<html xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml"><head></head><body><p><anchor-end xmlns="urn:x-suika-fam-cx:markup:suikawiki:0:9:" a0:anchor="1" xmlns:a0="urn:x-suika-fam-cx:markup:suikawiki:0:9:">[1]</anchor-end> 
<dfn>キーウ</dfn> (<dfn>キエフ</dfn>) は、<anchor xmlns="urn:x-suika-fam-cx:markup:suikawiki:0:9:">ウクライナ</anchor>の<anchor xmlns="urn:x-suika-fam-cx:markup:suikawiki:0:9:">首都</anchor>です。</p><section><h1>呼称</h1><p><sw-see xmlns="urn:x-suika-fam-cx:markup:suikawiki:0:9:"> <anchor>ウクライナの地名</anchor> </sw-see></p></section><section><h1>Webページ</h1><figure class="quote"><figcaption><anchor-end xmlns="urn:x-suika-fam-cx:markup:suikawiki:0:9:" a0:anchor="2" xmlns:a0="urn:x-suika-fam-cx:markup:suikawiki:0:9:">[2]</anchor-end>
<cite>世界一深い地下鉄駅はすごくすてきだった - デイリーポータルZ:@nifty</cite>,
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<cite>セヴァストポリ - Wikipedia</cite>,
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<cite>ロシア、ニカラグア運河敷設計画への軍政的支援を保証する - News - 政治 - The Voice of Russia</cite>,
<time>2014-07-10</time>, <time>2014-07-10</time>
<anchor-external xmlns="urn:x-suika-fam-cx:markup:suikawiki:0:9:" a0:resScheme="URI" xmlns:a0="urn:x-suika-fam-cx:markup:suikawiki:0:9:" a0:resParameter="http://japanese.ruvr.ru/2014_06_06/273242704/">http://japanese.ruvr.ru/2014_06_06/273242704/</anchor-external></figcaption><blockquote><box xmlns="urn:x-suika-fam-cx:markup:suikawiki:0:9:"><p xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">ニカラグア運河の敷設が今年の末に始まる。事前の見積りではこの計画にはおよそ400億ドルを要する見込みだ。</p><p xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">香港のHKND社(HK Nicaragua Canal Development Investment)が主な投資機関となっており、運河の敷設及び利用に関する100年間の利権協定を結んでいる。ロシアは経済的支援に加え軍政的な支援も行う。ニカラグア運河は太平洋とカリブ海とを結びパナマ運河に代替するものとなる。完成した場合パナマ運河の2倍の物資輸送が可能になる。   主な請負・投資機関は香港の企業であるHKND社だが、運河の敷設にあたっては外の国の企業の参加が認められている。その中でロシア政府は敷設を注意深く見守る立場にある。しかし現在ロシアの主な役割はニカラグアの計画に対して軍政的な支援を行うことである。こうした関係でニカラグア政府はモスクワと特別な協定を締結し、その合意のもとロシア艦隊や戦闘機が領海を巡回し敷設を想定される挑発行為から保護することとなっている。現在のところ協定の期限は2015年の上半期一杯までとされている。これに加えニカラグアの領土内にロシア海軍艦隊の拠点が置かれる。西側の報道機関では既にロシアがこの機会を利用しセーシェル共和国やキューバ、ベトナム、アルゼンチンそしてニカラグアに設置予定の軍事基地によってこの地域での存在を大きなものにしようと急いでいるといった誤った報道がされている。これに対してロシア連邦外務省のセルゲイ・ラブロフ外相は次のように説明を行った。  「ロシアが国外に軍事基地を建設することはない。もちろん海賊行為の取締等を行うために艦隊が頻繁に遠征を行うことはある。そのため幾つかの国とはロシアの軍艦が修理や食料・水の補給を受け乗組員に休息を与えるために各国の港に寄港することについて合意がなされている。しかし、アメリカが行っている様に基地を建設するということはない。また駐在先の国の領土で行われたあらゆる蛮行に対して軍人に特権を保証する様なアメリカが締結した協定に似たいかなる協定も結ばれることはない。」   ロシアはただラテンアメリカ地域とのつながりを全面的に強化するだけである。先月ロシアの外務大臣はキューバやニカラグア、チリ、ペルー、アルゼンチンそしてベネズエラといった国々の外相や政府の代表者を訪問、あるいはモスクワに招待している。   </p></box></blockquote></figure><figure class="quote"><figcaption><anchor-end xmlns="urn:x-suika-fam-cx:markup:suikawiki:0:9:" a0:anchor="8" xmlns:a0="urn:x-suika-fam-cx:markup:suikawiki:0:9:">[8]</anchor-end>
<cite>ノヴォロシースク - Wikipedia</cite>,
<time>2014-02-25</time>, <time>2014-03-03</time>
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<cite>ベルギー「研究」記:3月</cite>,
<time>2010-12-19</time>, <time>2015-07-31</time>
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<cite>陸路と海路の世界一周 世界遺産巡り ウルムチからアルマトイへ</cite>,
<time>2016-10-31</time>, <time>2016-10-31</time>
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<cite>香港の団地はやっぱりすごい - デイリーポータルZ:@nifty</cite>,
<time>2017-03-10</time>, <time>2017-03-10</time>
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