[]]
新 田(延 宝8年 開 発)と 鍋 蓋 新 田(享 保12年 開 発)も 買取 り,新 田経 営 を手 広 く行 う[BR[]]
の で あ る。
]LEFT]

[23] 
[CITE@ja[高津物語 連載第九四〇回 「『海保青陵』のこと」 | 高津区 | タウンニュース]], [TIME[2026-08-30T07:04:01.000Z]] <https://www.townnews.co.jp/0202/2016/04/08/327116.html>

> 京和元年(一八〇一)尾張藩の儒者となる。


[25] 
[CITE[おおいしだものがたり 第百四十七話 惣町(そうまち)大石田2]], [TIME[2022-03-30T10:48:33.000Z]], [TIME[2026-08-30T07:06:16.093Z]] <https://www.town.oishida.yamagata.jp/mobile/chousei/oishidastory/oishidastory141-150/201211-1211.html>

>
「寄合記」によると、江戸時代の惣町戸数は300戸から340戸ほどである。戸数に比較して家の焼失数の多いのが目につく。
-    正徳5年 尾花沢街道18軒
-    安永4年 四日町35軒
-    京和元年 37軒
-    文化5年 70軒・乗船寺・浄願寺共
-    天保元年 乗船寺・浄願寺両寺
-    元治元年 40軒
-    明治3年 四日町大火、西光寺・観音堂共(焼失数不明)

[26] 
[CITE@ja[『215年続く江戸の味。浅草にてどぜう鍋を食べる』by Jack_auer : 駒形どぜう 本店 (こまかたどじょう) - 浅草(東武・都営・メトロ)/どじょう '''['''食べログ''']''']], [TIME[2026-08-30T07:07:10.000Z]] <https://tabelog.com/tokyo/A1311/A131102/13003684/dtlrvwlst/B184668919/>

>
なんと、創業は215年前の京和元年(1801年)というのだから、恐れ入る。200年変わりなく続く味なんて、世にどれほど有るのだろうね。

[27] 
[CITE[川越の名産]], [TIME[2025-12-21T23:11:23.000Z]], [TIME[2026-08-30T07:07:53.754Z]] <http://www.maroon.dti.ne.jp/kwg1840/meisan.html>

>[SNIP[]]だから醤油造りに適していたわけで、京和元年(1801)の川越の地誌、「三芳野名勝図会」にも、川越の名物のひとつとして醤油があげられている。[SNIP[]]

[28] 
[CITE[富士山]], [TIME[2011-03-25T22:13:55.000Z]], [TIME[2026-08-30T07:09:42.352Z]] <https://himalaicus.hiho.jp/yamaseireki/2009/fujiyama/fujiyama.html>

>[SNIP[]]「京和元年」と彫られた馬頭観音も見られる。[SNIP[]]

(銘文写真なし)

[29] 
[CITE@ja[今熊保食神社 (六戸町折茂) : くぐる鳥居は鬼ばかり]], [TIME[2026-08-30T07:12:42.000Z]] <https://yuki.liblo.jp/archives/30909445.html>

>[SNIP[]]観音像は首が欠損した正観音立像で、天衣には菊の紋章が刻まれており、舟形光背の裏面に「京和元年九月吉日南無大慈大悲正観世音菩薩 大休作」と墨書きされています。

(銘文写真なし)

* 改元手続き

[8] 
[CITE@ja-JP[東山御文庫御物 : 皇室の至宝 4]], [[毎日新聞社「至宝」委員会事務局]], [TIME[2000.4][2000]], [TIME[2026-06-17T01:09:14.000Z]], [TIME[2026-06-27T12:05:01.966Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/12671869/1/226?keyword=%E6%94%B9%E5%85%83> (要登録)

[11] 
[[江戸城]]お披露目 : 2月13日

[5] 
[CITE@ja-JP[三川町史資料集 第6集]], [[三川町教育委員会]], [TIME[1996.3][1996]], [TIME[2025-09-30T02:09:54.000Z]], [TIME[2025-10-09T10:32:11.033Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/13243281/1/19?keyword=%E6%94%B9%E5%85%83> (要登録)

山形県東田川郡三川町


* 改元伝達

[12] [[盛岡藩]] : 2/23到着, 2/23用人等, 2/25諸士・一般, 2/25施行 [SEE[ [[改元伝達]] ]]


[6] 
[CITE@ja-JP[八戸市史 史料編 '''['''第9''']''' (近世 7)]], [[八戸市史編さん委員会]], [TIME[1979.3][1979]], [TIME[2026-01-20T01:30:11.000Z]], [TIME[2026-02-13T08:58:50.881Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/9570008/1/287?keyword=%E6%94%B9%E5%85%83> (要登録)

[7] 
[CITE@ja-JP[鹿妻穴堰開発史]], [[鹿妻穴堰土地改良区]], [TIME[1971]], [TIME[2026-01-20T01:30:11.000Z]], [TIME[2026-02-13T09:01:28.949Z]] <https://dl.ndl.go.jp/pid/11994758/1/295?keyword=%E6%94%B9%E5%85%83> (要登録)

[10] 
寛政12年2月15日に[[東海道]]の[[箱根関]]で、通知なき新元号の[[手形]]の処理の記録があります。
寛政13年の誤りと考えるとちょうど時系列が合います。
[SEE[ [[日本の元号法制]] ]]


* 関連

[9] 
前: [[寛政]]

* メモ
